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■オープニング本文 ●新年最初の大騒動 「あああああ〜〜〜っ! だめだぁああああ〜〜〜っ!」 年の瀬も迫った慌しいこの時節。 武天のとある町の外れに位置する小さな小屋の中で、小柄な男が一人、切羽詰った表情で誰に向けてでもなく大声で叫んでいた。 正確には、小屋の中にいるのは彼一人では無かった。彼の足元から小屋の隅まで、白く美しい毛並みのもふらさまが十数匹ほど、だらだらとした様子で寝そべったり、大口を開けて欠伸をしたりしている。 彼の大きな、そして悲痛な叫び声を聞いてもまったく反応を示さず、もふらさま達はひたすらに怠け続けていた。 「まずい、まずいぞ‥‥このままでは私の面子が立たん‥‥どうしたものか‥‥どうしたものか‥‥」 男は足元で鼾を立てながら眠りこけているもふらさまを蹴り飛ばしたい衝動を必死に抑え、変わりに物凄い勢いで地団太を踏みながら必死に考えを巡らせていた。 時たましゃがみこんでもふらさまを揺すってみたり、声を掛けてみたりもしている。が、反応は無い。徹底した無視だった。 男は徐々に体を震わせ、やがて顔を真っ赤に染めながら再び雄叫びを上げた。 「こんのもふらどもなぁぁんで言う事聞かないんだああああああああああああああ!!」 その雄叫びは小屋を震わせ、近所のおばちゃんに耳鳴りを起こさせるほどだったが、それでももふらさまは一匹たりとも反応を示さなかった。 まるでこの男の言う事は絶対に聞かないと心に誓ってしまっているかのようで、実のところ、まさにもふらさまの心境はその通りだった。 男はこの小屋のもふらさま達を操る曲芸師で、まだまだ駆け出しの身だったが、この町においてはそこそこの知名度を獲得しつつある期待の新生であった。 だが、彼が今回受けた仕事、正月にこの町で開催される『新春隠し芸大会』の出演を間近に控えた今日、彼のもふらさまは一匹として彼の言う事に耳を貸さず、食事を摂る時以外は動こうともしなくなってしまったのだった。 原因も分からず、当然ながら解決法も分からない彼は、こうして虚しい雄叫びを上げるしか出来る事が無かった。 「私がせっかく築き上げた信頼が‥‥せっかくの晴れ舞台が‥‥どうなってるんだよぉ‥‥」 ついにへたり込んでしまった彼に、答えるもふらさまは一匹もいない。返ってくるのはただ、ふてぶてしい欠伸だけ。 男はそれきり口を閉ざし、そのまま何も飲まず、食わず、寝ているようで寝ずに一晩を過ごした。 翌朝、小屋の隙間から差し込んでくる朝日を浴びてようやく男は顔を上げ、そして徐に立ち上がり、大きな鼾を立てて眠っているもふらさま達を一瞥すると、ゆっくりと小屋を出て行った。 その年最後の日の出は、彼の寂しい背中を見守るように、燦々と輝いていた。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
水津(ia2177)
17歳・女・ジ
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
奏音(ia5213)
13歳・女・陰
太刀花(ia6079)
25歳・男・サ
久我・御言(ia8629)
24歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ●理由 町に到着した開拓者達が最初に目をとめたのは、鬱屈を体中に纏わりつかせたような様子の男だった。 一目でそれが依頼主のもふら使いだと分かった開拓者達は男に声をかけ、上の空だった男を気付かせるのに梃子摺りながらも、まずは例のもふらさま達がいる小屋へと案内してもらった。 小屋には聞いていた通り沢山のもふらさまが、所狭しと敷き詰められながら寛いでいた。 「こんなに沢山いるとは‥‥流石に圧巻だ」 思わず呟いた久我・御言(ia8629)に、一匹のもふらさまが訝しげな視線を投げかけているのを見つけた斉藤晃(ia3071)は、足元のもふらさまを踏みつけないように気をつけながらそちらへ寄って行き、腰を屈めて視線を合わせた。 「あの男と何があったんや? 愚痴ぐらいは聞くで。酒でも呑むけ?」 自前の酒を取り出し、その場でぐびぐびと飲み始めた斉藤に続き、葛切カズラ(ia0725)もまた、興味があるのか無いのかよく分からない顔で一行を見ていたもふらさまに声をかけた。 「私にも教えてくれないかしら。何で集団ボイコットなんかしちゃったの?」 その手にはやはりしっかりと酒瓶が握られており、こちらも斉藤同様、酒を交えて話を聞きだす腹積もりらしい。 「止めはしませんが‥‥本番に差し支えない程度にお願いしますね」 太刀花(ia6079)は溜息混じりに言うと、小屋の外で惚けているもふら使いのもとへ行き、酒こそ口にしなかったが、こちらも事情を聞き始めた。 何故もふらさまが言う事を聞かなくなったのか。依頼の内容とは別に、その理由を知り、解決したいという気持ちが彼らにはあった。 「まあ気い落とさんと、何で言うこと聞かなくなったのかを理解せんとな」 天津疾也(ia0019)も太刀花の隣に立ち、がっくりと項垂れているもふら使いの肩を叩きながら、あまり重い雰囲気にならないよう軽く言葉をかけた。 すっかり気を落としてしまっているもふら使いから話を聞くことも、だらけきってしまっているもふらさま達から話を聞くことも早々簡単ではなさそうだったが、一行は隠し芸大会の本番が始まるまでの時間を精一杯使って、両者の話を聞き続けた。 「もふらさま〜かわい〜ですの〜」 そんな中、一人もふらさまと半ば一方的に戯れている奏音(ia5213)を見て、ルオウ(ia2445)は呆れたような顔をして苦笑交じりに呟いた。 「奏音はマイペースだなぁほんと。なぁ‥‥」 同意を求めるようにして振り返った彼の視界に入ったのは、ぎらぎらと燃え盛る炎を瞳に宿した水津(ia2177)だった。 「今日この町を私と私の『焔』の虜にする‥‥そう! 燃え盛る炎が全てを飲み込むように!!」 そのあまりの荒々しい雰囲気に、ルオウは思わず口を噤み、乾いた笑いをこぼした。 「は、ははは‥‥俺、もふら使いに芸のコツでも聞いてこようかな‥‥」 何ともしっちゃかめっちゃかな様子ではあったが、こうして時間は過ぎていき、やがて今日彼らがこの町に集まった最大の理由である隠し芸大会の開始時刻が近づくと、もふら使いの男ともふらさま達に自分達の芸を見てくれるようにと言い残し、彼らはもふらさまの小屋を後にした。 しばらく考えを巡らせてから、もふら使いの男は小屋を出ていき、特に話し合ったわけでも何でもなかったが、もふらさま達もまた、同じ時刻に小屋を出、隠し芸大会の会場へと向かって行ったのだった。 ●開幕、絢爛に 広場に集まった大勢の人々の歓声と共に、隠し芸大会は盛大に幕を開けた。 斉藤を乗せた炎龍、熱かい悩む火種が会場の上空を飛行しながら煙幕を使って演出をし、更に『新春隠し芸大会』の文字が入った垂れ幕を靡かせて飛び回ることで、開幕の盛り上がりを担った。 町の内外から集った曲芸師、様々な特技を持った町人達など、豪華絢爛な芸の数々が披露されていき、隠し芸大会も終盤に差し掛かったところでついに開拓者達に順番が回ってきた。 「よっしゃー! 一番手、いくでー!」 まず最初に舞台に上がったのは、天津とその相棒、駿龍の疾風だった。 観客に向けて挨拶を済ませると、疾風は勢い良く飛び上がり、そのまま上空へと急上昇した。 