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■オープニング本文 ●守られるもの 武天のとある小さな村。 周囲を山に囲まれ、豊かな自然を特色とするこの村の中心には、村で一番の華やかさを誇る屋敷がある。 この屋敷の主、小峰周造は村一番の有力者だ。 地方のさして大きくも無い村にありながら、彼の生活には大きな障害も無く、ほどほどに裕福な毎日を送っていたのだが、彼は今一つの問題に直面していた。 彼には咲音という一人娘がいて、商業都市に門を構える商家の御曹司との挙式を間近に控えているのだが、その商業都市に通ずる山道の途中にアヤカシが出没したというのだ。 挙式のため、相手方の住む都市へ一家総出で向かう直前の出来事だった。 村から通じている道は複数あるものの、まともに人が通れるように整備された道は一つしかなく、アヤカシが出没するという道はまさにその道なのだ。 無理をして他の道のりで向かうことも考えられたが、挙式のための様々な用意を携えた状態で無整備の山道を抜けることは不可能だという結論に至り、廃案になった。 開拓者を呼び、アヤカシの退治が済んで安全が確認されるまで出発を遅らせることもできるが、咲音は体が弱く、つい先日まで体調を崩して寝込んでいたばかり。 どれだけの数が潜んでいるかも分からないアヤカシの退治が終わるまで待っていたら、また咲音が体調を崩してしまい、挙式が更に遅れてしまう可能性もある。 咲音自身も挙式を非常に楽しみにしていることを周造は良く知っていたため、どうしても挙式を遅らせたくはなかった。 かといって、大事な娘を連れてアヤカシが出るかもしれない危険な場所へ向かうわけにもいかない。 悩みに悩んだ結果、彼はついに決心をし、急いで用意した文を使いの者に持たせ、開拓者ギルドへ走らせた。 息を切らせながら開拓者ギルドに駆け込んできた使いの者が握り締めていた文の書き出しはこうだった。 『我らが無事に目的地に辿り着けるよう、道中の護衛をお頼みしたい。アヤカシの脅威から、我らを守って欲しい』 彼らの道中を無事守り切る自信がある開拓者達。是非名乗りを上げて欲しい。 |
■参加者一覧
儀助(ia0334)
20歳・男・志
雲母坂 優羽華(ia0792)
19歳・女・巫
巳斗(ia0966)
14歳・男・志
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
シエラ・ダグラス(ia4429)
20歳・女・砂 |
■リプレイ本文 ●嵐の前の 日がもっとも高い場所に昇った時刻。 緑生い茂る山道を三台の馬車がゆっくりと、それでいて確かな歩みを進めている。 アヤカシが出現するという噂のこの森だが、今のところはまだその気配は無く、山道は平和そのものだった。 「咲音はん、お体の調子はどうやろか?」 縦に並んだ馬車の内の一台、他の二台に挟まれるようにして前進している中央の箱馬車に向けて、その右隣に寄り添うようにして歩いていた雲母坂優羽華(ia0792)は独特な方言で声をかけた。 巫女である彼女の任は、護衛対象である咲音を一番近いところで護る事。常に彼女の体と心を気遣い、こうして声をかけている。 「はい、なんともありません。ありがとうございます」 小窓から顔を覗かせ、咲音は笑顔でそう答えた。 優羽華も同じように笑顔を浮かべて返すと、その隣からひょっこり顔を出した巳斗(ia0966)がこちらも満面の笑みを浮かべながら小窓に顔を近づけた。 「咲音さん、お相手の男性はどんな方なんですか? 差し支えなければ聞かせてください」 巳斗の屈託のない笑顔に不安な心を和らげられた咲音は、間も無く式を上げる相手の男性のことを静かに話しだした。 いつ、どこで出会ったのか、どんな会話をしたのかなど、色々な出来事を楽しそうに話す咲音の笑顔を見て、咲音の隣で馬車に揺られている両親も、少し肩の荷が下りた気持ちだった。 アヤカシの出現場所を抜けるまであともう少し。 このまま何事も無く平和に進めれば・・・・と、咲音の父親である周造は、愛娘の笑顔を見守りつつ願っていた。 ●戦いの予感 時を同じくして、馬車列の少し先を行く皇りょう(ia1673)は、先程までの穏やかな森の雰囲気が徐々に変わってきていることに気付き始めた。 日の明かりこそ変わらないが、どこか重い空気が木々の間から流れ込んでくるような、そんな気配を感じている。 「もうしばらく進めば危険遅滞を抜けるか・・・・しかし、ここにきて嫌な予感がする。気を引き締めねば」 周囲の異変を逸早く察知できるように一層神経を研ぎ澄まして備える皇。 それは馬車の最後尾についている儀助(ia0334)と巴渓(ia1334)も同じだった。 「いやはや、このまま何事も無く済んでくれると思って期待してたんだがね。そう簡単には終わらせてくれないか」 儀助は辺りを見回し、皇が感じたのと同じ気配が周囲の空気を塗り替えていくのを感じていた。 いよいよ戦闘に備えた方がいいと判断した巴も、拳を握り締めて感覚を研ぎ澄ませる。 「来るなら来いってんだ。俺がいる限り、アヤカシなんかの好きにはさせないぜ」 他の面々が警戒を強めたのを見て、優羽華達と反対の左側面についていたシエラ・ダグラス(ia4429)も、大きく深呼吸をして自らの気を引き締めた。 今回集った面々の中で一番経験が浅い者が自分だということからか、シエラはどこか緊張している様子だったが、花嫁を守ろうという意思は仲間達と変わらない。 「志士の名にかけて、咲音さん達には指一本とて触れさせはしません!」 自らに言い聞かせるようにそう言うと、携えた刀に手を掛け、ぐっと力を込めて柄を握り込んだ。 咲音との会話を楽しんでいた巳斗と優羽華も周囲の変化に気付き、各々の配置にて警戒態勢に付いた。 こうして全員が迫り来る脅威への身構えを整えると、まず列に先行していた皇が接近している敵の位置と数を把握するために心眼を使った。 「・・・・近い、もうすぐそこだ・・・・」 無数のアヤカシが皇の前方、左右から接近しているのを察知すると、皇は後方の仲間達と馬車列に向けて右手を上げ、左右に二回振って合図を送った。 それを見た御者達は馬車を密集させ、馬の歩みこそ遅くなるものの、開拓者達が守り易いように配置を整えた。 馬車の密集に合わせて、開拓者達も馬車の近くでの戦闘を避けるため素早く適度な距離を取った。 巳斗、儀助、シエラもそれぞれの位置で心眼を使い、馬車の左右と後方の敵を察知する。 「・・・・出た!」 皇の目の前に怪狼の群れが飛び出してきたのと、馬車列の上空に夜雀の群れが飛び出してきたのはほぼ同時だった。 躍り出た怪狼の咆哮と夜雀の羽音が開戦の合図となり、開拓者達はゆっくりと前進を続ける馬車を守るため、戦闘を開始した。 ●山道の戦い 「僕の弓からは逃げられません!」 そう声を上げて矢を放つ巳斗の視線は、宙を飛び交う夜雀の群れに向けられていた。 特徴的な鳴き声を上げて他のアヤカシを呼び集めるという夜雀の能力は、まず最初に絶っておきたい重要な問題だった。 しかし敵は空だけではなく、地を駆けてやってくるものもいる。 比較的数の少ない夜雀の対処はひとまず巳斗に一任し、他の者達は怪狼の撃退に集中していた。 「後ろは大した数じゃない。手薄な左側の援護に行ってくれ」 隣に並び立つ巴にそう言いながら、儀助は馬車の背後から迫り来る怪狼を刀で切捨てた。 「そうさせてもらうぜ。危なくなったらすぐ呼べよ!」 巴はそう言いながら疾風脚を使い、馬車の左側面を一人で守っているシエラの援護に向かった。 疾風脚の加速で馬車に接近している怪狼に急接近し、そのまま横合いから殴りつける。 視界外からの奇襲を受けた怪狼は勢いよく弾き飛ばされて馬車から遠のいていった。 「援護ありがとうございます、巴さん!」 巴の援護を受けたシエラは、自らも戦果を上げんと刀を握る手に力を込めた。 正面から迫る怪狼を一太刀の内に切り捨て、そのまま隙を見せずに次の怪狼へ視線を移す。 横踏で怪狼の攻撃を上手く回避し、背を向けた敵に素早く刀を振り下ろした。 「さあ、いくらでもお相手致そうぞ! 我に武神の加護やあらん!」 最前列で一人怪狼の群れと対峙している皇も雄叫びを上げて自らを奮い立たせると、数匹の怪狼を相手に派手な大立ち回りをしてみせた。 