【未来】小豆冒険譚
マスター名:西尾厚哉
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/04/04 04:29



■オープニング本文

 商人、小豆銀介は感慨深げに自らの船を見上げた。
「あんたとの付き合いも長かったわね、銀花…これが最後だなんて…」
 その後ろから機関士が歩み寄って同じように船を見上げた。
「この船、銀花って名前だったんスねえ…」
「おい」
 小豆は巨体の自分より二回りも小さい機関士をじろりと見下ろすが、彼は動じない。
「せっかくだから、あと10年乗りませんか」
 ふっと笑いながら小豆を見上げる。
 小豆との付き合いも気が遠くなるほど長い。ちょっとやそっとじゃビビらないのである。
「最後だって言ってンだろがよ」
 小豆がでかい顔を寄せてもビビらない。
「まだまだ動きますよ、この船」
「あたしはこれから高楊枝で暮らんです」
 小豆は鼻息を噴き出し、機関士は鼻から笑いの息を漏らす。
「しかしまあ、脚色まみれの小豆冒険譚がよく売れましたね」
「文才があるからよ」
 小豆は憮然と答える。
「レナ様の褌とぱんつ購入のくだりと、あっちこっちから聞いたことをさも見たように書いた嘘っぱちのせいでしょ」
「うるさいわね。血沸き肉躍るアドベンチャーと砂糖菓子より甘ったるいロマンスをみんなが求めてるんだから、それでいいのよ」
 小豆はむきーと歯を剥きだした。


 小豆は5年前に出版した『小豆冒険譚』が思いのほか売れ、それを芝居にしないかと持ちかけられたのを機に、思い切って文筆業に転向することにした。
 まあ、歳も歳だ。オネエの彼もついに60歳を目前にしている。
 あれから飛空船も進化して、小豆の乗る『銀花号』は速度も積載量も新しい船には適わなくなった。
 かといって、今更新しい船を作る余裕もない。
 この歳になるまでいい人が見つからなかったのは無念だし、長年苦楽を共にした機関士や他の乗組員達と別れるのは寂しいが、彼らもまた歳をとり、地に足をつけて生活を築いてもいい頃合いなのだ。
 芝居のタイトルはそのまま『小豆冒険譚』。いよいよ明日、初日を迎える。
 商人小豆銀介の目を通し、彼が関わった出来事、人達の物語。
 レナ皇女を天儀からジルベリアに密かに運んだこと、愛しのエドゥアルト・ベルイフの死、遊島での不思議な甘味の話、姫様の部屋でブリャニキをぽりぽりしたこと、妙ちきりんなガキん子を船に乗せたこと…
 …というのはまっとうな部分で、機関士の言った通り小豆は内容を膨らませるために噂も冒険譚に盛り込んだし、実際に当人にヒアリングしたりして、本当は全然自分は関わっていないのに、さもそこに居合わせたかのように仕上げている。
 でもまあ、噂も人の思い出も、ともすれば大きくなったり美化されるものだ。
 悪いことでなければそれでいい。
「皆さん、お見えになるって返事来ました?」
 機関士は尋ね、小豆はうんと頷いた。
「アレンスキー伯爵領は大騒ぎだったわよ。あそこ、子だくさんになっちゃったから、飲み物やお菓子をたくさん準備しとかないといけないわ」
「レナ様は? 確か息子さんがおひとりでしたよね?」
「来るって仰ってたわよ? ただ、リティーク様はお父上がアル=カマルに連れて行ってるらしいから、間に合うかなって」
「へえ? アル=カマルに? なんでまた」
「リティーク様が13歳になったら故郷を見せるっていうふうに決めてたらしいわよ。レナ様は何度か行ったらしいし、マゼーパの叔父様がもうあんまり長くないみたいだから残ったって」
「そうすか…。ガラドルフ様がご逝去されて気落ちされたって聞いたけど、今度は叔父さんですか…」
 機関士は少し眉根を寄せる。
「大丈夫よ。こういうのは順番だからね。あの方も分からない歳じゃない。あの人の大好きな開拓者達の顔見れば元気になるわ」
