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■オープニング本文 ●帰路を歩む 夏の日差しに照らされて熱を帯びる街道を、流実枝(ナガレミエ)の軽やかな足が踏みしめる。 彼女の進む道の先には、まだ広大な台地が続いているだけで、木々や生い茂る草花以外には特にこれといって目に付くものは無い。 しかし、彼女の見据える道の先には、彼女がとても楽しみにしている場所がある。 まだその姿は見えないが、方角も道のりも風景も、確かに彼女の知っている通りのものである。 朱藩の外れに位置する小さな町。 彼女の目指すその町には、彼女の生まれ育った家がある。 久々の帰省のために、彼女は父と母、そして妹が待つ懐かしい実家への帰路を辿っていた。 以前家に帰ってからかれこれ一年近くになる。それまでに出会った様々な人々や、遭遇した出来事の話を家族に話して聞かせたい。 そんな、高まる思いに胸を躍らせ、自然と実枝の足取りは軽くなる。 一歩、また一歩と歩みを進める度に、実枝の表情はほころび、足取りはより軽く、より速くなるようだった。 「久しぶりのお母さんの料理、楽しみだなぁ〜」 足音に混じり、胃袋の音も、徐々に大きくなっているようだった。 ●我が家は‥‥ 実枝が町に入ったのは、空が茜色に染まりあがった夕暮れ時だった。 通りにはまだ人気が微かに残っており、夏の日暮れのもの寂しい雰囲気を醸し出していた。 流石に歩き疲れたのか、実枝の足取りは先ほどまでに比べてだいぶ落ち着いており、一歩一歩を確かめるようにしっかりと踏みしめている。 もうしばらく歩けば、目的地である我が家へと辿り着く。 脚は疲れても、瞳は胸に抱いた楽しみから滲み出る輝きを纏っている。 「おねぇちゃ〜ん!」 突然誰かが誰かを呼ぶ声が聞こえ、実枝は辺りをきょろきょろと見回した。 声の主はすぐに見つかった。実枝の進行方向の先に、大きく手を振りながら自分の名を呼びつつ駆け寄ってくる人影がある。 実枝はその声の主が誰なのか、遠目に見ただけであったがすぐに分かった。 自分よりもお椀一個分ほど背の小さい、可愛らしい妹の姿を見つけるや否や、実枝は名前を呼び返しながら駆け出した。 「果恵〜! 元気だった〜!?」 自然と笑顔を浮かべつつ駆け寄る実枝。 しかし、少しずつ両者の距離が縮まるにつれ、妹、果恵の表情がどこかおかしいことに気がついた。 そのまま二人は通りの真ん中で対面して立ち止まり、ひとまずは互いに再会を喜んだ。 果恵は買い物のために出歩いていたところを、偶然実枝を発見し、思わず駆け寄ってきたのだという。 「お姉ちゃん、帰ってきて早々だけど、大変なの」 そして、ついに実枝は果恵の表情の理由を知ることになった。 実枝の両親が、『ある事』を企んでいるというのだ。 その『ある事』について、果恵はしばらく俯いて言う事を躊躇ったが、やがて意を決したように顔を上げ、頬を赤らめながら言った。 「お、お姉ちゃんに‥‥お見合い、させようって‥‥」 ●何としても 実枝は悩んだ。 既に日は落ち、辺りは真っ暗に染まっている。 一先ず果恵と共に家に行き、両親から直にお見合いの話を聞いた。 実枝は少し考えさせて欲しいと言ってその場は一先ず乗り切り、夜更けにこうしてそっと家を抜け出して来たのだった。 家に帰る事を目的としてやって来たというのに、今は家から出来るだけ離れた静かな水路の端に腰を下ろし、じっと夜空を見上げながら考えを巡らせている事に、実枝は少しだけ悲しさを感じていた。 お見合いをさせようという親の気持ちも分からなくは無い。しかし、今の自分は旅を辞めるつもりはない。 親はどうやらかなり本気でお見合いをさせ、自分の身を固めさせようと企んでいるらしい。これを打破し、旅人としての生活を続ける事が出来るのか。正直なところあまり自信は無かった。 