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■オープニング本文 ●出会いしその人は‥‥ 「さ、さむい‥‥凍っちゃうよぉ‥‥」 吹き荒ぶ寒風に身を震わせながら、流実枝はやっとの思いで目的地である宿場町へと足を踏み入れた。 日暮れにはまだ少しばかり早い時刻だったが、いつにも増して寒さが身に凍みる中の歩き通しですっかりくたびれていたため、実枝は町に入るや否や、すぐに今晩の宿探しを始めた。 理穴と武天の国境付近に位置するこの宿場町は目立って有名という訳でも無かったが、どこの宿屋も自分達の売りとしている様々な特典をあれやこれやと宣伝しており、中々の個性派な宿場町だと感心しながら、実枝は軒を連ねる宿屋の看板を吟味するように眺めて回った。 「どこがいいかな〜。ご飯が美味しいそうなところは‥‥っと」 迷いに迷った末、店頭に置いてあった食事のお品書きが決め手となって、実枝は町の中ほどにある、大きくも小さくも無いごくごく一般的な宿屋を今晩の宿と決めた。 迷っている間はそちらに意識が向いていた為かあまり気にならなかった寒さが、宿を決めた途端に再び襲ってきたので、実枝は体を震わせながら急ぎ足で宿屋の入り口へ向かった。 が、すぐには宿の中へ入る事は出来なかった。 宿屋に向けて一歩を踏み出しかけた実枝の体は、突如衝突してきた何者かによって冷たい地面に押し倒された。 何事かと驚く実枝の視界に飛び込んできたのは、自分にぶつかった勢いで転んだのであろう、十四、五歳の少年が、自分と同じように冷たい地面に倒れこんでいる姿だった。 「いたたた‥‥君、大丈夫?」 実枝がゆっくりと起き上がりながら少年に声をかけると、ぶつけた箇所を押さえて痛がっていた少年もまたゆっくりと起き上がり、やがて何かに気付いたかのように慌てて実枝の方へ詰め寄った。 「助けてください! 追われてるんです!」 あまりにも突然の事に、実枝は少年の言っている事が一瞬理解できなかったが、少年の必死な表情はとても悪ふざけの類とは思えなかった。 少年が走ってきたであろう方向に視線を向けると、そこには確かに何かを探している数人の人影が見える。 実枝は意を決し、少年の手を引いて先ほど自分が入ろうとしていた宿屋の入り口へ駆け込んだ。 「いらっしゃいませ。二名様でいらっしゃいますか?」 二人の状況など知る由も無い、ゆったりとした立ち振る舞いで出迎えてくれた女将に、実枝は迷い無く頷いた。 ●少年の向かう先 用意された部屋に入ると、少年はそこでようやく緊張の糸が切れたのか、体中の力が抜けた様子でぐったりと座り込んでしまった。 その対面に腰を下ろした実枝は、軽く自己紹介を済ませると、少年に事情を聞きだした。 少年は言い出し辛そうにしながらも、姿勢を正して話し始めた。 「僕は‥‥奏生の輸出商、作間玄治郎の息子、作間正宗といいます」 輸出商の作間とは、実枝も耳にした事のある名だった。 近頃徐々に実力を付けつつあるという実力派の商人だと、ここに来る道中に噂話で耳にしていた。 「追って来ていたのは、父の商売敵が雇った刺客達です。父は今、武天の取引先の下へ出向いているのですが、事情があって僕もそちらへ行かなければいけなくなったんです。その道中を奴らに狙われて‥‥この町に入る直前に襲撃に合い、連れの者達は皆奴らの手に掛かってしまいました。僕一人が、何とか町の中に逃げ込んで‥‥奴らは多分、僕を人質にして父と取引しようと企んでいるんです。今の商談相手は、その商売敵と競って手に入れたのだと、父が言っていましたから」 段々と表情を暗くしていく正宗がどんな目にあったのか。想像しながら、実枝は心が痛むのを感じた。 連れの人達を殺され、取り残された自分一人で当ても無く逃げるというのは、どんなに恐ろしい事だっただろうか。 大人達の商売争いに巻き込まれた正宗の境遇を知り、実枝は正宗と同じかそれ以上に、表情に暗い影を落としていた。 「匿ってくださって、本当に感謝しています。