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■オープニング本文 「レナーっ、大変よーっ」 どかどかどかと駆け込んで来たのは真っ赤なショートヘアの少女。名前はニーナ。 「なによ」 レナは落ち着き払ってちらりとニーナを見やったあと、黒のオーバーニーソを細い指で太ももまで引き上げる。 「いやん、レナ、かっこいい、やっぱ黒がいいよねぇ、きゃあ、パニエが可愛いっ。私、絶対次は黒執事で決めるからねっ」 「いいから、何よ」 鬱陶しそうに眉根を寄せ、レナは次に黒のブーツに手を伸ばす。 「あ、そうだった」 ニーナはレナの横に慌てて座る。 「やられたわ、あいつ、やっぱり私達のコンサートにぶつけてくる気よ。明日から前売り開始だって」 「それはもう知ってる」 もう片方のブーツに手を伸ばすレナ。 「メーメル・ドームは遠い。気にすることない」 「そう、そうよね、準備も進んでるし」 ニーナはそれを聞いて少し安心したように頷く。 「それより、ラストの曲どうよ? 歌詞から練り直すって言ってたよね」 とん! と踵を床に打ちつけ、レナは言う。 「んー、やるって言ってたけどなー。まだ連絡が‥‥、あ、レナ、携帯鳴ってる」 言われる前にレナの手が黒い携帯電話に伸びる。 「はい」 会話は聞こえないが、にわかに険しい表情になる彼女の横顔をニーナは小さく口を開いたまま見守る。 しばらくしてレナは何も言わずぷつっと会話を切ると、口を引き結んで空を睨んだ。 「レナ‥‥どうしたの?」 ニーナが恐るおそる尋ねる。 「やられた」 「えっ?」 ニーナは目を丸くした。 ロックグループ「アレク」は、レナがボーカル兼リード、グレイス・ミハウ・グレフスカスがベース、ハインリヒ・マイセンがドラム、他にレナの友人のニーナがキーボードというグループだったが、「おやじと一緒は嫌」というレナの一声で解散となり、新たにレナの友人らだけで新星「アレク」が結成されたのが半年前。 元々、レナの凄みの効いた声で人気のあったグループだったので、新しい「アレク」も前のファンを引き継いで人気となり、早くもスィーラ・ドームでのファーストコンサートとなった。 一方、彼女らの人気を凌ぐほどの勢いでブレイクしているのが、コンラート・ヴァイツァウがボーカルの4人組ロックグループ「ケ二ヒス」だ。 甘く血筋の良さそうな顔立ちのコンラートと、リードギターの赤い髪のイケメン、スタニスワフ・マチェクに惹かれて、「ケニヒス」も若い女性を中心に人気の高いグループだ。 両者は常に人気一位、二位を争う状態にあり、「アレク」も好きだけれど「ケ二ヒス」も好き、というファンも多かった。飛空船の中や、町の盛り場でどちらかの曲がかかっていない場所はない、と思えるほどの人気ぶりだ。 しかし、レナは「ケニヒス」が大嫌いで、コンラートも「アレク」が好きではないようだ。なぜかはお互いのグループメンバーも聞いていない。(聞くのが怖くて) 「アレク」がファーストコンサート開催をリリースしたことで、何かひと悶着あるぞと内部ではこっそりと危惧していたのだが、案の定、「ケニヒス」も同時期にコンサートをぶつけてきた。 ふんと鼻で笑っていたレナだったが、思いもよらぬ事態に陥ることとなる。 ステージ演出家と設置、照明スタッフが急に契約解除を申し出て来たのだ。前金でもらった分は返金したことから見て、恐らくは別のどこかに金をチラつかされたのだろう。「どこか」とは考えるまでもなく限りなく怪しいのは「ケニヒス」。なぜなら、今までも「アレク」の活動を妨害するような動きは多々あったからだ。しかし、細かいことにいちいちこだわるレナではない。彼女自身は「ケニヒス」など、あと半年もすれば容易に追い抜くことができるはず、と思っていた。 しかし、今回は違う。 「アレク」のコンサートのチケットは既にほぼ完売状態。更に追い討ちをかけるように、メンバー自身も腹痛体調不良を訴えてきたのだ。