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■オープニング本文 ●出航 「黒井殿が行方不明‥‥まことか」 傍らに佇む巨躯へ視線を流しながら、つい今しがた届けられたばかりの文を手にした雨宮一成は、いつになく険しい表情を浮かべつつ短い言葉を紡いだ。 厳つい巨体を持つ男はそれに小さく頷いて答えると、文へ視線を落とし始めた自身の主へ向けて淡々と語りだした。 「新大陸への道筋に存在するという魔の島へ単身調査へ出られたと。その文は、調査団へ出向していた者が聞き知った情報を書き記してあるとの事です」 さっと文に目を通した雨宮は小さく溜息を吐きながら顔を上げ、今度はしっかりと、傍らに立つ大男、朝霧の方へと向き直った。 「すぐにでも救助体制が整えられるだろうが、我々も黙っているわけにはいかないな。この機会、逃す手はないだろう」 「私設兵団を救助に向かわせると?」 先程まで険しかった表情を不敵な笑みへと一変させ、何かを企むように言う雨宮の言葉を聞き、朝霧はこの知らせを受け取った時点で既に想像出来ていた雨宮の起こすであろう行動を、ためらうことなく口にした。 しかし、それを聞いた雨宮は思わせぶりに間を置いた後、不敵な笑みから今度は無邪気な微笑へと、顔に張り付かせた表情という名の表層の感情を切り替え、彼らが立っている屋敷の縁側から見える青く染まった空と、そこに浮かぶ綿帽子のような白い雲を眺めるように視線を上げた。 「そういう大役は他の連中に任せるさ。どうせ国のお偉方が出張ってあれこれやらかすだろうし、開拓者も一杯投入されるだろう。僕はこう見えて、自分の身の程は弁えているつもりだからね、分相応な仕事をするまでさ」 傍から見ればその様子は無垢な子供が真面目に与えられた仕事をこなそうとする様にも見える。 だが朝霧は知っていた。自身が仕えているこの男は、表層に現している自分と、内側に隠している自分とを巧みに使い分ける、小賢しい男なのだと。 「では、どのように」 そして朝霧もまた、同じだった。 常に無関心、無感情を表層に取り繕い、主との距離を保っている。 それは既に雨宮の目によって見破られている事を朝霧は知っていたが、それでも朝霧は、取り繕った継ぎ接ぎだらけの自分を捨て去ることはしなかった。 まだその時ではないと、そう思えたからだ。 武天でも指折りの富豪、大商人雨宮一成。彼が進む道を、もうしばらくは見届けなければと、朝霧は閉ざした心の中でそう呟いていた。 「黒井殿の救助作業が始まるより先に島に向かい、後続のための道を作る。港に連絡し、待機させていた兵団を飛空船に乗船させ、すぐに朱藩の港へ向かわせてくれ。船が港に着き次第食料や必要物資を積み込めるよう、朱藩のお得意様連中に手配するんだ」 雨宮から受けた命令をすぐさま実行するべく、朝霧は短く返事をすると、足早に縁側を去って行った。 徐々に遠ざかっていく大きな背に向けて、雨宮は思い出したように言葉を続けた。 「ああそうだ、『彼ら』を兵団に同行させるのも、忘れないでくれよ。流石に一般人の兵士だけでは心細いからな」 朝霧は振り返る事はせず、言葉だけで返事を返すと、そのまま屋敷の陰に姿を消した。 後に残ったのは、一人静かに佇む雨宮と、彼の口から零れる不敵な笑い声だけだった。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
焔 龍牙(ia0904)
25歳・男・サ
暁 露蝶(ia1020)
15歳・女・泰
黎乃壬弥(ia3249)
38歳・男・志
一心(ia8409)
20歳・男・弓
ジルベール・ダリエ(ia9952)
27歳・男・志
朱月(ib3328)
15歳・男・砂
