【墜星】守る力
マスター名:野田銀次
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/27 00:29



■オープニング本文

●嵐よりの帰還
 絶え間ない風雨が、激しく叩き付ける。
 雷光が閃き、鈍い振動が大型飛空船を振るわせた。
「三号旋回翼に落雷! 回転力が低下します!」
「意地でももたせろ、何としてもだ!」
 伝声管より伝えられる切迫した報告へ、船長が叱咤する。
 その時、永劫に続くかと思われた、鉛色の雲壁が。

 ‥‥切れた。

 不意の静寂が、艦橋を支配する。
 一面に広がるは、青い空。
 そして地の端より流れ落ちる青い海をたたえた、天儀の風景。
 美しい‥‥と、誰もが思った。
 夢にまで見た故郷を前にして息を飲み、拭う事も忘れて涙を流す。
 帰ってきた。彼らは、帰ってきたのだ。
 嵐の壁を抜け出し、帰郷を果たした無上の感慨にふける事が出来たのは、ほんの僅かな時間。
「物見より報告、前方上空よりアヤカシの群れが‥‥ッ!」
 絶望に彩られた一報が、緩んだ空気を一瞬で砕いた。
 天儀へ帰り着いた飛空船の進路を塞ぐように、巨大なアヤカシが文字通り、影を落とした。
「かわして、振り切れるか?」
「宝珠制御装置に異常発生。無理です、出力が上がりません!」
「二号、六号旋回翼の回転数、低下!」
 悲鳴のような報告が、次々と上がる。
「動ける開拓者は?」
 重い声で尋ねる船長へ、険しい副長が首を横に振った。
「皆、深手を負っています。満足に戦える者は‥‥」
 答える彼も、片方の腕はない。
 それでも、帰り着かなければならない。
 旅の途上で力尽き、墜ちていった仲間のためにも。

●墜つる星
 それはさながら、幽霊船のようだった。
 嵐の壁を調査すべく、安州より発った『嵐の壁調査船団』三番艦『暁星』。
 第三次開拓計画が発令されたと聞き、「我こそは」と勇んだ朱藩氏族の一部が私設船団を組んで探索に出発したのは十月の事。
 その船団に属するらしき一隻が、嵐の壁より帰ってきた。
 朱藩の南、香厳島から届いた知らせでは、「傷ついてボロボロになった大型飛空船が、アヤカシに囲まれながら飛んでいる」という。
「このままでは海か、あるいは朱藩国内へ墜落すると思われます」
 居室より外の見える場所へ飛び出した朱藩国王の後を、説明しながら家臣が追った。
 襲っているのは中級アヤカシ『雲水母』以下、それに追従する下級アヤカシ多数。
 更に「付近の海にもアヤカシが集まりつつある」という情報も、届いていた。
 まるで獲物が力尽きるのを待つかの如く、方々よりアヤカシどもが群がってきている。
「‥‥何をしている」
「は?」
「ギルドへ急ぎ伝えろ! 朱藩、安州よりも可能な限りの小型飛空船を出す。『暁星』を落とすな!」
「すぐに!」
 興志王の怒声に、ひときわ頭を深く下げた家臣が踵を返し、すっ飛んでいく。
 手をかけた欄干が、ミシリと音を立てた。
 大型飛空船の位置はまだ南に遠く、安州の居城から確認出来ないのがもどかしい。
 何としても、無事に帰り着かせなければならない。
 長く過酷な旅路を、彼らは帰って来たのだから。

