【華影橙】酔狂貴族の伝言
マスター名:西尾厚哉
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/06/12 01:06



■オープニング本文

 手元には親友ニーナ・ヴォルフからの手紙と、数百名の貴族の名簿。
 レナ・マゼーパ(iz0102)は「お手上げ」というように、かぶりを振って椅子の背もたれに寄りかかる。

 ニーナから手紙をもらった。
 だから、開拓者と共に舞踏会が開催されるヴォルフ城へ向かった。

 「大きな宴が開催されると誰かが消えるという噂があるから、開拓者と一緒に来て」
 彼女が手紙にそう書いていたからだ。

 ニーナは初めて宴のホストを務めることになっていて、その宴での失踪者や不審者はヴォルフの沽券に関わる。
 かといって、ヴォルフで警備を多く用意するのは危険ですと公言しているようなものだから避けたかったようだ。
 噂のことは皇女もニーナ自身も半信半疑だったが、親友のよしみで皇族である立場を体よく使われちゃったわ、と苦笑しつつも、皇女はヴォルフ城に向かった。

 しかし、着いてみたらニーナは自分を呼んではいなかった。
 皇女の手元に届いた手紙は誰かにすり替えられていたのだ。

 それでも舞踏会は無事に終了。失踪者も不審者も現れなかった。
 しかし、誰が何の目的でニーナの手紙を書き替えて皇女をヴォルフ城に誘き出したのか分からずじまいだった。
 ただ、皇女には気になることがあった。
 「バレク・アレンスキー」が残した「言葉」だ。

 バレクが舞踏会に来ていることはニーナの口から聞いて知っていたが、皇女は顔を合わせていない。
 彼は開拓者に不思議な言葉を残していたのだ。

「お前ら本当に隙がねぇ…レナの依頼か? 噂のことを聞き回って何が目的だ。彼女に伝えろ。スィーラに戻れと」

 手紙をすり替えたのはお前かと開拓者に問われると、
「手紙? 知らねえよ。誰も言わないのは言えないからだ。首をもぎとられた死人が出たことなど」
 と答えて去った。

 首をもぎとられた死人?
 
 皇女は手元の名簿に再び目を落とす。
 あの時、舞踏会に来ていた人達のリストだ。
 開拓者達がわからなかったように、皇女にもリストを見てもその中から特定の人間を見つけることはできなかった。
 あの時のバレクの言葉の意味を知っているのは、バレク自身しかいないのだ。


 バレク・アレンスキーとは幼馴染だ。
 夏の間過ごすヴォルフ城でニーナと一緒によく遊んだ。
 皇女とニーナは5歳か6歳、バレクはそれより5つくらい年上だっただろう。
 少し粗暴な性格で、幼い少女相手に木切れを振り回して剣ごっこをするし、水辺に行けば平気で水に放り込むし、しょっちゅう大人に叱られていた。
 怒られるたびにしょんぼりするのだが、すぐにそれを繰り返す。
 ただ、皇女もニーナもバレクのことが嫌だとは思っていなかった。
 むしろ彼と一緒にいるときは楽しかった。
 ニーナは怖がって下から見上げるだけだったが、木登りは最高だった。
 自分の何倍も高い木の上から見る景色は今でも忘れられない。
「立ってみる?」
 そう言ったとき、枝の上に立ち上がった皇女が落ちないようにバレクはしっかり支えてくれていた。
 思えば、扱いは乱暴だったけれど、バレクといて怪我をしたことなど一度もない。

 舞踏会では同じく幼馴染としてエドゥアルト・ベルイフをニーナから紹介されていたが、皇女には彼の記憶はなかった。
 一緒に遊んだのならバレクと共に彼もいたはずだが、不思議なほど彼のことを覚えていない。
 幼い頃の彼はきっとおとなしくて目立たない存在だったのだろう。

