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■オープニング本文 ●桜の花の舞う中で 「‥‥もう少し、もう少しで‥‥」 明るく華やかな、心潤う風景。 一面が桜色に染まった景色を脳裏に想像しながら、流実枝(ナガレミエ)は鋭い傾斜の坂道を、息を切らせながら歩んでいた。 彼女はかれこれ一時間余り、この過酷な坂道を登り続けている。もはや自分の足が前に進んでいるのかどうかすらはっきりしない。 様々な状況に対応出来るように取り揃えられた大量の旅道具を、彼女はこれほど憎らしく思ったことは無かった。 彼女が何故そうまでしてこの坂道の頂上を目指しているのか。その理由は、至極単純なものだった。 この坂の頂上にあるという桜の木々。 そこで開催されるという大花見大会に参加する事が、彼女が死に物狂いで坂道を登っている理由である。 武天のとある小高い山の一角で、毎年桜が満開になるこの時期に開催されているという名物的催しだという。 美しく咲き誇る桜を一目見ようと、頬を伝う汗を拭う事も忘れ、ただひたすらに、未だ終わりの見えない傾斜の向こうへと、一歩、また一歩と足を進める。 「あ‥‥見えてきた!」 そしてついに、虚ろになり始めていた実枝の目に、一筋の希望の光が飛び込んできた。 終わりの見えなかった坂の頂上がようやく視界の先に顔を覗かせ、実枝は強張っていた顔に微かな笑みを浮かべて力を振り絞った。 もう少しでこの辛い道のりを終え、美しく咲き誇る桜の花を目にすることが出来る。 苦痛は希望と興奮に変わり始め、限界が近かった足はここに来て前に進む速度を上げた。 「つ、着いたぁ〜‥‥」 最後の一歩を力強く踏み出し、実枝はついに、長い長い坂の頂上へと辿り着いた。 目の前には一面桜の花が咲き誇り、そのあまりの美しさに、実枝はどこか別の世界に迷い込んだかのような錯覚を感じていた。 涙すら流しそうな程の感動に打ちひしがれている実枝の周囲では、花見の用意をしている人々の姿がある。 楽しげな人々の様子を見回す実枝の表情も、自然と笑顔になっていた。 「‥‥あれ?」 そんな実枝の視界の端に、この場に相応しくない異質な存在が映りこんだ。 一瞬の事ではあったが、実枝の大きな瞳はその存在を逃すことなく捉え、そしてはっきりと認識していた。 それはアヤカシ、小鬼の姿だった。 木々の隙間から何かを探るように辺りを見回し、実枝以外の誰にも気付かれぬうちにどこかへといなくなってしまった。 「うそ‥‥まさか‥‥」 周囲の人々に言うに言えず、実枝はしばらくその場で地団駄を踏むと、覚悟を決めた顔で踵を返し、必死に登ってきた坂道を物凄い勢いで下り始めた。 一刻も早くこの事を開拓者ギルドに伝え、花見を楽しみにしている人々を不安にさせぬよう、秘密裏に解決してもらおうという一心だった。 「アヤカシも花見するなんて‥‥かわいそうな気もするけど、しょうがないよね」 そんな言葉を小さく呟きながら、息を切らせて坂を駆け下りる実枝。 依頼を受けた開拓者達が現場に向かうまで、花見会場と麓の町の間を行き来する小型飛空船がある事を、彼女が知ることは無かった。 |
■参加者一覧
月夜魅(ia0030)
20歳・女・陰
那木 照日(ia0623)
16歳・男・サ
空音(ia3513)
18歳・女・巫
朱点童子(ia6471)
18歳・男・シ
谷 松之助(ia7271)
10歳・男・志
浅井 灰音(ia7439)
20歳・女・志
春金(ia8595)
18歳・女・陰
燕 一華(ib0718)
16歳・男・志 |
