【大会】実枝の旅〜闘〜
マスター名:野田銀次
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/04/27 17:45



■オープニング本文

●武闘大会
 天儀最大を誇る武天の都、此隅。
 その地に巨勢王の城はある。
 城の天守閣で巨勢王は臣下の一人と将棋を指していた。
 勝負がほぼ決まると巨勢王は立ち上がって眼下の此隅に目をやる。続いて振り向いた方角を巨勢王は見つめ続けた。
 あまりにも遠く、志体を持つ巨勢王ですら見えるはずもないが、その先には神楽の都が存在する。
 もうすぐ神楽の都で開催される武闘大会は巨勢王が主催したものだ。
 基本はチーム戦。
 ルールは様々に用意されていた。
「殿、参りました」
 配下の者が投了して将棋は巨勢王の勝ちで終わる。
「よい将棋であったぞ。せっかくだ、もうしばらくつき合うがよい。先頃、品評会で銘を授けたあの酒を持って参れ!」
 巨勢王の求めに応じ、侍女が今年一番の天儀酒を運んでくる。
「武芸振興を図るこの度の武闘大会。滞る事なく進んでおるか?」
「様々な仕掛けの用意など万全で御座います」
 巨勢王は配下の者と天儀酒を酌み交わしながら武闘大会についてを話し合う。
「開催は開拓者ギルドを通じて各地で宣伝済み。武闘大会の参加者だけでなく、多くの観客も神楽の都を訪れるでしょう。元よりある商店のみならず、噂を聞きつけて各地から商売人も駆けつける様子。観客が集まれば大会参加者達も発憤してより戦いも盛り上がること必定」
「そうでなければな。各地の旅泰も様々な商材を用意して神楽の都に集まっているようだぞ。何より勇猛果敢な姿が観られるのが楽しみでならん」
 巨勢王は膝を叩き、大いに笑う。
 四月の十五日は巨勢王の誕生日。武闘大会はそれを祝う意味も込められていた。

●都を往く
 武天の巨勢王が主催する武闘大会が開催される。
 その一言だけで、武門に感心のある者達は体中の血が滾るのを感じ、ここへ集まる。
 天儀の中心と言うべき場所であり、開拓者達の総本山、神楽の都。
 都という名の通り、普段から様々な人々の往来があり栄えているこの場所だが、その日は普段の都の景色を凌駕する賑わいを見せていた。
 あちらこちらに出店を構える商人や、各国から遥々やって来た旅人など、普段見かけることの少ない大勢の人々の姿が都中に溢れかえっている。
「うわぁ、すごい人‥‥混んでるとは思ってたけど、こんなに大勢なんて‥‥周りが見えないよ〜」
 旅人、流実枝(ナガレミエ)も、そんな人々の一人。
 周囲を取り囲む人々に呑まれ、本来向かいたい方向に進めず四苦八苦している。
 彼女の向かう先。それはここに人々が集まる最大の理由が存在する場所。武闘大会の会場である。
 都は大会による賑わいに便乗するべく様々な出店が軒を連ねているのは先述の通りだが、中でも選りすぐりの名店が大会会場に出店しているという話を小耳に挟んだ実枝は、武闘大会自体には大して感心が無いものの、足を運ばずにはいられなかったのだ。
 人ごみを掻き分けるようにして、未だ遠い会場を目指す実枝の脳内には刀も拳も弓も術も無く、ただひたすらに、お祭り気分の陽気さとおいしい食べ物への欲求だけが思考を支配している。
 やがて、実枝は軽く息を切らせながらも会場の入り口へと辿り着き、改めてぐるりと周囲を見回した。
 団子、串焼き、飴に汁物など、目移りするような種類の屋台がずらりと勢ぞろいし、それぞれの魅力を遺憾なく辺りに振りまいている。
「どれから食べよう‥‥あぁでもお金あまり残ってないし、厳選しないと‥‥」
