【遺跡】実枝の旅〜救〜
マスター名:野田銀次
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/06/18 19:02



■オープニング本文

●駆け巡る
 神楽の都から程近い森の中。鬱蒼と茂る木々の間に走る細道に、間抜けなほどに浮かれ顔の旅人が、木々の隙間から差し込む日差しを体一杯に受け止めながら悠々とした足取りで歩いていた。
「都〜都〜♪ 楽しい都〜♪ 美味しい都〜♪」
 即興で仕上げた歌を能天気に口ずさむ姿は傍から見れば滑稽だが、当人、流実枝(ナガレ ミエ)にとっては極々ありふれた旅路の過ごし方である。
 特に機嫌のいい日は一層能天気さに磨きがかかるようで、足取りも、今一魅力を感じない歌も、いつにも増してふわふわと軽い雰囲気を纏っている。
 彼女の今回の目的地は、神楽の都。最近巷を騒がせている開拓やら遺跡やらの話に興味を持ち、話題の秘密を探るならばまず都という安易な考えの下、足を向けたのである。
 それに加え、武闘大会以来すっかり神楽の都の賑やかな空気に魅入られてしまった実枝は、またあの賑やかさを楽しみたいとも思っており、そういった二重の『楽しみ』のせいもあって、先述のように機嫌が鰻登りな状態なのだ。
「ふふふ〜ん、都に着いたら何処行こうかな〜。大会の会場に出てた屋台、何処かに出てないかな〜」
 思わず顔をほころばせ、緩みきった口元から小さな笑い声を零しつつ、実枝は休む事も無くひたすらに道を進んで行く。
 が、彼女のそのお気楽な気分は、彼女自身をとてつもない災難へと誘うのだった。
「あっ」
 能天気加減もいよいよ極まってきた頃、実枝は自分の足元が先程までよりも石や木の根によって危険な状態になっている事に気付かず、変わらぬ足取りで一歩を踏み出すや否や、地面からせり出した木の根に躓きそうになり、体勢を崩した。
「あ、あ、あああああ!!」
 何とか体勢を立て直そうと奮闘したものの、実枝の体は地面に吸い寄せられるように傾き、それを支えようとする足は前へ前へと進み続け、実枝は不安定な体勢のまま下り坂へと足を踏み入れた。
「うわああああああ!!」
 下り坂に突入しても尚実枝の足は制御を取り戻すことなく前へと進み続け、むしろ加速をしながら坂を駆け下りていった。
 坂は途中で何度か分岐しており、実枝は都への道順をしっかり覚えていたものの、体は望む方向へ向かってはくれず、都とは正反対の、森の奥深くへと突き進んでいった。
「誰か止めてぇぇぇぇ!!」
 叫び声は空しく森の木々に吸い込まれていくだけで、誰の耳にも届かない。
 暴走した荷馬車の如く進み続ける実枝はいつしか道らしい道から外れ、完全に森の中へと迷い込んでしまっていた。
 森の動物達を驚かせながらどこまでも進んでいくと、何時まで経っても止まる様子の無い実枝の前に、ようやく一筋の希望の光が灯った。
 木々の隙間から見える開けた場所に、人の影が見えたのだ。
「そ、そこの人! 止めて下さぁい!」
 今度こそ助けて貰えるという期待を胸に抱きながら、実枝は徐々に人影に近づいていき、ぶつかりそうになりながらも何とか木々の隙間を抜けて開けた場所に出た。
 しかし、その場に居た鎧や刀で武装した衛兵達は実枝の期待に応える事は出来ず、突如として現れた実枝に驚いて逆に道を譲ってしまった。
「うそっ!?」
 ショックに表情を歪ませる実枝の目の前に新たに姿を現したのは、大きな口を開けて待ち構えている、洞窟の入り口だった。
 当然ながら自分の意思で止まる事の出来ない実枝はそのまま薄暗い洞窟の中へ突入し、悲しい悲鳴を後に残しながら、暗闇の彼方へと消えていった。
「な、なんだったんだ?」
 実枝の襲来に腰を抜かしていた衛兵達が、既に姿が見えなくなってしまった少女がただの一般人だと気付き、彼女が進入したこの洞窟状の入り口の奥に広がる遺跡がどれだけ危険なものかを思い返すのには、若干の時間がかかった。