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●いざ、魔の島へ 朱藩の港を飛び立った大型飛空船は、これから彼らが挑む場所に渦巻く闇を払拭するような青空の下を、悠然とした様子で進攻していた。 広々とした空において圧倒的な存在感を誇る大型飛空船。及びそれに追従する小型飛空船一隻。 戦闘を想定して広く作られた大型飛空船の甲板上には、分隊に別れた兵士達が各所に配置されており、統一された装備に身を包んでいる兵士達に紛れて、強い個性と一味違う気を放つ開拓者達の姿もあった。 「なるほど、ありがとうございます。やはりアドバイスがあるのと無いのとでは違う」 甲板の一角、及び積荷の倉庫では羅喉丸(ia0347)と、雨宮が招いた技師の指示のもと、拠点設営のための準備が進められている。 到着後の設営作業を少しでも短縮するための、先手を取った行動。羅喉丸の思案である。 「羅喉丸さん、もうじき島が見えてくるそうです。作戦を確認したいと、兵団の方が‥‥」 甲板の後方で技師と話していた羅喉丸を呼びにやって来た鳳珠(ib3369)に言われ、羅喉丸は技師に後のことを任せると、鳳珠と共に兵士や仲間達のもとへ向かった。 甲板の中央に集まった兵団の代表数名と、現在飛空戦の周囲を龍に騎乗して警戒態勢に入っている開拓者を除いた待機中の開拓者三名に羅喉丸と鳳珠が合流し、手短な作戦確認が行われた。 雨宮の私設兵団は以前、開拓者達によって短期間だが訓練を受けている。 開拓者達と共に顔を突き合わせての作戦行動も、随分と様になっているように、開拓者達は感じていた。 「あ、見えてきましたね」 作戦確認に顔を出していた暁露蝶(ia1020)がふと船首の方へ視線を向けると、青が広がっているだけだった水平線の彼方に、微かに島の輪郭が姿を現し始めているのが見えた。 魔の森に寝食されきってしまった領域、鬼咲島。 遠目にもその禍々しさがひしひしと感じられる魔の島へ、飛空船は着々と近づいていた。 「‥‥さて、第一幕の幕開けか」 おぼろげだった島の全景がはっきりと視界に入るだけの距離に近づき、さらに進む飛空船。及びそれを囲むように飛行する龍に騎乗した開拓者達。 その中の一人である焔龍牙(ia0904)が風に掻き消されてしまうほど小さく呟くと、龍牙の心眼が捉えていた無数の影が、船に居る開拓者達、及び龍に騎乗している開拓者達全員の視界にも入った。 雨宮私設兵団と開拓者達の、最初の戦闘の時が迫っている。 「先手を取るぞ、珂珀!」 龍牙の心眼が敵影を捉えるや否や、飛空船と並んで飛行していた一心(ia8409)は、騎乗している駿龍の珂珀に檄を飛ばして加速させると、飛空船の前へと躍り出た。 弓に矢を番え、敵が射程距離に入るのを待ち構える。 甲板上の兵士達も知らせを聞くと取り乱す様子も無く素早い動作で配置に着き、いつでも迎え撃てる態勢なっている。 「‥‥はっ!」 短い掛け声と共に放たれた一心の矢は、迫り来る飛行アヤカシの最前列に居た一匹を正確に射抜き、けたたましい雄叫びを上げさせた。 それを開戦の狼煙とするかのように、アヤカシ達は一斉に速度を増し、飛空船へ詰め掛けた。 一心は引き続き珂珀の上から即射で矢を放ち続け、少しでも多くのアヤカシを船に寄せ付けぬように努める。 「人面鳥‥‥数は多いが、この戦力で勝てない相手やない。ネイト、いくで」 一心に続いて舞うように前線へ姿を見せたのは、弓術師ジルベール(ia9952)とその相棒ネイト。 先陣を切った一心らと同じく、弓術師と駿龍の組み合わせであるこのコンビの役割も、アヤカシを船に近づけずに仕留める事にある。 二匹の駿龍が船の前で交錯するように素早く飛び交い、撹乱された相手に向けてそれぞれ矢を放つ。 ジルベールの六節と安息流騎射術の合わせ技による的確な射撃が人面鳥を確実に射止め、一心の即射によって更に数を減らしていく。 矢の応酬を掻い潜ってきた人面鳥には、ネイトがソニックブームを、珂珀が燃え盛る炎浴びせる。 そして、それだけでは追いつかない程の数が二人に迫った時、船に控えている者達の腕が振るわれる。 「飛べ、頑鉄!」 甲板から飛び立った甲龍、頑鉄の背には、先程まで作戦確認を行っていた羅喉丸の姿があった。 颯爽と飛び立つ頑鉄の硬い鱗が太陽光に照らされて鈍く光り、同じように怪しく光る鋭い爪が、前線を突破してきた人面鳥を一匹、容赦なく切り裂いた。 羅喉丸も騎乗したまま、攻撃せんと接近してくる人面鳥を玄亀鉄山靠で弾き返し、それを頑鉄が鮮やかな呼吸で振るった尾で叩き落す。 「弓兵部隊! 射程内に敵が入り次第、集中砲火で各個撃破や!」 