【神乱】迫る駆鎧
マスター名:野田銀次
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/20 02:05



■オープニング本文

●逃げ延びた果て
 ヴァイツァウ軍との戦いにおけるジルベリア軍の拠点の一つ、リーガ城。
 そこから南西へ進んだ先にある森林地帯の入り口に、ジルベリア軍の兵士が数名身を潜めていた。
 じっとして身を低くし、何かが訪れるのを待つように森の奥を見つめている。
「‥‥来ないな」
「予定時刻をもう三十分も過ぎています。そろそろ限界ですよ‥‥」
 この小隊を纏めている初老の隊長が、堅く引き締めた表情を崩さぬまま呟くと、隣に並び、同じ方向をじっと見ていた若い兵士が、不安げな表情を浮かべて言葉を返した。
 彼らはここから更に北へ進んだ先にあるヴァイツァウ軍の拠点、メーメル城への侵攻ルートを探るべく、この森林地帯の調査を行っていた。
 しかし、先遣隊として派遣された兵士四名が、帰還予定時刻を過ぎても戻って来ず、残された本隊も身動きをとれずにいるのだった。
 先遣隊が敵に襲撃された可能性を考えれば一刻も早くこの場を離れるのが得策だが、この部隊の隊長は出来る限り先遣隊の帰還を待とうと、こうして動かずにいた。しかし、それももう限界を迎えようとしている。
 残酷ではあるが、時には見捨てなければいけないものも彼らにはある。戦争とはそういうものだということも、隊長はよく理解していた。
「‥‥仕方が無い。残念だが、一度城まで撤退する。報告を終えた後、戦力を整えて再度調査の申請をしよう。先遣隊が敵に襲われたのだとすれば、ここを敵軍が侵攻ルートにしようとしている可能性も考えられる」
 隊長の指示を受け、兵士達は皆苦渋の表情ながらも、手早く撤退の用意を始めた。
 すぐに用意は整い、後ろ髪を引かれる思いを感じながらも部隊は城へ向けての帰還ルートへ移動を始めた。
 が、突然背後の木々の隙間から聞こえた物音に、兵士達の足は自然と止まり、全員が咄嗟に振り返った。
 彼らの視線の先には、全身に痛々しい傷を負い、大量の血を流しながら這うようにしてこちらに近づいてくる、見知った顔の仲間の姿があった。
「リンキー! 無事だったのか!」
 兵士たちは急いで引き返し、風前の灯火のような状態で帰還した仲間を介抱した。
 水を与えて落ち着かせ、怪我の応急処置を始めると、時折走る痛みに顔を歪ませながらも、帰還した彼は先遣隊の現状を話し出した。
「先遣隊は‥‥多分、まだ皆生きている‥‥森の中でヴァイツァウの兵に見つかって‥‥あいつら、アーマーまで持ち出してやがった‥‥必死で逃げたが、駄目だった‥‥他の奴らは森の何処かに隠れてるはずだ、俺は皆にそれを伝えるために‥‥」
 それを聞いた隊長は、未だ希望を捨てずに生き延びようとしている仲間の事を思い、きつく歯を食いしばった。
 見捨てねばならない時もある。それは軍人として当然のこと。しかし、今目の前に仲間の生存を知らせるために必死に戻ってきた者が居り、まだ仲間達を生きて助けられるという希望を知ってしまったからには、もう彼の心は止められないものとなっていた。
「‥‥誰か! 先んじて城へ戻り救助隊の申請を出すんだ! 急げ!」
 隊長の言葉を受けて、兵士の一人が素早く踵を返し、移動に用いていた馬の元へ走った。
 その背を見送り、傍らで荒い息を切らせているボロボロの仲間に再び視線を戻すと、隊長は誰の耳にも届かないほど小さな声で呟いた。
「これだから出世できないんだな、俺は‥‥まぁ、こんな事情だ、出世なんざ後回しさ」
 仲間の現状を知り苦しげな表情だった隊長は、そう呟くと同時に表情を変えた。
 必ず仲間を救出し、全員で無事に城へ帰る。そう胸に誓った、戦いに赴く戦士の顔だった。


■参加者一覧
美空(ia0225
13歳・女・砂
志藤 久遠(ia0597