まとめて飛び掛ってきた怪狼を、精霊剣を使って薙ぎ払う様に打ち負かし、剣を振るった勢いを保ったまま身を捻り、今度は自身の右側から迫っていた怪狼を真一文字に切り裂いた。 「ひっ・・・・」 怪狼の断末魔を聞いて、馬車の中の咲音は恐怖に身を震わせていた。 隣に寄り添う両親も、娘を守ろうという意思はしっかりと持ってはいたが、やはり間近で暴れているアヤカシの恐怖には適わない。 親子三人共、馬車の中でじっと身を寄せ合ってお互いの手を握り合っている。 「うちらが守るさかい、ご安心なさって」 閉じられた小窓の向こうから声をかけると、優羽華は力の歪を使用して、馬車に接近してくる怪狼を退けた。 優羽華と巳斗がついている馬車の右側面は比較的敵の数が少なく、ひとまずはこちら側から敵が肉薄してくることは少なかった。 夜雀の撃退を終えた巳斗の放つ矢は、今では地を駆け回る怪狼に向けられている。 「これでもう夜雀がアヤカシを呼ぶことは無いでしょう。後は今近くにいるアヤカシを撃退すれば、一気に危険地帯を抜けられるはずです」 巳斗はもう一度心眼を使用し、改めて今自分の周囲にいるアヤカシの数を察知した。 山道の右脇に生い茂る木々の間には、前方の皇の防衛線を抜けてきた怪狼が三匹潜んでいる。 「一気に片付けましょう」 巳斗はじっと茂みを見据え、潜んでいた怪狼が飛び出してくるのに合わせて巻き打ちを行い、距離と障害物があったにも関わらず即座に怪狼を射止めた。 立て続けに飛び出してきたもう一匹も巻き打ちで撃退し、様子を伺っていたもう一匹も冷静に射抜いた。 「向こう側は上手いこと片付いてるみたいだな。こっちも一気に・・・・」 反対側の様子を伺っていた巴が振り返るのと、巴の前で戦っていたシエラが怪狼を一匹打ち漏らしてしまうのとはほぼ同時だった。 慌てて振り返るシエラだが、既に自分の背後に回ってしまった怪狼には簡単に追いつけそうも無かった。 怪狼は迷うことなく目の前の馬車、小峰一家の乗った馬車へと突っ込んでいく。 「っくそぉ!」 巴は疾風脚を使い、馬車と怪狼の間へ向けて疾走した。 ぎりぎりのところで巴は怪狼の目の前に踊り出ると、怪狼が速度を落とすよりも早く、拳で打ちのめした。 が、あまりに急ぎすぎたためか、巴は疾風脚の勢いを抑えられず地面に転げてしまった。 急接近した怪狼に驚いたのか、馬車を引いていた馬の脚が乱れ、小峰一家を乗せていた馬車も激しく揺れ、その歩みを止めた。 「巴さん! 大丈夫ですか!?」 シエラは急いで巴の元へ駆け寄り、倒れた巴を狙う怪狼を刀を振りかざして退けた。 「俺は大丈夫だ、それよりも馬車は!?」 巴は自分の背で歩みを止めた馬車を振り返った。 既に優羽華が中に乗り込み、咲音達の様子を見ているようだった。 巳斗も馬車に寄り、歩みが止まってしまった馬車の周囲を警戒している。 「大したことはありまへん! 咲音はんが軽く肩をぶつけてしまったくらいどす!」 「こちらはボクと優羽華さんに任せてください!」 それを聞いた巴はほっと胸を撫で下ろし、目の前で孤軍奮闘しているシエラに視線を移した。 「俺も大したことはないんだが、応急処置だけさせてくれ。それまでの間、頼んだぞ!」 巴の言葉を背に受け、シエラは一際神経を鋭く研ぎ澄ませた。 炎魂縛武を使用して刀に炎を纏わせ、巴を庇う位置に立って迷いの無い構えをとる。 「はい、任せてください。お借りした分は、しっかりとお返しします!」 頼もしい背中を前にして、巴は用意しておいた薬草と包帯で転がった際に軽く傷を負ってしまった足の応急処置を始めた。 咲音の方も優羽華の神風恩寵で治療を受け、打撲の痛みも跡もすっかり消えてしまった。 だが突然の出来事に気が滅入ってしまったのか、咲音は少し気分が悪そうにしていた。 それを見た巳斗は持参していた手拭と岩清水を取り出し、持ち前の笑顔をおまけにつけて差し出した。 咲音はそれを受け取りながら精一杯の笑顔を返し、もう馬車を出しても大丈夫だと二人に告げた。 「分かりました。御者さん、お願いします。皆さん! 馬車が動きます!」 