 皇女はヴォルフの舞踏会のあと、バレクの言葉通りスィーラ城に戻った。
 戻ってすぐにバレク・アレンスキーについて調べた。
 10代後半からのバレクはあまり素行が良くないようだった。
 アレンスキー家は裕福だ。それにかこつけて遊び回っていたようだ。
 2年前に父親が亡くなって爵位を継いでからは酒に溺れた。
 それでも領地内がうまくおさまっているのだから不思議だ。
 彼に手紙を出そうと思ったが、皇女は思いとどまった。
 ニーナの手紙がすり替わってしまったのだから、文書のやりとりはどこかでまたすり替わる可能性を考えた。
 だから使いを出した。バレクを城に呼ぼうと思ったのだ。
 しかし、それは叶わなかった。
 戻って来た使者は
「申し訳ございません。お会いになりたくないそうです」
 と言った。
「なぜ?」
 皇女が尋ねると、使者は首を振った。
「何度聞いても理由は仰っていただけませんでした。実はアレンスキー様のお姿は少し拝見しただけで、お付きの方にそう伝言されたのです。ご本人様はひどく酔っておられましたので…。あれを見るとお会いしたくないというより、会えないではないかと。それと…」
「それと?」
「姫様がお城を出ることはなきように、とのことでした。こちらに自ら出向くことは絶対になさらないように、と。その理由も仰っていただけませんでした」
 そう答えて使者は微かに顔をしかめる。
「どうした」
 皇女が尋ねると、使者は顔を赤らめた。
「失礼いたしました。野犬に追われまして、追い払おうとしたときに腕を噛まれました。大した傷ではございません」
「野犬?」
 皇女は訝しそうに目を細める。
「最初は狼と思いました。群れを成しておりましたので。アレンスキー様の領土内に入ったあたりで振り切りました。帰りはもうおりませんでしたので」

 使者が退室したのち、皇女は考え込む。
 使者はもしかしたらもっとひどい怪我を負うことになったか、もしかしたら命を失うはめになったのでは? と。
 バレクが私に出向くなと言ったのは、その危険を知っていたから?
 単なる杞憂かもしれないが。

『でも、話を聞かなければ。開拓者…?』

 皇女は呟いた。

「バレク、貴方はもしかしたらそれを望んでいるの? 彼らなら、と。それとも絶対に何も言わないつもり? 箱をチラつかせて鍵は渡さないなんて、貴方らしくない」


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
黎乃壬弥(ia3249
38歳・男・志
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
アリアス・サーレク(ib0270
20歳・男・砂
ハッド(ib0295
17歳・男・騎
オドゥノール(ib0479
15歳・女・騎
沙羅・ジョーンズ(ic0041
23歳・女・砲
イルファーン・ラナウト(ic0742
32歳・男・砲


■リプレイ本文

「ふむ、特技が木登りとは」
 馬車に揺られながら呟くハッド(ib0295)。フレイア(ib0257)は笑う。
「高いところがお好きとはね」
 皇女への接見を終えた後、ハッドとフレイアは馬車で。
 羅喉丸(ia0347)は隊商に潜り込み、黎乃壬弥(ia3249)とアリアス・サーレク(ib0270)、フェンリエッタ(ib0018)が共に
 イルファーン・ラナウト(ic0742)は単独で真っ直ぐにアレンスキーに向かう。
 酒々井 統真(ia0893)と沙羅・ジョーンズ(ic0041)は皇女に接見せず、一足早く現地に向かい野犬の情報を。オドゥノール(ib0479)はヴォルフに向かっている。

 バレク・アレンスキーの父は2年前他界。母も幼い頃に他界し、今は独り身だ。
 フレイアの手元には皇女から手渡された2つの名簿。1つは舞踏会のもの。もう1つはヴォルフに来ていた子供の名簿。ニーナなら宴に他に誰かいれば紹介したはず、と皇女は自分でも調べていたようだ
 結果はバレクとエドゥアルトのみ。スィーラにある貴族文書を見ると、バレクは爵位を継いでいるから自身が招待客、しかしエドゥアルトは不明。ベルイフの記録は古いままだった。
 フレイアはその書物をフィフロスで調べるつもりでいたが、失踪や死因までは記載されておらず、内容も現状に即していないようだと言われて断念したが、2つの名簿は預かった。どこかで何かと照合できるかもしれない
 スィーラを発つ時には念のためムシュタイルで皇女の部屋を中心に結界を張った。戻るまでは安全だろう。


 その頃、隊商に潜り込んだ羅喉丸はろくな武器も携帯していない状態に少し驚いていた
「野犬は大丈夫なのですか?」
 と尋ねると、隊商の男は怪訝な顔をした。
「野犬? たまに狼が出るが、危ない道は通らん」
 何度も行き来している隊商の言うことだから嘘ではないだろう。
 羅喉丸がローザの名を出した時、皇女は少し驚いた顔をした。ただ、それならばなおのことバレクとニーナを助けたいと皆に訴えた
 当時の皇女はバレクとニーナ以外の者と一緒にいた時間が少ない。話を聞いていると、皇女であるが故に敬遠され、彼女を孤立させないようにしていたのがバレクとニーナだったようだ。羅喉丸だけでなく皆がそう感じただろう。しかし、エドゥアルトの記憶が皇女にはない。
「ベルイフ殿とアレンスキー殿はどういうお人ですか?」
 馬上でそれとなく隊の1人に尋ねてみる
「どっちも若い領主だ。ベルイフは好青年だな。アレンスキーは酔っ払い。でも豪気で悪い人じゃない。上客だよ」
 ふむ、と羅喉丸は考える。評判は悪いわけじゃない。敢えて言えば、豪気というバレクに「首なし死人」の言葉が結びつかないくらいだ。


