導く
マスター名:野田銀次
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/09/17 20:35



■オープニング本文

●若すぎる刃
 朱藩のはずれに位置する山道。
 道幅は狭く、馬がすれ違うのも難しい荒れた道の真ん中を悠然と歩く一人の青年。
 彼の名は伊勢京次郎(いせ きょうじろう)という。この辺りではそれなりに名の通った若きサムライだ。
 幼い頃、彼の才能を見出したとあるサムライのもとで修行を積み、まるで大地から養分を吸収し成長する植物のごとく、時の流れに合わせてめきめきと頭角を現した。
 14歳の時に初めてアヤカシを討伐した時から、彼の人生は一変した。
 自分の持つ力大きさを知ったその瞬間、彼は他人の一切を受け入れなくなった。勿論、人として生きていく上で必要な礼儀や常識はわきまえているし、使いこなしている。
 だが彼の心は常に他人を拒絶し、自分こそがこの世で一番力を持っているのだと、己自身を過信し始めたのだった。
 それは大きな勘違いであると同時に、決して間違いでもないのだ。
 なぜならば彼の力は日に日に増すばかりで、周囲の人間は近いうちに本当に彼が最強の開拓者として名を馳せる日がくるのではないかと思い始めていた。それほどまでに、伊勢京次郎という青年は才能に満ち溢れていたのだ。
 そして今も、新たな戦跡を刻むべくアヤカシを追ってこの山までやってきたのだ。
 今回の獲物は四本足の巨躯を誇る熊のようなアヤカシだ。
 近隣の村を襲い、開拓者の追撃を逃れてこの山に潜んでいるという。
「そろそろか」
 抑揚のない声で呟くと、京次郎は口元を不気味に歪めた。
 
 それから数時間後。開拓者ギルドにアヤカシ討伐の知らせが届いた。
 仕留められたアヤカシは、四足で巨体。熊のような体躯のアヤカシ。
 そのアヤカシを刀の錆に変えた者の名は、言うまでもないだろう。

●想う者
 一度尻を叩きにいくべきか。
 京次郎の新たな戦果を聞き、老人は真っ青に染まった空を見上げて考えた。
 あの馬鹿弟子を野に解き放ってしまった自分の責任をどう取るべきか。長年刀を手にしながらも弟子というものをとったことのなかったこの老人は、未だにその答えを出せずにいた。
 長いことアヤカシと戦うことしかしてこなかった。別に名を上げたいとか力を極めたいとか、そういう目的があった訳ではない。自分にはこれが一番性に合っていると、そう考えていただけだ。
 そんな中、通りかかった嵐のように目の前に現れたのか京次郎だった。
 京次郎の才能に途方もない魅力を感じた彼は、いつしか彼を弟子として迎え、自らが培ってきた技術を教え込んでいた。
 この天才的な少年ならば、自分がただ漠然と歩んでいたこの道に何かしらの答えを見つけてくれるかもしれない。そんな、これまたぼんやりとした希望があった。
 だが蓋を開けてみれば、自らの力に溺れた京次郎は師のもとを無断で離れ、気がつけば勝手に開拓者としてアヤカシを仕留め続ける日々を送っているという。
 何をどこで間違ってしまったのか。やはり自分には刀を振るう以外の部分が著しく欠けているらしいと、老人は今更ながら自分の不甲斐なさを悔やんだ。
「しかし・・・・・・今の私では京次郎を止められん」
 老人の体はいまやすっかり衰え、疾風のように各地を飛び回っている京次郎の行動を掴むことすらままならない。
 老いていく自分の後継者という意味でも、彼は京次郎に可能性を見ていた。
「自分の尻拭いを自分でできないとは。師匠が聞いて呆れるな。だが・・・・・・京次郎をあのままにしておくことだけはできん」
 このままでは、京次郎はいずれ過信によって命を落とす。それは間違いない。
 それを分かっていながら何もしないほど、この老人は大人しくはなかった。
 自分でできないのならば、誰かの手を借りてでも引き戻す。
 これが師匠としての最後の勤めだと己を奮い立たせ、老人は一路、開拓者ギルドへと向かった。