 小豆は答える。
 そういう意味合いもあるのか、と機関士は小豆を見上げた。
 レナ様にはお世話になったもんね、船長。
「それはいいけどあの人達だけはギルドに頼むしか連絡手段ないからなあ。来てくれるかしら」
 実は開拓者にはヒアリングなんて一切していない小豆。レナの夫だっていつもあちこち飛び回ってる人だから全く会えない。
「まあ…見てもらって、ちがーう! とか怒られたら…ごめんごめんで謝るしかないって思ってるけど」
「ごめんごめんで済めばいいですけどね。15年たっても腕っぷしは強いと思いますよ、あの人達は」
 機関士はしれっと怖いことを言う。
「そのために船でお迎えするし、劇場でも宴席用意してんじゃない」
 ぶぅ、と膨れる小豆をよそに機関士は舷梯に足をかけて笑う。
「どうせまた、集まった人達をネタにするつもりでしょ」
 小豆はやっぱりぶぅと膨れたまま銀花号を見上げる。
「どうか成功しますように。たくさん儲かりますように」
 両手を組み合わせて祈るように言った。


■参加者一覧
/ 柚乃(ia0638) / 酒々井 統真(ia0893) / 倉城 紬(ia5229) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / フレイア(ib0257) / 叢雲 怜(ib5488) / クロウ・カルガギラ(ib6817) / ヴァルトルーデ・レント(ib9488) / イルファーン・ラナウト(ic0742) / リト・フェイユ(ic1121


■リプレイ本文

 神楽の都は桜が満開だった。
 小豆銀介は船の欄干に肘をつき、早速『続・小豆冒険譚』を書き始め、今まで書き記した部分を読み始める。
「…舞う色はさながら…私達の再会を祝うかのごとく…どあっ!」
 どかっと後ろから何か衝突。ずずーんと前のめりに倒れる。
「きゃはは!」
「船―! 船―!」
 どどど、と走り去る子供団。
 少し離れた場所で倉城 紬(ia5229)の3歳の娘、奏が「お」という顔で目を見開いて眺めている。
 なぜ。
 むくりと起き上がり小豆は目を細める。
 ええ、そりゃあお送りしますと申し上げましたとも。
 開拓者達は集まり、船上にしつらえたテーブルについて歓談中。
 少女らしいくすくす笑いを交わし合いながら会話しているのは彼らの娘達。
 だけど、
「ニーナ・アレンスキーっ!」
 小豆は大声で叫ぶ。
「はい、なぁに?」
 レナ・マゼーパ(iz0102)の親友ニーナはかつてのほっそりした雰囲気はどこへやら、ふくよかな笑みをこちらに向けた。
「小豆君、きみもこっちに来て飲みたまえ」
 酒瓶を持ち上げた夫のバレク・アレンスキーはもはや大タヌキ。
 小豆はうぬぬと額に青筋を立てる。
 全く何考えてんだか、お貴族様は。なんでジルベリアに行くのにわざわざこっちに来てまた戻るんだ。
「きゃはは!」
 また一群が走り去る。
「ちょっ…子供達、危ないから大人しくさせてちょーだ…どあっ!」
 また前のめりにコケる。
「お、すまん、間に合わねえかと」
 イルファーン・ラナウト(ic0742)が立っていた。
 そのまま開拓者達の方に前と変わらぬ大股で歩み寄る。
「おぅ、集まったじゃねえか、みんな老けたなあ」
 わっはっは、と豪快に笑う彼の後ろで背の高い少年が小豆を助け起こしていた。
 それが全員の視線を集める。
「レナみたいなイルファーン…」
「イルファーンさんみたいなレナ様じゃないです?」
「息子のリティークだ。おら、こっち来て挨拶しろ」
 促されてリティークは笑みを見せた。
「初めまして。リティークです」
 レナから受け継いだ銀髪にイルファーンそっくりの黒曜の瞳と日に焼けたような肌。でも顔の造作がどことなくレナに似ていて、それでいて笑うとイルファーンそっくりなので…ちょっと混乱する。
