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■オープニング本文 ●お手伝い募集 「人、来ませんねぇ」 武天のとある山岳地帯。その麓に位置する小さな町には、夏という季節がもたらす独特の湿った空気と暑い日ざしが降り注ぎ、広い路地一杯に陽炎が揺らめいていた。 立っているだけで汗が噴出してくるような暑さの中、流実枝(ナガレミエ)は日光から身を守ってくれる憩いの軒下にしゃがみながら、静かな通りの果てをじっと見つめていた。 「‥‥そうだねぇ」 実枝の消え入りそうなほど小さな呟きに、傍らに立っている長身の男が同じく小さな声で返す。 もう何度か繰り返されたやり取りだ。 「やっぱり難しいかなぁ、人集め。急な事だし‥‥」 傍らの男が、少しの間を置いて言葉を続ける。 溜息混じりに紡がれた言葉は、実枝の心情とまったくと言っていいほど同じだった。 「もう皆それぞれの予定が決まっちゃってるのかもしれませんね」 「川開きの手伝いしてくれる物好きなんて早々いないか」 実枝が相変わらず遠くを見つめながら言うと、男は言葉を返しながら実枝と同じように腰を下ろしながら、がっくりと項垂れた。 男の名は高峰凛太郎。この町から程近い山で狩猟や野菜の栽培などを生業にしている。 彼は毎年この季節になると、彼の縄張りとも言える山の一角に人々を招き、川遊びを中心としたキャンプを開催しているのだが、今年も開催時期が差し迫ったというこの時期に、彼はある問題に苛まれていた。 毎年彼が運営の手伝いを頼んでいた人物が数名、少し早い夏バテにやられて急遽参加できなくなり、その代役を担ってくれる人手を集めるべく急遽町中に募集をかけたのだ。 実枝は偶然この町に立ち寄った際に告知を目にし、興味津々で参加を表明しに来たのだが、実枝以外の人間が彼のもとにやって来る気配はてんで無い。 当日まで残り日数も少なく、このままでは僅かな人手で大勢の参加客の相手をしなければならない。 お客には子供も多く、少ない人手では不安な事も多い。何とかしなければならない事態だというのに、一行に状況は変わりそうに無い。 「‥‥あの、ちょっとお金かかると思いますが、一つ提案が‥‥」 やがて、遠くを見つめ続けていた実枝が久方ぶりに視線を動かし、隣に腰を下ろしている凛太郎の方へ向き直って、自分の頭に浮かんだ一つの案を告げた。 それはこれまで実枝が困った時や、どうしようもない出来事に直面した時、いつもそうしてきた案だった。 凛太郎が町から一番近い開拓者ギルドへ馬を走らせたのは、その翌日の事である。 |
■参加者一覧
鬼島貫徹(ia0694)
45歳・男・サ
空音(ia3513)
18歳・女・巫
朧月夜(ia5094)
18歳・女・サ
燕 一華(ib0718)
16歳・男・志
ミヤト(ib1326)
29歳・男・騎
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
セゴビア(ib3205)
19歳・女・騎
野駆仁斎(ib3638)
70歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●期待を込めて 木々の間から差し込む日の光。辺りに立ち込める緑の香り。 夏という季節を全身で感じながら、開拓者達は高峰凛太郎に案内され、山内のキャンプ場にやって来た。 明日から二日間、この場で行われるキャンプのための準備を、額に汗を浮かべながらせっせと行っている。 「ふぅ、もう一息ですね」 「おう、これが終わったら休憩にしよう」 屈めていた腰を伸ばして立ち上がり、一律に刈り取られた草むらを見渡すと、セゴビア(ib3205)は楽しげな笑みを浮かべながら、刈り取った草を荒縄で縛り上げた。 それに言葉を返したのは、野駆仁斎(ib3638)。彼女から遠からず近からずといった場所で腰を下ろし、土と埃で汚れたテントを拭いている。 「そうですね! よぉ〜し、もう一頑張り!」 元気よく頷いて答え、辺りを見回すセゴビアの視界には、敷地に入り込んでいた毒蛇を追い払っている空音(ia3513)や実枝、そしてキャンプの主催者であり今回の依頼人である高峰凛太郎の姿もある。 「うわぁ! そ、空音さん! こっちにも〜!」 