彼女らは嘘を言う人間ではないから本当なのだろうが、あのふたりは「アレク」の中でも特に仲の良い2人だったから、どこかで食べたものに何かを仕込まれたのかもしれない。 どちらにしても残っているのはレナ自身とキーボードのニーナだけだ。 汚い真似をするなと「ケニヒス」に殴りこんだところで濡れ衣だと追い返されるのがオチだ。下手をすると因縁をつけたと大騒ぎされかねない。それこそ向こうの思うつぼだ。 「やってやろうじゃないか!」 レナは愛用のアレクサンドル・モデルのギターを掴み、ぎゅいんと弦を弾く。 「意地でもコンサートを成功させてやる!」 「レナ、素敵!」 ニーナは頬を赤らめて叫んだ。 ※このシナリオはエイプリルフールシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません |
■参加者一覧 / アルカ・セイル(ia0903) / 水鏡 雪彼(ia1207) / 黎乃壬弥(ia3249) / 珠々(ia5322) / 朱麓(ia8390) / 不破 颯(ib0495) / カリク・レグゼカ(ib0554) / ミヤト(ib1326) / 蒐(ib1345) |
■リプレイ本文 「PA(音響装置)の手配だけは残して行ったの。エンジニアも外部だったから、こっちと直に契約を残してもらいたいってわけね」 ニーナは書類をレナに見せる。目の前に広がるのは、まだがらんとして何もないスィーラ・ドームの会場だ。 「あたしよくわかんないけど、ハインリヒは割といい腕してるエンジニアだから任せたらって言ってた」 レナはん? とニーナの顔を見やり、ニーナははっとして口を尖らせた。 「‥‥だってぇ。もうこの事態だもん、おっちゃんの頭借りるくらい、いいじゃん‥‥」 レナはふん、と鼻を鳴らす。こっちからイヤだと言って弾き出したメンバーに泣きつくなんてみっともない、という表情がありありと見てとれた。気を取り直してニーナは言う。 「え、えと、あと、プログラムとかグッズとかはもうOKだから、実際のところ問題はコンサートの開催自体よ。照明とか裏方スタッフとか‥‥もちろんドラムとベースも‥‥いないのよね」 「いないってこた、ないだろー?」 ドームに声が響き渡る。ニーナはきょときょとと周囲を見回した。レナは素早く声の場所を見つけ出し、にっと笑う。 「あそこだよ」 まだきょときょとしているニーナの肩を掴み、レナは広い階段状の客席の一角を指差す。 「はぁ〜い、ニーナちゃーん、レナちゃーん!」 叫んで手を振ったのは水鏡 雪彼(ia1207)。 「俺達のこと、お呼びだったんじゃないのー?」 さっきの声はアルカ・セイル(ia0903)か。 「いい声、してるじゃん」 レナは笑みを浮かべた。 「会場見取り図はこれ」 ニーナがスィーラ・ドームの控え室で図面を皆の前に広げた。レナ以外の全員がそれを覗き込む。 「このあたりにステージを設置する予定なの。設計図はこれ。途中までだけど置いていったの。これをここ一両日までに完成させて必要な手配をしなきゃなんない」 ニーナは指さしつつ説明し、レナは椅子に座ってお気に入りのもふらのぬいぐるみを弄んでいる。顔は仏頂面だが、よほどぬいぐるみは気に入っているらしく、手はひたすら「もふもふもふもふ」と握り倒している。 「裏方に徹するつもりできたけど‥‥設計とか設営とか、専門的なことになると俺も難しいンだけど‥‥」 不破 颯(ib0495)が図面を見つめながら言う。ニーナはにっこり笑った。 「ん、そのあたりは大丈夫。今日の夕方設営会社が来て、仕上げたやつを持ってきてくれる。あたしとレナが対応するけど、裏方やってくれるんなら、同席してくんない?」 「あ、じゃあ、僕も一緒に」 ミヤト(ib1326)が控えめに挙手。ニーナはこくんと頷いた。 「うん、お願い。心強いわぁ、ねぇ、レナぁ?」 ニーナがそう言って顔を向けた途端、レナが 「もふ!」 と立ち上がる。