●命の繋ぎ手
 朱藩の港を出航した小型船は、重苦しく鬱屈とした雰囲気を纏いながら、出せる限りの速度で風を切っていた。
 本来なら出航予定のないこの船の内外には、突如として下された出航命令に従って急ぎ集められた乗員達が、焦りを隠せぬ様子でそれぞれの持ち場についている。
「うぅ、せっかくの休日だったのに、とんだ厄介事に巻き込まれちまったよ」
 舵を取っているまだ若い青年操舵師が愚痴をこぼすと、それを聞いていた老練の船長が硬く握り締めた拳骨を彼の頭に叩き込んだ。
「馬鹿野郎! 人命救助なんだぞ! 真面目にやらんか!」
 背後からの怒号と頭頂部の痛みに表情を歪ませながらも、青年は何とか舵だけは正常に保っている。
 口は軽く、無駄に素直ではあるが、舵取りの腕は確かなもののようだ。
 故に彼を殴った船長も、この非常事態にわざわざ彼を呼び出し、こうして舵を取らせているのだろう。
「いいか、俺達の仕事は、この船に乗っている開拓者達を暁星まで送り届けることだけだ。後の救助活動は開拓者と後続の船がやってくれる。何も考えず真っ直ぐ向かえ!」
 速度が出るというだけの理由で選ばれたこの船は定員の都合上、開拓者が救出する予定の暁星の乗員を乗せることは出来ない。
 ただひたすらに風を切り、波を掻き分けて、目的地である暁星を目指すだけ。
 その後で事態がどうなるかは船長にも操舵師にも分からないし、関わることも無いだろう。
 それ故に、今自分達がすべきことに全力を注げる。
 必要なのは、後を任せる者達を信じること。
 自分達が運んでいる、守る力を持つ者達を。


■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163
20歳・男・サ
鷹来 雪(ia0736
21歳・女・巫
巳斗(ia0966
14歳・男・志
天宮 蓮華(ia0992
20歳・女・巫
キース・グレイン(ia1248
25歳・女・シ
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
炎鷲(ia6468
18歳・男・志
風月 秋水(ia9016
18歳・男・泰


■リプレイ本文

●暁星
 先行した開拓者達の活躍により、暁星は無事に海面へと着水し、救出を任された開拓者達が小型船で到着する頃には船体も大分落ち着いた様子だった。
 が、破損した外装等からの浸水も考えられ、小型のアヤカシも多数侵入しているという実情を知った開拓者一行は、気持ちが逸るのを明確に感じた。
 しかし、焦って行動しても結果は良くならないという事も同時に理解していた一行は、事前に取り決めておいた作戦行動を確認し、逸る気持ちを抑えながらも、足早に船内へ向かっていった。
 開拓者達は、船内に侵入したアヤカシの対処に専念する班と、乗員の救出行動に専念する班に別れている。
 流星と名付けられた対アヤカシ班が先行し、その後方を、救助班の明星が追随している。
 浸水が予想される場所から先んじて捜索を行うべく、まずは船の深部へ向けて、開拓者一行は神経を研ぎ澄ませて周囲を確認しながら進んでいった。
「アヤカシが侵入した痕跡があります、近いかもしれませんね」
 先行する流星班の三笠三四郎(ia0163)は、小窓などの比較的脆い箇所が食い破られるようにして破壊されているのを見て、今はまだ静かな通路の先へ視線を移しながら呟いた。
 それに続けるように、同じく流星班の風月秋水(ia9016)も静かに口を開いた。
「事態は、一刻を争う、俺達の迅速さに、全てが掛かってるな‥‥」
 その言葉に強く頷き合いながら、一行は一層神経を研ぎ澄ませて先へ進んでいった。
 やがて、通路の曲がり角から飛び出す様に現れた無数のアヤカシの群に行く手を阻まれ、一行は戦闘態勢へと突入した。
 アヤカシは皆一見すると魚のような外見をしているが、泳いでいるのは海ではなく、空中である。
 飛突魚と呼ばれるそのアヤカシは、ヒレを翼のように羽ばたかせながら、敵意をむき出しにして真っ直ぐに開拓者達の方へ突っ込んできた。
「こんなところで足止めを食っている訳にはいきません! 突破しましょう!」
 瞬時につがえた矢を放ち、先頭の飛突魚を打ち落とした巳斗(ia0966)の言葉をきっかけに、流星の面々は迫り来る飛突魚に真っ向から向かっていき、滴を払うかのごとく次々と切り捨て、撃ち落としていった。
「む、見つけました!」
 戦闘はひとまず流星の面子に任せ、後続の明星の面々は、流星が切り開く道の先や枝分かれした通路などに視線を走らせ、乗員のいる痕跡を探していたのだが、明星の面子である炎鷲(ia6468)が、未だ途切れずに襲ってくる飛突魚の群の向こうに、心眼で最初の人影を見つけ出した。
 通路の先。壁の穴から飛突魚が雪崩込んできているその向こう側で、動けずにいる暁星の乗員の姿を見つけた一行は飛突魚を撃退する手を速め、やがて飛突魚の流れが収まると、乗員達の方へ駆け寄って行った。
「安心してください、もう大丈夫ですよ」
 白野威雪(ia0736)の言葉を受け、身を縮こまらせていた乗員達はようやく安心した表情を見せ、天宮蓮華(ia0992)の神風恩寵の治療を受けながら、状況を話してくれた。
 その場に三人いた乗員の内の一人がこの暁星の副長であり、生き残った乗員を船内各所から集めて回っていたのだと言う。
 副長には、片腕が無かった。
「よくぞご無事でいて下さいました。生き残った全員、私達が必ず天義の地までお連れいたします」
 副長の手を取り、強い意志を込めて言うフェルル=グライフ(ia4572)の姿に、怪我を負い、希望を失いかけていた乗員達は、再び生きる気力を見いだしたかのように瞳を輝かせ、互いの体を支え合うように立ち上がった。
「皆さん、敵が来ます、急ぎましょう」
 敵の再接近を目敏く関知した巳斗に言われ、一行は副長の案内のもと、急ぎ足で乗員達が身を隠している倉庫へと向かった。
 そこには五人の乗員が隠れており、皆少なからず怪我を負っていたが、特に重い怪我を負って腹部から血を流している者も居た。
 天宮と白野威の神風恩寵で治療を受け、一先ずは一命を取り留めた重傷者に肩を貸しながら乗員達は立ち上がり、開拓者達と共に倉庫を出た。
 すると、先ほど巳斗が気配を感じていた通り、一行が歩いてきた道を飛突魚の群が追いかけてきており、それを見た乗員達は声にならない悲鳴を上げた。
「もう救助船が着いている頃です。明星は乗員さん達を連れて救助船へ向かってください。ここは抑えます」
 乗員達と明星の面々の前に進み出て、三笠は珠刀を構えて壁となるかの如く立ち塞がった。
 巳斗、風月も共に並び立ち、白野威は後方で支援の態勢について、飛突魚がここを通り抜ける事は容易ではなくなった。
 その背に確かな守護の力を感じ、明星の面々は乗員達を連れて別ルートで救助船へ向かうべく踵を返した。
「私は案内のために残ります。皆を、よろしくお願いします」
 他の乗員の隠れ場所までの案内役を買って出た副長を残し、乗員達は明星の面々に誘導されながらその場を離れた。
 背後から聞こえてくる戦いの音に後ろ髪を引かれながらも、明星は乗員達の命を守る光となるべく、真っ直ぐに前を見て救助船へと向かっていった。