実枝は両親の事をとても好いていたし、旅を始めるに当たって、色々な我侭を聞いて貰ったことに大きな恩を感じていたからだ。 どうにかして、穏便にこの話を終息させたい。 「う〜ん‥‥やっぱり、あの人達に頼るしか、ないのかな‥‥」 いつも実枝が困った時に頼る者達のことは、当然何度も考えていた。 しかし、正直なところどうにもこの話題はこっぱずかしい。 考えに考え、悩みに悩み、月に照らされた水路の水面に写る自分の顔を見ながら、ついに実枝は決心した。 日が昇るのを待たずに開拓者ギルドへと駆け込み、夜番の職員を驚かせつつ、自分をお見合いから助けて欲しいと、そう力強く告げた。 実枝がギルドに出してきた依頼の中では始めての、自分を助けて貰おう事を目的とした、初めての依頼だった。 |
■参加者一覧
無月 幻十郎(ia0102)
26歳・男・サ
恵皇(ia0150)
25歳・男・泰
鬼島貫徹(ia0694)
45歳・男・サ
紬 柳斎(ia1231)
27歳・女・サ
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
一心(ia8409)
20歳・男・弓
猛神 沙良(ib3204)
15歳・女・サ
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志 |
■リプレイ本文 ●当人の心 その日も良く晴れた空だった。 せせらぎを奏でる水路の傍らで、流実枝は鬱蒼とした表情を浮かべながら、彼女の声を聞いて駆けつけた鬼島貫徹(ia0694)、紬柳斎(ia1231)の二人と共に、古びたベンチに腰を下ろし、静かに流れる時間を共に過ごしていた。 「つまりだ、自分が振られる可能性は微塵も考えていないと、そういうわけだな」 実枝から見合いを断って欲しいという依頼を受けて集まった彼らは、今、実枝から受けた依頼を遂行するべく、実枝自身と話をしている。 鬼島の不敵な笑みに乗せて紡ぎだされる言葉に、実枝は顔を赤らめて何か言いたげに口元を動かしていたが、その小さな口からは何も言葉が出なかった。 図星か、と鬼島が再び不敵に笑うと、実枝は慌ててそれを否定しながらじたばたと手足を動かした。 「まぁまぁ、自分の事ほど、分からなくなるものだから」 紬に宥められて少しずつ平静を取り戻した実枝だったが、依然としてどこか煮え切らない表情を保っている。 そんな実枝に、紬はそっと、ある人物の昔話を語って聞かせた。 「昔ある娘が実枝さんと似たような状況になり、我慢ならなかった娘は全てを捨てて家を出た‥‥」 そんな始まりから語られる昔話に、実枝は自然と聞き入っていた。 話の中に登場する、政略結婚から逃れるために親元を離れたという人物。 その姿に今の自分を重ね、そして、その人物と同じ道を辿る自分を想像する。 両親と理解しあえぬまま別れてしまったというその人物の事を悲しみ、自分はそうありたくはないと考える。 実枝のその気持ちは本物であった。 「そう思うならば行動する事だ。両親に自分の気持ちを素直に告げる。これは、本当に自分の力ではどうしようもない事か?」 鬼島は今までに幾度か実枝の依頼を受け、そして実枝と共に事件や頼まれ事を解決してきた経験がある。 どの依頼をとっても、無理だと実枝が決め付ける事は無かった。 それを知っているが故に、鬼島はこの問いを投げかけた。 そして実枝の返してくる言葉も、鬼島には予想が出来ていたようだと、紬は鬼島の相も変わらず不敵な笑みを見てそう感じていた。 「‥‥そんな事は‥‥ないです」 不安げだった表情を少しずつ変えていく実枝。 その背を押すように「本当にどうしようもなくなったら、自分がどうとでもしてやる」と豪快に笑いながら言う鬼島。 紬も小さく微笑みながら、それでいて力を感じる言葉を投げかけた。 