そこからは、天津の手綱捌きと疾風のアクロバティックな動きによる華麗な航空ショーの始まりだった。 優雅に、軽やかに、時には激しく飛び回る疾風の飛行は、普段龍を見ることの無い人々には、まるで夢でも見ているかのようにさえ感じさせた。 「さぁ疾風、ド派手なのかましてやれ!」 天津の檄を受け、疾風は高々に吼えると急速に旋回をし、錐揉みをしつつ観客の頭上めがけて急降下し、降下できる限界のところで角度を変え、再び上昇すると全力移動で加速して軽やかに一回転してみせた。 疾風が急降下を始めた時には大きな悲鳴が巻き起こったが、鮮やかなタイミングでの変則飛行を目の当たりにした観客は大きな歓声を上げ、割れんばかりの拍手を送った。 津波のように押し寄せる歓声と拍手に後ろ髪を引かれながら、天津は疾風の手綱をしっかりと握り、確かな手ごたえを感じながら舞台を後にした。 続いて、天津らが舞台から姿を消すと、入れ替わるようにして舞台の後方から、斉藤を乗せた火種が颯爽と飛び出してきた。 観客の視線は上昇する火種に釣られるようにして上を向き、その視線の先で、火種の背に立った斉藤は広げた傘の上で鞠を転がし始めた。 「よっ、はっ、どうやっ!」 酒が抜けきっていないのかどこか紅潮した顔ではあったが、手つきも足元もしっかりとしており、軽快な掛け声に乗せて、鞠は小気味良く傘の上を回り続けている。 観客は客席の上空を徐々に上昇していく火種の動きにハラハラしながらも、拍手と歓声を送りながら見守っていた。 「そらっ! これで終いや!」 すると突然斉藤は火種の背から飛び降り、傘でしっかりと鞠を回したまま客席めがけて落下し始めた。 客席を包んでいた歓声は一瞬にして悲鳴に変わったが、落下する斉藤よりも速く降下した火種がその背で斉藤を受け止め、それでも尚斉藤が傘で鞠を回し続けているのを見ると、観客は再び歓声を上げ、ほっと胸を撫で下ろした。 斉藤は額に滲んだ汗を拭い、やりきった表情で観客に手を振りながら、火種の背で酒を一口煽りつつ舞台の裏へと消えていった。 ●穏やかな? 「さぁクロちゃ〜ん、みなさんに〜ご挨拶ですの〜」 猫又のクロと奏音の小さなコンビが舞台に上がると、観客は温かい拍手で迎え入れてくれた。 クロはどこか釈然としない表情でじっと観客を眺めていたが、奏音に言われると「に、にゃあ」と小さく鳴きながら頭を下げて挨拶をした。 「よくできました〜。じゃあクロちゃ〜ん、みなさんに〜おうたを聞かせてあげてほしいの〜」 それを聞いた途端、クロは体を硬直させてあからさまに嫌そうな顔をしたが、観客の怪訝な様子に気付き、仕方なく一歩前へ進み出た。 笑顔で手拍子を始める奏音に背を押されるようにして、クロは徐に口を開き「にゃ〜、にゃ〜♪」と、子供も良く知る民謡を鳴き声で歌い始めた。 観客の中にいた子供達もそれに合わせて歌いだし、大人達は手拍子に加わった。 いつしか会場内は合唱大会のような雰囲気に包まれ、クロが歌い終えると、奏音も含めた会場内の人々全員が大きな拍手を送った。 最初は嫌がっていたクロも、これはこれでまんざらでもないようで、どこか誇らしげに胸を張りながら、舞台袖へ歩き出した。 「クロちゃ〜ん、上手だったの〜」 そのクロを追いかけるように、奏音もまた立ち上がり歩き出した。 クロはここでまた表情を崩し、奏音から逃げるように舞台を去り、奏音は変わらぬ笑顔でクロを追いかけていった。 それと入れ替わるように反対側の舞台袖から姿を現したのは、葛切とその相棒である甲龍の鉄葎だった。 鉄葎は縄で括られた、龍の背丈よりも高い巨大な輪切りの木材の山を引っ張りながら登場し、それに騎乗している葛切は舞台の中央で鉄葎を立ち止まらせ、飛び降りて前へ進み出た。 