■参加者一覧
胡蝶(ia1199
19歳・女・陰
ユリア・ソル(ia9996
21歳・女・泰
玄間 北斗(ib0342
25歳・男・シ
刃兼(ib7876
18歳・男・サ
呂 倭文(ic0228
20歳・男・泰
ハティーア(ic0590
14歳・男・ジ
葛野 凛(ic1053
16歳・女・泰
エマ・シャルロワ(ic1133
26歳・女・巫


■リプレイ本文

●観察者達
 京次郎は自分のこめかみが引くつくのを感じていた。
 いつもと変わらないアヤカシ討伐の依頼のはずなのに、今回は彼にとって想定外の出来事が続いていた。
 今回の依頼はいつも通り一人で受けたはずだったのだが、何故か突然、依頼の共同解決者だと名乗る者が二人も現れたのだ。
 当然京次郎は猛反発したが、同行者を名乗る者の一人、胡蝶(ia1199)はこう言った。
「大した自信ね……良いわ。なら手並みを拝見させてちょうだい。単独で成功すれば報酬はそちらに譲るわ」
 その言葉に一瞬気を許した京次郎の隙を逃さず、もう一人の同行者、ハティーア(ic0590)も口を開く。
「依頼の報酬をもらえないと親に殴られるけど……僕も半分はあげる。お願い、戦闘の邪魔はしないから」
 懇願するハティーアのあまりにも弱弱しい姿を見て、京次郎は突っ返す気も失せ、結局同行を承諾してしまった。
 これだけならまだいい。京次郎の苛立ちに拍車をかけたのは、目的地であるアヤカシの塒までの道中で出会った一人の女性だった。
「お願いです、助けてください!」
 目の前で地面に尻を着いている行商人風のこの女性は、足を挫いて動けないでいると訴え助けを求めている。本人曰く、旅の薬売りだそうだ。
 正直なところ、普段の京次郎なら置いていっただろう。しかし今は自分一人ではない。同行者の目が、それを許さなかった。
「……おいお前ら、肩を貸してやれ。俺の仕事の邪魔にならないようについてろ」
 振り返りもせず後ろにいる二人に言い捨てると、京次郎は再び歩みを進めた。
 だが胡蝶とハティーアが薬売りに手を貸すと、薬の売りの手荷物である薬箱が運べない。
 京次郎はもはや考えることが面倒になっており、自ら乱暴に薬箱を運ぶことにした。
「うぉっ……! なんだこれ……何が入ってんだ」
 薬が入っているとは到底思えない程の重量を感じ、京次郎は首をかしげたが、三人の無言の視線を感じると、慌てて何でもないような体を装い、再び歩き出した。
「……さて、どんなものかしら」
 京次郎には聞こえないように小さくつぶやいた薬売り、もといユリア・ヴァル(ia9996)は、無事に合流した二人の仲間と頷き合い、痛くも無い足を引きずりながら京次郎の後を追った。
「よし、無事三人とも合流したみたいなのだ」
「そのようだな」
 その一部始終を木々の陰から見守っていたのは、玄間 北斗(ib0342)と葛野 凛(ic1053)だった。
 得意の身のこなしで木々の間や枝の上を縫うように進み、一芝居打って京次郎に同行することに成功した仲間達の行く手を見守っている。
「今戻っタ。アヤカシの塒までの道のりは確認してきタ、問題ナイ。目印もつけてあル」
 玄間の傍らに静かに姿を現したのは、白 倭文(ic0228)。京次郎が目指しているアヤカシの塒までの道のりを確認し、戻ってきたところだ。
「お疲れ様なのだ。同行組は三人とも無事合流したのだ」
「ああ。我も先ほどのやり取りは見ていタ……随分な慢心ダ」
 玄間とは違う位置から様子を見ていた白は、京次郎のあまりにも判りやすい人間像に呆れていた。
 まだしばらくはあの態度を口出しもできず見守っていなければいけないのは気持ちのいいものではない。
「どうやら全員揃っているようだな」
 ひっそりと追跡をする玄間と白のもとへ、残りの仲間も合流してきた。
 アヤカシに襲われたという村へ出向いて情報を集めていた刃兼(ib7876)とエマ・シャルロワ(ic1133)が戻ってきたのだ。
「山に詳しい人間から、アヤカシのねぐらになってる洞窟について聞いてきた。昔は鉱石の発掘に使ってたみたいだから、内部の詳しい情報が手に入ったよ。洞窟内に侵入することがあれば役に立つだろう」
 皆がエマの成果を静かに讃える中、今度は刃兼が口を開いた。
「俺はアヤカシが村を襲ったときのことを聞いてきた。けが人はいても死人はなし。建物や畑も荒らされていたが、最低限生活を保てる程度にはなっていた。加減が判るくらいには賢いようだ。それと、京次郎は一度も村には顔を出していない」
 刃兼が最後に付け加えた言葉を聞いて、一同は揃って肩を落とし、ため息を吐いた。
 村の人々を助けるための依頼だというのに、当の村には顔も出さず討伐に向かったというのだ。
 皆、どうしたものかと首を捻ったりしながら、底に石を詰めて重くした薬箱を嫌々ながら運ぶ慢心男の背を追って、山の奥深くへと進んでいった。