 挙動不審なまでにあちこち目を走らせ、近寄っては引き返しを繰り返している実枝の姿は滑稽極まりなかったが、本人はそんな周囲の目などこれっぽっちも気にせず(気にする余裕がない、というのが正しい)、ようやく決心した様子で焼き鳥屋へ駆け寄って行った。
 一串目を幸せそうに頬張りながら、実枝は懲りずに次の店への照準を定め始めており、もはや財布の中身の事など忘れてしまっている様子だった。
「おらぁ! 寄こせって言ってんだろうがぁ!」
 そんな中、突然実枝の耳に届いた声は、それまで鬱陶しい程に輝いていた実枝の瞳の光を一瞬にして大人しくさせた。
 手にしていた焼き鳥を落としてしまいそうなほど慌てて声した方へ視線を移し、実枝の目に映ったのは、いかにもタチの悪そうな大男数名が屋台に群がっている様だった。
 胸倉を掴まれている店主の姿から、穏やかな空気でないことは一目瞭然である。
「ヒャッハー! うめぇぜ!」
「食いすぎて動けなくなったりしてなぁ!」
「ちょうどいいハンデだろ、なぁ?」
 このならず者達はどうやら武闘大会の出場者のようで、身に纏っている厳つい鎧や武器がより一層凶悪さを際立てている。
 最初は抵抗していた店主も今や止める事も出来ず、目の前で品物を貪られる様子をただただ見守るしかない。
 一頻り喰い散らかし終えた連中は当然ながら金も払わずその場を離れ、実枝の居る方向へと歩いて行った。
 一連の様子を目にしていた実枝はきつく歯を食いしばった表情でならず者達を睨みつけ、それに気付いたならず者達はいやらしい笑みを浮かべながら実枝の近くへ寄ってきた。
「よぉ姉ぇちゃん。なんか気に障ることでもあったかい? ん?」
 ならず者の一人が実枝の倍はあろうかという巨体を屈ませて目線を合わせて言ったが、実枝は負けることなく正面から睨み続けていた。
「‥‥あなた達、負けますよ」
 実枝の放った小さな一言は、それまで余裕の表情だったならず者の顔を一変させた。
 怒りを露にしたならず者達は顔を真っ赤に染めて何かを言い返そうとしたが、それを制するように、実枝は手にしていた焼き鳥を顔の正面に突き出し、ならず者達は思わず身を引いた。
「あなた達のような人達に、勝利の女神は微笑みません! 絶対負けます!」
 ならず者達は実枝の言葉に少なからず圧倒されたが、すぐにまたいやらしい表情を浮かべて実枝に詰め寄った。
「ほほぉ、そうかそうかぁ、俺らが負けるかぁ。いいじゃねぇか、せいぜいそう信じ込んでな。その代わり‥‥俺らが勝ったら、それ相応の謝罪を要求しちゃうぞ?」
「いいです! どうせ勝てないんですから、なんでも勝手に言ってればいいです!」
 間髪入れずに言い返す実枝と、それに対して下品な笑い声で返すならず者達。
 『俺らが勝っても逃げんなよ』と笑い声と共に言い残しながらその場を去るならず者達の背が見えなくなるまで、実枝はじっと睨み続けていた。
「負けない‥‥正義は必ず勝つ!」
 自分が戦う訳でもないのにそう強く言い放ちながら、実枝はすっかり冷め切ってしまった残りの焼き鳥を一気に口に放り込んだ。
 その後、実枝はそれまで一心不乱に見て回っていた屋台に目もくれず、目の前に重々しく構える会場入り口の門へ、悠然と向かって行った。


■参加者一覧
煙巻(ia0007
22歳・男・陰
鬼島貫徹(ia0694
45歳・男・サ
雲母坂 芽依華(ia0879
19歳・女・志
ロウザ(ia1065
16歳・女・サ
からす(ia6525
13歳・女・弓
詐欺マン(ia6851
23歳・男・シ
趙 彩虹(ia8292
21歳・女・泰
燕 一華(ib0718
16歳・男・志


■リプレイ本文

