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■オープニング本文 神楽の都から少し東の村。 夜。 「ほらほら、はやくお布団はいりなさい!」 「やーだー! やーだー!!」 寝室の中をかけまわる少年。まだ三歳くらいだろうか。 「はやく寝ないと! 明日お兄ちゃんが遊びに来るんでしょう?」 母親は慣れた手つきでかわいいわが子を抱え上げると、自分のそれよりだいぶ小さな布団に寝かせた。 「お兄ちゃん、いつ来る? いつ来る?」 少年はわくわくした顔で母親に尋ねた。 「そうねー、お手紙には朝はやくって書いてあったわ。起きれるかな? はやく寝ないと、寝てるうちに帰っちゃうかもしれないわ」 母親は息子をからかった。 「ぼ、ぼくねるね! おやすみ!!」 がばっと布団を頭からかぶり、少年は「ぐぅぐぅ」と口で言っている。 「ばかね」 微笑んで、母親は子守唄を歌い始める。神楽の都から、明日長男が帰ってくる。幼くして開拓者となった、自慢の息子。 「帰ってきたら、思い切り抱っこしてあげなくちゃ‥‥」 季節はずれの雪が降りつもる。あかいあかい。 林に蔵に、緑の田畑に、民家に‥‥。 次々とそれは降り積もり、熱い炎で埋め尽くす。 不敵な鳴き声で埋め尽くす。 母親が目覚めたとき、隣で寝ていた息子は帰らぬ人となっていた。 焦げたにおい。 「―――ッ!!」 声にならぬ声。屋根が崩れた。 ●太陽もいまだ目覚めぬ時間帯 神楽の都の開拓者ギルドに、一人の少年が飛び込んできた。 「まじでやばい! 大至急!! 大至急開拓者を集めてください!!」 眉を寄せる不寝番に、少年は必死に言葉を重ねる。 「空にアヤカシがいるんです! とんでもないことになってる! なにか撒き散らしてるんだ。地面が明るくなってる!」 早口でそうまくし立てるのは幼き開拓者、太助である。10歳という若さでシノビとして仕事をしている。本当ならば、今日の朝に故郷の村へ帰る予定だった。が、異変を感じていったん引き返してきたのだ。 「頼む! お願いだ!!」 彼は頭を下げた。 「わかった、わかりましたよ」 今日の不寝番は赤守ゆわたという少年である。彼は、お茶を差し出した。太助には少し落ち着いてほしかった。もう少し、情報を引き出さなくては。 「茶なんて飲んでられっかよ!」 太助はその手を振り払う。床に落ちて、湯飲み茶碗が派手に割れた。 「‥‥何人必要そう?」 特に気にする風でもなく、ゆわたは小筆をとる。 |
■参加者一覧
志野宮 鳴瀬(ia0009)
20歳・女・巫
焔 龍牙(ia0904)
25歳・男・サ
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
黎乃壬弥(ia3249)
38歳・男・志
赤マント(ia3521)
14歳・女・泰
コルリス・フェネストラ(ia9657)
19歳・女・弓
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
无(ib1198)
18歳・男・陰 |
■リプレイ本文 不寝番に叩き起こされた无(ib1198)は、いそいそと出発の準備を整えて家を飛び出した。普段行動を共にしている尾無し狐、ナイを起こす暇もない。 (やれやれ、駆け出しにも容赦なしか‥‥ナイ、留守番よろしく) まだ夜は明けていない。无は開拓者ギルドに向かって駆けていく。途中、同じく不寝番に起こされたエルディン・バウアー(ib0066)を追い抜いた。お互い気がつかなかったが、今回の仕事仲間である。 「‥‥」 神教会の神父は早起きであると自認する彼であるが、さすがにこの時刻はまだ朝とは言えないようで。そういえば、つい先ほど誰かが自分を追い越していったなぁ、なんてエルディンは眠い目をこすり、開拓者ギルドに到着する。 「んん‥‥?」 龍舎の方が騒がしい。 「東の空に飛んでください! アヤカシが村を焼いています!」 自分を起こしに来た少年、赤守 ゆわた(iz0096)は確かそんなことを言っていた。 「‥‥いけない! すぐにでも向かわないと!!」 エルディンは黄金色の髪を揺らして、龍舎へと急ぐ。 ●龍舎から東へ 「よぉし、大人しくしてろよ? 定國‥‥」 黎乃壬弥(ia3249)が愛龍・定國の角にたいまつをくくりつけている。開拓者の間をゆわたがかけまわり、出発の準備を整えていく。 「まだかよ職員さん! 早く出発しねぇとっ」 右へ左へ駆け回るゆわたをつかまえて、シノビの太助が食いついた。 「おい坊主!」 その横から、壬弥がヌウと声をかけた。太助の意識が壬弥にうつる。ゆわたは无に呼ばれて、「すいません」と残してその場を去った。壬弥が太助のそばにしゃがみこむ。 「怒りはぐっと腹の中に飲みこんどけ、今はな」 な? と笑顔をつくる壬弥に眉を寄せながら、「お、おっさんはひっこんでてくれよ!」と太助は言葉を荒げた。 (やれやれ‥‥) ごりごりと壬弥は頭をかく。太助は自分の炎龍の様子を見に、駆けていった。定國を見上げる壬弥の目が、急に鋭くなる。 (‥‥アヤカシどもが‥‥) 聞けば、アヤカシが村を焼いているのだという。 (‥‥火遊びしたいなら、手前ら同士だけでやっとけや) 壬弥の思いを酌んだのか定國が大きく吼えた。 「おおう」 狭い龍舎に、定國の咆哮が響きわたる。それは風となって皇 りょう(ia1673)の銀色の前髪を揺らした。 「太助殿、ちょっとよろしいか?」 うろうろする太助を捕まえて、りょうが村の位置を訊ねる。村は神楽の都を東にまっすぐ。そうすれば南の方向に見えてくる。今日は月が出ているから‥‥と、太助は村の位置をりょうに伝えた。同じく村の位置を聞きにきた焔 龍牙(ia0904)が、ふむふむとうなずく。 時は待ってくれない。 開拓者たちは早々に、龍舎を飛び立った。 「うわっは! すごい風だねレッちゃん!!」 赤いマントが風を受けて大きく影を伸ばす。赤マント(ia3521)はレッドキャップから振り落とされないように手綱をぎゅっと握ると、同じく駿龍の応鳳を駆るコルリス・フェネストラ(ia9657)らと共に、先行して村へと向かった。揺れるたいまつの光が、彼女らの居場所を知らせる。 「時雨‥‥」 その光を見上げつつ、志野宮 鳴瀬(ia0009)は甲龍である時雨の首を優しく撫でた。 「ごめんね。悪いけど、少し無理して頂戴ね?」 鳴瀬の言葉に、時雨はころころとのどを鳴らす。大丈夫だよ、さあ行こうと言いたげに。 「準備はいいか? 後発隊、出発するぞ!!」 壬弥の声が響く。 「気をつけて! お医者は探しておきますから!!」 ゆっくりと空に飛び立つ甲龍2匹と炎龍1匹を見送り、ゆわたは大きく手を振った。无から医者を村に向かわせるよう、頼まれている。 「あれだ!」 数十分後。龍牙の呼子笛が高らかに鳴いていた。空が徐々に白んでいる。 「見つけたよレッちゃん!」 赤マントはビッとその影を指差した。赤く染まる村の上空、黒い塊が群れとなってその空域を占拠していた。コルリスが【鏡弦】を使う。 「います! 空にはもちろん、村の中にも!」 「村にも!?」 コルリスのそばにいたりょうが大きな声で聞き返す。 「急がないとっ!」 りょうはするりと阿見を抜いた。 龍牙の笛の音が聞こえる。それは、反対側へ――太陽を背にする位置へ――飛び立つことを示していた。赤マントがたいまつを捨てる。 「僕が幾ら速く飛ぼうとも過ぎ去った時間には追いつけない。けど!」 レッドキャップがくるんと一回転し、そのマントのような翼を大きく広げた。 「まだ起こってない悲劇になら追いつけるはず!」 赤マントが敵陣に切り込んだ。 「无さん! 援護は私たちに任せて、救助を最優先してください!」 【ホーリーアロー】の用意をするエルディンに、无はうなずいて応えた。 「無事で会おう!」 りょうを乗せた蒼月が【全力移動】で敵陣に突っ込む。穿つ! (無茶は承知の上!) りょうの叫びが、敵陣に楔を打ち込んだ。 赤き龍と蒼き龍が、黒い雲のような敵陣を引き裂いていく。 (1、2、3、4、5‥‥きりがない!) 赤マントは高速で移動していたかと思うと急に鋭角に曲がり、敵アヤカシに近づいてはまたグンと角度を変えて敵陣の中を突っ切っていた。鳥に乗った小鬼がたいまつを投げつけてくるが、そんなものは一切当たるはずもなく、逆に赤マントの【紅砲】で吹き飛ばされる。 (出来るだけ派手に目立つように‥‥僕に注意が向けば村を狙う手は止まるだろうから‥‥!) りょうが赤マントから離れて地上へと向かった。数体りょうを追いかけていく。一体一体の力はあまり問題ではなかったが、とにかく数が多かった。 (頼むよっ。僕は僕で!) レッドキャップが敵陣を突き抜けた。赤マントが片手を挙げる。 「さあ! 僕に追いついてごらん!」 一方、龍牙も攻撃を開始していた。 龍牙の顔を、分厚い風の板が容赦なく叩く。 (んっ、くっ!) 蒼隼の【全力移動】‥‥息が詰まりそうだ。慣れているとはいえ、乗っている者が龍牙でなければ、その風は脅威ともなっていただろう。 (いいんだ蒼隼。そのまま行け! お前の速さがたよりだ!) そして龍牙は、太陽を背にアヤカシたちを見下ろしていた。すべて見える。怪鳥に乗った意地の悪そうな小鬼、丸々と太った赤い鞠のような物体、そして――。 「あれは、龍?」 どろどろに腐った翼を大きくはばたかせて、どちらかというとジルベリアのドラゴンに近い姿のそのアヤカシが、その大きさからひときわ目立っていた。数を数えるのが面倒なほど、アヤカシたちが空に密集している。 「このほかにも、村にいるんだろう!?」 龍牙が阿見を抜く。たいまつを持った怪鳥乗りの小鬼、怪鳥ライダーが手に持っていたたいまつを村に向かって放り投げた。 「焔を弄ぶとは許せん! 『焔龍』の名にかけて退治する! 覚悟しろ!」 蒼隼と龍牙はひとつの剣となって、アヤカシの群れに切り込んだ。 ざっ ざっ ざっ りょうは【心眼】を使いながら、燃えゆく村の中を歩いていた。蒼月は広場においてきた。長い時間離れてはいられないが、【心眼】の射程距離からすれば仕方のない選択だった。 「あった」 その角の向こうに、【心眼】の反応。りょうは駆け出し、角を曲がった。そして――目の前に現れた、小さな球体お化けを切り伏せた。球体お化け、その名を自爆霊という。 「しまった!?」 いまの一撃は重さが足りなかったようで、自爆霊はその名のとおり、周囲を巻き込んで自爆した。 「ごっ、ごほっ!」 りょうは今日までずいぶん研鑽を積んできた。これくらいでは重傷にならない。 「しかし‥‥」 先ほどから、村人の代わりに見つけるのはアヤカシばかりだ。場所が悪いのか? りょうは一旦蒼月のもとへと引き返す。 「蒼月!!」 蒼月は翼を広げて叫んでいた。蒼月の周囲を、怪鳥ライダーがげらげらと笑い声を上げて飛び回っていたのだ。 「グェッエッエッエ‥‥エエ?」 怪鳥ライダーの上下の口が固定される。もう一撃。応鳳の翼の音が聞こえる。上空から放たれたコルリスの霜風が、正確に小鬼を射抜いていく。 「助かった!」 りょうが蒼月に飛び乗り空に戻るまで、コルリスが援護した。 「村人が見当たらない‥‥?」 りょうの言葉に、コルリスの脳裏を暗い予感がよぎる。【心眼】に反応するのは、アヤカシと生物だけだ。つまり、生きていないものは‥‥。 「気にするな! まだ全部探したわけじゃない!」 りょうはそんな暗い想像を吹き飛ばそうと、わざと大きな声でそう叫んだ。无の【人魂】が、崩れた民家の中へと飛び込んでは飛び出してくる。なかなか見つからない。 「待たせたな!」 聞き覚えのある男の声が、救助班に投げかけられた。 「壬弥さんっ!」 コルリスがいまにも飛びつきそうなほど、嬉しそうな声をあげる。その横では、太助が村の惨事に閉口していた。 「助けなきゃ‥‥助けなきゃ!!」 太助の炎龍が一気に地上に向かって飛んでいく。 「无、太助は救助班に混ぜてやってくれ。あとは大人が始末をつける」 「皆さん、お怪我はありませんか?」 一緒に飛んできた鳴瀬が【神風恩寵】の準備を始める。 「‥‥‥‥さーい!!」 「‥‥ん? いまの声、エルディン殿?」 りょうがあたりを見回した。エルディンの姿はない。 「‥‥?」 ふと気配を感じてりょうが上を見ると、エルディンは大量の怪鳥ライダーに追われていた。 「はっはっはっは! 追いつけるものなら、追いついてみなさーーい!」 愛騎・クリスタはエルディンを振り回しながら、怪鳥ライダーから逃げ惑う。 「‥‥二手に分かれましょう!」 鳴瀬の提案に、一同はこくりとうなずいた。 ●交わる空域 エルディンは救助班の代わりに、敵の攻撃を一身に受けていた。少しずつ撃破しているものの、いかんせん敵の数が多すぎた。地上に向かおうとする敵に【ホーリーアロー】を打ち込んで気をそらし、押しては引いてと救助班の壁となっていた。 「ここを通すわけにはいきません。さあ、アヤカシども! 聖なる矢をその身に叩き込んで差し上げましょう!」 エルディンの【ホーリーアロー】が自爆霊を穿つ。離れた場所から攻撃できるのが、エルディンにとって大きな利点となっていた。もし近接戦闘をしていたら、いまごろ黒焦げである。自爆霊はエルディンに到達する前に、クリスタの【ソニックブーム】で瘴気となり消え去った。が、練力も残りわずかである――と。 「はぁ、はぁ‥‥おや?」 自分を追ってくる敵の数が減っている。 「誰か、援護してくれているんでしょうか?」 ようやくまわりを見る余裕ができたエルディンの眼に映ったのは、二本の角に炎を灯した、甲龍・定國の姿であった。 「一匹たりとも生かして帰さん!」 壬弥がひとり、全長242cmの八尺棍「雷同烈虎」を構えて吼えた。一方でエルディンの傷を鳴瀬が癒し、再び戦場へ向かう気力を与える。壬弥の八尺棍が自爆霊を貫いて、爆風の中から定國の強固な装甲が浮かび上がった。甲龍の定國は自爆霊の自爆にも、怪鳥ライダーの突撃にもその堅い守りを見せつける。 「エルディンさん、赤マントさんたちは?」 この空域には赤マント、龍牙の姿はない。鳴瀬の問いかけに、エルディンはかぶりをふった。救助班の援護としては十分にその仕事を果たしていたエルディンだったが、赤マントたちからはいつの間にか離れていた。 「恐らく、あそこです」 戦域を飛び回っていたコルリスが鳴瀬のところへやってきて、指をさす。その先には、腐った龍と戦う二つの影があった。 上空の敵をかく乱すべく動いていた赤マントと龍牙。二人は次々とアヤカシを討ち取っていた。最初こそ数に手間取ったものの人龍一体となり徐々に主導権を引き寄せていた。残すは、腐ってもなお人を食らおうとする死した龍のアヤカシである。ちょうど露払いを終えた二人は、刀と拳を突き立てる。 「僕達の赤で‥‥!」 赤マントの拳が紅く染まる。 「焔の使い方は‥‥!」 龍牙の刀に焔が宿る。二人の攻撃は死龍の身体を穿ち、こそぎおとし、波となってその威力が見えるかのようだった。が、死龍はしぶとかった。大きく身体に開いた穴が、急速にふさがっていく。 「まだまだ!」 死龍の牙を避け、レッドキャップが【ソニックブーム】で応戦する。炎をまとった龍牙が空に舞う。 「霜風!」 応鳳の翼が戦地にはばたいた。コルリスが【鏡弦】で索敵をし、人員を再配分したのである。空の戦い、残すは僅か。救助班の護衛は専ら、定國と壬弥に任せてある。あとは死龍を滅すればほぼ終わり。コルリスの矢が、死龍の腐った瞳を貫いた。 グ、ググググ 痛がる様子もなくむしろ哂っているようにも見える死龍‥‥。 「【心眼】が終わればもう建物は壊します! 迅速に!」 燃えゆく村では、无が指揮を取っていた。むっくりした小さな嘴の【人魂】が、无の代わりに村の中を飛び回る。村内のアヤカシ駆除は終わり、あとは生存者の救助だけとなっていた。徐々に建物の中から見つかる生存者たち。 「‥‥ここもこれで終了、だな! よし!」 【心眼】担当のりょうが、建物の中から村人を引きずり出して、无の【人魂】に合図を送った。龍はすばやく空を飛ぶことができるが、物を運ぶには適していない。歩けそうもないその村人を、りょうが肩車で避難地へ連れていく。川沿いの避難地では、鳴瀬とエルディンが治療にあたっていた。 「大丈夫! 神はあなたをお守りくださいますよ!」 エルディンは怪我をした少年を元気付けていた。 「かみ? かみさまってもふらさまのこと?」 少年がそんなことをつぶやいている。太助が息を切らして走ってきた。そして。 「‥‥」 かぶりを振って去っていった。どうやら、彼の家族はまだ見つかっていないらしい。 (太助殿‥‥) 鳴瀬は【氷霊結】でつくった氷水でやけどを負った者を治療しながら、太助の背中を追った。綺麗な水が足りなかった。【キュアウォーター】の効果があるのは限られた量の水だけ。