羅喉丸が飛び立ったのを確認したジルベールは徐々に前線ラインを下げ、甲板上で弓を絞っている弓兵部隊に向けて指示を飛ばした。 弓兵達が指示を理解し、行動を開始すると、ジルベールは再び前線へ戻っていく。その際にぐるりと甲板上を見回した彼の視界の端で、黒い影がしなやかに舞う姿があった。 「焔、仕留めるよ」 傍らに浮かぶ鬼火玉へ向けて短く言うと、全身黒尽くめの獣人、朱月(ib3328)は何処からともなく湧き出した木の葉に巻かれ、急接近してきた人面鳥は驚いたかのように速度を落とし、空中で動きを止めた。 それを見計らったかのように、人面鳥の視界の外から接近していた焔が体当たりを仕掛け、それに怯んだ人面鳥はがくりと態勢を崩し、甲板に落ちるか落ちないかというところで朱月の拳を真っ向から受け、甲板の外へ弾け飛んでいった。 「おうおうどいつもこいつも気合十分だな。俺らももうちっと気合入れていくか、定國」 黎乃壬弥(ia3249)とその相棒の甲龍定國は、そんな仲間達の応戦っぷりを後方で見守りつつ、兵士達が討ち漏らした人面鳥を片付けて回っていた。 伊乃波島などを中継しての長距離航行において、黎乃は夜間の警戒を買って出ていた分、襲撃を受ける直前までぐっすりと眠りこけていた最中であった。 そのせいか、ただでさえ締まりの無い表情がより一層緩んでいるように見える。 だが、甲板付近に張り付くように飛行し、平突や斬撃で手早く敵を片付けていく黎乃の手に握られた刀は平正眼の構えを崩すことなく、耳障りな鳴き声を上げる人面鳥に正確な太刀筋を浴びせている。 彼を背に乗せた定國も、黎乃が斬り捨て易いように相手を追い込み、回り込んで、時には鋭い爪や尾で攻撃を仕掛けた。 開拓者達の援護を受けながら、十人ずつに別れた兵士達の分隊も、甲板に近づかんとする人面鳥を一匹ずつ確実に仕留めている。 しかしながら、志体を持たぬ兵士である彼らにとっては、たった一匹のアヤカシを倒すだけでもかなりの苦労を要する。 既に複数の負傷者も出ており、一切の気が抜けない状態だ。 「下がってください、手当てをします」 甲板の後方で控えていた鳳珠のもとには負傷した兵士が集まっており、彼女の相棒である駿龍の光陰と、彼女と連携して行動している暁、及びその相棒である鬼火玉の瑞香に守られながら、恋慈手による手早い治療を受けている。 鳳珠は神楽舞による援護も行う隙を伺っているようだったが、負傷者の手当てと防衛で手が回らないでいる様子だった。 「ほんと、数ばっかり多いわね」 裏一重による軽い身のこなしで敵の鉤爪をかわし、カウンターの要領で鋭い蹴りを叩き込む暁。 甲板上を縦横無尽に動き回る暁と、その周囲を庇うようにゆらゆらと動いている瑞香の姿は、踊り子のようにも見えると、敵を牽制する光陰の影で治療を受けていた兵士はふとそんな事を思っていた。 「さて、もう一踏ん張りだぞ、蒼隼」 彼女らの頭上に迫る人面鳥。その一団目掛けて接近し、手にした刀に炎魂縛武の炎を纏わせ、高速飛行する駿龍、蒼隼が人面鳥とすれ違うタイミングを見計らって素早く、そして鋭く振り抜く龍牙。 切り口を灼熱の焔で焼かれ、苦しみ悶えながら落下していく人面鳥へ僅かに視線を向けて見送りながら、龍牙は新たに心眼を用いて周囲の敵数を確認し、相棒を励ますように呟いた。 飛び交う人面鳥と龍。刃が、矢が、拳が、頑強な飛空船の甲板上で縦横無尽に振るわれる。 鬼咲島を目前にした、雨宮私設兵団の最初の空戦はその後もしばらく続き、やがて全ての人面鳥は青空へ溶ける瘴気へと還元され、幕を閉じた。 ●上陸 私設兵団最初の戦闘を終え、その後は特別進路を阻むものもなく、飛空船は無事、あらかじめ想定していた着陸箇所である島の北側にある入り江に到着した。 砂浜に乗り出すように着水した飛空船からすぐさま荷の運び出しが始まり、船内で仮組をしてあった物から順に、手早く拠点の設営を始めていく。 着水場所の先にある森への入り口付近に足場がしっかりとした場所を探し、邪魔な木々を切り倒して場を広くした後、今後彼らの活動拠点となるキャンプを一つ一つ組み上げていく。 