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■オープニング本文 彼はそのとき呪いをかけた。 自分を捨てた家族に。 裏切った後輩、仲間だった人々に。 残ったのは莫大な借金と、なみなみついだ一杯の毒。 ごくり。 ごくり。 腹が膨れるまで彼は毒を飲んだ。 が、彼は死ななかった。 「む、むしろ美味しいーーー!!」 急に前向きな気持ちになった。 明日も一日がんばれる! そんな気がする。 あなたの毒も、魔術できれいに。 ――アガグル・キュア・ウォーター商会 ●りていく 「おい、これはなんだ?」 アガグル・キュア・ウォーター商会の天儀進出責任者、魔術師オボリェがすらりと尖った眉を寄せた。ここは商業の街、石鏡の陽天である。彼の手には、【極秘】と朱色で印がつけられた、一枚の紙。 「へぇ? なにって、今度、瓦版屋さんに持っていこうと思って。宣伝用に載せてもらえないかなって」 同じくアガグル・キュア・ウォーター商会の若き下働き、女魔術師カラガルがニコリと笑った。赤髪ショート、齢は15。これといって特徴のない、年相応の外見である。彼ら二人は天儀進出のため、1週間前にジルベリアからやってきた。まだ開けてない荷物がたくさんある。 「いい内容でしょ? キャッチーだと思うんですよね」 「ダメだなッ」 オボリェは容赦なく、その紙を破り捨てた。二度、三度。それを、ぱっと紙ふぶきの如く――。 「わわわっ、もったいない!」 オボリェが放り投げた紙の破片を、カラガルが必死でかき集める。 そ知らぬ顔で、ごそごそとオボリェは炬燵に入る。湯飲みを傾け、舌打ちをした。 「天儀のチャーイは口に合わんな」 オボリェは湯飲みに人差し指を添えた。するするすーと湯飲みの口から底へ、柔らかタッチでなぞる。 それはお茶から、白湯に変わった。 「ふぅぅん♪ やはり、【キュアウォーター】が無くてはな」 満足げに白湯の香りをかぐ。 香りなど、無いのだが。 お茶に比べれば。 「だが、それがいいと思わないか?」 「知りませんよそんなこと。あーもう。せっかくの企画書が‥‥オボリェさん、明日アガグル代表が来るんですよ? どうするんですかもー」 「そうだったか? アガグル代表も心配性だな。で、代表が来るから、なんだというんだ?」 オボリェは余裕しゃくしゃくだ。 「なに言ってるんですか。アガグル代表、ぜっっったい、天儀進出の進捗をお聞きになりますよ? 天儀進出『責任者』のオボリェさんに。『さて、なにか手は打ったのかね?』って! 厳しいお方ですし‥‥片づけだって、ちゃちゃっと終わらせないと!」 微笑みながら、オボリェはしばらく固まった。 そして。 「白湯を飲んだら片付けするよ。企画書はまた書けば、いいじゃないか」 と言う。 「さっきの内容でもいいぞ」 とも。 「紙がもうありませんし、もうボクは嫌です。やりません!」 カラガルはへそを曲げてしまった。拾い集めた紙の破片を、ぱっとオボリェの頭に降り注ぐ。 「ボク、ちょっと出かけてきます!」 と、桃地の単衣に白いケープを羽織って、外へ出て行った。 陽天の街中、長屋の一室。二人はここに二人暮らし。なぜなら経費削減のため。 それと、理由はもうひとつ。 「――あっ、ばか、一人で出かけるな」 オボリェはカラガルを追ったが、既にカラガルは人ごみの中。オボリェは丁寧に櫛を通していた髪を振り乱してうろたえた。 「‥‥どっ、どうしよう‥‥あいつ、今度こそ帰って来れないぞ」 カラガルは、極度の方向音痴であった。 以前、「きれいな蝶が飛んでいた」という理由で道に迷い、半年間失踪したことがある。二度と会えまいと思っていた頃、本部から歩いて5分の河べりで、めそめそ泣いているのをオボリェが発見した。いったい何をどうしたらそんなに迷うのか。 「‥‥あれほど一人で出歩くなと言ったのに! きっともう迷子になっているはずだ。あいつがいなかったら、私はどうしたらよいのだ。実際、実務は何にもわからないし‥‥。あ、明日アガグル代表が来る!? まずいじゃないか。まずいじゃないか。うーむ」 オボリェはぴたりと止まった。 「そうだ! こっちにも、開拓者がいるんだったな?」 彼は早速、ギルドを探す。 「なんとかしないと‥‥」 明日夕方、アガグル代表が訪問の予定。 滞在時間はおよそ45分。 残り時間は、あまりない――。 |
■参加者一覧
ロウザ(ia1065)
16歳・女・サ
