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■オープニング本文 ●誰か止めろ! 「出たー! アイツだー!」 「誰か捕まえろ〜!!」 今日もこの町には悲鳴と怒声が響き渡る。 ありとあらゆる人々を巻き込み、騒ぎはどんどん大きくなる。 もうかれこれ数週間、この町ではすっかりおなじみになった光景だ。 「あのやろぉ‥‥またやりやがったなぁ」 今日の被害者は八百屋の親父。丹精込めて育てた野菜を大量に奪われた。 犯人は親父どころか町中の人間が知っている。毎回、白昼堂々と人目も憚らずに行動するからだ。 「あんのクソもふら〜〜! いつかふん捕まえてシバキ倒してくれるぅぅぅ!!」 この町を混乱に陥れている張本人。それはなんとあの『もふらさま』なのである。 全身の毛が真っ黒で、目つきも悪く、口元は常に怪しげな微笑を浮かべている。なんとも薄気味の悪いこのもふらさまは、ある日突然この町に現れ、ひたすらに悪戯を繰り返しているのだ。 一時はもふらさまと瓜二つの外見をしたアヤカシなのではないかとも言われたが、人を襲ったりするわけでもなく、結局はただの悪戯好きなもふらさまだという結論に落ち着いた。 黒もふらの悪戯は種類に富み、小さな悪戯から大きな悪戯まで、様々な悪戯を繰り返している。 町の人々は当初、一応は精霊であるもふらさまだからということでそれなりに優しく接しようとしていたが、もはや今の町人達の中にはもふらさまに対してそのような接し方をする者は居らず、怒りの感情しか浮かんでこない状態である。 何度も何度も捕獲を試みた町人達だったが、黒もふらは異常にすばしっこく、到底もふらさまとは思えない挙動で町人達の捕獲の術を掻い潜り、逃げおおせている。 「もはや仕方が無い‥‥最終手段に出るか」 そして、集会所で開かれている何度目かの対黒もふら会議にて、町人達はある決断に迫られた。 今までプライドとお金という二つの壁との葛藤の末見送ってきた、最終手段。 それは、開拓者への黒もふら捕獲依頼。 黒もふらに何としても一矢報いるべく、彼らは熱く燃える復讐心を胸に、ついにその決断を下した。 その町からもっとも近い開拓者ギルドに、謎の黒もふら捕獲依頼が届いたのは、その翌日の事である。 |
■参加者一覧
葛葉・アキラ(ia0255)
18歳・女・陰
紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)
18歳・女・泰
鬼島貫徹(ia0694)
45歳・男・サ
秋霜夜(ia0979)
14歳・女・泰
アーニャ・ベルマン(ia5465)
22歳・女・弓
ラスター・トゥーゲント(ia9936)
10歳・男・弓
天野 瑞琶(ib2530)
17歳・女・魔
月見里 神楽(ib3178)
12歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ●作戦前の下調べ 黒もふらの悪戯に悩まされているという町へ開拓者達がやって来た時、既に町は臨戦態勢の空気をかもし出していた。 自分達が歓迎されているのかいないのかすらよく分からないピリピリと張り詰めた空気を掻い潜るようにして、開拓者達は指定されていた町の集会所へと集まった。 「おお、よく来てくださった。丁度対策会議を始めるところでしたので、どうぞ参加してください」 代表者に挨拶され、ようやく開拓者達は迎え入れられたことを実感すると、ゆっくり町を見物する暇も無く、すぐに対黒もふら会議に参加する運びとなった。 そこで基本的な情報や、人々の黒もふらに対する見解や現状を把握すると、開拓者達は次の襲撃に備えた捕獲作戦の全権を任され、それぞれの行動に移った。 「えーと、じゃあいつもはこの道から南の門へ逃げていくんですね」 町中を歩き回って情報収集を行っていた紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)の質問に、町の人々は積極的に答え、情報を提示していた。 町の人々はそれだけ黒もふらの捕獲に必死なのだと、紗耶香だけではなく、同じく情報収集と人々への協力の呼びかけを行っていた葛葉・アキラ(ia0255)や鬼島貫徹(ia0694)らも、否定の仕様が無いほどはっきりとそれを感じていた。 