●錯覚
 京次郎は結局この仕組まれた出来事に何一つ気づくことなく、足止めを食いながらも着実に歩を進めていた。
 猿アヤカシの塒といわれている洞窟の、どす黒く大きな入り口がぽっかりと口を空けているのが見えると自然と足運びも速くなり、もはや後ろをついてくる三人の同行者のことなど頭から消えてしまっているかのようだった。
 入り口まであと少しのところで、京次郎の視界の外に聳える巨木の枝に乗った玄間が、事前に調べた情報を身振り手振りで同行者達に伝える。

 アヤカシは洞窟の中にはいない。どこかに潜んでいる可能性あり。

 玄間の伝言を理解した三人は、京次郎に悟られぬよう警戒を始める。
 ユリアが瘴索結界を発動して周囲の瘴気を探ると、思わず振り返って防御体制を取りそうになったが、ぐっと堪えて素知らぬ振りをした。
 アヤカシは背後にいる。それを胡蝶とハティーアに耳打ちするのとほぼ同時に、猿アヤカシは樹上から重い音を立てて三人の背後に降り立ち、その巨大な腕を横一線に振るった。
「くっ……!」
 三人とも咄嗟に防御したが、それ以上の抵抗はしない。まずは京次郎に思うがまま戦わせなければいけないからだ。
 猿アヤカシの腕に弾き飛ばされた三人はうまく攻撃を受け流してダメージを抑えつつ、ピンチを装って地に転げた。
 まったく気づいていなかった京次郎は驚いて振り返り、事態を理解すると抜刀して大振りに構えた。
「京次郎さん、アヤカシやっつけて!」
「ふん……全員邪魔にならないように下がってろよ」
 ハティーアが一芝居打って京次郎の後ろに駆け込むと、京次郎は鼻で笑って駆け出した。
「始まったか」
 背の高い野草の隙間から瞳をのぞかせ、エマは小さく呟いた。
 追跡組の面々は、いつでも加勢できるよう準備しつつ木陰から見守っている。
 一同の見守る前で、京次郎は猿アヤカシに向けて縦一文字に刀を振り下ろしたが、猿アヤカシは素早い動きで横に跳んでかわし、距離を置いて再び京次郎に向かい合うと、特に何をするでもなく静止した。
 京次郎は既に若干の苛立ちを表情に見せつつ、再び真っ向から猿アヤカシに向かっていった。
「あんな戦い方で今まで生き残ってきたのカ?」
 その光景を見た白が思わず言葉を洩らす。
 京次郎の戦いはむやみやたらに刀を振り回しているようにしか見えず、力量不足は誰の目にも明らかだ。
「だが太刀筋自体は悪くない。才能はあるのだろうな。今まで雑魚ばかり相手にしてきて調子に乗ったのだろう」
 葛野の分析は概ね当っていた。今回の猿アヤカシは今まで京次郎が相手にしてきたアヤカシとは強さが違った。
 何よりよく回る頭で、既に京次郎の性質を見抜いているようだ。
「くそっ! ちょこまか逃げ回りやがって!」
 悪態をつき始めた京次郎を見て、猿アヤカシは口元に小さく笑みを浮かべた。
 猿アヤカシは京次郎の幾度目かの攻撃を避けると、突如方向転換してユリアの方へ駆け出した。
 意表を突かれた京次郎はすぐには動けず、目線で動きを追うだけだった。
 猿アヤカシは無抵抗のユリアに手を伸ばし、大きな腕で鷲掴みにすると、高々と掲げて見せた。
「いやああ! たすけてぇ!」
 ユリアは自分で振り払うこともできたが、わざと捕まったままもがいた。猿アヤカシはニヤリと笑っている。
 京次郎はおののき、動きを止めてしまっている。
 猿アヤカシは京次郎に向けてゆっくりと歩いて近づき、京次郎は合わせてあとづさると、猿アヤカシは突然ユリアを京次郎めがけて投げ飛ばした。
 予想外の事態に、京次郎は驚きのあまり何をしていいのかわからなくなっていた。
 大きく振りかぶられた腕からユリアの体が離れ、空中を舞う。
 ユリアは何とか大事にならないように体の位置を調整しつつ、回避することも受け止める体制もとれないでいる京次郎ののもとへ一直線に突っ込んでいった。
