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■オープニング本文 「…つ…」 レナ・マゼーパ(iz102)は窓の外を眺めながら自分の胸元を指先で押さえた。 もうとっくに癒えた傷なのに、この時期になるといつも疼くような気がする。 彼女は苛立たしげに窓から目を逸らす。 こんなことだから父は私を使おうとしないのだ。 私は兵団のひとつやふたつ、充分扱える。 しかし、彼女の父、ガラドルフ大帝は14歳で彼女が負傷して以来、レナを大きな戦地に出そうとはしなかった。それが末娘に向けられる父のこの上ない愛情であるとは彼女は受け入れなかった。 だから大帝が彼女に母の郷里に行くことを命じたときも、レナは自分を疎んじてのことだと考えた。 何ゆえの辺境派遣か、理由がわからぬ年齢ではないだろう。 当初、この地はアヤカシがあちこちに出没し、とても人々が安心して暮らせる状態ではなかった。ここが落ち着いたのも彼女が先導して片っ端からアヤカシを撃退し、防御のための指南をしたからだ。 しかし、所詮は小鬼や蟲、獣の類、と、彼女は思っている。 彼女は相棒だった駿龍さえも友人のニーナに預けたままで、どんなに働きを称えられてもどこか虚しさを感じるばかりだ。 『なにも、私でなくとも』 そんな気がした。 母の郷里では年老いた祖父の代わりに今は叔父のティボルが長老を務めている。 長老の親族とはいえ、レナは皇族の身。スィーラ城の自分の部屋より遙かに粗末でこじんまりしていても、居心地の良い部屋を与えられ、侍女が数名つく生活。 季節を越えるごとに「押し込められている」ような息苦しさを感じる。 「レナ様」 侍女が部屋に入ってきた。 レナは鬱陶しそうに彼女に目を向ける。いつものことだから侍女は気にも留めない。 「ニーナ・ヴォルフ様からお手紙です」 彼女の口元にほんの僅かに笑みが浮かぶ。 この地に来てから手紙を寄越してくれるのは幼馴染のニーナだけだった。 『親愛なるレナ。 相変わらず身の置き所がなくてイライラしているのでしょうね。それでもあなたはよく頑張っていると思うわ。活躍をときどき風の便りに聞いているわよ。 あなたの駿龍も少し元気になったわ。お預かりしている間に死んでしまったらどうしようかと心配したの。でも、やっぱりあなたでなくちゃだめなのかもね。相棒にして間がないうちに私に預けることになったということもあるけれど、ちゃんと名前を考えておあげなさいな。あなたのことをよほど好いているみたいよ。あなたの名前を出すと、小さく啼くわ。 今日はね、お願いがあるの。 私の城で舞踏会を開くことになったの。祖母の誕生日が近いの。その企画を私がすることになったのよ。父がそろそろそういう経験をしてもいい時期だろうって。 もちろん来てくれるわよね? あなたに来て欲しいの。お父上には私の父からお願いをしたわ。最初はちょっと拒絶気味でいらっしゃったそうだけど、ヴォルフは古くからの間柄。渋々という感じかしら。そりゃそうよね、舞踏会といえば殿方がたくさん来られますもの。でも、私はあなたもいい人を見つけても構わないと思うわ』 レナはそこまで読んで苦笑する。特定の相手が欲しいのはニーナのほうであろう。 『舞踏会なんて、とあなたが渋面作っているのが目に見えるようだけど、私はあなたの力が借りたいの。 ジェレゾでも少し噂になっている話、知ってる? あなたのところにまでは敢えて届かないかもしれないわね。大きな宴が開催されると誰かが消える、という噂。』 噂? レナは目を細めて少し首をかしげる。もちろん聞いたことがない。 『なんでも、招待していない見知らぬ客が知らないうちに紛れ込んでいて、終わる頃にはいなくなっているとか? 来ているはずが最初から実は来ていなかったとか、来ていたのにいなくなってしまったとか、噂はまちまちでよくわからないんだけれど。 私は…半信半疑ってところかしら。 でも、こちらに来るときにあなたの依頼で開拓者を数名連れて来てもらえないかしら。 祖母の誕生祝いだから、私の誕生会どころの来賓じゃないの。