「狙われやすい場所に罠の設置を始めている。もうしばらく時間はかかるだろうが、順調だ」 偶然路地で鉢合わせた鬼島の報告を聞いて、葛葉は頷いて答えると、自身も町中を回って人々に声をかけて回っている旨を伝えた。 「ほんと、皆怒り心頭って感じやね。穏便に済めばええんですけど」 鬼島も町を歩いて回るうちに同じような人々の考えや気持ちを受け止めており、それがきっかけとなって何か面倒な事が起きてしまわないかという葛葉の懸念には同意見であった。 人々の協力を仰ぎつつ、分担をはっきりさせておかなければ、誰かが感情に任せた行動に出て逆に混乱させてしまう可能性がある。 そのためにも、人々との情報共有を密に行っていかなければならない。 「ふむ、じゃあやっぱりアヤカシじゃあないんですかねぇ」 秋霜夜(ia0979)も、そうした考えに加えて抱えていた疑念を晴らすべく、黒もふらに関する聞き込みを行っていた。 これだけ執拗に悪戯を繰り返すもふらさまが、アヤカシでは無いという可能性をまだ完全に拭いきれていないのだ。 しかし、人々の意見としてはアヤカシである可能性は低いという見方が強く、悪戯等も人命に影響を与えるに至るほどではないという実情から、やはり黒もふらがアヤカシであるという見方は難しいという結論に至った。 「まぁ、作戦時にもアーニャ・ベルマン(ia5465)さんがスキルでアヤカシかどうか判断してくれるそうだし、今は捕獲する事を前提に動きましょう」 同じく情報収集に努めていた天野瑞琶(ib2530)に言われ、秋霜夜は同意して頷くと、またどこかへと小走りに駆けていった。 黒もふらの正体がもふらそっくりのアヤカシ『ふらも』だったとしても、高々一匹のアヤカシに梃子摺る面子でもない。 今は黒もふらがただの悪戯好きのもふらさまだという考えを信じ、確実に捕獲する手を講じるのが最善だと、皆がそう思い、行動している。 「よぉーし、気合十分! 頑張るぞぉ!」 ただ一人、『まるごともふら』に身を包みながら人々に声をかけて回るラスター・トゥーゲント(ia9936)だけは、どこか空回っているように見えなくも無かった。 ●いざ尋常に勝負 「はい! これが黒もふらさまの出現場所の目安と罠の設置場所を記入した、『打倒悪戯黒もふらさま捕り物地図』です!」 皆が情報収集を行っている間に月見里神楽(ib3178)がせっせと作っていた地図をそれぞれ受け取ると、開拓者達は黒もふらが現れる可能性が高いといわれている時間に合わせてそれぞれの配置に着いた。 黒もふらがもっとも現れる可能性のある町の南方にある門の付近にはアーニャと秋霜夜が待ち構え、門の外には葛葉がひっそりと控えている。 町の人々も極力平然とした様子でいてもらいつつ、一部の人々には罠の付近で待機をしてもらっている。 「そろそろかな〜、と」 葛葉は門の近くに聳えている太い幹を持つ木の陰に身を隠しながら人魂を放ち、その有効時間を目一杯使って門の周辺を探索させた。 辺りは静まり返っており、黒もふらの姿は発見できないと葛葉が諦めかけていたが、人魂が消える間際に、広い草原の向こう側に微かな黒い影を捉えた。 予想されていた方角からの登場に俄然やる気を出した葛葉は、門の中から顔を覗かせていたアーニャらに合図を送ると、そのまま黒もふらが近づいて来るのを待ち、やがて黒もふらが自分の隠れている木を通り過ぎたところで、黒もふらの背後に立つように颯爽と姿を現した。 「悪戯もふらさまにはお仕置きや!」 声高らかに叫ぶ葛葉を振り返る黒もふらは至って平然とした様子だった。 今までにもこうした待ち伏せをされた事は多々あるのだろう。 しかし、今日の待ち伏せは一味違う。葛葉の手にした符から巨大な龍が姿を現したのを目撃した途端、黒もふらはそれまで余裕の様子だった表情を一変させて青ざめると、凄まじい勢いで門の中へと駆け込んでいった。 黒もふらが大龍符に驚いている間に呪縛符を用いろうと企んでいた葛葉だったが、黒もふらの予想外の逃走速度に間に合わず、呪縛符は放たれる事無く葛葉の手の中に納まったままだった。 「来ました! 秋霜夜さん!」 「任せといて下さい!」 だがそれでペースを崩されてしまうほど開拓者達は浅はかではない。 