「きゃははは!」
 相変わらずニーナの子供団。
 小豆がきぃと歯を剥きだしたのを見て
「アティ」
 苦笑しながら隣のテーブルにいる娘にリューリャ・ドラッケン(ia8037)は声をかけた。
「はい、お父様」
 呼ばれたアテュニスは利発そうな瞳をこちらに向け、彼女と一緒にいた少女達もこちらを向く。
 とにかく開拓者の娘達は美少女揃いなのである。
 滑らかな絹地を思わせる白い肌に流れるような金髪のお人形のような少女はヴァルトルーデ・レント(ib9488)の娘、イレーネ。
 母親そっくりの青い髪と悪戯っぽい光を湛える大きな紫の瞳の少女は柚乃(ia0638)の娘、心桜。
 黒髪に宝石のような青い目の少女はクロウ・カルガギラ(ib6817)と元皇女親衛隊のヴィオラ・ミシュレの娘、ディアーナ。
 彼女達を見て
「ああ、あたしもこんな美しく可愛い時があった」
 などと呟いた小豆の言葉はもちろん誰もが聞き流す。
 呼ばれたアティは自分が何を望まれているかをすぐに悟り、長い黒髪をふわりとなびかせながら近くを走る子供をひょいと抱きかかえた。
 それを見たほかの少女達もニーナのクソガキ(これは小豆が思ったこと)をなだめにかかる。
「お前も手伝え」
 イルファーンの喝が飛び、リティークは慌てて動き出す。
 子供は子供に任せて大人は歓談再開。
「ニーナ様、たくさんの家族に恵まれたのは良いことですわ」
 そう言って優雅にワイングラスを傾けたのはフレイア(ib0257)。
 全く変わらぬ美貌に皆が賞賛の溜息を洩らしたばかり。
 ニーナは高らかに笑う。
「あれから3男、4女を授かりましたー。双子が2組」
 こっちはどーんともう何にも動じない雰囲気。
「それはいいけどよ、長男、酒控えさせろよ。おやじとおんなじ風になっちまうぞ」
 酒々井 統真(ia0893)が小さな声で心配そうに彼女の長男アスランを見やる。
 飲める年齢にはなっているとはいえ、ひょいひょい飲み続けるアスランは運動不足もあるのか流石に少しぽっちゃりめ。
「バレクに似ちゃったから。せめて私に似てくれれば良かったかも」
 あくまで楽観的なニーナだが、結果は同じかもしれねえなあ、と今の彼女の体型を見て統真は思う。
 その横で熱いハーブティを入れたカップを口に運びかけたリト・フェイユ(ic1121)が小さく「あつっ…」と声を漏らした途端に、ローレルが手を伸ばして彼女のカップをふうふうしたりしている。
「相変わらず仲がいいね」
 クロウが冷やかすと、
「リトはすぐ風に乗ってどこかに飛んで行きそうだから常に護らねば」
 ローレルは大真面目に言い、リトが顔を真っ赤にした。
 気づけば船は出航していて、心地よい春風が流れ込んで来る。
「リティーク様、こちらにどうぞ」
「様はいいよ、呼び捨てにして?」
「じゃ、リティってどう?」
 娘と息子の声を小耳に挟んで親達が「うん?」と目をそちらに向けた。リティークがイレーネと心桜に手を引かれている
「リティーク、モテてる」
 美少年から順当に美青年化した叢雲 怜(ib5488)がくすくすと笑う。
 でも、実は娘っ子達が怜を見て
「え、結婚してるの?」
「うそぉ、圏内なのにっ」
 と、密かに囁き合っていたことに本人は気づいていない。
「子供らは子供らで節度持ってるから心配するな」
 リューリャがふっと笑みを落とした。
「アティは貴公に似て落ち着いておられる。イレーネが良い刺激を受けてくれればと願うばかりです」
 昔と変わらず淡々とした口調で言うヴァルトルーデだが、言っていることはもうお母さん。
「それはそうと、なんでニーナ達、こっちの船乗ったんだ? レナは?」
 統真が視線を巡らせる。
「姫様は元親衛隊達がお連れするよ」