「まずは話してくるがいい。見合いを断るならはっきりとそれを伝えるのが一番だ。それが終わったら拙者たちは正式に依頼を遂行しよう」 実枝は振り絞った力を込めて頷くと、自分を落ち着けてくれていた水路脇の路地に別れを告げ、成すべき事のために歩き出した。 鬼島と紬はそれを追うことはせず、ただ静かに、実枝の笑顔と朗報を待ち続けた。 ●親の心 大きくも無ければ小さくも無い街路に佇む、同じく大きくも無ければ小さくも無い家具屋。 店と建物を共有する流宅の居間には、二人の開拓者と、この家の主である流実枝の父親、そして母親の姿があった。 突然の来訪者に実枝の両親は驚いたが、二人の用件を聞いて更に驚いていた。 一心(ia8409)と羽喰琥珀(ib3263)。この二人の開拓者が、お見合いを直前に控えた娘から、お見合いを無かった事にして欲しいという依頼を受けてやって来たというのだから、驚かずにはいられない。 「娘が見合いに対して積極的ではない事は分かっていました。しかしこのご時世です。若い娘が一人で旅をし続けるのも、もう限界でしょう。この世には危険な事が増えすぎました。開拓者であるあなた方なら分かるでしょう」 父親の言葉には確信めいたものが満ちており、その意思は中々に堅いようだった。 一心も羽喰も、父親の言い分は十二分に理解できる。 この世で起きている『危険な出来事』のほとんどには開拓者が関わっている。知らないはずが無い。 「ですが、実枝殿の心は違います。旅を続けたいと、そう言っています。それはたとえ、どんなに世界が危険で満ちていても変わらない事だと、自分は考えています」 背筋を凛と伸ばし、きっちりとした正座の姿勢を崩さず、一心は真っ直ぐに父親の目を見て言う。 他人の事を語っているというのに、その言葉には妙な力があった。 それは決して相手を圧迫するようなものではなく、理解して貰おうという強い意志がそう感じさせているのだと、実枝の両親は本能的に感じ取っていた。 「俺は親とか子供とか、そういうのよくわかんねーんだけどさ。自分達がそう思うからって無闇に押し付けちまうのは、なんかちげーんじゃねーかな? 親子とか関係なく、人ってそういうもんじゃねーかな?」 時折耳をひょこひょこと動かしながら言う羽喰の言葉は、一心のそれとは違う、純粋さ故の力を持っていた。 目の前で胡坐をかいて、耳と尻尾を揺らしながら、思ったことを素直に口にする獣人の少年の言葉に、実枝の両親は一瞬返す言葉を詰まらせた。 「それは‥‥理解しています。それでも娘に安全に、平和に暮らして欲しいと、私達は願っているのです」 父親よりも先に母親が言葉を返し、同じような事を言おうとしていた父親は、傍らで必死に言葉を紡いでいる伴侶に頷いて同調している。 「でも、実枝は嫌なんだろ? なぁ一心」 「え、ええ‥‥」 羽喰は視線を実枝の両親から隣の一心へ向け、変わらぬ表情で尋ねた。 実枝の両親はそれ以降何も言葉を返すことは出来ず、一心らもそれ以上追及することはせずに話はそこで打ち切られ、二人の開拓者は流宅を後にした。 去り際に一心が置いていった、『絆』を花言葉に持つという昼顔の彫り物だけが、俯いて何かを考えている二人の男女を見守るように、居間の中央でぽつねんと、佇んでいた。 ●お相手の心 流宅のある町から程近い、大勢の人で賑わう宿場町。 その一角に聳える大きく豪奢な宿屋の一室で、無月幻十郎(ia0102)はのんびりと杯を傾けながらくつろいでいた。 この宿屋こそ、実枝のお見合い相手である御曹司がいずれ所有する事になる、この町一番の大手宿屋である。 無月はここで御曹司の人となりを調べるべく、一般客を装ってやって来たのだった。 「へぇ〜そうなのかい、そこんところもうちょっと詳しく聞かせておくれよ」 宿屋の仲居や女将を捉まえて、あくまで好奇心の強い客、程度の立場からの質問をし、御曹司についての情報を聞き出す。 