実枝の旅〜栗と鱒?〜
マスター名:野田銀次
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/12/25 20:18



■オープニング本文

●嵐の過ぎ去った地で
 大合戦絡みの騒動も落ち着き、人々の心もようやく平穏を取り戻し始めた頃。
 理穴の首都奏生に程近いこの町では、日に日に色を濃くしていく冬の様相に、人々は浮き足立った気持ちを抑えられずにいた。
 既に雪も降り始めており、真っ白な雪化粧で着飾った町の姿は、凍えるような寒さだけではなく、どこか穏やかさも感じられる。
 そしてこの冬。貿易が盛んな奏生への道中に位置するこの宿場町では、ある催し物が企画されていた。
 大アヤカシ討伐を改めて喜ぶべく突発的に企画されたものの、毎日のように繰り返されている企画会議は難航を極めていた。
「えー、で、なんだっけ? この栗と鱒ってのは‥‥」
「違いますよ、く、り、す、ま、す、です!」
 町の中心部に位置する集会所に集まった大勢の人々が一心に考えを巡らせているその催し物の名はくりすます。
 冬を代表する催しではあるが、この町の人々にはいまいち馴染みが薄く、加えて町を上げての催しともなると、企画を立てるのは容易ではない。
 老若男女の頭を寄せ集めて考えに考えているのだが、いまいち煮え切らない会議が、今日も今日とて町の集会所で開かれていた。
 だが、今日の会議にはいつもと違う要素が一つだけ舞い込んでいた。
 普段はそこにいない、更に言えばこの町にすらいない者の姿が、集会所に集まった大勢の人々の中に紛れていたのだった。
「う〜ん、とりあえず概要はこんな感じでいいと思うんですけど、もう少し何か欲しいですよね」
 腕組みをして首を傾けながらじっと考えている少女、流実枝は、先日この町へふらりとやって来て、偶然にもこの企画の話を聞き、しばらく滞在する間に是非協力したいと申し出たのだった。
 一人でも協力者は多い方が良いと踏んだ企画者側は実枝を歓迎し、こうして連日行われている会議に彼女の席を用意しているのだった。
「そうだなぁ。町中に飾り付けをして、子供達に贈り物の用意をして、役所を開放して食事会‥‥他に何ができるかねぇ」
 企画の代表者である初老の男が溜息混じりにそう言いながら俯き、低い唸り声を上げながらひたすらに頭を捻っていると、実枝が突然何かに気付いたように声を上げて立ち上がった。
「そうだ! 私、この間龍を見たんですよ!」
 集まっていた人々は皆何事かと驚いて実枝の方へ視線を移した。
 実枝は拳を硬く握り締め、瞳をきらきら輝かせながら勢い良く座り直し、周囲の人々をぐるりと見回して、自分の頭の中に浮かんできたアイディアを語りだした。
「龍ですよ! 多分開拓者さんの乗っている龍だと思うんですけど、ここに来る途中偶然見かけたんです。開拓者さんを呼んで、龍にさんたくろーすの格好してもらったりしたら楽しそうじゃないですか?」
 さんたくろーすの格好というのは別として、開拓者を呼ぶということに関しては皆揃って賛成の意を表した。
 龍という目にする機会の少ない生き物についても非常に興味があるようで、話はその方向で進展を見せ、開拓者を呼ぶための手はずは順調に整っていった。
「しかし、早々簡単に来てもらえるかね。ここも宿場町とはいえ、最近じゃあまり目立った話題も無い地味な町だからなぁ」
 誰かが呟いたその言葉を聞き逃さなかった実枝は、素早くその人のところへ移動すると、肩が密着するほどの至近距離で再び力説しだした。
「大丈夫ですよ、あの人達ああ見えて結構色んなところに顔出してますから。きっと喜んできてくれるはずです!」
「ず、随分お詳しいようで‥‥」
 そう言われ、実枝は若干言葉に詰まりながらも、恥ずかしそうに答えた。
「い、いやぁ、私その‥‥行く先々で開拓者さんのお世話になってて‥‥一緒に食事とかもしましたし、皆さんいい人ばかりで‥‥だからきっと、来てくれます」
 皆はそれを聞いて微笑み、それなら大丈夫だろうと頷いて話し合いを進め、その日の内に開拓者関係の案は一先ずの完成となった。