26歳・女・志
雲母坂 優羽華(ia0792
19歳・女・巫
鬼灯 仄(ia1257
35歳・男・サ
嵩山 薫(ia1747
33歳・女・泰
景倉 恭冶(ia6030
20歳・男・サ
鬼灯 恵那(ia6686
15歳・女・泰
春金(ia8595
18歳・女・陰


■リプレイ本文

●暗がりに潜むが如く
 深い森の奥へと続く街道に、依頼を受けた八人の開拓者と八匹の相棒達は、風に揺れる木葉の音しかしない静かな風景の中にあって、一際異彩を放っていた。
 これから彼らが向かう薄暗い森の中には、敵の脅威に晒されながらも助けを待ち続けている者達が居る。
 巨大なものから小さなものまで、様々な様相の相棒達を引き連れながら、ギルド支給の防寒着に身を包んだ開拓者一行は真剣な面持ちで森の奥深くへと歩みを進めていった。
 事前に取り決めていた班分けをし、二班に別れた開拓者達はそれぞれ別の方向へと向かった。
 一方は、逃げ延びた兵士から得た情報に基づく、捜索対象が潜んでいると予想される場所へ。
 もう一方は、それとは真逆の方角へ。
 深く静かに進行していく‥‥。

●命を探して
 二手に別れた開拓者達の一方。
 対象の捜索、及び救出を任とする救助班の面々は、森に入るとすぐ、何処かに潜伏しているはずの兵士三名の捜索を開始した。
「ミケ、さっき覚えさせた臭い、忘れてないだろうな」
 救助班の一人、鬼灯仄(ia1257)が、傍らを歩く相棒の猫又、ミケに向けてからかう様に言うと、ミケはあからさまに嫌そうな表情を浮かべた。
 今一つ主の言う事を聞かない気まぐれな性格のミケだったが、今回は彼に言う事を聞かせるための対応策があった。
「ミケさ〜ん、皆と一緒に兵士さんを探して欲しいのであります。力を貸して欲しいと北風さんも言っているのであります〜」
 同じ救助班の美空(ia0225)は、歩みの遅いミケの前に立つと、傍らに立つ相棒の炎龍、北風と共にぺこりと頭を下げて頼み込んだ。
「わしからもお願いするのじゃ、よろしく頼むのじゃよ」
 三人目の救助班面子、春金(ia8595)とその相棒、土偶ゴーレムの虎鮒も、美空達の隣に立って可愛らしく首を傾けて言った。
 一匹の猫又に、それよりも遙かに大きな存在が四人(一部は人ではないが)も頼み込む姿はどこか滑稽だったが効果は抜群で、ミケは何とも調子の良さそうな表情で一行に先行して進み始めた。
「すまねぇな。ああしないとやる気ださねぇんだ」
 ようやくその気になった相棒の背を見送り、仄は二人と二匹の協力者へ詫びた。
「あのくらいお安い御用なのですじゃ。可愛い猫又さんじゃのう」
 木々の枝へ登り、辺りを見回しては次の枝へと身軽に移動するミケを目で追いながら、春金は先ほどまでのミケの態度とのギャップに思わず苦笑を漏らした。
 美空も同じようにミケの同行を見守っていると、相棒の北風が彼女の小さな背中を小突くように鼻先を押し当てた。
「うん? あぁ、そうでありますね。私達も探すでありますよ!」
 北風の意志を感じ取った美空は、目立たぬように巨体を低くしている北風と同じように身を低くし、地を這うようにゆっくりと進み、そしてしっかりと周囲へ向けて感覚を研ぎ澄ませながら捜索に意識を集中し始めた。
「うむ、わしらも本腰を入れていくのじゃよ」
 春金と虎鮒も美空達に続き、それまで笑みを写していた顔は真剣なものへと変わった。
 岩陰、背の高い草場など、人目に付きにくい場所を重点的に探す美空達をフォローするように、彼女らが目線を向けていない場所へ鋭い視線を飛ばし、耳を澄ませている。
「二人とも、小せぇのにやる気は人一倍って感じだな。俺も負けてはいられないか」
 先を行く小さな二つの背中を見て、仄は小さく感心の言葉を漏らすと、自身もそれに続くべく鋭い眼をカッと見開き、心眼を発動した。
 美空や春金達が視線を向けている場所よりもずっと先を見通し、捜索対象を探すと同時に、自分達の行く手を阻む者達の姿が無いかどうかを調べている。