今のところこれといって悪い話は無く、むしろ従業員や彼を知るお客からの評判は良いものが多かった。 誠実で真面目。人の上に立つ者でありながらきちんと気配りも出来る。 無月はそうして聞き知った人物像を仲間達と共有し、無月からの情報を得た仲間が次の行動を起こす。 共にこの宿場町へとやって来た猛神沙良(ib3204)は、御曹司が宿屋の外に姿を現すタイミングを見計らって近くを通りかかり、ある行動を取った。 聞き得た情報通りの見た目の御曹司を確認し、その目の前を通り過ぎるふりをしつつ、立ち眩みでもしたかのようにその場で膝をついたのだった。 「どうなさいました? 大丈夫ですか?」 御曹司はすぐに猛神に駆け寄り、心配そうに顔を覗きこんで声をかけた。 聞いていた通りの気遣いと人当たりの良い話し口調に安心すると、猛神は「ちょっと眩暈がしただけですので、少し休めば大丈夫です」と芝居を打ち、御曹司の言葉に甘えて宿屋の玄関口でお茶を一杯頂くと、程よいところで回復した素振りを見せ、爽やかな笑みを浮かべる御曹司にきっちりと礼をすると、宿屋を離れた。 猛神はそのまま人通りの少ない通りへ向かい、そこで恵皇(ia0150)と合流すると、無月から聞き得た情報、そして自分が実際に会い、言葉を交わした御曹司の姿を伝えた。 恵皇も宿屋の従業員や、実枝の妹の果恵から御曹司に関する情報を聞き出しており、それに無月と猛神が得たよりリアルな情報が加わる事で、御曹司の人となりはほぼ完全に『良い人』という、漠然としているが分かり易いものへと固まっていった。 「なら、いよいよ直談判に行くとするか」 確信に満ちた表情を浮かべると、恵皇は猛神と共に真っ直ぐ宿屋へ向かった。 宿屋で無月と合流し、三人の開拓者は御曹司が帰宅するタイミングを待って宿屋の前で待ち伏せ、驚く御曹司を前に堂々と要件を口にした。 「見合いの日にはまだ早いが、会ってみる気はないか。流実枝に」 ●全ての心 自分の家に入るだけだというのに、何故足が竦むのだろうか。 実枝は初めての感覚に戸惑いを隠せず、夏の暑さだけが原因ではない汗を額に浮かべていた。 「ほら、さっき話し合って決めただろ」 傍らに立つ巴渓(ia1334)の言葉に後押しされ、少しずつ、我が家へと近づいていく。 先ほどまで、二人は今回の件について、どう両親と話すべきかを考えていた。 といっても、考えるのは主に実枝の方で、巴はその軌道を修正し、背中を押す事に従事していたのだが。 巴の考えはもう纏まりきっていた。今回の依頼に関して、自分に出来る事は少ない。決めるのは実枝のやるべき事で、自分はその穴を埋めてやるだけだと。 実枝の『旅を続けたい』という意思を尊重し、それでいて両親に対しての義理もしっかりと頭に入れさせる。 下準備は出来ていた。後は実枝が、実枝自身の言葉で伝えねばならない事だ。 「い、いきます!」 意を決し、実枝は蟠りを振り切るように早歩きで家の小さな門をくぐり、そのまま止まることなく、両親がいる居間へと向かう。 張りかえられたばかりの綺麗な襖を開けると、そこには待ち構えていたかのように静かに腰を下ろしている両親の姿があった。 「お父さん、お母さん、その‥‥」 ゆっくりと正座し、両親の顔と畳の間で視線を泳がせながら、実枝は喉に引っかかって出てこなかった言葉を、今ようやく口にした。 「ごめんなさい! 私、お見合いしたくない!」 口から言葉が滑り出す直前に一瞬だけ両親の目をしっかりと見据え、その後、言い終えるよりも早く深々と頭を下げた。 娘が何を言い出すか、両親は先んじてやって来た二人の開拓者から聞いていた。 故に、実枝の言葉を聞いて驚いたりすることは今更無かった。 ただ静かに、実枝が土下座したまま紡ぎだす様々な言葉を、今まで言いたくても言えずにいた言葉の波を、受け止めるだけだった。 