なに? と全員の目が彼女に。 「‥‥じゃない、『待て』」 うっすら顔を赤めつつもニーナを睨むレナ。 「あんた、オッサンに相当相談しただろ」 ニーナはひぃっとのけぞった。 「もぉ、勘弁して〜。いいじゃーん‥‥この際、コンサート開くのが大優先よぉ」 このやろー、とニーナに掴みかかろうとしたレナだったが、ふいに勢い良く開いたドアに動きを止める。 「いやー、すまんすまん、遅れちまったぜ‥‥」 ぼさぼさの髪を後ろでひとつに結わえ、どうにもだらしない格好だが、首からかけたカメラは異様に高価そうな男、黎乃壬弥(ia3249)は、頭をかきつつ照れくさそうに笑う。 「おっさん登場‥‥?」 む、と呟くレナに雪彼がはーいと手をあげる。 「おっさんじゃないでーす、あたしのパパ、壬弥ちゃんでーす!」 「これは失礼」 そう言ったレナだったが、壬弥のほうは雪彼を見て目を丸くする。 「な、なんでおまえがいるんだ!」 「なんでってぇ、アレクのコンサートを成功させるためじゃなーい。壬弥ちゃんもそぉでしょぉ?」 いやね、パパ、といったふうに首をかしげる雪彼。 「お、俺はだなぁ、彼女に誘われてだなぁ‥‥!」 壬弥は珠々(ia5322)を指差す。 「誘いましたよ?」 何か? というふうに珠々は答える。壬弥はふるふると身を震わせたあと、「雪彼―っ!」と娘に突進する。 「と、父さんは許さないぞ! 芸能界なんて、芸能界なんて‥‥父さんは許さないぞーっ!」 がばっと雪彼に掴みかかる前に、雪彼はひょいとレナの腕からもふらのぬいぐるみを取り上げ、壬弥の前にむぎゅ。 「んふ。がんばろーねー、壬弥ちゃーん」 「私のもっふーをおやじに近づけるなーっ!」 と、レナ。 「失礼なっ!」 と、壬弥。 もふらのぬいぐるみを取り上げ、撫でさするレナの肩に慰めるようにぽんと手を置いたのは朱麓(ia8390)。 「心配すんなって。あとできれ〜〜に洗ってやるから」 それもまたそれでちょいと毒のある慰めなのであった。 場所を移動してレナの家のスタジオへ。 「レナはセレブですからー。お家にスタジオもあるのよ」 うふ、と自分の家のように得意げに説明するニーナ。確かにセレブ級の家、と、いうか城? 皆、きょろきょろとあたりを見回す。ふかふかの絨毯、重厚な壁、燦燦と天井で輝く照明。 「お帰りなさいませ、お嬢様」 「ん」 メイドに迎えられ、レナは慣れた様子でコートを彼女に託し、 「今日はスタジオに篭る。あとで人数分の食事と途中で夜食を」 と、伝える。 「はい、お嬢様」 その様子を壬弥は「メイドメイドメイドメイド‥‥」と呟きつつ、ぱしゃぱしゃとシャッターを切る。 さて、とりあえず顔合わせが初めてなのだから、音合わせも必要だ。 「アルカがベースだったな。ドラムは‥‥」 と言いつつスタジオのドアを開けたレナの横をカリク・レグゼカ(ib0554)がすり抜ける。カリクは小さな声をあげてドラムに駆け寄ると、 「い、い、いいかなっ‥‥?」 と、目を輝かせてレナを振り向いた。 「いいよ。聞かせて。セッティングは前の子に合わせてあるから動かしていい」 レナは笑みを浮かべた。 カリクはいそいそとそれぞれの位置を確定させると、嬉しそうにスティックを取り上げる。基本の8ビートからスネアドラム4拍強調に続き、16ビート、そしてシャッフルに入った時、レナはアルカにベースギターを指差す。 「アレクの『リアル』、分かる?」 「任せて」 アルカはにっと笑ってギターを取り上げる。ニーナがキーボードに走り、レナも愛用のギターを。 「ハーフ・タイム・シャッフル?」 カリクが尋ねる。 「そう。ニーナ、メトロノーム。少しアップテンポ。合わせて」 レナが答え、ニーナがメトロノームを動かす。 陽は空を回ってる? 地が陽を回ってる? 知ったこっちゃない あたしはどこでも陽を受け止める あんたの青い目 笑う口元 あたしにとっての大事なリアル あんたにとっては何がリアル? 光の中のあたしを見てよ 月は陽を追いかける? 