 ヴィオラは笑い、少し悪戯っぽい目をリトと怜に向ける。
「向こうに着いたらびっくりすることがあるよ」
「びっくりすること?」
 リトと怜は顔を見合わせる
 ヴィオラはふふっと笑い、向こうで小豆が紙とペンを片手に「むむっ」と一生懸命書き記していた


 ジェレゾから馬車で劇場まで案内され、最高のVIP待遇で二階の個室にそれぞれ通された開拓者達は、下の客席を見て本当に小豆冒険譚は売れたんだ、と驚いた。満員御礼だ。
「あ、リナトさん、見つけた」
 少し身を乗り出して弓なりに並んだ個室を眺めていた怜が呟く。
「レナは…いねえな? 挨拶行こうと思ってたのに。まあ、あとで探すか…」
 統真も身を乗り出して呟く。リティークだけが仏頂面で頬杖をついているのが見えた。
 レナが見えないのは、部屋の後ろのほうでイルファーンと濃厚なキスを交わしている真っ最中だからだ。
「イルファー…ん…」
「留守にしてすまなかった…」
「…ったく、いつもいつも…」
 リティークが小さな声でぶつぶつ言っている隣の部屋で、リトがノックの音を聞いて振り向いていた。
 対応に出たローレルに導かれて入って来た女性。
「リト姉…」
 その声を聞いてリトは顔を輝かせた。
 二つに結わえていた黒髪をハーフアップにし、天儀の着物を着た桃火。
「ずいぶんとお姉さんになったわね。びっくりよ」
 ふたりで抱擁を交わした途端、リトは「あ」と小さく声をあげた。彼女のお腹が触れたからだ。桃火は顔を赤らめた。
「再来月、出産なんだ」
 リトは慌てて彼女を椅子に座らせる。
「おめでとう。2人目?」
「ううん、1人目。レオちと正式に結婚したのは2年前で」
 ヴォルフ伯爵と神西屋の父が亡くなったこと、跡取りの緑がどうも向いていないらしく、結局白火が天儀に戻ることになったと桃火は話した。
「ニーナさん達、何も仰らなかったわ…。クロウさんも、イルファーンさんも」
 リトは顔を曇らせた。
「会った時は明るく賑やかにね、ってニーナさんが言ったからだと思う。今回は天儀に緑と白火を少しの間戻してくれって、母さんに頼みに行ってくれたんだ」
「統真さん達にも…話してあげていい?」
 顔を覗き込むと、桃火はにこりと頷いた。
「白はすずちゃんと来年結婚するんだよ。にぃは蒼を連れて来てる。客席には連れて来れないから宴席で蒼を撫でてやって?」
「もちろんよ」
 リトの返事を聞いて安心したように立ち上がろうとする桃火をリトは慌てて「待って」と引き留めた。そしてごそごそと一杯のリボンを取り出す。
「せっかくだから、髪結いだけでもさせて?」
 桃火は昔のようにうんと頷いた。

 その頃、紬は非常に焦っていた。
 はぐれてしまったのだ。何せすごい人なので、気づいたらもう娘と夫はいなかった。
「あぅ。こんなに人が多いなら手を繋いでおけばよかったです…」
 劇場の係の制服を見つけて、ととっとそちらに走り寄る。
「あ、あの、家族とはぐれてしまったのです。呼び出していただけません……」
 か? を言う前に振り向いた相手が女性と思ったら男性だったので、耳まで真っ赤になる。
「もう少ししないと呼び出しの声も通りません。暫くお待ちいただけますか?」
 言われて、こくこくと頷いた。
 待つこと20分。
「おかあちゃま!」
 声が響いて娘が手を振って駆け寄るのが見えた。
「奏! あなた」
 ようやく部屋に滑り込んだ時には楽士達が音楽を演奏し始めたところだった。
 舞台は大空を表す青い布に、けっこうリアルに作られた飛空船の内部。
「銀花号よ、レナ皇女をお迎えするのも間もなくだ」
 美青年が通る声で言い、
「船長、あと10分ほどで天儀の港に着きます」
 船員の台詞。
「ごふっ…」
 クロウが口に運びかけていたお茶にむせた。
 いや、もう、しょっぱなから違うし。小豆、どこでこんなイケメンに?