「さぁ皆さん、今度は私、妖艶なる陰陽師葛切カズラと‥‥」 妙に艶っぽい声色で簡単に自己紹介を済ませると、葛切は斬撃符を使って輪切りの木材を固定している縄の一部を切り裂き、脇へと下がって言葉を続けた。 「私の相棒、鉄葎による、だ、る、ま、お、と、し、ですわよ」 後ろに控えていた鉄葎が木材の山の隣に並び立ち、残っていた縄を爪で切り裂くと、巨大な尻尾を振るって積み上がった木材を一番下のものから順に弾き飛ばし始めた。 丸太は素早く振りぬかれた尾に弾かれて舞台袖へと飛び込んでいき、上に積み重なった木材は形を崩すことなく、徐々に低くなっていった。 「そろそろお終いね、順調順調」 やがて最後の木材が姿を消し、一番上に乗っていた巨大な達磨が舞台上に降り立ったところで、それまで息を呑んで見守っていた観客達は一斉に拍手と歓声を送った。 葛切がそれに応えるように手を振ると、(主に男性の)歓声が更に大きくなったようだった。 一頻り拍手を受けると、葛切は再び鉄葎に騎乗し、達磨を頭で押しながら、鉄葎は舞台袖へと歩いていった。 「さて、次は俺達の番だ。準備はいいな、現八」 葛切達が舞台袖へ入るのを見送ると、太刀花と相棒の忍犬、現八は興奮冷めやらぬ舞台へと歩みだした。 新たな芸者の登場に沸く客席へ向けて、太刀花が手にしていた鍋蓋を放り投げると、現八は何を言われずとも走り出し、舞台の縁から思い切り跳んだ。 宙を舞う鍋蓋を現八は鮮やかに銜え取ると、観客と観客の僅かな隙間に降り立ち、大勢の観客達の間を縫うようにしてダッシュし、舞台に近づくと再び跳躍して、太刀花の頭上に着地した。 これは太刀花も予想外だったようで、自分の頭に対して大きすぎる現八の体積と体重に我慢しかね、太刀花は容赦なく現八を振り下ろした。 太刀花はどこか不服そうな表情をしながらも、次の芸の準備のために現八に指示をして後ろを向かせると、観客の内の何人かに舞台へ上がってもらった。 その中の三人から持ち物を一品ずつ借り受けると、太刀花は後ろを向かせていた現八を振り返った。 そこには、すっかり気が抜けてぐったりと寝そべっている現八の姿があった。 「‥‥客前で寛ぐなっ」 どこからか取り出したハリセンで太刀花が思い切り叩くと、現八は驚いて飛び起きて正面へ向き直り、太刀花は借り受けた品の匂いを現八に嗅がせると、その品の持ち主を当てるように指示した。 現八は最初の品である簪の持ち主を迷い無く当て、二人目も同様にすぐさま当ててみせた。 最後の一品である高価そうな首飾りを現八の前に差して匂いをかがせると、現八は何やら嬉しそうに口元を緩め、前足で自分を指した。 「いや‥‥君のじゃなくてお客さんのでしょうが。ほら、誰のだ?」 太刀花が何度訊いても、現八はしつこく自分を指し示し続けた。どうやら首飾りを異常に気に入ってしまったようだったが、いい加減に表情が歪み始めた太刀花を見て、渋々ながら現八は持ち主の女性を指し示した。 協力して貰った観客達を客席へ送り返すと、機嫌を損ねた様子の現八に無理やり挨拶をさせ、太刀花達は舞台を後にした。 ●終幕、そして‥‥ 開拓者達による隠し芸もいよいよ終盤に近づき、観客達は残り僅かとなった演目に期待を高まらせていた。 太刀花達が舞台を去ってから少しの間を置いて、続いて舞台に姿を現したのは、二頭の龍だった。 正確には舞台上ではなく舞台の上空であったが、二頭の龍、ロートケーニッヒと秋葉にはルオウと久我も既に騎乗しており、すぐさま二人は合同の演目へと移った。 派手に飛び回りながら、互いの手にした武器をぶつけ合う、空中演舞の始まりだった。 ルオウの刀と久我の槍。種類の違う二種類の武器が絡み合うように、相手に傷を負わせないギリギリのところで繰り出される様は圧巻で、それに加えて龍の飛行による高低差や加速を生かした演出が、観客の心をしっかりと掴んでいた。 