 いつしか三人の間から会話は消えており、残ったのは緊迫した空気と、微かに響く足音だけだった。
「あ、ミケが戻って来たのじゃよ」
 しばらくの間続いた沈黙を破ったのは、先行して進んでいたミケが戻ってきたのを見つけた春金だった。
『こっちへ来るのだ』
 ミケは三人について来るように鼻先で指示すると、再び来た道を戻って行った。
 三人はミケを見失わぬよう小走りでついて行くと、そこから少し進んだところで、ミケが前足で何かを指し示しているのを目にした。
「これは・・・・血痕か」
 雑草に染み着くように残されていた赤黒い跡。一目でそれが捜索対象が残した血痕であると見抜いた仄に、残る二人も無言で頷いた。
「転々と続いているであります。これを辿って行けばきっと見つかるであります」
 血痕を残すほどの流血は命に関わる非常に危険な問題だが、それが残されているということは、決して狭くはない森の中を捜索するに当たって貴重な手掛かりでもある。
 一行はより気を引き締め、着実に近づいている命へ向けて、進んで行った。

●盾となる者達
 自分達の何倍も背の高い木々を飛び越え、三匹の駿龍は巨大な翼を羽ばたかせた。
 龍達は木々の頭を掠める様な高さを飛び、騎乗している三人の開拓者は、何かを探すように辺りを見回している。
「この嵩天丸の無駄に目立つ外見が役立つ時が来たわね」
 相棒の嵩天丸の羽ばたく音で掻き消える程小さな声で、嵩山薫(ia1747)は誰にでもなく呟いた。
 彼女が騎乗する嵩天丸は全身が赤く、彼女らの任を果たすにはもってこいだった。
 救助班が捜索対象を探す間、敵の追っ手を引き付ける陽動任務。それが彼女らに与えられた任である。
「捜索範囲からは大分離れて来たし、そろそろ見つけて貰わんとあきまへんな」
 嵩天丸の隣を行く倚天に騎乗する雲母坂優羽華(ia0792)が嵩山と同じように辺りを見回しながら言うと、二匹の後方を飛んでいる夢彈に騎乗している景倉恭冶(ia6030)は、まさに今自分達が探し、そして見つけて貰おうとしている存在を僅かに視界の端に捕らえた。
「あそこだけ木が揺れてるな‥‥アーマーって奴が歩いてるのか」
 景倉は夢彈に指示をして鳴き声を上げさせると、前を飛ぶ二匹とそれに乗る二人は、景倉が発見した敵の形跡に気付き、方向転換してそちらへわざと近づいていった。
 敵も彼女らの存在に気付いているようで、少しずつ進行方向を変えている。
 三人は、敵が自分達に気付いている事を察すると、龍を地上に降ろし、徒歩で進んでいた仲間二人と合流した。
「敵が来てるんですね。ふふ、腕が鳴ります」
 相棒の猫又、輝血と並び立ち、鬼灯恵那(ia6686)は不敵に微笑んだ。
 輝血はそんな主の姿を見上げて、小さく溜息を吐いている。
「救助班の捜索範囲からは大分離れていますね。このままの状態を維持できれば‥‥」
 志藤久遠(ia0597)は、相棒の土偶ゴーレム、大和が掻き分けてきた木々の隙間を見据えながら言うと、救助班の面々が向かっているであろう方向へと視線を移し、槍を握る手に力を込めた。
 その後、地上に集結した陽動班五人は、先ほど景倉達が発見した敵と思しき存在の進んでくる方角へ向けて再び進行を開始し、やがて、まるで示し合わせたかのように、背の低い草木が生い茂る、開けた場所で両者は鉢合わせした。
 陽動班と相対したヴァイツァウ軍の追っ手。その戦力の要となるアーマーの存在感は、巨大な龍を引き連れている開拓者達に劣らないものがあった。
「アーマーが二体‥‥騎士は‥‥」
 嵩山が敵の戦力を分析していると、追っ手達はそんな事お構い無しに襲い掛かってきた。
 敵も相手が志体を持つ開拓者であることを察しているようだったが、彼らがここにいる理由までは考えが及んでおらず、ただ目の前にある障害を排除するという程度の考えのようだった。
