【踏破】緊急救助
マスター名:野田銀次
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/06/25 20:21



■オープニング本文

●緊急事態
 栢山遺跡から程近い山道。
 ごつごつと歪な岩肌が目立つこの地帯に、遺跡を目指して進む一団の姿があった。
 岩肌が丸出しになった岩壁の威圧感に気圧されながら道を行く彼らは、栢山遺跡の調査隊へ物資を届けるべくやって来た商人達である。
 列を成して進む荷馬車には食料品や様々な工具など、遺跡調査に必要なありとあらゆる補充物資が積載されている。
 これらが届けられる事でより一層遺跡調査は捗り、彼ら商人の懐も暖まるという、実に良い商売関係が成り立っていた。
 遺跡調査に協力している商人は数多く存在するが、彼らは中でも特に積極的に支援を行っている有名商家の一団で、既に遺跡調査が始まってから何度目かの物資支援にやって来たところである。
 この荒れた山道も、岩壁の威圧感こそ感じるものの、もうすっかり通いなれたものである。
 
 だが、彼らはこの慣れた道で『それ』が起きる事を、予測することは出来なかった。
 突如として道を見下ろしている岩壁の一部が音を立てて剥がれ落ち、大量の土砂や岩が商人たちの頭上へ降り注いだのだ。
 商人達は逃げる事も叶わず荷馬車ごと土砂の下敷きになり、彼らが歩いていた場所には無数の岩石と土砂だけが姿を露にしている。
「た、大変だ‥‥!」
「俺、人呼んでくる!」
 一部の下敷きを免れた商人達は大慌てで助けを呼びに行ったり、下敷きになった仲間を必死に助け出そうとしたりと奔走し、静かだった山は瞬く間に阿鼻叫喚の様相へと変貌した。
「だ、誰か人を‥‥そうだ、開拓者を!」
 駆け足で山を下っていく商人の頭に浮かんだ、この状況下において最も有効な力を持つ存在。
 その力を借りるべく、生き残りの商人は足を止めることなく一直線に、開拓者ギルドへと向かった。
 時間は、刻一刻と過ぎていく。


■参加者一覧
小野 咬竜(ia0038
24歳・男・サ
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
鬼島貫徹(ia0694
45歳・男・サ
巴 渓(ia1334
25歳・女・泰
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
宿奈 芳純(ia9695
25歳・男・陰
志宝(ib1898
12歳・男・志


■リプレイ本文

●凄惨なる現場
 急ぐ。とにかく今はそれだけだった。
 焦る気持ちを抑え、ひたすらに目的地へ向けて走る。
 依頼を受けた開拓者達はそれぞれの朋友を引き連れ、依頼人である商人達に案内されながら、土砂崩れが起きたという現場に向かっていた。
「あ、あそこです!」
 案内人である商人達が指差す先には、土砂、岩、圧し折れた木々の残骸などが山積みになっていた。
 道の脇に聳えている岩壁と密着するように積みあがったそれは、最早どこからが地面でどこからが岩壁の一部なのかも分からない。
「皆、来たか!」
 開拓者達があまりの光景に唖然としていると、岩壁の向こうから駿龍の蒼月に乗って皇りょう(ia1673)が姿を見せた。その後ろには甲龍の極光牙に乗った風雅哲心(ia0135)も追随している。
 二人は他の開拓者達に先行して現場に出向いており、周辺状況の調査等を行っていたのだ。
 本来ならばすぐにでも救助に取り掛かりたかったようではあるが、逸る気持ちを抑え、皆が到着するのを待っていたようだ。
「よし、全員揃ったのならばすぐにでも始めよう」
 巴渓(ia1334)が仲間達を振り返りながら言い、皆はそれに頷いて答えると、すぐさま土砂の山へ向けて駆け出した。
 医者の手配をしに向かった志宝(ib1898)がまだ合流していないが、ひとまずの人手は集まっている。
 一刻を争う救助作業の幕開けである。

