桃白ジルベリアに行く
マスター名:西尾厚哉
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや易
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/05/10 02:21



■オープニング本文

『ジルべリアに行く。
そのためにジェレゾに向かう飛空船に乗る』

 そのことは神西白火(iz0093)は重々理解していた。
 でも、この船は本当にジェレゾまで辿りつけるんだろうか。
 オンボロとは言わないけれど、あちこちが傷んでいる。なんだかつい最近できた感じだ。なんというか…
『アヤカシの群れに飛び込んじゃったとか?』
 そう考えて、白火の胸は緊張でどきどきした。
 この船がいくら乗組員を探しているという噂を聞いたからって、飛空船内の仕事に関して何の知識もない自分達を雇ってもらえるものなのか。
 姉の神西桃火が言い出したこととはいえ、冷静な彼は心配だった。そもそも姉の考えや行動は突拍子もないことが多い。でも、普通にお金を払って客船に乗るほどの所持金もない。
 弟の不安をよそに姉の桃火は甲板に続く梯子を身軽によじ登り、船長室とおぼしき部屋の扉を乱暴に殴りつける。
「たーーのもーーう!」
 すぐに扉が開いて、でっぷり太った大男が顔を覗かせた。
 でかい。
 怖い。
 白火は身を強張らせる。
「あ、ええと、乗組員に雇ってもらえないかなー? と思ってぇ…」
 さっきまでの威勢はどこへやら、桃火も精一杯の引き攣った笑みを浮かべる。男は桃火の頭の先から足の先までをじろじろと眺め、次に白火に目を向けた。途端に白火はびくうっと身を震わせる。それを見て男の視線がふっと柔らかくなった。
「はいんなさい」
 男が背を向けるのを見るなり、やったね! と、いうように桃火は白火にぐっと親指を立てて見せた。白火はいやーな予感がして口をへの字に歪めた。

「私の名前は小豆銀介。船の名前は銀花」
 愛おしそうに壁をなでさする小豆の背後で桃火が小さく笑い、小さな声で白火に囁く。
「アズキだって。すげー小粒な名前だな?」
 白火は思わず息を飲んで姉に非難の目を向けた。でも、もう遅い。小豆はギロリと振り向き、次の瞬間、二人とも船室から蹴り出され、扉はばたんと閉じられた。
「桃火っ…」
 白火は思わず姉を睨みつけてしまう。桃火は一瞬勝気な表情を浮かべたが、自分の失言を悟って口を尖らせた。
 白火は息を吐き、もう一度姉の顔を睨んで立ち上がった。そして目の前の扉を叩く。
「小豆さん! ごめんなさい! ぼくたち、ジェレゾに行かないといけないんです! お願いします! 雇ってください! お願いします!」
 弟が頑張っているのに、そもそも提案をした姉が知らん顔をしているわけにはいかない。
 2人揃ってしばらく扉を叩き続ける。
「お願いします! お願いします!」
 数分後、白火の手が扉ではなく、ぽふりと弾力のある腹を叩いた。
「はいんな」
 男のふてくされた顔が頭上にあった。

 桃火と白火は、陰陽師になると言って家を出たまま行方知れずになった兄をずっと探し続けて数年になる。 幼い頃から兄のことが好きでたまらない桃火は、今でも兄がどこかで生きていると信じて疑わない。それは月日がたつほど募る一方のようだった。
 弟の白火はもちろん兄に生きていて欲しいと願ってはいるが、兄によく似た人物がジェレゾ行きの飛空船に乗り込んだと人から聞いたときは、さすがに躊躇した。
 ジルベリアのことはほとんど何も知らない。ただ、ここより寒い国だというくらいだ。陰陽師になるはずの兄がどうして異国に行かなければならないのだろう。陰陽師になったからジルベリアに行く必要があったのだろうか。
 何もわからないけれど、白火の心の中は最初の頃とは少し違う感情が芽生えていた。
「桃火を…にぃに会わせてやらなくちゃ…」
 そう呟いて白火は姉に目を向ける。船室の隅っこで、桃火は前に開拓者に書いてもらった兄の似顔絵を見つめていた。だいぶんぼろぼろになっているけれど、桃火は毎日毎日取り出しては眺めている。
 ふと声がして、白火は目の前に座っていた小豆の様子にびっくりした。白火から事情を聞いていた小豆はぼろぼろと涙をこぼしていた。
「苦労したのね、いたわしや…」
 小豆の大きな腕が伸びてきたとき、白火は逃れようか逃れまいか迷った。迷っている間に抱きしめられた。
「ジェレゾに連れてってあげる。但し条件がある。あんた達は今から私の代わりにギルドに行って開拓者を募って来ないといけない。私が欲しいのは使える乗組員であって、力のない子供だけじゃ用を成さない」
「ふぁ、ふぁかりまひた…」
 小豆の胸肉に埋もれながら苦しそうに頷いた。