だからって、こちらから護衛をたくさん出したりギルドに依頼を出したことが知れると、なんだかおめでたい席に不釣合いだし。 父も母もちょっと不安みたいだし、私も初めての企画で失敗したくないのよ。万が一我が家で開く宴で失踪者が出たりしたらとんでもないわ。 どうかしら。あなたにしか頼めないの。いいお返事を期待しているわ。 ニーナ・ヴォルフ』 レナは手紙から顔をあげて溜息をついた。 自分が開拓者を連れて行けば、皇女の護衛として申し開きがたつということか?ニーナったら…。 「まあ、いいわ」 退屈で虚しい日々の刺激としては物足りないくらいだが。 ニーナの顔をしばらく見ていない。駿龍も。…駿龍は連れて戻ろう…。あれは連れて来るべきだった。いればもっと気も紛れただろう。 そうだ、駿龍の名前を開拓者に考えてもらおうか。彼らならどんな名前をつけるか、それもまた一興。 彼女は噂のことなど最初から全く信じていなかった。 ニーナはきっと、初めての宴の企画で不安なのだ。 |
■参加者一覧
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
水月(ia2566)
10歳・女・吟
黎乃壬弥(ia3249)
38歳・男・志
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
オドゥノール(ib0479)
15歳・女・騎
ナタリー・フェア(ib7194)
29歳・女・砲
トリシア・ベルクフント(ic0445)
20歳・女・騎
イルファーン・ラナウト(ic0742)
32歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ジルベリアの日差しも既に春。 既にフェンリエッタ(ib0018)とイルファーン・ラナウト(ic0742)がヴォルフ城までの行程を練り、全員にそれを伝えている。馬が借りられればと考えていたが、皇女は用意をしていたようだ。 「皇女様におかれましては、ご機嫌麗しゅうございます」 男装で馬の手綱を引くレナ・マゼーパ(iz0102)の前で優雅に膝を折って挨拶をしたのはナタリー・フェア(ib7194)。 皇女が口を開こうとすると「姫様っ!」と甲高い声がする。振り向けば少し年配の女性。 「姫様、舞踏会ですよ!」 憤慨する女性を無視して皇女は皆に手早く馬の手綱を渡す。 「行きましょう。失礼ながら皆様とのご挨拶は馬上にて」 そう言うなり馬に飛び乗ってしまう。開拓者達も慌てて馬に乗り後を追う。悲鳴に似た女性の声があっという間に遠ざかった。 しばらくしてトリシア・ベルクフント(ic0445)が馬を皇女に近づける。 「トリシア・ベルクフントです、このなりですが女性です。道中の護衛を。…あの…お付きの方が何やら。良かったのですか?」 皇女は肩をすくめた。 「良い。私のための舞踏会ではない」 そう言って、彼女は皆をぐるりと見回す。 「お見苦しいところを申し訳ない。馬20頭分の衣装は不要と強引に置いて逃げた」 馬20頭…。それは流石に。 「見た感じ変わってないな、レナ。あ、俺はこう呼ばせてもらうよ。これはオドゥノール。腕は保証するぜ」 黎乃壬弥(ia3249)に促されて、オドゥノール(ib0479)が皇女の横に馬を進める。 「殿下の依頼を受けられる事、心より嬉しく思います。黎乃の行動はしかと抑えますのでご安心を」 「なんだそりゃあ! なあ? 喪越」 黎乃が声をあげたので、前にいた喪越(ia1670)が仰天する。 「どうしてこっちに飛び火するっ!」 皇女は笑みを浮かべた。 「私に敬称はいらない、オドゥノール。皆も同じで。共に旅ができることを嬉しく思う」 「レナ様…レナ…さん」 馬の背にちんまりと跨った水月(ia2566)がぽくぽくと進みでる。 「黎乃さんとお宿の準備をしてくるの…。ご希望ありますか? お食事とか…」 「特にない。皆で一緒に休めればそれで。これを持って行って」 皇女は答え、宿代の入った袋を取り出す。それを受け取った水月はこくりと頷いた。 