●命を繋ぐ手
「お前の鼻にかかっている。行け、奥羽!」
 鬼島貫徹(ia0694)の猛々しい指示を受け、忍犬の奥羽は素早い動きで土砂の山を登って行った。奥羽は各所で鼻を動かし、埋もれている生存者を探している。忍犬の特性を生かした捜索方法だ。
 鬼島自身は手近なところの土砂を退けつつ、自身の愛用の武器である大斧で岩を砕いたりしている。
「出来れば、このような場ではなく、合戦で御一緒したかったですな」
 鬼島の隣に立ち、小野咬竜(ia0038)は呟くように小さく言うと、答えを待たずに駆け出し、商人達の協力で用意した円匙を土砂に突き立てた。
 相棒の甲龍、金剛丸は、商人から聞き得た情報から推測した、被害者が埋もれていると思われる箇所の土砂撤去を行っている。
 小野は金剛丸の隣に立ち、協力し合うように作業に取り組んでいる。
「まったくだ」
 そんな小野の背に向けて、鬼島は短くそう答えた。
 彼の言葉は小野の耳に届いているかどうか分からないが、両者の胸中にある思いは同じだった。
 鬼島が視線を奥羽の方へを戻すと、その近くで土砂に視線を走らせている風雅が目に留まった。
「風雅さん、何か見えますか?」
 鬼島が放った奥羽の近くで心眼を使用し、土砂の中にある生命反応を探している風雅に問いかけた宿奈芳純(ia9695)は、何時でも人魂を発動できる用意をしながら、風雅の答えを待っている。
 彼の相棒、甲龍の菩提は、宿奈の近くの土砂を足で掻き分けるように退ける作業を行っている。
 その作業を横目に確認しながら、宿奈は中々返ってこない風雅の返事を待っている。
「駄目だ、今はまだ‥‥遮蔽物が多すぎるからか‥‥」
 風雅は首を横に振り、改めて土砂に目を走らせた。
 じっと土くれや岩を見据え、その奥に隠れている命の灯火を探している。
 しかし、こう壁となるものが多い状況では、中々心眼の真価は発揮できない様子だった。
「あ、初霜、何か見つけましたか!?」
 風雅の言葉を聞いた皆は苦々しく口元を引き締めたが、その空気を破るように突然声を上げた菊池志郎(ia5584)の視線の先では、彼の相棒である忍犬の初霜が土砂の一角を前足で指し示しながら、他の龍や開拓者が土砂を削り取る音に混じって鳴き声を上げていた。
 初霜の絶対嗅覚が何かを捕らえたようだと察した菊池は辺りを見回し、自身の一番近くで作業をしていた巴を見つけ、巴も菊池の視線を感じ、そちらへ視線を向けた。
「巴さん、お願いします!」
 菊池のその一言を聞いた瞬間、巴はそれまで噤んでいた口を大きく開き、傍らに立つ土偶ゴーレムに向けて力強い指示を飛ばした。
「よっしゃ! いくぞメタル!」
 途端、メタルと呼ばれた土偶ゴーレムはそれまで手をつけていた土砂撤去の作業を止め、巴が指し示している方へ向き直ると、初霜が発見した箇所へ向けて移動し始めた。
 土砂の山を少しだけ登り、初霜が居た場所に辿り着くと、メタルは頑丈な腕を目一杯動かして土砂を掘り出した。
 巴もそれに続き、手にしたスコップで次々と土砂を退けていく。
「俺達も行くぞ、極光牙!」
 それに続き、風雅も自身の相棒である極光牙を引き連れて巴達のもとへ合流し、岩などの大きな障害物を退け始めた。
 やがて、徐々に土砂はその一角だけ少なくなっていき、土と岩の隙間から、微かにだが、それまでとは違う異質な物が姿を見せた。
「荷馬車か!?」
 土で汚れているが、微かに朱色の派手な塗装を残したそれは、確かに荷馬車の一部に見える。
 巴はそれに気付くと、メタルに慎重な作業をするよう指示を出し、勢いに任せて土砂を退けていたメタルは途端に速度を落とし、少しずつ丁寧に荷馬車と思われる物を押しつぶしている土砂を退けていった。
「‥‥いた! この下にいるぞ!」
 風雅が再び心眼を用いて土砂の下にあるかもしれない生命反応を探ってみると、そこには確かに生命反応があり、それを知った彼らは作業の手をより速めた。
 掘って、掘って、掘って‥‥ひたすらにそれの繰り返し。
 地道で単純なこの働きが、人の命を繋ぐと信じて、ただひたすらにそれを繰り返した。
「一人見つけました! まだ生きてます!」
 菊池の放ったそのたった一言に、現場に居た全ての人間は喜びの表情を浮かべた。
 この絶望的な状況下でも、まだ命の灯火を消していない者がいる、その事実を確認できただけでも、彼らの士気を高めるには最高の知らせだった。
「皆さんお待たせしました! お医者様の手配は完了です!」
 そこへ立て続けに舞い込んだ新たな知らせは、搬送先の手配をしに行っていた志宝の足音と共に舞い込んだ。
 救助者を運び込む先が確保出来たのであれば、後はもうひたすらに、ただひたすらに助け出すだけだ。
「すまないが、誰か手が開き次第、こちらに来てくれ」
 志宝は到着するや否や、菊池らが発見した生存者の救出作業を目にし、そちらの手伝いをしようと足を動かしかけていたが、それを制するように皇の呼ぶ声が志宝の耳に届いた。
 先程生存者が見つかったのとは別の場所で、皇、鬼島、小野らが一所に寄り集まり、土砂の山から何かを掘り出していた。
 志宝は新たな生存者が見つかったのだと思って急ぎ駆け寄ったが、三人が土砂の中から掘り出していたのは、確かに人ではあったが、『生存者』ではなかった。
 発見者である奥羽が鼻先で突付いているそれは、既に全ての身体機能を失い、魂と呼ばれる不可視のものも、既にそこには無いと断言できる状態であった。
「あちらの生存者を優先してくれ。まだ奥にニ、三人いるが、ひとまずは俺達で何とかする」
 商人の亡骸を抱え上げながら言う鬼島の表情は堅く、一遍のブレも無かったが、その瞳の奥にはどこか悔しさのようなものが垣間見えた。
「死者とはいえ、埋もれたままにはできんからな」
 全身を泥や土で汚しながらも、小野は真剣な面持ちで必死に土砂を退け、その隣では相棒の金剛丸が主と同じような様子で大物の岩を退けている。
 片やもう一方の仲間達は生存者を発見できた喜び故か、真剣であると同時に、どこか嬉しそうでもある。
 希望と絶望が同時に存在する、不安定なこの『戦場』で、彼らは確かに戦っているのだ。
「‥‥向こうの手伝い、行って来ます」
 志宝は大きく息を吸い込むと、短くそう言い残し、生存者の救出を手伝いに駆け出した。
 戦いはまだ、始まったばかりである。

