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■オープニング本文 ●花園の男 暖かな日光と春の陽気を全身で感じながら、流実枝(ナガレミエ)は一人、静かな山道をのんびりとした足取りで歩いていた。 自由奔放に旅をする彼女の次なる目的地はまだ決まっていない。今はただ、気の赴くままに歩みを進めている。 「‥‥お腹空いたなぁ‥‥」 本日幾度目かの同じ台詞を呟きながら呆け顔で周囲を見回している実枝の胃袋は、周囲の静けさも相まってとてもはっきりとした悲鳴を響かせていた。 今、実枝はちょっとした食糧危機に陥っている。 朝目がさめると同時に異常なまでの空腹感に襲われた実枝は、朝食と同時に昼食として用意していた食料までも一気に食べ切ってしまい、既に胃袋の中へと消え去ってしまった昼食を、胃袋が再び求めているのだ。 今朝の反省からか、夕食用の食料には何としても手をつけないと心に決めているのだが、食い意地旺盛な実枝にとって、食欲を我慢することは耐えがたい苦痛である。 足取りも徐々に不安定になり始め、ふらふらと体を左右に揺らしながら、今だ決まらぬ目的地へ向けて歩いていく実枝。 そんな彼女の目に、ふと留まったものがあった。 木々の隙間から見える色鮮やかなその光景に引き寄せられるように、実枝は道を外れ、木々の隙間を縫うように進んでいった。 「うわ、すごい‥‥」 そこに広がっていた一面の花畑に、実枝は空腹のことも忘れて見惚れてしまった。 様々な色や形の花々が所狭しと咲き誇る様は、たとえ開拓者であっても圧倒されるであろうという程だった。 「危ない! 下がれ!」 視界一面を覆う広大な花畑の眩いばかりの鮮やかさに、しばらくの間その場に立ち尽くしていた実枝は、突如としてかけられた声に驚いて思わず跳ね上がった。 何事かと周囲を見回していると、突然実枝の腕を何者かが掴み、そのまま後ろへ引っ張られ、実枝は勢いよく尻餅をついた。 「いったぁ〜‥‥いきなり何?」 打ち付けた尻を擦りながら背後を振り返る実枝が見たのは、全身に花や草を纏わりつかせている、見るからに怪しげな男の姿だった。 状況から考えて、この男が実枝を転ばせたのは間違いない。 「命を救ってやったのに何だその言い草は。俺が助けなければ、貴様は今頃アヤカシの餌食になっていたのだぞ」 実枝は男の言い分を理解できず首を傾げ、再び視線を花畑の方へ向けた。当然ながら、先程までと何ら変わらない美しい景色がそこには広がっている。 「アヤカシなんて居ないじゃない。ほんとに何なんですかもう!」 頬を膨らませながら言う実枝の言葉と同時に、花畑に見惚れていた間だけ収まっていた胃袋の悲鳴が再び鳴り響き、実枝は思わず赤面して顔を伏せ、男は溜息を吐きながら背負っていた荷物に手をかけた。 「ほれ、これでも食ってとっとと立ち去れ」 男が握り飯を差し出したことを本能で察した実枝は凄まじいまでの速さで顔を上げ、一瞬戸惑いの表情を見せたものの、まるで餌を与えられた獣のような勢いで握り飯に喰らいついた。 「こ、こいつ‥‥」 全身花だらけの男は、必死の形相で握り飯を食らう実枝を見て呆れ返り、なんとも不可思議な様相の二人は無言のまま向かい合って腰を下ろしながらしばらくの時間が流れた。 ●花と人間 「この花畑にはしばらく前からアヤカシが住み着いてるんだ。花に化けて潜み、寄って来た人間を襲っている。それを知った俺は、こうして身を隠す工夫を施し、皆が被害にあわぬよう見守りながら、打倒アヤカシの為の策を練っているのだ」 握り飯を食べ終えた実枝は男の説明を聞いてようやく事態を理解したが、一つだけ納得のいかないところがあった。何故、この男は自分の手でアヤカシを倒そうなどという無謀なことを考えているのか。その一点だけは、今まで数々の開拓者達の活躍を見てきた実枝にとって、全身に草花を貼り付けただけでアヤカシの目を誤魔化そうという案よりも理解しがたい考えだった。 「‥‥人間は信用ならんのだ」 理由までは語ろうとしなかったが、男ははっきりとそう言った。 