ヘタレ更正計画!
マスター名:野田銀次
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/07/25 01:56



■オープニング本文

●その男、ヘタレにつき
 朱藩の片隅にある、ほどほどに栄えたほどほどの規模の町。その一角に佇む、とある屋敷。
 よく手入れされた庭や、綺麗に磨かれた石畳などが目を引く、静かで美しい情緒溢れるこの屋敷に、極めてふさわしくない悲痛な叫びと激しい怒号が響き渡る。
「くぉらぁ!! またお前かぁ!!」
 怒声の主は、この屋敷の主である頑固親父。
 高価な着物をはためかせながら、何かを追い立てるように縁側を駆けている。
「ご、ごめんなさい〜〜!!」
 その親父から逃げるように息を切らせながら走っているのは、親父と背丈こそ変わらないものの、妙に縮こまっていて弱弱しい青年。
 青年は何度も転んだり柱にぶつかったりしそうになりながら屋敷中を駆け巡り、やがて大きく遠回りをしながらも、目的の場所であった門に辿り着き、吹き抜ける風のようにスタコラサッサと門の外へ駆けていった。
「二度と来るな! 馬鹿もんがぁ!!」
 その背に向けて今日一番の怒声を浴びせると、親父は大股で忙しなく屋敷の中へと戻っていった。
 親父の姿が消えた事を確認した青年は思わず逃げ込んで身を隠していた狭い路地から身を覗かせ、遠く道の先に見えている門の豪奢な姿を、憂鬱な溜息交じりに眺めていた。
「華苗さん‥‥」
 青年アズマは、彼の人生で最早何度目かも分からない程、その名を口にしていた。
 華苗という名の女性は、彼が今しがた逃げ出してきた屋敷に住んでいる箱入り娘の事であり、彼がずっと想い続けている人である。
 二人の間には家柄の違いという決定的な壁があり、彼はそれを乗り越える事が出来ないでいた。
 彼は幾度と無く華苗に接触を試みたが、彼には後一歩を踏み出す勇気が無く、今もこっそり屋敷に忍び込んだはいいものの、毎度の如く親父に見つかるや否や逃げ出して来たところである。
 今まで二度だけ、彼は華苗と言葉を交わす機会を得ている。
 その時の華苗の反応は、決して悪くは無かったと彼は感じていた。
 自分にもまだ可能性はある。それだけが、彼を諦めさせない唯一の希望だった。
「でも‥‥俺‥‥」
 だがしかし、それでも彼には勇気が足りなかった。
 頑固親父という強敵、家柄という巨大な壁を乗り越えたとしても、想いを伝える事が出来るかどうかも分からない。
 それでも彼の気持ちは変わることなく、むしろ日に日に華苗への想いは増していくばかりだった。
「誰かに‥‥手伝ってもらうしか、ないのかな‥‥」
 俯きながらそう呟く彼の目は一層弱弱しいく輝きを失っていたが、やがて意を決したように顔を上げると、踵を返してどこかへと歩いていった。
 彼の背を見送る門は、彼を受け入れぬという固い意志を持っているかのように、日の光に照らされて一層煌びやかに輝いていた。


■参加者一覧
鬼島貫徹(ia0694
45歳・男・サ
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
衛島 雫(ia1241
23歳・女・サ
斉藤晃(ia3071
40歳・男・サ
霧隠 孤影(ia9099
15歳・女・シ
キオルティス(ib0457
26歳・男・吟
燕 晶羽(ib2655
15歳・女・志
華表(ib3045
10歳・男・巫


