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■オープニング本文 ●山に蠢く‥‥ 「な、なんじゃこりゃ‥‥」 最初にその光景を目撃した人は、そのあまりに異様な様相に圧倒され、そう呟くしかなかった。 所狭しとひしめき合う大小様々なそれは、寝ころんだり乗っかったり乗っかられたり、転んだりぶつかったり喧嘩したりと、大して広くもない茂みの一角で蠢いていた。 「そんな・・・・なんだってこんなに・・・・」 男は神妙な顔つきでその光景を眺め、ごくりと唾を飲んだ。 そこにいる者達は決して珍しくもなければ恐れるべきものでもない。だがそれ故に、その光景はあまりに奇妙だった。少なくともこの男は、生まれてから二十数年余りの歳月の間、一度もこのような光景を目にしたことがなかった。 「全部、もふらさまじゃねぇか・・・・」 右も左もどこもかしこも。男の視界は大量のもふらさまに埋め尽くされていた。 恐れというよりは呆れに近い感情を抱きながら、男は呆然と立ち尽くし、しばらくその場から動けなかった。 何故こんなにも大量のもふらさまが一斉に生まれたのか。そんなことは解らないし、考えたくもないと男は思っていた。ただただ圧倒され、立ち尽くし続けている内に時間は過ぎ、男はハッとなって慌てて町へ引き返そうときびすを返した。この異様な事実を町の皆に伝えなければ。そう思い立ち、一歩を踏み出した瞬間、背後に近づく無数の足音が男の耳に飛び込み、男はギクリと肩をすくめてゆっくり振り返った。 「な、何の用かな?」 男の存在に気づいたもふらさま達は男にそっと近づき、物欲しげな表情でじっと男を見つめていた。 その狙いに気づいた男は、手に提げていた山菜入りの駕籠を背に回し、何も持っていないという素振りを見せると、少しずつ後ろに下がり、やがて一気に山の麓を目指して駆けだした。 もふらさま達もゆっくりとした足取りながら、貪欲な目をギラギラと輝かせながらその後を追い始めた。大量のもふらさまが背後から追ってくるその光景は、先ほどよりも更に奇妙さを増し、男の目には不気味にすら見えた。 「やばいぞこれ・・・・町まで追ってくる気かよ!」 そうなればどんなことになるか。男は考えるだけで背筋が凍り付くのを感じた。男の住む町は決して広くはない。有に百匹近いもふらさまが一斉に押し寄せたら、収拾がつかないどころの騒ぎではない。 そんな男の心配なぞ露知らず、もふらさま達は一向に歩みを止めることなく押し寄せてくる。 「うわあああああ!」 男はただ、虚しい叫び声を山に響かせながら、ひたすらに逃げることしか出来なかった。 ●町で蠢く‥‥ 案の定、町に逃げ帰った男の後を着いてきたもふらさまの群れは、町に大混乱を招いた。 もふらさまはもはや手の付けられないほどあちこちに散ってしまった。 「何とかなら無いのかこれ?」 「何とかって言っても‥‥」 町の人々は大量のもふらさまに翻弄されながらもなんとか対応策を考え、色々な案が出された末、近辺の町や村に話を伝え、もふらさまの貰い手を探すという案で落ち着いた。 しかし早々簡単にこれだけ大勢のもふらさまを貰ってくれる人が現れるわけも無く、しばらく間は町の人々が交代でなんとか世話を続けた。 やがて、町の人々の気力がいよいよ尽き掛けた頃、まだ半分以上も残っているもふらさまを全て引き取ってくれるという人物が現れた。 朱藩に住むもふらさま好きの富豪だということだったが、もはやそれが誰なのかはどうでもよく、人々はようやく大量のもふらさまの世話から開放されると喜ぶだけだった。 だが、その富豪の使いが町までもふらさまを引き取りに来るまで後数日だと言うのに、町の人々は仕事や家事ともふらさまの世話の両立に耐えられなくなり、リタイアする人々が続出した。 このままでは引取りが来る前に町ももふらさまも疲労しきってしまう。 「こりゃあ、人手を揃えんとなぁ‥‥」 町長は深い溜息をつき、町の大騒動を無事収拾させるため、開拓者ギルドに依頼を出した。 富豪の使いもふらさまを引き取りに来るまでの間、大量のもふらさまを世話してくれる物好きな開拓者を求めて‥‥。 |
■参加者一覧
星鈴(ia0087)
18歳・女・志
白拍子青楼(ia0730)
19歳・女・巫
雲母坂 芽依華(ia0879)
19歳・女・志
水鏡 雪彼(ia1207)