 それを象徴するかのように、敵の動きは直線的で、アーマー二体を先頭にして真っ向から突っ込んで来るだけだった。が、それはある意味では彼らの『アーマー』という特殊な戦力を生かす、一つの戦法でもある。
「アーマーの壁っていう訳ね。いいわ、砕いてやるだけよ」
 向かって来る鋼鉄の壁に、真っ先に突っ込んで行ったのは恵那だった。
 太刀を抜き、アーマーの一体に急接近すると、アーマーの関節部分等、比較的脆そうに見える部分へ向けて太刀を振り下ろした。
 相手の構造を読んだ有効手段ではあったが、アーマーの乗り手もそう簡単にはやられはしなかった。恵那の接近に素早く反応して歩みを止め、振り下ろされた太刀を、剣というよりは鉈に近い形状の刀剣で払いのけたのだ。
「ちぇっ、錬力が足りなくてスキルが使えないじゃない‥‥」 
 恵那は弾かれた勢いのまま後方へ飛び退き、それと入れ替わるように、恵那の相棒、輝血が飛び出していった。
『やれやれ、手のかかる小娘だ‥‥』
 溜息混じりにぼやきながらも、輝血はアーマーに接近して飛び上がり、アーマーの顔に向けて鎌鼬を放った。
 鋭い風の一撃はアーマーの堅い装甲を破ることこそ出来なかったものの、突然頭部に走った衝撃に乗り手がたじろいだのか、目眩でも起こしたかのように数歩後ろへ下がった。
「大和、一般兵の相手は任せた」
『承知した、主殿』
 その横で、もう一体のアーマーと衝突したのは志藤だった。
 相棒の大和にはアーマーの後方から迫る一般兵を相手取らせ、大和の進行を妨害しようとするアーマーに向けて、志藤は槍の切っ先を突き立てて気を引き付けた。
 アーマーはすぐさま目の前に現れた志藤を打ち倒すべく、刀剣による連続攻撃を繰り出したが、志藤はこれを紙一重で回避し、間に合わず攻撃を受けそうになった時には、防盾術で凌いでいく。
 二体のアーマーは恵那と志藤によって上手く引き付けられたが、脅威となる敵はアーマーだけではない。
 ジルベリア特有の志体持ちである騎士。
 他の一般兵に比べて豪奢な装備を身に纏っているため誰が騎士なのかは一目瞭然だった。
 騎士の数は開拓者達の視界に入っているだけで五人。その内の一人が、アーマーを相手取っている志藤に攻撃を仕掛けてきた。
 咄嗟に気付いた志藤は水仙による横薙ぎの一撃を騎士の胴に浴びせて攻撃を防ぎつつ攻撃を与える事に成功した。
 が、騎士の方へ意識を移した途端に野放しになってしまったアーマーは、容赦なく志藤の背に向けて刃を振り下ろした。
「させるか! 俺が相手だ!!」
 アーマーの凶刃は、突然発せられた景倉の咆哮により寸でのところで動きを止め、その隙に気付いた志藤は素早く刃の下から移動した。
 志藤がアーマーの付近から移動したのを確認すると、景倉は咆哮で引き付けたアーマーへ向けて地断撃を放ち、地を駆ける衝撃波が、アーマーの巨躯に直撃した。
 刀剣の面部分をかざして防ぎこそしたものの、その衝撃はアーマーの堅牢な装甲を歪め、体勢を崩させる事が出来た。
 騎士の一人が景倉に襲い掛かろうと駆け出したが志藤に阻まれ、態勢を立て直した景倉は、相棒の夢彈と共に、未だ覚束ない足取りのアーマーへ向けて急接近し、夢彈の攻撃に合わせて弐連撃を放った。
 龍の巨体がぶつかってきたという質量的なダメージは大きく、アーマーはその重々しい巨体を僅かに宙に浮かせて後方へ弾き飛ばされた。
「おっと、危ないわね‥‥」
 アーマーが飛んだ先には、一般兵と騎士を相手にしていた嵩山が居り、突然飛んできたアーマーにやや驚きつつも、しっかりと回避した。
 突然の乱入者の回避に気を取られつつも、嵩山はすぐに意識を周囲の敵に戻し、丁度接近してきていた若い騎士に向けて空気撃を放ち、盾で防ぎきれずに態勢を崩した騎士は続けざまに放たれた骨法起承拳を鎧の隙間に直撃させられた。