 衛兵達は慌てて少女の後を追おうとしたが、時既に遅し。遺跡の入り口は制限時間を越したため自動的に閉ざされれしまい、追跡は不可能になってしまった。
「ま、まずくないか?」
 衛兵の一人が重い口を開き、皆の総意を代弁した。
 その場に居た衛兵3人は皆無言で頷き、やがて一人が実枝にも負けない程の全力疾走で、神楽の都へと馬を走らせた。
 一般人が未踏の遺跡に迷い込んだ。これは世間にとって一大事件であり、入り口を警護していた彼ら衛兵達の責任問題が問われるだろう。
 幸いだったのは彼らが非常に真面目な性格で、事態を隠蔽しようとせず、素直に失態を認める覚悟で、開拓者ギルドへと助けを求めに向かったということだ。


■参加者一覧
空(ia1704
33歳・男・砂
斉藤晃(ia3071
40歳・男・サ
白蛇(ia5337
12歳・女・シ
瀧鷲 漸(ia8176
25歳・女・サ
ラスター・トゥーゲント(ia9936
10歳・男・弓
フィリー・N・ヴァラハ(ib0445
24歳・女・騎
伏見 笙善(ib1365
22歳・男・志
バルベロ(ib2006
17歳・女・騎


■リプレイ本文

●いざ遺跡へ
 神楽の都から程近い山奥、栢山遺跡の数ある入り口の内の一つに、八人の開拓者達はすっかり遺跡探索の用意を整えて集っていた。
 全員、斉藤晃(ia3071)の手回しで調査団から借り受けた探索装備を身に纏い、入り口の開門を待っている。
 彼らの目の前では、開門の呪文を知っている調査団の人間による開門作業が行われている。
 やがて、重々しい地鳴りのような音を立ててゆっくりと扉が横に開き、暗闇に包まれた洞窟がぽっかりと口を開けた。
「うぉ〜すげぇ〜! ほんとに開いたぜ!」
「急ごう、一秒の遅れでも救助者の命に関わる可能性がある」
 興奮するラスター・トゥーゲント(ia9936)を尻目に、バルベロ(ib2006)はすぐさま入り口へ向けて歩き出した。
 他の開拓者達も次々に遺跡の中へと足を踏み入れ、ラスターも慌てて後に続いた。
 遺跡の中は灯りの一つも無く、斉藤はすぐに松明に火を点し、その微かな灯りを頼りに、一行は遺跡の奥へ奥へと進んでいった。
「遺留品が発見された場所はこの先二つ目の曲がり角を右に進んだ先です」
 斉藤が調達してきた松明の一本を片手に、白蛇(ia5337)は調査団から借り受けた地図と聞き得た情報を照合し、皆に進路を示した。
 遺留品以外に手掛かりとなるものは何も無いので、どうしてもそれに頼るしかないのが現状である。
「さぁて、どこに行ったのかねェ‥‥面倒な事してくれちゃって」
 深く被ったフードから微かに瞳を覗かせ、空(ia1704)は誰にでもなく呟いた。
 彼の目は暗視の能力を用いて暗闇の奥をじっと見据えている。
「とにかく進んでみるしかない。調査団も、この辺りの事はまだほとんど調べられていないそうだからな。地図もどこまで当てになるか分からん」
 そんな空の呟きをしっかりと耳に捉えていた瀧鷲漸(ia8176)は、後方から前衛の斉藤らに投げかけるように言った。
 栢山遺跡の調査は様々な開拓者や調査団の活躍により着々と進められているものの、まだその全貌は明らかにはなっていない。
 彼らが進入したこの一角は特に調査が進んでいない区画であり、開拓者達に与えられた情報も少なく、実質彼らが実枝の捜索と合わせて遺跡調査を行うようなものである。
 それを見越していた伏見笙善(ib1365)の手には手帳と筆記用具が握られており、松明の微かな灯りの中、遺跡内部の様子を書き込んでいた。
「ふんふん、なるほど‥‥って、おっと」
「前見て歩かないと転ぶわよ」
 足元の小石に躓きかけた伏見だったが、辺りをきょろきょろ見回しながら歩く伏見の危なっかしい足取りを横目に見守りながら歩いていたフィリー・N・ヴァラハ(ib0445)に素早く支えられ、何とか転ぶまでには至らなかった。