■リプレイ本文 ●桜の下に集いし 飛空船から降り立った開拓者達は、そこに広がる一面の桜に思わず面食らった。 右を向いても左を向いても、桜の美しい彩が目に映る。非現実的なまでに美しい光景だった。 その存在感に圧倒され思わず桜に見入ってしまっていた一行だったが、やがてハッと我に返ると、急いでそれぞれの配置へと向かっていった。 事前に取り決められた作戦により、開拓者達は三つの班に別れている。 花見会場周辺を見回る護衛班、アヤカシが潜んでいると思われる森に入りアヤカシを探し出す捜索班、別働隊としてアヤカシの捜索及びアヤカシ本隊への接敵を担当する追跡班の三つだ。 会場には既に大勢の花見客が訪れており、皆それぞれに盛り上がっている様子だ。 捜索班、追跡班の開拓者達はそんな花見客に不審がられぬよう平然と会場を通り抜けて行き、護衛班の面々もそれとなく会場の外周へと散って行った。 「誰も見てないのぉ‥‥今のうちじゃ」 花見会場の外周を歩きながら、護衛班の春金(ia8595)は人の目が向いていない事を確認すると、立ち止まって足元に地縛霊を仕掛けた。 同じ護衛班で陰陽師の月夜魅(ia0030)と共に、それぞれ花見会場周辺に地縛霊の設置を行う手はずとなっている。 万が一アヤカシが会場に接近してきた際の保険的な役割を持つ大事な作業だったが、月夜魅は設置作業中何度も舞い散る桜の花びらに気を取られてしまっていた。 「わぁ‥‥綺麗な桜‥‥じゃなくて、集中っ!」 そんな独り言を繰り返しつつ、月夜魅も春金も、着々と罠の準備を整えていった。 「皆さん楽しんでいる様子‥‥壊させるわけにはいかないですね」 花見客の笑顔とアヤカシが潜んでいる森に交互に視線を走らせながら、護衛班最後の一人、那木照日(ia0623)は小さく呟いた。 散り散りに行動している開拓者達だが、皆根幹にある気持ちは同じ。 満開の桜の下に集った人々の笑顔を守るため、開拓者達は静かに動き出す‥‥。 ●見えざる者を 花見会場の賑わいが微かに耳に届く森の中。 ひっそりと森に侵入した捜索班、追跡班の面々は、鬱蒼と茂る木々に囲まれながら、アヤカシの捜索に集中していた。 「‥‥そう簡単に見つかってはくれないですね」 瘴索結界で周囲の様子を探っていた空音(ia3513)は、なかなか捕まらない反応に少しだけやきもきした様子だった。 「わざわざ偵察を寄越しているくらいなのだから、敵も慎重なんでしょう」 無防備な空音の傍らに立ち、守るように構えている浅井灰音(ia7439)は、そんな空音の呟きに、同じように小さな声で返した。 刀こそ抜いていないものの、彼女の目は鋭く周囲を見据えており、いつでもアヤカシの気配を捕らえられるようだ。 「依頼人の証言に間違いがなければ、小鬼は確かにここを通っていったはず。念入りに探りながら辿っていけば、いずれは‥‥」 空音から少し離れた場所で心眼を使って探索をしている谷松之助(ia7271)の言葉は、離れたところで意識を集中している空音に届かなかったが、二人の意志は語らずとも同じであった。 静かに意識を集中し、感覚を研ぎ澄まして周囲を見、聞く。 こうして静かにしていると、花見会場の賑やかな笑い声がよりはっきりと聞こえてくる。 やがて、その楽しげな笑い声に混じって、何者かが蠢き草木が揺れる音を、二人はほぼ同時に感じ取った。 空音は瞬時に瘴索結界を発動し、物音のした方向を探った。 「‥‥いました、アヤカシです。数は‥‥十五、会場の方へ向かっているみたいです」 近寄ってきた仲間達に小声で伝えると、空音はしまってあった弓を取り出して左手に、右手にはギルドから貸し出された呼子笛をそれぞれ持ち、仲間達へ視線を向けた。 「ひとまず全員で仕掛けて、逃げるようなら追跡班で追おう」 鴉天狗の面の奥から提案する朱点童子(ia6471)に、皆は無言で頷き、それぞれの武器を手にして戦闘態勢をとった。 「いきましょうっ!」 燕一華(ib0718)の言葉をきっかけに、捜索班、追跡班の面々は一斉に移動を開始し、空音が気配を捕らえたアヤカシ達の方へ向かった。 そこはさほど広くもない獣道で、開拓者達は獣道の脇に生い茂る草むらから、真っ直ぐに道を進んでくるアヤカシ達の目の前に飛び出した。 「小鬼か、恐るるに足らず!」 空音が会場の護衛班に向けて発した合流不要の呼子笛を開戦の合図とし、まず先手をとったのは松之助だった。 刀を抜き、一番手前で驚きおののいている小鬼に真っ向から鋭い一撃を浴びせ、防ぐことも避けることも出来なかった小鬼はあっけなく切り捨てられた。 