 強烈な一撃を受けた騎士は苦痛に顔を歪ませたが、嵩山は容赦をせず、気力を集中して気功掌による追い討ちをかけた。
 騎士は呻き声を上げながら後方へ吹き飛び、そのまま伸びて動かなくなってしまった。
 恵那と輝血が相手をしていたアーマーも二人の勢いに押されて後方へ下がり、相手の勢いが削がれたと見た雲母坂は倚天と並んで一歩前へ進み出た。
「嵩山はん、大和はん、下がっておくれやす!」 
 一般兵と戦っていた二人が距離を取るのを確認すると、雲母坂は浄炎を、倚天は大きく開けた口から灼熱の炎を、それぞれ放った。
 浄炎は一般兵と騎士へ、倚天の炎はアーマーへ向けられており、嵩山と戦っていた事で消耗し切っていた一般兵はほとんど地に伏し、盾と装甲で防ぎこそしたものの、騎士とアーマーも熱によるダメージは相当体に堪えている様だった。
 開拓者達は勝機を感じていたが、まだまだアーマーと騎士は健在である。
 目の前の決して侮れない敵を引き付け続けるという任を忘れぬよう気を引き締め直し、陽動班一行は、態勢を立て直し始めた反乱軍との第二ラウンドへと突入していった。

●救いの手
「セイムさ〜ん‥‥ソランさ〜ん‥‥後は、え〜っと‥‥カルオスさ〜ん、いるでありますか〜?」
 捜索を始めてから数時間が経過し、遠くの方で戦闘が開始された気配を感じた救助班の面々は、より一層神経を研ぎ澄ませて捜索を行っていた。
「‥‥南西の方角、何かいるぞ」
 そんな中、仄の心眼がじっとして動こうとしない生命反応を三つ察知し、春金はそれが捜索対象であることを願いながら、小さな蝙蝠の姿をした、人魂の式を飛ばした。
 辿ってきた血痕は途中で止血をしたのか途切れてしまっており、最後までそれを頼りにすることは出来なかったが、僅かに残っていた足跡や移動の痕跡は確かにこの付近へ続いている。
 必ずこの近くにいる。そう強く信じながら、春金は人魂を操り、そして‥‥
「居た! 居たのじゃ!」
 人魂の視界を介して、春金はぼろぼろになってくたびれている三人のジルベリア軍兵士を目にし、思わず声を上げてしまった。
 すぐさま仄と美空は駆け出し、春金も人魂を消して後、後に続いた。
「おう、よく生きてたな。俺達はギルドから派遣されてきた開拓者だ、助けに来たぞ」
 三人の兵士は巨木の根本にぽっかりと空いた空洞の中に身を隠しており、皆苦しげな表情であったが、空洞の入り口に顔を覗かせた仄の言葉を聞き、傷だらけの顔一杯に希望の笑顔を浮かべた。
「さぁ、手当をするでありますよ。外に出られるでありますか?」
 続いて顔を見せた美空に言われ、三人の兵士は体に走る痛みに耐えながらゆっくりと外に出てきた。
『これなら楽ろう?』 
 虎型土偶ゴーレムの虎鮒は地に体を着けて寝転ぶような形になり、腰を下ろした兵士達の背もたれになった。
 ありがたくその体に背を預けて腰を下ろした三人は皆酷い怪我だったが、一人だけ特に酷い怪我を負っている者がいた。
 右脇腹が流した血で真っ赤に染まっており、本来そこを守っているべき鎖帷子は、無惨に破れていた。
「アーマーに一発食らったんだ。生きているだけマシなほうだよ」
 痛みで口が利けない本人に代わって別の兵士が事情を話すと、春金は背筋が凍るような感覚を覚えたのと同時に、よく生き延びていてくれたと嬉しく思った。
 美空はまずその重傷者から恋慈手で治療をし、ひとまずは命に別状はない程度まで回復させた。
 その間に春金は持参した薬草で残り二人の目立った傷に応急処置を施しておき、重傷者の治療が終わった美空はすぐに他二人の治療に移った。
「隊長さん、随分と心配してたみたいだぜ。限界ぎりぎりまで見捨てずに待っていてくれたんだとよ」
 雲母坂から預かってきた、焼いた石を布で包んで作った懐炉を手渡しながら言う仄の言葉を聞き、兵士達は目尻に涙が滲むのを感じた。
 自分達が必ず生きて戻ると信じていてくれた隊長への感謝の気持ちで一杯だった。