その割に消費される練力が大きく、ほとんど川の水をそのまま使うことになった。それでも比較的流れの速い川の水は透き通り、治療にも使えると思われた。 (医者はいつ到着するんだ‥‥けが人が多すぎるぞ) そんな様子を空から指揮しつつ、无はぎりりと歯噛みした。まだこの場を離れるわけにはいかない。生存者の捜索はまだ続いていた。なんとか五体が無事で捜索を手伝ってくれる村人も出始めている。要請を受け、風天の【クロウ】で家の屋根を衝く。 オオオーーーーン 死龍の声。 「これで決着だ!」 龍牙の刀が死龍の首を両断した。死龍はぶるぶると震え、そして瘴気となって風に消えた。長い戦いだった。少し前に敵を殲滅していた定國が、まだ警戒するように避難地上空を旋回している。 「もうアヤカシの気配はありません‥‥私たちも救助に向かいましょう!」 コルリスの掛け声を合図に、戦いを終わらせた者たちが地上へと向かう。 ●弔い 「母さん!!」 「太助‥‥っ」 避難地にて。 太助はようやく、母親を見つけることができた。足を怪我したらしい母親に、太助が駆け寄る。太助は【超越聴覚】の効果が切れた後、捜索班に加わって村人の救出にあたっていたのだが、肝心の自宅で母親を見つけることができず、ずっと家族を捜していたのだ。 「ようやく帰ってきたのね」 母親がにっこりと微笑む。 「次郎丸もお前を待っていたんだよ‥‥」 母親は奇妙に大きな、布で包まれたものを抱いていた。それがなんなのかふと感じて、その場に居合わせた鳴瀬とエルディンは悲しげに眉を寄せる。 「次郎、丸‥‥」 太助はその包みの中を見た。 「次郎丸‥‥」 太助は、しばらくその場から動くことができなかった。 「无さん! お待たせしました!!」 救助がおおむね終わり、ほとんど火災もおさまった頃合に、赤守ゆわたが数名の医師と共に村へとやってきた。彼らが乗ってきたのは龍ではなく、馬。時間もずいぶんかかった。 「‥‥ありがとう、けが人が多くて包帯も薬草も足りないんだ」 无は避難所へ彼らを案内する。 今回のアヤカシの襲撃で村はほぼ全壊と言ってよかった。救いだったのは昨年からの食糧を保管した蔵が無事であったことと、当面の雨風をしのげる程度には建物を残すことができたこと。村人の半数は火災に巻き込まれた。一部、アヤカシによって食い殺された者もいるが、火災による被害がほとんどだった。 「‥‥」 医者たちによる治療が一通り終わり、壊すべき建物を壊し終え、弔いのために共同墓地をつくり、開拓者たちの仕事は終わった。 「‥‥」 即席で作られた共同墓地の墓石に向かって、太助が黙って立ち尽くしている。彼の手も土で汚れていた。これからどうするのであろうか。 太助の背中を見つつ、鳴瀬が時雨のほおを優しく撫でる。赤マントがレッドキャップに乗った。太助を心配そうに見つめている。 「‥‥」 龍牙が太助の隣に、だまってしゃがみこんだ。同じく太助が気になったらしい壬弥が、酒の入った徳利をこんと墓石の前に置く。エルディンが墓をほんの少し飾花した。りょうと无が両手を合わせる。 「死者は弔ってやる事しかできぬ。泣きたいだけ泣けば良い」 りょうがすっくと立ち上がった。 「私で良ければこの胸を貸そう」 りょうのその言葉がきっかけになったのか、太助はぐすぐすと泣き始めた。 (太郎殿にはつらい現実ですが‥‥) エルディンは言葉を探した。 「悔しさをバネにしてもいい、故郷再建でもいい、残った者たちで何ができるのか考え、共に支えあって生きてください。開拓者としてであれば‥‥私たちもまたお会いできます」 太助ががばっとりょうの胸に顔をうずめた。りょうが太助の頭を撫でようとしたとき、 「‥‥かってーむね!」 太助がニカッと笑ってりょうの胸にタッチした。思わず、りょうの顔が紅潮する。 「こ、これはさらしを巻いているからだっ!」 「へへへ!!」 りょうがこぶしをあげ、太助が逃げた拍子に壬弥の供えた酒をつい蹴飛ばして、「おい坊主!!」と壬弥が怒鳴り‥‥。 応鳳がコルリスを見上げる。 「‥‥うん」 コルリスは微笑んで、応鳳の頭を撫でた。 「たぶんきっと、大丈夫ですね」 それから太助は、その村に戻って村の復興に尽力しているという。 足の治った、母親と共に。 了 |