【踏破】ある一日〜黒藍
マスター名:乃木秋一
シナリオ形態: イベント
危険 :相棒
難易度: 不明
参加人数: 18人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/07/25 21:21



■オープニング本文

●万屋の首魁
 老獪な面持ちの男が茶を盆に歩み寄った。
 彼に気付いたその女性は、湯飲みに手を伸ばすと、ぬるい茶と湯飲みを両手で上品に包み込み、小さくすすって一息つく。
「計画の様子は?」
「ハッ、彼等は開門の宝珠の回収に成功し、次なる作戦として魔の島討伐を企図する様子に御座います」
「さようですか‥‥ふふ。思ったより動きが早いのね」
「投資については、いかが致しましょうか?」
「さて。どうしたものかしら」
 妖艶な笑みを浮かべる彼女を前に、老人は事務的な面持ちを崩さず、あごひげへと手を伸ばす。
「どちらが良いか、難しいところでしょう。投資対象としてはもう少し安全になるのを待ちたいところで御座いますな」
 うんうんと頷く女性。
「‥‥そろそろ、援助を考えても良い頃合かしらね」
 再び、湯飲みに口をつける。
「まだ危険性も御座いますが、宜しいのですか?」
「物事には勢いというものもあるしねぇ」
 先代である亡き夫道三は、何かを決断する時には、世の「機微」を捉えなくてはならないと彼女に説いた。
 それは、木製の算盤では計算できないものであったが、一方で、単なる冒険主義や投機では無く享楽的な発想の産物でもない。心の中に自分だけの算盤を構え、目に見えぬ木目を弾かねばならないものだった。
「ま、後は開拓者次第かしら」
 くすくすと笑みを浮かべ、三度、湯飲みに口をつけた。


●万屋黒藍の一日
 朝。
 太陽がまだその輪郭を現す前に、黒藍は目を覚ました。普段どおりの時間だ。いつも日の出よりも先に目が覚める。起きてすぐ彼女は自室の雨戸を開け、障子を開け、煙管をくわえて目を細めた。昨晩焚いた御香の柔らかな香りが、部屋の中に残っている。外から涼やかな風が‥‥。
「そろそろ決め時かしら」
 開拓者たちに‥‥新大陸開拓に、大きく投資をすべきか、否か。彼女は煙管を、もっぱらこの時期は灰受けとしてだけ使われている火鉢の上に置くと、部屋のすぐ外に用意された十数種類の瓦版にさっと目を通した。
「‥‥だめね」
 期待した記事は載っていなかった。今回の新大陸開拓に大きく踏み込むかどうか。その決め手となる記事は。
「‥‥開拓者ギルドに、ご挨拶に行こうかしら」
 黒藍は今日のスケジュールを思い返してみる。大丈夫だ。
「なんたって、今日はお休みですものね」
 ずっと前から決めていた。今日は休みにする。目的は特に決めていない。自由気ままに、神楽の都を歩く。数ヶ月に一度、黒藍はこういう日をつくっては都を散策していた。
「その間に、期待したことが起きるといいのだけれど‥‥」
 黒藍は念のため挨拶状を書こうと、棚の筆記具に手を伸ばす。


●開拓者ギルドにて
「黒藍が来るって?」
 神楽の都、開拓者ギルドはいつものように開拓者でにぎわっている。
「へえ、あのべっぴんさんがね‥‥いったいどうして?」
「さあ? お茶でも誘ってみようかな」
「いやぁ、お前じゃあ無理だろうよ。それよりもほら、今度の依頼だが‥‥」
 万屋黒藍がギルドへやってくる。多くの開拓者は気にもとめていない。
「‥‥」
 ただ、万屋の女主人がわざわざ自分で開拓者ギルドへやってくるのだから、なにかあるんだろう? そう考える者も中には、きっと――。