■リプレイ本文

●決心、微かに
 依頼を受け、指定された町にやって来た開拓者達を迎えたのは、依頼文などから想像されるよりも毅然としており、面構えもしっかりとしたものだった。
 開拓者達はそれを見て意外だと感じたが、すぐにそれが取り繕った態度でしかなく、緊張で全身が凝り固まっているだけだということが分かった。
「なんとも煮え切らん顔だ。まぁ、今はそれでいい」
 体中の筋肉を強張らせて一歩も動けないでいるアズマの肩に手を置き、鬼島貫徹(ia0694)は持ち前の厳つい顔に不敵な笑みを浮かべ、何処を見ているのか分からないアズマの顔を真っ向から見据えた。
 アズマは一瞬緊張感を強めたが、筋肉が疲れきったのか、すぐにがくりと糸の切れた人形のように緊張が解け、それを見て大笑いする鬼島に様々な恋愛話の混じった激励を浴びせられた。
 呆然としながら黙って話を聞いていたアズマはやがて一頻り話し終えた鬼島に背中押されながら、鬼島が話し終えるのを待っていた仲間達の下へ送り出された。
「全力でぶつかれ」
 最後にそう言い残し、鬼島は仲間達との打ち合わせへと向かっていった。
「が、がんばります‥‥」
 アズマの返した言葉は小さく、まだまだ自信があるとは言い難い、弱弱しいものだった。
 立ち去る鬼島の背を見送りながら深く溜息を吐くアズマ。その背後に音も無く近づいていた燕晶羽(ib2655)の手にした剣の切っ先の気配に気付き、アズマは驚いて振り返ると、逃げる間も与えられずに鋭い刃によって喉元を狙われたまま硬直した。
「問う。死ぬとフラれる、どっちが怖いか?」
 突然の事過ぎてアズマが目を点にしたまま何も言えずにいると、燕は小さく息を吐き、剣を下ろした。
 自分の命を狙う刃がなくなったにも関わらず、アズマはしばらくそのまま動けなかった。
 そんなアズマを放置して何処かへと去っていく燕は、去り際に一言だけ、言葉を残していった。
「難しい事ではない。人ならば誰しも通る道だ」
 アズマはただ、呆然とするだけだった。

