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■オープニング本文 ●断つべきもの 理穴のとある辺境の村。 これといって目立つものもない寂しい様相の村ではあるが、この地もすっかり春になり、暖かい空気と涼しく吹き抜ける風に満たされていた。 だがそれは自然が取り繕った上辺だけの陽気であるということを、村に住む全ての住人が知っている。 一体何が彼らをそのような陰鬱な思いを張り付かせているのか。その理由は、もう数週間に渡って寝たきりの、ある少女にあった。 少女の名は華奈芽。まだ年端もいかない華奢な体躯の少女である。 数週間前、彼女はある病に侵された。 ただの病ではない。並の医学では癒すことは叶わぬ、原因も何もかもが不明な、不可思議かつおぞましい奇病だった。 ただでさえ医療の知識に乏しい辺境の村において、この病に打ち勝つ術はもはや何一つ無い。 少女はただひたすらに全身を駆け巡る痛みに耐えながら、自身を動かしている命の鼓動が止むその時を待つだけだった。 そして、少女が病に冒されてから間もなく一ヶ月になるかという時、村に二つの知らせが舞い込んだ。 村の外へこの病を治療する術を探すべく出かけていた者が、良い知らせと悪い知らせの二つを携えて帰ってきたのだ。 その者が言うに、この病を癒すための術が一つだけ存在し、それによって同じ病に冒されていた人が完治したという。 これを聞いた村人たちは飛び上がって喜んだが、ただ喜んでいるわけにもいかなかった。 二つ目の知らせは、この病は患者が死に至るのとほぼ同時に、他の誰かが同じ病を患うのだという、何とも恐ろしい知らせだった。その上この病は病原菌などがからもたらされるものではなく、アヤカシが人間に憑依することで発症する呪いのようなものだそうで、村人だけでは当然ながら太刀打ちは出来ない。 であれば、頼れる存在はただ一つしかない。 村人の中で一番足の速い者が名乗りを上げ、彼は迷うことなく、この村から一番近い開拓者ギルドへと駆け出した。 |
■参加者一覧
音有・兵真(ia0221)
21歳・男・泰
斎 朧(ia3446)
18歳・女・巫
一心(ia8409)
20歳・男・弓
神呪 舞(ia8982)
14歳・女・陰
燕 一華(ib0718)
16歳・男・志
アリスト・ローディル(ib0918)
24歳・男・魔
モハメド・アルハムディ(ib1210)
18歳・男・吟
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●刃ここに集う 病の形を成したアヤカシを滅するべく集った開拓者達は、病床に伏している少女の姿を見て思わず息を呑んだ。 少女、華奈芽はおぞましい気配に包まれ、その体に纏わりつくようにして、黒い霧の様なものが蠢いていたのだ。 ギルドに依頼を出して以降更に病状が悪化し、このような姿になってしまったのだという。熱や悪寒も一層酷くなっており、呼吸も荒い。 あまりにも悲惨な現状を見て、残された時間の少なさを感じた開拓者達はすぐさま行動を起こした。 「これは急いだほうがよさそうですね。提案なのですが‥‥」 音有・兵真(ia0221)が一行を代表して儀式を行う場所の変更を提案し、それを受けた村人は、村の外にあるという使わなくなった畑が丁度いいのではないかと判断し、すぐにそこへ華奈芽を運ぶことになった。 華奈芽のか細い苦悶の声に急かされるように、開拓者達は皆で用意の手伝いに従事した。 彼らの目は、春風が運ぶ陽気でも揺らぐことがないほど真剣さを滲ませ、少女を蝕む悪を滅ぼすという強い信念の炎が熱々と燃えていた。 ●害魔 村で一番大きな荷車に布団を敷き、そこにそっと華奈芽を乗せると、出来る限り急ぎつつ、荷車が不必要に揺れないよう気をつけながら、一行は使われなくなって大分日の経つ様子の畑にやって来た。 「すぐ治してあげますから、もう少しの辛抱ですよ」 神呪舞(ia8982)の励ましの言葉を受け、微かに表情を緩めた華奈芽。彼女を乗せた荷車を畑の中心まで移動させると、儀式を執り行う村人が荷車を囲むように立ち、そのすぐ脇には音有と斎朧(ia3446)が不測の事態に備えて待機している。 