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■オープニング本文 ●落し物 困った。 誰が見てもそう読み取れる表情で、彼女は一人、とある町の通りに立ち尽くしていた。 足元には手荷物が無造作に散乱しており、それだけ見たら、一体彼女の身に何が起こったのだろうかと皆が思うだろう。 荷物の多さから、遠方からの旅人であるということはどことなく予想が出来る。 「やっちゃった‥‥どうしよう‥‥」 空を仰ぎながら掻き消えそうな声で呟く彼女に起こった出来事。それは至極単純で、故に誰にでも起こりうる出来事でもあった。 「どこにもないよぉ‥‥」 彼女を困惑させている原因。それは落し物。 それも、彼女にとってとても大事な物が、彼女の目の届かぬ何処かへと消えてしまったのだ。 足元に散乱している荷物は、それを探している内に散らかってしまった物だ。 「どうしよう‥‥あれがなきゃ、私‥‥うわあああああん!」 そう言うや否や、彼女は地面に埋もれていくのではないかという勢いで膝を折って崩れ落ち、両手で顔を覆いながら人目も憚らずに泣き出した。 彼女に奇異の視線を向けていた通行人達は、流石に放っておくのは拙いと思ったのか、少しずつ少しずつ、通りの中央で泣き崩れている彼女の方へ近寄っていった。 「あ、あの‥‥大丈夫ですか?」 やがて、彼女の傍らに辿り着いた青年が様子を伺いながらそっと声をかけると、彼女は勢いよく顔を上げ、鋭ささえ感じさせる速さで青年の顔へ視線を向けた。 青年は驚きたじろいだが、なんとかその場に留まって彼女の言葉を待った。 「大丈夫じゃ‥‥ないです‥‥そう、無いんです‥‥! 私の‥‥大事な‥‥」 次々溢れてくる涙を拭いながら、嗚咽を漏らしつつなんとか言葉を紡ぎ出す彼女の次なる言葉を、青年と、それを遠巻きに見守っている通行人達は固唾を呑んで見守っている。 すっかり静まり返ってしまった通りに、彼女のすすり泣く声だけが響き、そして‥‥ 「もふらさま手拭が無いんです!!」 爽やかな一陣の風が、彼女の言葉に凍りつく通りを吹き抜けていった。 誰も、彼女に対して言葉を返すことをしなかった。 「可愛いんですよ! すっごく可愛いんですよ! これくらいの大きさで、全面にもふらさまの刺繍が入っていて、薄っすらと桃色で‥‥私、あれを枕元に置いておかないと安眠できないんですよ〜!」 一方的に語り始める彼女の表情は、いつしか泣き顔ではなくなり、嬉々として語る彼女の周囲には、何故か星の輝きが瞬いているようにすら見える。 「は、ははは‥‥そうですか、手拭、ですか‥‥もふらさまの」 何とか言葉を返そうとする青年の口からは、乾いた笑いと事実の確認しか出てこなかった。 そして、彼女は一頻りもふらさま手拭の魅力を語り尽くすと、再び思い出したかのように泣き出し、青年や周囲の人々は慌てて彼女を慰め、近くの茶屋に連れて行くと、手拭を落とした場所に心当たりは無いのかなどを聞く事にした。 「それが‥‥」 青年が注文してくれたお茶を啜り、ようやく落ち着きを取り戻した彼女が口にした、手拭を落としたと思われる場所。 その場所に、青年も周囲の人々も皆、今日一番の驚きを見せた。 この町に住む者ならば知らないはずは無い。それだけこの町の人々にとっては意識しなければいけない場所なのだ。 「そこ‥‥アヤカシが出るって有名な場所だぜ」 周囲に居た誰かが言うと、青年も含む全員が神妙な顔つきで頷いた。 それを聞いた彼女は、どうやらその事をまったく知らなかったようで、驚きのあまり本日三度目の大泣きを始めた。 彼女がよく無事で町まで辿り着けたものだと、人々は泣きじゃくる彼女を見守りながら、感心したような呆れたような、何とも言えない不思議な気分に囚われていた。 爽やかな風がまた一陣、通りを颯爽と吹き抜けていった。 |