 場面はどうやら神乱の時の皇女帰還のことらしい。
 それが20分ほど続いたあと、今度は神西姉弟を天儀からジルベリアに送った時の話。
「小豆君、君も私の腕の中に。受け止める」
 いやいやいや…それも違うし。絶対違うと思うし
 そしてエドゥアルトの本当の最期のシーンでは瀕死のエドゥアルトとレナは最後のキスを交わし
「君を連れて戻って来てくれた小豆君に…感謝…する…」
 暗転するステージ、浮かび上がる2人の姿
「レナ…」
 統真役の男性がレナの肩に手を置くなり、レナ役が彼にしがみついて泣く。
「心配するな、俺がついてる。開拓者みんながついてるんだ」
 見ていた本物の統真は笑えるし、なんか恥ずかしいし
 でも、下の観客は感動して鼻をすすったりしている女性もいるから不思議。
「あら? 心桜?」
 柚乃はふと顔を巡らせて、娘の姿がないことに気づいた。
 しょうがないなあ、というように柚乃は息を吐いた。
 同じ頃、リティークが外に出た。そして2人はぱったりと鉢合わせる
「どこ行くの?」
 リティークの不思議そうな顔に心桜はくるくるとよく動く紫の瞳をほころばせた。
「今こうしている間も世界の何処かで何かが起こってる。じっとしていられないの」
「ここで世界の何かが分かるの?」
 首を傾げるリティークに心桜は人差し指を振る
「いろんなことに時間を使いたい、っていうことよ。弟の陽翔も今頃きっと何かを探しているわ」
 リティークの目が悪戯っぽく輝く。
「へえ、弟がいるんだ。ねえ、その計画、俺も乗せてよ」
「ひとりがいいわ」
「そう? 母はよく皆と協力してと言うよ?」
「それはそうだけど…」
 顔を寄せられてずりずりと後ずさっていくうちに背が壁に突き当たる
「君の紫水晶の目に何が映るか、俺にも確かめさせてよ」
 姫様の息子はすごい女ったらし? 心桜がむー、とリティークを見た時、彼が心桜の顔の横に突いた壁ドンの腕を潜って、にょっとイレーネが割り込んだ
「じゃあ、私も一緒に行くわ」
「喜んで!」
 心桜とリティークが2人全く違う意味で即答したのだった

 場面はニーナの別荘での海遊びになっていた。
 水着になるのを嫌ったレナが、クイーンビーを着たフレイアに捕まるシーンだ。
 何もこんなところを劇にしなくても、と思うが、いなかったはずの小豆が登場しているから、自分も実は水着になるとかっこいいんだぜ、と言いたかったのかもしれない。
「実物のフレイアさんのほうが絶対スタイルがいいと思います」
 アティがちょっとむすっとした様子でリューリャに言う。
「そう思いませんか? お父様」
「俺はフレイア殿の水着姿を見たことがないからな」
 苦笑して答えるリューリャ。
「でもまあ、彼女ほどのボディの役者なんてまずいないだろ」
 何気なく答える父に、ん? とアティが目を向けた時、ドアが小さくノックされた。
 入って来たのは双子の少女。誰? とアティが父を見るが、リューリャにも分からない。
「こんにちは。リエスとソーンです。宴席にいかがですかとお父様が」
 礼儀正しく足を折り、同時に話す。
「ああ…リナト殿の」
 リューリャは笑い、アティは小首を傾げて父と双子を見比べている。
「リューリャ様は私達の名づけ親なのです」
 双子がまたもや同時に答え
「へー!」
 思わず言ってしまって、はしたない、とアティは慌てて口を押さえた。
「行くか、宴席のほうに」
 リューリャは立ち上がる。
 広間ではレナがちょうど抱擁していたフレイアから統真に腕を移すところだった。
「レナに抱擁してもらうのって初めてじゃねえか?」
 統真が照れ臭そうに言うと、レナは笑った。
「私はよく統真にくっついてた気がするわ」
 レナは長い三つ編みをほどいて髪を高く結い、少女らしさが残っていた頬もすっきりとして表情は前よりもずっと豊かだ。