●会議、茶屋にて
 町の一角に佇む、とある茶屋。
 広くも無く狭くも無い店内の隅っこに陣取った衛島雫(ia1241)、華表(ib3045)、鬼島、そしてアズマの四人は、妙に畏まった固い空気を纏いながら、じっと顔を突き合わせていた。
 作戦決行前に、アズマの胸中を知り、尚且つ女性との会話に慣れて貰おうという衛島と華表の考えによって用意された席で、鬼島も前者と同じような考えを持っていたため、やや離れた位置に席を取り、距離を置きつつ同席する事となった。
 アズマは先ほど鬼島と相対した時と同じように緊張で凝り固まっており、中々話は進まない。
 妙な行動を起こしてしまう前に、何とかまっとうな告白をさせたいと考えている衛島だったが、現状をどう打開すべきか、いまいち決めあぐねていた。
「緊張するなと言っても無理だろうな、私だってそういうときは緊張する」
「でも、今お話できないと、彼女の前でも苦労します。ほら、お茶でも飲んでリラックスして下さい」
 華表に薦められ、湯のみを手にとるアズマ。既にその手が微かに震えている事に気付いた衛島は小さく溜息を吐き、自身も一口茶を啜ると、まだ湯飲みに口をつけたばかりのアズマへ視線を戻し、話を進めた。
 何とかして緊張をほぐそうと、あれやこれやと話を切り出し、華苗との出会いや、惚れたきっかけなどをそれとなく聞き出していった。
 華苗の話をする内に、アズマの固まっていた表情は徐々にほぐれ始め、何時の間にやら笑顔に近い表情に変わっていた。
「やっぱり、アズマ様は華苗様のことが大好きなのですね」
「え‥‥」
 華苗への想いを切々と語るアズマに華表がそう言うと、アズマは目を丸くしてぽかんと口を開けたまま動きを止めた。
 やがてアズマの顔は徐々に赤く染まっていき、再び口を閉ざして俯いてしまった。
「あらら‥‥」
「まったく、先が思いやられるな‥‥」
 華表と衛島が思わず肩を落とす。
 こんな調子でよく屋敷に忍び込めたものだと逆に感心してしまうほど、二人の前で縮こまっている男、アズマは小心者だった。
 鬼島だけは、何故か楽しげに(しかし怪しげに)笑みを浮かべている。
「まぁ何だ。無茶を承知で忍び込むなどしたんだ。今更勇気がないとは言わせないぞ」
 確かめるように言う衛島だったが、改めてそう言われると肯定しがたいのがアズマの本心のようで、彼の首は中々縦に振られそうにはなかった。
 ひとまずアズマの華苗に対する気持ちは確認できたが、ここからどう話を運んでいけばいいか二人が決めあぐねていると、アズマも含めた四人の耳に、どこからともなく軽やかな歌声が届いた。
 どうやら歌声は店先から聞こえてくるようで、店内にいる他の客達も、突然聞こえ始めた歌声に驚いている様子だった。
 この歌声に心当たりのある衛島は手早く支払いを済ませ、アズマを連れて店先へ出ると、そこには予想していた通りの人物の姿があった。
「やぁお三方。調子はどうです?」
 偶然通りかかったと言わんばかりの様子で三人の方を振り返るキオルティス(ib0457)だったが、当然彼もアズマを支援するためにここへやって来た一人である。
 何気なく鼻歌を口ずさみながら歩いていた彼の周囲には、何事かと興味を持った人々が集まり、キオルティス達へ視線を向けている。
「どうにも、こんな調子でして‥‥」
「中々シャキっとせん」
 華表と鬼島が現状を簡単に説明すると、キオルティスは衛島らの後ろで縮こまっているアズマを見やり、その溢れ出る自信の無さを変えるべく、アズマを連れて町の外れに位置する広場へ向かった。
 草花が生い茂る広々とした敷地の一角に腰を下ろし、対面にアズマを座らせると、キオルティスは徐にアズマへの質問を始めた。
 内容はどれも他愛の無いものだったが、質問の回答を通して少しずつアズマの人となりを調べていくことが、キオルティスの狙いだった。
 そして一頻り質問を終えると、キオルティスはしばしの間沈黙し、やがてハープを手に取り、アズマの事を謳った歌詞を偶像の歌に乗せ、広場一帯に響き渡るように軽やかに歌い上げた。
 先ほどの質問から得たアズマの人物像から、彼の自信になるような良い所をピックアップして歌詞にしてある。
「アズマ、お前さんは随分と自分に自信が無いようだが、今俺が歌った通り、お前さんには歌の詩に出来るような素晴らしいところも沢山あるんだ。どんな人間にも、誇れることの一つや二つは必ずある。すぐに変わるのは難しいかもしれないが、少しでもいい、自信持ちな」
 アズマはじっと自分を見据えて語るキオルティスの目を、俯いたりせずじっと見ながら、彼の言葉を心の中で復唱し、自分に言い聞かせてた。
 先ほど茶屋で話し相手になってくれた衛島と華表と語った話が脳裏に蘇る。
 自分が華苗の事を好きな理由。自分がどれだけ華苗の事が好きなのか。思い出し、確かめながら、何度も自分へ言い聞かせる。
「‥‥はい」
 先程よりもずっと凛々しさを増した目つきで頷くアズマ。
 それに感心したように笑みを零すキオルティスは、アズマに新たな指示を下した。
「じゃ、手紙書いてみるか」