 その晩、実枝は企画を手伝う代わりに用意してもらった集会所の一室で布団に入ったのだが、中々眠りにつけずに居た。
 開拓者達と一緒に盛り上げるくりすます。
 本番はもう少し先だが、今から楽しみで仕方が無い様子だった。
「開拓者さん達、龍に乗ってくるんだよね。くりすますに空を飛んでやって来る‥‥さんたくろーすも空を飛んでやってくるって言うし‥‥」
 実枝は布団の中で楽しそうに微笑み、自分にとってもこの町の人々にとっても初めてのくりすますを絶対に成功させようと、心の中で静かに誓った。


■参加者一覧
神町・桜(ia0020
10歳・女・巫
橘 琉璃(ia0472
25歳・男・巫
鬼島貫徹(ia0694
45歳・男・サ
江崎・美鈴(ia0838
17歳・女・泰
巳斗(ia0966
14歳・男・志
天宮 蓮華(ia0992
20歳・女・巫
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
からす(ia6525
13歳・女・弓


■リプレイ本文

●祭りの前の一仕事
 その日、『くりすます』に向けての準備を進める町の上を覆う雲は、ゆらゆらと舞う綿のような雪を降らせ、町中に真っ白な雪化粧を施していた。
 多すぎず少なすぎず、真冬のイベントを飾るには丁度良い降り加減に嬉しさを隠し切れない流実枝は、自然と笑顔を浮かべながらせっせと星型の飾りを作っていた。
 彼女の周囲には大勢の人々が集まって腰を下ろし、それぞれの担当している飾り付けの用意や、様々な催し物の確認などを行っている。
 そのいくつもの人の輪や頭をつき合わせている人々の中には、このイベントを盛り上げるために呼ばれた強力な助っ人、開拓者達の姿もあった。
「そうそう、そんな感じです。上手ですよ〜」
 美しい色合いのリースを作り上げたのは、泰拳士の江崎・美鈴(ia0838)。彼女の隣に腰を下ろしている巳斗(ia0966)に出来映えを褒められ、微かに頬を赤く染めていた。
「み、巳斗の教え方が上手いからだ。他には何か無いのか?」
 照れ隠しの様に言いながら、美鈴は新しい材料を手に取り、巳斗に突き出した。
 その様子を微笑ましく思い見守りながら、天宮 蓮華(ia0992)とからす(ia6525)は、二人から少し離れた場所で、自分達の相棒を飾りたてるための装飾品作りに精を出していた。
「すまないが、その鈴を取ってくれないか」
「あ、はい。これですね、どうぞ」
 からすは緑と赤の二色に染められた紐を結びながら、天宮の足下に置いてあった大きな鈴を指さし、それに気付いた天宮はそれを両手で丁寧に持ち上げ、そっとからすに手渡した。
「ふぅむ、我ながら中々の出来栄えだ‥‥」
 そんな仲間達の輪から少し外れた場所。集会所の澄のまた隅っこにじっと身を潜めるようにして、鬼島貫徹(ia0694)は何かをこそこそと用意していた。
「何で鬼島さんはあんなところに一人で居るんでしょう?」
 くりすます中に使用する衣装を用意しながら、橘 琉璃(ia0472)は隣に座っている玲璃(ia1114)に小声で尋ねた。
 だが玲璃はそんなこと知る由も無く、首をかしげながら、
「何ででしょうね?」
 と返すだけだった。
「本番まで見せたくない何かを用意しているのか、それとも恥ずかしいだけなのか、じゃなかろうかのう」
 間に割り込むように言葉を挟んだ神町・桜(ia0020)が呟くように言うと、二人は明日に期待ですね、と頷き合い、各々の作業に意識を戻した。
 そうした集会所での作業の裏では、町中の飾り付けや会場となる広場での設営作業なども恙無く行われており、明日に迫ったくりすますへの準備は万端と言って相違無い状態に近づいていた。
「良い感じ良い感じ‥‥」
 窓の外に見える作業の様子や、集会所内の飾り作りの様子を見回し、実枝は自然と浮かんでいた笑顔を越え、思わず笑い声が漏れた。
 自分の笑い声と笑顔が種火になり、明日この町を埋め尽くすであろう笑い声と笑顔のための起点となれば、どれだけ嬉しいだろうと想像しながら、実枝は綺麗な布を新たに取り出し、縫い針を入れた。