エミリー・グリーン(ia9028)
15歳・女・巫
皇 那由多(ia9742)
23歳・男・陰
此花 咲(ia9853)
16歳・女・志
ハイネル(ia9965)
32歳・男・騎
マリア・ファウスト(ib0060)
16歳・女・魔
リン・ヴィタメール(ib0231)
21歳・女・吟
ジュニパー・ヴェリ(ib0348)
17歳・男・魔 |
■リプレイ本文 石鏡、陽天某所。 「いま、なんか屋根の上を通っていかなかったか?」 オボリェは、一緒にパレードとショーの申請に来ていた皇 那由多(ia9742)に訊ねた。 ――からがるぅぅぅぅ! でーてーこおおおおい!!―― 天井の向こうから、ロウザ(ia1065)のどでかい声が降ってくる。那由多は微笑むと、のんびり湯飲みを傾けた。手続きには、少し時間がかかっている。陽天の中でもこの地域は、催し物に少し厳しいのだとか。ひとくちに陽天と言っても、場所によってルールはさまざまであるらしいが。 「僕らの捜索班の、ロウザさんですね」 「ああ、あのなんかすごく元気な?」 こくりとうなずく那由多。ロウザを追うように、もうひとつ足音が屋根の上を通っていく。 「ハイネルさんも!?」 ロウザと一緒にカラガルを捜索しているのは、ハイネル(ia9965)である。「が、がんばりますねー」と、那由多は感心しきり。ロウザの俊敏で自由な動きについていくのは少々骨が折れるのだが、足音の雰囲気からは、まだ余裕があるらしい。 「あ、そうだ」 思い出したように、持っていた湯飲みを指差した。 「キュアウォーター、試飲してもよろしいですか?」 オボリェは目を丸くした。 「あ‥‥ああ! ぜひぜひ!!」 オボリェが、那由多の湯飲みに指を添える。 ●宣伝・練り歩き準備 「やあ、やってるかい?」 パレードとショーの準備をしているエミリー・グリーン(ia9028)たちのところに、先に捜索に向かっていたマリア・ファウスト(ib0060)が帰ってきた。手には此花 咲(ia9853)が描いたカラガルの似顔絵を持っている。オボリェの話だけから描き出したものだが、非常によく描けているらしい。咲自身も、「やってみるものですね」と目を丸くしていた。 「やっと手がかりを見つけたよ‥‥この顔に、見覚えがあるって人がいた」 似顔絵を指差すマリア。 「うまいことやらはりおすなぁ、マリアさん」 パレードに加えて、ショーをやったらどうかと提案したリン・ヴィタメール(ib0231)が、マリアににっこり微笑みつつ、事務所の荷物の中から椅子を引っ張り出す。ジルベリア風の良い椅子が、ちょこちょこちょこと並んでいく。その傍らでは、ジュニパー・ヴェリ(ib0348)とエミリーが、あーでもないこーでもないとビラを作成していた。ビラはすべて手書き。もしビラを印刷するなら木版印刷がコスト的に一番良いのだが――それでも、割と結構な値段だが――なにより、木版を作るのには最短でも2・3日はかかるため、印刷は断念したのだった。 「あら、おかえりなさいませ」 申請から帰ってきた那由多とオボリェを、ジュニパーがやわらかくお出迎え。 「ああ、ジュニパーさん。いま帰りましたよ」 オボリェは変に丁寧な口調で、ジュニパーに微笑みかける。 (あらいやですわ。って、ちょっと、待て、あんまり近寄らないでくれ) ビラを作っていて両手が離せないジュニパーに、オボリェが近づいてきた。手には、どこで摘んできたのか、赤い小さな花。 「あなたのような美しい方の手を汚すわけにはいかない。ビラ作りは、僕に任せてくれ」 (いやいやいや! よりにもよってなぜ俺に!?) 迫ってくるオボリェを、ジュニパーは自分でやるからと突っぱねた。それでも粘ろうとするオボリェに、リンが釘を刺す。 「ああー、時間おまへんなぁ。オボリェさん、手伝ってくれてもかまいまへんけど?」 リンは帰ってきた那由多と一緒に、宣伝用ののぼりを作っている。 「うっ‥‥」 暗に示された言葉に気がつき、オボリェはリンの指示に従って、ショーの準備を手伝うことになった。 ●春風を呼ぶ催し (唖然、あれほど動いても、息ひとつ切らしていない‥‥子供は元気なのが好ましいが‥‥私は聞き込みもしておくか) 屋根から降りながら、ハイネルはそんなことを考えていた。決して体力的についていくのがしんどかったわけではない。ロウザは陽天の屋根の上を、まるで庭のように駆け回っている。 