人間は薄汚い思想に満ちている。だが、花は自分を裏切らない。手塩にかけて世話をすれば必ず花を咲かせて応えてくれるし、自分の世話に間違いがあれば花をつけずに枯れてしまう。自分は人間のためではなく、花畑をアヤカシの手から救うために戦っているのだと、男は拳を硬く握り締めながら語った。 「でも、私を助けてくれたじゃないですか。さっきだって、花に誘われてきた人を助けてるって‥‥」 「花を人間の血で汚させないためだ」 実枝が反論しても男は即座に切り返し、それ以降は何も言おうとはしなかった。 無言だったが、この場を去れという男の意思を感じ取った実枝は煮え切らない表情のまま、ひとまずはその場を離れていった。 もと来た道を引き返し、山道へ戻った実枝はしばらくその場で立ち止まって考え、やがて意を決したように真っ直ぐ続く山道の向こうへ視線を向けると、小走りで進み始めた。 実枝の目は既に行き先の定まらない旅人の目ではなく、はっきりとした目的を持った旅人の目に変わっていた。 |
■参加者一覧
樹邑 鴻(ia0483)
21歳・男・泰
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
からす(ia6525)
13歳・女・弓
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰
燕 一華(ib0718)
16歳・男・志
羊飼い(ib1762)
13歳・女・陰
小星(ib2034)
15歳・男・陰
ベイル・アーレンス(ib2727)
17歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●男と開拓者 実枝の案内の下、問題の花畑付近までやって来た開拓者達は目の前に現れた男の姿に圧倒され、思わずたじろいだ。事前に聞いていたとはいえ、やはり実際に目にしてみるとインパクトが違う。 「大人しく去れと言ったはずだぞ! なぜこんな珍妙な集団をつれて来た!」 どの口がその様なことを言うのかと思いながらも、実枝は押し負けずに前に進み出て事情を説明した。 アヤカシを倒すのであれば、彼ら開拓者の力が必要だと言うことを、実枝は自身の経験に基づいて力強く語ったが、男は相変わらず聞く耳を持とうとはしない。 「あなた一人じゃ勝ち目が‥‥」 「いいや、なんとかなる。助けなどいらん!」 激しい口論になりつつある実枝と男を見かねた開拓者達は両者の間に割って入ろうとしたが、それよりも早く、全く別の理由で二人の言い争いを止めた者がいた。 「うわあ! すごぉい! 綺麗なお花畑!」 声高らかに叫び、一行の視線を一手に集めた羊飼い(ib1762)は、いつの間にやら男の背後に回り、男が背に隠していた花畑を視界一杯に感じ、瞳を輝かせていた。 「すごいです! すごいです! 自分達にも手伝わせて下さい! 自分達もお花畑守りたいです! いいですよね!」 男にまとわりつきながら騒々しく強請る羊飼いに、流石の男もたじたじの様子だった。 「我々は無断で花畑に立ち入ろうとは思いません。ただ一言、許可を頂きたいのです」 「人は嬉しい事や楽しい事があると、心に花が咲きます。今のままじゃ、あなたの心の花は枯れてしまいます。それは悲しい事です。ボク達を受け入れてもらえませんか?」 どうしたものかと戸惑っている男の正面に立ち、宿奈芳純(ia9695)は今なら話を聞いてもらえると踏んだのか、真摯に男の目を見てそう言った。 それに続けるように、燕一華(ib0718)もじっと男の目を見て言う。 羊飼いに対して何かを言おうとしていた男は開いた口をそのまま閉じ、宿奈の言葉を聞くと、何も言わずにそっぽを向いた。 「ただの人間が嫌なら、花の為に戦える人間は如何かな?」 開拓者達から視線をはずした男に、からす(ia6525)がどこか悪戯っぽく言うと、男はゆっくりと振り返り、再び開拓者達の方へ向き直った。まだ表情は不信感に満ちている。 「俺達は花を荒らさせないために戦いに来たんだ。