「よいしょお!」
 ユリアと京次郎がまさにぶつかろうというその時、木陰から飛び出してきた玄間が間一髪のところでユリアを受け止め、京次郎と接触することなく無事に着地した。
「ど、どういうことだ? 何なんだお前は!」
 アヤカシの行動についていけず、あげく目の前に突然見知らぬ男が現れたとなれば、京次郎のような者はより動揺せざるをえない。
 恐怖を隠すために刀を強く握り締め、腕は小刻みに震えている。
「まぁ見てるんだな。これが本当の開拓者の戦い方だ」
 茂みの中からゆっくりと姿を見せたエマは、堂々とした振る舞いで京次郎の前を横切ると、同時に飛び出してきた仲間達のほうへ目を向けた。
「待ちくたびれたナ」
「さて、見せ付けてやろうか」
 猿アヤカシを前後から挟みこむように姿を見せた刃兼と白は、素早い身のこなしで猿アヤカシに急接近した。
 刃兼がすぐさま咆哮を上げて注意を引くと、動きの鈍った猿アヤカシの背後に陣取った白が瞬脚で急接近し、その背に爆砕拳を叩き込んだ。
 前のめりに倒れこむ猿アヤカシを、その眼前に飛び込んできた葛野が迎え撃つ。
「歯を……食いしばれっ!」
 疾風脚による強力な一撃を猿アヤカシは両腕で体を覆うようにして防ごうとしたが、衝撃を吸収しきれずに弾き飛ばされ、今度は仰向けに倒れた。
 すぐさま追撃しようとする開拓者達だったが、猿アヤカシは素早く起き上がって体勢を直すと、驚異的な跳躍力で近場の樹上へと跳び上がった。
 地の利を得た猿アヤカシは再び京次郎へと狙いを定め、枝から枝へと移動しながら急接近すると、呆然としている京次郎の目の前に飛び降り襲い掛かった。
 そんな京次郎を端へ突き飛ばし、変わりに攻撃線上へと躍り出たハティーアは軽やかな動きで攻撃を回避すると、勢いをそのままに仕込み短刀を抜き、猿アヤカシの懐に流れるように飛び込んで攻撃へと転じた。
 先ほどまで自身の後ろに隠れていたハティーアの急変ぶりに、京次郎は腰を抜かしてその場に尻餅をついた。
「それでよくあんな態度ができてたものね。私が一般人だったらどうなってたかしら」
 先ほど猿アヤカシに掴まれた際に軽く負傷していたユリアは、エマの神風恩寵による治療で回復し、戦線へと戻ってきた。
 戦舞布を靡かせながら前に出ると、ハティーアのカウンターを受けて苦痛にもがく猿アヤカシへ向けて戦舞布を投げ伸ばし、器用に右腕に巻きつけて動きを制した。
 猿アヤカシの動きは一時的に止まったが、状況を理解するとすぐに右腕を振り回して、戦舞布をユリアごと振り払おうとする。
 ユリア一人の力では持ちこたえるのは難しかったが、ユリアが堪えている間に刃兼、白、葛野の三人が同時に接近し、各方向から同時に攻撃を仕掛けた。
 猿アヤカシは三人の攻撃を無理に避けようとはせず、できるだけ被ダメージを抑えられるように体勢を変え、自身の体の筋肉が分厚い部分などを意図的に晒して、全ての攻撃を体で受け止めた。
 開拓者達は反撃を受けぬように素早く距離をとろうと動いたが、猿アヤカシはこの機を逃すまいと即座に攻撃に転じ、自由の利く左腕を思い切り振り回した。
「させない!」
 しかし、距離を置いて様子を見ていた胡蝶が再び放った大龍符が猿アヤカシの目の前に突如姿を現し、圧倒された猿アヤカシは攻撃の手を止めてしまった。
 刃兼、白、葛野はそれを見るや否や急反転し、再び猿アヤカシへと急接近した。
 白の空気撃が猿アヤカシの左脇腹を叩き、右方向へ倒れていくところへ葛野が疾風脚で素早く回り込んで一撃を加える。
 左方向へと再び振り子のように戻ってきた猿アヤカシを、待ち受けていた刃兼の焔陰が捉え、猿アヤカシは無抵抗のまま攻撃を受け、苦悶の雄たけびをあげてその場に膝から崩れ落ちた。
 京次郎は、先ほど膝をついて動けなくなってからずっと、そのままの姿勢でただ見ていることしかできなかった。