「‥‥実枝、お前の気持ちは分かる。しかし、たとえ私達がお前の望むようにしたとしても、相手方はこの見合いをさぞかし楽しみにしていた様子だった。それを今更断るというのは、難しいぞ」 実枝はそこで再び言葉に詰まった。 両親に見合いをやめてもらうのは、実枝一人が頭を下げれば済む事だが、相手方にそれを認めさせるには、両親までもが今の自分と同じような行動を取らなければいけなくなるということ。 実枝が見合いを断りきれなかった最大の理由が、そこにある。 「こんにちは〜、流さんちはここでいいかね〜?」 実枝が次なる言葉を選んでいると、居間に満ちていた静寂を突き破る軽快な声が三人の耳に飛び込んできた。 母親が玄関口まで出て行くと、そこには様々な背格好の男女三人と、気さくで人柄の良い笑顔を浮かべる青年の姿があった。 「それじゃあ‥‥見合いは無かった事に、と?」 御曹司の言葉を聞いて最初に口を開いたのは、実枝の父親だった。 無月、恵皇、猛神に事情を聞かされてやって来た御曹司は、実枝の気持ちを理解し、その考えに乗ったのだった。 「今の実枝さんがお見合いをしても、ご両親の事を考えて、嫌々ながらにでも僕のところに来てしまうのではないでしょうか? それではお見合いの意味がありません」 突然の事に、実枝はぽかんとしているだけだった。 実枝にとって、相手方の御曹司と会うのはこれが初めてなのだから余計に驚きを隠せない。 「うちの親には上手く言っておきますので、ご心配なく。それと、実枝さん」 自分に話が振られるとは予想していなかったのか、実枝は「ひぇ!?」と情けない声を上げて目を見開き、隣に腰を下ろした御曹司へ視線を移した。 「実枝さんがお見合いを断った理由、改めて僕に聞かせてもらえませんか」 そして、実枝は語った。 破断した見合い話の相手と両親がいる我が家で。家の外や、水路脇の路地で待っている開拓者達の耳にも届くのではないかというほど、切々と、熱々と、自分が経験してきた旅路の数々を。自分が出会った様々な人々の話を。目一杯語って聞かせた。 私はまだまだ旅を続けたい。これからも、こんな旅路を歩いていきたい。そんな思いを込めて、ひたすらに語った。 「やっぱり、実枝さんは旅を続けるべきです。すごく楽しそうだ」 屈託のない笑顔で言う御曹司に、両親はただ、無言で頷いた。 その目には、薄っすらと涙が滲んでいるように見えた。 それはきっと悲しみからのものではなく、娘の成長を喜ぶが故の涙だと察した御曹司は、もう一度微かな笑みを浮かべると、その後は何も言わず、未だ語り続ける実枝の姿を、そっと見守り続けた。 ●友の心 もうじき日も暮れようかという時刻。 相変わらず静かな空気に包まれている水路脇の路地には、未だ届かぬ知らせを待つ鬼島と紬の姿があった。 たまに些細な世間話をしつつも、周囲の空気と同じように、静かにその場でじっと待ち続けている。 そんな二人が何時間かぶりに動いたのは、路地の向こうから見知った仲間達が姿を見せた時だった。 彼らがどんな知らせを抱えて戻ってきたか、鬼島達には一目瞭然だった。 一人一人形は違うが、それぞれの顔に浮かんだ笑顔は、朗報を連れ戻った開拓者達の姿以外に見えることは無い。 そして何より、彼らと共に歩いてくる実枝の晴れやかな表情が、全てを物語っていた。 「皆さん‥‥えっと、その‥‥ありがとうございました!」 実枝は今更ながらこのような内容の依頼で開拓者を頼ってしまった事が恥ずかしくなったようで、顔を赤らめながらも、とにかく今の自分に出来る限りの礼の気持ちを、言葉に乗せて開拓者達に届けた。 それを聞いて、ようやく実枝らしさが戻ったかと高笑いする鬼島と、それに続いて笑みを零す仲間達。 釣られるように笑い出す実枝。 日暮れ時の静かな路地には、暖かな九つの笑い声が、夕空に染み渡るように響いていた。 |