■参加者一覧
胡蝶(ia1199)
19歳・女・陰
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
琴月・志乃(ia3253)
29歳・男・サ
倉城 紬(ia5229)
20歳・女・巫
スワンレイク(ia5416)
24歳・女・弓
太刀花(ia6079)
25歳・男・サ
趙 彩虹(ia8292)
21歳・女・泰
オーウェイン(ib0265)
38歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ●兎にも角にも手掛かりを 依頼人の女性と茶屋で顔を合わせた開拓者一行は、問題の手拭に話が及んだ途端に、決壊した川の如く大泣きを始めた女性を見て一様に驚いた。 事前に聞いてはいたものの、まさか茶屋が崩壊するのではないかという程の声量で泣き叫ぶとは思いも寄らなかったからだ。 「ああもういい加減にしなさいよ! 泣いてても解決しないわよ!」 両手で耳を塞ぎながら、机を挟んで女性の正面に腰掛けていた胡蝶(ia1199)は、思わず身を乗り出して叫ぶように言った。 胡蝶は茶屋で偶然彼女に出会ってから、ずっとこのような調子で付き合い続けていたのだ。その表情は、イライラと同時に疲れすらも滲み出ている。 女性は溢れ出る涙を堪え、すすり泣きながらも何とか開拓者達からの質問に答え始めた。 どういった経路を辿って来たのか。道中で荷物を開けた場所は無いかなど、決して狭くは無い捜索範囲内で探し物を見つけるための手がかりを得るため、開拓者達は女性を落ち着かせながら、細かな質問を続けていった。 「ふむ、なるほど‥‥凡その捜索範囲と、重点的に捜索すべき場所は絞り込めそうであるな。後は根気よく探すだけだけであろう」 ギルド支給の地図に得た情報を書き込みながら、オーウェイン(ib0265)は一人頷きながら呟くように言った。 ひとまずはこれで捜索が可能となったが、それでもまだ女性は不安と悲しみが消えないようだった。 「まぁまぁ、森での探し物は俺らに任せて、セニョリータはもう一辺お荷物検査して待っててくれYo!」 持ち前の陽気さで身を乗り出しながら言う喪越(ia1670)に、女性は少しばかり驚きながら顔を上げた。 それに続くようにして女性の目の前にずいっと歩み出たスワンレイク(ia5416)は、女性の両手を取り、瞳に炎を宿しながら語り始めた。 「もふらさま手拭‥‥何と甘美な響でしょう‥‥そんな素敵過ぎるものを失くしてしまって、さぞお辛いでしょう。ですがわたくし達に任せて頂ければ大丈夫ですわ!」 立て続けに迫ってきた二人の気迫に押されながらも、女性は小さな声ではい、と返事をすると、ようやくすすり泣くのもやめ、落ち着き始めた。 「さてここに『とらのぬいぐるみ』と『もふらのぬいぐるみ』があります。お好きな方をお選び下さい、待っている時も少しは和むでしょう」 畳み掛けるように女性に声を掛けたのは趙彩虹(ia8292)で、両手にそれぞれ別のぬいぐるみを持って、どちらか一方を選ぶように問いかけると、女性は迷うことなく脇目も振らずにもふらのぬいぐるみを手に取った。 「あ、やっぱりもふらさま‥‥とらさんじゃダメなんですね‥‥」 がっくりと項垂れる趙と対照的に元気になっていく女性を見て、少しだけ安心した開拓者一行は、女性を茶屋に残し、捜索へ向かうべく腰を上げた。 「では、俺達は捜索に向かいます。喪越さんも言っていらっしゃいましたが‥‥」 「落し物は必ずお渡ししますので、荷物の整理をしながら待っていてください」 太刀花(ia6079)と倉城紬(ia5229)に言われるや否や、女性はすぐに荷物を広げ始め、店中にありとあらゆるものを撒き散らしながら再度荷物を漁り始めた。 