●回帰
 猿アヤカシは、無事開拓者達の手で討伐された。
 塒になっていた洞窟の中には、猿アヤカシが作ったと思われる罠のための道具などが山ほど見つかった。
 これから猿アヤカシがやろうとしていたことが何なのかを知る術はないが、何はともあれ未然に防ぐことができたのだから、開拓者達は皆胸をなでおろしていた。
 ただ一人、京次郎を除いて。
「アヤカシの力量も、同行者の本質や本音も、ぜんぜん見抜けないんだね。もっと観察力つけたほうがいいよ」
 ハティーアの挑発的な言葉を受け、京次郎は力の抜けていた目に怒りの炎を灯して立ち上がったが、目の前で毅然としているハティーアと、並び立つ開拓者達の姿に圧倒されて再び膝をついた。
 その頬に微かな切り傷を見つけて、エマが一歩前に進み出て神風恩寵で治療して見せた。
「私は医者だからね。君のような者に守って貰えなければ簡単にアヤカシに殺されてしまうだろう。代わりにこうして傷を癒すことはできる。適材適所という奴だよ」
 京次郎は何も言えずにいた。今回の件は明らかに自分一人ではどうにもならなかった。それが判らないような人間ではない。
「しかし師匠の爺さんは立派だよなァ。自分の力量を自覚して頼んででも、京次郎殿を心配して生かそうとしてんダ」
 白の言葉を聞いて、京次郎はようやく事態を理解し始めた。
 誰がこれを仕組んだのか。何のために行ったのか。
 京次郎は途端に自分が情けなくなり、悔しさのあまり地面を何度も何度も殴りつけた。
 刃兼がその腕を掴んで静止すると、京次郎は我に返ったように顔を上げ、刃兼と目を合わせた。
「先達が太刀筋を教えてくれたからこそ、職人が得物を鍛えてくれたからこそ、戦えるんだ。すべて己一人の力と考えるのは、とんだ錯覚だと思うぞ」
「慢心は自分ばかりか、大切な人も傷つけることになるわよ」
 刃兼の言葉にユリアが続け、ついに京次郎は静かに涙を流し始めた。
 彼の心にあるものが後悔なのか、それともただ悔しさに苛まれているだけなのか。
 京次郎が言葉でそれを表すのはまた少し先のことだが、開拓者達にはそれがなくともわかっていた。
 彼の目の色が自分達と同じ色に近づいているように、確かに見えたからだ。

 それから数日後、今回の依頼主である老サムライの元に、一人の若い男が尋ねてきた。
 否、正確には帰ってきたのだ。
 自らを律し、再び己がどうなりたいのかを確かめるべく。
 伊勢京次郎はもう一度、初めの一歩を踏み出すのだった。