■参加者一覧
/ 無月 幻十郎(ia0102) / 桐(ia1102) / 巴 渓(ia1334) / 斉藤晃(ia3071) / 真珠朗(ia3553) / 平野 譲治(ia5226) / 鈴木 透子(ia5664) / 雲母(ia6295) / からす(ia6525) / 一心(ia8409) / 宿奈 芳純(ia9695) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 琉宇(ib1119) / 无(ib1198) / モハメド・アルハムディ(ib1210) / 久藤 征司(ib3580) / 伊羽矢 瑠璃(ib3584) / 雛雪(ib3598


■リプレイ本文

●暖かい日
 静かな弓道場。今日は稽古も特になく、道場主の老人が茶を傾けつつのんびりしている。
「帰ってきたと思ったら、もう出発するんじゃのぉ」
 弦を張った弓の顔を満足そうに見つめる一心(ia8409)を見ながら、道場主はふむとつぶやく。
「はい! 忙しくて仕方ありません」
 なんて楽しげに微笑むと、一心はひゅんと一本矢を放った。音もなく的に刺さる。
「まだ珂珀の装備も整えなくちゃならないんですよ。急いで支度しないと」
 弓の手ごたえに満足した様子の一心は荷物を片付けると、「出発前に、鎧は取りに来るんじゃぞ」という道場主に深々とお辞儀をして道場を飛び出した。
「あ!」
 道場の入り口にて。
「とととっ、すみません! 大丈夫ですか?」
 一心は人にぶつかりそうになった。バランスを崩してしりもちをついてしまったその相手に手を貸す。
「あれ、あなたは万屋商店の」
 その相手は、万屋 黒藍であった。慌てて詫びを入れ、頭を下げる。黒藍は大丈夫ですよとにこにこ微笑んでいる。いつもお世話になってますよと一心も微笑んだ。彼特有の寡黙さは、かつてよりもずいぶん和らいできているようだ。
「いつもご贔屓にありがとうございます。お急ぎのようですが‥‥?」
「ああそうなんです。実はさっき鬼咲島から戻った所なんですが‥‥またこのあと鬼咲島に行くので準備にてんてこまいです。折角珍しい方と会えたのにお話する時間が‥‥」
 一心は残念そうに一礼をして、弓一式を担ぎその場から走り去っていった。
「‥‥今の方は、開拓者ですね?」
 黒藍はその背中を見つつ、再びギルドに向かう。

 その頃ギルドにて。
「巴さん、これはなんですか?」
 ギルド職員の少年が首をかしげてそれを見つめている。
「これは横断幕さ」
 巴 渓(ia1334)は『万屋黒藍様、熱烈歓迎』と書かれたそれをばさぁっと広げた。
「万屋の女将が来るんだろ? 全く、人が悪いよな。痺れを切らして、俺たちが眼鏡に適うか視察に来るとさ」
 横断幕に興味を惹かれたらしい子供たちが、その周りに集まってきた。
「おうだんまくー」
「おうだんまくー」
 巴はふむ、と笑んだ。
「こんな辛気臭いもん、ノリが良くなきゃな! よぉし、張り切ってお出迎えだ!」
 開拓者ギルドの入り口に、びしぃっと横断幕が張られるのだった。


●日常的開拓者
 平野 譲治(ia5226)はその日、街の警備を行っていた。
「うにっ! ここは異常なしなのだ!」
 呼子笛をいつでも準備して、街中をてくてく歩く。そのとき
「あっ!」
 ある果物屋。常連客らしい女性と談笑している店主の目を盗んで、子供たちが店頭の果物を狙って‥‥盗んだ。
「だめなのだ! そういうことをしたらお仕置きなのだ!」
 譲治の【呪縛符】が子供のひとりに絡みつく。
「ば、ばれたっ!」
 譲治は子供らをとっ捕まえて、「ほら、ごめんなさい、なのだ!」と店主に果物を返させた。その果物は、スイカ。
「あら‥‥」
 ちょうど店主と話をしていた黒藍がその様子を見て目を丸くした。譲治が子供らを道の端に連れて行き、みっちりとお説教を食らわせている。
「ジルベリア人、神威人、次は誰が来るなりねっ!」
 ただ、話はちょっとそれているみたいだ。新しい大陸についての話題で盛り上がっている。
(‥‥ふふ)
 黒藍は店主から果物をふんだんに使ったお菓子を受け取ると、『新大陸ってどんなとこ』の話題で子供らと激論を交わす譲治を横目にその場を去っていく。そして大きな橋にさしかかった頃。
「‥‥ル‥‥」
「あら?」
 その橋の真ん中で、空に向かって詩を歌っている一人の青年がいた。その風貌は天儀のそれとは少し趣の違う異国情緒のあるもので、橋を行き来する中にはふと足を止めたりする人もいて。彼の名はモハメド・アルハムディ(ib1210)。
(なんの歌かしら‥‥?)
 好奇心が胸の中で踊るのを感じつつ、黒藍は遠巻きに彼の様子を伺う。