「ふぅ、これでひとまずは大丈夫であります。さ、後は帰るだけでありますよ」
 美空が治療を終えると、ある程度動けるようになった兵士達は互いに肩を貸しあいながら立ち上がり、城へ帰るという強い意志の籠もった目で開拓者達の方を見た。
「そっちの二人はともかく、腹やられてたお前はまだ無理はできんだろ。俺が背負ってやるよ」
 歩く意気だけは満々だったものの、重傷の兵士はまだ自力で歩く事は難しく見えた。
 最初に背負って行くと言い出したのは春金だったのだが、仄がそれを制して、美空がギルドから借り受けてきた背負子を装着すると、そこに重傷の兵士を乗せ、ミケに先導をさせて移動を開始した。
 残りの二人は自力で歩く事は可能なようで、春金と美空が様子を伺いながら無理の無いペースで歩みを進めている。
 時折遠くのほうで聞こえる龍の鳴き声や金属のぶつかり合う音が兵士達を驚かせるが、傍らにいる開拓者達と、その更に外側を守るように移動する相棒達の存在が、彼らの恐怖心を少なからず和らげていた。
 まだどこかに潜んでいるかもしれない敵の追っ手への警戒心を緩める事はせず、少しずつ、少しずつ、着実に森の外へと向かっていき、やがて救助班一行は兵士三名を無事に森の外まで連れ出した。
「うむ、ひとまずは安心じゃの。陽動班の皆に知らせるのじゃ」
 周囲の安全を確認すると、春金は懐から呼子笛を取り出し、事前に取り決めていた合図を森の中へ向けて送った。
 甲高い笛の音が二度森の中へ吸い込まれていくように鳴り響き、その音は微かであったが、確かに森の中で戦い続けている『盾』達の下へ届いていた。

●静かなる終戦
 刃と刃、拳と鋼がぶつかり合う音が響く、その合間。
 遠方より聞こえた僅かな笛の音を聞いた陽動班の面々は、救助班が無事に兵士三名を救出したことを知った。
 自分達の陽動作戦が成功した事を喜びつつ、一行は次なる行動を開始するべく態勢を整え始めた。
 依頼の目的である救助が済んだならば、後は撤退するだけである。
『渋るな、さっさと退け恵那!』
 皆が少しずつ一箇所に集まり、後方へと下がり始めた中、恵那だけは中々退こうとせず、見かねた相棒の輝血は主の背に向けて強く言い放った。
「はいはい、わかったよー」
 本当に解っているのか怪しい様子の恵那に思わず溜息を吐いてしまった輝血だったが、とりあえずは開拓者も相棒も全員一箇所に終結し、未だ残存している追っ手達との間合いをじりじりと開けていった。
 追っ手達は全滅とまではいかないものの相当消耗しており、最初は勢いのあったアーマーも、今ではすっかりくたびれた様子だ。
 そして、ついに限界と感じたのか、追っ手達は倒れて気を失っている仲間を担いだり引き摺ったりしながら、開拓者達と同じように少しずつ後方へ下がり始めた。
 両者は互いに離れるようにして距離を取り、やがて見えなくなった。
 敵の指揮官はどうやらアーマーに乗っていた騎士のようで、開拓者側がこれ以上交戦を望まないという意思を読み取り、自分達の現状と照らし合わせた結果、撤退を選んだようだった。
 陽動班の開拓者とその相棒達は、雲母坂の閃癒で受けた怪我を治療すると、急いで救助班の待つ合流場所へと向かった。
 
●再会
 捜索対象三名を連れて城へ戻ると、依頼主である偵察部隊隊長はゆっくりとした歩調で彼らの下にやってきた。
 表情も変わらず、驚いたり、感動したりしている様子は傍目には分からない。
 だが、隊長の目の前に立ち、帰還報告をした三人の兵士は、短い言葉で迎えてくれた隊長の目に涙が滲んでいるのを、確かに目にしていた。
「よく戻った。ゆっくり休め」
 その言葉を聞いて、ようやく兵士達は体中に張っていた緊張を解き、心の底から笑っていた。
 仲間達に連れられて城の中へ向かう三人の背を見送る隊長の口元も僅かな笑みを作っており、そんな硬い絆で結ばれた部隊の人々を見守る開拓者達の顔にも、それぞれの笑顔が確かに浮かんでいた。