「はいはい、今行きます」 足元を指差して突然悲鳴を上げる実枝と、彼女のもとへ微笑を零しながら向かう空音。 皆、どこか楽しげだ。 高峰の手伝いとして参加している彼女らも、それだけこのキャンプを楽しみにしているという事の素直な表れに、高峰も思わず笑みを零している。 「ただいま帰りました〜!」 そこへ更に楽しげな空気を纏った人物が、木の葉を揺らす風とともに駆け込んできた。 明日の川開きで利用する川とその周辺区域へ安全処理を施すために出ていた燕一華(ib0718)と朽葉・生(ib2229)の二人が、作業を無事に終えて戻ってきたようだ。 「川の下流、及び活動範囲の境界には、私のストーンウォールを張り巡らせてきました。川の方には燕さんの仕掛けた網もあります、これで滅多な事は起こらないでしょう」 はしゃいでいる燕と違って朽葉は非常に落ち着いた様子だったが、皆で頭を寄せ合って話し合いをしていた際、彼女もまた、表には出さないものの楽しそうな雰囲気を纏っていたのを、高峰は知っていた。 報告を聞きながら頷く高峰の顔は、それを思い出して再び笑みに包まれている。 誰かが楽しければ自分も楽しい。それが高峰凛太郎という男だった。 「すごかったですよ〜、川っ! 透明で綺麗な水で、魚さんも一杯‥‥」 「こっちは終わりましたよ〜。そちらの首尾はいかがですか?」 川の様子を楽しげに語りだした燕に皆がやや翻弄され始めたところへ、ここから少し離れたところにひっそりと用意されている厠の掃除へ出ていたミヤト(ib1326)が戻ってきた。 何故だかメイド服に身を包んでいる彼の姿は、あからさまに場違いな雰囲気であったが、当人はまるで気にしてはいないようだった。 「お疲れ様です、こちらは‥‥」 「ミヤトさんっ! 聞いて下さいっ!」 空音が作業の現状を話そうとするよりも早く、燕は新たな標的を見つけた動物のように素早くミヤトのもとへ駆け寄り、その手を取ってぶんぶんと振り回しながら、再び自分が見てきた景色の素晴らしさを語り始めた。 「うわわわわ! ちょ、待ってくださいぃ!」 よほど楽しかったのか、燕はミヤトが目を回しているのも気付かず、そのまま気の済むまで川の魅力を語り尽くした。 実枝はどうすべきか戸惑い、空音と野駆は苦笑を浮かべ、朽葉は小さく溜息を吐き、そして高峰は、ただ楽しげに、笑っていた。 ●楽しむ 翌日、キャンプの本番。 昨日開拓者達が準備を整えたキャンプ場には、家族連れを中心とした大勢の人々が集まった。 高峰が一日の流れや注意事項などを説明し終えると、皆は早速メインイベントである川開きを行うため、キャンプ場から程近い川へと向かっていった。 川の流れは穏やかで、風も程よい。子供達でも問題なく遊べる環境に恵まれ、皆服がぬれるのも気にせず、思い切り川の流れの中に飛び込んでいった。 川辺の手頃な岩にくくりつけられたロープの先には、高峰の畑で取れたばかりの旬の野菜がどっさりと盛られた籠が、冷たい川のせせらぎに揺られている。 思い思いに遊ぶ子供達を見守る開拓者達も、衣服の袖や裾を巻くり上げ、夏の日差しで火照っていた体を癒す冷たい水の中へ足を踏み入れた。 「いいか、よく見ていろ‥‥」 好奇の目を向ける少年少女の前で腰を屈め、鬼島貫徹(ia0694)は目の前に転がっていた大きな石を軽々と持ち上げ、ひっくり返して見せた。 石の裏側や、先ほどまで石の下敷きになっていた場所には、子供達が見たことも無い姿形をした虫が蠢いており、それを見た男の子達は興奮したように声をあげ、一緒にいた女の子達は、小さな悲鳴を上げて視線を逸らした。 「はっはっは、驚かせてしまったか。だが、世の中にはお前達の知らぬものがまだまだ沢山ある。この程度で驚いていてはきりが無いぞ」 どこか的外れな事を言っているようにも見えたが、鬼島の豪快な笑い声は女の子達の怯えすらも吹き飛ばしてしまったようで、虫を掴んで遊んでいる男の子達の方へ徐々に視線を戻していき、手に取るとまではいかなかったものの、一緒になって観察するようになった。 「ほれ、いたぞ。捕まえてみ」 その近くには、川の淵に腰を下ろし、子供達と何かを探している野駆の姿があった。 ザリガニやメダカなど、川の生き物の定番といえるものたちを次々と見つけては、持ち寄った桶の中に移し、子供達はそれをじっと観察している。 捕まえた生き物達が何をするわけでもないのに、子供達はじっくりと好奇心に満ち満ちた目をむけ、ザリガニ達を見つめている。 