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■オープニング本文 ●嘘か真か ヴァイツァウによる反乱はジルベリア各地を震撼させ、民の間には多くの不安や動揺が広がっていた。 人々は戦の先行きを様々な憶測や予想で語り合い、それはやがて、幾つかの噂話となって人々の間に広まっていった。 反乱者ヴァイツァウは園芸が趣味、夜独りでに動くアーマーの話など、誰かの虚言から生まれた何の根拠もない噂話がほとんどだが、反乱による戦が起きているという現状、人々はついそれを信じ、広めてしまう傾向にある。 そしてここにも一人、人づてに聞いた噂話に不安を煽られている者がいた。 「隊長〜お願いしますよ〜やっぱり怖いですよ〜」 「馬鹿者! 一般市民を守る立場の兵士が、そんな噂話に乗せられて不安になってどうする!」 場所はジルベリアの玄関口と呼ばれる、ジェレゾの港。 大量の食料品が積み込まれた巨大馬車を背にして、いかにもひ弱そうなグレイス軍兵士が、自らの指揮官である老練の騎士に泣きついていた。 彼は天儀から届けられた食料物資を輸送する荷馬車隊を護衛する任に就いている兵士だったが、元々の性格もあってか、港の人々の間で密かに広まっている噂話にすっかり取り入られてしまったのだ。 「まったく・・・・輸送ルートは何度も確認してある、絶対に安全な場所を選んであるんだ。アヤカシなんぞ出はせん!」 彼が恐れている噂。それは、これから彼らが向かう予定の輸送ルートに、凶暴なアヤカシの群が現れ、道行く人々を無差別に襲うというものだった。 しかし、そのルートは何度も軍の輸送部隊が通ったことのある、至極安全なルートでもあるのだ。 その事実をよく知っている部隊長は、護衛部隊に志体を持つ騎士やら何やらを加えて戦力の増強をして欲しいとしつこく上申してくる部下を、こうして何度もいなしているのだが‥‥ここにきて、新たな申し出の声が、部隊長の耳を貫かん勢いで現れた。 「お願いします〜! 私怖くて動けなくなっちゃいます〜!」 いつの間にやら増えていた要望の声に部隊長は驚き、そして呆れた。 情けない顔をして立っている部下の後ろに、ジルベリアの民とはまったく違う衣服に身を包んだ少女が、自分の部下と同じかそれ以上の情けない表情を浮かべ、大きな瞳にうっすらと涙を滲ませながらこちらを見ている。 部隊長は深い溜息を吐いて、部下の背後から少しずつこちらに近づいて来ている天義からの旅人、流実枝(ナガレ ミエ)に視線を向けた。 物資の中に含まれている食料品が傷んでしまわないように管理するという名目でやって来るはずだった農家の人間が急病で来れなくなってしまったため、彼女はその代理としてこのジルベリアまでやって来たのだった。 どうしても知っている人間に代わりを任せたいという本人からのたっての希望により、交友の深かった実枝が選ばれたのだが、彼女もまた、噂話に乗せられてしまった人間の一人だった。 小動物のように見上げてくる実枝と部下の姿を前にして、部隊長は腕を組んで項垂れながら考え込み、やがて脱力して腕組を解くと、もう一度深い溜息を吐いて、言葉を切り出した。 「わかったよ‥‥護衛を増やそう。しかしこの状況だ、どこも人手が足りんからな、満足な増員は出来んかもしれんぞ」 諦めたような表情で部隊長が言うと、実枝と部下は急激に表情を明るくし、実枝は更に部隊長へ喰らいついていった。 「だったら! 私、いい人達知ってます!」 先ほどとは打って変わって瞳を輝かせながら言う実枝が思い浮かべている者達について、部隊長はどことなく予想が出来ていた。 そして案の定、部隊長の予想していた者達と、実枝が最高の信頼を持って勧める者達は、ものの見事に一致していた。 実枝の隣で安堵感に全身の力を緩ませていた部下は、その後すぐに意を決した部隊長の指示を受け、大急ぎで開拓者ギルドジルベリア支部へ駆けていった‥‥。 |