 空から舞い降りる白雪は、人々が作った飾りを更に彩り、明日のくりすますを祝福するように、静かに振り続けていた。

●くりすます、すたーと
 その朝、開拓者達の姿は町からすっかり消えていた。連れていた龍の姿もない。
 なにも知らない人ならば、突然どこかへ蒸発してしまったようにしか思えないだろう。だが実際は人目に付かない朝早くから、開拓者達の『仕込み』が始まっていたというだけの事だった。
 事実を知っている実枝は、主な会場となる広場に集まった人々の期待が籠もった瞳を見ながら、興奮が抑えられない様子のまま各所の最終確認を行っていた。
 やがて、日も程良い高さまで上った時刻。『彼ら』の登場によって、この町のくりすますは幕を開けた。
 最初にそれを見つけたのは、年端もいかない小さな子供だった。
 町の外から空という道を通ってやってきた、八匹の龍の姿。皆、見慣れぬ龍の勇姿に驚きの声を上げたが、その姿が近づくにつれ、その声は徐々に歓声へと変わっていった。
 赤、白、緑。くりすますを象徴する鮮やかな色彩で飾りたてた龍と開拓者達の登場に、大人も子供も大興奮といった様子で、主催者側の人間であるはずの実枝もまた例外ではなかった。
「すごぉい‥‥」
 広場の中央に龍が降り立つと、すぐさま周囲には人だかりができ、開拓者達はそのまま龍と人々との間に立ち、龍との交流が出来るように取り計らった。
 実枝も混雑を緩和するために人の整理や誘導に加わった。最初のうちは混雑を極めていた龍の周囲はひとまず穏やかになり、若干警戒心を持ち掛けていた龍達も落ち着いた様子だった。
「見た目は怖いが温厚じゃからな。乗っても大丈夫じゃぞ」
 龍に興味津々で寄って来た子供達に自身の相棒である橘華を紹介し、桜は子供達を龍の背に誘った。橘華はさんたくろーすを模した飾り付けを施されている。
 子供たちの中の一人が恐る恐る立候補し、桜に手を引かれながらそっと橘華の背に乗ると、それまでの僅かな恐れは好奇心に上塗りされて消え、笑顔が浮かんでいた。
 それを見たほかの子供達も次々に龍に乗りたいと言い出し、他の龍達の背にも乗せてあげようということになった。
「乗る前にちょっとおまじないをかけますね」
 くりすます風の装飾品を身に着けた玲璃は、駿龍の夏香に子供を乗せる前に、その子供に加護結界を施していた。
 もし子供に何かしらの危険があっても大丈夫なようにとの心遣いだったが、この場に集まっている子供達の数を考えると、玲璃は自身の錬力では足りないということに気付き、どうするべきかと小さな溜息をついた。
 そこへ、屈強な体格の男達が数名歩み寄ってきて、玲璃の前に出てにこやかな笑顔を見せた。
「俺たちがしっかり見てますから、あまり気負いしないで下さい」
 男達は龍の脇にそれぞれ立ち、跨っている子供が万が一落ちてしまってもすぐにフォローできるように控えた。
 彼らはくりすますの主催者側が集めたお手伝い係で、龍に乗った子供たちを手助けするには丁度良かった。
 玲璃はその申し出をありがたく受け、一歩下がって子供達を背に乗せて歩く相棒の姿を見守った。
「さあ、撫でてみて」
 赤と白のくりすます色の巫女風衣装で着飾ったからすと、その相棒鬼鴉も、玲璃達と同じようにお手伝いの人と一緒に子供たちとの交流を楽しんでいた。
 元々子供好きの鬼鴉は、子供が数人まとめて背に乗っても嫌がることなく、むしろ歓迎するように身を低くしていた。鬼鴉が子供を背に乗せて体を揺らすと、その度に首に結んだ赤と緑の鮮やかな紐に付いている鈴が、美しい音色を奏でている。
 特に怪我やトラブルも無く、龍との交流会は楽しげな笑顔に包まれながら、その日一日中広場の中心で盛り上がり続けていた。
「僕達はお菓子配りに行きましょうか、美鈴さん」
 巳斗は美鈴を誘い、相棒の凰姫を引き連れて移動を始めた。美鈴とその相棒風王丸もそれに続く。
 事前に作っておいた焼き菓子を近寄ってくる子供たちに配りながら、その先々でも子供達や道行く人々との交流を楽しんでいる。
「私も乗りたい‥‥」
 仕事に追われている実枝はそんな様子を遠目に見ながら、情けない声で小さく呟いていた。