子供達の好奇心は飽きる事を知らないと、獣人の老シノビは心底感心したように頷き、また新たな生き物を探してやるべく、川の中へ視線を向けた。 「あ、いましたよ、サワガニ」 突然、野駆の背後に現れた朧月夜(ia5094)こと天都朔夜は、手を伸ばして野駆の視界の端の方に転がっていた石にへばりついているサワガニを指差した。 彼女は普段の通り名を今日だけは隠し、帯刀こそしているものの、至って穏やかな和装でいる。 「おお、どうも」 野駆はいそいそとサワガニを摘み上げ、子供達が顔をつき合わせるようにして覗き込んでいる桶に放り込んだ。 子供達が歓喜の声を上げるのを聞きながら、天都は野駆の隣に立って辺りをぐるりと見回した、 「楽しそうですね」 短い言葉だったが、それだけで十分だと感じた野駆は、「まったくだ」と返し、再び川の中へ視線を戻した。 「あーっ! そっち行ったら危ないですよっ! さっきお話したでしょ?」 「ほらほら、こっちだってば! おいで〜!」 遠くの方で、燕が流れの速い下流へ向かおうとした子供を止める声や、子供と一緒になって戯れるセゴビアの声が聞こえる。 監視の目もしっかりと巡らされ、それでいて皆しっかりと楽しむ事を忘れずにいる。 実に良い場所だと、野駆も天都も、そして少し離れた岩場に腰を下ろして見守っている空音や朽葉も、そう感じていた。 「平和ですねぇ」 「そうですね‥‥」 妙にまったりとした雰囲気になってしまっていた空音と朽葉だったが、合戦やら何やらと騒がしいこの時世にあって、それは非常に大切で貴重なものなのだと理解もしており、心の隅で、今の幸せに感謝の意を述べていた。 「はいは〜い、皆さんお塩舐めて下さいね〜。水分も大事ですが塩分もですよ〜」 そんな空気をばっさりと切り捨てるような、どこか間の抜けた声が辺りに響く。 声の主であるミヤトは相変わらずのメイド服に身を包み、手にした皿にどっさりと山盛りにされた塩を、この場にいる皆に舐めさせて回っていた。 何事も安全策なしには楽しめない。暑さにやられてしまう人もいるであろうこのキャンプにとって、見落とせない大事な事である。 「‥‥」 であるが、しかし。ミヤトはふと足を止めると、川で水を掛け合って遊んでいる子供達や、セゴビアや燕の姿をじっと見つめ、わなわなと震えだした手を必死に押さえようと努力しているかのような険しい表情を浮かべた。 「お塩は一旦お終い! 僕も遊ぶ!」 そう叫ぶや否や、ミヤトは塩の皿を偶然通りかかった実枝に押し付け、メイド服を辺りに脱ぎ散らかしながら川へと駆け出し、褌一枚になたミヤトはそのままの勢いで川に飛び込んでいった。 「あ、あはははは‥‥」 あまりに突然の事過ぎて呆然としていた実枝は、ミヤトが男だという事を思い出しながら心を落ち着かせ、ゆっくりと、脱ぎ散らかされたメイド服を拾い上げていった。 ●力を合わせて 一頻り川遊びを終えると、参加者達はキャンプ場へ戻り、夕食の用意を始めた。 まだ夕暮れ前だが、大勢の分を作るとなればそれだけ時間がかかる。 キャンプ場の一角に設置された調理場には、大勢の子供達が、開拓者達と共に夕食の支度に取り掛かっていた。 「さ、これを運んで下さいね」 空音が刻んだ野菜を、子供達が分担して運んでいく。 その向かう先には、焚き火の炎に網をかけているミヤトの姿があった。 「お、きたね。さぁさぁ、どんどん載せちゃって〜」 ミヤトの見ていた網に、子供達は次々と野菜を載せていった。 別の網では、燕が捕ってきた鹿を捌いた肉も焼いている。 香ばしい香りが辺りに立ち込め、キャンプ場中の人々の食欲を刺激している。 「あ〜、いい匂い〜。早く食べたいよ〜‥‥って、あんまり火に近づいちゃだめ! あ、私もか」 川遊びを通じて仲良くなった子供達と一緒になってはしゃいでいるセゴビアは、そんな香りにすっかり魅入られてしまっていた。 それでもしっかりと子供達の動向には気をつけているが、自身もどこか危なっかしい雰囲気になりつつある。 しかし、それもまた楽しさという感情から来るものであれば、素直にそうあればいいとも、主催者高峰は考えている。 朽葉がこの暑さの中でもフローズで難なく作り出してくれた氷でしっかりと冷やしたお茶を配りながら、高峰は相変わらずにこやかに笑っていた。 「高峰さ〜ん、ちょっといいですか〜?」 