倒れた小鬼の背後から反撃をしようと身を乗り出してきた小鬼の攻撃は受け流しで防ぎ、フェイントで生まれた隙を逃さず、小柄な体を素早く動かして真一文字に胴を切り裂いた。 「こっちにもいますよっ!」 正面の松之助らに気を取られていた小鬼達は、真横から突然飛び出してきた燕の接近を防ぐことが出来なかった。 懐に飛び込まれた小鬼は居合の一撃をまともに受け、断末魔も上げることなく散っていった。 「やるな二人とも。俺も遅れてられねぇな!」 松之助の後方から素早く小鬼達に近づいていった朱天童子は、迎え打たんと刀剣を振り上げた小鬼の攻撃をひらりと回避し、短刀天邪鬼で小鬼の首を横薙に切り裂き、すぐの次の獲物へと視線を移していった。 流れるように戦闘は進み、小鬼達は次々と数を減らし、やがて一番後ろにいた小鬼が一匹、一目散に逃げ出していった。 「一匹逃げた! 私達は後を追うから、こっちは任せたよ!」 群がって来た小鬼を薙払いながら、浅井は遠くなっていく小鬼の背を見逃さずに仲間達へ声をかけた。 追跡班の朱天童子と燕はすぐに目の前の小鬼達の相手をやめ、浅井と共に逃げ出した小鬼の追跡に移った。 残った小鬼の数は僅かで、捜索班の松之助と空音だけでも対処するには事欠かない戦力だ。 「ここは通しませんよ!」 それまで後衛として援護を行っていた空音も一歩前に出て、松之助の死角に接近する小鬼を力の歪みで吹き飛ばしながら気合いの一言を発した。 たった二人。それも比較的小柄な男女を前にして、残った小鬼達はこれっぽっちの勝機も感じられないまま、弱々しい雄叫びを上げて突進していった。 その儚い雄叫びが断末魔に変わるまで、然したる時間はかからなかった。 ●目的は‥‥ 後を追う者達の存在に気づいているのかいないのか、逃げ出した小鬼はわき目もふらずに獣道を遡り続けた。 ただ開拓者達から逃げているだけなのか、それともこの先に小鬼達を指揮している何者かが存在するのか。それはまだ分からないが、ともかく追跡班の面々は、すばしっこく逃げ続ける小鬼を見逃さぬよう意識を集中して追い続けた。 「‥‥この先に何か居ますっ! 多分お仲間じゃないでしょうかっ!」 心眼で進行方向の先を探っていた燕の報告を聞き、朱天童子と浅井はにやりと口元を緩ませた。 「ばっちりだったね。これで敵の親玉も叩ければ‥‥」 「花見会場は安寧か‥‥へへ、ざっくりいくぜ」 三人は再び武器を構え、近づく新たな敵への戦闘態勢を整えた。 やがて、小鬼の進む先に木々の少ない開けた場所が見え、小鬼がそこに飛び込んでいくのを見計らって、三人は走る速度を上げた。 小鬼とほぼ変わらぬタイミングで開けた場所に出た三人が目にしたのは、草むらにどっかりと腰を下ろし、武器やら鎧やらの手入れをしている三匹の豚鬼と、それを取り囲んでいる数匹の武装した小鬼だった。 「見つけたぞ! ご苦労さん!」 明らかに頭領然として構えている豚鬼を確認すると、朱天童子はそれまで追っていた小鬼の首を天邪鬼による霊青打の一撃で真一文字に切り裂いてはね、瘴気に変わり始めた小鬼の首を掴むと豚鬼に向けて放り投げた。 突然のことに驚き、放り投げられた小鬼の首を目で追う豚鬼に向けて朱天童子が続けざまに放った斬撃符の一撃は、隙だらけだった豚鬼の体に容赦なく叩き込まれた。 「さぁさぁ邪魔邪魔!」 豚鬼を守るように配置されていた小鬼達はすぐさま応戦の構えに入ったが今一歩流れを掴むには遅く、浅井の刀に次々と切り捨てられ、三人が接近するにはちょうどいい突破口を容易に与えてしまった。 「いきますよ〜! お花見の邪魔はさせませんっ!」 浅井が作った突破口にすかさず駆け込み、燕は豚鬼の一匹に接近すると、豚鬼が繰り出した斧の一撃を回避しながら懐に飛び込み、流し斬りの一撃をくらわせた。 抜き胴の要領で胴を斬り裂かれた豚鬼は耳障りな叫び声を上げ、怒りを露わにして反撃しようと燕の動きを追ったが、続けて接近していた浅井の流し斬りに反応するのが遅く、再び鋭い斬撃を受けた豚鬼はそのまま地に伏した。 「その首、もらう!」 一方の朱天童子も、先ほど斬撃符をくらわせた豚鬼にもう一撃、近距離からの斬撃符を放ち、追い打ちをかけるように天邪鬼による攻撃を首に叩き込み、確実にしとめていた。 