 が、伏見がほっと息を吐いたのとほぼ同時に、隊列を組んで歩いている一行の前列で何かが崩れ落ちるような音が鳴り響いた。
 岩や土くれがどこか深い場所へと落ちていく音が尾を引くように残響し、やがて静かになると、後方にいた面々は立ち止まっている前方の者達の元へ駆け寄っていった。
「落とし穴や。道の一部だけすっぽり抜け落ちちまった。実枝は器用にこれをかわして行ったんやなぁ」
 どうやら斉藤が道の安全を調べるべく棒で足元を突付きながら進んでいたところ、こうして物の見事に反応したようだ。
 穴の大きさはそこまでではなく、一行は底知れぬ穴を飛び越えて難なく先へ進んでいった。
 しかし、それだけで終わるほど遺跡は優しくは無かった。
 調査団から聞かされていた他にも罠は多数配置されており、それらこそが、調査団がこの区画の調査に遅れを取っている理由なのである。
 アヤカシの出現はここまで一切無いが、ある種それよりも厄介なものに道を阻まれている。
 白蛇の忍眼も合わせて見破りつつ進んでいるものの、その数は圧倒的だった。
「危ない! 伏せろ!」
 バルベロの咄嗟の一声で身を屈めた一行の頭上を駆け抜けていく鋭い矢。
「ちっ、走るゾ!」
 空をも焦らせる、左右から押しつぶすように迫り来る壁。
「ちょ、何か転がってきたぁ!」
 通路の奥から追い立てるように転がってくる岩石の数々と、響き渡る伏見の悲鳴。そして、
「うわああ! あっぶねぇ!」
 ラスターの足元には、小さな小石が転がっていた。
「叫ぶような事か‥‥」
 瀧鷲の突っ込みも、今は空しく暗闇の奥へと吸い込まれていくだけだった。

●気配
 開拓者一行が遺跡に進入してから大分時間が経った。
 既に彼らは調査団が足を踏み入れたよりも先にまで歩みを進めており、地図は既にほとんど役に立たなくなっている。
 発見された遺留品の落ちていた箇所も通り過ぎてしまい、手掛かりもほぼ無い状態になってしまった。
「また分岐点か‥‥どうする?」
 地図に無い区画に入り込んでから幾度目かの曲がり角に差し掛かり、仲間達を振り返りながら訪ねるフィリーに、一行はすぐに答える事は出来なかった。
 ここでの判断が今後の行動を大きく左右することは間違いないからだ。
 やがて、皆の意見を纏めた結果、左方向へと進む事を決した一行は、斉藤が鏡を使って曲がり角の奥を確認すると、何が潜んでいるかも分からぬ新たな暗闇の中へと進んでいった。
 角の壁には空が苦無で傷をつけて印を残している。
 何処へ続いているかも分からない道は至って静かで、当初は嵐の如く襲い掛かってきた罠の数々も、今はすっかりその姿を見せることがない。
「お、こいつは‥‥」
 そうして何事も無く歩みを進めていると、分岐点から然程離れていない通路の一角にふと違和感を感じた空は、立ち止まってその一角をじっと目を凝らして観察した。
 そこにはこれまでの外壁とは違う装飾が施されており、よく見てみれば扉のような形をしていることが分かる。
 扉は少しだけ開きかけており、簡単に開閉できるようであった。
「初めから開きかけだったのか、それとも誰かが開けたのか‥‥」
 仲間達を横目に見ながら呟くバルベロに、皆は無言で頷いて答えた。
 皆の総意を察した斉藤は扉の隙間に手を掛け、ゆっくりと開いていった。
 扉の向こう側は松明の灯りでも照らしきれぬ広い空間が広がっており、何かの部屋であると皆は察した。
「なぁんも見えねぇな。どいてろ、俺が暗視で‥‥」
 前衛を押し退けて前に進み出た空の隣には、同じく無言で進み出ていた白蛇の姿があった。
「僕も‥‥やります」
「ふん、勝手にしろ」
 二人の暗視能力によって調べられた室内はひたすらに広く、瓦礫があちらこちらに散らばっているため、入り口から見渡しただけでは、部屋の奥がどうなっているのかまでは分からなかった。
 ひとまず入り口付近に危険なものは見当たらないということを仲間達伝えると、二人は暗視を解き、後ろの仲間達と共に室内へ足を踏み込んだ。