■参加者一覧
葛葉・アキラ(ia0255)
18歳・女・陰
胡蝶(ia1199)
19歳・女・陰
仇湖・魚慈(ia4810)
28歳・男・騎
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
春金(ia8595)
18歳・女・陰
鞘(ia9215)
19歳・女・弓
アレン・シュタイナー(ib0038)
20歳・男・騎
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●進む旅路は・・・・ 「皆さん、わざわざ遠いところから来て下さってありがとうございます! 同行させていただきます、流実枝といいます、よろしくお願いします!」 異国の地で開拓者達に会う事が新鮮だったのか、ギルドから支給された防寒着に身を包んだ開拓者たちの姿が新鮮だったのか、実枝は何故だか妙に緊張した様子で、ジェレゾに到着した開拓者達を迎え入れた。 それがどこかおかしく感じ、実枝と面識のある仇湖・魚慈(ia4810)と春金(ia8595)は思わず小さな笑みをこぼしながら、再会の挨拶を交わした。 見知った顔がいることに安心感を覚えた実枝は張っていた肩の力を抜き、緊張の面もちも解れ、満面の笑顔を浮かべた。 一通りの顔通しが済み、ジルベリア軍の護衛隊との打ち合わせを終えると、一行はすぐに町を出発した。 開けた風景の街道をしばらく進むと、道はやがて森の中へと入っていった。この時点で既に、ジルベリア軍の護衛部隊の若い兵士達は、一様に怯えた様子を見せていた。 「はぁ‥‥こんなんじゃ先が思いやられるわね」 「そうやねぇ‥‥」 縦に連なって進む荷馬車隊の中腹辺りにいる鞘(ia9215)は、落ち着き無く周囲を見回しているジルベリアの兵士を見て深く溜息をついた。 鞘の隣を歩いている葛葉・アキラ(ia0255)も、苦笑を漏らしながら同意して頷いている。 「ジルベリア‥‥か」 荷馬車隊の先頭を行く胡蝶(ia1199)は、逆に後ろの情けない兵士達の事など気にも留めず、目の前に続く、懐かしくも苦々しい故郷の大地をじっと見つめながら、か細い声でそっと呟いた。 「どうしたんだい、ぼ〜っとしちゃって。悩み事かな?」 胡蝶と同じく先頭を歩いていたアレン・シュタイナー(ib0038)は、そんな胡蝶の様子を見て、何気なくそう尋ねた。 突然掛けられた声にハッとして、胡蝶は隣を歩いているアレンを横目で軽く睨むように見やると、『なんでもない』と言い放って、再び視線を正面へ戻した。 「お二人とも喧嘩ですか? 喧嘩はいけませんよ〜仲直りしないと‥‥」 そんな二人をじっと見ていたもう一人の先頭担当、ルンルン・パムポップン(ib0234)は、正面を向いた胡蝶の目の前にひらりと躍り出ると、屈託の無い笑顔を浮かべながら手にした花のようなワンドを振りかざした。 「ち、違うわよ! やめなさい!」 胡蝶は顔を紅潮させて目を見開き、何やら怪しげな呪文を唱え始めたルンルンの口を塞ぎに掛かった。 ルンルンはそんな事お構い無しに詠唱(?)を続け、二人は揉み合うようにしながらも、荷馬車の進むペースに合わせて危なっかしくも前に進み続けた。 「‥‥前の方は賑やかだな」 二人の声を聞き、荷馬車隊の最後尾を移動している御凪祥(ia5285)は呆れたように呟いた。 「うむ、程々に楽しい方がいいとも思うのですじゃ」 隣には同じく最後尾担当の春金も居り、御凪に同意しつつ、前方から聞こえてくるどこか楽しげな雰囲気の声に、思わず笑顔を浮かべていた。 