|
■オープニング本文 ●ぷろでゅ〜す 「う〜ん、どうしたものでしょうか‥‥」 「どうしようねぇ‥‥」 流浪の旅人、流実枝(ながれ みえ)は悩んでいた。 神楽の都の外れに立つ、小さな茶屋の店先で、隣に並ぶ少女と一緒に首を捻りながら、小さく唸ってじっと考えている。 楽しいもの、美味しいものを求めてあちらこちらを渡り歩く彼女の前には、いつもトラブルが絶えない。 世の中楽しいことばかりではないということだが、今回の場合は少し違った。 悩みを巡らせる実枝の表情は、どこか楽しそうにも見えるからだ。 トラブルに巻き込まれることも多い実枝だが、同時に困っている人のところへ自ら首を突っ込みにいくことも多い。 今回の件は後者に当たり、実枝自身はこの問題を苦には感じていないのだった。むしろこの事態を解決することにある種の楽しみも感じている。 だが、トラブルの当事者はそうはいかない。 実枝の隣で一緒になって悩んでいる少女こそ、今回実枝が首を突っ込んだトラブルを抱える当事者である。 少女の名前は鈴鳴めい(すずなり めい)。実枝よりも少し年下の彼女には、ある大きな「使命」があった。 それは、『歌う』こと。 彼女は小さな農村の生まれだが、非常に優れた歌唱力を買われて、ここ神楽の都へとやって来たのだ。 めいを売り出そうと話を持ちかけたのは、神楽の都で芸能小屋を経営しているという男だったが、何とこの男が突然姿をくらましたのだそうだ。 その上、男が教えてくれた場所に芸能小屋など無く、めいは騙されていたのだと気付き、途方に暮れていたところに実枝が声をかけたという次第だった。 このまま諦めて村に帰ることもできるのだが、実はめいは、今回の興行の収益を持ち帰ることを村の人々に約束しており、がっかりさせたくないという思いが、めいを神楽の都に縛り付けているのだった。 「どうしたらいいんでしょうか‥‥このままじゃ私‥‥」 涙ぐみ始めためいを横目に、実枝はついに決心したように頷くと、めいの両肩に手を置いて、しっかりと目を見据えながら力強く言い放った。 「大丈夫、お姉さんに任せなさい!」 そして、数秒空けてこう続ける。 「‥‥わ、私と、私の信頼する心強い助っ人に任せなさい!」 実のところ、実枝の心は話を聞いた直後から決まっていたようなものだった。 が、これには当然リスクも伴うため、どうしても躊躇はしてしまう。 しかし、毎回こういった逆境を乗り越える手助けをしてくれた彼らに対する実枝の信頼は、その躊躇を簡単に打ち砕いてしまう。 こうして、実枝はいつものように元気な足取りで、開拓者ギルドへと足を運んだのだった。 「またよろしくお願いします!」 |
■参加者一覧
鬼島貫徹(ia0694)
45歳・男・サ
胡蝶(ia1199)
19歳・女・陰
鬼灯 仄(ia1257)
35歳・男・サ
湖村・三休(ia2052)
26歳・男・巫
燕 一華(ib0718)
16歳・男・志
琉宇(ib1119)
12歳・男・吟
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ●舞台を求めて 神楽の都。 天儀の中心となるこの都には、ありとあらゆる文化が集う。 賑やかしさが身上のこの都において、極めつけに人気の多い歓楽街を、彼らは『あるもの』を探して練り歩いていた。 求めれば何でも揃うという程、あらゆる物が取り揃えられたこの街で彼らが求めているものは、決して珍しくもないが、さりとて簡単に手に入るものでもない。 「ふむ、似たようなことをしている人間は多く見かけるが、選択肢が多岐に渡るが故に場所を絞り込めんな」 先陣を切って歩く鬼島貫徹(ia0694)はふと立ち止まって周囲を見回すと、筋肉という鎧に覆われた強靭な腕を組み、後ろに続く二人に向けて零すように呟いた。 「まぁな。好きにやる分にはいくらでもやりようはある。が、今回みたいにある程度目的がはっきりしてるなら、場所選びは重要だ」 「やっぱり適当に路上でやるよりは、も少しそれらしい舞台を用意したいわよね」 鬼灯仄(ia1257)、胡蝶(ia1199)、そして鬼島の三人は、今回の依頼の要である鈴鳴めいの、初舞台となるに相応しい場所を探して歩き回っている。 