花の為にアヤカシを退治しようと、そう思っている」 続けて今度は巴渓(ia1334)が一歩前に進み出て言い、男は押し黙って何かを考え始めた。 男とて人の子。人間不信と言えども何か思うところもあるようで、どこまでも突っぱねる事は出来ないようだ。 「何かアヤカシを倒す手立てがあるのか? あるのならば、何故まだ倒せていない? もしも何の案もないのであれば、花を手入れする為の道具と同じ様に、俺達を使えばいい。人として信じないのならば、道具として信じてみろ」 樹邑鴻(ia0483)の言葉を最後に、開拓者達は一旦口を噤んだ。男の答えを待ち、しばしの沈黙が場を支配する。 やがて、小星(ib2034)が何かを言おうと口を開きかけたのと同時に、男はようやく答えを口にした。 「分かった、協力しよう。ただし、花の為にだからな」 開拓者達はホッと胸を撫で下ろし、後ろで成り行きを見守っていた実枝も張っていた肩の力を抜いて息を吐いた。 「アヤカシに関する情報を下さい。協力というからには、ボク達はあなたを信じます」 改めて言葉を紡いだ小星に男は無言で頷き、これまでの期間に手に入れたアヤカシの情報を一行に開示した。 アヤカシは花畑の中に不規則に点在しており、十体以上が居座っている。比較的大きいものから小型のものまで存在するが、そこまで戦闘力は高くないはずだとのこと。基本的に相手が近づくのを待ち、射程内に入ったところを触手状の蔦で捕獲するという。 「それだけ分かれば十分だ。さ、始めようぜ」 それまで一言も言葉を発さなかったベイル・アーレンス(ib2727)がついに口を開き、口元を怪しく吊り上げて言った言葉に、一行は表情を引き締めて頷いた。 実枝は男と共に手近な物陰に身を隠し、得意顔で男の隣に腰を降ろした。 「何だ、その顔は」 男が訝しげに言うと、実枝は不敵に笑いながら、まだ腰を降ろさずにいる男を見上げて返した。 「しっかり見ててくださいね。私があの人達を連れてきた理由、分かるはずですから」 自信に満ちたその言葉に、男は何も言い返さずに腰を降ろし、中腰の姿勢で木陰から花畑に力の篭った視線を向けた。 実枝が絶大な信頼を向けている開拓者。その力の真意を見極めるために。 ●彩りの戦場 事前に取り決めていた各配置に着き、開拓者達はいつでも戦闘に移れる万全の態勢を整えていた。 からすは手近な木に登り、枝の上から花畑を見下ろすような形で陣取ると、即座に鏡弦を発動。花畑内に潜んでいるアヤカシの気配を探り始めた。 それに合わせて、花畑の淵に立っている宿奈も人魂を発動し、鼠のような小動物の姿をした式を召還すると、花畑の中に放った。 「気配が拡散している‥‥そこら中にいるっていうことだが、とりあえずは右前方、南西の方角だ」 からすからの大まかな位置情報を得た宿奈は式の進行方向をそちらへ向け、それに合わせて樹邑、巴、燕の前衛三人も移動を開始した。 移動中、燕は心眼を使用し、進行方向に確かにアヤカシの気配を感知すると、近づきすぎないところで他の二人に声をかけ、足を止めた。 「‥‥見えた!」 宿奈がそう言うや否や、三人の目の前で地面が激しく隆起し、目の前に広がっていた無数の花々が地面と共に盛り上がり、その根元から植物の根のような、それでいて獣のようにも見えるおぞましいアヤカシが姿を現した。 接近した宿奈の式が根っこの一部に噛み付いている。どうやらそれに反応して姿を晒してしまったようだ。 「よし、まずは小手調べといくか!」 宿奈の式が消えると同時に、まず先手を取ったのは巴だった。 素早く敵の懐に飛び込み、手近な根っこ状の部位を薙ぎ払うように回し蹴りを叩き込む。 未知の敵に対しては明らかに危険な行動だったが、相手の手の内を引き出すための捨て身の攻撃であり、決して考えなしという訳ではない。 しかしながら危険が伴うのは避けられぬ事で、巴の攻撃を受けたアヤカシは即座に伸縮する蔦を素早く伸ばし、攻撃を終えた巴の手足を絡め取ると、見た目からは想像もつかぬ力でその体を持ち上げた。 「させん!」 