陽が月を追いかける? 知ったこっちゃない あたしはどこでも月を連れてく あんたの指先 呟く言葉 あたしにとっての大事なリアル あんたにとっては何がリアル? 光の中のあたしを見てよ 曲の途中で朱麓がステップを踏む。くるりとターンするたび、彼女の黒い髪が軌跡のような弧を描いて彼女と一緒に回る。 「いやーん、かっこいいですぅ〜!」 雪彼が身をよじり、壬弥はずっとパシャパシャシャッターを切っている。 「こんなところの写真、いるンすかぁ?」 颯が尋ねると、壬弥は 「そのうち、写真集が出る」 ときっぱり答えた。 「それで、黎乃壬弥の名前が一躍有名になる?」 珠々がくくっと笑う。 「リアル、ってアレクでけっこう売れた曲でしたよね」 ミヤトがほぅと息をついて呟いた。 「2サビの前のレナの声が異様に頭に残るんだよね」 颯は答える。 「珠々!」 ふいにレナが呼んだ。 「あんた、歌えるよね? 口ずさんでた。合わせてよ」 珠々はこくんと頷いた。 「珠々ちゃーん、がんばってねぇー」 雪彼の声。珠々の姿を写真に収めねばと壬弥がカメラを構える。 「あんたの好きな曲でいく。何がいい?」 レナが珠々に尋ねる。珠々はしばらく考えたのち、「プレイヤー・ピアノ」と答えた。アレクの中でも数少ないバラード傾向の曲だ。間にレナのギターソロが入る。レナはカリクとアレカ、ニーナの顔を見た。3人共、了解、というように手をあげてみせる。 風の中で僕はつぶやくだろう 今日のきみと 明日のきみ どちらも愛しく抱きしめて 永遠に奏でるピアノの旋律 風が小さくそよぐように 僕はきみを守っていく プレイヤー・ピアノ 僕はいつも プレイヤー・ピアノ きみを見つめる 珠々はサビの部分でレナと声を合わせた。2つ目で少し歌を遅らせる。初めてとは思えないほど声がぴたりとはまった。それにアルカのコーラスがプラスされて盛り上げる。 「すごーい‥‥レナちゃんがふたり歌ってるみたいー‥‥きれいー‥‥」 目をうるうるさせて雪彼が呟く。その横で壬弥もうるうるしている。レナは珠々を見て、にこりと笑った。 「当日は‥‥みんなが元気にいい声出して踊れるように、いっぱい美味しいもの用意しないとね。頑張らないと」 ミヤトの言葉に颯がうん、と頷いた。 夕方、会場設営を担当する者と、音響関係の担当者達がやってきた。 レナは新しいバンドメンバーと曲の調整をするからと、ニーナ、颯、ミヤト、壬弥に打合せを任せることに。雪彼は衣装とメイクのイメージを膨らませるためにバンドメンバーの元に残った。 「今、レナが調整してるけど、曲順はこれなの。先に出してるから分かるわよね?」 ニーナが曲順を書いた紙を担当者に示し、颯、ミヤト、壬弥にも渡す。 「一番最初は相当勢いのある曲よ。イントロなしでいきなりレナの声が入るから。5曲目くらいまでは押し切れーって感じね。6曲歌ったらいったん休憩。3曲目と5曲目、7曲目、10曲目のあとにはMCが入るわ。全12曲よ」 「ステージは中央がちょっと突出してるんですね。花道、とまではいかないけれど。5mくらい?」 颯が図面を見て呟く。 「そこ、レナがソロパート来たときに行くとこ」 ニーナが答える。そしてにっと笑った。 「でも、もしかしたら今回はアルカと朱麓も出るかもねー」 ステージは幅が約30m、向かって右側にLEDスクリーンが設置されるので、遠くの観客はそれでメンバーの動きを見ることができる。メンバーの背後、つまり客席に向かっていくつものライトが照らされる予定で、さらに上部と前面部にも設置される。スモークは後方中央部から。全体的なイメージはレナの意向で無機質な雰囲気になっていた。逆にそのほうがメンバーの煌びやかさが目立つだろう。 当日はスタッフが多く訪れるが、アレクメンバーと行動を共にしている人が細部の構成を手伝ってもらえると非常に心強い、と担当者は口を揃えて言った。レナは阿吽の呼吸を望むから、察することのできる人材がひとりでも欲しいのだ。 