他の開拓者達は荷車を中心として大きな円陣を組み、一心(ia8409)、燕一華(ib0718)、アリスト・ローディル(ib0918)、朽葉・生(ib2229)が、いつでも戦闘を行える態勢をとっている。 「タアウィーダ、おまじないですよ」 配置に着く前に、モハメド・アルハムディ(ib1210)は華奈芽の近くへ寄っていくと、穏やかな口笛を奏でて、硬く緊張していた場の空気と恐怖に怯えていた華奈芽の気分を和らげると、何も言わずに笑顔だけを残して自身も配置へ着いた。 「では、始めて下さい」 斎は儀式担当の村人にそう告げると、音有と共に一歩後ろに下がり、それに呼応するように、華奈芽は燕から手渡されていた春の香り袋をぎゅっと握り締めた。 村人達は無言で頷き合うと、聞き及んだ通りの手順に従い、アヤカシを追い出す儀式を執り行った。 怪しげな呪詛や舞を織り交ぜて行われる儀式が始まると同時に神呪は瘴索結界を発動し、儀式が終わりに差し掛かろうかというところで、今度は斎が瘴索結界を発動した。 二段構えの結界でアヤカシを取り逃さない態勢を整え、いよいよアヤカシと相対する時を目前とした開拓者達はそれぞれの武器を手に身構えたが、 「ふむ、なるほど‥‥」 アリストだけは杖を小脇に抱えたまま手帳を開き、儀式の様子を事細かに記していた。 「くるぞ!」 やがて、華奈芽の体から滲み出るアヤカシの気配を感じ取った音有は即座に仲間達へ注意を促し、流石のアリストも手帳を片付けて杖を手にするのとほぼ同時に、ついにアヤカシは一行の目の前に姿を現した。 おぞましい唸り声と背筋の凍るような寒気を引き連れ、華奈芽の体から滲み出るようにして現れた黒い靄はゆっくりと輪郭をはっきりとさせていき、鬼とも猿とも猪ともつかない、毛むくじゃらの禍々しい巨大な姿を現した。 アヤカシ、害魔は真っ先に村人と抜け出たばかりの華奈芽に視線を向けたが、すぐさまそれを遮るように音有が立ち塞がり、斎に誘導されながら村人達は急いで後退していった。 役目を終えた彼らに代わり、今度は開拓者達が腕を振るう番である。 「皆さん、頑張ってください!」 「アーニー、私も援護します!」 神呪の神楽舞・攻とモハメドの武勇の曲、精霊集積を背に受けながら、まずは燕が動いた。 村人達が引き返していくのと入れ替わるように前へ進み出た燕に視線を移した害魔は、周囲を囲む開拓者達の存在へと注意を移し、自身へ向けられる敵意に感づいたのか、村人達を追うことをせず、戦意を剥き出しにして真っ向に立つ音有と、その後方から迫る燕に向けて重々しい拳を振り上げながら突進していった。 それに臆することなく、音有は自身へ向けて振り下ろされた巨大な拳を硬く握り締めた自身の拳で受け止め、勢いを抑えつつ受け流した。 勢いをそのままに左方向へ受け流された害魔は強引に態勢を維持しようとしたが、その一瞬の隙に害魔の死角から接近していた朽葉が杖を振りかざして術を発動していた。 「動きを奪います!」 フローズによって発生した冷気により、態勢を立て直す間もなく体を硬直させた害魔は雄叫びを上げながら片膝をついた。 そこへ空かさず燕が駆け込み、害魔の脇を走り抜けながら流し斬りによる一撃を加え、それに続いて音有は呻き声を上げる害魔の懐に飛び込み、胴へ向けて骨法起承拳を叩き込んだ。 「よし!」 「手ごたえありですっ!」 しかし、それだけで終わる事がないと皆が確信していた通り、後方へ弾け飛んだ害魔は再度雄叫びを上げると瞬時に無数の小型アヤカシへと分裂した。 今度は鬼火玉に似た火の玉のような形状をしており、空中に浮きながらゆらゆらと揺れている。 「おお、これが例の分裂というやつか‥‥厄介ではあるが、一固体の戦闘力は低いと見た」 後方で様子を伺っていたアリストは一歩前に進み出て、相手を威嚇するように動き回る害魔の大群を一瞥すると、驚くよりもむしろどこか楽しげな表情を浮かべながら、手にした杖を掲げた。 途端、アリストの一番近くに浮いていた害魔は自身の周囲に流し込まれた冷気により動きを奪われた。 先程までとは違う、甲高い耳障りな叫び声を上げて抵抗したがそれも敵わず、自由を取り戻す前に、接近していたモハメドの短刀で切り裂かれた。 