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■オープニング本文 ●掻き分けて、掻き分けて‥‥ 白銀の世界。まさにそういった様相だった。 辺り一面を覆い尽くした白雪に反射する日光の眩しさに目が眩み、寝起き眼を擦っていた人々はただでさえ重い瞼を押さえつけられたような気がしていた。 武天の外れ。理穴との国境に位置するこの村は、今年最初の積雪によって真っ白に染まっていた。 一晩の内に積もった大雪は村の雰囲気を一変させ、人々は改めて冬の到来を実感し、早朝の凍えるような寒さに体を震わせている。 「うわーすげー! 雪だ雪だー!」 「雪合戦しようぜ!」 そんな寒さを微塵も感じさせない元気な子供達は、すっかり雪対策の身支度を整えて次々に外へ飛び出し、すぐさま雪遊びを始めた。 比較的雪の積りが浅い場所で、雪合戦や雪だるま作りを思う存分楽しんでいる。 だが、きらきらと輝く雪景色に大はしゃぎの子供達とは対極的に、多くの大人達はこれから自分達に降り掛かる重労働の事を考え、憂鬱な気分になりつつあった。 「これはまた冗談みたいに積もったなぁ‥‥ありえんだろこれ。村中の人手を使っても早々簡単には終わらないんじゃないか?」 雪掻き用のスコップを手にして家を出てきた中年の男性が呟くように言った。 その表情はどこか惚けたようで、どこまでも続く雪の絨毯を遠い目で見つめている。 「ボサッとしてないでさっさとやるの。これじゃろくに薪も切れないでしょう」 後に続いてきた女性が、同じく手にしていたスコップで男性の尻を軽く叩いた。まるで馬を奮い立たせる乗り手のようだった。 どこか頼り無い猫背の夫を置き去りにして、女性は逞しくすら見える勢いで高々と降り積もった雪の山に向かって行き、中年男性はその背を見つめながら深く溜息を吐くと、ゆっくりと後を追って行った。 「あぁ、今年もぎっくり腰かなぁ‥‥」 悲壮感漂うその呟きは、スコップが雪を掻き分ける音に吸い込まれるようにして消えた。 やがて村中あちこちでザクザクという音が聞こえ始め、中年男性のスコップもそれに加わった。 こうして、白銀の雪野原と村人の、寒くも熱い戦いは静かに幕を開けたのだった。 |
■参加者一覧
遠藤(ia0536)
23歳・男・泰
キース・グレイン(ia1248)
25歳・女・シ
琴月・志乃(ia3253)
29歳・男・サ
氷那(ia5383)
22歳・女・シ
ネイト・レーゲンドルフ(ia5648)
16歳・女・弓
莠莉(ia6843)
12歳・男・弓
ルーティア(ia8760)
16歳・女・陰
澪 春蘭(ia8927)
15歳・男・弓 |
■リプレイ本文 ●作戦開始! 視界一面を多い尽くす雪原に、開拓者達は思わず息を飲んだ。 この冬一番の大雪となったこの村は、もはやどこからどこまでが家で、どこからどこまでが道で、どこからどこまでが田畑なのかさえ分からない状態になっている。 「また随分と‥‥毎年これだけ降るのだろうか」 最初に感想を口にしたキース・グレイン(ia1248)は、呆れたように小さく溜息をついた。 白く染まった息が、空気の冷たさを余計に感じさせるようだった。 「寒いのは苦手さかい‥‥とっとと終わらせようや〜」 がたがたと震える仕草をしながら言う琴月・志乃(ia3253)の目は、太陽の光に反射する雪の眩しさから逃げるように細められ、尚一層辛そうに見えた。 猫のように丸まっているその背を見て苦笑しながら、氷那(ia5383)は手足の筋肉を解す様な動作をしながら、仲間達全員に向けて声を発した。 「じゃ、早速始めましょうか。村の皆さんは数日前からずっと稼動中で、いい加減疲れてるでしょうしね」 その言葉をきっかけに、開拓者達は事前の打ち合わせ通り二つの班に別れ、雪原の左右に散るように歩き出していった。 「班分けをしたからには負ける訳にはいかないね! 頑張るぞ!」 別班に対して異常に対抗心を燃やしているルーティア(ia8760)と一緒に組むキース、氷那、澪 春蘭(ia8927)は、その元気さに感心しながら後に続いて雪原の一角へと向かって行った。 「雪掻きで勝負か‥‥くっくっく、面白そうだね」 澪は不適な笑みを浮かべながら早速雪の山に借り物のスコップを突き立てた。 