「赤いガラスと青い目の何が記憶に結びついているんだろうな」
 アリアスが馬上で黎乃に言った
 黎乃に紹介されてアリアスが仮面を取った時、皇女は一瞬顔を強張らせた。何かを思い出しかけたけれど…と口篭った。
「エドに関係することかしら。イルファーンもエドのことを気にしていたし」
 と、フェンリエッタ。黎乃は頷く
「まあなあ。使者もベルイフの領地辺りで野犬に遭ってらしいし、怪し過ぎる」
 イルファーンがエドゥアルトを調べるよう皇女に進言したのも理解できる。
「私、どこかの酒場で聞き込みをしようかと」
 フェンリエッタが言うと黎乃は「お、いいねえ」と目を輝かせた。
「聞き込みよ? それと、アレンスキーの使用人のことも少し気になってる」
「皇女の使者をきっぱり追い返してるしな」
 と、アリアス
「レナには手紙を書いてもらったけど、会わせてくれるかしらね」
「意地でも会う。ハッドも任せておけと宣言してる」
 黎乃が言った。


 ヴォルフではオドゥノールがニーナのお喋りに捕まっていた。
 最初に顔を合わせたのが奥方だったのが予定外。あちらは彼女をよく覚えていて、あっという間にニーナの部屋に案内され、ニーナは大喜びで他愛もないお喋りを始める。
「あら? そういえば貴方は今日、なぜこちらに?」
 ニーナがそう言った時、既に1時間以上も経過していた
「前回あのようなこともありましたし、少し心配に」
 お茶に少しむせそうになりながらノールは答えた。
「ああ、手紙ね。私、他のも確認したのよ」
「他の方にも手紙を?」
「ええ。エドとあと数人。手紙を書くのが好きなの。でも舞踏会では何もなかったし、誰かの悪戯よね」
 何も知らないとはいえ、ニーナは底抜けに楽観的な性格なのだろうか
「幼馴染のお二人とか?」
 何気なく尋ねてみる。
「エドはそんなことしないわ。悪戯好きなのはバレクだけど、彼らしくはないわね」
「皇女はエドゥアルトのことを覚えていないようでしたね」
「そうね、もっと覚えてると思ってたけど」
 ニーナはそう言って庭を指差す
「あそこに赤い花が咲いてたの。一度バレクは馬を暴走させちゃって、レナがあそこに落ちたの」
 ノールは庭に目を向ける。
「咄嗟にレナを受け止めたのがエド。レナは怪我しなかったけど、気を失っちゃって大騒ぎ。エドは頭を切っちゃって大騒ぎ。綺麗な青い服が血だらけで。でも泣かなかったのよ?」
 すごいでしょ? というように言うニーナ
「エドは今でも凛としてる。バレクはお酒が過ぎちゃって。でも、アレンスキーの家系はお酒に強いって父が言ってたわ。あんなに酔っぱらうなんて変だって」
 つまり、酔い潰れるはずがない?
「でも、彼のところにトウが来てくれて良かった。気が回る人で。前も馬車で待機してたし」
「トウ?」
「そう。若い男の人。迅鷹を連れてる。うち、龍を持つ騎士が多いの。騎士団長が見ていて、元は開拓者なのかもって。バレクはお父様が亡くなられてから酒量が増えたから心配だったの。そういう人なら安心よね」
 ノールは考える。使者を送り返したのはこの男? 野犬が去ったのは迅鷹がいたから?
「ところでニーナ、バレクのお父様は…ご病気で?」
「落馬事故よ」
 ニーナは悲しそうに眉を潜めた。
「いい方だったのよ。まだ雪が残る時期だった。ご遺体は損傷が大きくて、最期のお別れができなくて…」
 損傷が大きくて…。首をもがれた死人…
 アレンスキーに行こう。ノールは決心した。間に合うなら皆に伝えたい
 せめて一緒に夕食を食べてと懇願する彼女に丁重に断りを入れ、彼女はヴォルフを後にした。


「いきなりかよ…」
 統真は呟いて拳を確かめる。
 野犬の被害を聞いて回った。結果は予想と違った。被害がなかったのだ。もちろん皆無ではない。が、村人が追い払えばという程度のものだった。2人の領主の評判も悪くない
 妙だなと思いつつ村を後にした時、野犬の群れを地平に見た。あちらは恐らくベルイフ領。目一杯いるじゃないか、と思う。

ウォオオ…!