「今だ! いけっ! ロート!」 「秋葉、旋回だ!」 演舞を行っている二人自身も、龍に乗っている疾走感と、命を奪い合う訳ではない演舞に爽快感を感じているのか、自然と笑顔が浮かんでいる。 二頭の炎龍も騎乗者の意思を理解しているのか、時たま威圧的な咆哮を上げはするものの、本気で襲い掛かるような事は無く、むしろ盛り上げのための演出として一役買っている程だった。 二人は頃合を見て互いの龍に指示を出し、二頭を急速接近させると、ルオウは久我の喉下に刀を突き付け、久我は懐に飛び込んできたルオウの顔面に向けて槍を高々と振り上げた。 ロートと秋葉は、両者が演舞の終了を意味するその形を取りやすい様に互いの体を寄せ合いつつ、喉を鳴らしながら威嚇の姿勢を取っている。 絵に描いたような迫力に圧倒された観客達は、態勢を崩さずにいる二人の開拓者と二頭の龍に怒涛の如く拍手を送った。 やがて二人は態勢を戻し、互いに一礼をしてから、観客の方へ向き直って再び礼をした。 龍達もそれに習うようにして軽く頭を下げると、舞台の裏へ向けて方向転換し、颯爽と去って行った。 「ついに私達の出番のようですね‥‥いきますよ、私の焔‥‥」 二人が去るのを見送りながら、水津は怪しげな笑みをこぼし、傍らに浮かんでいる相棒の鬼火玉を見やった。 焔と呼ばれた鬼火玉は同調するように頷き、水津もまた頷き返すと、舞台上へと上がっていった。 「お集まりの皆様! 私、『焔の魔女』と『魔女が焔』の激しく鮮やかな火炎ショーをとくとご覧あれ!」 舞台に上がるや否やそう叫ぶと、水津は舞台上に浄炎を連続して放ち、人間とアヤカシ以外を燃やさない浄炎の炎は、舞台を焦げ付かせる事無く燃え盛った。 その炎の中を舞うように、魔女が焔は飛跳躍を繰り返して飛び回った。まるで炎の海を泳ぎ回っているかのように見える。 あまりにも激しく燃え続ける炎に観客は戸惑いもしたが、徐々に炎の放つ光と熱気に魅了され始めたようで、魔女が焔が軽やかな動きを見せる度に、そして浄炎の火柱が一際高く燃え上がる度に、大きな拍手が巻き起こった。 水津は興が乗ってきたのか、浄炎に加えて無数の火種も放ち、ひたすらに炎を燃え上がらせ続けた。 しかし、勢いを増す炎は徐々に客席へと近づき、最前列の観客が流石に顔を引きつらせながら後ずさり始めたが、水津はそんなことお構い無しに炎を燃え上がらせ続けていた。 「はーっはっはっはっ! 燃えなさい! 舞台も、セットも、客席もっ!!」 「って、そらあかんやろ!」 水津が高らかに物騒な事を叫ぶと、それに間髪入れずに舞台袖から飛び出してきた斉藤が鋭い突っ込みを入れた。 指先までピンと伸ばした腕を水津の胸の高さで伸ばし、体をやや傾けながら突っ込むその姿は何とも滑稽で古典的だった。 突込みを受けた水津はハッと我に返り、それをきっかけに、燃え盛っていた炎は一斉に勢いを無くし、やがて消えた。 一瞬にしてしんと静まり返った舞台の静寂を最初に破ったのは、観客の笑い声だった。 先ほどまでの激しい演出と今の静けさの差と、突如現れた予想外の乱入者による突っ込みが、どこか可笑しかったようだ。 我に返った水津は顔を僅かに赤く染め、焔と一緒に一礼すると、そそくさと舞台袖へと消えて行った。 相変わらず酒を手にしている斉藤も、体中に付いた煤をものともせずに舞台を去り、これをもって、開拓者達による演目は全て終了した。 誰も居なくなった舞台にはしばらくの間拍手が送られ続け、舞台裏に終結した開拓者とその相棒達は、いつまでも続く拍手を聞いて確かな手ごたえを感じ、互いの労を労った。 「すごい‥‥これが開拓者の芸か‥‥」 一部始終を客席から見守っていたもふら使いの男は、呆然とした表情で舞台を見つめ続け、そこから少し離れたところでは、小屋から抜け出してきたもふらさま達が同じようにじっと舞台を見つめていた。