 響き渡る足音が、この部屋の広さを物語っている。
「‥‥いるな」
 突如として瀧鷲の感じた気配は、皆もほぼ同時に感じ取っていた。
 この広大な部屋のどこかに何者かが存在する。それは確かだった。
 散り散りにならぬよう互いの位置を確認しながら、少しずつ気配のする方へと歩みを進めていく開拓者一行。
 しかし、彼らが近づこうとしている気配は彼らが近づくのに合わせて離れて行き、両者の距離は一向に縮まらない。
 明らかに、逃げられていた。
「‥‥罠か?」
 フィリーが勘繰るのも無理はない。この未踏の遺跡には、当然ながらアヤカシも潜んでいる。侵入者である開拓者達を陥れようとする企みがあってもおかしくは無い。
「いや、この気配は‥‥アヤカシなどではないですな」
 しかし、伏見の言う通り、彼らが追っている気配は確かに『人間』のものであった。
 この区画は調査団ですら踏み入っていない未踏の地。であれば、この気配の正体はもはや限られたものである。
 開拓者一行は少しずつ進む速度を上げ、何とか気配の正体に追いつこうと図った。
 が、それに合わせて気配の方も逃げる速度を上げる。いたちごっこの始まりだったが、この状況下でより有利に動けるのは、志体を持っている開拓者だ。
 徐々に開拓者達は距離を詰め、そしてついに、その後姿を松明の灯りのもとに捉えた。
「うわあああああん!! 来ないでぇえええ!!」
 しかし、開拓者達の前に姿を現した少女、実枝は、自分の姿が照らされるや否やそれまでとは比べ物にならない速さで駆け出し、詰まっていた距離を再び一気に広げた。
 あまりの事に開拓者達が唖然とする中、実枝は大声で泣き叫びながらも器用に瓦礫を掻い潜りながらどんどん部屋の奥へと突き進んで行った。
「あ、あのままじゃ‥‥」
 ラスターが言い終わるより先に、彼が危惧していた事は起きてしまった。
 どんなに器用に瓦礫をよける事が出来ても、目の前に立ちふさがる壁だけは避けようがない。
 実枝は痛々しい音を立てながら部屋の外壁に正面衝突し、途端に悲鳴が止んだかと思うと、その場で仰向けに倒れてしまった。
「おい、大丈夫か!」
 開拓者達は慌てて駆け寄り、斉藤が気を失ってしまった実枝を抱え起こした。
 すっかり目を回してしまっている実枝だったが、手足には軽症ながら多数の傷を負っており、こんな状態で走り回っていたのかと改めて開拓者達を驚かせた。
「とりあえず、手当てを‥‥」
 白蛇が持参した傷薬や包帯等を取り出して応急手当を始めると、その間に伏見はその場所から見える部屋の大凡の様子を手帳に書き込み始めた。
 彼らには分からないが、この部屋は何かの秘密を解き明かす鍵になるかもしれない。
 ここまでの道順も合わせ、伏見の手帳の一部はすっかり遺跡の地図へと姿を変えていた。
「‥‥きたか」
 捜索対象である実枝を無事発見し、遺跡の調査も僅かながら行う事が出来た。
 しかし、この栢山遺跡はこのまま易々と帰らせてくれるような場所ではなかった。
 迫り来る何者かの気配。今度は人間ではなく、明らかに悪意を持ったおぞましい気配を感じた空は仲間達にそれを伝え、白蛇に応急処置を急がせた。
「アヤカシか、面倒なタイミングだな」
 ハルバートを構え、戦闘態勢を整える瀧鷲に続き、手当てを終えた白蛇や他の面々も各々の武器を手にし、身構えた。
 自分達の行動範囲を確保するために松明をある程度の感覚で瓦礫に差し込んだりして配置し、実枝と外壁を背にした状態で、徐々に近づいてくるアヤカシを待ち受ける。
「ひとまず蹴散らすか。いくでぇ!」
 斉藤の気合の雄叫びが響くのと同時に、瓦礫の合間から飛び出してきたのは、飢餓蜘蛛だった。
 真っ向から開拓者達の方へ飛び掛ってきた飢餓蜘蛛は、粘着性の糸を吐き散らしながら地面に着地したが、糸攻撃を回避した斉藤の槍が素早く突き出され、その鋭い切っ先は飢餓蜘蛛の腹を貫いた。
 おぞましい飢餓蜘蛛の呻き声が響き渡り、それに誘われるように新たな飢餓蜘蛛が一行の左方向から姿を現した。