思わぬところで先を越され、ルーティアも慌ててそれに続く。 「やる気まんまんだな。さて、俺達もやるか」 キースと氷那も二人に続いて雪を掻き分け、スコップが雪を抉る軽快な音が響き渡り始めた。 それを耳にしたもう一斑の開拓者達も、気合を入れて雪掻きに取り掛かろうとしている。 「向こうはもう始めたようですね。何やら競い合うとのことです、俺たちも負けるわけにはいきませんね」 「はい! 頑張りましょうね、皆さん!」 遠藤(ia0536)の言葉に快活な返事をしたのは、今回集った開拓者の中では最年少の莠莉(ia6843)だった。 先ほどからずっと目を輝かせて落ち着かない様子の莠莉が気になり、一緒に組む事になっているネイト・レーゲンドルフ(ia5648)は何気ない気持ちで尋ねた。 「もしかして‥‥雪、好きなんですか?」 莠莉は突然背後から剣を突きつけられたかのように驚き、背筋をぴんと伸ばして肩に力を入れたまま硬直した。 「い、いえ、そんなことは無いですよ! け、決して雪にワクワクなど、子供のような事は思っておりません!」 明らかに図星を突かれてうろたえている莠莉が可笑しかったのか、先ほどからずっと寒がって身を縮こまらせていた琴月は突然大声で笑い出した。 恥ずかしくなって顔を真っ赤に染めた莠莉が飛び掛っていきそうなのを押さえながら、遠藤は再びメンバーに雪掻き開始の声掛けをし、自身もまたスコップを雪に突き立てた。それに続いて他の仲間達も次々に雪を抉り始め、こうして全員の開拓者が果てしない雪掻きに従事しだした。 開拓者達による雪掻き大作戦の開始である。 ●小さくても‥‥ まずは歩くところを確保しない事には始まらない。 そう思い立ったルーティアは、村の人から聞いた地点を目安に、元々道だった場所を辿るように雪を掻いていった。 キースも並び立ってせっせと雪を掻き、道の脇へ除けていく。 「おや、子供たちが遊んでいるようだ」 その進路の先には、雪原の上を転げ回るようにはしゃいでいる子供たちの姿があった。 雪玉を投げあったり転がしたりして、勝手気ままに遊んでいる。 その様子を何の気なしに横目で見ながら一同が雪掻きを続けていると、その内の何人かの子供達が興味深そうな表情をして一同のもとへ寄って来た。 「‥‥君らもやるかい?」 何も言わずにじっと自分達を見つめている子供達の視線に気付き、澪は何気ない調子で呟くように言い、予想外の誘いに驚きながらも、子供達は笑顔で頷きながら駆け寄ってきた。 余っていたスコップを手に取り、子供達も開拓者達に並んでせっせと雪を掻き始めた。 「あらあら、いつの間にか仲間が増えてるわね。怪我だけはしないように気をつけてね」 作業場所付近に立っている家の雪下ろしを行っていた氷那が、作業に加わった子供達を見つけて呟いた。 屋根の上からの視線に気付いた子供達がそちらを向くと、氷那は手を振りながら、お手伝いありがとうと声をかけ、子供達もそれに返事をしながら大きく手を振り返した。 「よし! ちびっ子達! ねーちゃんと勝負だ!」 元気よく雪掻きをする子供達に対抗意識を燃やしたのか、ルーティアは目に炎が灯る勢いで子供達の方を向き、力強く叫んだ。 こういった勝負事が好きな子供達はルーティアの隣に並び、より一層元気良く雪にスコップを突き立てた。 「流石、子供は寒さなんかに負けはしないか。俺も気合を入れていくとしよう」 その様子を見て感心したキースは一息だけ深い呼吸を置き、『強力』を用いてスコップを動かした。 大量の雪が軽々と持ち上がり、道の脇へと飛んでいく様は爽快でさえあり、それに混じってざくざくと小気味良い音が無数に鳴り響く様は、まるで音楽を奏でているようにさえ聴こえる。 それを聞きながら雪下ろしを続けている氷那は、重労働である雪掻きも、これはこれで悪くは無いと、そう思っていた。 ●小さくても‥‥其乃二 一方、琴月、ネイト、遠藤、莠莉の班は、もう一方の班と同じように道を確保する事を優先して行動していたが、その途中、莠莉の動きがどこかおかしい事に気付いた琴月の言葉によって、一同はその手を止めた。 「なぁ莠莉、ひょっとして遊びたいん?」 莠莉はゆっくりとした手つきで雪を掻き分けながらも、その視線は遠くの方でかまくら作りをしている子供達の方へ向けられていた。 