「前の航海がたまたま戦闘員乗せてなかったのよね。きついだなんだってぶーたれやがったから首切った。そしたら案の定、アヤカシ共のせいでこの有り様よ。だけどまた急いでジェレゾに納めるものがある。幸いにも、破損部分は航行しながら補修できると思う。ただ、もう一回襲われて同じところをやられでもしたらまずい。そのためにも追い払ってくれるだけの戦力を持つ者が必要なのよ。あんたたちじゃそれはたぶん無理。まあ、賄いと積荷の護衛、見張りくらいかしらね。あとは掃除と」
 小豆はそこまで言って、ふうと息を吐く。
 桃火と白火はときどき混じる彼の女性口調に少し違和感を覚えながらも神妙に聞き入る。
「操舵手と機関手は長年の付き合いだから出航時には戻ってきてくれるけど、それだけじゃあジェレゾまでは行けない。あんた達が開拓者の力を募ってきて。とにかくちゃんと到着できたら向こうについてからのことも考えてあげる。兄さんのこと聞ける先も」
「ほんとうかっ?」
 飛びかかりそうになる桃火の頭を小豆はむんずと掴んで言い募る。
「でも、船の損害がひどくなったり、あんた達が航行の足手まといになるようだったら容赦なく放り出す。命があったらそれで良しと思うことね」
 小豆は二人に、というよりも桃火を見てにやりと笑った。
「あの…」
 白火がおずおずと口を開く。
「アヤカシって…何が襲ってきたんですか?」
 小豆はそれを聞いて溜息をついた。
「でっかい鳥ね。雪喰蟲はしょっちゅうだけど。航路は前と違う場所を通るけど、迂回にも限度があるから避けられる保証はないね」
 でっかい鳥…? 白火は見たことのないアヤカシに不安を覚える。
「あんた達が無駄な荷物にならないよう見張る役目もあるのだと、しっかり依頼しておくように。ギルドにきちんと依頼をするところからがあんた達の役目だ」
 小豆はそう言って背を向けた。


■参加者一覧
御調 昴(ib5479
16歳・男・砂
Kyrie(ib5916
23歳・男・陰
鹿島 紫(ic0144
16歳・女・砲
鹿島 綾(ic0145
20歳・女・騎
火麗(ic0614
24歳・女・サ
ユーディット・ベルク(ic0639
20歳・女・弓