「どこ いるかな? あちかな? こちかも‥‥あ!! しょう からがる みつかったか?」 屋根の上からとたたたたーと人の波を見下ろしながらロウザが進んでいると、出店で美味しそうなものを食べている、咲を発見した。しゅた、とロウザが咲の近くに飛び降りる。 「しょう それ おいしいか?」 咲に近づいて、ロウザがくんくんと匂いをかぐ。 「あ、ロウザさんも食べてみます?」 差し出したのは、温かそうな鯛型のお菓子だった。餡子が入っているらしい。 「これ ろうざ はじめて! なかに くだもの!?」 ひょいぱくとそのお菓子を食べたロウザは、目を丸くして驚いた。相当美味しかったらしく、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。 「餡子のほかに、理穴産の果物を使ってるらしいですね。餡子と果物のハーモニーが‥‥先ほど食べたものも相当美味しかったのですが、これも中々に美味しいのです‥‥」 どうやら捜索とともに観光も楽しんでいるらしい咲は、幸せそうに目を細める。陽天は、各地の特産品を楽しめることで有名な街だ。 「おや?」 咲が道行く人の手に目をとめた。 「はじまったみたいですね。行きましょうか、ロウザさん?」 往来を行く人の手に、ショーのビラが見え始めた。 「間もなく、アガグル・キュア・ウォーター商会の実演販売を行います〜。美容と健康の味方、アガグル・CWSの良さを体験しにいらして下さいねー」 ジュニパーがニコニコと微笑みながら、往来でビラを配っている。そのすぐ近くに、並べられた椅子。 「僕がモデル担当‥‥大丈夫ですか? 説得力あるかな‥‥」 少し緊張した様子で、那由多がマリアに問いかける。 「いや‥‥私も正直、いつもは結構無頓着だから、ね」 クールな様子で、マリアがそう答える‥‥と。 「大丈夫よ!」 エミリーが、マリアと那由多に微笑みかける。 「マリアちゃんも那由多ちゃんも大丈夫! 美人だから、『メイク』もばっちり決まるわ!! 綺麗好きなカラガルちゃんが、つい見に来ちゃうような、素敵なショーにしましょ!!」 この時代のメイク(お化粧)といえば、白粉が代表的だろう。ジルベリアや泰国の文化も昨今では入り込んでいるので、もう少し幅が広がっているか。 元気いっぱいのエミリーの言葉に、 「いい機会ではあるよな」 「‥‥お任せします」 と、笑顔で応える二人。満足そうに、エミリーはうなずいた。 「あれ? なんかやってるな‥‥」 往来を行く一人の少年が足を止めた。すかさず、ジュニパーがビラを手渡し、「間もなく始まりますよ!」と一声かけてから去っていく。 「‥‥全ての女性を内と外から美しく‥‥へえ、キュアウォーターをこんな風に使ってるんだ? ちょっと面白そうだな‥‥」 その少年はビラを持ったまま、ショーが行われるちょっとした広場に、入っていった。既に、何組かの男女カップルやら個人の観光客やらが、ステージを囲んで座っている。その隅に、彼は座った。 「って、『見かけた方はお知らせください』? ‥‥なんだこれ」 座ってからビラを改めて見て、少年は首をかしげた。 「赤髪ショート、15歳、桃地の単衣に白いケープ? ん? んんん?」 どこかで見たような‥‥? 会場に、リンが演奏するリュートが響き渡った。 開演――。 ●発見! 泣き虫カラガル 「急遽、なんと場所が変わっていたのか」 ハイネルはショーの場所に向かって急いでいた。既に開演しているはず。聞いていた場所と、配られていたビラに書かれた場所は、違っていた。 実は、マリアがカラガルの目撃情報を得てから、一度開催場所を変えている。 「ごめんなさいねぇ、わたしがお引止めしちゃって」 ハイネルの背には、人のよさそうな女性が背負われていた。 「無用、感謝いたすのは私のほうだ」 彼女はキュアウォーターにかなり興味を持っていた。実は最近怪我をして、少しの間歩けなくなったのだが、それから水の味がわかるようになったのだとか。少し前、茶屋で腰掛けているところをハイネルが声をかけたのだが、「美味しい水が飲めるなら‥‥興味あります」と彼女はハイネルにはっきり告げた。 そんな事情があり、ハイネルはぜひショーを見に来てもらいたいと、こうして彼女と一緒に急いでいる。 「発見、あの広場に違いない」 ハイネルは広場に飛び込んだ。 ――拍手―― 広場は拍手で満たされていた。 「ほんと、化粧のノリがぜんぜん違いましたわ〜!!」 