一度、心無い人間によって騙されためいの、真の初舞台に相応しい場所。目ぼしいところをぐるりと回りきったが、未だ決めあぐねている状態だった。 「ここからは少し離れるが、俺が良く知っている店を幾つか回ってみるか。顔の利く酒場やらなにやら、当たってみよう」 一行は鬼灯の提案を断る理由も無く、先導役を鬼灯に代わって再び歩き出した。 鬼灯がよく顔を出すという酒場や、またその近辺で活動する芸能関係者などの元を尋ねて回る中で、一行はついに、今回の件に相応しい舞台の目星をつけた。 「‥‥うむ、こじんまりとしているが、めいの雰囲気には合うだろう」 酒場の割には整然とした店内を歩き回り、鬼島は満足したように微かな笑みを浮かべながら頷いた。 「御あつらえ向きの舞台もあるし、ここで決めましょう」 酒場の一角に設営された簡易な舞台の上に立ち、店内に散っている鬼島と鬼灯に視線を向けながら、胡蝶も満足げに頷いた。 店主にも、とりあえずは一日限りの公演ということで了承を得、一週間後という日取りも決定した。 簡単には見つからないのではという懸念もあったが、幸運にも一日の内に舞台を定めることが出来た事に三人は満足しながら、この良い知らせを一刻も早く仲間のもとに届けるべく、急ぎ帰路に着いた。 ●何が為に 歓楽街の外れに位置する小さな旅館の一室。そこが鈴鳴めいの、一先ず身を寄せるために借りた宿であり、即席の稽古場である。 鬼島らが舞台を確保したことを受けて、主役であるめいの本番に向けての特訓も日々本格化している。 はじめは、歌を歌わないところからのスタートだった。 羽喰琥珀(ib3263)に連れられてやってきたとある食堂の前で、短期契約の従業員としてお客の呼び込みを行ったのだ。 神楽の都に滞在するには当然ある程度の賃金が必要になるが、めいの持ち合わせは決して多くは無く、芸能小屋で働く当ても無くなってしまった以上、少しは稼がなければ食べていけない。 そういう意図もあり、加えて羽喰の教示もあって、めいは日中の時間の一部を、呼び込みの仕事に当てることとした。 「ただ声だしてるんじゃ誰も来てくれねーぜ。来て欲しいって気持ち篭めて声ださないとなー。歌も同じだぜ? 伝えたいことを心から歌わねーとなー」 めいは今まで、村の人々のために何の見返りも求めずに歌い続けてきた。しかし、これからは様々な人々の心に語りかける歌が求められる。その違いをまだ心得ていないめいにとって、見知らぬ人々に何かを伝えるという事は、唯でさえ狭い村で育ってきためいにとっては至難の業だった。 最初は慣れない様子で中々声もかけられないでいためいだったが、羽喰達の支えもあってか、回数を重ねるごとにそれらしく声を出すことが出来始めていた。 そうした小金稼ぎもかねた練習に続いて始まったのが、実際の公演を意識した歌唱訓練だった。 しかしながら開拓者達の中に歌について詳しく教えられる人物はおらず、訓練の内容は歌唱技術云々というものよりも、先の羽喰と同じような心構えとしての部分や、楽器演奏を得意とする開拓者が多いこともあって、それらの演奏に合わせて歌う練習などが中心だった。 「変に色々考えすぎず、初心に返るこった! 歌うのは好きだろ? じゃあ今はそれだけ考えて、自分の歌いたいように歌ってみな! 使命感なんてぇのは二の次さ」 「は、はい‥‥」 湖村三休(ia2052)は、本番では踊りによる演出を担当すると言う。あまりにも存在感が強すぎるので、めいを食って目立ってしまうのではないかという心配の声もあったが、しかし湖村の心はめいの引き立てへとしっかり向いており、いまだぎこちないめいの心を解さんと、アドバイスを続けていた。 「じゃあ、もう一度最初からいってみましょうっ!」 「はい! よ、宜しくお願いします‥‥!」 燕一華(ib0718)が仕切りなおし、再び練習に取り組み始めた一同。 得意の笛を奏でる燕と、その背後で踊り狂う湖村。そして、美しく響き渡る音色と歌声を、宿屋の外から耳を澄ませて聞いている琉宇(ib1119)。 琉宇には、この練習風景すらも宣伝活動にしてしまおうという案があった。 あえて宿屋の窓を開け放ち、そこから漏れ出す歌声を道行く人たちに聞いて貰うという考えだったが、当然、最初のうちは騒音だという文句も出た。 