●屋台で大忙し
 龍との交流会場から少し離れた広場の一角では、これまたくりすます風に飾り立てられた立派な屋台が立ち並んでいた。
 町中の様々な飲食店などが出張屋台として出店しており、その中には開拓者、天宮蓮華の屋台の姿もあった。
 雪だるまのような真っ白い衣装で身を飾った天宮の相棒、優羅が屋台の隣にどっしりと構え、ずらりと並ぶお品書きには、町の人々が普段目にすることの無い料理やお菓子が名を連ねている。
「鮭と野菜のホワイトしちゅー? お団子くりすますつりー? ぶっしゅドのえル? いやはやまた珍しいものを揃えましたなぁ」
 通りかかった老人が、立派に蓄えた顎鬚を撫でながら感心したように言った。
 天宮がにっこりと笑みを浮かべ、どれがどんなものなのか丁寧に説明していると、徐々に屋台の周りにも人だかりが出来始めた。
 ふと足を止めてお品書きに目を走らせる人、誰かに評判を聞いてやって来た人など、その動機は様々だったが、特に人を引き付けている原因は、屋台の前に立っている人物にあった。
「いらっしゃいませ〜、どうぞ見ていって下さいね〜」
 屋台の前では橘が(なぜか)女性用に作られたさんたくろーすの衣装を身に纏い、長い髪を結い上げて薄化粧をし、すっかり着飾った様相で屋台の宣伝をしていたのだった。
 その姿に惹きつけられた、主に男性の通行人を通じ、更に口コミで町中の人々の耳に、天宮の屋台の話題は広まっているようだった。
 橘の相棒、紫樹も優羅の隣に並び、通りかかった子供達とふれあいながら、屋台の存在をアピールしている。
 遠目に見ただけでも、屋台に並び立っている二匹の龍が強い存在感を放っていることもあって、屋台は龍との交流会に勝るとも劣らない集客力を見せ始めた。
 徐々に屋台を囲む人垣は厚みを増し、名を連ねる珍しい品目の名が四方八方から投げ込まれていく。屋台は急速にてんやわんやな状態になっていった。
 宣伝をしていた橘も屋台の中に入り、追加で煮込み始めているしちゅーの野菜をせっせと切っている。
 しかしそれでもまだまだ人手は足りないようで、天宮がいよいよ困った表情を浮かべ始めた丁度その時、それに呼応するかのように、二つの人影がひょっこりと現れた。
「蓮華さん、お手伝いしますよ!」
「あ、あたしもだ!」
 龍との交流会場を抜け出してきた巳斗と美鈴の二人は、気合十分といった様子で天宮の隣に立ち、何をすればいいのかと指示を仰いだ。
 巳斗の頭に乗っているトナカイの角風の飾りが、微かな風に吹かれてゆらゆらと揺れている。
「あらあら、心強い助っ人さんですわね!」
 二人を笑顔で迎え入れた天宮は二人にも役割を振り、四名体制となった屋台は勢いを増し、次々と注文に応えていった。
 屋台の左右を固めていた紫樹と優羅の更にその隣には、巳斗と美鈴の相棒、凰姫と風王丸が加わり、屋台の存在感はより一層強くなったようだった。
 空気は冷たく、凍えるような風が吹く寒い冬。しかしながらこの広場、この屋台からは、言葉では言い表せない暖かさが静かに広がり始めていた。
「こらーっ! つまみ食いするな巳斗ーっ!」
「うわっ、ご、ごめんなさいっ」

●ゆったり静かな
 天宮の屋台のすぐ近くには、もう一つ別の屋台が話題を呼んでいた。
 それは、龍との交流会を仲間達に任せてきた玲璃が出している甘酒の屋台で、天宮の屋台のような異常な盛り上がりを見せているわけではなかったが、冷たい空気に当てられて冷え切った体を温めるのにもってこいな甘酒は、人々の需要にぴったり合致していた。
 ほどほどの人数のお客が、ほどほどのペースで甘酒を求めてやって来て、ほかほかと温まって帰っていく。そんなお客達の姿を見守っている玲璃の心もまた、ほかほかと温まっていくようだった。
「お疲れ様です、玲璃さん。素敵な衣装ですね〜。調子はどうですか?」
 お客を見送って一息ついている玲璃にそっと声を掛けたのは、ちょうど屋台の前を通りかかった実枝だった。
「あら、流さん。素敵だなんて‥‥ありがとうございます。お隣ほどではありませんが、こちらも中々、繁盛してますよ」