●葛藤
 作業は淡々と続けられた。
 生存者はあれから更に二人が発見されたが、死者の数はその倍以上。予想通りではあったものの、現実として目の前にそれが横たわった時、人は余程の覚悟が無ければそれを受け止めきれない。
 同行していた商人達は、開拓者達から受け取った薬草や包帯等を用いて応急処置を行っていたが、時折運ばれてくる遺体を見る度に、多くの者は取り乱し、一部の者は涙を堪えながら手当てを続けた。
「また、か‥‥」
 そしてまた、新たな遺体が見つかった。
 発見した皇は悔しさを顔に滲ませながらも、落ち着きを払おうと必死に自らの気持ちを宥め、土砂を退ける手を動かし続けた。
 掘り出された遺体は肉体の損傷が特に激しく、商人達にはなるべく見ないようにと促したが、既に帰らぬ人となってしまったその者と親しかったという女性商人が一人、状態など気にも留めずに遺体に覆いかぶさり、そのまま長い間泣き続けた。
「誰が悪い訳でもない‥‥酷い話だ」
 破損した荷馬車をメタルと共に引きずり出しながら言う巴に、近くで新たな遺体を運び出していた風雅が溜息混じりに答えた。
「岩壁の周囲はりょうと共に調査したが、作為的なものは見つからなかった。完全に自然災害だ、どうしようもなかった事だ‥‥」
 風雅の言葉に、巴は何も返さず一気に荷馬車を引きずり出すと、もう誰も乗っていない空の荷馬車を、道の脇へと引きずって行った。
 最後にメタルが荷馬車を押し潰して場所を出来るだけ広く使えるようにし、また巴と共に土砂の山へ戻っていった。
「遺体の処理、この場での火葬を提案したら拒否されたよ。親族のところへ帰してやりたいってさ」
 作業に戻る傍ら、巴は風雅の後ろを通り過ぎながらそう零した。
 遺体が瘴気の影響でアヤカシ化する可能性を憂いての提案であったが、やはりそう簡単に割り切れるものではないようだ。
「仕方ないですよ、やっぱり‥‥」
 それに答えたのは、巴の言葉を偶然耳にした菊池だった。
 自身の目の前の土砂を退けつつ、初霜の動きを見守る菊池の目は悲しげであったが、それを悟られぬうちに、菊池は三角跳で土砂の山の上へと登っていった。
 土砂の上では初霜が何かを伝えるかのように吠えている。生存者か死者かは分からないが、何かを見つけたようであった。
「死んだという事実を受け入れるだけで、彼らには精一杯なのでしょう。それ以上を望むのは、難しい事です」
 菊池の言葉に続けるように、新たな人魂を土砂の中に放った宿奈は一言一言確かめるように、ゆっくりと語った。
 超常的な力を持つ開拓者。しかし、彼らとて人間である。商人達の言い分を理解できない筈はない。
「私が瘴気回収で出来うる限りの処置をしておきます、大丈夫ですよ、きっと」
 宿奈が真剣な面持ちでそう言うと、巴はそれまで不安げだった表情を僅かに緩め、小さく頷き返すと、再び作業に駆け足で戻っていった。
 それと入れ替わるように、宿奈が放った人魂が土砂の中に埋もれた新たな人影を見つけ、それを目にした宿奈はすぐに仲間達に伝えた。
「とにかく今は、全員を表に出してやる事だ」
 宿奈の発見した場所へ駆けて行きながら、小野は傍らの金剛丸に改めて言い聞かせるように言った。
 それを耳にしていた宿奈は、先程の自分達にも通ずる言葉だと感じ、どこか納得した様子で頷くと、自身の相棒である甲龍の菩提も、土砂の撤去に向かわせた。
 既に宿奈が発見した箇所には皇と菊池も集まってきている。
「確かにこの下だ、まだ生きている、急ごう!」
 皇の心眼が確かにそこにある命を捉えると、近くに控えていた蒼月がすぐさま首を伸ばし、岩や大きな障害物を咥えて退け始めた。
 それに続き、菊池も手にした円匙で土砂を退けながら、届いているかどうかは分からないが、土砂の中に埋もれている生存者に必死に声をかけ始めた。
「しっかりして下さい! 今助けますから! 諦めないで!」
 そして、菊池の声が現場中に木霊する中、奥羽の鳴き声がそれに加わって辺りに響き渡った。
「む、奥羽! 見つけたか!」
 それを耳にした鬼島は手元の作業を止め、土砂を崩さぬよう気をつけながら奥羽の元へ向かうと、奥羽が示している箇所の土砂に円匙を突き立てた。
 鬼島の表情は変わらず堅く引き締められているが、額に滲んだ汗や素早い動作からは、この土砂の下にいる者を一刻も早く外に出してやろうという本心が滲み出ているのが分かる。
「手伝います! 辰風、いくぞ!」
 鬼島と奥羽の動きに気付いた志宝は相棒の辰風を引き連れて合流し、志宝は鬼島と共に土砂を退け、辰風は岩石などを大きな顎で咥えて退けていった。
 土砂を退けつつ志宝が心眼を用いると、微かだが確かにそこには生命反応が見られ、志宝はそれを鬼島に伝えると、二人は更に作業の手を早めた。
 未だ土砂の中にいる商人の数は、残り四人。
 一人でも多くの人間が生きている事を祈りつつ、開拓者達の作業は、その後も長い間続けられた。