「あと、これな。使い方はナタリーやイルファーンに聞いてみるといい」 黎乃が差し出した魔槍砲を見て、皇女は不思議そうな顔をする。 「私に? あの時のお触りはもう済んだこと」 それを聞いたオドゥノールがギン! と睨んだので黎乃は慌てる。 「違うちがーう! つか、覚えてたの、そこ?」 「冗談だ、黎乃。あの時は世話になった。喪越も」 喪越は少し離れた場所で手をあげてみせる。皇女は笑って魔槍砲に手を伸ばした。 「ありがとう。感謝する」 黎乃はほっとして水月と共に先に馬を走らせていった。 イルファーンの提案で皇女を取り囲むような形で馬を進める。 喪越は皆よりかなり先を行っていたが、黎乃と水月の補佐に向かったらしく途中で姿が見えなくなった。 辺りは長閑な景色が広がる。 見通しの悪い場所ではイルファーンとトリシアが先に走って確認をし、フェンリエッタが心眼を用いたが、アヤカシの気配は感じられなかった。 口数が少ない皇女は自分から話をすることがほとんどない。 無言で馬を進める彼女のもと、トリシアがこの地について話題を出すとナタリーやフェンリエッタが答え、貴族ならではの習いに彼女が目を丸くすると、「ですよねえ?」と皇女に話を向ける。すると皇女はくすくすと笑った。 小鳥の囀るような女子話を耳にしながらイルファーンは時折空を見上げて確認を怠らなかった。 こちらは宿探しの黎乃と水月。意外と宿が空いておらず苦戦中。 「お父様と同室でよろしければ寝台ひとつで一部屋ありますけれど」 と、言われる始末。水月がふるふると首を振る。 そして頼みの綱の最後の村でようやく宿を探しあてた。2部屋空いているという。 「何人お泊りで?」 「8人だが、一人が確保できりゃあ、あとは交代で休むから」 主人の問いに黎乃が答えると、主人は「交代で?」と目を細める。 「少し身分の高いお嬢様なのっ。私達護衛なのっ。」 水月が卓の下から見上げて訴える。その必死さに主人は笑みを浮かべた。 「わかりました。2階の踊り場もお使いいただいて構いません。風呂は離れです。貸切は深夜でないと難しいかと」 これで手を打つことにする。 ほっとして宿を出ると、そこに喪越の姿を見つけて2人はぎょっとした。 「うまくいったみたいだYO! 良かったYO!」 どうも外から聞き耳をたてていたらしい。 「みんなのところに戻るぞ」 黎乃は喪越の外套を引っ掴むとそのままずるずると引き摺っていった。 黎乃と水月、喪越が戻ったところで少し遅い休息をとることになった。 馬を繋ぎ、皆で木陰に座る。 フェンリエッタが手作りのクッキーや桜ジャムを並べると、真っ先に水月が目を輝かせたが、その横に同じ表情の皇女がいた。どうやら甘い物は大好物らしい。 彼女は水月の真似をして、クッキーを取り上げるとジャムにつけた。それを口に運ぶ。 指にジャムがついた。どうしようという表情が皇女の顔に浮かび、周囲を見回す。 喪越がぺろりと自分の指を舐めているのを見て、恐る恐る指のジャムを口に運ぶ。 「姫様」 その声に皇女がびくっとする。オドゥノールが笑っていた。横のナタリーも笑っている。 「びっくりさせないで」 皇女は息を吐いた。そして笑う。彼女は「美味しい」と幸せそうに呟いた。 日が暮れてから宿に到着。 食事の時間は終わっていたが、宿の夫婦は温かい料理を揃えて待っていてくれた。 「おばちゃん、この料理美味しいね。酒が進むわ」 「嬉しいこと言ってくれるわねえ、お兄さん!」 喪越とおかみの仲が良い。その横で「お前飲み過ぎんな」と言いつつ黎乃も一杯。 「レナ様、駿龍の名前」 フェンリエッタが言った。 「ハルモニア。調和という意味よ」 「アンバル、というのはどうかしら。琥珀よ」 と、オドゥノール。 「待て待て、名前はフェルナンデスだ!」 卓の端から喪越が叫ぶ。 「…異国の楽器のような響きね…?」 皇女は呟いた。喪越はぐっと拳を握ってみせ、黎乃は「そうなの?」と首をかしげる。 「あとでお返事をするから」 皇女は言った。 食事の後、ナタリーが風呂を勧めたが、皇女はためらいを見せた。 