 ジャズィーラ・ジャディーディ、アルカマル‥‥
 ワ・ビルガ・ワタニー、アルカマル‥‥

 彼の氏族の言葉で『月』はアルカマルというらしい。もしやあるかまる、それはかつて祖先が住んでいたとされる儀ではないのか‥‥? であればこの合戦、必ず成功させなければならない、という彼の思いが風となり、歌を乗せて響いている。

「ちょっと」
「いいよ、いこ!」
 そんな彼のもとに、二人の子供が駆け寄った。手には小さな花が握られている。
「アーアー、ちょっと言葉通じるのかな?」
「本人の前で相談することないだろ。普通でいいんだよ普通で! 素敵な歌ですね、コンニチハ!」
 にこっとモハメドに向けて差し出されたそれを見て、モハメドはふと歌うのをやめる。
「ヤー、こんにちは。マルハバン、声をかけてくれてうれしいですよ。ショクラン、ありがとう」
 モハメドがその花を受け取ると子供たちは飛び跳ねて喜んで、「がんばって!」と手を振ってその場を後にした。手を振り返すモハメド。そうして再び歌い始めた。
「‥‥氏族の悲願、あるかまる‥‥これを目にせん必ずや‥‥」
(開拓者なのかしら‥‥きっと吟遊詩人さんね)
 再び歌い始めた彼の横を通り過ぎ、黒藍は開拓者ギルドへ。

「それじゃあ手配しておきます」
「うん、よろしく」
 開拓者ギルドの受付横。図書館からの仕事でやってきた无(ib1198)は、職員から折り返しの依頼を引き受けると、ふとギルドの入り口に目をやった。
「ずいぶんにぎやかだね、ナイ」
 足元の尾無狐がぴょんと跳ねる。そういえば横断幕が広げられていた。もうすぐ昼前。万屋 黒藍が来るという時間だ。ずいぶん人が集まって、小さなお祭りみたいになっている。
「それは急ってもんやろ? まあ飲みな」
 ギルドの横長椅子に腰掛けて、若者らと一緒に斉藤晃(ia3071)が酒を飲んでいる。が、酒はどうやら切れてしまったらしい。瓢箪をのぞいている。
「商談ってのはそうそう簡単にまとまらねぇさ」
 晃はよっこらせと立ち上がった。
「万屋さん、待たないんですか?」
 呼び止める若者ににやっと笑顔を見せ、「ちょっと考えがあるからな」と晃は言う。
「商談をまるっとまとめてうまい酒を飲もうかねぇ」
 晃はそのままギルドを出て行った。白銀の髪を揺らして桐(ia1102)がそのあとを追う。