●流星
「三笠さん、後ろです!」
 珠刀で飛突魚を薙ぎ払った三笠の背後に迫る別の飛突魚を発見し、巳斗が咄嗟に知らせると、三笠は瞬時に振り返り、そのまま回転切りの勢いで飛突魚を斬り捨てた。
 その一撃を掻い潜ったアヤカシも、すぐさま風月の拳の前に打ちのめされている。
戦いっぱなしという訳ではないものの、ある程度の間隔を置いて、アヤカシは幾度と無く襲い掛かってくる。
 飛突魚以外の禍々しい風貌の海生アヤカシも混じり始めたが、どのアヤカシも然程の力を持っていないというのが幸いして、白野威の神楽舞を受けて能力を底上げしている巳斗と三笠、風月の三人は次々とアヤカシを打ち倒しつつ、副長の案内によって船内の奥へと足を進めていった。
 副長の案内に加えて、巳斗の心眼でも小まめに生命の反応を調べながら進んで行ったが、時折既に息絶えてしまっている乗員も多く見かけた。
 白野威は出来得る限り遺体に手を合わせ、巳斗と共に遺品を回収し、助けられなかった屍達を乗り越えて先へ進んだ。
「この先です。何事もなければ、まだ中に何人か‥‥」
 やがて、副長の案内の下、乗員の居住スペースまで辿り着いた一行は、今まさにアヤカシに襲われる寸前の乗員達を視界に捉え、有無を言わずに動いた。
 三笠が咄嗟に上げた咆哮を聞き、乗員に牙を向けていたアヤカシ達は、突如として現れた開拓者達の方へ引き寄せられるように視線を変え、そのまま飛び掛ってきた。
 瞬時に放たれた巳斗の矢に何匹かがすぐさま撃ち落され、それを逃れた残りのアヤカシは三笠と風月が迎え撃ち、極力乗員達との距離を取りながら戦闘へと突入した。
 アヤカシとの戦闘を擦り抜けるように、白野威と副長はアヤカシに襲われる寸前だった乗員達の下に駆け寄ると、その背を守るように巳斗が素早く移動し、救護の態勢を整えた。
 乗員は全員で四人。皆一様に怪我を負っていたが、全員とも白野威の神風恩寵の治療を受けてある程度回復すると、ゆっくりとだが立ち上がり、自分達の命が助かった事に涙した。
「大丈夫か。落ち着け」
 さほど数の多くなかったアヤカシの撃退を終えた三笠と風月は小走りに乗員達のところに合流し、まだ気持ちが落ち着かない様子の乗員達に、風月は持参した手拭を差し出して声をかけた。
 乗員達は少しずつ平静を取り戻し、やがて、自分達が知っている他の乗員の居場所を話してくれた。
「なるほど‥‥アヤカシの出てきた方向ですね‥‥」
 説明を聞いた三笠は、先ほど蹴散らしたアヤカシ達を思い出して小さく呟いた。
 一行は緊張感を全身に走らせ、乗員達の同意を確認すると、説明を受けた方へと歩き出した。
 乗員達の足は重かったが、助かりたい、そして仲間を助けたいという本能的な願いが、自然と体を動かしているようだった。
「急ぎましょう、まだ救える命があります」
 白野威の言葉に皆同調して頷き、一歩一歩と確かな歩みを進めた。
 災厄から帰還したこの船の中で消えかけている命の灯火を、魔の存在に貪らせないために。
 彼らは流星の如く、命有るところへ向かっていく。