●大きな存在
 会場を埋め尽くす無数の観客が放つ熱気。
 それはさながら烈火の如く会場中を満たし、皆の視線を一手に集めている開拓者達ですらも圧倒されかねない程だった。
「流石の熱気よ‥‥これだけの人の目の中で武勇を奮えるとは‥‥」
 無骨な岩場に囲まれた箱庭の戦場に並び立つ八つの影。
 その内の一つである鬼島貫徹(ia0694)は、きつく引き締められていた表情をわずかに綻ばせて不敵な笑みを浮かべた。
 障害物に阻まれて姿は見えないが、彼らの対角線上に位置する場所には、既に対戦相手である屋台荒らしの悪党達も姿を見せている。
 視界に入っていないものの、両者は互いの気配や気迫を言葉では言い表せない何かで感じていた。
「やり手だとは聞くが、悪行を働く時点で高が知れている。見せ付けてやろうじゃないか」
「そうどすなぁ。あ、あれ!」
 鬼島の隣で体をほぐしていた煙巻(ia0007)が、観客の中に見つけた流実枝の姿を流し見ながら言うと、仲間たちは自信に溢れた表情で頷き返し、そのまま何の気なしに客席に視線を走らせていた雲母坂芽依華(ia0879)は、ふと視界の中に今大会の主催者である武天国王の姿を見つけ、思わず指差しして仲間達に知らせた。
 当然ながら開拓者達は全員そちらへ視線を向け、その視線に感ずいたのか巨勢王も開拓者達の方へ僅かに視線を動かしている。
「こせおー! おたんじょび おめでと だぞおおお!」
 そんな中突然発せられたロウザ(ia1065)の会場中を震わす程の大声に、近くに立っていた開拓者達はおろか、客席中の観客全員は思わず耳を塞いだ。
 それほどの声量にもビクともせず、逆に高々とした笑いで返す巨勢王の姿に、周囲の人間は改めてその強大さを思い知ったようだった。
 
●開戦
 ざわついていた会場が巨勢王の怒声にも似た笑い声を受けて静まり返ると、進行を取り仕切っている役人による両団体の紹介が始まり、客席から送られる拍手や歓声に急かされる様に開拓者達は各々の武器を手にし、試合開始の合図を待って身構えた。
「‥‥始め!」
 短く言い放たれた合図を耳にした瞬間、まず最初に動いたのは燕一華(ib0718)だった。
 焙烙玉を手に素早く駆け出し、まだ動き出して間もないであろう対戦相手のいる方へ向けて思い切り放り投げた。
 放物線を描いて飛んだ焙烙玉は岩場を越えた先で炸裂し、僅かながら敵の驚く声が聞こえたため、少なからず狙いは合っていたと、燕は新たな焙烙玉を取り出しながら小さくガッツポーズを取った。
「さて、どんな様子かな」
 燕に続いて駆け出していたからす(ia6525)は手近な背の高い岩場に駆け上ると、高台から見下ろす形で対戦相手達の現在位置を確認するべく視線を走らせた。
 焙烙玉の煙を掻き分けるように、いかにもといった出で立ちの男達が物陰に潜みつつ近づいて来るのが見える。
 まだからすの姿には気がついていないようだった。
「敵は分散している。ロウザ殿、まずは右だ」
 からすからの知らせを受け、からすが登っている岩場の隣で待機していたロウザは、傍らにどっしりと構えている巨大な岩を強力でゆっくりと持ち上げた。
「がるるる!」
 頭上に高々と持ち上げた岩を、ロウザはからすの指示した通りの方角へ思い切り放り投げた。
 巨大で重々しい岩が軽々と飛んでいく様を見て、観客は思わず息を呑み、飛んできた岩を慌てて転げ回る様に回避する悪党は、会場の外で見せた態度とは打って変わって情けない声を上げていた。
「先手は取りましたね、畳み掛けましょう!」
 からすの指示の元、岩石投げの次弾準備をするロウザの脇を駆け抜け、趙彩虹(ia8292)は手にした幻桜爪を光らせながら敵陣へと接近して行った。