もうしばらくしたら、隙を見て出て行こうと思いますので、それまでどうか、ここに居させてください」 正宗が一人で逃げる気でいることを知った実枝は、驚いて身を乗り出した。 あまりに勢いがよかったので、正宗も釣られるように驚いて身を仰け反らせた。 「一人でなんて危ないでしょ。私が何とかしてあげるから‥‥」 「し、しかし、あまり長居してしまっては、この宿屋の人達にも迷惑が掛かってしまいます。それに、無関係な実枝さんを巻き込む訳にもいきません」 気が付けば正宗本人よりも必死になっている実枝だったが、正宗は対極的に落ち着きを払い始めていた。 だが実枝は、その落ち着きは本心からのものではなく、落ち着こうと努力し、恐怖に必死に耐えているだけなのだと、本人も気付かないほどに薄っすらと浮かんでいる涙を見て気付いていた。 「私ね、困っている人を放っておけないタチなの。事情を聞いた時点で、無関係だなんてもう思えないわ。だからお願い、私に手伝わせて」 真摯な表情で訴える実枝を見て、正宗はそれ以上実枝の好意を拒絶できなかった。 まさかここまで真剣になってくれるとは思ってもいなかったのか、しばらくの間正宗は唖然とした表情で実枝を見つめていたが、やがて申し訳なさそうな、それでいてどこか嬉しそうな顔をして、よろしくお願いしますと言いながら頭を下げた。 「よし、そうと決まれば、まずは助っ人呼ばなきゃね」 この期に及んでまだ自分を助けてくれる人が増えるのかと、正宗は驚いて顔を上げた。 正宗の視線の先の実枝は、信頼と期待感で輝く瞳を、小窓から見える、まだ仄かに明るい夕方の寒空へ向けていた。 |
■参加者一覧
鬼島貫徹(ia0694)
45歳・男・サ
蘭 志狼(ia0805)
29歳・男・サ
鬼灯 仄(ia1257)
35歳・男・サ
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
荒井一徹(ia4274)
21歳・男・サ
仇湖・魚慈(ia4810)
28歳・男・騎
橋澄 朱鷺子(ia6844)
23歳・女・弓
春金(ia8595)
18歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●変 目立たぬよう密かに宿屋へ参上した開拓者一行は、実枝と正宗に軽く挨拶を済ませるとすぐに作戦の説明に移った。 護衛対象である正宗を別人に変装させ、小柄な春金(ia8595)を正宗に変装させることで、追っ手誘導し、遠ざけるという。 「なるほど、変装ですか・・・・でも、正宗君が着れそうな服なんて、私の換えくらいしかありませんけど・・・・」 本来、正宗には良家の娘といった風の変装をさせる予定であったが、丁度良い衣服が手に入らず、実枝の着替えを借り、使用することとなった。 「うぅ・・・・これで大丈夫、でしょうか?」 女物の服を着ることに抵抗を感じている様子の正宗だったが、まだ幼さが残る中性的な顔立ちは、女装に問題なく馴染んでいた。 正宗に背格好の近い春金の変装も違和感なく、二人の着替えが済むと、一行は二班に別れて行動を開始した。 変装した春金と実枝、鬼島貫徹(ia0694)、鬼灯 仄(ia1257)、荒井一徹(ia4274)が追っ手を引きつける囮役を担い、先行して宿を出発した。 もう一斑は変装した正宗本人と、蘭 志狼(ia0805)、秋桜(ia2482)、仇湖・魚慈(ia4810)、橋澄 朱鷺子(ia6844)が組み、先発からしばらくの間を置いて宿を出た。 「どうか、生きて辿り着けますように‥‥」 まだ朝日も昇らない時刻。正宗の呟くような祈りが、早朝の冷たい空気に染み込むようにして消え、正宗護衛作戦は静かに決行された。 ●囮 「正宗達が心配か?」 町から出る間際、実枝が見せた不安げな表情を見逃さなかった鬼灯は、口元を不敵に吊り上げながら実枝の隣に並び、歌でも歌うように軽い調子で話し出した。 「気楽にいけとも言わんが、心配しても何も始まらん。