●明星
 最初に助けた八人の乗員を無事救助船まで送り届けると、明星の面々は再び船内に戻り、乗員の捜索を続行した。
 先に捜索を進めている流星が既に捜索をした場所の壁や柱には印が残されており、それを頼りにして、明星はまだ流星が捜索を行っていない場所を隈なく見て回った。
 流星と同じように、明星の面々も、道中で発見した遺体に手を合わせ、遺品の回収も行うよう心がけているが、時折襲い来るアヤカシがそれを許さない事もある。
 道を塞ぐアヤカシの群は、天宮の神楽舞を背に受けつつ、フェルルと炎鷲が手早く撃退しているものの、やはりある程度の間隔を置いて何度も何度も襲い掛かってくる。
 自然と焦りを感じる一行だったが、落ち着きを忘れては救えるものも救えない。
 焦らず、それでいて急ぎながら、破損した内壁などに気をつけつつ歩みを進めていくと、やがて一行は通路の途中で蹲るようにしている三人の乗員を見つけた。
「お助けに参りました、ご安心ください」
 すぐさま駆け寄り神風恩寵での治療を始める天宮に、乗員達は喜びの表情を見せたが、その表情はまだどこか苦渋さを感じさせた。
 三人の内の二人は比較的軽傷なのだが、一人はかなりの重傷を負っており、右足の骨折のせいもあって一人で歩く事も適わない状況だった。
「これは酷いですね‥‥動けなくて当然です」
 乗員達の怪我を見た炎鷲は止血剤と包帯を取り出して治療を手伝い、フェルルも持参した止血剤や岩清水を提供した。
 すぐにでも救助船へ連れて行かねばと判断した一行だったが、それを阻むかのように、通路の奥からアヤカシの群が迫ってきた。
「私達がいる限り、乗員の皆さんには指一本触れさせません!」
 フェルルが咄嗟にアヤカシと乗員との間に立ち塞がり咆哮を上げてアヤカシを引き付けると、炎鷲もその隣に並び立って迎え撃った。
 隼人で群の先頭に急接近したフェルルが長巻を薙いでアヤカシを纏めて蹴散らし、フェルルが打ち漏らしたアヤカシは、横踏と炎魂縛武を駆使した炎鷲が撃退する。
 その間に乗員達は互いに肩を貸し合って立ち上がり、弓を構えた天宮に庇われながら少しずつ救助船の方へと進み始めた。
 アヤカシと相対している二人も、天宮らの歩みに合わせて少しずつ後ろに下がりながら続いている。
 幾度と無く襲い掛かってくるアヤカシであったが、流星、明星共にかなりの数のアヤカシを撃退したせいもあってか、一度に襲い掛かってくるアヤカシの数は少しずつ減っているということも事実である。
 徐々に勢いを落としていくアヤカシの群に勝機を感じる一行だったが、怪我を負い動けずにいた乗員達にはまだ恐怖が消えない。
 無事に送り届けるまで、全力で挑む。
 そう改めて意識を強めながら、明星は救うことの出来た命が進む未来を照らすべく、力強く進んで行った。