しかし、それらを押し切って続けているうちに、次第にめいの歌声は周囲の人々にも受け入れられ始め、今では文句を言う人は一人も居ない。 更に隠し玉として、部屋の要所に『鉄くず』を置いている。金属の音を響かせる特性を生かせれば‥‥と画策した、琉宇のアイディアだ。 「どうですか? 順調に進んでますか?」 うまく音が届いているかどうかを確認していた琉宇に声をかけたのは、宣伝チラシを撒きに行っていた長谷部円秀(ib4529)だった。 周辺には二人のほかにも立ち止まっている人影が多く見受けられ、宣伝も練習も、聞くまでも無く順調に見えた。 「ええ、うまくいってますよ。元々歌は何も言うことはないですし、後は‥‥」 「心の持ちよう、ですかね」 長谷部の言葉に、琉宇は何も言わずに頷いた。 湖村や羽喰もそう感じ、それ故にアドバイスを繰り返しているように、めいに足りないのは自分への自信と、歌に込める気持ち。 これさえ突破できれば、きっとすべて上手くいくはず。 琉宇も長谷部も、そして今、めいを支えて演奏をしている燕も、皆一様にそう信じていた。 ●心を決めて 呼び込みと練習を繰り返す日々。 ひたすらに繰り返し、繰り返し、繰り返し、やがて六日の時が経った。ついに明日が公演日である。 明日に備えるということで、この日は早めに練習を切り上げ、めいは胡蝶と二人で部屋に篭っていた。 衣装合わせと化粧の準備のためである。 「家から色々持ってきたわ。依頼で着飾る機会なんか無いから買ったままの」 胡蝶が取り出した、煌びやかな衣装の数々を前にして、めいは思わず言葉を失った。 今までこのような衣装を目の前にしたことが無かったからだ。 こういったことに疎いめいは色合いなどの好み以外はこれといって口にすることが出来ず、衣装選びはほとんど胡蝶任せになった。 化粧も試しにと施してみたが、めいはされるがままで、ただただ呆然としていた。 鏡の前に居る人物が、まるで自分ではないかのようにすら思えたからだった。 「わ、わたし‥‥うまくやれるでしょうか」 思わず零れためいの言葉に、胡蝶はすぐには答えず、途中だった化粧を仕上げた後、短く答えた。 「やれるだけのことはやったわ。後はあなたの歌と、気持ち次第」 めいも、そして胡蝶も、それ以上は何も言わず、しばし沈黙が場を支配した。 静まり返った部屋の中、めいは鏡に映った自分を今一度見つめ直し、精一杯の気合を込めて、小さく頷いた。 ●開演前 依頼開始から一週間。遂に公演日を迎えた一行は、朝からせっせと準備に取り掛かっていた。 開演時間は十九時。酒場の開店時刻は十八時なので、時間には余裕があるが、皆用意には余念がない。 長谷部を中心に舞台の設営や、客入時の確認事項などを取り纏め、店主に了承も取り付けた上で、長谷部が飲み物の用意や提供を手伝う運びにもなった。飾りつけや立ち位置の確認、進行の確認なども怠らない。 チラシ配りをしながら、どのような演出が好まれるのかなどを事前調査していた長谷部の用意には迷いが無く、設営はつつがなく進んでいった。 長谷部や胡蝶だけならまだしも、開店前の店内を鬼島や鬼灯のような厳つい男がうろうろしているのは、店主としては落ち着かない様子ではあったが、一先ずは何も文句を言われることも無かった。 「とざい、とーざい。神楽が都に花咲かせんと、彼方落華村(おちはなむら)より来たりしは、歌姫鈴鳴めい。この歌どうかお聞き入れをっ!」 「興味のある人もない人も、とりあえず見てってくれよ! きっとすっごいからさー!」 開店時刻が近づくと、店先で燕と羽喰、そして実枝による客寄せも始まった。 燕と羽喰は簡単な雑技と口上を織り交ぜ、道行く人々の視線を釘付けにして放さない。 その脇で実枝も必死に声を張り上げている。 「お聞き入れを!」 興味本位で質問をしてくる人もいれば、連日の練習風景を見ていて関心を持ってくれていた人もいる。 お客の集まりは中々に上々なのではないかという知らせは、すぐにめい本人の元へ届いた。 「‥‥私は‥‥‥‥」 店の裏口で一人腰を下ろし、じっと身を丸くして考えに耽っていた、めい。 彼女の脳裏に浮かぶのは、今日まで付きっ切りで練習や宣伝、そして助言をしてくれた開拓者達の姿。 