●静かなる戦い
 生存者五名、死者十名。
 それが今回の救出作業の結果だった。
 即死だった者もいれば、寸でのところで間に合わなかった者もいる。
 予想されていた事ではあるが、生存者の倍の死者が出た事は、生き残りの商人達にとって、ショックを隠せない事態であった。
 しかし、打ちひしがれている時間は彼らには無い。
 今は助けることが出来た命を一刻も早く医者のもとへ届ける事が、何よりも優先される。
 救助作業を終えた開拓者達は、アヤカシとの戦いの中培ってきた応急処置を生存者達に施すべく、商人達に代わって手当てを行っていた。
「少し痛むが、我慢しろよ」
 風雅が岩清水で傷口を洗い流すと、手当てを受けていた商人は傷口に走る激痛に必死に耐えるように口元を歪めた。
 彼が診ていた商人は比較的軽症だったが、それでも骨折、切り傷、打撲など、全身のあちこちに怪我を負っており、早急に医者のもとへ引き渡す必要があるのは明白だった。
「よし‥‥終わりました。さ、この水を飲んで。次は‥‥」
 唯一治療系のスキルを持っている宿奈も、錬力に限界がある。
 先の救助の際、人魂を使うのにも錬力を消費している分、治療に回せる錬力も限られているため、彼に全てを任せる事は出来なかった。
 故に、ある程度の応急手当が済み次第、随時神楽の都に手配してある医者のもとへ搬送する手はずとなっている。
「私と蒼月はいつでも飛べる、処置の済んだ者はすぐに乗せてくれ」
 まず最初に現場を発ったのは、皇と蒼月だった。
 最初に処置の済んだ重傷の商人を相棒の背に乗せ、志宝が手配しておいた医者のもとへと飛び立っていく。
 運ばれていった商人は荷馬車の部品に抉られた部分の出血が酷く、骨も数箇所折れているという危険な状態で、宿奈の治癒符でひとまずは一命を取り留めているような状態だった。
 生き残ったとはいえ、気を抜けない状況なのは変わらない。
「ぐ‥‥腕が‥‥痛い‥‥」
「しっかりして下さい、すぐにお医者様の所へお連れしますからね」
 続いて処置を終えた商人を相棒のところへ連れて行く傍ら、志宝は苦痛に表情を歪める商人を必死に励ましていた。
 彼の連れている商人は、全身を激しく打撲し、腕の骨折もしている。痛みが酷いらしく、ずっとそればかりを口にしている。
 その苦痛の言葉を少しでも早く無くさせようと、志宝は辰風に全力移動で都へ向かうよう指示し、現場を離れた。
「とりあえずは二人ですね、後の三人も急ぎましょう」
 皇と志宝を見送りながら、菊池は新しい包帯を手に、止血作業を行っていた巴の隣に腰を下ろした。
 重傷の者から優先して搬送しているため、残っている三人は比較的軽傷であるものの、土砂に長い間埋もれていたという精神的なショックもあり、皆苦しい表情をしている。
 必死で手当てをし、励ましの言葉をかけ、助かった命に少しでも早く安らぎの時を与えるべく尽力しているが、そう簡単にいくものではない。
 救助作業終了後も続く、静かなる戦いが、そこにはあった。
「もう少しじゃ。もう少し、耐えるんじゃ」
 薬草を磨り潰しながら零した小野の言葉は、負傷者達の呻き声に掻き消され、誰の耳にも届かなかった。