ジュニパーとエミリーが、拍手喝采を受けている。そのすぐそばで、綺麗にメイクされた那由多とマリア。 「わーぁ! これが、ぼ‥‥わたし!? 信じられない!!」 と、那由多は感動した様子。 マリアはまんざらでもなさそうな雰囲気で、「これからは、少し拘ってみようか‥‥」と微笑んでいる。 「で、皇。きみも中々似合ってるじゃないか」 マリアのからかいに、ほほ赤くする那由多。 少し前まで大人しくしていたロウザが、紙ふぶきを散らしていた。リンの音楽の音色が、さらに空気を盛り上げていく。水鳥の羽が揺れる。歌が始まった。 「驚愕、席が空いていないとは」 「わたしはここでよく見えますよ」 192cmのハイネルの背中で、女の人がうれしそうな声を上げる。いつのまにか、頭によじ登っていた。 「わかる‥‥これは水の女神様の歌‥‥わかります‥‥」 彼女のほほを伝った涙が、ぽたんとハイネルの頭に落ちた。 それから、ショーは盛況なうちに、カーテンコールとなった。 『全ての女性を内と外から美しく――アガグル商会は貴女たちの一番の味方です!!』 その言葉が、女性たちの心に強く残ったのは、言うまでもない。 「あの‥‥」 ショーが終わった。 けれど、結局カラガルの姿が見当たらなかったことに不安を感じていた咲に、少年が声をかけてきた。手には、事前に配っていたビラ。 「どうしましたか? ひょっとして、なにか‥‥?」 少年はこくんとうなずいた。 「この人、ぼく知ってますよ! 実は、さっき桜の木の下で‥‥」 「いた! からがる! みつけたぞ!」 「ふふふ。カラガルさん見っけー、なのですよ」 カラガルは、街から少し離れた河辺で寝ていた。 桜の木が、さらさらと桃色の雪を降らす。 ロウザと咲が、カラガルを見つけた。 「ん‥‥」 寝ぼけ眼のカラガルに、ぐーんと顔を近づけて匂いをかぐロウザ。 「わっ、う、うわわわわーー!!」 カラガルは飛び起きて逃げ出した。 「わ! おいかけっこ? わはは! まてまてー!」 本能をくすぐられたロウザが、逃げ出したカラガルをダッシュで追いかけた。 「ロウザさん〜! あんまり驚かせたらダメですよ!!」 咲の声が届いたのか、「わはは! ごめん だぞ!」と返しつつ、それでもカラガルを追いかけていくロウザ。 ●アガグル到着 少し前 「本当にすいませんでした‥‥」 カラガルは、開拓者たちに深々と頭を下げた。 あれから、長屋の片付け、書類の整理まで、開拓者たちは手伝ってくれたのだ。 いまではすっかり事務所らしくなった部屋で、カラガルが涙を浮かべている。 「ううっ‥‥これ以上のお礼は出せませんが、ありがとうございますっ」 「こら、失礼だろそんなこと言ったら」 オボリェがカラガルにつっこみをいれる。 「嘆息、しかしオボリェ、計画は前もってから準備しておくものだ。前日になってから騒ぐようでは先が見えるぞ。先ず、普段からの行いからして他人任せきりだということが‥‥」 ハイネルがオボリェに釘を刺した。 「ぐっ」 「推奨、それにカラガルも‥‥」 「ううっ」 言葉を失う二人。 「いい におい! これ のむ できるか?」 「だめよ! ロウザちゃん、これは今日の分なんだから。特に今日はメイク落としに力を入れるわ! 『しっかりメイクも、このキュアウォーターを使用した真水で洗い流せば肌荒れも無し! そこの綺麗なお姉さん、見て行ってちょうだーい♪』ってね!」 ロウザとエミリーが、アガグルを迎える準備をしている。 それを手伝っている、咲とリン。 がしゃーん カラガルが、オボリェの頭に豚の貯金箱をたたきつけた。貯金箱は、からっぽ。 「もー! いったいいくら使ったんですか、今回のイベントで!!」 カラガルが、顔を真っ赤にして怒っている。 「さあ?」 と、すっとぼけるオボリェ。 「ボクはもう、やってられません!!」 そうして、カラガルは部屋を飛び出していった。 「あっ」 言葉を失う那由多。 「いっそ、首輪でもつけておけばいいんじゃないか?」 ふう、とマリアがため息をつく。 「ふっ、僕には、ジュニパーさんがいるから、それでいいのさ」 と、オボリェはジュニパーの腰に手を回す。 「いや、だから!」 俺は女じゃねー!! と、ジュニパーはオボリェを吹っ飛ばすのだった。 がらがらがらー 来訪者だ。 エミリーが、対応した。 「あ! アガグルちゃん? いらっしゃい!!」 アガグル・キュア・ウォーター商会は、それから順調に売り上げを伸ばしている。 了 |