突然背後からそんな事を言われて驚き振り返った莠莉の顔は紅潮しており、舌も上手く回らない様子で反論を返した。 「べ、べつにそんなことはないですよ! か、かまくらを作りたいとか、雪だるまを作りたいとか、そんなことは微塵も思っていません! こ、子供じゃないんですから!」 そう言いながらも、その目はちらちらとかまくら作りをしている子供達の方へ行ったり来たりしている。 よく見ればその子供達はもう一斑の仲間達が除けた雪を使ってかまくらを作っているようだった。付近にはキースや澪達の姿も見え、何とも楽しそうな様子である。 「誤魔化さなくてもいいですよ。滲み出てますから、色々と」 遠藤の突っ込みを受け、莠莉は一層顔を紅潮させた。 そこへ、どぎまぎしている莠莉に助け舟を出すかのように、雪掻きをしていた村人の一人がやって来て一同に声を掛けた。 「お疲れさんです。頼まれとった雪捨て場、確保できましたんでお知らせに来ました」 その一言によって生まれた隙を逃さず、莠莉は素早く村人の方へ寄っていき、雪を捨てても構わないという場所の話を詳しく聞いた。 「ふむふむ、分かりました、ありがとうございます。では、私は溜まった雪を一先ず捨てに行きますね!」 無理やりに話題を変えようとする莠莉が可笑しくて、琴月はまた軽快に笑った。 だが莠莉はもうそれ以上話題を戻す気は無いらしく、何も言わずにせっせと雪を村人が持ってきた台車に積み始めた。 「さぁさぁ、貴公も笑ってばかりではなく、しっかり手を動かして下さいね」 黙々と雪を掻き続けているネイトに言われ、琴月は軽い調子で頷くと、再び雪掻きに意識を戻した。 「俺も莠莉殿を手伝って雪を捨ててきます。あちらの班は子供達と戯れて余裕の様子。こちらも負けてはいられませんよ」 遠藤ももう一台の台車に雪を積みながら、雪を掻く二人の背に向けて言った。 真面目で硬派な彼も、ルーティアと同じように雪掻き勝負にはやる気を見せており、気合の入った表情をしている。 琴月とネイトもまんざらではないようで、それぞれの言葉で返事をしながら頷き、志体持ちとしての力を生かして次々に雪を掻いていった。 其の裏で、既に莠莉は雪捨て場との一往復目を終え、二度目の雪を台車に積み始めている。 小柄な体を全力で動かして働く彼の姿は一生懸命さが滲み出ており、その姿を横目に見ながら、遠藤、ネイト、琴月は口元を小さく緩めて微笑んだ。 どこか凸凹とした取り合わせの四人だったが、雪掻きを頑張ろうという気持ちは、ぶれることなく一緒だった。 ●小休止 雪掻きを始めてから三時間程経った頃、村の各所で雪掻きをしていた村人達が休憩のために村の中央へと集まり始め、開拓者達も一緒に休憩しましょうと誘われた。 開拓者達はその申し出を快く受け、スコップをその場の雪に突き立てると、村人に続いて村の中央に位置する集会所へと足を運んだ。 集会所前の広い庭では、既に集まっていた多くの村人達が、小さな焚き火で暖を取りながらお茶を啜っている。だが焚き火の勢いはどこか心もとなく、村人の様子から察するに、あまり暖まれてはいないようだった。 「皆さん、お疲れ様です。私が大きな焚き火を作りますでの、薪を集めてもらえますか?」 それを見かねた氷那は村人達に集めてもらった薪の山の上に器用に立ち、そこで火遁の術を使用して巨大な焚き火を起こした。 火が点くのと同時に薪の上から飛び退き、氷那は暖かな灯りを放つ焚き火を見て満足そうに頷いた。 焚き火の周りはすぐに人だかりができ、先ほどまでの小さな焚き火とは段違いの暖かさに心底満足しているようだった。 開拓者達もその暖にあやかり、ほっと一息をつきながら、互いの班の作業の進み具合を確認しあったが、どちらもほぼ同じくらいの進行状況のようで、開拓者達はどこか煮え切らない様子だった。 だがその進行度は一般人である村人達から見れば破壊的な程の速度であり、皆一様に感謝の意を示していた。 「この村は昔から大雪が降る事で有名で、毎年この時期は村を上げての雪掻きが恒例行事だったんですよ。ですがここ数年、若い人手がぐんと減ってしまって、慣れっこだったはずの雪掻きも大変になってしまったんです。