■リプレイ本文

 船の損傷は大きく3つ。左舷前方と後方、そして右舷中央部分。これは次の着陸時の衝撃には耐えかねると小豆は言った。
 内部も細々とした損傷が多数。こちらは可能な範囲で。「荷物が大丈夫なら」それで良し。
「じゃあ、優先度を決めてしまいましょう」
 と、鹿島 綾(ic0145)。小豆は頷く。
「荷物庫が近い右舷中央を最初に。次は操舵室が近い左舷前方。補修用の木材と金具は全て船の後方部にある」
 綾は荷物庫の確認もしたいと申し出た
 残るはアヤカシの情報だが、神西 白火(iz0093)が依頼状以外の情報は小豆自身も持っていなかった。つまり雪喰蟲と鳥だ。
「どんな鳥でしょう?」
 Kyrie(ib5916)が尋ねると、
「そりゃあもう恐ろしげな姿よ。たぶん」
 いきなり女性言葉が出る小豆。
「たぶん?」
 火麗(ic0614)が首をかしげる。
「不意を突かれて中で荷物守って震えてるしかなかったのよ」
 と彼は拗ねた表情を見せた
「左右からぐらぐらしていたから、集団かもね。前と同じならジルベリアの上空に入ってからが要注意。早ければ今夜半、普通は明日の早朝からジェレゾに近づく数時間」
「じゃあ、補修は日没にはめどをたてておかないといけない、という感じですわね…」
 鹿島 紫(ic0144)が思案しながら言った。Kyrieがさらにそれに続く
「そして日没後は各自雪喰蟲対策をしたほうが。袖口を括る紐や襟元に巻く布などはありますか?」
 小豆は船室の隅の手拭いの山を指す。
「毎度のことだからいろいろ用意はしてあるわよ」
「それでもアヤカシの存在はなるだけ早い時点での敵の確認が必要ですね…」
 船外に目を向けた御調 昴(ib5479)の後ろから、いきなり白火の姉、桃火が顔を出して口を挟む
「あたしは何をしたらいい?」
「厠の掃除をしてろ」
 小豆の言葉に桃火は「えー!」とむくれた。


 日没まで約9時間。
 船の中ほど左右にわずかに突出した見張り台があった。そこにKyrieと昴が。紫とユーディット・ベルク(ic0639)がグライダーで船外補修に。火麗が白火と一緒に資材を渡す手伝いを。
 綾は荷物庫に。船の下部に続く扉を開き、小豆に続いて梯子を降りると木箱がびっしり積まれているのが見てとれた。船の揺れが大きくなると山が崩れてしまいそうだ。
「普段は荒縄を張っているが、今回は急ぎでね。やってくれると有難い」
 小豆が隅に積んである荒縄を指した
「荒縄だけでは心元ないわね。資材がどれほど余るかで補強を考えましょうか」
 綾は笑みを見せて言った。

 綾と共に厠掃除を終えた桃火もやってきた。
「単独行動は避けて、近くにいる人と連携すること。いいわね?」
 桃火にそう言い含めて綾はユーディットと交代してグライダーに。
「じゃあ…僕、中の補修に行きます」
 姉を不安そうに見たあと、白火は言った。
「一緒に行きましょうか」
 ユーディットが言うと、白火は嬉しそうに頷いた。
「あんたの弟はいい子ね」
 残った桃火に火麗が言う。
「いい子だよ。いい子過ぎるくらい」
 桃火の答えに火麗はふっと笑う。
「あんた達の兄さんも、きっといい人なんだろうね」
 それを聞いて桃火はぱっと顔を輝かせた
「ああ、にぃは最高だよ! 優しいし、あたし達をすごく可愛がってくれた」
 そこでふと寂しそうに目を伏せる
「だから、何にも言わないでいなくなるなんて考えられない…」
「ちゃんと会えるわよ」
 火麗がぶっきらぼうながらもそう言うと、桃火は頷いた。
 そのしおらしさから十数分後、火麗は桃火の姿が見えないことに気づく。顔を巡らせ、すぐに昴のいる見張り台に入ろうとしている彼女の姿を見つけた。
 呼び止めようと口を開きかけて、グライダーに乗った紫が「任せて」というようにこちらに手を振るのを見た
「そっちはだめですよー。キャンディ食べませんかー? ほらほら〜」
 それを聞いて嬉々として梯子を降りる桃火を見て、火麗は「はぁ…」と溜息をついた。