黒もふらが必死の形相で門をくぐってきたのを確認すると、物陰に身を隠していた秋霜夜と数人の町人が咄嗟に飛び出し、手にしていた『卵』を黒もふら目掛けて思い切り投げつけた。 卵に小さな穴を開けて中身を取り出し、そこから塗料を流し込んで作った簡易的なペイントボールの雨が、逃げ去ろうとする黒もふらに降り注ぐ。 アーニャが事前に作っておいた秘密道具によるマーキングを足に受けた黒もふらは、遠目から見ても大分見つけやすい姿へと変わった。 「‥‥周囲にアヤカシの反応なし。やはり、あれはただのもふらさまね」 秋霜夜らが黒もふらにペイントボールを投げつけている間、アーニャは鏡弦を発動し、黒もふらの正体を暴くべく周囲のアヤカシ反応を探った。 結果はまったくの無反応。これで黒もふらがアヤカシではなく、ただの悪戯好きのもふらさまであることが証明された。 それを知れば、後は何としても捕獲するのみ。 塗料を付着させられた黒もふらを秋霜夜が疾風脚で追い、町人が雄叫びを上げながらそれに追従。少し遅れて葛葉とアーニャも続く。 町中を巻き込んだ大捕り物の始まりである。 ●あっちもこっちも 「まてぇえええ! 大人しくお縄につけええ!」 南門を開始地点とした黒もふらの逃走劇は、そのまま真っ直ぐ町を縦断するように進行し、途中何箇所かの罠を回避されつつ、中心部へと近づいていた。 いつの間にかまるごともふら装備のラスターも追撃組に加わっており、もふらさまをもふらさまの格好をした人間が追いかけるという、何とも奇妙な絵面が出来上がっていた。 追い立てられながら町中を走り抜ける黒もふらの行く手には開拓者達が指示して配置させた様々な罠が仕掛けられていたが、事前に聞いていた通り、黒もふらは落とし穴だろうが降りかかる網だろうが通せんぼする壁だろうが、全て絶妙なタイミングで回避している。 しかし、それもまた策略の内と笑う男が一人、黒もふらが罠を回避する様を影から観察しつつ追跡していた。 「ふふふふふ、大分疲労してきたか‥‥後は頃合を見て捕縛するだけよ」 不敵に笑う鬼島の企みは、罠を突破させ続ける事で黒もふらを疲労させ、弱ったところを捕獲するという、えげつなくも効果的な案であった。 止まることなく追い続ける開拓者や町人達のせいもあってか、黒もふらは休む事も出来ずにひたすらに走り続け、目の前に罠が現れれば即座に回避しようとする。まさに鬼島の思う壺であった。 「おっと! こっちは通しませんよ!」 そして更に黒もふらを追い込むべく、新たに一人と一匹、新戦力が姿を現した 曲がり角で待ち構えていた紗耶香とその相棒であるもふらさまのもふ龍が、角を曲がろうとしていた黒もふらの前に姿を現すと、黒もふらはその短い足のどこにそんな力があるのかと思うほどの踏ん張りで急停止したが、勢いを殺しきれずにそのまま前進を続け、丁度真正面に現れたもふ龍と正面衝突し、二匹のもふらさまは弾けるようにして宙を舞った。 その隙を逃さず、紗耶香は空中に舞い上がった黒もふらに手を伸ばしたが、それを素早く察知した黒もふらは力を振り絞って身を翻すと、紗耶香の腕の隙間をすり抜けるようにして着地し、そのまま再び走り出した。 「ま、待つもふ〜」 目を回しながら地に落ちたもふ龍は必死に体勢を立て直すと、紗耶香と共に黒もふらの後を追った。 捕まえきれなかったものの、紗耶香ともふ龍の妨害によって、黒もふらのペースは確実に落ちていた。 後方から迫る追跡組との距離も縮まり、黒もふらの息も上がってきている。 そこへ追い討ちをかけるように、黒もふらの行く手へ先回りをしていた月見里が突如、黒もふらの進んでいる道の脇に並び立っている建物の屋根に姿を現し、タイミングを見計らって黒もふら目掛けて飛び降りた。猫族の見た目にふさわしい、実に猫らしい行動だったが、 「捕まえたぁぁぁぁ! って、うわあああ!」 月見里の指先は黒もふらの毛並みを撫でる程度しか届かず、何とか受身を取ったものの、派手に地面に転落する羽目になってしまった。 しかしながら、月見里の行動が黒もふらの動きを一瞬だけ鈍らせた事が、この後の黒もふらの運命を大きく決定付ける事にもなった。 「止まりなさい!」 黒もふらの目の前に姿を現した天野の放ったサンダーが微かに黒もふらの体を掠り、体に走った突然の電流に足を取られ、黒もふらはまるで鞠のように転げまわっていき、やがて道の突き当たりに佇む壁にぶつかって止まった。 