 つい見とれてしまうのだが
「あんまりじっと見てっと、旦那に怒られるかな」
 統真は鼻をこすった。その仕草が以前の彼を思わせて、レナも微笑んでしまう。
「アティ」
 ディアーナがアティの姿を見つけて彼女の腕を引いた。
「心桜とイレーネがいないのよ。リティークも。お母さん達には嘯いたけど、探しに行こう」
「いいわ」
 娘達の会話を聞いていないふりをして、リューリャはこちらに気づいて腕を伸ばすレナの腕を受け止めた。
「会いたかったわ。貴方も髭なの? 何だか父上の若い頃の肖像画に似てるわ」
「時々人に言われるが、気のせいだろう」
 リューリャは答える。腕に触れるレナが細い。イルファーンは折ってしまわないか? と、ちらと考えてしまう。
 その後ろを怜がリトの手を引いて歩いていた。
 背の高い女性達の前に来て、リトはすぐに元皇女の親衛隊達だと悟る。
 紬が奏を抱いて嬉しそうに会話していた。
「その優しそうな旦那をどこで捕まえたのか話してくれない?」
 まだ独身らしいヴォ―スィにしっかり突っ込まれている。
「そっ、そんなたいしたことは」
 答えつつ紬は少し嬉しそう。
 皆がドレスを着ている中、ひとりだけ黒服の女性がいた。
 彼女はリトの姿を見つけて顔を輝かせて近づき、そして跪く。
「リト様、ハナ・ヴォリンです」
「ハナさん…? えっ…」
 嘘、と怜の顔を見た
「そ。あのハナちゃんだよ。半年間だけ、親衛隊になったんだって」
「ハナちゃん…すごいわ」
 手をとって立たせると、ハナはリトよりも背が高くなっていた。
「今はヴォルフにおります。姫様がこの黒服をずっと使用して良いと」
 ハナはリトの手をぎゅっと握り返した。
「リト様のこの手の感触、ずっと覚えておりました。この姿をお見せできる日をずっと夢見て」
「なんだか泣いちゃいそう」
 リトとハナが感動の再会を果たしているのに
「坊や、こっちでお飲み」
 ヴォ―スィに呼ばれて怜は
「はいはーい」
 大きな子犬のように走って行ってしまう。
「リトさーん」
 柚乃の声がした。顔を向けると「ピイ」と覚えのある啼き声。
「蒼さんがいますよー」
「嬉しいことばかりで頭がパンクしちゃうわ」
 指先で涙を拭うリトにハナは笑いかけ、ローレルがリトの肩にそっと腕を回した。

「あ、いたわ」
 ディアーナが劇場の中庭の木陰でくうくうと昼寝をしている心桜達を見つけた。
「…起きて」
 アティがイレーネを揺り動かす。
「ああよく寝た」
 むくりと起き上がったイレーネはふわりを欠伸をした。
「世界の何かがわかった?」
 寝ぼけ眼でリティークが心桜の顔を見る。
「少なくともここの木陰が気持ちいいことだけは」
 心桜は答えた。
 少女達が戻ると、大人たちはそれぞれグループに分かれて歓談中。何食わぬ顔をしてお菓子をつまみに行く。
「なんだかほんとにみんな変わってないのね。年をとったのは私だけ?」
 レナはブリャニキを齧りながらヴァルトルーデとフレイアを見る。
「レナさんも変わりませんわよ。お母さんをなさっているのはちょっと不思議ですけれど」
 戻って来た娘と息子に視線を向けてしっかりチェックしているレナとヴァルトルーデを見てフレイアは笑った。2人ははっと顔を見合わせ苦笑する。
「細いお体で、出産時は大変でした?」
 尋ねられてレナは首を傾げる。
「ニーナに言わせると普通らしいけれど、戦いで傷を負ったほうがずっとマシだと思えたわ。術で痛みを無くすこともできないし。変よね、イルファーンと夜に精霊を呼ぶ作業のほうがずっと気持ちい…」
 ヴァルトルーデが、がばっとレナの口を手で塞いだ。
「し、失礼を…でも、姫様…なりませぬ、そこから先は人前で言ってはなりませぬ」
 微かに赤い顔でヴァルトルーデが小さな声で言い、フレイアが肩を震わせて笑う。
 姫様、まだ精霊を呼ぶ作業と?