あっちにも硬い守りが付いてんだから安心しな」 それを聞いた実枝は肩の荷が軽くなったように強張っていた表情を和らげ、はい、と力強く言って頷いた。 「あまりそういった話をし過ぎると、敵に感づかれるぞ」 鬼島の忠告を受け、一同は改めて気を引き締めて町の門をくぐり、木々の生い茂る街道へと出た。 今のところは何の障害も無く歩みを進めているが、彼らの任が追っ手の誘導である以上、それが成功しているのであればどこかしらで襲撃に合う事は明白である。 どこで目を光らせているか分からない敵の存在に気を配りながら、一行は不自然さの無いように立ち振る舞い進んでいく。 彼らの周囲は、これから起こりうる戦闘など想像もさせないほど静かだった。 「‥‥おいでなすったかな?」 ふと何かの気配に気付いた荒井が小声で呟くと、すぐさま鬼灯が心眼で周囲を観察し、彼らの周囲を取り囲むように近づく者達がいるのを発見した。 春金はまだ正宗であることを崩さず、傍らの実枝に寄り添って周囲を見回した。 近づく者達の数は五。徐々に距離を縮め、やがて街道の左右を挟んでいる木々の間や茂みの影から一斉に飛び出し、各々の武器に手をかけて身構えている一行に襲い掛かってきた。 「二人とも下がれ!」 大斧で相手の刀を払いのけ、鬼島は実枝と春金を庇うように立ち塞がった。 そのまま鬼島は木々を振るわせる咆哮を上げて敵を引き付けると、荒井、鬼灯と共に迎え撃った。 「さぁ! こいつらに手ぇ出したきゃ俺を倒してみな!」 雄叫びを上げながら、荒井が大振りな剣を振り回して迫り来る相手を牽制すると、飛び退いた五人の刺客に鬼島と鬼灯が急接近した。 二人の『鬼』が最前列にいる刺客に目掛けて斧と刀を振り上げ、それを刺客達が刀で受け止めると、得物のぶつかり合うけたたましい音が街道に響き渡った。 刺客達は体を襲う衝撃に身を強張らせて抵抗し、口元をきつく結んでそれぞれの得物を振り払った。 「なるほど、そこそこやるようだが‥‥どこまで持つかな?」 鬼島の挑発的な言葉を受けて怒り心頭の刺客達は、表情を引きつらせ、勢いと数に任せて突っ込んできた。 二人は次々に打ち出される攻撃を払いのけ、往なしながら、刺客達を捕縛するための隙を伺った。 対する刺客達は相手が開拓者である事を察し、半ば自棄になって攻撃を繰り出している様子。 志体を持たない者としては上々な腕ではあったが、まだ彼らを相手に対等に渡り合える力は無いようであった。 「くそっ! そのガキを寄こせ!」 そんな自棄になった刺客の一人が攻防から外れ、実枝と春金へ刃を向けた。 春金はいよいよ正体を隠す事をやめて迎え撃とうと実枝の前に出たが、刺客の振り上げた刀と春金の短刀がぶつかるよりも先に、荒井の大剣が刺客の刀を弾き飛ばしていた。 両者の間に割り込むように現れた荒井の一撃は微かな風を起こし、春金が被っていた笠が空中へ舞った。 一瞬焦りを見せた春金だったが、すぐに開き直って堂々と刺客の目を見据え、ぴったりと視線の合った刺客は驚きのあまり動きを止めてしまった。 「な、なにっ‥‥!? 女!?」 そう叫んだ次の瞬間、刺客は白目を剥いてその場に倒れた。 刺客の鳩尾を剣の柄で強打した荒井は、残念だったな、といらずらっぽく言うと、鬼島と鬼灯の加勢に向かったが、こちらの戦いも既に終局を迎えていた。 意識のある者もない者もいたが、峰打ちや打撃を受けた五人の刺客は全員共地に伏し、抵抗しなくなった。 刺客達が再び動き出す前に、蘭から受け取っていた荒縄を使って全員を拘束すると、悔しげに表情を歪めている刺客達に、春金はしてやったりといった様子で近寄っていった。 「さぁて、聞きたいことは色々とあるが、まずは他の仲間について聞かせてもらおうかのぉ」 春金は横たわっている刺客の顔の間近で毒蟲の式を召還し、不敵に笑いながら顔の周囲を蠢かせた。 刺客達の表情は悔しさから恐れに変わり、やがて渋々ながらまだ仲間が五人いることを話した。 それを聞いた実枝は再び心配そうな顔をしたが、先ほどの鬼灯の言葉を思い出し、すぐに表情を戻すと、仲間達に先を急ごうと促した。 