●弔いと救い
 全てが終わり、開拓者達が作業の手を止める事が出来たのは、その日の夕暮れ。もうすぐ夜になろうかという時間だった。
 生存者を全員無事に医者へ引き渡し終えると、志宝が代表して生存者達の容態を聞きに行き、他の皆は待合室でじっと報告を待っていた。
「全員問題ないそうです。安静にしていれば大丈夫だって、お医者様が」
 医者との話を終えて戻ってきた志宝の言葉を聞き、開拓者達は胸を撫で下ろした。
 助けられた命の数は決して多いとは言えなかったが、それでも、その僅かな命を確かにこの手で助ける事が出来たという実感を、今彼らは全身で感じているのだった。
 そんな中、待合室にもう一人、仲間が戻ってきた。
「遺体も役人達に引渡した。ちゃんと親族のもとに帰れるだろう」
 最後まで現場に残って役人とのやり取りを行っていた巴は、戻ってくるや否や皆と同じように肩の力を抜いた穏やかな表情でそう言い、それを聞いた開拓者達はようやく肩の荷が下りたといった様子で、ホッと息を吐いた。
 普段から戦っているアヤカシとは違う、自然災害という見えない敵との戦い。それにようやくの終止符が打たれたのだ。
「あの山道は当面は使えんだろうな。他にも遺跡への道は幾らでもある故、支障は出んだろうが」
 しばらくの間黙って脱力していた開拓者達だったが、鬼島が何気なく呟くと、それに小野が続けて口を開いた。
「しかしそれ故に、今回の事故が不憫でならない。他の道を通っていればこんな事にはならなかっただろうに」
 小野の言葉に皆は何も返さなかったが、心中では確かに同じ思いを抱えていた。
 救助作業の終了後、小野と志宝は共に現場周辺を龍に騎乗して飛行し、周辺状況の最終確認を行っていた。
 作業開始前に皇や風雅が事前調査した際にもそう言っていたように、土砂崩れは作為的に起こされたものとは考え辛く、地盤の緩みなどが原因の、あくまで自然的に発生した事象だという結論に至り、その情報も役人達に渡してある。
 どうしようもない現実。それは確かにこの日彼らの目の前にあり、そしてこれからも彼らの前に幾度と無く現れる、回避しようのないものである。
 この日彼らはその圧倒的な存在を実感し、これから立ち向かっていかなければいけない数多の『現実』へと立ち向かう意思をそれぞれの胸中にしっかりと収め、また一つ、仕事を終えた。