17歳・女・陰
太刀花(ia6079)
25歳・男・サ
からす(ia6525)
13歳・女・弓
かえで(ia7493)
16歳・女・シ
桂木圭一郎(ia7883)
37歳・男・巫 |
■リプレイ本文 ●ご対面。そしてお仕事へ。 依頼を受けた開拓者一行は町に着くとまず代表者の下を尋ね、挨拶をすませると問題のもふらさま達がいるという小屋へ案内された。 想像していたよりも小ぶりな外観に驚きつつ、開拓者達は小屋の中へと足を踏み入れた。 「‥‥もふもふ‥‥もふもふが一杯‥‥」 そこに広がる光景を目の当たりにした星鈴(ia0087)は、高揚した表情で思わずそう呟いた。 「すごい顔だよ、星鈴さん」 その様子を見逃していなかったからす(ia6525)の声を聞いて我に返った星鈴は、周囲の視線に気付いて顔を真っ赤に染めた。 「はっ! ‥‥な、なんでもあらへん‥‥と、とりあえず仕事ん入ろう‥‥」 星鈴は慌てて取り繕ったが、結局のところ、その場に居たほとんどの開拓者がもふらさまに魅了されている事に変わりは無かった。 来訪者に興味を示し、じっと見つめてくるもふらさまを抱きたい衝動に駆られながらも、開拓者達はそれぞれの仕事に取り掛かった。 予定されていた通り、太刀花(ia6079)と桂木圭一郎(ia7883)の男で二人が中心となり、雲母坂芽依華(ia0879)、からす、星鈴を加えた五人は、もふらさまを開放するための放牧地の増設に取り掛かった。 元々小屋の周りにはそれなりの敷地があったのだが、町の人々の手が回らずそのままだったものを、彼らの案で整地することになったのだった。 「よし、これでいい。お願いします」 町から提供された木材を切り、を繋ぎ合わせ、適度な大きさの柵を組み立てていく作業は太刀花が。 「はい、確かに」 それを運び、決められた場所に設置していく作業は、桂木を中心にからす、芽依華、星鈴が行った。 「早うもふらはんと遊びたいからって、適当な仕事はあきまへんよ?」 人一倍せっせと動く星鈴に、芽依華は苦笑しながらそう告げた。 「そ、そんなことあらへん! うちは単純に頑張ってるだけや!」 またしても顔を赤く染め、星鈴は誤魔化すようにまたせっせと動いた。 芽依華はそれを見て微笑み、自身もまた、早くもふらさまとふれあえるよう、せっせと働いた。 ●役得 その間、小屋の中ではかえで(ia7493)、白拍子青楼(ia0730)、水鏡雪彼(ia1207)の三人が、もふらさまの健康チェックを兼ねた、もふらさまの班分けを行っていた。 大量のもふらさまの数を把握し、上手に管理していくために必要な作業だった。 もふらさまの半分には赤いリボンを、もう半分には青いリボンを結び、それぞれの班ごとに通し番号を振った。 「うぅ〜ん、もふもふですの〜」 一匹一匹丁寧にリボンを結びつつ、青楼は思いっきり抱きついてもふもふしていた。 それは青楼だけではなく、一緒に作業をしているかえでと水鏡も同様だった。 「かわいいねぇ‥‥ほんとかわいいねぇ」 かえでも。 「ほんとですねぇ。もふもふ〜」 水鏡も、満面の笑みが崩れる事は片時もなかった。 それでいてしっかりと班分けの作業は進んでいたのだから、咎める者もいなかった。 芽依華と星鈴は心底羨ましそうにしていたが、 「役得ってやつですよ」 満足げな笑みを浮かべてそう言うかえでと、それに同調して頷く青楼と水鏡を前に、がっくりと項垂れるしかなかった。 ●お世話開始! その後両班はそれぞれの仕事を無事終え、放牧地の危険物処理なども終了し、一行は万全の体制で翌日を迎えた。 早朝から行動を開始した一行は、決められた班ごとにそれぞれの担当する作業に取り掛かった。 赤いリボンをつけたもふらさまの担当は、星鈴、水鏡、かえで、桂木。 青いリボンをつけたもふらさまの担当は、青楼、芽依華、太刀花、からすとなっている。 「午前中は赤リボン班のもふらさまを放牧。その間、私達は小屋の掃除等々の雑務。ということで、よろしく」 からすが確認するように言うと、赤リボン班の担当者四名は気合十分に頷き、担当となっているもふらさま三十匹を引きつれ、小屋の外へ出て行った。 小屋に押し込められているもふらさまのストレス解消のため、広い場所での運動は必須事項だった。 昨日の作業で作られた開放的な放牧地に放たれ、もふらさま達は思い思いの場所で寝転んだり走ったり戯れたりした。 