「あ、はい、今行きます! すみません、ちょっとこれ持っててもらえますか?」 少し離れた調理場から呼ぶ実枝の声を聞いて振り返り、小走りに駆けて行く高峰からお茶の乗った盆を任された朽葉は、その背を見送りながらふと考えた。 高峰がなぜ人の為にこうして動き回れるのか。 それは、依頼を受けて各地を飛び回り、様々な困難に立ち向かう開拓者達に対しても、多くの者が抱く疑問だろう。 開拓者それぞれに事情や理由があるように、彼にもまた、何らかの理由があるに違いない。 「楽しそうだな、まったく」 今はそれだけでいいか、とひとまず納得し、朽葉は子供達の様子を見守りながら寛いでいる親御さんのもとへお茶を配りに向かっていった。 ●夏の夜に 一頻りの調理を終え、皆は食事を楽しみながら、赤々と燃えるキャンプファイヤーを囲んでいた。 天都の奏でるハープの音が、薪が燃える音と混じって辺りに響き、何とも幻想的な空気を生み出している。 「ふむ、世間の喧騒を忘れ、自然の中に身を投じるも悪くない」 ハープの音色を聞きながら、一杯だけ参加者達の酒に付き合った鬼島は、酔いなど微塵も感じさせぬ鋭い目で、キャンプ場の外周を見回っていた。 安全地帯として確保されているとはいえ、ここは山の中。いつどこから獣の類が侵入してくるか分からないのもまた事実。 万が一に備え、こうして巡回警備をすることは、彼ら開拓者の本質を生かす仕事だといえる。 だが、今他の開拓者達がそうしているように、一般の人々と共にこの一時を楽しむ事もまた、常に戦いの中に身を置く開拓者達にとって、なくてはならないことでもある。 「うぃ〜‥‥ひっく、セゴビアさぁ〜ん」 ミヤトは参加者達に勧められてついついお酒に手を出してしまい、すっかり酔っ払って近くに居たセゴビアに絡み始めていた。 セゴビアはどうしたものかと迷いつつも、相変わらず仲良しの子供達とおしゃべりも続けている。 キャンプファイヤーの灯りに照らされたこのキャンプ場は、皆それぞれに今この一時を楽しんでいる事が手に取るように分かる、平和な場所であった。 「そろそろ蛍、見に行ってみますか?」 皆の食事が終わったのを確認して、空音はふと思い出したように高峰の方へ向き直って言った。 高峰はそれに同意して頷き、立ち上がってその旨を参加者達に伝えると、皆喜んで準備を始めた。 手分けして食器を洗い、その過程で出た汚水を桶に溜め、朽葉がキュアウォーターでその水を綺麗に清めると、それを皆で分担して運びながら川へと向かった。 汚水を綺麗にして川に返すという還元をしつつ、川辺にいるであろう蛍を見る。そのために、松明で足元を照らしながら夜の山道を行く。 「まったくもって、いい一日だ、うん」 ゆっくりとした道のりの中、野駆は興奮冷めやらぬ子供達をしっかりと見守りつつ、誰にでもなく呟いた。 ●また共に 翌朝、眩い朝日と共に目覚めた参加者達は爽やかに朝を向かえ、昨晩のように皆で協力し合って朝食を用意し、食事を楽しんだ。 先んじてテントや調理場の片付けを行っている間も、大人も子供も関係なく、単純な作業ながらも皆何処か楽しげであった。 キャンプの最後の一日を目一杯楽しむべく、皆、一瞬一瞬を大事にしているのが良く分かると、開拓者達はしみじみ感じていた。 朝食後はキャンプ場の外に出て虫取りや散策に赴き、子供達は山の昆虫や珍しい草花など、お土産をたっぷりと手に入れた。 それに加え、燕の提案で、昨晩も食事の中に並んでいた高峰自作の野菜達が参加者全員に配られ、すっかりお土産で両手を一杯にした参加者達は、笑顔で山を降りていった。 「皆さん、本当にありがとうございました。おかげで大成功でした」 参加者達を送り出した後、高峰の家の前に集まった開拓者達は、深々と頭を下げて礼を言う高峰に対して、こちらこそと同じように頭を下げた。 新大陸の開拓やら合戦やらに追われる開拓者達だったが、こうして短い時間だけでも世間の喧騒を忘れることが出来た事は、とてもありがたいことだったのだろうと、高峰と並び立っている実枝は、そう感じていた。 「また、一緒にキャンプやりましょうね!」 そして実枝は、今の気持ちを表す最もシンプルで分かり易い言葉を、屈託の無い笑顔に乗せて言い、開拓者達もまた、それぞれの笑顔でそれに答えた。 暑い夏の日。混乱続く世界の片隅で、小さな幸せを感じた、二日間だった。 |