だがそこから先はアヤカシの思い通りにはならず、素早く飛び出した樹邑の槍が蔦の一部を切断し、アヤカシが怯んだ隙に他の蔦を振りほどき、巴は無事再び地に足を着いた。 アヤカシが態勢を立て直すよりも早く巴は再度接近し、本体と根っこ部分を繋ぐアヤカシの中心部に思い切り正拳突きを叩き込み、直撃を受けて金切り声を上げるアヤカシに、樹邑は跳び上がって上空から槍を突き刺し、これを受けたアヤカシは断末魔の悲鳴も上げることなく瘴気へと還った。 「次だ」 一息吐く間もなく、からすと宿奈が発見した次の標的が、巴らのいる位置から少し離れた場所で姿を晒していた。からすが牽制として放った矢が突き刺さっており、遠目に見ても一目瞭然である。 矢の傷みにもがき苦しむアヤカシは所構わず暴れだし、周囲の草花を踏み荒らし、蹴散らしている。 「お花畑を荒らしちゃダメですよっ!」 誰よりも先にアヤカシに接近した燕は鉄傘を広げ、防盾術でアヤカシの攻撃を防ぎ、草花を守る態勢に入った。 少しでも花畑の現状を守る事も、今の開拓者達にとっては必要な行動だ。 「ゲテモノには興味ねぇんだが‥‥良いぜ、相手をしてやる」 そこへ駆けつけたベイルは燕の後方で立ち止まり、悠長に頭を掻きながら不敵な笑みを浮かべると、懐から符を取り出し、狂ったように暴れるアヤカシに向けて呪縛符を放ち、その動きを封じ込めた。 「援護します!」 ベイルが作った隙を逃さず、遅れて駆けつけた宿奈は魂喰の式を放ち、召還された式は動きを封じられたアヤカシに真っ向から喰いつき、瘴気で出来たその体を貪った。比較的小型で虚弱な個体だったのか、このアヤカシはそれだけで消滅し、姿を消してしまった。 急いで駆けつけようとした巴と樹邑はそれを見て一旦足を止め、次なる標的が特定されるのを待った。 が、それは開拓者側が発見するよりも先に、自らその矛先を開拓者に向けていた。 樹邑の背後に静かに接近していたアヤカシの存在を感知したからすは即座に狩射で矢を放ち、矢がアヤカシに突き刺さると同時に、その気配を察した樹邑は背拳の能力で正確に背後にいるアヤカシを捉え、暴れるアヤカシの蔦を振り返ることなく裏一重で回避しつつ距離を取り、ある程度離れたところで気功波を放った。 気功波による一撃は直撃したものの、それだけで倒される程度の個体ではないようで、姿を晒したアヤカシは今までで一番大きな体を威圧的に広げ、無数の蔦を伸ばして開拓者達に襲い掛かった。 「でかいが、それだけじゃ決定的な戦力差にはならん!」 瞬脚で急速接近した巴は相手を翻弄するように小刻みに動き回りながら蔦を回避しつつ何度も拳や蹴りを打ち込み、少しずつダメージを蓄積させていく戦法を取った。 アヤカシの巨体ではその動きを追えず、有効な戦術だと皆が思っていたが、足元に生い茂る花々が、巴の動きを僅かに阻害していた。 花を踏み荒らさぬようにと気を使い、時たま動きが鈍る巴の挙動を見抜いたアヤカシは、幾度目かの攻撃の際に一瞬だけ動きを鈍らせた巴を正確に捉え、蔦の先端からおどろおどろしい色の液体を吐き出した。 だがその毒液攻撃が巴に届く事はなく、間に割って入った燕の防盾術で受け止められ、逆に隙を作る結果となった。 この隙を逃すことなくからすが放った心毒翔の直撃を受けたアヤカシは苦悶の悲鳴をあげ、追い討ちをかけるようにベイルが放った砕魂符でとどめを刺されると、巨大な体を瘴気へと変え、花畑の景色に溶ける様に消えていった。 ●男の心中 「ああ、花が‥‥」 開拓者達とアヤカシの戦いを見守りながら、男は手に汗を握り何度も音を立てて唾を飲んでいた。 この男がどれほど花畑を愛していたのか、実枝は今になって痛感していた。 「花畑のためです、耐えてください」 実枝が言おうとした言葉を代弁するように、二人を庇うように立っている羊飼いはじっと戦いの行方を見守りながら言った。 しかしながら男は耐え難い感情に徐々に支配され始め、特に気に入っていた大輪の美しい花がアヤカシに踏み潰されるのを見た途端、何かが弾けるように勢いよく立ち上がり、隠れていた木陰から身を乗り出した。 