「でも、明日は舞踏会ですから」 そう促されて渋々頷く。 皇女がぱたりと小屋の扉を閉めたあと、トリシアの合図で女性陣が全員配置についた。 「来るなら来てみるがいいわ、『アヤカシ』共」 オドゥノールの言葉に水月もこくこくと頷く。その少し離れた場所でイルファーンが頬杖をついてふうと溜息をついていた。もちろん彼は眺めているだけではない。「警戒」の側だ。 そして夜空に叫び声が響いたのはものの数分もたたないうちだった。 黎乃と喪越に極似した、オドゥノールいわく『新種のアヤカシ』は女性陣によって撃退された。 皇女の部屋のドアの前に女性陣が交代で見張りをして夜が明ける。 再び馬に乗る一行の中で、黎乃と喪越だけが腫れた頬を押さえてげんなりしていた。 問いかけるように目を向けた皇女に気づいたフェンリエッタはにっこりと微笑む。 「きっと虫に刺されたのでしょう。着く頃には腫れも引きます」 その言葉通り、ヴォルフ城に着く頃には黎乃も喪越も元気一杯になっていた。ボロボロの状態で会場に入るのは、と女性陣も気を遣ったのだろう。 しかし、城に着いてからの彼らは予想しなかった事態に直面する。 「レナ! びっくりしたわ! 言ってくれれば迎えを寄越したのに!」 皇女の到着を聞いて、ニーナ・ヴォルフが駆け寄ってきた。 全員がそれを聞いて微かに首をかしげる。『迎えを寄越したのに』? 皇女がニーナの祖母に挨拶を済ませた後、皆が一室に通された。 「ニーナ、貴方から手紙をもらった」 部屋に入るや否や皇女が言うとニーナは頷いた。 「ええ、出したわよ? まさか私のホスト役を冷やかしに?」 ニーナは笑う。皇女は自分の上着を探って手紙を取り出し、それを彼女に押しつける。 不思議そうな顔をして手紙を読み始めたニーナの顔が青ざめた。顔をあげた彼女は口早に言った。 「レナ、筆跡を真似てあるけれど、違うわ。駿龍をこちらから開拓者に託させてと書いたのよ。それにヴォルフは正式な宴には必ず招待状をお送りするわ。私の手紙一枚なんてあり得ない」 「噂は?」 と、イルファーンが尋ねる。 「あるのは本当よ。でも、私も詳しく知らない。人の口を介して聞いたくらいで」 ニーナは答えた。 「何が目的で…? 私か? それともヴォルフ?」 皇女はそう言って開拓者達を見回した。さすがにそれは誰にも答えられない。 「いずれにしても今日の舞踏会を知っている方。ご招待客のリストを見せていただいても?」 ナタリーの言葉にニーナは頷いて立ち上がった。 「とりあえず着替えましょう。このドレスなら防御力もあります。御身の安全に」 オドゥノールが「銀の月」を取り出して皇女に言った。 「ちょっと当てが外れた気がする…お祖母さんの誕生会だっけ」 舞踏会の様子を見ていた黎乃が呟いた。ほとんどが年配夫婦だ。 「若い方もお見えよ。代理でいらしたんじゃないかしら」 ナタリーが答える。 招待客は300名程。身元が明らかな人々の中の怪しい人物の特定はリストだけでは難しかった。あとは会場で目を光らせるしかないだろう。 意図が掴めないが、敵はヴォルフの宴に皇女を呼ぶ必要があったのだ。 「俺の射程範囲は10代から上は灰まで。いざ出陣」 黎乃が足を踏み出した。 よくよく考えてみれば最初の任務とは何も変わっていない。開拓者達は黎乃の動きを合図のように、それぞれ来客の中に紛れ込む。皇女の傍にはオドゥノールがいる。 しばらくしてニーナがひとりの男を皇女の元に連れて来た。 「レナ、エドゥアルト・ベルイフ様よ、覚えてる? 小さい頃よく遊んだわ。バレク・アレンスキーも来てるはずよ。お酒が好きだからどこかで飲んでいるのかも」 皇女は紹介された男を見上げた。息を呑むほど美麗な青年だったが、皇女の表情は動かない。 「お久しぶりです、レナ様。もしよろしければ一曲踊っていただけませんか?」 彼の言葉に皇女は咄嗟に近くを通りかかったトリシアの腕を掴んだ。 「私は…彼と先約があるの。申し訳ないけれど」 エドゥアルトは不快を示さずにこやかに頷いた。 「それは残念。男装の麗人に先を越されてしまうとは」 皇女の手の甲にキスをしてエドゥアルトが去ったあと、ニーナが心配そうに皇女に言う。 