 それからしばらくして。万屋 黒藍がギルドにやってきた。
「館長さんの言ってた通り綺麗な人だねぇ」
 无の言葉が聞こえたのか聞こえていないのか、尾無狐は无の足元をくるくると回っている。
「皆様いつもご愛顧、本当にありがとうございます」
 開口一番、黒藍はそう言った。開拓者ギルドを通してお菓子を配ろうと思っていたのだが、集まった人の数を見て「せっかくなので、お好きな方はどうぞこのままいただいてくださいな」と、先ほど受け取ってきたお菓子を皆に振舞う。開拓者ギルドの片隅に、黒藍を中心として輪が出来た。
「おいし‥‥」
 しばしのお菓子タイム。鈴木 透子(ia5664)が食べているのは甘い和菓子。誰かが淹れた温かいお茶がしみる。雲母(ia6295)の紫煙がゆっくりと霧散していく。ひょいとギルドにやってきた久藤 征司(ib3580)が、面白そうだと集まりに顔を出した。
「それで、黒藍さんが此処に来た目的はなんです」
 无が率直に黒藍に尋ねた。「ふむ」と征司が様子を見ている。
「ん‥‥」
 意味深げに微笑む黒藍だが、しばらく考えてからくすくすと笑い始めた。
「あんまり意味深なことしてもしかたないわよね。率直に、新大陸をどう思ってるのか聞きたいなぁって思ってたんですよ」
 わりとあっけなく本音を言った。宿奈 芳純(ia9695)が用意した冷たい甘酒を「ありがとうございます」と丁寧に受け取ると、すっと一口で消費する。
「あ」
 あとで飲んでもらおうと思っていた芳純は一瞬言葉に詰まりつつも、気を取り直して自己紹介をした。面を取る。
「今回の開拓事業は危険が大きく、時期尚早との意見も根強い事は否定しません。ですが私は世界の広さや奥深さ、多くの事を知る好機だと思います。巡ってきた好機は、その場で活かすしかない。躊躇すれば二度と好機は訪れないかもしれない」
「そうね‥‥確かに」
 黒藍は、ただ傾聴している。
「黒藍さんはどう思っているんです? 新大陸について」
 征司がずいとにじり寄った。手にはメモ用の手帳を持っている。黒藍は「どう答えれば‥‥」と言葉を探したのち、「新大陸自体、あればいいとは思いながらその全貌はまだ見えませんし、開拓者の皆さんの無事を考えると、どんどんやっていきましょうとは、まだいえませんね。個人的に、ということであれば興味はあります。開拓者の皆さんがどれくらい興味をお持ちか、とか」
 切れ長の目を細めつつそう言う黒藍に征司は「ふむ」と筆尾を額に当てる。
「興味、ありますよ。事業計画はどうされるんです?」