●忍び、届ける
 人通りの多い中心部から少しだけ離れた、静かな通りの一角。
 そこに佇む大きな門と、その奥に広がる巨大な敷地、そして建物。
 この町一番の大商人、山本家の屋敷。
 その入り口を司る豪奢な門の前に立つ斉藤晃(ia3071)は、門を警備していたガタイのいい男二人を相手に、何やら話しこんでいた。
「ふむふむ、そんじゃ、噂の侵入者っつーのは大したことないんやな。心配して損したわー」
 どこかワザとらしい口調で語る斉藤の目的は、警備の者の注意を引き付け、仲間が屋敷へ侵入する手助けをする事。
 このために斉藤は事前に山本家について聞き込みをし、家の特徴や警備の具合などを調査をした上で、こうして屋敷の騒動を懸念した一般人を装ってやって来たのだった。
 首尾は上々で、もう既に仲間が侵入して幾らか時間が経っているが、騒ぎになっている様子も無い。
「なんだなんだ、騒々しいな」
 門の奥にどっしりと構えている屋敷から歩み寄ってくる人影を見て、斉藤は警備の男達に悟られぬように小さく口元に笑みを浮かべた。
 近づいてくる男は、身なりからしてこの屋敷の主、頑固親父こと山本鉄之助であると斉藤は察し、それが確かならば、仲間が目標である華苗のもとへ辿り着くことを妨害する要素が一つ減ったことを意味する。
 斉藤は出来る限り話を引き伸ばし、それからしばらくの間、鉄之助をその場に引き止めることに成功した。

「ふふふ、順調順調。あと少しで‥‥」
 斉藤が門前で時間を稼いでいる間、屋敷の裏手から侵入した霧隠孤影(ia9099)は、シノビのスキルである抜足や超越感覚を存分に活用しつつ、人目に触れることなく屋敷の奥へ奥へと進んでいた。
 彼女の目的は、アズマが華苗と会う約束をとりつけるために綴った手紙を本人に直接届けることで、今回の依頼内容に対して個人的に『愛の素晴らしさ』を感じていた霧隠は気合満々の様子で手紙を受け取り、その高揚する気持ちを抑えながら、こうししてひっそりと屋敷内へ進入を果たしたのだ。
 何度か人の気配に足止めをくらう事はあったものの、シノビとしての鍛錬を積んでいる霧隠の敵ではない。
 適切な身のこなしとスキルを駆使し、目標である華苗の自室まで、誰の目にも留まることなく無事に辿り着いた。
 霧隠は気配を極力消しつつ、清潔感漂う真っ白な障子に近づき、隙間から中の様子を伺った。
 期待通り室内にはどこか憂鬱な雰囲気の華苗が居り、それを確認するや否や、霧隠は障子の僅かな隙間から、音も無く手紙を差し入れた。
「‥‥誰?」
 華苗が僅かな人の気配に気付いて障子を見やると同時に霧隠は障子の向こうから姿を消した。
「怪しい者ではありません。アズマという名の青年をご存知かと思います、その者からの手紙を持って参りました。どうか、ご覧になって下さい」
 姿を隠しつつそう言い残し、霧隠はすぐさま屋敷を去った。
 後に残っていたのは、丁寧に折りたたまれた、一枚の手紙だけだった。