 焙烙玉、岩石という遠隔二段攻撃の前に出鼻を挫かれていた右側の敵に急接近を仕掛け、岩陰から姿を見せた男を射程に捕らえるや否や、真っ向から幻桜爪を突き出して攻撃を仕掛けた。
 趙と遭遇した男は手にしていた盾を慌てて前に突き出して防ごうとしたが、寸でのところで間に合わず、盾の端を掠めた鋭い爪の切っ先は盾にぶつかった衝撃で軌道がズレ、男の顔の右脇を掠めた。
 すかさず趙は幻桜爪を装着した拳の甲を男の顔の方に向けて回転させ、そのまま裏拳を側頭部に叩き込んだ。
 勢いよく横っ飛びに転がっていく男を目線で追うこともせず、趙は次の相手を探しながら身構えると、突然自分の体を覆うように巨大な影が降りてきたことに気づいた。
「趙殿、上だ!」
 からすの叫び声が届くのと、趙の隣に聳えていた巨大な岩の上から巨漢が飛び降りて来るのとは、ほぼ同時だった。
 趙はすぐさま裏一重でそれを見切り、前方に飛び出して回避行動を取る事で何とか踏み潰されることは避けたが、態勢が崩れたままの趙に、巨漢は見た目の印象よりも随分と素早い動きで趙に接近し、追い討ちをかけてきた。
 しかし、趙が反応するまでも無く、巨漢は突然苦悶の表情を浮かべて動きを止めた。
 巨大な体が壁になって趙には見えなかったが、巨漢の背には、詐欺マン(ia6851)が放った手裏剣が数枚、帷子や鎧の隙間を縫う様に突き刺さっていた。
「隙だらけなのでおじゃるよ」
 動きを止めた巨漢が趙の足払いを受けて派手に転倒すると、詐欺マンは小走りに近寄っていって巨漢の悪党の腹を思い切り踏み付けながら趙の元に合流した。
「援護感謝します、他の皆さんは‥‥」
 趙がそう問うのと同時に、二人がいる場所とは反対の方向から、先ほどのロウザの叫び声に匹敵するものの明らかに質の違う声による咆哮が轟き、再び会場を震わせた。
 咆哮を発した鬼島は目の前に現れた三人の男を一手に引き付けると、手にした大斧を高々と振り上げ、自身も真っ向から向かっていった。
 それに追従するように、雲母坂も珠刀を抜きながら駆け出し、互いに距離を詰める両者の刃は、岩場に囲まれた比較的開けた場所を舞台に激しくぶつかり合い、耳を劈く金属音と怒声交じりの雄叫びを辺りに響かせた。
「ふははははッ! 遠慮はいらん、我こそはと思う者からかかってこいッ!!」
 鍔迫り合いをしていた相手を弾き飛ばし、大斧を再び高々と掲げ、鬼島は不敵な笑みを浮かべながら挑発的に叫んだ。
 その挑発を受けて、先程まで鬼島と相対していた男とは別の丸坊主の頭をした男が、綺麗に剃り上げられた頭に血管を浮かせながら鬼島に突っ込んでいった。
 自身へ向けて振り下ろされた坊主頭の刀を、鬼島は余裕の表情で大斧で受け止めると、怒りに任せて動いているだけの坊主頭は立て続けに何度も鬼島の大斧を刀で叩きつけた。
「ぬるいわ! このたわけが!!」
 それら全てを受け止め、ビクともしない様子だった鬼島は突如として目をカッと見開き、雄叫びと共に大斧を横薙して坊主頭の刀を弾き飛ばすと、たじろいだところを大斧の腹の部分で思い切り殴り、数メートル先の岩壁に叩きつけた。
「流石やなぁ鬼島はん。うちも負けてられへんな」
 鬼島が悠然と勝ち誇っているのを横目に見て呟くと、雲母坂は相対している痩身で長身の男を再び見据えた。
 痩身の男が手にした鎌を縦横無尽に振り回しながら接近してくるのに合わせて、雲母坂は逆に刀を鞘に納めると、腰を低くしてじっと相手の接近を待ち、痩身の男の鎌が刀の射程に入るや否や、素早い動作で雪折を放ち、勢いよく抜き放たれた刀身は、痩身の男が振り下ろした鎌をすり抜ける様に走った。