それぞれの曲についての照明、音響、特殊効果は全てコンピューターにプログラミングしてあるが、微調整はやはりリハーサル時になるだろう。リハが行えるのは2日前からだ。つまり、明後日、ということになる。設営は明日から始まるから、と言い残し、担当者達は帰って行った。 「できそう?」 ニーナが颯とミヤト、壬弥の顔を見る。 「だいたい分かったよ。あとは曲順だねぇ。最後の曲の雰囲気もあるし」 颯は笑みを浮かべて答える。 「僕、みんなの体力が持つように消化のいいものと飲み物を。早速用意しなきゃ」 ミヤトが言う。 「ボクはベストショットを狙わなくちゃぁ〜」 壬弥がおどけて言う。ニーナは笑った。 「期待してるよー。おじさーん」 「おじさんではありません。これでも元戦場カメラマン」 きりりと顔を引き締め、壬弥は答える。ニーナは頷いた。 「では、コンサートという名の戦場に向かって出発!」 おぅ! と全員が奮起した。 その日は深夜までリハが続き、翌日、遅い朝食をとったあと再びリハに入った。 基本的な曲の順番は変わらないが、ラスト曲は皆が考えてくれた詩をつけるので調整が必要だ。ラストの2曲だけが新曲になり、どちらを先にするかで相当議論をしたが、結局、新しい歌詞のつく曲が最後となった。レナはそこで全員紹介の時間を作る、と言った。 雪彼は打合せを続けるメンバーの間を走り回り、細かくサイズをチェックする。レナの衣装室には山ほどステージ衣装がかかっていたし、メンバーが自分で持ち寄ったものもある。足したいものがあれば自分が調達しに走っても良いし、屋敷のメイドを使って手作りさせても良い、とレナは言った。 その一方、メイド達と仲良く作業し始めたのがミヤトだ。 「おにぎりね‥‥こ、こうやって、にぎにぎと‥‥するんです」 一見幼く見えるミヤトだが、料理の腕は一流で、彼の少々どぎまぎした口調にメイド達は「うふん、可愛い」となり、屋敷のキッチンはきゃあきゃあとかなり賑やかになった。 「娘よ」 それを見て壬弥が雪彼に言う。 「はい、なんでしょう、壬弥ちゃん」 雪彼、にっこり。 「台所に入りづらい」 「んもう、困ったちゃんねぇ」 雪彼はそう言うと、壬弥の手を引いて「ボクちゃんも仲間に入れてねぇ〜〜」と言って壬弥をキッチンに放り込んだ。これで、リハと当日の腹ごしらえ品はミヤトと壬弥、そして屋敷のメイド達の手で作られることとなる。颯は搬入が開始されている会場に一足先に入っているので、壬弥もその後会場に向かう。 その日も皆が遅くまでリハーサルに没頭し、珠々とアルカの声の入り具合、朱麓の踊りとのコラボレーションについてもレナは細かく彼女らと打合せした。 翌日は会場でのリハーサルとなる。 「黒ノースリ、オッケー、パニエ、オッケー、裏方さん分オッケー、ねーっ! これ、誰か運んでーっ!」 衣装も今日搬入となるため、雪彼は山のような衣装箱に囲まれ声を張り上げ、颯と壬弥がよいしょと持ち上げる。ミヤトが料理や飲料水などを纏め、愛用の楽器もそれぞれ全てトラックに詰め込み会場へ。 コンサートに向けてラストスパートだ。 会場に入るなり、前日に会場入りしていた颯と壬弥、コンサートを経験しているレナとニーナ以外の全員が目を丸くする。 「すっごぉぉおおい! きれ〜〜いっ!」 雪彼がはしゃぐ。 「僕が前にいたバンドでも‥‥ここまで大きなステージなかったです‥‥」 カリクが呟いた。 「当日はこんなもんじゃないよー。お客も入るからね」 ニーナが笑った。そんな中、壬弥が携帯電話を手に片眉を吊り上げた。 「ふーむ?」 「どうしたの? 壬弥ちゃん」 雪彼が覗き込む。壬弥は画面を雪彼に向ける。そこに写っているのはステージ写真だ。だがアレクのものとは違う。 「なに?」 珠々と朱麓も覗き込む。 「ケニヒスの会場だ」 と、壬弥。なんでそんなものが、と怪訝な顔をする3人に、壬弥はにっと笑ってみせる。 「まあ、これでもマスコミには通じてますから」 「雰囲気は違うけど‥‥なんか、ちょっと‥‥」 珠々が画面を見つめて呟く。