【踏破】去り行く戦士達
マスター名:野田銀次
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/08/23 17:38



■オープニング本文

※参考依頼
【踏破】鍛えて備えろ
【踏破】道を築く者達

●帰還作戦
 黒井奈那介が無事に生還し、鬼咲島の戦いも佳境に入った頃。
 理穴の大商人、雨宮一成が島に送り込んだ私設兵団の戦力も、いよいよ戦いを続ける力を失いつつあった。
 黒井救出に際して各所から送り込まれた者達の後方支援を行い、拠点を築いた北の入り江を守り続けてきたが、孤立した島に長期滞在し続けていれば、限られた兵力しか持たぬ彼らにはいずれ限界は訪れる。
 重要人物の救出も無事に終り、ここからはいよいよもって開拓者達による大々的な戦が起こるであろうと見た雨宮一成は、ここを潮時を考え、私設兵団の撤退を決定した。
「じゃ、そういうことだから、よろしくね」
 豪奢な屋敷の縁側に腰掛けた雨宮は、傍らに立つ従者の朝霧へ向けてにこやかな笑みを浮かべながら言い、朝霧は対照的な無表情を崩すことなく頷き、足早にその場を後にした。
 屈強な体と冷徹な無表情を持つ武人、朝霧。
 彼の手には、雨宮自らがしたためた一通の文が握られている。
 その内容は、雨宮が過去の私設兵団に関する依頼を通し、すっかり信頼を置くようになった開拓者達へ向けた、依頼文であった。
「これで今回はお終い。次にまた大事が起きれば、その時はもう一歩踏み込んでみようかな」
 自分以外誰の姿も無い静かな縁側で、雨宮は誰にでもなくそう呟いた。
 彼の見据える、次なる大事。
 それが何なのかは、雨宮自身にもまだ分からない。
 しかし、彼は今回の新天地への開拓を通し、『兵力』という並みの商人ならば持ち合わせる事の無い力を手にし、それによって新たな自信を得た事は確かである。
 彼が目指す新たな舞台に備え、彼の『力』達は、刀を休める為、帰還の道へと向かう。
 開拓者という、この世でもっとも強大な『力』を持つ者達と共に。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
鬼島貫徹(ia0694
45歳・男・サ
風鬼(ia5399
23歳・女・シ
ジルベール・ダリエ(ia9952
27歳・男・志
鳳珠(ib3369
14歳・女・巫
リリア(ib3552
16歳・女・騎
イクス・マギワークス(ib3887
17歳・女・魔
田宮 倫太郎(ib3907
24歳・男・サ


■リプレイ本文

●撤退命令
 鬼咲島の不気味な景色から放たれる圧迫感を押しのけながら宙を進む、一隻の飛空船。
 島の北側に位置する入り江を目指すと、そこには停泊している一隻の飛空船と、到着した飛空船を迎え入れる屈強な男達の姿が合った。
 依頼を受けた開拓者達を乗せた飛空船は、既に停泊していた飛空船の隣に着水し、八人の開拓者達は船の近くに集まってきた兵士達を見回し、彼らが未だ戦士としての気迫を保ち続けている事に感心しつつ、自分達が島へとやって来た理由を話し始めた。
 
 島からの撤退。
 その命令を聞いた兵士達の顔には、戦場から離れられるという安堵感と、必ず無事に生きて帰らねばという使命感が入り混じった表情が浮かんでいた。
「では、作業にかかる前の配置の割り振りを決めたいと思う。各部隊の代表はこっちへ」
 羅喉丸(ia0347)の指示のもと、各部隊の配置が割り振られ、兵団の面々は開拓者達と共にすぐさま撤収作業へ取り掛かった。
 兵団の過半数は撤収作業に回り、十名程度の人員は周囲の警戒に当たる。
 開拓者達もそれぞれの配置に別れ、兵士達と共に行動する。
 少しでも早く、最小限の手間と時間でこの場から去る事。
 兵団と開拓者達の、静かなる戦いが始まった。