他のお客や店主達の迷惑がる声を背に受けながら、開拓者達は茶屋を後にし、手拭が待つ森の中へと向かって行った。 ●高いとこから低いとこまで 森に入った開拓者達は方々に散らばらず、なるだけ一箇所に固まって行動しながら、女性から得た情報に基づく場所を探し回った。 草木の根元、木々の枝、岩場の陰など、ありとあらゆる場所に目を光らせなければならない。捜索対象が小さなものであるが故に、中々に根気のいる作業である。 「こりゃあ面倒やなぁ。日暮れまでになんとかなりゃあええんやけど」 背の低い雑草を掻き分けながら言う琴月・志乃(ia3253)の言葉は、こういった局面に当たれば誰しも思う事である。 捜索範囲の広さと捜索対象の見つけ辛さ‥‥運に頼らなければいけない部分も大きいだろう。 しかし、それを自らの力で解決するのが、開拓者が人々に頼られる理由とも言える。 「彼女が最後に休んだ場所がここね。人魂を飛ばすわ」 地図に示してきた、依頼人が最後に腰を休め荷を解いたという場所に到達すると、胡蝶は雀型の人魂を飛ばし、その周辺の木々の枝などを入念に調べ始めた。 「う〜ん、見当たりませんね」 趙も高所を注意して探していたが、この場の木々にはそれらしい物は見当たらなかった。 周囲には腰を落ち着けられそうな岩場もあり、女性はそこで荷を解いていたのだという。太刀花はその周辺を丹念に探したが、やはりここにも手拭は無かった。 「仕方ありません、先へ進みましょう」 残念そうに肩を落とす面々に、倉城は背を押すように言葉をかけ、一行は再び森の奥へと足を進めていった。 しばらくの間はそのような捜索活動の繰り返しで、一行は女性が辿って来た道をどんどん遡って行った。 「ふぅん、かなり深いところまで来たなぁ。そろそろアヤカシ出るかもねぇ〜」 最後尾を行く喪越は、他の面々が探し零した可能性のある場所を再度確認しつつ、周囲をぐるりと見回しながら呟いた。 まだアヤカシの気配は無いが、生い茂る木の枝は徐々に濃くなっており、日の光は段々と遮られ、辺りは薄暗くなり始めている。 元々近隣住民の間でアヤカシが出現すると噂の森なのだから、いずれは遭遇するであろうと皆が思っていたが、出来る事ならば戦闘は避けたいところである。 しかし、アヤカシの住み着く森に自ら足を踏み込んだからには、そう思い通りにはいかない。 「‥‥皆さん、何か聞こえませんか?」 ふと何かが近づく音を聞いて立ち止まったスワンレイク。 彼女の言葉を聞いた開拓者達も続いて立ち止まり、周囲を囲む木々の更に奥の方へと耳を澄ませた。 「四方から近づいているようだ。円陣を組むとよかろう」 あちらこちらから近づいてくる物音を聞いたオーウェインに促され、開拓者達は互いに背を合わせるようにして円陣を組んで待機した。 やがて、じっと身構える開拓者達の目の前に、無数の怪狼が飛び出してきた。 「オオカミさん達ですわね。先手必勝ですわ!」 耳を劈くような咆哮を上げ、鋭い牙と爪を光らせながら急接近してくる怪狼に向けて、まず最初に攻撃を仕掛けたのはスワンレイクだった。 即射を用いて立て続けに矢を放ち、接近する怪狼の何匹かを射止めて出鼻を挫いた。 先手を取られて勢いを弱めた怪狼に追い討ちを掛けるように、続いて琴月が槍を構えて敵陣に突進していった。 「おらぁ! こちとら用事があって来てるんや! 邪魔せんと大人しくしとれ!」 咆哮を上げて怪狼を引き付け、構えた槍を鋭く突き出して一番近い怪狼を貫くと、そのまま槍を横薙ぎし、琴月は素早い動きで次の獲物に向けて攻撃を仕掛けた。 「数は多いですが、力はそれ程でもありません。一気にいきましょう!」 円陣の中心に立ち、倉城は神楽舞「速」による援護を行った。 