 笑うフレイアの横で、ヴァルトルーデがふーと息を吐いていた。
 その少し離れた場所で男性陣も大人の話。
「その魔槍騎兵はいつごろ出来上がる予定だ?」
 イルファーンがグラスを口に運びながらクロウの顔を見る。
 クロウは魔槍砲の新たなクラス『魔槍騎兵』の開発研究をしている。
「まだ先だよ。でも、ディアーナが最初に使えるようになるといいなと思ってる」
「リティークにも持たせたいな。できたら知らせてくれや」
「みんないろいろ頑張ってんだな。リューリャはどうしてる?」
 統真の視線を受けて、リューリャは「ん」と手元のグラスに目を落とす。
「他儀との折衝や、駆鎧技術の応用で希儀割譲案やら…けっこうあちこち飛び回ってるな」
「アル=カマルは行ったことあるか?」
 イルファーンの言葉にリューリャは「そりゃまあ」というように肩を竦める。
「アル=カマルの緑化計画に関わろうと思ってる。みんなの力を貸してくんねえか」
「へえ、俺も最近よくアル=カマルにいるよ。緑化計画の協力だ」
 クロウが目を丸くした。
「今度行く時、声をかけてよ」
「俺は別に構わねえけど…」
 統真の目が心配そうに細められる
「レナ、どうすんだ? リティークも」
「別にあっちに住むわけじゃねえ。レナは賛成してくれてるし、レナの兄上も推してくれてんだ」
「ジルベリアとしちゃ、皇帝の妹の旦那が尽力してるってのは外交手段としてはいい響きだな」
 リューリャは笑みを溢す。
「俺はそんなでかいこたあ、考えてねえけどな」
 イルファーンも笑った。
「レナが暑いところはもたなくてな。俺やクロウにとっちゃたぶん普通だが、もう少し慣れねえ人間がいやすい場所があってもいいんじゃねえかと。それに砂漠ばかりだとどうしたって産業の振興にも影響あるんだよ」
「今度行く時に手紙を送ってくれ。タイミングが合えば同行する」
 リューリャが言い、統真も頷いた。
 
 
「ミロンを見なかった?」
 ニーナがヴィオラに尋ねているのを心桜が耳にした。
「一番下の子。探したけど、いないのよ。部屋の外に出たのかも」
「探して来ましょうか」
 心桜が言うと、ニーナは助かるわ、というように頷いた。
 何かが起こった、私の出番だわ。
 いそいそと出て行こうとする心桜に
「私達も行くわ」
「俺も」
 他の3人とリティークが追う。
 まだ上演中だ。そっと客席を見回り、劇場内を探し、庭を回る。でも、いない。
「まさか劇場の外に出たってことは…」
 イレーネの言葉にアティが首を振る。
「出入り口は人が立ってるわ」
 じゃあ、と楽屋側に行く。やっぱりいない。
 残るのは舞台裏。
「何、あんた達」
 小豆が5人を見て目を細めた。
「あ!」
 イレーネが上を指差して声をあげる。
 反対側の袖の頭上にゴンドラがあった。そこに三歳くらいの男の子が楽しそうに下を見下ろしている。
「あのゴンドラさっき反対側から上にあげたのよ。最後に使うのよ。下ろすのはゴンドラが舞台を横切ってこっちに来るしかないわ」
 小豆がもう〜〜という感じで言う。
「縄ちょうだい。あそこ渡って迎えに行くわ」
 心桜が天井に渡る板を指差して言った。
「俺が行くよ。ドレス姿じゃ危ない」
 リティークが止めるが
「私が行くわ。アンダードレスは短いから。リティークだと板が折れるかも」
 イレーネが手早くドレスを脱ぎ、リティークは「え」と顔を赤くする。
 役者の1人が持って来た縄を受けとり、イレーネは頭上の板に向かう足掛かりを探して早速登り始める。
「小豆さん、大きな布ない?」
 ディアーナが言い、小豆が舞台の最初に使った青い布を取りに走る。
「心桜、回復術、持ってる?」
 聞かれて心桜は頷く。