 振り下ろされた鎌は軌道を逸らし、痩せた胴を覆っていた分厚い鎧には一筋の亀裂が走り、そこを起点に鎧が砕け散るのと一緒に、痩身の男は派手に錐揉みをしながら弾け飛んだ。
「おのれ開拓者どもめぇ!」
 ここまでの一連の様子を呆然と眺めていたもう一人の男は、派手な刺青をした腕を高々と振り上げ、手にした大剣を思い切り地面に叩きつけた。
 それをサムライのスキル地断撃であると判断した鬼島と雲母坂は即座に刺青男の正面から移動し、地面をめくれ上がらせる強烈な一撃は、鬼島と雲母坂の間を分断するように駆けていった。
「あんさんも志体の持ち主やったんか」
 再び大剣を振り上げている刺青男の目は、開拓者達と同じ志体を持つ者とは思えぬほどに血走り、怒りを露にしていた。
 赤く染まりかけているその目には怒りだけではなく、目の前に立つ者達への恐れや慄きも入り混じっているようだった。
「それだけの力を持ちながら悪事を働くとは、なんとも情けない」
 刺青男が再度大剣を振り下ろすより先に動いたのは、鬼島でも雲母坂でもなく、二人の後方にて天儀人形を携えて構える煙巻だった。
 式より放たれた火輪が刺青男に素早く迫り、それを真っ向から受けた刺青男は体を襲う炎の熱に表情を歪め、攻撃の手を止めた。
 その隙を見逃さず、鬼島と雲母坂は先程の地断撃によって捲れ上がった地面の左右から刺青男の方へ向かって駆け出した。
 二人は一気に距離を詰め、刺青男が接近した二人に気づく頃には、もうすでに刺青男は二人の射程内に捕らえられていた。
 左右から挟みこむように叩き込まれたの鋭い太刀筋をまともに受け、刺青男が身に纏っていた無骨な鎧は砕け散り、鮮血を滲ませながらその場に崩れ落ちた。
 相当に分厚い皮膚の持ち主だったようで、傷は印象ほど深くはないようだったが、もはや動ける様子でもない。
「ふん、この程度か。口ほどにも無い」
 地に顔を着けたまま苦々しく表情を歪ませている刺青男を見下ろしてそう言い捨てると、鬼島は残りの相手を探して辺りに視線を走らせた。
 岩によって視界を阻まれるこの場はそこらかしこに身を隠す場所がある。まだ見ぬ敵がどこかに潜んでいるはずである。
「見つけたぞ」
 そして、誰の耳にも届かないようなからすの小さな呟きと共に放たれた影撃による変則軌道の矢に追われながら、岩陰に隠れて反撃の機会を伺っていた男は転げ回るようにして鬼島らの目の前に姿を現した。
「鬱陶しい小娘め!」
 残る対戦相手の内の一人を誘き出す事には成功したが、高所から索敵を行っていたからすの存在に気づかない敵でもない。
 別な岩場に隠れていた長髪の男が自らからすの視界内に姿を現し、懐から符を取り出すと、からすの方へ接近しつつ斬撃符を放った。
 からすはすぐさま岩から飛び降りてこれを回避し、心毒翔を放って迎え撃ったが、長髪の男は岩を上手く利用しながら矢を回避し着々と距離を詰めてくる。
「させませんよっ」
 その行く手を阻むように現れた燕の流し斬りによる一太刀が体を掠め、続け様に放った炎魂縛武で長髪の男が身に着けていた衣服の一部を焦がしながら切り裂くと、燕は防盾術を使いつつ後方に下がった。
 長髪の男はそれをいぶかしみながらも再び符を取り出して攻撃の構えを見せたが、その攻撃が燕とからすを襲うことは無かった。
「ロウザ殿、今だ!」
「んがぁああおぉう!」
 からすがそう叫ぶや否や、男の真横に構えていた岩を、雄たけびと共に薙ぎ払いながら現れたロウザの気迫に、長髪の男は言葉も無く立ち尽くすことしか出来なかった。
 岩を砕いた鉄爪の勢いをそのままに放たれた強烈な回転斬りを受け、長髪の男は手にしていた符を紙吹雪のように撒き散らしながら軽々と宙を舞った。