舞の力で速度を上げた開拓者達の攻撃は、数で圧倒している怪狼の群を次々に蹴散らしていった。 「どこかに群のリーダーが居るはずです。探し出して優先的に撃破しましょう」 手にした大斧を振り、次々に襲い来る怪狼を薙ぎ払いながら、太刀花はこの無益な時間をより早く終わらせるための作戦を提示した。 今回の依頼の目的はアヤカシ退治ではない。であれば、少しでも早くこの怪狼達をやり過ごす事が先決だが、怪狼は一向に数が減る様子の無い。 しかしながら、この群を指揮しているであろうリーダーを倒せば群の足並みが崩れ、より早く方をつけることが出来るだろうという太刀花の見立てに、前に出て戦っていた琴月とオーウェインは無言ながら同意し、頷いた。 「快調ね。この分ならすぐに‥‥」 仲間たちの戦いぶりを見回していた胡蝶は自分の背後に迫る新たな気配に感き、急いで振り返って迫り来る何者かへ向けて身構えた。 胡蝶の目の前に聳える木々の間から勢いよく飛び出してきたのは、怪狼と合わせて出現が予想されていた化猪だった。 「ああもう面倒臭いわね!」 終わりが見えそうなところでの出現にやや腹を立たせながら、胡蝶は自身に向けて突進してくる化猪へ向けて神経蟲の式を放った。 斑模様の蝶の姿をした式が、一直線に突っ込んでくる化猪の体に毒鱗粉を撒きかけ、神経を侵された化猪は胡蝶の目の前で足を縺れさせた。 そこへ畳み掛けるように趙の鋭い蹴りが叩き込まれ、巨体を地に滑らせながら、化猪はただの瘴気へと姿を変えた。 「ちゃっちゃと倒しちゃうしかないですね。いきますよ!」 自身に気合を入れるように拳を握り直すと、趙は背後から飛び掛ってきた怪狼を背拳で素早く捕らえ、鋭い拳の一撃を叩き込んだ。 そんな仲間達の姿を見て、今まで戦闘を避けていた喪越もようやく戦闘の態勢をとった。 「しゃ〜ない、あんま気乗りしないがやるっきゃないかぁ」 喪越は森の奥から新たに現れた化猪の足元に向けて霊魂砲を放ち、足元をすくわれた化猪は地を揺らす勢いで転倒すると、けたたましい鳴き声を上げた。 怪狼と化猪の鼓膜を裂くような鳴き声は、その後しばらくの間、薄暗い森の中に響き続けた。 ●熱い視線の先に アヤカシ達のほとんどを倒し、何割かの生き残りが森の奥に姿を消すのを確認すると、開拓者達はようやく本来の仕事を再開した。 目的が目的故に、何をしに此処までやって来たのかという理由を忘れそうですらあったが、異常なまでに張り切っているスワンレイクの声掛けもあってか、一行は気を緩めることなくすぐに手拭探しへと頭を切り替えていた。 「うぅむ、流石に骨が折れる作業ではあるな。アヤカシが出るという事もあるが、それ以上にこの作業は並の人間には辛いであろう」 長身を活かして辺りを見回しながら、オーウェインは何か納得したように頷きながら呟いた。 腰を屈めて草木の根元を探っていた倉城は、それに頷いて答えながらゆっくりと立ち上がり、まだまだ先の長い森の奥へと目線を向けた。 「私達でも、こんな作業ずっと続けていたら疲れてしまいますよ。思っていた以上に大変かもしれませんね」 女性から聞き出したルートから外れてはいないし、捜索の要となる箇所もしっかりと押さえている。 それでも尚見つからない事を考えると、やはり風などの影響でどこかへ飛ばされてしまった可能性が高いだろう。 もしそうであるならば、捜索範囲は余計に広くなり、探すのもより困難になるという負の連鎖が続いていくことになる。 「ふい〜、こいつは中々どうしてヘビーだねぇ。これで荷物の中に隠れてました! なぁんてオチだったら本気で泣くよ?」 喪越は嫌なループを頭の中で巡らせ、がっくりと肩を落としながら、隣に立っていた太刀花に視線を向けた。 「嘆いても仕方ありません。