同意して頷いた開拓者達は縛り上げた刺客達を連れて町まで戻り、役所に引き渡すと再び正宗護衛という衣を被り、仲間達の後を追った。 ●真 一斑の仲間達が追っ手の一部を引き付けている間に、正宗本人を含むもう一斑の面々は、町から大分離れた所まで歩みを進めていた。 正宗の足並みが心配されていたが、一行が予想してたよりもしっかりとしており、蘭の提案で時折軽い休憩を挟みこそしたが、中々調子の良い進み具合だった。 「‥‥っ! 来ます!」 だが、その歩みを妨げる者達は、容赦なく彼らの前に姿を現した。 逸早くそれを察した橋澄のお陰で防ぐ事が出来たが、正宗以外の者達に向けて放たれた四本の矢は、寸でのところで的をはずし、それぞれ開拓者達の足元の地面に刺さっている。 「そこのガキ、作間の正宗だな。変装させて騙そうってのはいい考えだったが、俺の目は誤魔化せないぞ」 木々の陰から姿を現したのは、凶悪さが滲み出た顔とは対極的な、白い装束に身を包んだサムライと、その配下と思われる二人の男だった。 「何の事だか解りかねる。人違いではないか? 我々は‥‥」 「違ったところで、全員斬り捨てるだけだ」 蘭が隠れ蓑として用意しておいた言葉を言い放ったが、白装束は聞く耳を持たない。 この白装束が正宗を狙った刺客達の頭領で、志体を持つ者であるということを気迫から察した一行は、全身の神経を研ぎ澄まし、諦めて武器を構え応戦の態度をとった。 「と、いうわけだから、ガキ以外は大人しく死んでくれ」 白装束が放ったその言葉をきっかけに、背後で構えていた配下達が一斉に詰め寄り、刀を抜いて襲い掛かってきた。 その初撃を蘭の槍と仇湖の脇差が防ぎ、正宗と、秋桜と橋澄を守った。 「構わん、先に行け!」 目的地までもうあまり距離は無い。 ここで正宗を戦闘に巻き込むよりも、自分達が刺客を足止めしている間に、一気に駆けてしまうほうが良いと判断した蘭は、正宗を庇うように立っている秋桜と橋澄にそう言い放ち、その意図を察した二人は無言で頷き合うと、正宗の手を引いて駆け出した。 その背に向けて刃を振り上げる者がいたが、仇湖が空かさず間に割り込んで防循術で防ぎ、脇差を振るって牽制した。 「悪いですが、子供の前で格好悪い所は見せられませんので」 三人の刺客と対峙し、正宗達の盾となるように立ち塞がった仇湖。 その横に並び立ち、蘭もまた、槍を構えて牽制し、咆哮を轟かせた。 「さあ、この蘭志狼の相手をするのはどいつだ? 覚悟の良い者から掛かって来い‥‥!」 背に響く雄叫びを聞き、正宗は振り返りたい衝動に駆られたが、手を引く秋桜がそれをさせなかった。 彼女と、その隣で弓に矢を番えながら走っている橋澄の目は、ただ真っ直ぐに道の先を見ていたからだ。 途中、道の両脇から挟みこむように飛び出してきた二人の追っ手に奇襲を受けたが、死角からの接近を秋桜は背拳で正確に捉えて後ろ回し蹴りを叩き込み、続けざまに放った疾風脚で襲撃者を茂みの中に弾き飛ばした。 橋澄も矢を番え終えていた弓を瞬時に標的へ向け、迷い無く対象を射抜き、迫り来る脅威から正宗を守った。 「振り返る暇は無いです。わたくし達と、盾になってくれているお二人を信じてください」 秋桜に促され、正宗は気付かぬうちに震えていた足を無理やり動かし、ふらつきながらも二人に続いて力の限りに走った。 もう振り返ろうとすることは、無かった。 ●闘 戦いは、あまり長くは続かなかった。 白装束が繰り出すがむしゃらな斬撃を、蘭は槍構の体制で薙ぎ払い続け、時たま割り込んでくる他二人の刺客も仇湖の援護を受けつつ応戦し、白装束を捕縛する隙を伺っていた。 相手が志体持ちである以上、他の者達と同じようにはいかない。白装束の攻撃は彼らに勝るとも劣らない威力と正確さを持っており、時折繰り出す蘭の攻撃も、中々白装束を捉えられずにいる。 しかし、蘭と仇湖の中にある本能的な何かが、目の前の者と自分達との決定的な差を、はっきりと感じ取っていた。 「おらおら! そんなもんか開拓者!」 