●荷も人も
 テント、櫓、柵、食料から武具、道具に至る様々な物資。
 それら一つ一つを片付け、飛空船に積み込んでいく作業。
 アヤカシとの熾烈を極めた戦いと比べれば何とも心持の軽い仕事ではあるが、だからといって一瞬たりとも気は抜けない。
 いつどこからアヤカシが大挙して押し寄せるか分からない中での撤収作業は、無防備な姿を晒したまま戦闘状態に突入する可能性を十二分に有している。
 そういった事態に陥る事を想定し、兵士達も開拓者達も、一切の気を抜くことなく作業に従事している。
 頭上では燦々と輝く太陽が熱の塊のような日光を降り注がせているが、鳳珠(ib3369)が氷霊結で用意した氷を手に、何とか暑さを凌いでいる。
 これまでの疲労感も相まって、兵士達の気力は限界ぎりぎりのところであったが、皆必死に体を動かし続けていた。
「ほら、しっかりしい。もうすぐ天儀に帰れるんやで」
 ジルベール(ia9952)に肩を貸されながら歩く負傷者。
 右足を負傷しており、一人で歩く事が出来ない状態だった。
 彼以外にも、負傷者はまだまだ控えている。
 負傷者を船に運び込む事も、撤収作業の中の一つの仕事である。
 誰一人残すことなく、全員で無事に帰還するため、兵士達も開拓者達も、負傷者の運び込みを最優先して動いている。
「そちらの方は‥‥随分と酷い怪我ですね」
「ええ、手当てをお願いします」
 ジルベールと同じく負傷者の搬送を行っていた田宮倫太郎(ib3907)に先導されて鳳珠の下に連れられてきた兵士は、全身に負った打撲や傷口からの出血が酷く、意識も朦朧としていた。
 現場で出来る限りの手当てをしてあるようだったが、このままでは命に関わる。
 田宮から負傷者を任せられた鳳珠はすぐに治療に取り掛かり、主要な負傷箇所に恋慈手を用い、痛みと出血を和らげた。
「鳳珠さん、テントから持ってきた薬、ここに置いておきますね」
 次々に運び込まれてくる負傷者を少しでも楽な状態で国に帰すべく奮闘する鳳珠のもとに、イクス・マギワークス(ib3887)はテントから持ち出してきた治療物資を運び込んだ。
 もはや数は僅かであったが、何も無いのとでは大違いだ。
「ありがとうございます。外の様子はどうですか?」
「今のところ何事も無く順調ですね。周囲の警戒も問題なく動いているようですし」
 イクスの言うとおり、今のところキャンプ内にはこれといったトラブルもなく、アヤカシによる襲撃も無い。
 キャンプ周辺を警戒し、巡回して見回っている仲間達も、獣の影一つ捉えていない。
「もたもたするでないわ! このたわけが!」
 しかしながら、ごく一部では激しい気迫の篭った怒声が発せられている様子も見受けられた。
 鬼島貫徹(ia0694)が気の抜けかかっている兵士を見つける度に、こうして発破をかけているのだ。
 いつ何時アヤカシに襲われるか分からないのだから、緊張感は無理やりにでも持続させねばならない。
 鬼島なりの、仲間を支える行動の一つなのだろうと、その怒声を遠くから聞いていた風鬼(ia5399)は、なんとなくだがそう感じていた。
「いやしかし、そろそろ一匹くらい出そうなもんですな」
 風鬼はキャンプを囲んでいる森に入って、周囲に迫る者がいないか気配を探って回っていたのだが、まだ明確な敵の気配は感じないものの、本能的なところでそんな感覚を抱いていた。
 風鬼が偵察に入った、物見櫓や罠を設置してある地帯からは確認できない、生い茂る木々の死角。そこに充満する不気味な空気。誰もが感じるであろう、凍るような感覚。それは確かに存在した。
 ここはアヤカシが巣食う、魔の森に包まれた島。当然ながらアヤカシが出ない訳が無い。
 撤収作業が終わる前に、ここにいる人間達の動きを察して寄ってくるアヤカシは必ずいる。
 そう誰もが確信し、それまでの間に出来る限り作業を進めようと、必死になって奔走している。