「今だ! 包囲陣形!」 一連の様子を見守り、好機を伺っていた鬼島の叫びが辺りに響くと、周囲の建物に隠れていた人々が一斉に姿を現し、目を回したまま転がっている黒もふらの周囲を一斉に包囲し、分厚い人壁を形成した。 流石の黒もふらも、この包囲を突破する事は出来ないようで、意識の戻った黒もふらは周囲をぐるりと見回すと、負けを認めたように項垂れ、小さな声で一言だけ、言葉を口にした。 「オイラの負けだもふ」 今まで散々な目に遭わされてきた町人達が、初めて聞いた黒もふらの言葉だった。 ●悪戯っ子の心境 捕獲された黒もふらは町人達の要望を受けて葛葉が持参した荒縄でしっかりと縛り、集会所へと連行されていった。 広間の中央に仏頂面を浮かべながら腰を下ろしている黒もふらに、町人達は今まで溜まっていた鬱憤を晴らすかのように、様々な暴言罵倒を浴びせた。 それを何とか開拓者達が宥め、黒もふらが悪戯を繰り返した理由を聞き出すべく質問を始めた。 「何か理由があるはずだろう。素直に言え、その方が楽だぞ」 黒もふらの目の前にどっかりと胡坐をかき、鬼島は淡々とした口調で問いかけた。 何か深い理由があるに違いない。皆がそう思い、黒もふらが真意を口にするのをじっと待った。 しかし、その答えは思いのほかあっさりと皆の前に提示され、そして皆に言いえぬ脱力感を与えた。 「‥‥最近、あまり山に来てくれないもふ‥‥」 吐き捨てるように、それでいてどこか恥ずかしそうにも見える態度で言う黒もふらに、皆はよく聞こえなかったとでも言うように耳を近づけた。 すると黒もふらは体をわなわなと振るわせ始め、やがて諦めたかのように大きく溜息を吐くと、今度こそ本当に吐き捨てるようにして大声で言った。 「人間達が山に来ないから暇だったんだもふ! 気を引こうと思って悪戯したら段々楽しくなってきて、それでずと続けてただけもふ!」 集会所はしんと静まり返った。 黒もふらの答えがあまりにもシンプルだったが故か、それとも黒もふらの真っ黒な毛がどこか紅潮しているように見えたからか。ともかく、先程までの張り詰めた空気は一瞬にして崩壊し、やがて柱の軋む音さえ聞こえない静寂を、未だにまるごともふらに身を包んでいるラスターの笑い声が破った。 「ははははっ! なんだ、遊んで欲しいだけだったのか!」 釣られて何人かの笑い声が集会所に響く。 肩透かしとしか表現しようの無い状況に、ただ笑うしかなかったのだ。 「そ、そんな理由であれだけの悪戯をされたんじゃ、堪ったもんじゃない! どう責任とるつもりだ!」 この状態を打破しようと町人の誰かが声を上げると、再び集会所は静かになった。 理由はどうあれ、何かしらの責任は取らねばならないというのは、出来るだけ事を荒げずに終息させたいと考えている開拓者達でも同じだった。 町人達が過激な行動に出ようとする前に制しようと天野が動き出そうとすると、それよりも先に行動を起こした者達がいた。 「もふらさま、遊びたいの?」 集会所を覗き込んでいた子供達の声。それが全てを決定付けた。 町を騒がす黒もふらの話題は、当然ながら子供達も知っている。そして大人達は、一部の子供達が何とかして黒もふらと仲良くなろうとしている様子もあったことを知っていた。 もしかすると、子供達には黒もふらの気持ちが見えていたのかもしれないと、大人達は理由も無くそんなことを考え始め、その後落ち着いた雰囲気で執り行われた黒もふらの処遇を決める会議では、至って穏やかな結論が出された。 「よ〜し、神楽も遊んでくる!」 遊ぶ。それが結論だった。 子供達と目一杯遊び、面倒を見る。今まで散々な悪戯を働いてきた黒もふらに任せられるのかどうか不安視する意見もあったが、普段から子供達の面倒を見ている寺子屋の人間がしっかり見張っておくと豪語し、それを開拓者達が後押しすることで、この結論へと皆の意見が収束したのだった。 それが決定するや否や黒もふらを連れて表へ飛び出していった神楽の可愛らしく揺れる尻尾と、引き摺られながら連れて行かれる黒もふらのどこか情けなくも見える姿に、大人達は自然と笑みを零した。 穏便に事が運び、ほっと胸を撫で下ろした開拓者達は、表から聞こえてくる子供達の純粋無垢な笑い声に耳を傾けながら、平和を取り戻したこの町で穏やかな一時を過ごし、また一つ仕事を終えた。 |