「ナァム、そうですね、数は多いですが、大したことはありません」 「ならば、根気と速さの勝負ですね」 モハメドの言葉に続けて言いながら、一心が番えていた矢は瞬時に解き放たれ、続け様にアリストがサンダーをかけた害魔を撃ち貫いた。 六節を用いて素早く的確に矢を放ち続け、そのほとんどは害魔一体一体を正確に貫いてダメージを与え、時には消滅させた。 「負けてられませんねっ! 僕もいきますよ〜!」 一心の放つ矢の雨を縫うように駆け出した燕は小柄な体とは対極的な薙刀を横薙ぎにして害魔を真一文字に切り裂いた。 燕が向かった先の害魔には朽葉がタイミングよくフローズをかけ、動きを封じることでより効率よく倒して回ることができるように図っている。 アリストの読み通り、分裂した固体の戦闘力は極端に下がっており、開拓者達の力の前ではとても脅威とは言い難い。 だが、自分達がそれだけで終わるほどのアヤカシでもないということを、今だ無数に生き残っている害魔達は一斉に示した。 害魔達はタイミングを合わせて一斉に鳴き声を上げ始め、ただでさえ耳障りな害魔達の鳴き声は更に強烈さを増し、超音波となって開拓者達の耳を襲った。 「く‥‥これは‥‥」 村人を逃がすため後方に下がっていた斎の耳にも害魔の鳴き声は届いていることから、近づいて戦闘を行っていた者達はより酷い状態である事は明白である。 先程までとは打って変わり、今度は開拓者達が逆に動きを奪われる形となってしまった。 周囲の草木や地に転がっている小石さえも小刻みに振動させる程の超音波に絶えながら、音有や燕は手近な害魔を片っ端から倒していったが、それでも害魔は鳴く事をやめず、開拓者達の動きは一向に制約されたままだ。 防盾術で防いでいるものの、優勢だったはずの燕も何度か攻撃を受けている。 「このままでは埒が明かない‥‥何か手は‥‥」 しかし、矢を番えることもままならない状態の一心が表情を歪めながら小さく呟くや否や、害魔の鳴き声に混じって、開拓者達の耳に別の音が聞こえ始めた。 最初は小く聞き取りづらかった音は徐々にはっきりとした形として聞こえるようになっていき、やがてそれが美しい女性の声で奏でられる歌だと分かった時には、害魔の鳴き声は開拓者達の耳からすっかり消えてなくなっていた。 「この歌は‥‥いや、それを考えるのは後ですね。今はこの機を逃すわけにはいきません!」 本来の状態を取り戻した朽葉は再び杖を構え、サンダーの術で手近な害魔に攻撃を仕掛け、それを機に開拓者達の反撃が始まった。 音有の拳が、一心の矢が、燕とモハメドの刃が、アリストと朽葉の魔術攻撃により翻弄されている害魔を次々と打ち倒していく。 害魔達も牙や爪を用いて反撃を試みるが、本調子の開拓者達にとってはケモノを相手取る程度の事でしかない。 どこからか聞こえてくる美しい歌声を背に受けながら戦う開拓者達の前に、害魔は再び鳴き声を上げる隙も与えられず、一匹、また一匹と数を減らしていった。 「逃がしませんよ」 状況を不利と感じたのか、開拓者達の目を盗んでその場を離れて行こうとする固体もいたが、それを目ざとく発見した斎は射程ギリギリのところで浄炎を放ち、逃げ出そうとした個体を瞬時に焼き尽くした。 「よし、もう少しで‥‥」 フローズで動きを止められた害魔を拳で打ち砕きながら、音有が勝利が近づいた事を感じて呟くと、それに抗うかのようにして害魔達は素早く一箇所に集まると、再び巨大な姿へと変化した。 分裂時に個体数が減ったせいか最初よりもやや小ぶりではあるが、やはりその巨大さは開拓者達を遥かに凌いでいる。 それでも、今の開拓者達はまったく負ける気がしていなかった。 それが何故なのかは分からなかったが、自分達の耳に確かに届いている歌声がそう思わせるのだろうと、皆僅かながら感じていた。 「情報は十二分に得た。もう用は無い、終わらせるぞ」 やけくそのように雄叫びを上げて突進してくる隙だらけの害魔に向けてファイヤーボールを放ちながら、アリストは仲間達に呼びかけ、仲間達はそれに言葉ではなく行動で答えた。 ファイヤーボールを受けて動きを止めた害魔に燕が接近して薙刀を振り下ろし、害魔はそれを強靭な腕で受け止めたが、そこに追い討ちをかけるように背後から接近してきたモハメドが短刀で斬りつけ、害魔は苦悶の叫びを上げながら燕を振り払うと、まだ近くにいるモハメドの方へ向き直り、拳を振り下ろした。 