船の甲板には一部の兵士を残し、引き続き船の警護と周囲の警戒を行っており、鳳珠も船に残って、先の戦闘で重傷を負った兵士二名の面倒を見つつ、光陰に船の警戒をさせている。 まだ設営途中とはいえ、ここはすでに彼らにとっての拠点。それを守る事は、今の彼らにとってもっとも重要な任務である。より効率よく守れるよう、物見櫓や防壁となる柵などを中心に設営が進む。 以前、開拓者達が彼らに訓練をつけた際にも、拠点防衛に重点を置いた訓練が行われていた。 彼らに訓練をつけた開拓者の一人である羅喉丸は、言われずとも手際よく各所に展開していく兵士達を見て、何とも感慨深い気持ちを抱いていた。 「む‥‥あれは」 そんな羅喉丸の遥か頭上、珂珀に騎乗して空中から警戒を行っていた一心は、砂浜と隣接している森の奥から迫る『何か』を視界に捉えた。 警戒態勢は万全だが、ここは魔の島。異変に気付いたアヤカシが寄ってこない筈はない。 一心が咄嗟に放った空鏑によって発せられた合図により、兵士達、そして開拓者達は、休む事もままならぬまま、第二の襲撃に見舞われたことを知った。 「俺達が抑える! 皆は設営中のキャンプの防衛に集中するんだ!」 アヤカシ、犬首の群。 その不気味な咆哮を耳にしてすぐさま戦闘態勢を整える兵士達の前に立ち、羅喉丸は頑鉄と共に並び立って迎撃の構えを取った。 時を同じくして、設営場所を囲むように他の開拓者達も迫り来るアヤカシを迎え撃つ態勢に入っている。 「邪魔はさせない!」 まず先手を取ったのは、泰拳士らしい素早い動きで接近を仕掛けた暁と、それに追従する瑞香だった。 犬の生首が宙に浮いているという、何とも不気味な犬首の姿に臆することなく近づき、旋風脚による鋭い蹴りを叩き込む。 反応し切れなかった犬首は鼻先から電流の如く走る衝撃に耐えられず後方へ吹き飛び、後ろから接近していたもう一匹の犬首を巻き添えにしながら巨木の幹に激突した。 同胞が攻撃を受けた事によって勢いを増した犬首達は速度を上げて設営地に近づいてくる。 それを少しでも遠い位置で足止めしようと企むのは、先の戦闘でもそうであったように、一心とジルベール、そしてその相棒である龍達である。 「ここからが正念場や。きっちりやるで、ネイト!」 ジルベールが弓を引き絞り、合わせてネイトが宙へ舞う。 接近してくる龍に圧倒されて進行を止める犬首へ容赦なく放たれる矢。 ふわふわと宙に浮いている犬首達は飛ぶ力を失って地に落下し、本物の生首のような様相になったかと思うと、すぐに瘴気へと還元され跡形も無く消え去っていく。 既に空中高く飛び上がっている一心と珂珀は、空中から雨のように矢を放ち、死角からの攻撃に犬首達は気づくことも出来ずにかなりの数を減らす結果となった。 「拠点には近づけさせない。いくよ、焔」 戦線に加わろうと身構える朱月は、傍らの焔に声をかけながらも、その目でしっかりと標的を見定めており、焔が頷くのを横目に確認すると、相手を撹乱するように動き回りながら、一心らの矢を掻い潜ってきた犬首へ急接近した。 犬首が朱月の接近に気付いた時には既に遅く、その拳がまさに叩き込まれんとする瞬間であった。 同胞が地に叩き伏せられたのを知った別の犬首が朱月の背後に接近しようとすると、それを制するように焔が割り込み、牽制している間に朱月が間合いを詰め、拳を叩き込む。素早く、的確なコンビネーション。 開拓者達の活躍に感化されたのか、後方へ下がっていた兵士達も、弓兵を中心に開拓者達の援護に加わり、開拓者達が討ち漏らした犬首を集中攻撃で確実に撃破していく。 先の戦闘で負傷者を出していた兵団だったが、士気は決して下がってはいないようだった。 「お、どうやらこれで終いかな?」 定國と共に兵士を庇うように陣取っていた黎乃の呟いた通り、龍牙が桔梗で仕留めた犬首を最後に、アヤカシの襲撃はぴたりと止んだ。 龍牙の相棒である蒼隼が周囲を見回って戻ってきたが、どうやら付近に敵の気配は無いようだ。 再び拠点設営に思考と行動を切り替えた兵団、及び開拓者達は、その後も警戒を怠ることはなかったが、それ以降アヤカシによる襲撃に見舞われることは無く、拠点設営は着々と進行し、ほぼ予定通りのペースで完成まで持っていくことが出来た。 