挑発的に喚く白装束の攻撃を蘭が槍先で巻き上げるように弾き、そこに生まれた隙を突いて槍を突き出す。 白装束はそれを回避すると、懐に飛び込んで再び刀を振り上げる。 刺客の一人を打ち倒した仇湖が白装束の刀を防ぎ、蘭は一歩後ろに下がって白装束との距離を取り、槍の切っ先を突きつけるもっとも良い位置に足を付き、そして槍を突き出した。 白装束はその一撃を回避するべく強引に身を捻り、苦しげな表情を浮かべながら後方に飛び退くと、残っていたもう一人の刺客が、何も考えていないということを隠しもしない勢いで正面からかかってきた。 闇雲に振り下ろされた刀を受け止めたのは仇湖。そのまま刀を弾き返し、怯んだ刺客は接近した蘭の槍で薙ぎ払われ、地面に体を強く打ち付けて倒れた。 そして、その倒れた刺客に白装束が気を取られた瞬間が、勝負の決め手を作る決定的瞬間となった。 白装束が顔を上げた時にはもう遅く、懐の内に踏み込んだ仇湖の脇差の切っ先が白装束の腹に突き立てられ、射程を目一杯使った蘭の槍は、身動きをとれずにいる白装束の喉元に張り付くように狙いを定められていた。 「盾は何かを守るためのもの。決して、破られる訳にはいかない!」 「故に隙を許されず、また、許しもしないのです」 力強く言い放つ二人を前にして、白装束は刀を握る右手の力のみを抜き、刀が地に落ちる音を聞くと、悔しさを滲ませた表情で舌打ちをし、その場に跪いた。 蘭と仇湖は荒縄で白装束と残り二人の刺客を縛り上げ、担ぎ上げたり引き摺ったりしながら、急ぎ目的地へと駆けていった。 ●別 夜と呼ぶにはまだ少し早い時刻。 目的地であった理穴と武天の国境付近には、正宗と、彼の護衛を勤めた八人の開拓者、そして実枝の総勢十人が、無事一同に会していた。 正宗を迎えに来た使いの者とも無事に合流し、追っ手も、秋桜と橋澄に倒された者を除けば全員捕らえた上、背後関係についても聞き出し、使いに知らせることが出来た。 結局二班共襲われる事になってはしまったが、正宗にも開拓者達にも怪我は無く、まさに一件落着という言葉が似合う、そんな瞬間だと、実枝は心底ホッとしながら感じていた。 「皆さん、本当にありがとうございました。皆さんのお陰で繋ぐ事が出来たこの命、決して無駄にしないよう、努力していきたいと思います」 正宗は深く頭を下げて礼を言ったが、年に似合わぬその生真面目さは、どこか安心し切れないところもあった。 彼が今回の事件を受けて何を感じたのか、その本心は誰にも分からないが、彼が今後再びこのような目に合わないようにするために必要なことを考えていた秋桜は、正宗との別れ際に、あるものを手渡した。 「正宗様、この書状を父君にお渡しいただけますか?」 手渡された書状を大事そうに受け取り、正宗は必ず渡すと約束を残して、使いの者と共に開拓者達の下を後にした。 「正宗くーん! また何処かで会おうねー!」 もうだいぶ正宗の姿が遠くなってしまったところで、実枝は皆の前に出て大声で叫びながら手を振った。 それに気付いた正宗は立ち止まって振り返り、今までで一番の笑顔を見せながら、子供らしく大きく手を振って返した。 その笑顔と無邪気さが失われる事無く、彼の未来が安寧である事を祈りながら、開拓者達も踵を返し、その場を去っていった。 ●和 正宗が受け取った秋桜の書状には、このような言葉が綴られていた。 『賊を雇った商売敵が悪なのは当然。ですが、取引を得る為に如何な手を使ったか存じませぬが、父君も只の被害者ではございますまい。商売に没頭する余りに、御子息に目が届いていなかったのではござらぬか。他ならぬ実父の商いが元で御子息の命が危ぶまれた事、ゆめゆめお忘れなき様。肝に命じて頂きたい。誠の被害者は、只、正宗様お一人』 これを読んだ正宗の父、玄治郎は商談を早々に切り上げ、正宗を連れて急ぎ足で理穴の家へと帰ったという。 それ以降、作間の商売はやや下火となっていったが、玄治郎を良く知る人によれば、あの日以降、玄治郎も正宗も、以前に増してよく笑うようになったという。 |