 笑顔で返す玲璃を見て、実枝も思わず笑顔を浮かべた。
 玲璃の屋台の隣では、最初のころに比べればかなり穏やかになったが、天宮の屋台が今尚全力で稼動している。
 その様子を何の気なしに眺めていた二人の視界に、ふと何か見覚えのあるような、それでいて妙な違和感のあるものが入り込んだ。
 二人は同時にそちらへ視線を移し、やや遠くの方で動いているそれが何なのか、じっと目を凝らして観察しだした。
「あ、あれは‥‥」
 そこにいたのは、子供達にお菓子を配って回る『さんたくろーす』だった。が、その顔は二人も見覚えのある、厳つい顔の男性だった。
「鬼島‥‥さん?」
 もこもこした白い髭に真っ赤な衣装と帽子。頭から足先まですっかりさんたくろーすの格好に身を包んだ、鬼島貫徹の姿がそこにはあった。
「ふはは。良い子にしていたか、坊主?」
 傲慢不羈で癇癪持ちな普段の彼からは想像も出来ないほど、通りかかった子供達に見境無くお菓子を配って回る今の彼は、身も心もさんたくろーすになりきっていた。
 その珍しい風貌に興味を抱いた子供達は、一瞬その厳つい顔に驚きながらも、自ら寄って来てはお菓子を貰っている。
 親や、一緒に来ていた親戚のおじいさん等とも打ち解けているようで、終始さんたくろーすとして、人々との交流を楽しんでいるようであった。
「いいか、よく聞け坊主共‥‥」
 腰をかがめ、鬼島は子供達に何やら薀蓄話のようなものを語って聞かせ始めた。
 くりすますに関するもののようだったが、子供達は内容を理解しているのかいないのか、さきほど鬼島から受け取ったお菓子を早く食べたいという気持ちの方が大きいようで、視線が鬼島の顔と手元のお菓子との間を行ったり来たりしている。
「中々戻ってこないと思ったらこんなところにおったのか。交代の時間はとっくにすぎておるぞ」
 子供達への話が一区切りついたところで、見回り警備中の桜とからすが鬼島の姿を見つけ、その背に声を掛けた。
「む、そうか、次の見回り担当はお前達か。龍達はどうなっている?」
「巳斗君と美鈴さんが見ているよ。早く戻ってそちらに加わってくれると助かる」
 鬼島の問いに、からすは自分よりも遥かに大きな鬼島にも堂々とした言葉で返した。
 天宮の屋台が落ち着き始めたので、巳斗と美鈴は時間交代制で広場の警備を行うため、一度龍との交流会場へと戻っているという。
 鬼島は横目で天宮の屋台のほうを見ると、確かに屋台には天宮と橘の二人しかいないようだった。
「うむ、了解した。さらばだ坊主共、また会おう」
 そう言い残すと、鬼島は勢いよく踵を返し、龍との交流会場まで引き返していった。
 子供達もお菓子を抱えて笑顔を浮かべながら駆け出し、からすと桜も別の場所へ歩き出していった。
 この一連の様子を、玲璃と実枝は甘酒を求めてやってきたお客の対応をしながらしっかりと見届けていた。
「‥‥なんだか、いい雰囲気ですね」
「そうですね‥‥龍に怯える人もいるんじゃないかと思っていましたが、皆さん仲良く出来ているようですし‥‥なんだか嬉しいです」
 小さく呟いた玲璃に、実枝は頷きながら、同じく小さな声で答えた。
 二人は会場の楽しげな雰囲気を肌で受け止め、心がぽかぽか温まっていくのを感じて、再び笑顔を浮かべながら、小さく頷き合った。

●舞い散る雪のように
 広場での催しが始まってから大分時間が経ち、終演の時間がが近づいてきた頃。開拓者達による舞が披露されるという話を聞きつけた人々によって、天宮と玲璃の屋台の前は今日一番の混み合いをみせていた。
 舞台となる開けた場所をぐるりと取り囲むようにして、老若男女問わず大勢の人々が、今か今かと開演を待っている。
「やあ、お茶はどうかな?」
 その観客の輪の周囲には、からすが主催者側に頼んで用意してもらった茶席が連なっており、そこに腰を掛けている人々には、からすが自分で入れたお茶を配って回っている。
 中には玲璃の甘酒を手にしている者もいるが、その甘酒を手渡した人物は玲璃では無かった。
 玲璃はこれから始まる舞に参加するため、その間だけ、からすが甘酒屋台も兼業で管理しているのだった。