 征司の突っ込んだ質問に黒藍は少々困った様子で「ごめんなさい。お答えできればいいのですけれど‥‥正直、具体的にはまだ、お伝えできないんです。決まってなくて」と苦笑いを浮かべた。
「興味はある!」
 巴がきっぱりと言った。
「失われた新大陸、ロストグラウンド‥‥未知の風俗、食文化や流行があるかも知れん。もしかしたら、この天儀の文明を発展させる要因があるかも、だ。新たな冒険もあるだろう。商人にも開拓者にも、新しい飯のタネがある。きっとな」
 強い気持ちを感じる語気。
「冒険ですか‥‥」
 含みのある言い方で黒藍が懐から煙管を取り出し、小さな灰受けをパチンと開いた。
「なにか躊躇する理由があるのか?」
 雲母がふうと紫煙を吐き出すと、黒藍をちらりと見た。ああいう灰受けも悪くないかも。
「いいだろう? どうなるか分からないものに資金をつぎ込むのは、夢や浪漫抜きでな」
「そうですね‥‥」
 黒藍が首をかくりと。
「それと話は違うが、支給品が‥‥」
 言いかけて、雲母はやめた。なんとなく感じた殺気。支給品という単語に反応する連中の血のたぎり。開拓者ギルドであまり騒ぎを起こしたくはない。
「まあ、それにしてもさ。少しぐらい無駄遣いしても、いいじゃないか、なぁ?」
「‥‥そうですね」
 黒藍は眉を寄せて微笑んだ。
「ちょっと後ろ向きに考えすぎていた気がします」
「私っ」
 それまで話を聞いていた伊羽矢 瑠璃(ib3584)が、ぐっとこぶしをつくる。彼女の手にはメモが握られており、びっしり今日の話が書き込まれていた。
「私は、開拓者になったばかりです。ですが、精一杯、自分の出来ることをしようと思います」
 新大陸は、ロマンとスリルの宝庫と彼女は言う。血が騒ぐと。
「だって、開拓者ですもの」
 黒い髪が揺れる。にっこりと微笑んだ彼女は「あ」と言うと、「スリルを楽しむといっても、仲間の命の次です。仲間が一番大切ですから」と付け加えた。一日でも早く強くなりたいという思いが、言葉の端々から伝わってくる。
(‥‥安心できそうかな)
 そのほか様々意見をもらい、黒藍はギルドを後にしようと立ち上がる。今後とも万商店を何卒ご贔屓に、と深々頭を下げて。
「未知を知ることは、新しい『知りたい』を生みます。それを起点にして人やものが流れまわる‥‥だから」
 ギルドの入り口で、无が黒藍に本を一冊差し出した。と、これは図書館のものでしたと苦笑いして、かばんに戻す。
「だから、私は開拓に意味があると思います。またいつでも図書館にお越しください。きっと新しい刺激が見つかりますよ」
 それから无は図書館の仕事に戻っていった。黒藍はしみじみとその背中を見送る。