朱麓が、あ、と思い当たり口を開いた。 「分かった。‥‥レイアウトが似てるんだ。ステージの」 うーむ、と皆が画面を睨む。 「気にすることない」 レナが離れた場所から言う。 「ケニヒスは大損をしたってことさ。あいつらは引抜きをしたと思っているだろうが、結局はアレクのお下がりを買ったのと同じことだ。日程を考えればそうなることは普通なら察しがついただろう」 そうかもしれない。それにしても何となく嫌な予感がする。壬弥は「ちょっとそこいらを見回ってくる」と言って立ち去った。残ったメンバーも再び作業に戻る。 「今日はMCカット、全通しリハ、3回はいくからねー!」 ニーナがステージの上で叫んだ。 その日、午後8時までリハーサルは続き、全員がくったりと疲れを感じつつレナの家に戻る。 ミヤトの作ってくれたおにぎりと豚汁を貪り、壬弥特製ビタミンたっぷりミネラルジュースを一気に流し込んだのち、早く眠りに落ちるのを競い合うようにして眠った。 そして当日の朝を迎える。 「なにこれっ‥‥」 会場に着くなり目に飛び込んできたのは長蛇の列。雪彼が声をあげた。 「まだ開演6時間前だよな?」 まさか寝坊? と慌ててアルカが時計に目を向ける。 「人気のあるコンサートは‥‥こんなもんだよ」 カリクが答えた。 「それより、レナをガードして。ファンに見つかると控え室までも辿り着けないよー」 ニーナが言い、全員が慌ててレナを取り囲んで、そそくさと裏口に回る。ドーム内に入った途端、閉まったドアの向こうから「きゃーっ」という黄色い歓声が聞こえた。間一髪。 ともあれ、今日はざくっと流すリハが一度きりだ。あとは個別に準備をしながら打合せを進める。 裏方部隊になる颯、ミヤトは一足早く衣装室で黒スーツ、白手袋という執事姿に着替える。 「サングラスでSPに見えないこともない」 颯が自分の姿を鏡に映して少しポーズをとってみる。 「SPはネクタイだからちょっと違うと‥‥思います」 と、ミヤト。 「じゃあ、ネクタイに変えよう」 ネクタイを締めなおし、部屋を出る2人と入れ違いに壬弥が入ってくる。 「もう着替えたのか」 尋ねる壬弥にミヤトはスーツの場所と着替えの部屋は隣だと伝える。 しばらくして再びドアが開き、入ってきたのは雪彼。鼻歌まじりに衣装チェックに来た彼女だったが、そこで壬弥の姿を見るなり 「き‥‥きゃああああああっ‥‥!」 「どうしたっ!」 叫び声を聞いて全員が駆けつけ、鏡の前でゴスロリ服を着てカメラを構えた壬弥に呆然とする。 いや、その前にレナの片足が勢い良くあがる。回し蹴りの勢いに、カメラを跳ね飛ばされまいと思わずはっしとその足を掴む壬弥。 「黒。‥‥ん?」 片足を高くあげたままのレナのスカートの中を見て思わず呟いた壬弥だったが、 「ブルマじゃ愚か者―っ!」 と、足を振り切られ、ずこーんとひっくり返る。それでもカメラだけは傷つけまいと高く掲げていたのは、さすがプロ魂と賞賛すべきであろう。 「わーん、壬弥ちゃーん、ごめーん、可愛かったから叫んじゃったのぉー‥‥」 と、雪彼。 「つか、よく入ったよな、あの服が」 と朱麓が言う。その横でレナがまだ鼻息も荒く「ブルマじゃ」と呟いていた。 気を取り直して通しのリハを行い、衣装付けとメイクを始める。 雪彼だけでは手が足りないので珠々も手伝う。カリクは全身黒づくめだったが、髪型がそのままでは良くないというので珠々が彼女の指示でヘアを担当。頭頂部をツンツンにしたのはいいが、前髪にとりかかったとき、 「あ、あ、あんまり派手には‥‥っあーっ!」 カリクはがばっと突っ伏してしまった。 「前髪は僕の最後の‥‥と、砦です‥‥」 「ごめん、じゃあ、降ろそう? ぎざぎざにして」 珠々がぽんぽんと彼の肩を叩き、ようやくカリクは了承した。 2時間後、全員のメイクが完了する。 レナは髪をアップにしてもらい、毛先を遊ばせふんわりと。