物資の搬入も済み、大凡の作業が終了すると、黎乃はジルベールと一心を誘い、入り江から程近い場所にあるという放棄された集落へ出向いた。 井戸など、拠点にとって有用なものが残っていないかを調べるためだった。 集落は見るも無残に朽ちており、人のみならず、生き物の気配すら微塵も感じられない。 使えそうなものは見つかりそうにも無く早々に諦めたが、何とか井戸だけは発見し、集落までの経路と井戸の位置をメモに取り、三人は集落を後にした。 道中、アヤカシではない何者かの視線を感じたが、今はそれを追及するべきでは無いと判断し、気のせいだったと互いに言い聞かせながら、無事に帰還した。 ●未開の地の夜 三人が戻る頃には拠点の設営は全て完了しており、ようやく開拓者達も肩の荷を降ろす事が出来るようになった。 龍牙の指示のもと、拠点を取り囲むように無数の罠も設置されており、兵士達も各所にバランスよく配置されている。警戒、防衛態勢も万全だ。 全ての作業が終わる頃には既に日も暮れかかっており、兵士達は火を熾して食事の用意を始めると、手早く料理を行い、簡素ながらも栄養価の高い食事を、開拓者達も含めて交代で摂った。 一時の穏やかな時間。兵士達に混じって食事を取る開拓者達。その話題は、先ほど黎乃らが感じたという気配の事についてだった。 「動物か何かの気配だと思いたいですが‥‥」 スープを飲み干し、空になった器をぼんやりと眺めながら、龍牙は何かを不安視するように言った。 その隣に腰を下ろしている鳳珠も、同じような表情で頷いている。 「今はそれについて考えるのはやめましょう。不明要素が多いと、兵士達の士気にも関わるでしょうし」 鳳珠の言葉に、今度は朱月が頷き返す。 今はただ、与えられた仕事をこなす事。ただ、それを成すだけである。 焚き火の煙は夜空へ高く昇り、まるでこれからこの島で起きる、決して穏やかではない様々な出来事の始まりを告げる、狼煙のように見えた。 ●去る者、残る者 夜間も警戒を怠らなかったお陰か、安全に一夜を越した開拓者達は、兵士達に今後の行動と注意点などを言い残すと、大型飛空船の隣にこじんまりと停泊していた小型飛空船に操縦担当の兵士数名と乗り込み、本土へと戻っていった。 船の周囲には龍を相棒とする開拓者達が取り囲むようにして飛行し、まるで集団で飛行する鳥の群れのようにも見える。 依頼の都合上、開拓者達はいつまでも兵団と共に島へ駐屯する訳にはいかない。彼らの力を必要とする者達が、天儀には数え切れぬほど存在するのだ。 雨宮からの依頼である拠点の設営が無事に完遂された今、彼らは兵団を残して去る事にどうしても不安感を拭えなかったが、彼らが真摯な目で見送る姿を思い出し、その溢れんばかりの自信と勇敢さを信じて、開拓者達は鬼咲島に背を向けた。 これからこの魔の島には多くの人間達が足を踏み入れる事になるだろう。 まだ見ぬ島への挑戦者と、その先駆けとなった兵団の未来に幸があることを、開拓者達は静かに、胸の奥で祈っていた。 ●遠く離れた地で 「そうかそうか、事は万事問題なく進んだか」 開拓者達が本土へ戻ったとの知らせを受け、相変わらず屋敷の縁側に腰を下ろしていた雨宮一成は満面の笑みを浮かべて嬉しそうに言った。 知らせを運んできた朝霧は、彼の傍らで微動だにせず立ち尽くしている。 「僕が何を企んでいるのか、考えてるでしょ」 雨宮の視線は遠く空を見上げていたが、何故かその言葉の持つ圧力は、目の前で視線を合わせて語られているかのような力を持っていた。 朝霧は何も言わず、沈黙を守る事で、雨宮の言葉に答えた。 すると雨宮は突然笑い出し、口元を押さえながら無邪気な笑顔を朝霧へ向けた。 「そう心配しないでくれよ。僕は物騒な事なんか何も考えていない。ただ、自分が手に入れた力である兵団が、この世界規模で動く大事件にどう影響を及ぼしていくか、それを知りたいだけさ」 朝霧はしばらくの間沈黙を守り続け、やがてゆっくりと頷きながら短く答えた。 「理解しております」 「うん、ならよろしい」 朝霧の答えに満足げな雨宮は再び空を見上げた。 遠く、鬼咲島がある方角の空を。権力と財力を手にした『子供のような大人』の、無垢で、それでいて怪しげな視線を向けながら、雨宮はまた、不敵に笑った。 |