 そして、その時は来た。

●二つの戦い
 物見櫓の上にひっそりと佇んでいるリリア(ib3552)。
 彼女の研ぎ澄まされた目は、視界一杯に広がる魔の森の上空をじっと見つめていた。
 僅かにだが、黒い点のような影がキャンプの方面へと近づいてきているのが見えている。
「やっぱりそうよね‥‥静かに終われれば良かったけど」
 リリアは視線の先から徐々に近づいてくる影の存在を伝えようともう一つの櫓へ視線を移した。
 するとそこでは既にリリアと同じく迫り来る影に気付いていた羅喉丸が呼子笛を手にし、今にも吹き鳴らそうとしているところだった。
 甲高い笛の音が辺りに響き、キャンプ内で作業をしていた面々は敵襲の知らせに反応して即座に応戦の構えを整え始めた。
「大型の飛行アヤカシが一匹! 急速に接近中だ!」
「地上からも接近。小型の群れのようでさ」
 櫓の上から仲間達に知らせを送る羅喉丸と、森の中から戻ってきた風鬼の二人から届けられた敵の情報。
 それを得た開拓者達は兵士達を後方に下げて前線を張り、敵を迎え撃つ。
「くるぞ!」
 大斧を構える鬼島が叫ぶや否や、撤収作業中の兵士達を囲むように構えた開拓者達の目の前に、無数の犬首が姿を見せた。
 真っ先に鬼島が斧を振るい、その直撃を前進しながらまともに食らった犬首が一匹、真っ二つに切り裂かれた。
 木々の隙間からなだれ込んでくる犬首の群。兵団が最初にこの島で行った戦闘時も、このような状況だったと思い返しながら、羅喉丸は櫓から飛び降りつつ、足元に丁度居合わせた犬首を踏みつけ、怯んだところを骨法起承拳の一撃で叩き伏せた。
「そろそろ射程に‥‥久しぶりの弓‥‥腕が鈍ってないといいけど‥‥」
 足元で始まった戦闘を余所に、リリアは櫓の上で弓を引き絞り、接近するもう一つの脅威に向けて狙いを定めていた。
 大きさは大凡五〜八メートル程。巨大な四枚羽で風を切りながら近づいてくる鳥型アヤカシ。
 その鼻先が射程距離に入ると、リリアはすぐさま矢を解き放ち、放たれた矢がアヤカシの鼻先に届くより先に次の矢を弓に番え、次々と矢を放った。
 鳥型アヤカシは矢を数本体に受けながらも素早く身を翻して射線上から逃れ、リリアの放つ弾幕を回避しながらキャンプへの距離を詰めていく。
 潮時と見定めたリリアは急いで櫓を降り、リリアの脚が地面に着いたのと時を同じくして、鳥型アヤカシが櫓を体当たりの一撃で粉砕した。
「まったく、騒々しいことで‥‥」
 落下してくる櫓の破片を回避しながら、手近な犬首をバトルアックスで薙ぎ払う風鬼。
 矛先は犬首に向けられているが、視線では鳥型アヤカシの行方を追っている。
 鳥型アヤカシは前線を越えてキャンプの上空へ躍り出ると、ジルベールの指揮で集められた弓兵による矢の応酬を受け、勢いを殺されていた。
「撃て撃て! 撃ちまくれ!」
 ジルベール自身も六節で矢を連射し、相手が怯んだところにバーストアローを叩き込んだ。
 全身に矢を受けてもがき苦しみだした鳥型アヤカシは奇声を上げながら落下し、飛ぶ事を止めて二本の脚で走り出した。
 走りながら大きく開いたクチバシより放たれた超音波攻撃により、弓兵達は次々に膝を着き、攻撃の手を止めてしまう。
 鳳珠の神楽舞「抗」によって抵抗力を上げていたとはいえ、一般人である彼らには厳しい攻撃であった。
「初アヤカシが大物とは、運が良いのか悪いのか‥‥」
 地上からジルベールらの方へ向けて急接近を仕掛ける鳥型アヤカシの前に躍り出たイクスはそんなことを呟きながら杖をかざし、迫り来る鳥型アヤカシに渾身のサンダーを浴びせた。
 降り注ぐ雷の直撃を受け、鳥型アヤカシは再三奇声を発してその場で脚を止めた。
「隙あり! これで決まりだ!」
 そこへ駆け込んできた田宮の振るう刀の一撃が鳥型アヤカシの脚を一刀両断し、鳥型アヤカシはその場で動きを完全に封じられた。
 そのまま駄目押しで叩き込まれるイクスのファイアボールとジルベールらの矢の応酬を受け、鳥型アヤカシはついに瘴気へと還った。
「向こうは片がついたか。こちらも終いにするぞ! 気を抜くな!」
 鳥型アヤカシの消滅を確認した鬼島は、共に前線を張っていた兵士達へ喝を飛ばしながら斧を振るい、それを食らって弾けとんだ瀕死の犬首は、落下地点で待ち構えていた兵士達の集中攻撃を受けて消滅した。
 兵士達は開拓者が瀕死まで追い込んだアヤカシに集団で止めを刺すことが精一杯だったが、それでも彼らの顔から闘気は消える事は無かった。
「鬱陶しいわね、この生首わんこ!」
 地上に降りた後も矢を弾幕の如く放つリリア。彼女の前に姿を晒した犬首は接近する事が出来ずに動きを封じられ、そのまま瘴気へと還っていく。
 そして彼女の討ちもらした分は、素早い動きの下、犬首を切り身へと変えて回っている風鬼によってきっちりと処理される。
「そろそろ終幕ですかな」
 新たに一匹を仕留めた風鬼は周囲を見回し、敵の数が減ったことを確認すると、一気に戦闘を終わらせるべく攻撃の手を早め、駆け出した。
 