今年はまた一段と沢山降ったものですからどうなるかと思ったのですが、皆さんが来てくれたおかげで助かりました」 腰痛になり欠けた腰を叩きながら言う男性の言葉を聞き、開拓者達は一時だけ勝負という言葉を忘れ、互いの労を労うように笑顔を浮かべながら頷き合った。 そして、勝負という以上に大事な事を再び心に思い返しながら、一同は休憩後の動きを確認し始めた。 「では僕は雪下ろしの方へ回りますね」 「自分も雪下ろしやるぞ! 屋根が軋んでる家、沢山あったからな。強力も使って一気に片付ける!」 莠莉とルーティアは元気よく快活に言うと、互いに負けないという意思を視線に乗せてぶつけ合った。 その隣ではキースや遠藤。ネイトや氷那、琴月も互いの作業を確認しながら今後の動きを決めている。 「くっくっく、悪くないんじゃない」 澪はそんな中一人で小さく笑っていた。 彼の独特の笑みも、今はどこかやる気が混じっているようだった。 休憩時間の終わりには、開拓者一同は班の隔てなく輪になり、全員で再び気合を入れ直して、作業に戻っていった。 ●寒さに負けず、これからも 村人達が予想していたよりも何倍も速く、村中の雪掻き、及び雪下ろしは終焉を迎えた。 白雪の山は村の各所に設けられた雪捨て場に積み上げられ、日光に照らされながら少しずつその姿を透き通った雪解け水へと変えている。 家々と田畑を結ぶ道はすっかり雪の合間から顔を見せており、雪の重みに歪んでいた家々の屋根も、本来の姿を取り戻していた。 結局、二班の雪掻き実績は五分五分といったところで、村の人々によって引き分けの判定が出された。 最初はその結果にどこか消化不良さを感じていた開拓者達だったが、村人達の感謝の言葉を受ける内に、それでもいいかと思うようになっていった。 「今日は本当にお疲れ様でした。村中のお餅と具材を集めてお雑煮を作りましたので、どうぞ召し上がって下さい」 村一番の料理上手だという初老の女性によって先ほどの集会所の庭に招かれた開拓者達は、用意されていた巨大な鍋を前にして思わず感嘆の声を漏らした。 食欲を誘う匂いと、聞くだけで体が暖まるようなぐつぐつと煮える汁の音が何とも心地よかった。 お椀一杯によそわれたお雑煮を受け取るや否や、莠莉と澪、ルーティアの三人は、よく煮えたお餅を口一杯に頬張った。 大食らいの澪はすぐさまお椀を空にし、莠莉とルーティアもそれに続いて一杯目を食べ終えると、すぐにおかわりを求めて鍋に近寄っていった。澪も一緒におかわりを貰っている。 「皆よぉ食うなぁ。まぁあれだけ労働すりゃあ腹も減るか」 琴月は暖かな汁に癒されながら、集会所の縁側に腰を下ろしてのんびりとお雑煮の味を楽しんでいるようだった。 隣にはネイト、キースも一緒に座っており、既に四杯目のおかわりをしている三人を遠目に眺めながら、今日一日の労を労っていた。 「いやしかし、中々の重労働だったな。志体持ちの俺達は一般人よりこういった仕事に向いていると言えるが、だがそれでもこれだけ疲れるのだから、村の人達にとってはどれだけの重労働なのだろうな」 腰を休めながらお雑煮を食べている村人達の、仕事を終えたという開放感に満ちた表情を見つめながら、キースは感心したようにそう呟いた。 ネイトも長い金髪を揺らしながら、真摯な表情で頷いている。 「それなのに、どこか村の人達からは楽しげな雰囲気すら伝わってくる。不思議なものです」 その言葉に答えたのは、キースでも琴月でも無く、お椀を手にして近づいてきた氷那だった。遠藤も暖かな湯気が立つお椀を手にして後に続いている。 「損得、利益不利益を越えた自然との関係なんだって、村の人が言ってたわ。この村にとって雪はそれだけ身近なものなんだそうよ」 徐に三人の隣に腰を下ろし、氷那と遠藤もまたお雑煮を口に運び、その味に舌鼓を打った。 「やはり冬はこれに限ります」 思わず口元が緩んだ遠藤の言葉に、皆は一様に微笑みながら頷いた。 五人の視線の先には、村人に頼まれて自慢の歌を披露する澪と、それを見守りながら相変わらずお雑煮を食しているルーティアと莠莉の姿があり、それを見てまた、一同は同じように笑顔を見せた。 寒さがあれば、暖かさが際立つ。人並み外れた力を持つ者がいれば、人並みの人々の頑張りが際立つ。 青く美しい冬空には澪の美しい歌声が響き渡り、今日一日の労働による疲れを吸い込むように澄み渡っていた。 |