 長髪の男が地に落ちるのと、鬼島らの前に姿を晒した男が岩に叩きつけられて気を失うのとは、ほぼ同時だった。
「くそ‥‥こっちにだって志体持ちはいるってのに、なんでだよチクショウ!」
「ヒャッハーなんて言ってるからでおじゃるよ」
 一連の様子を最後まで物陰から見守っていた最後の一人は、背後に接近していた詐欺マンの気配に気付くと、裏術・鉄血針による致命傷に成りかねない一撃を辛うじて跳躍で回避した。
 直撃こそ回避したものの針の一部は男の体に傷を負わせており、男は苦痛に顔を歪ませながらも何とか手近な岩の上に着地した。
「サムライ、陰陽師ときて最後はシノビか、中々充実しているが‥‥」
 男がどうすべきかと思考を巡らせるより早く、煙巻が放った招鬼符によって召還された鬼の式が迫り、振り下ろされた金棒の一撃を再びぎりぎりのところで回避すると、粉々に砕かれた岩を見て戦慄した。
「私達には届かなかったようですね!」
 煙巻の言葉に続けてそう言い放ちながら、男の懐に飛び込んだ趙は百虎箭疾歩を叩き込み、破軍によって威力を上昇させた百虎箭疾歩を再度追い討ちをかけるように打ちつけた。
 派手に吹き飛んだ男は大きな岩にぐるりと囲まれた円形の砂地に落下し、手足を小刻みに痙攣させながら天を仰いだ。
 しばしの間放心状態だった男は、やがて自分の周囲に集まってきたただならぬ気配を感じ、傾けるだけでも苦しい首を何とか動かして周囲を見回した。
 そこには、自分達を一方的に叩きのめした圧倒的な存在が、もはや立ち上がることも出来ない自分をぐるりと取り囲んで見下ろしている、背筋も凍るような光景が広がっていた。
「ま、負けだ‥‥」
 
●勝利と平和と
 それまで静かに試合運びを見守っていた観客達は一斉に立ち上がり、歓声を上げ、割れんばかりの拍手が客席から流れ込んでくる。
 会場中に響き渡る祝福の嵐を全身で受け止めながら、開拓者達は観客達に手を振り返し、勝利の美酒を味わった。
 そんな中、鬼島はふと観客の中でも一際大はしゃぎしている実枝の方へ体を向けると、おもむろに頭を下げて礼をした。
 その姿を僅かに視界の端で捉えた対戦相手の男は訝しげに目を細めた。
「なんだ、巨勢王の御息女を知らんのか」
 男を見下ろしながら小声で呟く鬼島の目は悪戯に笑っていたが、満身創痍の男にはそれが嘘であるという見極めも出来ず、苦しんでいた表情を青く染め上げると、どこにそんな力が残っていたのかという勢いで跳ね起き、あちこちで倒れている仲間を叩き起こし始めた。
「あ、待つでおじゃる〜」
 詐欺マンの悪戯によって身包みを剥がれて火遁で炙られていた男の後ろ姿が会場に笑いを残しつつ、男達は皆そそくさと会場を後にした。
 彼らの後姿は、もはや屋台を荒らし回っていた小悪党のものとは思えないほど縮こまっていた。
 その後、神楽の都に自分達の実力を勘違いした悪党の姿は現れることなく、平穏の戻った屋台を、すっかり爽快な気分の実枝を仲間に加えながら、開拓者達は勝利を祝して屋台巡りに興じた。
 勝利の後の食事は格別で、それほど興味のなさそうだった鬼島や詐欺マンもきっと内心では楽しんでいるのだと、実枝は勝手に思い込みながら、面子の中でも一際大食いのロウザと共に、甘味に夢中な燕や趙、勢い余って食べ過ぎてしまった煙巻、自分のペースを崩さないからすと雲母坂を余所に次々と屋台を制覇していった。
「ん〜、美味しい!」
「んまーい!」
 あれもこれも食べまくりながら幸せそうに笑顔を浮かべる実枝達は、その後別の意味で屋台の脅威となったのだが、それはまた別の話である。