 3時間後、紫がグライダーから降り、賄いを作るために白火を連れて調理場に向かった。代わりにユーディットがグライダーに。船外補修の進捗は5割というところか。
 昴と火麗が交代。昴が桃火はKyrieの近くにいる、と言った。少しもじっとしていないが、誰かの傍にいる限りは逆に管理ができる。
 しばらくして風に乗り、美味しそうな匂いが漂ってくる。
「辛くても、しんどくても、美味しいご飯が有れば何とかなります」
 紫はうきうきとした様子で言う。
 彼女の手際は白火にとっては神技で、白火がもったりと握り飯を握る間にさっさと夜の分の仕込みまで完成させていた。
「さ、じゃあ、皆さんにお知らせしてきましょうか」
 ふたりは調理場を出た。

「食事に行ったらどうですか?」
 Kyrieは座り込んでいる桃火に声をかけた。
「あたしも兄さんを手伝う」
 桃火は答える。Kyrieはふっと笑って手招きをした。そして子犬のように喜んで近づく彼女の目の前に御守を見せる。桃火は不思議そうな顔をした
「これは以前、上級アヤカシを討伐した際にいただいたものです。私達開拓者は、皆で協力すれば強力な敵にも打ち勝つことができます。でも、単独で突出するとどんなに強くても下級アヤカシに勝てないこともあります。わかりますか?」
 桃火はこくんと頷く
「何かあったらすぐに我々に知らせ、共に行動するようにしてください。無事着くまで」
「うん、わかった」
 桃火の返事にKyrieは頷く。
「では、あと一時間ほどすれば昴さんが来ますから、それまでここで見張りをお願いします」
「兄さんは?」
 残念そうに声をあげる桃火に彼は笑って答える
「私は補修を手伝いに。いいですね?」
「あいっ!」
 桃火はぴしりと敬礼して答えた。

 …が、一時間後、やってきた昴は欄干にぐんにゃりもたれて昼寝をしている桃火を見てがっくり肩を落としたのだった。


 船外の補修が日没前ぎりぎりで終了し、周囲は闇に包まれた。
 綾と紫、ユーディットが白火を伴って荷物庫へ。現在見張り台にいるのは再びKyrieと火麗。昴は桃火が邪魔をしないよう休憩兼見張りを
 そわそわしている桃火に、昴は紫が用意していた熱いお茶を彼女にも勧める
「桃火さん、着いてからどうするんですか?」
 尋ねると桃火は首をかしげた。
「当てはないよ。船長が考えとくって言ってたけど」
 彼女はお茶を啜る。
「あたし達は人の助けを借りながらでしか旅ができなくて、なんか、じれったい」
「でも、無茶をしちゃ駄目ですよ? 元気な姿でお兄さんに会わなくちゃ」
 昴が言うと桃火は神妙に頷いた
「うん、そう思ってるんだけど…焦っちゃうんだ…」
 彼女もいろいろ悩んでいるのかもしれない。そう感じる昴の視界の隅にKyrieの方に行く小豆の姿が見えた。
「風が向かい風だ。到着は明日の昼頃だな」
 小豆は言った。確かに正面からの風がかなり強い。その時、反対側の見張り台にいた火麗が頬にちりと痛みを感じて指を触れる。僅かな血が指先についた
「雪喰蟲!」
 彼女は叫ぶ。
「蟲だけならやり過ごせえ!」
 小豆が怒鳴って大慌てで船室に駆け込んでいった。昴が桃火の手を引いて同じく船室に入れる。
「白は!?」
 叫ぶ桃火に荷物庫から飛び出した綾が答えた。
「大丈夫!中にいます!」
 それはあっという間に流れ込む水のように船を飲み込んだ。
「速度落とすな、突っ切れえ!」
 小豆の雄叫びが響く
 時間にして数分だっただろうか。
 強い向い風であったことが幸いした。蟲達は床にうっすらと白い色を残し、ほとんどが後方に流れていった。
「鳥はいなかったようですね」
 Kyrieが銀鱗裂牙を最後にぴしりと一打ちして言った
「薙ぎ払うくらいしか、というのが面倒ね」
 火麗が息を吐いて叢雲を納める
「はい、掃除よ、掃除」
 小豆が竹箒を持って船室からつま先立ちで出て来る
「一匹たりとも船に残さないでねっ」
 彼はそう言って箒を放り出すと、ぱたんと扉を閉めてしまった
「船長はなんで雪が怖いんだ?」
 桃火が箒を取り上げて呟いた
「触ってはだめよ、血を吸われます」
 ユーディットが言うと桃火はひぃ、と小さく叫んで及び腰で掃除を始めた