 声と共にこちらに来る。先頭の一匹が飛びかかるのを交わし、一発見舞う。落ちたのは腐りかかった野犬の死骸。

『屍犬?』

 次を迎え撃つ姿勢を取ったが、意に反して向きを変えて地平に逃げる群れを見た。なぜ? と細めた統真の目はその存在を捉えていた
「迅鷹…」
 それはアレンスキー領に向かって飛んで行った。


 同じ頃、沙羅は統真とは別のルートでアレンスキーに入っていたが、何かの啼き声を聞いた気がして顔を巡らせた。しかし何も見当たらない
「ねえ、ここって野犬の心配ない?」
 目の前の村人に聞いてみる。
「野犬も狼もどこでもいるだろうが、人里には来ないよ。獲物は森にいくらでもいるから」
 皆同じ返事をする。沙羅は息を吐いた。おかしい。平穏で豊かなこの一帯で、バレク一人が不穏なことを言っている。皇女の使徒が被害に遭う
 沙羅は声のした方に再び目を向け、眉を潜める。ちらりと見えた姿は間違いなく迅鷹だった。


 オドゥノール以外の仲間が集合したのは日が暮れてからだった。
 野犬の群れに遭遇したのは統真とイルファーン。黎乃とハッド組は出会っていない。
 フェンリエッタは何度か瘴索結界を用いたが、アヤカシの気配も感じなかったという
「必要なら閃光練弾をと思ったが、馬を全力疾走させれば振り切れないことはない。アレンスキーに入るといなくなった」
 それでも皇女の使者は相当怖かっただろう、とイルファーンは言った
「迅鷹を見たか?」
 統真の問いにイルファーンはかぶりを振る。
「あたしは見たよ。野犬を追い払ったのはあいつじゃない?」
 沙羅が言う。
「犬は一匹倒した。屍犬だ」
 統真の言葉に皆が口を引き結ぶ。ますますローザ臭い。
 ともかく領主に会おうと屋敷に向かう
 礼服を着ていたハッドが先頭に。門を叩くと若い男が扉を開け、全員の顔を見回した。
「バレク殿はお見えかな?」
 ハッドが言ったが男は答えない。
「皇女からの手紙をお預かりしています」
 手紙を見せるフェンリエッタ
「お渡しします」
 男が受け取って扉を閉めようとしたので、フェンリエッタがその手を止める。
「お読みになったことを確認させていただきたいのです」
「では、また日を改めて」
 男の態度はにべもない。皇女の手紙にこの態度かと皆が思った時、
「トウ!」
 オドゥノールの声がした。彼女は馬から飛び降りて駆け寄る。
「主は潰れておられまい。お目通りを。迅鷹を連れた元開拓者?」
「お前だったのか!」
 と、統真
 男は、ふ、と笑い、扉を開けた。


 バレクはのっそり現れた。トウが侍女の運んで来たお茶を卓に並べる。
「開拓者ってのは敵わんな…。トウの言う通りだ」
 呟いてお茶をすすり、バレクは皇女の手紙を読む。読み終えて「はー」と吐く息が酒臭い。うぐ、と鼻を押さえたくなるのを皆で堪える。しかしそのまま黙り込んでしまう。暫く待ってみたが話す気配がないのでハッドが口を開いた。
「我輩と木登り対決でもするかの? バレク殿」
「それとも迎え酒するか? 持って来てるぞ」
 と、黎乃。それを聞いてバレクは笑った。彼も少し緊張していたのだろう。しかし再び沈黙
「話さねぇとレナが直接乗り込んで来るぞ」
 イルファーン、一喝。バレクは酒臭い息を吐いて口を開いた。