「駄目です! 大人しくしていて下さい!」 実枝が止めるのも聞かずに飛び出した男だったが、すぐに羊飼いに進路を阻まれ、花畑に足を踏み込むことも出来ずに歩みを止めた。 「気持ちは分かります。自分も辛いです、だからこそ、耐えて下さい」 羊飼いの言葉に反論できず、男が無言のまま立ち尽くしていると、その隙を狙ったかのようにアヤカシが一匹姿を現し、羊飼いらに向けて蔦を伸ばした。 が、その攻撃は誰にも届くことなく羊飼いの斬撃符で切り刻まれ、近くに控えていた小星の砕魂符による連携攻撃であえなく消滅した。 「一番化けてはいけないものに化けたな。花の下は大切な人が眠る場所と相場はきまっているのでね‥‥どいてもらう」 小星の怒気が篭った呟きは誰に向けたものでもなかったが、それを確かに耳にした男は、開拓者達の強い意志を感じ取り、同時に自分の無力さを痛感した。 男は小星に何の事情があるのかまでは知らない。だが、小星は確固たる理由をもってアヤカシを滅している。それは他の開拓者達も同じこと。 自分にも強い意思はある。だが、アヤカシと相対する力は持ち合わせていない。だが、開拓者達は意思に加えてそれも持ち合わせている。 その現実を間近で実感した途端、男は先程までの勢いをすっかり殺し、大人しく実枝のいる木陰に戻って行った。 実枝は心配そうに男を見ていたが、すぐに心配は必要ないと感じた。 戦場となった花畑を見守る男の目が、先程までとは違う、自分の居場所を知り、何かを信じる目になっていたからだった。 ●後に残るのは 「‥‥っと、ごちそうさん。あれで終いか」 吸心符で吸い取ったアヤカシの生命力で傷を癒し、ベイルは生命力を奪われて消滅していくアヤカシを尻目に辺りを見回した。最後の一体となったアヤカシも、丁度仲間達の手によって消滅したところだった。 予想していたよりも戦闘は長引き、被害にあった草花の量も予想を上回っていた。 囮役を買って出たが故に少しばかりの傷を負った巴の怪我を小星が治癒符で癒し、宿奈の瘴気回収で念入りに瘴気を片付け、ようやく花畑から引き上げた一行は、安全地帯で待っていた男と実枝の下へ帰還し、そして驚いた。 「‥‥ありがとう」 どんな怒号が飛んでくるかと思っていた開拓者達は、男が発した予想外の言葉に驚きを隠せなかった。 男の顔は始めて出会った時よりも遥かに穏やかになっている。 戦いの間に何かが男の心境を変えたのだろうと察し、皆はそれについては深く触れようとはせず、男の礼を素直に受け止めた。 その後、皆で荒れた花畑を可能な限り修復し、少しでも見栄えが良い状態まで復旧させると、からすの提案で花畑を眺めながらのお茶会が開かれた。 「よろしければ、この美しい景色を色んな人々に見せてあげて下さい」 荒れてしまった花畑はそれでも尚美しさを失う事は無く、その光景を眺めながら茶を楽しみつつ、小星は何気なく男にそんな提案をした。 男は小さな声で返事をしながら頷き、小星は男に感謝しながら、花畑を復旧している際に男から分けて貰った花の種の詰まった袋を大事そうにしまった。 「花に向ける情熱を外に向けろよ。まだ絶望覚えて引き篭る歳でもねぇだろうが」 茶を一気に飲み干し、ベイルはまだどこかすっきりしない空気を纏っている男に向けて背を押す一言をかけた。 男は何かを思い出しているような複雑な表情を浮かべて俯き、やがて力強い意思の篭った表情になって顔を上げた。 「そういえば、あなたの名前、まだ聞いてませんでした。教えてください、名前」 突然実枝が言った一言に、皆は大事な事を忘れていたと口々に言いながら同意した。 男はどこかこっ恥ずかしそうにしていたが、やがてゆっくりと口を開き、自らの名を口にした。 人と人との交流の中でもっとも始めにするべき事を、開拓者と、そして実枝と出会ってから、男はようやくする事が出来たのだった。 「俺の名前は‥‥」 開拓者と、花を愛する普通の男と、能天気な旅人の間に奇妙な友情が生まれた一日は、夕焼けに照らされて美しく咲き誇る花々に見送られながら、静かに幕を閉じた。 |