再び斬りかからんとしていたモハメドはそれを背後に跳躍して回避すると、今度は即座に右横に跳んだ。その行動の意味に害魔は素早く感づいたが、それが結果を変える要因とはならなかった。 モハメドの後方にて矢を番え待ち構えていた一心は、射線上からモハメドが消えるや否や即座に矢を放ち、朧月の効果によって姿をぶれさせながら向かってくる矢に対応しきれなかった害魔は胸に矢の直撃を受け、先程よりも数倍大きな悲鳴を上げた。 この世のものとは思えぬ醜い悲鳴であったが、開拓者達の耳に届いてくるのは、彼らの背を押す歌声のみ。 もがき苦しみながらがむしゃらに暴れまわる害魔の動きを封じるべく、朽葉は落ち着いた様子でフローズを放ち、害魔の動きを押さえつけた。 暴れたくても動くことが出来ないもどかしさに害魔が一層表情を歪めると、その顔面に向けて神呪が力の歪を放ち、歪められた空間によって害魔の顔は跳ね上げられて天を向いた。 害魔が顔を正面へ向き直らせた時には、既に決着がついていた。 瞬脚で懐に飛び込んだ音有の爆砕拳が害魔の腹を射抜くかの如く突き刺さり、激しい爆発と共に後方へ吹き飛んだ害魔は、雄叫びを上げることも、再び地に足を着くことも敵わぬまま消滅した。 騒がしかった場は一瞬にして穏やかな空気を取り戻し、開拓者達を守った歌声だけが、静かに響いていた。 ●少女の歌 一心の鏡弦、燕の心眼で辺りを検索し、害魔の気配が完全に消えたことを確認すると、開拓者達は村へと戻っていった。 華奈芽も無事何事も無く村に帰り着いており、自宅の座敷で横になっているその姿には、最早アヤカシの気配など微塵も感じられなかった。 「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」 ひたすらに礼を言い続ける華奈芽に、斎は皆が思っている疑問を問いかけた。 害魔との戦闘時に彼らの元へ届き、窮地を救った歌声。その正体を開拓者達は薄々感づいていたものの、確信を持てるものではなかったが、真実は皆の予想した通りの形で目の前に現れた。 華奈芽は確かに、開拓者達が害魔と戦っているまさにその時、この座敷の布団の中で、彼らが聞いたあの歌を歌っていたという。 「私がアヤカシに憑り付かれ、病に侵されていた間、ずっと頭の中に不気味な音が響いていたんです‥‥アヤカシが体から出て行ってようやくその音からも開放されたと思っていたら、遠くからアヤカシ鳴き声が聞こえてきて、あの音はアヤカシの鳴き声だったんだって気付きました。そしたら何だか、今度は負けないぞっていう気になって、鳴き声を誤魔化すつもりで歌っていたんです」 華奈芽の言葉を聞いた開拓者達は唖然とし、しばしの間、誰も言葉を紡ごうとしなかった。 吟遊詩人の能力にそうあるように、歌や音楽には特殊な力を持つものもある。しかし、このか弱い少女の歌声が、開拓者達の戦っていたあの場所まではっきりと届き、かつアヤカシの力を押さえつける事が出来たという事実には、開拓者達も驚かざるをえなかった。 「ナァム、なるほど。もしかしたら華奈芽さんにも、アーニー、私達と同じような力があるのかもしれませんね」 自身の与り知らぬ所で起きていた事態に戸惑いを隠せない様子だった華奈芽に、モハメドは優しげな笑顔を浮かべて言った。 「華奈芽さんすごいですっ! 元気になったら、今度はゆっくり聞かせて下さいねっ!」 燕も満面の笑顔でモハメドに続け、他の者達も皆一様に頷き、歌の感想等を言い合っている。 「まぁ、これもまたおもしろい知識源になりそうです。また聞かせていただくのも、悪くは無いでしょう」 アリストも、目線は明後日の方向を向いているものの、表情はどこか穏やかだった。 開拓者達の言葉に今度は華奈芽が背を押され、その大きな目にうっすらと涙が滲んだ。 その後、開拓者達は一心の提案で村を囲む緑豊かな自然の景色を見て周りながら、ちょっとだけ遠回りをしつつ、村を後にした。 春の陽気に満たされた新緑の大自然の中を歩く彼らの耳には、木々の揺れる音や小鳥の鳴き声と共に奏でられる、か弱くも強い意志を持った少女の歌声が、彼らの進む道を祝福するように、確かに届いていた。 |