 この戦闘における負傷者は五名。
 死者は皆無だった。

●去り行く戦士達
 アヤカシとの戦闘を終えた一行は、休息を取る間もなく撤収作業を進めた。
 一度アヤカシから襲撃があったとなると、騒ぎを聞きつけた別のアヤカシが再び襲ってくる可能性も高い。
 そうなる前に、何としてもこの場を発たねばならない。
 先の戦闘で若干名の負傷者が出たものの、作業は然程の遅れをとることもなく順調に進んだ。
 撤収が終わるまでに幾度か少数のアヤカシによるゲリラ的襲撃があったものの、開拓者達と兵士達の連携の下、作業に支障をきたすまでも無く打ち倒された。
 そうして、予定よりもやや遅れて全ての撤収作業は終了し、開拓者達も兵士達も全員飛空船に乗り込み、念入りに人数の確認を済ませると、二隻の飛空船は北の入り江を無事に飛び立った。
 ようやく肩の荷が下りた兵士達は飛空船内でぐったりとした様子を見せ、口々にこれまでの苦労を語り合っていた。
 ここまでよく持ちこたえたものだと開拓者達はすっかり感心しつつ、今はそっと、彼らを休ませることにした。

 飛空船は予定通り朱藩の港に到着し、そこで一行は雨宮が派遣した朝霧と合流した。
 朝霧は島へ出発して以来となる兵団との対面とあっても、まったく動じる事無く一瞥し、開拓者達の方へと視線を移した。
「確かに帰還を確認しました。主もお喜びになるでしょう」
 そう言いながらも相変わらず表情を硬く引き締めたままの朝霧に、開拓者達はやや呆れつつも、兵団の面々を引き渡し、依頼を無事終了した。
「朝霧殿、これを受け取ってくれないだろうか」
 兵団を引き渡した後、羅喉丸は懐から金を取り出し、朝霧に渡した。
 これで兵団を労う酒を用意して欲しいという、兵団と三度に渡って行動を共にした羅喉丸なりの気遣いだった。
「‥‥分かりました」
 やや間をおいて朝霧は金を受け取り懐にしまうと、兵士達に船へ戻るよう指示を出した。
 去り際、兵士達は一人一人順番に開拓者達に礼をし、またいつか戦場で肩を並べる日を期待しながら、飛空船の中へと姿を消した。
 最後に朝霧も無機質な礼をし、飛空船へと乗り込むと、しばらくの沈黙の後、飛空船はゆっくりと飛び立った。
 遠くの空へと去っていく兵士達を見送る開拓者達。その目には、新しい戦場を担う戦士達の、輝かしい未来が見えていたのかもしれない。

●雨宮一成
「いやいや皆、本当にご苦労様でした。明日には帰還を祝して一席設ける予定です。今はゆっくり休んで、英気を養ってください」
 屋敷へ帰還した兵士達は、雨宮の労いの言葉を聞いた後、それぞれ思い思いの場所へと散っていった。
 負傷した兵士達は既に医者の下へ運ばれており、全員命に別状は無い。
 兵士達が全員去った後、すっかり静かになった屋敷の広間にて、雨宮は小さく笑いを零した。
「一介の商人が有する兵団が、アヤカシだらけの魔の島で奮闘。そして無事生還‥‥やれば出来るもんだな。さて、次は何をしようか‥‥」
 誰にでもなく呟く雨宮。その顔は無邪気な子供のような笑顔に溢れていた。
「この国の王様になるってのも、悪くないかもね。な〜んて」
 その一言を、広間と廊下を遮る襖の向こうで聞いていた朝霧。その厳つい背筋に鋭い悪寒が走った。
 それは、無機質で冷徹な彼がこの屋敷に来て以来、初めてのことだった。