黒のノースリーブシャツに赤のネクタイを片蝶結び、パニエとオーバーニー、踵の高い黒のロングブーツを履いた。長い睫にマスカラを盛ると目を向けられただけで震え上がるほどの迫力になった。 アルカは男物の黒スーツをラフに着こなす。茶の髪も高く結い、ひとつに纏めて毛先を少し散らす。一見して細身の麗人のような姿に。 朱麓は赤のショートジャケットに白のチューブトップ、見事な脚線美が浮き立つクロップド丈のスリムジーンズにスニーカーという姿だ。髪は彼女の動きに髪がついていくように、頭頂部でひとつにまとめ、艶が出るようにと雪彼が丁寧にブラッシングした。 ニーナはレナと似たスタイルで上は白のシャツにバックテールのロングベスト。 珠々は雪彼と同じく黒シャツにショートパンツ、黒のオーバーニー、雪彼は背に小さな悪魔羽を、珠々は控えめに黒のジレを羽織った。それに黒の中折れハットを被る。 ステージ裾にスタンバイ。客席のざわめきが伝わる。 「すごい人だよ」 と、颯。 「新生アレク、行くよ!」 ニーナが叫ぶ。 「おーっ!」 開演のベルが鳴った。 「レナ、思いきり暴れて。どんなに走っても合わせてみせるから」 カリクはそう言い、ステージ上のドラムに向かう。 「OK」 レナはそれを見送り、ヘッドウォーンマイクをつけスタンバイする。彼のドラムの最初の一打と共に自分の声が入る。カリクのスティックが鳴った。 一気にステージのライトがつく。 Do you know? I know you! 唇に花びら! 指先に赤いしずくを! きゃーっという歓声が響く。どうやらアレクのファンには女性も多いらしい。 「うわー。ほとんどゴスロリ‥‥」 照明を操る颯が光の中に垣間見える観客を見て呟き、壬弥も唸ってカメラを構える。いつの間にか大きな映像用のカメラを抱えている。どうやら設営担当者に手配してもらったか、あるいは自らの人脈かで持ち込んだものらしい。 3曲目のあたりでは既に観客全員総立ちになっていた。 「みんなー! 今日はきてくれてありがとうっ!」 MCでレナが叫ぶ。 「今日だけの、いや、もしかしたら今日からかもしれない、新生アレク!」 カリクがドラムを叩き、盛り上げる。 「今夜は最高に盛り上げるよ! 最後までよろしくぅっ!」 5曲目が終わる頃には全員が汗まみれの状態になっていた。6曲目が終わり、暗転したと同時に雪彼とミヤトがステージ袖に走り、全員にタオルと飲み物を渡す。 「右側の席」 汗を拭いながらレナが言った。雪彼が、何? というように彼女の顔を見る。 「あんたの父さんでも、颯でも、誰でもいい。‥‥いや、ミヤトはやめたほうがいいか。私達から向かって右側に数人の男がいる。歌ってんのに、ずーっと携帯をいじってる」 「颯ちゃんと壬弥ちゃんに‥‥伝えてくるっ」 ミヤトがそう言うと走って行った。 「みんな、とりあえず水分補給と、あとずぶぬれの服は着替えて! メイクも直すからっ」 雪彼はミヤトを見送りそう叫んだ。 ミヤトの報告を聞き、颯と壬弥は言われた男達にそれとなく近づく。すると、その気配を感じたのか、3人の男がすっと立ち上がり、あっという間に出口に向かっていった。 「颯、追えっ」 壬弥が言って走り出す。 「あいさー、俺、こっちからっ」 別の出口に向かう颯。果たして、会場から逃げ出そうとした男達は壬弥と颯の挟み撃ちに遭い、逃げ場を失うこととなる。 「お客さーん、携帯電話、ちょーっと見せてもらっていいっすかー?」 颯が言ったがもちろん拒否だ。そういう時は壬弥の出番だ。189cmの長身に物言わせ、極道っぽい雰囲気をかもしだしながら相手にずいと近づく。 「俺の体にゃあ、15発の弾が残ったままでねぇ。いやぁ、ちょいと戦場で動き回っていたからねえ。相手かぃ? そりゃあもう俺の目の前に立った次の瞬間にはあの世行きさ。あんた、それを体験してみたいかい?」 本当か? と一瞬颯ですら信じてしまいそうな迫真の演技だ。震え出した男の懐から颯はひょいと携帯電話を抜き取る。少し確認しただけで、出るわ出るわ特定連絡先への通話履歴。