 それは隣の天宮の屋台も同じだった。
「ど、どうぞ‥‥」
 舞の準備に出ている天宮に代わってお客にしちゅーを渡している美鈴を、巳斗は一歩下がったところで見守っていた。
 人見知りが激しい美鈴だが、巳斗に背中を押されながら何とかその大役を乗り切り、ほっと息を吐いた。
「よく出来ました!」
「う、うるさい! あたしの方がおねーさんなんだぞ」
 巳斗に頭を撫でられて、美鈴は顔を高潮させながらまんざらでもない表情を浮かべていた。なんとも声を掛けづらい雰囲気を作りながらも、何とか仕事は回っているようだった。
 やがて、用意を整えた天宮、桜、玲璃、橘が舞台に現れ、待ちに待った舞の演目が始まった。
 舞っている開拓者は皆巫女で、橘は得意の笛の音を響かせている。
 冬や雪をイメージした穏やかな舞の中に玲璃の神楽舞「抗」を加えたこの演目は大好評を博し、観客達は心が安らいでいくのを感じた。
 終演と共に広場を揺らすような拍手が響き渡り、舞い終えた開拓者達は歓声に応えながら互いを労った。
 観客たちの後方では、人手が足りなくなる関係上一時的に一箇所に集められた龍達が、拍手に混じって鳴き声を轟かせている。
「ふぅむ、流石といったところか。お前もそう思うだろう?」
 龍の見張りを任せられていた鬼島は、自身の相棒である炎龍を見上げながら言った。
 トナカイの格好に着飾っている炎龍は、鬼島の言葉に同調するように頷き、再び天に向けて鳴き声を上げた。
 くりすます風衣装に身を包んだ龍達と、さんたくろーすに扮する鬼島が並び立つ絵図はどこかシュールさを醸し出していたが、鬼島はそんなこと気にする様子も無く満足げな表情を浮かべながら、誰に向けてでもなく頷いていた。

●冬の空に消える
 日が暮れ始め、寒さが一層増した時刻。くりすますもいよいよ終演の時を迎えていた。
 屋台も店じまいし、広場の中央で一同に会した開拓者達はそれぞれの相棒に乗り、集まった大勢の人々をぐるりと見回した。
「くりすます最後の催しは、開拓者の皆様によるパレードです! どうぞ楽しんじゃってください!」
 実枝の進行で最後の催しの開始が宣言され、それをきっかけにして、開拓者達を乗せた龍達が一斉に歩き出し、広場を出て町の中心部へと入っていった。
 巳斗の奏でる三味線の音に合わせ、お神輿が練り歩くように、八匹の龍は大通りを威風堂々歩き回った。
 そして、町をぐるりと一周して再び広場に戻ってきた龍達は一斉に空へ舞い上がり、空中パレードへと演目を移した。
 色とりどり、形様々に着飾った龍が軽快に空を飛び交う様は豪華絢爛で、人々の大きな歓声は、空中にいる開拓者達の耳にもしっかり届いていた。
 広場の上空を旋回し、上昇や降下なども組み合わせた派手な演出による飛行が繰り広げられ、一頻りの演出が終了すると、開拓者達は町の外に向けて龍の鼻先を向けさせた。
「子供達よ! 真面目に正直に一年間を過ごせば、また来年も来てやるぞ!」
 鬼島の言葉と、彼を乗せている炎龍の咆哮を聞いた子供達は大きな声で返事をし、飛び上がりながら手を振っていた。
 それを見た他の開拓者達も、それぞれの言葉で別れと再会の約束を告げ、手を振り返した。
「ありがとうございました〜〜!」
 実枝も仕事を忘れ、子供のようにはしゃぎながら手を振っている。
 それら全ての見送りを背に、開拓者達は沈みかけた夕日に向かって飛び去った。
 あくまで催しを締め括る演出だったが、実枝は『さんたくろーす』達がこのまま遠くへ行ってしまい、もう会えないのではないかという寂しさに心を襲われ、目元に少しだけ涙が浮かんだ。
 だが実枝は自身の頬を軽く叩いて、よし、と自分に言い聞かせるように呟くと、開拓者達の背を見送っている人々に向けて、くりすますの終了を宣言した。
 そして締めの言葉の更に締めの部分に、来年も必ずやりましょうと付け加え、それを聞いた人々の大きな歓声と拍手を余韻として響かせながら、この町の最初のくりすますは幕を閉じたのだった。
 実枝はせっせと片付けに向かいながら、また必ず『さんたくろーす』に会えるようにと、心の中で静かに祈っていた。