そして、村で自分の活躍の知らせを待つ、家族の顔。 何のために歌うのか、何を思って歌うのか。 自分のためなのか、家族のためなのか。 自分はどんな歌を歌いたいのか。 何度も言葉を変えて言われてきた、標への答え。 めいはようやく、その答えに辿り着けそうなところまで来ていたが、どこか曖昧な気持ちは、未だ拭い切れない。 「めい、そろそろ時間だ」 そんなめいを時間は待ってはくれない。 容赦ない現実を伝えに来た鬼島に促され、めいは無理やり自分に気合を入れて立ち上がると、ぎこちない足取りで店内へ向かった。 ●歌う 刹那的な出来事だった。 めいの雰囲気に合わせて設営された舞台。めいを支えるべく舞台に控えている演奏者。 そして、ありとあらゆる気持ちが篭った、無数の瞳。 それらの只中に立たされた時、めいは即座に悟った。 期待、不安、興味、冷やかし。目の前に居る、四十名余りの来客は様々な思惑があってここに集ったのだろう。 それらの気持ちをどうするべきなのか。どうしたいのかを、めいは瞬時に知ることが出来た。 何のために歌うのか。 自分の歌を聞いてくれる人々の期待に応えたいから。 初めて家族や村の人達の前で歌ったときも、結局はそうだったのだ。 それがいつしか、身近な人々にのみ向けられる使命感に摩り替わり、めいの本心を隠していたのだった。 とても簡単なことなのに、真面目で考えすぎるめいには、中々取り戻せなかった気持ち。 だが目の前に自分の歌を待ち望む人が居るならば、もはや考える必要は無い。 精一杯、歌うのみだ。 胡蝶、燕、琉宇が奏で、湖村が舞う。 それら力強い支えを背に、めいは高らかに歌い上げた。 静かに聞き入っている観客を眺め、鬼島や鬼灯、羽喰や長谷部も、非常に満足げな様子だった。 そして彼ら自身も、めいの歌に聞き惚れている。 湖村の神楽舞「抗」の効果もあって、めいは非常に落ち着いた様子で歌い続け、当然内心には緊張もあっただろうが、それを微塵も感じさせぬ安定感をもって、しっかりと歌い切った。 そして、拍手喝采が巻き起こる。 観客は皆一様に満足げな笑みを浮かべ、惜しみなく手を鳴らし、賞賛の音色をめいへ送っている。 「さ、皆の声援に応えてやんな」 今まで受けたことの無い嵐のような拍手に戸惑っているめいに、湖村はそっと囁いて背中を押した。 めいはハッと気がついたように慌てて手を振って応え、驚きに塗りつぶされていた表情は、やがて自然と笑顔に切り替わっていた。 「どうやら大成功みたいだな」 「うむ、流石といったところか」 客席の後方で様子を見ていた鬼灯が、隣に立つ鬼島に向けて呟くと、鬼島は小さく返事を返した後、徐に歩き出した。 舞台上のめいの所へ向かおうとする、いかにも金儲けにうるさそうな胡散臭い男の前に立ち塞がるように回り込んだ鬼島。彼の役割は、またろくでもない輩にめいが騙されることのないよう、交渉役を買って出ることだった。 鬼島のいる場所から少しはなれたところでも、羽喰が同じような対応に追われている。 その後、数回のアンコールの後、めいの初公演は大成功をもって幕を閉じた。 めいの歌唱力は確かなものだった。 そして開拓者達が危惧していた気持ちの問題も、乗り切ることが出来た。 ならばもはや、失敗する理由など何処にもない。 これからのめいは鬼島と羽喰が選別した、一番信頼の置ける芸能小屋経営者の元で活動をする運びとなり、頑張り次第でちゃんとした報酬が得られる確約も取り付けることができた。 「やった! これで家族や村の人達に良い報告が出来るね!」 まるで自分の事の様に涙を流して喜ぶ実枝の姿に苦笑を漏らしながら、開拓者達は閉店後の店内を貸し切っての、打ち上げの準備に取り掛かっていた。 長谷部の提案を受けて、店主が好意で計らってくれたのだ。 打ち上げは盛大に、夜が明けるまで続いた。 開拓者や実枝に負けずに騒ぐめいは、神楽の都に来て初めて、心の殻を外して笑う事が出来ていたようだった。 ●それからのこと めいの初公演からしばらくの時が流れた、神楽の都。 まだまだ駆け出しのめいは決して大きな活躍を上げている訳ではない。 しかし確実に、一歩ずつ歌手としての歩みを進めているということは、耳を澄ませば聞こえてくるめいの美しい歌声が証明している。 今日も、どこかで‥‥ |