「どうやら、いい旅になりそうです」 馬車側面、鞘と葛葉の反対側を歩いている仇湖も春金と同じように、不安に怯える兵士達の気持ちを紛らわせるような楽しげな雰囲気に、心が落ち着くような感覚を覚えていた。 何が出るか分からない、噂に翻弄されたこの旅路はまだ始まったばかりであるが、ひとまず一日目はそのような様子がずっと続き、アヤカシに襲われることも無く終えることとなった。 ●道を阻むものは‥‥ 輸送ルートから少し外れた場所にある開けた場所に野営キャンプを張って一晩を過ごした一行は、翌朝早くからキャンプを畳んで再び輸送ルートへ歩みを進めた。 開拓者達が交代で見張りをしていたため、積荷も全て無事だ。 「いい日和で何よりやわ。これなら快調に進めそうやね」 日の眩しさに目を細めながら、葛葉は楽しげに言いつつ微笑んだ。 しかし、彼らの背を押す日の光もあれば、行く手を阻む魔の手もある。 噂でアヤカシが出現するとされていた場所に一行が近づくと、荷馬車隊に先行して偵察を行っていたルンルンが、正面から接近するアヤカシの群を発見し、急ぎ戻って仲間達に伝えたのだった。 先頭の御者は大慌てで荷馬車を停め、それに続いて後方の四台の荷馬車も立て続けに歩みを止めた。 驚いた馬の鳴き声が街道に響き、それを覆い隠すかのような雄叫びを上げ、街道を囲む雑木林から無数のゴブリンスノウが姿を現した。 「実枝、貴方は荷馬車の中に‥‥」 胡蝶に促されて馬車の荷台に駆け込んだ実枝は、荷馬車の行く手を阻むように現れ、真っ向から突っ込んで来るゴブリンスノウの群を横目に見て、背筋が凍るのを感じた。 「正面ですか‥‥他には‥‥」 その様子を荷馬車隊左側面から確認した仇湖はすぐさま心眼を使用し、別の場所からの襲撃を警戒した。 彼の心眼は街道の両側面へ近づいてくる別の影を察し、声を上げて反対側の鞘と葛葉にも警戒を促した。 「正面は胡蝶ちゃん達に任せて、うちらはここを死守や! 通さへんで!」 鞘と葛葉は弓に矢を番え、ゴブリンスノウが現れると予想された場所へ向けて構えた。 仇湖の言う通り、すぐにゴブリンスノウの群が姿を現したが、鞘の即射で放たれた矢の雨により、最前のものから次々に打ち倒されていった。 葛葉も弓は専門というわけではないが、荒縄を括り付けたブーツでしっかりと地に足を付き、矢を次々と番えては放った。 彼女らの後ろでは護衛隊の兵士が、噂通りに現れたゴブリンスノウの群に恐怖し、怯え竦んでいる。 そんな兵士たちの姿を流し見て、鞘は小さく溜息を吐くと、出鼻を挫かれて勢いが衰えているゴブリンスノウへの攻撃の手を一旦止め、兵士達を振り返って言った。 「しっかりして! 自分の身と流さんだけは守る気でいなさい!」 それだけ言い放つと、鞘は再び視線をゴブリンスノウへ向け、彼女が攻撃の手を止めた間に斬撃符でゴブリンスノウを蹴散らしていた葛葉と共に、再び攻撃を開始した。 目の前の勇ましい女性達の姿を見て、兵士達はようやく戦う気力を振り絞り、帯刀していた剣を抜いて構えた。荷馬車隊に密着し、囲むようにして配置されていた兵士達は、万が一開拓者達が討ち漏らした敵があれば、すぐさま対処できるよう、互いに声を掛け合いながら待ち構えている。 「後ろから敵の接近は見られない。春金、俺達も前へ出るぞ」 心眼で荷馬車隊の後方を探っていた御凪は、後ろの安全を確認すると、傍らの春金と共に側面、及び前方の援護へ駆け出した。 「はっ!」 左側面に新たに現れたゴブリンスノウの群を一人で相手にしていた仇湖の所へ駆け込み、御凪はそのまま滑り込むようにして接近しつつ巻き打ちを放った。 流れるような勢いのある動きだったが、ブーツに括り付けられた荒縄が滑り止めとなり、薄っすらと積もった雪に足を取られることはなかった。 仇湖はその姿に驚きと頼もしさを感じ、自身も負けじとゴブリンスノウへ向かっていった。