巳斗の声を聞いた各配置の開拓者達は、再び進みだした馬車に合わせて前進を始めた。 「もう少しで森を抜ける! そこまでいけばアヤカシの縄張り外だそうだ、そうそう追っては来まい!」 まだ僅かに残っている怪狼の攻撃を受け流しで耐え忍びながら、皇は目の前に開け始めた森の出口を指して後方の仲間達に叫んだ。 応急処置を終えた巴も戦線に復帰し、怪狼の数も残り僅か。 今の勢いを保てれば、一気に森を抜けられる状況だ。 「となれば、残る最大の障害は行く手に立ちふさがる怪狼か。一人じゃ流石に厳しいよな」 皇の知らせを聞いた後方の儀助は、もう一度心眼を使用して後方に残っている怪狼の数を調べた。 残るは後三匹きっかり。潜んでいるものもいない。 「後ろはこれだけか。ならまぁ、こいつらさっさと片付けて、前の援護に向かうとしますか!」 怪狼が向かってくるよりも早く、まず先に儀助が先手を打った。 無駄のない軌道で刀を振り、避け切れなかった怪狼を一閃のうちに切り捨てた。 儀助が怪狼の一匹を打ち倒したのと同時にもう二匹の怪狼が急接近し、儀助を挟み込むように突進を仕掛けてきた。 まず右方向の怪狼の方へ向き直り、それを迎え撃たんと儀助は刀を構えた。 だが儀助は刀を振らず、さっと身を引いて前後から迫る怪狼の動線から外れた。 勢いを止められなかった怪狼はそのまま正面衝突してしまい、その隙に二匹とも儀助の刀に切り捨てられた。 「よっしゃ、行くか」 後方の敵を片付けた儀助は急いで前方に向かい、皇の援護に回った。 「儀助はん、おきばりやす」 前方に向かう途中、優羽華の神楽舞・攻を受けて士気が高まった儀助は気合十分で皇の援護に加わり、二人に増えた前衛は正面の怪狼を次々に退けていった。 既に側面からの攻撃はほとんど無く、前方から流れてきた怪狼が若干いるだけだった。 巳斗、巴、シエラがそれらを確実に打ち負かし、馬車は徐々にその速度を速め、一気に森の外へ駆け抜けた。 「これで最後だ!」 巴の放った気孔波がしつこく馬車を狙っていた怪狼を仕留めると、それを最後に怪狼が目の前に現れることは無かった。 馬車が三台共無事森を抜けたことを確認すると、ようやく一行は肩の力を抜いた。 咲音の体調だけが気にかかるが、それも大した事は無いようで、しばらくの間ゆっくり無理をせずに進めば問題ないだろうとのこと。 頭上を覆っていた木の枝の代わりに顔を出した太陽の燦々とした輝きが、まるで一行を暖かく迎えているかのようだった。 ●幸せの内に 目的地である商業都市に辿り着いた一行は、相手方の家族や式の関係者によって盛大にもてなされた。 咲音の体調もすっかり回復しており、荷物も無事で、問題は何も無かった。 小峰家の人間のみならず、開拓者達も同じように歓迎され、体を休められるようにと宿まで用意して貰えた。 巴の怪我も優羽華の神風恩寵で治療して無事に治り、皆ゆっくりと羽を伸ばして休むことが出来た。 開拓者一行はその後、咲音達がこの町にやって来た目的である結婚式に招かれ、皆思い思いの言葉を新郎新婦へ投げかけていた。 「ほんに、おめでとうさんどす」 優羽華は優しい笑みを浮かべながら。 「ボクのように、幸せな子を授かりますように・・・・」 巳斗は咲音の手をぎゅっと握って、祈るように。 「お二人とも、末永くお幸せに」 皇は微かな笑みの中に大きな祝福の気持ちを込めて。 「あ、お、オメデトウゴザイマス」 シエラは緊張した様子ながら、精一杯の祝福の言葉を。 「春秋謳歌、大いに楽しめ、花嫁に花婿ご両人」 儀助は自前の天儀酒を呷りながら、遠目に新郎新婦の幸せそうな笑顔を見守りつつ独り言の様にそう言った。 ただ一人、巴だけは依頼料も受け取らずに去ろうとしていたが、仲間達に見つかってしまい、お礼の気持ちはしっかりと受け取るようにと言われ、渋々ながらも依頼料を受け取った。 「まぁその、なんだ。がんばれよ」 巴も不器用ながら、最後にはそう言い残していった。 こうして新郎新婦の華やかな結婚式は幕を閉じ、恐怖と不安を乗り越えた新婦は新たな生活を、それを守った開拓者達は、彼らを必要とする新たな地へと歩みを進めて行ったのだった。 |