「これから行くあてはありますか?」
 ギルドの入り口から、ひょこと透子が顔をのぞかせた。
「いえ、特には‥‥」
 どこか一緒に行きますか? という含みを持たせて黒藍が答えた。
「折角ですから、街をご案内しますよ」
「あら」
 ありがとう。黒藍は透子について、街を歩くことになった。


●散策
 透子は黒藍が来ると聞いてから、予め街を散策していた。新大陸開拓について取材に励む瓦版屋、新大陸にかこつけて勝手に『新大陸伝来!?』と奇妙な料理を売り出す店、そんな怪しさを楽しむお客たち、鬼咲島へ向かった者の無事を祈る人々。それを題材にした演目。新大陸でにぎわっているところを、黒藍に案内していく。
(もし新大陸が不毛の地であっても、そこに多くの人が興味を持つのなら商機はあるんじゃないでしょうか。あたしは、むしろアヤカシたちに興味を持ちます、が)
 案内しながら、透子はそんなことを考えていた。
「休憩に如何?」
 ふと、街中の茶屋の前で足を止めた二人に、からす(ia6525)が声をかけた。確かに、ずいぶん歩いた。
「ちょっとお休みしましょうか?」
「そうですね」
 二人はうなずき合うと、からすに勧められるまま同席した。からすとお茶をしていた琥龍 蒼羅(ib0214)が、無表情に湯飲みに口をつける。からすの厚意で、お茶とお菓子が振舞われた。
「あ、あたしも‥‥いいんですか」
 なりゆき的に、透子もお茶をいただいた。
「ごちそうさまです」
 かくりと透子が頭を下げる。からすは「いいんだ」とやさしく笑んだ。ちなみに年齢的には透子とからすは同じくらいである。
「そうだ黒藍殿、朋友用の新装備や空戦で役立つ物はないだろうか。最近グライダーも発売されたが‥‥」
 蒼羅がからすのほうを見やる。
「ああ、開拓に向けての準備さ」
 からすは蒼羅にそういうと、お茶を一口。
「『白獅子』の名は聞こえておりますよ。此度の開拓でも、良い結果を出されることを信じています」
 黒藍はいくつか新製品についてからすに伝えると、「やはり、開拓には興味がおありなのですか?」と尋ねた。
「もちろん」
 からすの言葉に力がはいる。
「『開拓者の名に相応しい開拓を』と息巻く者はかなりいるはずだ。私もそう」
 からすの言葉に、うなずく蒼羅。
「己の進む道は自らの手で切り開く、それが開拓者だ」
「おお! そうさ。そして我輩は、世界の果てで、天儀随一の酒を飲む」
 隣の飲み屋から無月 幻十郎(ia0102)が顔を出した。手には天儀酒。
「どうです? 黒藍のアネさんも?」
「あら」
 幻十郎の勧めで黒藍は杯を受け取った。
「いいですわね」
 と微笑んでお酒をいただこうとして‥‥まだ成年とは言えない子らもまわりにいるのだと思い直し、「少しだけ」と軽く杯に口をつけた。飲み屋から幻十郎に続いて、ぞろぞろと飲み仲間がやってくる。おい、話はまだ終わっちゃいねぇ! 俺が先に全種の酒を制覇するんだ、新大陸の酒は渡さない‥‥とか、そんなことを言っている。
「いや、新大陸の話題が盛り上がっちゃってね。かぁ〜っ、楽しみだ。新しい土地で新しい発見ができる。いいねぇ、これこそ『開拓』だな。なあそうだろ」
 幻十郎は蒼羅に酒を勧めた。
「あ、はい」
 よくわからないまま、とりあえず蒼羅は酒杯を受け取った。
「ほら」
 ぐっといきなよと幻十郎は酒を飲むしぐさをする。
「はい」
 と蒼羅は一口だけ酒を舐めるように飲んだ。まあいいかと幻十郎は笑う。
「いつの時代にも未知なる物への憧れや恐れはあるものだ」
 蒼羅は急にぐっと酒杯を乾かした。
「あら」
 黒藍が目を丸くした。そういう風には見えなかったのだけれど。
「この地に吹く新たな風の行く末、この目で見届けたいものだな」
 酒気を帯びた頬が紅潮する。からすが蒼羅を気遣った。
「おい幻十郎! 俺たちは飲み屋に戻るぜ! ほかの連中に酒を全部飲まれちまう」
「おお、いまいく!」
 飲み屋から出てきていた仲間がぞろぞろと帰っていく。
「それじゃあな、黒藍のネエさん」
 幻十郎はぐっと伸びをして飲み屋に帰っていった。
「我々も行こうか」
 からすと蒼羅が帰る仕度を始めた。からすが弓を掲げる。
「忘れないでくれ。我々が役にたつ時は必ず来る。『白獅子』は空戦向きの弓使いの小隊だから」
 黒藍がうなずいて、自身もゆっくり立ち上がった。
「新商品の告知、楽しみにしてる」
「ありがとうございます」
 別れの挨拶を交わす。
「そうだ」
 去り際、「万屋湯呑、重宝してるよ」と残すからすの背に、「なんて素敵な方なんでしょう」と黒藍はつぶやいた。
 暗くなりつつあった。
「結構、新大陸の話題でにぎわっていましたね」
「案内してくれて、ありがとうございました。透子さん」
 透子に別れの挨拶をして、黒藍はひとり家路につく。