 交代で僅かな睡眠を取り、夜の闇は何とか無事に過ぎた。
 辺りが明るくなったのを感じて昴は息を吐く。これで視界も開ける。気づけば船の下はまだ雪を湛える山々が聳え立っていた。何とかこのまま無事にジェレゾに着いてくれれば、と思った矢先、昴は遙か彼方に目を止めた。バダドサイトを使う
「右舷前方、鳥! …10数羽!」
 鳥だけじゃない…あれは何だ? 昴はシューティングスターを掴む。
「竜がいる…!」
「竜ですってえ?」
 小豆が悲鳴をあげる
「これ以上速度は出ないわよー?」
 攻撃は免れない。
「船室に入って!」
 ユーディットが桃火と白火を小豆と共に船室に押し込む。間もなく目の前に巨大な竜が口を開いた。身構えたが瘴気の息は船の上部を掠めたのみで、身の丈数メートルの黒い影が船を飛び越してぐるりと下方に消える
「鳥は?」
 紫が周囲を見回す。途端に衝撃が伝わり、体が斜めになる。Kyrieが「念」を使う
「竜も鳥も全部下です!」
「竜を船の後尾に引きつける!」
 火麗が叫んで走った。咆哮。
 綾とKyrieが加勢に向かう。竜が顔を出したところで綾が流し切りを。昇りきって再び船底に潜り込もうとするところでKyrieが蛇鞭を見舞う。耳をつんざく声が聞こえたがダメージよりも怒りに似た感じだ
「不死の竜?」
 昴が言う。ならば少し厄介だ。船体に鳥達がぶつかってくる音が響く
「少し目を閉じてください! 閃光弾で攪乱しますっ」
 紫の声に全員目を閉じる。瞼の向こうに光を感じたのちすぐさま目を開き、ユーディットが数矢。次いで昴が一発、Kyrieが4羽を叩き落とし、向かってきた数羽は月歩で回避、火麗の叢雲と紫の単動作で始末
 鳥は急所を狙えばさほどのことはない。残るは竜だ。もしかしたらあの竜は前もいたのではと皆が思う。ユーディットがそっと身を乗り出して覗き込むと、竜は下でぐるぐると円を描きながら追ってきているのが見えた。この距離では矢も届かない。その目を前に向けた彼女は声をあげた
「前に船がいます!」
 船? いったいどこの。相手は速度を落としたらしく近づいて来る。まさか何も気づいていないわけではあるまいが。
「来ました!」
 Kyrieが叫んだ。竜があがってきたのだ。それは少し離れたのち、勢いよく突っ込んできた。船の上部を崩し飛ばし、小豆が船室から転げ出てくる
「嘘でしょおお! せっかく修理したのにぃ!」
 弟の手を握って走りながら、桃火は操舵手が震えながら舵を握り締めているのを見る
「舵を死んでも離すなああ!」
 自分は逃げた癖に小豆は叫ぶ。
「また下に潜ったわ!」
 もう一度流し切りをかすらせた綾が言う。ユーディットとKyrie、昴もダメージを与えているはずだ
「あと一度、皆で攻撃できれば」
 もう一度咆哮を使うか? 火麗が考えたとき、ふいに再び竜が勢いよく上昇した
 それは船の左下方を突き、体が大きく右に傾く。

――――!