「持ってるわ。白霊癒。でも、足りなかったら…フレイアさんを呼びに行って」
 てきぱきと動く少女達をリティークは目を丸くして見つめていた。
 イレーネが四つん這いになって渡って行くのをじっとみんなで見守る。
 ゴンドラに辿り着いて、ミロンは素直にイレーネの背中におぶさった。彼女は縄でしっかりと体に結わえつける。でも、途中でミロンが暴れたり怖がって泣き出したら終わりだ。
 祈るような気持ちでイレーネが戻って来るのを待った。
 イレーネは板を渡り終えると最初に登った足掛かりを思い出しながら足を延ばすが、登るより降りるほうが実は難しかったりする。
「イレーネ、しっかり」
 小さな声で励ましながら布を広げるが、もう少し下がってくれないと落下しても舞台袖からは受け止めきれない。
 あともう少しというところで、ふとミロンとイレーネの体が離れた。縄が外れたのだ。
 あ! と思った時、誰かの腕が伸びてストン、とミロンを受け止め、ぽふんと広げた布の上に倒れ込んだ。
「怜さん…」
 全員で目を丸くする。
「しっ…もう大丈夫だからね」
 泣き出しそうなミロンに人差し指を立て、怜は身を起こす。
「小豆さんが呼びに来た。俺とフレイアさんだけで出て来たんだ」
「フレイアさああん…」
 姿を見せたフレイアに心桜が抱きつく。自分の術で用を成すかどうか心細かったのだろう。
「頑張ったわね。広間に戻りましょう。ニーナさんには内密に。無事だったのですから」
 フレイアは心桜の頭を撫でて言うが
「続・小豆冒険譚でバレますわよ」
 小豆がふふっと不敵な笑みを浮かべる。
「その頃にはきっと良い思い出話に」
 フレイアはにこりと笑った。

 盛大な拍手の音が広間に聞こえて来た。
 舞台が終わったのだ。
「父さん、次、アル=カマルに行く時、俺も連れてって」
 リティークの声にイルファーンは目を細める。
「そんなにあっちが好きになったか?」
「ん、いろんなことを知ってみたくなっただけ」
 リティークは答えた。
 アティは父親の首に腕を回して抱きついた。
「お父様、私、お父様のようになれるでしょうか」
「何の話だ?」
 リューリャは怪訝な顔をする。
「私もお父様のように、賢く強くなって、たくさんのお友達ができるといいなって」
「気負わずゆっくりいけ」
 リューリャは笑って娘の背を撫でてやった。
「イレーネ、ドレスの裾がほころびてるわ。何をしていたの?」
 ヴァルトルーデに言われたイレーネは
「続・小豆冒険譚の一節を作る助けをしたのよ」
 と、答えた。
 心桜とディアーナは熱心にフレイアから淑女のたしなみを教えてもらっていて、柚乃とヴィオラが不思議そうに顔を見合わせた。
 そして、レナはバルコニーに出て、暮れていく空を見ていた。
 リトとローレルがそっと近づく。
「日暮れは冷えますよ」
 声をかけるとレナは振り向いて少し笑みを見せた。
「一日があっという間。今日だけはずっと続いて欲しいと思ったのに。明日になったらみんないなくなってしまうのね」
「いなくならねえよ」
 統真が声をかけた。
「寂しくなったらいつでも呼べよ」
 笑いかける統真の金色の目を見て、レナは彼の手を両手でぎゅっと握った。
「旦那に怒られっぞ?」
 少し顔を赤らめて統真が言うと、
「みんなの手のぬくもりを覚えておくのよ。出会えた幸せを思い出せるわ」
 レナは答えた。
「レナ様、今日の幸せは明日に続く幸せです。この平和な時間を、ずっと…繋いでいきましょうね」
 リトの言葉にレナは静かに頷いたのだった。

 小豆冒険譚は大ヒットを遂げ、その後2年間上演された。
 続・小豆冒険譚が発売になるのはそれから一年後のことである。