「ほら、こっちこっち〜」 早速かけっこ遊びを始めたかえでの後を数匹のもふらさまが追いかけ、放牧地をぐるぐると走り回った。 それを見守りつつ放牧地の中心付近に腰を下ろした水鏡は、周囲に寄ってきたもふらさまの背を撫でて落ち着かせると、そのまま思いっきり抱きついた。 「はぁ〜、あったかいですね〜。これからの季節には最高です〜」 水鏡は毛皮に頬摺りし、心地よさそうに笑顔を浮かべた。 もふらさまも嫌ではないようで、心なしか笑っているように見えた。 「うん、皆さん楽しそうで何よりです」 それらの光景を、一番放牧地を見渡せる位置に立って見守っていた桂木が満足そうに頷いた。 放牧中のトラブルなどが無いよう、しっかりと目を配るようにとこの位置に立っていた桂木だったが、彼には突如もう一つの仕事が出来てしまった。 「あの‥‥もふらさまと遊べるって聞いてきたんですけど‥‥」 その巨躯の背に向かってかけられた声に、桂木は思わず驚きながら振り返った。 そこには一組の親子が、昨日の作業終了後に町に出向いて配った広告紙を手に立っていた。 桂木は自分が強面で、その巨大な体は威圧的だという自覚をしていたため、声を掛けられたことを意外に思っていた。 「え、あぁ、はい。遊べますよ、こちらです」 桂木に案内され、親子は柵の内側へと入った。 その後も何組かの親子連れがこの場所へとやって来た。世話をするという立場から開放された今、改めてもふらさまとふれあう機会を得た住民は、新鮮な気持ちでもふらさまと触れ合う事が出来たようだった。 「‥‥くー‥‥はっ」 そんな中、星鈴は放牧地の片隅で一匹のもふらさまに抱きついたまま眠りこけていた。 抱きつかれていたもふらさまも眠ってしまっており、丁度いい抱き枕となってしまっていたのだ。 周囲がざわめきだしたことで思わず目を覚ました星鈴を、遊びに来た人々や水鏡やかえでは、微笑ましく見守っていた。 その後星鈴が茹で蛸のごとく真っ赤に染まったのは、言うまでも無い。 ●お世話開始! その二 「では、次は我々の番ですね」 お昼時。もふらさまを一旦小屋に戻し、開拓者達が昼食をとり終えると、今度は青リボン班が放牧の番となる。 太刀花が眼鏡を押し上げる仕草をし、同じ担当の仲間達に視線を巡らせると、皆先ほどの赤リボン班に負けない表情で頷いた。 午前中は狭い小屋の中での掃除や行水を行っていた青リボン班の面々は、開放的な放牧地へ繰り出すや否や、もふらさま達と同じようにその解放間を全身で感じた。 「ひょい、ひょいっ、それっ」 青楼は棒の先に短冊を吊るしたおもちゃを持ち出し、それをもふらさまの前でひらひらと回せてみせた。 もふらさまは興味深そうにそれを見つめ、やがて飛びつくように短冊の動きを追い始めた。 「うぅ〜ん、かわいいですの〜〜」 青楼の顔は糸の切れた弓のように緩み、目には星の輝きが瞬いた。 「‥‥ふぅ、いい乗り心地だ」 何もはしゃぐばかりがもふらさまとの交流ではなかった。 からすは一際大きな体格のもふらさまの背に乗り、気ままに放牧地を歩き回るもふらさまの背の上でくつろいでいた。 時折もふらさまの背や頭を撫でてやると、もふらさまは嬉しそうに体を揺らした。 「わわわ、あかんでしょ喧嘩しちゃ。仲ようしいひんとあきまへんよ」 大きいもふらさまもいれば、小さいもふらさまもいる。大人しいもふらさまもいれば、元気のよいもふらさまもいる。 芽依華が相手をしていた二匹の小さなもふらさまは、芽依華が投げた毬を奪い合って喧嘩を始めてしまっていた。 ちょっと小突いたりする程度だったが、芽依華はすかさず間に入り、二匹共お座りをさせて軽く叱った。 もふらさまは並んで頭を垂れ、反省している様子が見えると、芽依華はすぐに二匹の頭を撫でてあげた。 「おや、広告を見て来られた方ですか。どうぞ、お入りください」 午後になると、外部からの客足は数を増した。 太刀花が柵の一角に立ち、放牧地内での約束事などを説明をした上で柵の内側へと案内した。 突如現れた大量のもふらさまの世話に追われていた頃は、もふらさまとふれあおうという気は早々起きなかった町民達だったが、こうして整備された場所で改めてもふらさまと向き合うことで、新たな楽しみを見いだすことが出来たようだった。 ●幸せのもふら 午前、午後の放牧を終え日も落ち欠けた頃、もふらさまが全てちゃんと小屋に入ったことを確認すると、開拓者達は放牧地の片隅に腰を下ろし、しばしの休息をとった。 「ほら、茶を入れてきたぞ」 からすは皆の分の湯呑みを乗せた盆を携えて現れた。 いつの間にやら茶の用意を持ち込んでいたようだったが、皆そんなことは特に気に留めず、ありがたく茶をいただいた。 「とりあえず、初日は上手くいきましたね。この調子で後三日、頑張りましょう」 茶を一口飲み、桂木は今日一日の出来事を振り返りながら言った。 他の者達も皆、もふらさまとふれあった事を思い返し、互いに語って聞かせている。 「それにしても、何であんなに沢山のもふらさまが生まれたんでしょうか?」 ふと水鏡が思い出したようにそんなことを呟いた。 皆一様にその答えを考え出したが、なかなかこれといった答えは出てこないようだった。 「そうですね・・・・もふらさまは精霊力が一定以上集まると生まれるそうですから・・・・」 眼鏡を押し上げながら俯き加減に考えていた太刀花がそう呟くように言うと、芽依華が続けるように口を開いた。 「なら、何やええ事が起きるんではおまへんか? この町を囲む山には、それやけたんと精霊力が集まるってことどすねんさかい」 芽依華の言葉に、今度は星鈴、そしてかえでが続けた。 「じゃあ、あの沢山のもふらさまは、そのええ事を届けてくれるのかもしれへんな」 「それじゃ、精一杯お世話して、元気なもふらさまを新しい飼い主の元に届けてあげないとね。そうやって、新しい人達に幸せが繋がっていくといいんじゃないかな」 皆は一様に頷き合い、それを否定する者は誰もいなかった。 「よぉ〜し、もふらさまと皆のために、がんばってお世話しますの〜!」 立ち上がり、夕日に向かって宣言するように声を上げた青楼に、皆は声を合わせて掛け声を続けた。 その声は開拓者達の強い意思と共に、町を取り囲む山々に吸い込まれていくようだった。 ●続く日々、そしてお別れ それから三日間、開拓者達は班ごとの放牧と掃除などの世話を繰り返し、もふらさまとの交流を深めていった。 青楼とからすは小屋でもふらさまと一緒に眠るほどに仲良くなり、その様子は夜に小屋の見回りをしていた桂木に発見され、かえでが逐一つけていた日記にもしっかり記された。 最終日には町の外からの来客もあり、もふらさまが沢山生まれる町として、その名は広まりつつあるようだった。 そうして向かえた、もふらさまを引き渡す当日。 町にやって来た富豪の使いは、非常に健康そうな元気の良いもふらさま達を見て上機嫌だった。 「迎えが遅くなって申し訳なかった。もふらさま達は、しっかり世話していただけたようだな。主も、これだけ生き生きしたもふらさまならばさぞ喜ばれるだろう。主に代わって礼を言わせていただく、ありがとう」 大勢いたもふらさま達は無事全匹、用意された豪華な荷馬車に乗り込み、開拓者達との別れの時がやって来た。 「‥‥もふもふ‥うぅ‥‥もふもふが‥‥」 名残惜しそうにもふらさま達を見送る星鈴の目には、薄っすら涙が浮かんでいるようだった。 もふらさま達もそんな星鈴の姿をじっと見つめ、別れを惜しんでいるように見える。 「また遊んでくださいましですの‥‥」 「残念どすけど、しょうがあらしまへんな」 青楼も、芽依華も。 「大事にされてね。また会えるよね」 「色々と勉強させてもらったよ、ありがとう」 水鏡も、太刀花も。 「ばいばい、またどこかで会おう」 「楽しかったよ、またね」 からすも、かえでも。 「皆さん、お元気で」 そして桂木も、皆それぞれの言葉で別れを告げ、その言葉に背を押されるように、荷馬車は走り出した。 別れは辛いものだったが、決して悪い事ではなかった。 もふらさまは新たな飼い主の下で新たな世界を知り、この町でそうだったように、色々な人々を癒したり、誰かの役に立つ事をしたりするのだろう。 そして。自分たちが新たな場所へと出向く事が出来るのは、この五日間お世話をしてくれた開拓者達と、蔑ろにせずに町に止めておいてくれた町民達のお陰だと、もふらさま達は分かっているようだった。荷馬車の小窓から顔を覗かせ、丁寧に頭を下げてお礼の心を示すもふらさま達の姿が何よりの証拠だった。 五日間という期間は決して長くは無かったかもしれないが、開拓者達、そしてきっともふらさま達も、何かを得たに違いない、貴重な五日間であったことは間違いなかった。 |