「レナ、大丈夫? 部屋を用意しましょうか?」 「ごめんなさい、ニーナ。彼女と踊ったらそうさせて」 びっくりして体を硬直させているトリシアを連れて踊りに行く皇女を見送って、ニーナはオドゥノールに目を向ける。 「レナをお願いします」 オドゥノールは頷いた。 「お断りして良かったのですか? …あの方、即座に私を女性と見破りましたね」 男役では踊り慣れないトリシアは緊張しながらレナに問う。 「彼には覚えがない。でも、バレクのことは…」 皇女は答えてトリシアの肩越しに顔を巡らせる。 「お会いになりたいのなら探しましょうか?」 トリシアは言ったが皇女は首を振った。 「舞踏会を無事に終わらせることのほうが重要。私が部屋に引けば皆も楽に動ける」 「…わかりました。じゃあ、お部屋に参りましょう」 トリシアは答えた。 数十分後、黎乃はふうと息を吐いていた。 来客達はいろんな話をしてくれるが、噂のことになるとはぐらかされてしまう。何かを知っているようだが聞き出せない。 突然、大きな音が響いた。会場内の視線が一気に音の方に向く。黎乃が音に向かって走ったとき、イルファーンもやってきたところだった。見れば男がだらしなく床に伸びている。 「また、貴方なの? バレク!」 駆け付けたニーナが困惑の声をあげた。起こそうとする彼女に代わってイルファーンが彼を助け起こす。 「バレク、馬車を用意するわよ? いい?」 ニーナはぐんにゃりしている男の頬を叩きながらそう言うと「外までお願いします」とイルファーンと黎乃に囁いて足早に去っていった。 黎乃は仲間に「大丈夫」と合図を送り、イルファーンと共に男を担ぎあげた。場には再び談笑の声が始まった。 馬車は既に外に待機をしていた。男の行儀の悪さは一度や二度ではないのだろう。外にいた喪越も気づいたらしく傍にいる。 苦労して3人で彼を馬車に放り込み、手を放そうとした黎乃の腕をいきなり男が掴んだ。 「お前ら本当に隙がねぇ…レナの依頼か? 噂のことを聞き回って何が目的だ。彼女に伝えろ。スィーラに戻れと」 誰だこいつは。3人は思わずお互いに視線を交し合う。 「手紙を書き換えたのはあんたか?」 黎乃が尋ねると男は酒臭い息を吐いた。 「手紙? 知らねえよ。誰も言わないのは言えないからだ。首をもぎとられた死人が出たことなど」 「バレク、馬車に乗った?」 ニーナの声が聞こえた。 「出せ!」 即座に叫んだ男の声に馬車が走り出し、あっという間に闇の中に消えていった。 「彼は何方?」 黎乃の問いにニーナは息を吐く。 「バレク・アレンスキー。エドと同じで幼馴染なの。エドは嫌ってる。バレクは昔から素行が悪くて。でも、あんなじゃなかった。お父様が亡くなられて爵位を継いでからだわ」 『首をもぎとられた死人』 3人の頭に同時にさっきの言葉が浮かぶが、かろうじてそれを飲み込んだ。 話すのは皇女のほうが先だ。 舞踏会は日付が変わる前に終わった。半数の客は帰途に着く。 見送りを済ませてほっと息を吐くニーナにレナが近づく。 「ゆっくり休んで。私は駿龍の様子を見に行くわ」 皇女が声をかけると、ニーナは頷いてレナと抱擁を交し、奥に入っていった。 皇女は開拓者達と共に駿龍を待機させている庭に向かう。 「ヴォルフは龍の扱いに長けた騎士達を多く抱えていた。私がニーナに預けたのはそれもある」 彼女はそう言って闇に向かって声をあげる。 「ハル・アンバル!」 啼き声がしたかと思うと、駿龍がすぐさま目の前に降り立った。 初めての名に戸惑うことなく呼応した龍の背を皇女は撫でる。 「考えていただいた全ての名を与えてやれなくてごめんなさい」 彼女は開拓者達を振り向いた。 「私はスィーラ城に戻る。バレクから聞いたことをニーナに言わずにいてくれたこと、感謝します。あの子を不安にさせたくない。私が少しずつ確かめてみる」 皇女は言葉を切ると皆をゆっくり見回した。そして膝を折り、開拓者達に礼をした。 「…この2日間、本当に…有難う。皆様のご武運を祈っております」 ハル・アンバルが大きく啼いた。 |