 全員が右の欄干にしがみつく。無防備だったのは小豆だ。こともあろうに竜ではなく、近づいている船に気をとられていた
「あ、あれはエド…うぁおっ?!」
 彼の巨体は桃火を欄干ごとばきりと跳ね飛ばす。
「桃…!」
 白火が叫ぶ。かろうじて欄干の端を掴んだ小豆の腕を白火と火麗が掴む。小豆の足には桃火が必死になってしがみついていた。操舵手の努力で船は正常な位置に戻ったが、竜の次の攻撃が来る。今度来たら荷物庫もアウトだ。
「さあ、来なさい!」
 綾が叫んだ。決着をつける。再び総攻撃
 大きな咆哮が響いたのち、その声が遠ざかっていった
 竜が腹を見せて落ちていくのを確認するのも早々に皆で急いで落ちかけている小豆と桃火を助けに行く
「おもっ…」
 力に自信のある綾ですら小豆の重さに歯を食いしばる。
 いっそ両腕を荒縄で括って引っ張るか、しかしその前に桃火が落ちたらと思いつつ昴が踵を返そうとしたとき、声がした
「ふたりをこちらで受け止める…!」
 目を向けると、グライダーが2基飛んでいた。前を航行していた船がゆっくりと近づいている。
「私はエドゥアルト・ベルイフ! 小豆とは知り合いだ!」
 若い男がグライダーの上で叫んでいた。もう一基は彼より屈強そうな男が乗っている
「お嬢さん、手を放しなさい! 大丈夫! 受け止めるから!」
 桃火は呻く。相手の腕が自分のすぐ近くにあると分かっていても怖くて手が放せない
「あなたが手を放さなくてはだめだ!」
 彼の声に桃火は目をつぶって小豆の足を放した。彼女を抱えて男はすぐに離れる。次いで小豆が手を放す。彼はもう一基のグライダーが受け止めたが重みですごい勢いで落ちていく
「うおお…エド様あぁぁ…あたしを受け止めてくださらないのぉぉ…?」
 声が小さくなり、ようやく持ち直してグライダーが再びあがってくるのを見ながら、
『そりゃ、そうだろう…』
 と、成り行きを見守っていた一同は心の中で思った。


 小豆の船はベルイフの船に先導されてジェレゾに着いた
「開拓者の皆様がいらしたのですか。どおりで。お見事でした」
 エドゥアルト・ベルイフは近くで見ると容姿端麗な男だった。身なりからして貴族だろう。小豆が気をとられてしまうはずだ
 その小豆は顔を赤らめて揉み手で彼の前に立つ。
「彼らが補修をしてくれたから荷も運べたのですわ。エド様のお荷物も無事でしてよ?」
「あの竜はここ数か月よく船を襲っていました」
 ベルイフは小豆を無視して言った
「竜の瘴気に刺激されて、大怪鳥達もいきり立っていたようです。用あって私もジェレゾに向かっていましたが、安心をこの目で確認できて良かった。御礼申し上げます」
「あたし達はこの子の依頼で船に乗ったから」
 火麗が白火を前に押しやった。
「君は?」
 ベルイフの問いにどきまぎしながら白火は答える
「じ、神西白火です。あの…姉を助けてくれて有難うございました」
 頭を下げる弟の横に、桃火も慌てて駆け寄って頭を下げる
「姉弟だったのか。助けたほどでもないよ。彼らの力がなかったら無理だっただろう」
 ベルイフの言葉を受けて、ふたりは開拓者達に向き直る。
「兄さん、姉さん! ありがと! 無事…着いたよ…ジルベリアっ…」
 桃火の目からぽろりと涙が落ちた
「有難う、皆さん。ジルベリアも春が来るんだね。光があったかい…。雪しかないと思ってた」
 白火も手の甲で目をこすって言った
「ジルベリアにも春は来るわ。お兄さんもきっとこの春をどこかで感じてるはずよ」
 ユーディットが答えた。


 小豆銀介の船、銀花、天儀よりジルベリアに到着
 竜による上部の損傷はあれど、補修の甲斐あって船体は前よりも頑丈になっていた。
 荷物は一切無傷。桃火、白火も無事ジルベリアの地に
 エドゥアルト・ベルイフは小豆の頼みもあって、何かあれば力になると姉弟に所在を示した。

 そして任務は完了した。