当然、ゴブリンスノウ達は仇湖へ向けて刀剣を降りろしたが、それらは仇湖の鎧を包む精霊力の受け流しにより阻まれ、仇湖は然したるダメージも受けずに敵の只中へ踏み込み、そして同時に雪折を放った。 「藍流居合術、『一斬り』!!!」 高々とそう叫び振り抜いた一撃でゴブリンスノウは鮮やかに斬り捨てられ、その気迫に圧倒された他のゴブリンスノウ達はたじろぎ、その隙を御凪に突かれて倒された。 両側面は然程敵の数が多いわけでもなく、この時点で既に大方のゴブリンスノウが撃退されていたが、正面はそれを遥かに勝る数のゴブリンスノウが現れており、力でこそ開拓者達が遥かに勝っているものの、中々終わりが見えずにいた。 「ゴブリンスノウにはリーダーが居るわ、そいつを倒せば連中の勢いは無くなるはずよ!」 斬撃符でゴブリンスノウを切り裂きながら、胡蝶は周囲で戦っている仲間達にそう伝えた。 早駆で素早く移動しながら火遁で敵を纏めて焼き払うルンルン。大剣クレイモアで火遁を逃れたものを薙ぎ払うアレン。二人を霊魂砲で援護する春金。 皆、荷馬車隊への突破を許さないよう気を張りつつも、どこかにいるはずの敵司令塔を見つけ出すべく、視線を巡らせている。 「‥‥んっ、お前か!」 やがて、無数のゴブリンスノウの影に潜むようにして、他のゴブリンスノウへ指示を出している(ような素振りの)ゴブリンスノウを見つけたアレンは、大声を上げて剣をそちらへ突き出してその存在を仲間達に伝えた。 リーダーと思しきゴブリンスノウは慌てふためいて後退しようとしたが、時既に遅し。それよりも速く、逃げ出そうとしたゴブリンスノウの目の前には黒い蝶が軽やかに舞っていた。 「これで、枯れ果てなさい!」 黒い蝶。それは胡蝶が放った吸心符によって現れた式である。 蝶はすぐさまゴブリンスノウへ取り付き、その生命力を吸い上げ始めた。 逃げ出す事適わず、苦しみ悶えるゴブリンスノウへ追い討ちを掛けるかのように、アレンは大剣を振りかざしつつその懐へと飛び込んでいった。 「邪魔はさせないのじゃ!」 それを阻むように飛び出してきた他のゴブリンスノウは、春金の放った霊魂砲で吹き飛ばされ、 「ルンルン忍法此花隠‥‥荷馬車やみんなには、指一本触れさせないんだからっ!」 他の三人がそちらへ気を向けている間、ルンルンは未だ接近を続けるほかのゴブリンスノウを木葉隠改め花隠で惑わし、舞い散る花弁に身を隠しつつ、死角からの刀による攻撃で着実に仕留めていった。 「残念だったな、これで終わりだ!」 そして、リーダーと思しきゴブリンスノウに接近したアレンは大剣を思い切り振り下ろし、一撃の下に斬り捨てた。 司令塔を失ったゴブリンスノウの足並みは一気に乱れ始め、連携も勢いも無くなった群は、その後は一方的に開拓者達の攻撃を受け続け、呆気なく壊滅した。 「実枝、もう出てきて良いわよ。怪我、無いわね?」 胡蝶に言われ、恐る恐る荷馬車の外に顔を出す実枝だったが、荷馬車の行く手を遮っていたおぞましいアヤカシ達の姿がどこにも無いのを確認すると、ホッと胸を撫で下ろした。 辺りはすっかり静まり返っており、荷馬車に張り付くようにしていた兵士達も、体中に張っていた緊張の糸がぷつりと切れたように全身の力が抜けてしまっていた。 「ふふん、うちらにかかればこんなもんや! な、胡蝶ちゃん!」 得意げな笑みを浮かべながら、葛葉は少し遠くに居る胡蝶に向けてピースサインを送り、それに気付いた胡蝶は呆れたような、それでいてどこか嬉しそうな複雑な表情を浮かべた。 いつの間にやら馬車の中に引っ込んでいた御者達ものそのそと姿を現し、再度周囲の安全を確認した後、ようやく荷馬車は進行を再開した。 皆一様に安心感を抱いていたが、彼らの心に引っかかっている不安要素が、もう一つだけあった。 