「こんにちは」
 万商店にやってきた琉宇(ib1119)は支給品の籤を前に、どれにしようかとうーんとうなっている。
「ああ、そういえば聞きましたか?」
 万商店の店員の問いかけに、琉宇は大きくうなずいた。
「うん、黒藍さんのことだよね、聞いているよ」
 こっちにしようかな、それともこっちかな、と琉宇は頭を悩ませる。
「黒井奈那介さん、心配だよね‥‥。確かに事故も含めて色々あって、開拓が順調に進んでいないのは心配だよね。でも開拓をがんばるぞって言ってる人は結構いるし、潜在的には大勢が関心を持っているんじゃないかな」
 これだ! と引いた籤の結果は、あまり思わしくなかったらしい。残念そうに琉宇は苦笑う。
「取り仕切っているのが誰なのかは判らないけれど、黒藍さんは乗り遅れるべきじゃあないと思うよ」
 それじゃ、これから譲治くんと雲母さんと会う約束だから、と、琉宇は店をあとにする。
「そろそろお帰りになる時間かな」
 店員は琉宇を見送りながら、そうつぶやいた。


●一日の終わり
 黒藍の屋敷。その応接間では3人の開拓者が彼女の帰りを待っていた。桐、斉藤晃、真珠朗(ia3553)の3人である。
「あら?」
 透子と別れてからそのまま屋敷に着いた黒藍を、三人が迎える。
「おう、どうやった」
 晃はさっくりと今日の感想を黒藍に尋ねた。
「うん、悪くないんじゃないかな?」
 気さくに黒藍は答えた。もう全員お酒が入っている。ふう、とお茶で一息入れた桐が黒藍を見つめる。
「どうしました?」
 黒藍がにっこり微笑む。お酒のせいか、黒藍のほほがほんのり赤く染まっていた。
「戦闘も当然あるでしょうけども、元々開拓者と呼ばれている私達が漸く名前通りの事をやれるのです」
 一旦、桐は言葉を置いた。真珠朗がおつまみを楽しんでいる。晃は静かに言葉を待っていた。桐は白銀の髪を揺らしてにっこり微笑む。
「誰も知らない場所っていうのにも心惹かれます。知らない風景や物や、あるいは私達とは違う人がいるかもしれませんし♪ もう嬉しくてしかたないです♪ 開拓、するぞ! って」
 黒藍が頼もしそうに桐を見つめている。ふと、先ほどからただ飲んで食べている真珠朗に視線を流し‥‥。
「あたし?」
 真珠朗がそれに気がついた。軽く座りなおす。
「あたし、ぶっちゃけ金儲けとか、新大陸とかよくわかんないんですよねぇ。なんとなーく首突っ込んでますが。あたしゃ学もないんで難しい事も嫌いですし。でも、まぁ、『開拓者』って、何があろーが、無かろーが、何とかしちゃうよーな輩の集まりだと思うんすよねぇ。欲しいと思えば手に入れる。他人の力があろーとなかろーとねぇ‥‥だから」
 真珠朗の銀色の瞳が黒藍を見据えた。黒藍と目が合う。
「だから、おねーさんも何か悩みがあるなら、好きにすると良いんじゃねーかなって話でして。そーゆうの難しい立場なのかもしれませんが」
 真珠朗はラフに座りなおした。気楽な姿勢。
「ま、気に障ったら謝るんすが。そこの斎藤の旦那と桐の鬼ぃさんのぢごく兄弟なんて典型じゃないすか? 見てて面白いと思いません?」
 晃と桐が目を見合わせる。
「わしを桐のぼんと一緒にせんでくれ」
「酒飲みのおじさんと一緒にされたくないです」
 ふん、と晃は酒を、桐はお茶をぐいと飲み干した。真珠朗がニヤニヤしている。乾かした杯を机に置いて、晃が最後にこうまとめた。
「まあ、アレや。なんも金だけが欲しいわけでもない。開拓者がいった先での安心を提供する、それだけでも十分な投資になるんちゃうか?」
「‥‥それも、そうですね」
 黒藍は手に持った杯の上で酒の池をくるくると回しながら、くいとそれを飲み干した。
「そうだ! 黒藍さんは新大陸には来られないんですか? 万屋が出資してくれたら私達も凄く楽になりますし、美人さんが後ろで応援してくれていたら嬉しいです♪」
 桐の言葉に、思わず黒藍は微笑んだ。
「それはそれとして、考えておきますね」

 三人とひとしきり話をした後、さすがにもう遅い時間ということで、場はお開きになった。三人の背を見送りながら、黒藍はぼんやりと屋敷の入り口にたたずむ。
「いかがいたしますか?」
 そこに、普段から黒藍を世話している老人がやってきた。
「投資の件は‥‥」
「‥‥よろしいんじゃないですか」
 酒気の残る頬をぱちぱちと叩きながら、黒藍は屋敷の中に戻っていく。
「あの人たちを、死なせるわけにはいきません」
 黒藍の一日はこうして終わる。同じ頃、雲母と譲治、それに琉宇が合流し、まったりと晩御飯を食べに飲み屋へ行った。そこにはまわりの仲間が全員つぶれて寂しくひとり酒をしていた幻十郎の姿があったという。
「うにっ! キララもるーも、新大陸でもよろしくなのだっ!」
 こうして一日は終わりを告げる。今回の取り組みは黒藍に良い印象を与えたようで。まだまだ戦いは続くがひとまず、この話はここで終わり。

 あとは合戦、戦いを待つのみである――。

 了