両者共に、開拓者の芸を見て感動している事に違いは無かった。 もふら使いも、もふらさま達も、それぞれ別の道を通って舞台の裏手へ回り、それを予期して待ち構えていた開拓者達に迎えられ、天津、太刀花、ルオウ、久我はもふら使いに。斉藤、葛切、奏音、水津はもふらさま達に、それぞれ声をかけた。 「今のを見て、何か感じたかな」 ルオウに何気なくかけられたその言葉は、男にとってはしばらくの間押し黙ってしまうほどの重さを持っていた。 自分は持ち合わせていない様々な芸を見て感動した。 だが、それだけではないはずだ。 自分が真に理解しなければいけないものが他にある。そう薄々感じていたものの、男はそれを口に出来ずにいた。 「もう分かってるんやろ、自分に何が欠けてんのか。朋友は文字通り友であり、どっちが上でも下でもないんやで?」 追い討ちをかけるように放たれた天津の言葉に、男は何かに気付いたかのように俯いていた顔を上げ、申し訳なさそうな表情をして呟いた。 「‥‥俺は‥‥あいつらに芸をすることを強いてきた。あいつらも芸をすることを楽しんでいたようだったし、俺もあいつらもその芸で食っていく事ができた。だから‥‥あいつらにまともな休みを取らせてやれなかった‥‥」 そこで言葉を途切れさせた男に代わり、太刀花が眼鏡を押し上げながら続けた。 「もふらさま達の声を訊こうともせず、晴れ舞台に向けて一人ではしゃいでいた、というわけですね」 男はただでさえ力の抜けきっていた肩を更に落とし、再び深く俯いてしまった。太刀花の言葉は図星だったようだ。 「分かっているなら、やり直すだけですよ」 何も言えずにいる男に声をかけたのは、少し離れたところでもふらさま達と話しをしていた水津だった。斉藤、葛切、奏音に連れられて、もふらさま達は近寄り辛そうにしながらも男の方へと近づいてきていた。 その目は小屋に居たときのようにふてぶてしいものではなく、何かを期待しているような雰囲気を感じさせた。 「こいつらと話したが、どうやらわしらの芸を見て、もう一度芸をやりたくなったそうや」 「けど、そのためにはもふら使いさんが変わらなきゃならないの。分かるわよね?」 斉藤と葛切は足元のもふらさまに目を向けながら話し、葛切は最後の一言を口にする時だけ、視線を男へゆっくりと向けた。 その視線に男は一瞬たじろいだが、その言葉が真実であることは十分に理解できる。 男は深く深呼吸をすると、もふらさま達の方へ寄っていき、一番先頭にいるもふらさまの前で腰を屈めた。 「‥‥俺が悪かった。自分一人で舞い上がって、お前達の言う事に耳を貸そうともしなかった。これからは、そんな垣根取っ払って、お前達と同じ目線でやっていこうと思う。だから‥‥」 男がそこまで言うと、今まで一言も男の前で口を開かなかったもふらさまが、男の言葉に続けるように口を開いた。 「今後とも、よろしくもふ」 先頭の一匹がそう言うと、他のもふらさま達も口々に同じような言葉を続けた。 男は薄っすらと涙を浮かべながら、もふらさま達に深く頭を下げ、よろしく、と応えた。 「なかなおり〜〜よかったの〜〜」 「うむ、何があろうと、やはり朋友は朋友。その絆は、早々簡単に切れてしまうものではないということだな」 奏音は屈託無い笑顔で両者の仲直りを喜び、久我は自分達にも通じる絆の力を確かめるように呟いた。 それからしばらくの間、開拓者達は傍らに寄ってきた自分達の相棒の存在を確かめながら、互いに仲直りできたことを喜び合うもふら使いともふらさまを見守り続けた。 他の演目が開始された舞台の方から聞こえてくる歓声や拍手が、まるでもふら使いともふらさまの再結束を祝福するかのようだった。 |