それもコンサート開催中の。 「相手はケニヒスですかねぇ、旦那ぁ」 颯が言うと「何を根拠に」と相手は否定する。 「じゃあ、ここに連絡してみますかー」 うっと呻き、3人はあっという間に逃げ出した。 「なんだってこんなことを」 颯が携帯電話をばきりと折る。 「ラストの新曲さらいたかったんだろうよ」 壬弥が答えた。 後半部。 変わらず会場は熱狂に包まれている。どんどん興奮していく会場を盛り上げるように、ダンサーとしての朱麓の動きにも激しさが加わる。すらりとした足に巻きつけた鎖に炎魂縛で炎を纏わせた流れるような動きは圧巻で、途中、レナは中央の立ち舞台に行けと彼女に合図を送ったほどだ。 「きゃーっ、かっこいいーっ!」 「お姉さまーっ、こっち見てー!」 黄色い声が飛ぶ。 「珠々」 10曲目が終わったところでレナは珠々に声をかける。 「次、プレイヤー・ピアノ。あんたに任せる」 「えっ‥‥」 珠々はびっくりする。 「私があんたのパートを歌う。それとアルカ、ラスト曲、よろしく」 「任せて」 アルカは笑みを浮かべた。 「みんな」 レナは観客に伝える。 「いつもは私が歌う、プレイヤー・ピアノ。今日は最高のパートナー、珠々が歌う。よろしく!」 急遽、ミヤトが立てたステージ中央のマイクスタンド前に珠々は立つ。 「私と朱麓がそばにいる。思いっきり歌って」 レナはそう囁いた。 珠々の声は総立ちだった会場を静かな琥珀の波のように酔わせた。中にはくすんと鼻をすする少女もいる。短い曲だが、終わったあとは皆がぼうっとステージを見つめたままで、しばらくして歓声に包まれた。 「珠々ちゃーんっ!」 ステージ袖で雪彼が涙を流して手を振っている。珠々は笑顔でそれに応えた。 「さあ、今日のラスト曲だ。その前にアレクの大事なメンバーを紹介させてもらうよ!」 レナの声が響く。 「ベース、アレク・セイル! ダンス、朱麓! ドラム、カリク・レグゼカ! コーラス、珠々! キーボード、ニーナ!」 メンバー達は次々にライトを浴びていく。 「そして‥‥」 レナはふいにステージ袖に走り寄ると、雪彼とミヤトの手を握ってステージに連れ出した。 「衣装メイク、水鏡雪彼! 補給担当、ミヤト!」 「う、うわ‥‥」 ミヤトは顔を真っ赤にする。 「2人とも、ラストはここにいて」 レナはそう言って客席側に目を向ける。 「そして、照明ほか担当、不破颯! カメラマン、黎乃壬弥! ステージに来て!」 「おやま、お呼びだ。んじゃま、間近で撮影といくか」 壬弥が颯に言った。 「ラスト曲いくよ! アレクの新曲、Bloody rose!」 レナのギターの音のあと、アルカの声が響いた。 バイト先でよく会うあの娘 不器用にぶつかり 深めていく仲 彼女を汚す その掌はBloody rose 彼女のtears of sorrow 結ばれぬとわかっていても 手渡せない 花の名はBloody rose 虹の彩り 想いから夢を 立ち止まれば 何も変わらない 彼女を汚す その掌はBloody rose 彼女のtears of sorrow 結ばれぬとわかっていても 闇払い 夢掴む 花の名はBloody rose 大切な物のため どんなことでもできる 探しに行く 僕らだけの道 彼女を汚す その掌はBloody rose 彼女のtears of sorrow 結ばれぬとわかっていても ひた走る その先に 花の名はBloody rose 迷わずに今 その手を伸ばせ Bloody rose 花の名はBloody rose ロックグループ「アレク」のコンサートは大成功に終わった。 コンサート終了後、皆は大いに食べ、大いに騒ぎ、部屋でも踊って揺れる朱麓の胸の谷間を食い入るように見てしまった壬弥は一発レナのブーツアタックを受け、最後に皆でお互いの肩をぎゅっと抱きしめ合った。 新曲、「Bloody rose」がヒットチャートにあがるのも、そう遠くはないだろう。 Thank you! |