●いざ、想いを胸に
 日が暮れ、町がすっかり夜空に包まれた頃。
 山本家の屋敷は、静かに、誰にも悟られる事無く開拓者達によって包囲されていた。
 鬼島、斉藤、燕、華表らが人目のつきやすい場所を重点的に警戒しつつ歩き回り、未だに緊張で体を強張らせているアズマが、鴇ノ宮風葉(ia0799)と共に屋敷へ侵入するための支援を行っている。
「それじゃー、アタシが道だけは作ってあげるけど‥‥覚悟はできたんでしょーね? 中途半端な奴を案内する気なんかないからね」
 鴇ノ宮の真っ向からの言葉を受け、アズマは少しだけ後ろずさったが、やがて目を瞑りながら深く深呼吸をすると、気合の篭った鋭い目を見開き、力強く頷いた。
「上等っ! さて、それじゃ行きましょうか、依頼主サマ?」
 二人が作戦開始の意思確認をすると、アズマは傍らに控えていた衛島の鬼腕によって力を増した腕で軽々と持ち上げられ、目の前に聳えていた塀の上に降り立ち、すぐに塀の向こう側へと飛び降りた。
 アズマが上手い事着地したのを確認すると、鴇ノ宮も軽い身のこなしで楽々と塀を越えて現れ、屋敷の裏庭へ無事侵入を果たした。
 塀の外では二人の進入を確認した衛島が、何も無かったかのように歩き出し、周囲の警戒へ向う。
 塀の中の二人もすぐさま移動を開始し、庭のあちこちに植えられた草木のや建物の物陰に身を隠しながら、少しずつ少しずつ、目的の場所へと向かっていった。
 門のある方角からはキオルティスの奏でる音楽が。塀の外では斉藤と鬼島の大男二人が警備の男達と何やら言い合っている声や、華表や燕、衛島らの話し声も聞こえる。
 皆の霍乱のお陰もあってか、屋敷内の二人は何ら障害に当たることもなく、平穏無事に目的地へと到達した。
「さ、行ってらっしゃい」
 中庭に設けられた池の淵に静かに佇む、女の人影。
 それを目に下途端、再びしり込みする感覚に襲われたアズマだったが、自分の背を押す鴇ノ宮を見て、今日、自分の前に現れては、同じように背を押してくれた開拓者達の姿を思い返した。
 そして、彼らとのやり取りを通じて、改めて自分は、今目の前で自分の書いた手紙の呼び出しに応じてくれている女性の事を好いているのだと確かめる事が出来たのだと、確かに感じていた。
「いってきます‥‥」
 短くそう言い残すと、アズマはゆっくりと、それでいて確かな歩みで池の方へ近づいていき、そこで待つ女性にはっきりとした声音で声をかけた。
 振り返った女性、華苗の表情は、どこか楽しげな笑みに包まれていた。
 
 硬く握り締めた拳を高々を掲げたまま放心状態のアズマを鴇ノ宮が引き摺るようにして屋敷を出たのと、キオルティスの演奏を聴き終えた頑固親父が屋敷に戻ってきたのは、ほぼ同じ時刻だった。

●時、流れて
 あれから数日が経過したある日。
 華苗は今までそうであった通り、屋敷の自室で勉学に耽っていた。
 親の過保護な扱いと、強制される様々な勉強や習い事。どれも決して嫌っているわけではなかったが、やはり自分自身の時間というものを中々持たせてもらえないのは、辛いものがあった。
 このままずっとこんな生活が続くのだろうかと、そんな事を思いながら、目の前の現実に向かう。それが、数日前までの華苗の日常だった。
 しかし、今は違った。
 あの日、自分を囲っているこの檻の中でした約束。一緒に外へ出かけるという、簡単な約束。
 たったそれだけの事が、ここまで明確に自分の中の価値観を変えてしまうとは、思いも寄らなかったと、華苗は今更ながらに思っている。
「何、またあいつが来たのか!」
 部屋の外から聞こえてくる、父親の聞きなれた声と決まり文句。
 それを聞くや否や、華苗は手にしていた筆を置き、手早く身支度を整えると、急ぎ足で部屋を後にし、門を目指した。
 そこでは既に父親が『彼』と対峙し、何やら物申していたが、そんな事お構いなしに、華苗は父親の横を通り過ぎ、門の外で毅然と、それでいて今だ拭いきれない緊張感も纏いつつ立っている青年、アズマのもとへ駆け寄った。
「か、華苗?」
 呆気に取られる父親の方を振り返り、華苗は一言だけ、実に簡単な言葉を言い残すと、嬉しさを抑えきれずに満面の笑みを浮かべているアズマと共に、父親の知らぬ二人の目的地へ向けて小走りに駆け出した。
「いってきます」
 その短さとは相反し、華苗の言葉はいつまでも尾を引くように父親の耳に残り続け、彼がふと我に返った時には、既にアズマと華苗の姿はどこにも無く、二人の男女の行く先を祝福するような温かな風が、門前を颯爽と吹き抜けていった。