 先程の飢餓蜘蛛もまだ生きており、壁を背にした状態で二匹の飢餓蜘蛛に追い詰められる形となった。
「おりゃあ! くらえ!」
 そんな状況にも臆することなく、ラスターは即射で素早く矢を撃ち出し、飢餓蜘蛛の動きを牽制しつつ、無数の矢の内の一部は飢餓蜘蛛の足を数本射抜いた。
「道を空けろ!」
 ラスターの攻撃で生まれた隙を見逃さずに接近したバルベロは、飢餓蜘蛛の鉤爪がついた足を両断した。
「まだまだ!」
 苦しみもがきながらも反撃しようと身構える飢餓蜘蛛に、立て続けに攻撃を仕掛けたのはフィリーだった。
 スタッキングの要領で飢餓蜘蛛の懐に飛び込み、騎士でありながら拳で戦う稀な存在のフィリーは、飢餓蜘蛛の顔面めがけて思い切り拳を叩き込んだ。
 勢いよく後方へ吹き飛んだ飢餓蜘蛛は瓦礫の山へ突っ込み、立て直そうともがいていたが、駄目押しで空が放った苦無が腹に突き刺さり、そのまま動かなくなった。
「させない‥‥!」
 時を同じくして、斉藤の一突きを受けた飢餓蜘蛛は毒液を撒き散らしながら接近を試みていたが、多勢に無勢、接近は叶わぬうちに毒液を掻い潜ってきた白蛇の流星錘で足を絡め取られ、動きを止めた。
「どこにいても結局アヤカシはアヤカシなんですなぁ‥‥南無三!!」
「アヤカシに容赦する言われは無いからな!」
 そこへ伏見の流し斬りがすかさず放たれ、伏見が飢餓蜘蛛の前から移動するのと同時に、瀧鷲の地奔による衝撃波が地を這うようにして放たれ、飢餓蜘蛛の真っ向に直撃した。
 二匹の飢餓蜘蛛はこうして瘴気に還り、開拓者一行はひとまずの終戦を確認すると、すぐにその場を離れるべく行動を開始した。他のアヤカシが騒ぎを聞きつけて寄ってくる可能性があるからだ。
 実枝はまだ気を失ったままであり、斉藤がその大きな背中に背負って行く事となった。
 各所に配置していた松明は全て回収し、新たに割り振ってそれぞれ手に持つと、再び隊列を組んで部屋の出入り口を目指して歩き始めた。
「まったく、こんな状況で呑気なもんや」
 斉藤の背でぴくりとも動かない実枝の表情は、気を失っているというよりも、健やかに眠っているかのように見えた。
 
●気がつけば
 それから開拓者一行は伏見が記録していた地図と道に残してきた印を元に急ぎ足で遺跡の出口を目指した。
 道中でもアヤカシの襲撃を受けたものの、いずれも下級アヤカシであったため然したる苦労もなく倒し、罠の位置も伏見の記録を頼りに何とか回避し、無事に元来た道を辿り、彼らが最初に足を踏み入れた入り口まで帰り着く事が出来た。
 運良く彼らが入り口に辿り着いたタイミングでは入り口の扉が開いており、一行が全員扉の外に出ると、扉は図ったかのように彼らの後ろで音を立てて閉まった。
「う‥‥うん?」
 空は夕焼けで赤く染まっており、その柔らかな光を浴びると、実枝はゆっくり目を開け、辺りを見回した。
「お、目が覚めたのか」
 ラスターが斉藤の背で目を覚ました実枝に気付いて駆け寄ると、他の面々も斉藤を取り囲むようにして寄って来た。
 混乱している様子の実枝に斉藤が事情を説明すると、実枝の困惑した表情は途端に明るくなり、斉藤の背から降りるや否や、開拓者達の手を一人一人取って礼を言った。
「ありがとうございます! ほんと恐かったんです! 瓦礫だらけの部屋で化け物の群れに追っかけられて‥‥そこから記憶が無いんですけど、皆さんが素敵なタイミングで助けに来てくださったんですよね!」
 実枝の屈託の無い笑顔に圧倒され皆は真実を語れず終いだったが、それはそれでよしという事で暗黙の確認をし合い、一行の依頼は無事完遂された。
 その後開拓者達は衛兵達に伏見のメモを預け、今後の調査団の活躍を祈りつつ、実枝を伴って神楽の都への帰路を辿った。
 実枝は相変わらず陽気に歌を口ずさみ、開拓者達はそんな実枝を微笑ましく、そして半ば呆れつつ見守りながら、能天気な少女との旅路を歩んでいった。