悲鳴と共に瘴気へと姿を変えていく豚鬼の姿を面越しに確認した朱天童子は、続けて残りの豚鬼に視線を移し、連携攻撃で豚鬼を倒した燕と浅井の戦線に素早く移動して加わった。 そうして最後の一匹も三人の連携のもと成す術もなく打ち倒され、しばらくの後、騒々しかった森の中には再び静寂が訪れた。 大分森の奥までやっ来たのか、ここからでは花見会場の人々の声は聞こえない。 「これでひとまず安心です、戻りましょう」 浅井の言葉に頷いて答えると、朱天童子は鴉天狗の面を取り、燕はぐっと背伸びをして戦いの余韻を感じつつ、花見会場へ向けて歩き始めた。 豚鬼達が倒された後、その場にあるはずのない桜の木の枝がぽつりと転がっていることには、結局誰も気づかず終いだった。 ●戦い終わって 花見会場は終始穏やかな空気が流れ、作戦開始から今まで特にトラブルやアクシデントも無く、至って平和に時間が流れていた。 森の奥から聞こえてきた呼子笛の合図を聞いた護衛班の面々は、ひとまず自分達が出向かなければいけない程の自体では無いと知って胸を撫で下ろしていた。 「皆さん、大丈夫でしょうか‥‥?」 会場周辺を見回っていた春金の下にふらりとやって来た依頼人の実枝は、不安を隠せない様子で尋ねた。 「なぁに、心配ないんじゃよ。皆元気に帰ってくるはずじゃ」 「そうですよ、お花見の平和は守られます!」 満面の笑みを浮かべて元気付けるように言う春金に続けて、見回りをしていたはずの月夜魅が同じく笑顔を浮かべて言った。 ぐるぐると会場の外周を見回っていたら偶然にも二人を見つけたそうだ。 「皆さんお強いですから‥‥大丈夫です‥‥きっと。あ、あぁきっとじゃなくて、え〜と‥‥絶対、絶対です‥‥! あ、あわわ‥‥」 月夜魅と反対の方向からやって来た那木も、仲間達の無事の帰還を信じているという意思を、たどたどしいながらも実枝に伝えた。 人見知りの那木だったが、依頼人を元気付けようという優しさ故の行動なのだろう。 「そうじゃそうじゃ‥‥ほら、噂をすれば」 そして、春金が指を指す方へ実枝が視線を向けると、そこには五人全員何の変わりも無い様子で仕事を終え戻って来た、追跡班と捜索班の面々の姿があった。 実枝はようやく表情に明るさを戻すと、五人に駆け寄っていき、皆の手を順番に取って堅く握り、『お疲れ様でした』『ありがとうございました』等と礼を言いながら何度も頭を下げた。 その後、一行は花見会場の一角に腰を下ろし、一般のお客に混じって花見に興じることとなった。 開拓者達はなんとも準備がよく、春金や空音はお弁当を、月夜魅や朱点童子はお団子やお茶なども持参しており、まるで始めから花見をしに来たかのような万全の態勢だった。 実枝も輪に加わり、総勢九名と中々の大所帯になりながら、一行は先ほどまでの緊迫した空気など吹き飛ばす勢いで笑い、他愛も無い話題で盛り上がりながら、辺りを覆う美しい桜の花を眺め、花見を存分に楽しんだ。 「さぁさぁ腕によりをかけて作ったお弁当じゃ、遠慮せず食べるのじゃ」 満面の笑みで持ち寄った弁当を皆の前に差し出す春金だったが、そこにあるのは何とも形容しがたい珍妙な何かの数々だった。 月夜魅と実枝が先手をして春金弁当に手を出したが、口に含んだ次の瞬間、那木と浅井に介抱される二人の姿がそこにはあった。 「雑技衆【燕】が一の華の演舞、皆さんの心に桜が如く咲く一つの華になると嬉しいですっ」 弁当を食べ終わった後もお花見の席は続き、長巻を用いて披露された燕の演舞には、開拓者達のみならず、他の花見客達もいつの間にやら見入っており、演舞の終わりには会場中から拍手が送られた。 「はぁ‥‥本当に、平和でよかったです」 小鬼を目にした時にはどうなるかと思った実枝だったが、こうして開拓者達と一緒に花見を楽しむ事が出来たことに、心から幸せを感じていた。 開拓者達のつかの間の休息は夜遅くまで続き、すっかり夜も更けた頃になってようやく開拓者達と実枝は桜の下を離れ、一行を乗せたその日最後の飛空船は、月明かりに照らされて輝く夜桜に見送られながら、ゆっくりと麓へ降りていった。 |