頑張りましょう」 そう返しながら眼鏡を押し上げる太刀花の目はまだ力強さを保っていたが、それを見た喪越は何故だか更に肩の力を落とし、『とほほ』と小声で漏らしながら再度一行の最後尾へ戻り、見落としが無いか目を走らせた。 「‥‥あ、あれは!」 そんな中、スワンレイクが突然上げた声に、一行は驚いて彼女の方へ視線を移した。 スワンレイクは遠くの方を鷹の目でじっと見つめ、半開きの両手を小刻みに震わせている。 「まさか‥‥」 何かに気がついた胡蝶はスワンレイクがじっと見つめている方向へ人魂を飛ばし、彼女を引き付けて離さない何かの正体を探った。 人魂の射程範囲ギリギリのところでそれを視界に捉え、予想通りの結果を目にした胡蝶は、後ろで固唾を呑んで見守っている仲間達にゆっくりと告げた。 「有ったわ、手拭」 その言葉を聞いて皆がホッと胸を撫で下ろしている間も、スワンレイクはただ一人、鷹の目の効果が切れた後もずっと、微かに見える愛らしいそれを見つめ続けていた。 ●嵐のような‥‥ 一行が茶屋に戻る頃にはもう日は暮れかかり、辺りは夕焼けで赤く染まっていた。 茶屋の外にまで散らばった女性の荷物は片付けられる事無く放置されており、女性は荷物の中に手拭が見当たらない事に再三泣き散らしていた。 開拓者達が帰って来たのを目にして最初に喜んだのは依頼人の女性ではなく、店の主人であったことは言うまでも無い。 「ただいま帰りましたよ。手拭は無事です」 俯いたまま開拓者達が帰って来たことも気付かない女性の背に向けて、趙がそっと声を掛けると、女性はそれまでの様子とは打って変わって、何かに取り付かれたかのような勢いで振り返った。 「あの、余計だったかもしれませんが、汚れていたので洗っておきました」 倉城がそう言いながら丁寧に畳まれた手拭を差し出すと、女性は声にならない声を上げ、わなわなと震える手でゆっくりと手拭を受け取り、しばらくの間放心状態で見つめていると、またしても突然泣き出した。 「あ、ありがとうございますぅぅぅ! よかったぁぁ!! うわああああ!」 本日何度目かの大泣きに半ば呆れた様子の皆であったが、今回の彼女の涙は今までと理由が違う。 悲しい時も嬉しい時も全力で泣く、ちょっと変わった依頼人が泣き止むまで、開拓者達は何も言わずに待っていた。 やがて女性は少しずつ泣き止んでいき、すすり泣きながら改めて開拓者達の方へ向き直った。 「本当にありがとうございました。これで今晩も安心して眠れます。このご恩は一生忘れません」 女性はそう言って深々と頭を下げ、満面の笑みを浮かべながら顔を上げると、徐に右手の指を鳴らした。 すると、突然茶屋の陰やら道の反対側から大勢の黒子が現れ、散らばった荷物を目にも留まらぬ速さで片付けると、いつの間にやら駆けつけていた馬車に手早く積み込んでいった。 馬車には一面、もふらさまを模した模様や絵が装飾されている。 「お嬢様、準備が整いました」 黒子の一人が女性の前で頭を下げながら言うと、女性は平然とした様子で返した。 「丁度手拭も戻ってきましたし、帰りましょう。一人の散歩も中々良いものですね」 「しかしお嬢様、アヤカシの出る場所へお一人で行かれるのは今後お控え下さい。我々が‥‥」 「貴方達では心もとないから、開拓者さん達に行ってもらったんですよ?」 二人が話している間、開拓者達は何も言わずにただ呆然と目の前の出来事を見守っていた。 そして、開拓者達が気がついたときにはもう女性は馬車に乗り込んでおり、小窓から顔を覗かせて手を振っていた。 「それでは皆さん、ごきげんよう〜」 結局開拓者達が一言も反応を返せない内に、女性を乗せた馬車は颯爽と走り去っていった。 黒子達もいつの間にやら姿を消している。 「な、なんだったんや‥‥」 皆の心を代弁するように漏らした琴月の言葉は、赤く染まった美しい夕焼けに、静かに吸い込まれていった。 |