 事故の現場でバレクは服でそれが父と理解した。亡骸には首が無かったのだ。辺りは血の海、馬もいない。不名誉な死だからと周囲に諭され、落馬事故として彼は父を弔う。しかし、納得できない。なぜなら、父の亡骸の周囲に点々と女の足跡がついていたからだ。それに気づいたのはバレクしかいなかった。
「ローザか」
 羅喉丸の声にバレクは分からんと答える。
「だが、アヤカシの仕業で父だけとは考えたくない。あちこち調べ回った。それで出会ったのがこいつだ。陰陽師のトウ。友が不審な死を遂げた」
 バレクはトウを顎で示した。トウは最後の言葉で目を伏せる
「有難いことにアレンスキーの名は力がある。酔いどれ風情で取引をちらつかせたら、ここだけの話、を聞かせてくれる。失踪者も変な噂も」
 バレクに目を向けられたトウは本を何冊か抱えて来た。バレクが一冊を取り上げる。
「2年がかりで聞いて回ってトウが本の形に」
「これは?」
 ハッドが尋ねる
「ここ数年間の失踪貴族と不明瞭死の貴族」
「待って」
 フレイアが皇女から預かった名簿を取り出す。そしてフィフロスを。
「子供の名簿と同じ名字で10人程」
「こっちは?」
 別の本を渡されて再びフィフロス。
「3人。2人はさっきと同じ人」
 彼女の答えを聞いて、バレクは宙を仰いだ。
「何の資料だ?」
 アリアスが尋ねる。
「ベルイフに接点のある貴族」
 宙を見つめたままバレクは答えた
「…足跡がベルイフ領に続いてた。俺もあの時の子供らを全員覚えているわけじゃない。数人覚えがあったから今見てもらったんだが、10人もいたとは驚きだ」
「狙われているかもと察してレナをスィーラに戻したわけか」
 と、黎乃。
「それなら皇女の郷里は? ニーナも」
 フェンリエッタが言う。
「トウが迅鷹を飛ばしているのと、ニーナは今んところ大丈夫だ」
「なんでだ?」
 統真が目を細める。バレクは肩をすくめた。
「恋仲だから」
「策略臭い」
 黎乃の言葉はもっともだ。だが、バレクは首を振る
「子爵家のベルイフに伯爵家のニーナが嫁入りと思えばそうだろうが、当人同士の話だからな。ベルイフを疑う証拠がない。領地でローザとかいうのを見たわけでもない。謀反を起こす体力もベルイフにはない」
「アヤカシの力でやろうとしていたら?」
 沙羅が言うと、バレクは一瞬詰まったが再び口を開く。
「に、しても、今は奴を叩けん。貴族の中の隠れた情報しかない。馬鹿な戦を仕掛けたらこっちが反逆者だ」
「野犬の被害が出てないってのはそういうことか…」
 統真が呟いた。
「さて、皇女にはどう報告すればいいかの?」
 ハッドがふうと息を吐く
「動くなと言っておいてくれ。エドも俺を警戒しているかもしれんが、半分は無能な酔狂だと思っているだろう。トウもいる」
「それでは皇女は納得すまい」
 アリアスが言う。バレクはむうと口を結ぶ。
「その本を皇女に託せ」
 ふと、イルファーンが口を開く。
「何か思惑があるならフレイアが見たように関連性を見つけることができるかもしれん。皇女なら自分の手に余れば開拓者を募るだろう」
「それと手紙の件」
 と、オドゥノール。
「ニーナはエドと手紙のやりとりをしている。彼ならニーナの手紙の癖や字をよく知っていると思える。彼の他にも数人いるようだ」
「レナにエドを疑わせたくないんだよ…」
 バレクは額を押さえた
「俺はレナを連れて遊ぶことに有頂天だった。でも、レナと遊びたかった子は他にも一杯いただろう。エドもそうだ。レナが怪我をしないように一番気を遣っていたのは奴だっただろう」
「赤い花の上に落ちたこと?」
 オドゥノールが言うと、バレクは少し驚いた顔をした。
「ニーナが。落馬したレナを受け止めたのはエドだったとか?」
「赤い花?」
 アリアスが尋ねる。ノールは頷いた。
「エドは頭に怪我をして青い服が真っ赤に染まったと」
 これだったのか。思い出せない皇女の赤と青の記憶。
「エドは俺とは真逆。俺はレナをエドから離した。要するに皇女を独り占めしたかったわけだ。だから…」
 だから、皇女にエドを疑わせるような動きをすると当時と同じ思いに陥る…
「…気持ちは分かるけど、人が死んでる。貴方のお父上も」
 ノールは言った
「分かってる」
 バレクは頷いた。
「でも、エドゥアルトは悪意だけに満ちる男ではないという可能性も伝えてくれ」


 書を受け取り、アレンスキーを後にする。皆はずっとついてくる迅鷹を見た。迅鷹は皆がベルイフを越えた頃、いなくなっていた
 予定通りスィーラ城に戻ると、皇女はお付きもつけず、外で彼らの帰りを待っていた。
「よう、レナ!」
 統真が手を振ると皇女は笑みを浮かべた。
「お帰り、統真。…皆も無事で良かった」

 見る目が違えば人の記憶も違う。
 ほっとしたような皇女の笑みはこれからどうなるのだろう。
 そう思いながら、彼らはスィーラの中に入っていったのだった。