ゴブリンスノウよりも凶暴な、謎のアヤカシが出現するというもう一つの噂。 一つ目の噂が事実として起きてしまった以上、この噂もまた、現実に起こりうる可能性が高くなっている。 開拓者達は皆、噂話も全て起こりうる可能性があるものとして考え、事前に調査してこの依頼に挑んでいるため、肩の力を抜きつつも、しっかりと周囲を警戒しながら歩みを進めている。 「‥‥! 皆、止まれ!」 突如、迫り来る何者かの存在を心眼で察知した御凪が声を上げ、再び荷馬車は急停止し、護衛隊の兵士達は驚いて跳ね上がった。 御凪が察した気配は荷馬車隊の後方に位置し、雑木林の中から、徐々に近づいてきている。噂のアヤカシが出る箇所として、ルンルンが地図に印をつけていた場所だった。 振り返り、各々の武器を手にして身構える開拓者達と護衛隊。実枝は荷馬車の扉に手を掛けてじっと皆を見守っている。 荷馬車の後方、迫る謎の敵に対しては一番前にいる御凪と春金は息を合わせて一気に敵を叩くべく、意識を集中し、気力を振り絞った。 両側面の仇湖、鞘、葛葉も、先ほどとは変わって最後尾になった胡蝶、アレン、ルンルンも御凪達の方へ駆け寄り、いつでも動ける態勢を整え、そして‥‥ 「もふ?」 雑木林から姿を現した、その丸っこく柔らかそうなシルエットを見て、思わず前のめりに転んでしまいそうになった。 足元の雪のせいではない。余りにも予想外な出会いに、拍子抜けしてしまっただけの事である。 「も、もふらさまじゃ‥‥」 春金は皆の気持ちを代弁するように、自分達の目の前を横断していく、まごうことなきもふらさまの姿を視線で追いながら呟いた。 何故、ここにもふらさまが居るのか。 何故、自分達はこうも真剣に身構えてしまっているのか。 鳥の鳴き声すら聞こえない静けさの中、皆はやりようの無い気持ちを少しずつ整理していき、やがて、葛葉はこのシュールな雰囲気に耐え切れず、思わず笑い出してしまった。 「ぷっ、ははははははは! もふらさまやないの! なぁ〜んだ!」 隣で大笑いする葛葉を見て、引きつった表情をしていた鞘も、表情を緩めて微笑を零した。 「まったく、してやられたわね」 鞘の言葉を荷馬車越しに聞いて、仇湖も笑いながら頷いている。 真面目に構えていた自分が恥ずかしかったのか、胡蝶は顔を赤く染めて俯き、アレンは両の掌を広げて『やれやれ』と呟き、ルンルンはもふらさまが小さな花を咥えて歩いている事に気付き、一人でトキメいている。 後ろに控えていた護衛隊の兵士達は、そんな開拓者達の姿が新鮮で、今まで重々しく圧し掛かっていた不安感が、徐々に晴れていくのを感じていた。 ●思い出は‥‥ その後、一行は何にも遭遇することなく、無事に前線から派遣されてきた部隊に合流し、食料品を受け渡した。 その帰り道。当然ながら開拓者達は気を抜く事をしなかったが、荷馬車が軽くなったこと以外にも、変わったことが一つあった。 今まで荷馬車に張り付くように歩いていただけの護衛部隊が、どこか堂々とした雰囲気を纏い、開拓者達との配置のバランスもしっかりと取れた位置を歩いているのだった。 自分達も負けていられない。昨日の開拓者達の戦いを見て、今更ながらそう思ったのだろう。 結局帰り道も何にも遭遇せずに終えることとなったが、弱気な兵士達が少しだけ変わることが出来た、大事な意味のある旅路であったと、実枝は精霊門へ向かう開拓者達にそう告げ、見送った。 「いい人達だったなぁ〜‥‥それにしても、あのもふらさまは何だったんだろう‥‥」 考えても解ることのない疑問に頭を捻りながら、実枝もまた、天儀へと帰るべく、飛空船の発着場へと向かっていった。 戦乱に揺らぐジルべリアの地での実枝の思い出は、どこかおかしく楽しいものとなり、彼女の胸にそっとしまわれたのだった。 |