●光星
 救出活動開始から数時間が経過した頃、暁星内のアヤカシは開拓者達に打ち倒されほぼ壊滅した。
 が、救出活動を妨げるものはアヤカシだけではない。
 船体各所からの浸水が少しずつ進んでいるという状況は、救出活動を行っている開拓者達には防ぎようが無く、それは着実に悪化していた。
 海水が入り込んでいる場所を回避しながら進まなければいけない場面も増え始め、救助船へ戻る際にも、大きく回り道をしなければいけない。
 救出を行えない程に浸水が進むのが先か、生き残っている乗員全てを救出し終えるのが先か。
 その静かなる戦いの結末は、開拓者達の勝利という形で幕が降りた。
 船内を一頻り確認し、全ての乗員を無事に救助船まで誘導し切ると、開拓者達も全員無事に船に乗り込み、暁星を離れることが出来た。外は既に日も落ち、すっかり暗くなっている。
 救助した乗員の数は総勢で十八人。
 当初開拓者達が知らされていた乗員の数は二十五人〜三十人ということだったが、巨大アヤカシとの戦闘時などに先んじて救助された乗員などもいるようで、正確な数は把握できていないものの、最後まで暁星に残っていた副長が記憶する全ての乗員は、無事に開拓者達によって救出されている。
「ちゃんと全員、お救いできましたよね‥‥?」
 しかし、乗員の顔や名前を全て把握出来ている訳ではないという実情、やはりどこか不安感が残るのも確かである。
 天宮は救出活動が終わった安堵感と共に、それを顕著に感じているようであった。
「船内は隈なく見て回りましたし、大丈夫ですよ。そう信じましょう」
 救助船内で天宮の隣に腰を降ろしていた巳斗が、不安げな天宮の顔を覗き込みながら持ち前の笑顔で安心させるように言うと、天宮もどこか落ち着いた様子で、張っていた肩の力をゆっくりと抜き、巳斗に笑顔を返していた。
 巳斗を挟み込むようにして天宮の反対側に座っている白野威も、巳斗に同調して頷いている。
「助けられなかった方の遺品も、何とかほとんど回収できましたし、良い結果だと考えましょう」
 白野威の傍らに置かれている袋には、皆が集めた遺品が詰まっている。
 救うことが出来た命も多いが、開拓者達の手が届くよりも先に失われてしまった命も多々ある。
 そんな、儚く散ってしまった命を偲ぶかのように、天宮らとは別の救助船に乗り込んでいたフェルル、同じ明星の班で行動した炎鷲や、流星班の三笠や風月は、共に暁星へ視線を向け、押し黙ったまま何かを考え込んでいる様子だった。
「‥‥随分な大騒動でしたね」
 最初に沈黙を破ったのは、三笠だった。
 ボロボロになった巨大な飛空船の姿は、その大きな姿とは裏腹に、どこか虚しく儚い雰囲気を身に纏っており、嵐の壁を越えてきたという偉業を達したはずの暁星がこのような姿になってしまう程の事件だったのだと、改めて認識したような言葉だった。
「まったくもって、その通り、だな。しかし‥‥」
「俺達のやるべきことは確かにやり遂げたはずです」
 頷きながら口を開いた風月の言葉に、炎鷲が風月の言わんとしていた言葉を的確に繋げた。
 救えず、失われた命を悔やむ気持ちはどうしても生まれてくるが、それに囚われ続けている訳にもいかない。救うことが出来た命がこれから再び歩いていくこの地を守るために、前を向いて進んでいかなければならない。
「どうか、安らかに眠ってください」
 皆の意思を代弁するかのように、フェルルは小さな声で弔いの言葉を呟いた。
 その言葉は波の音に掻き消されてしまうほど微かだったが、もう大分遠くになってしまった暁星にも届いているはずだと、皆が思い、頷いていた。
 夜の潮風が、去り行く開拓者達の背を押すように、静かに吹き抜けていった。