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■オープニング本文 春の日差しが心地いい‥‥。 神西 白火(iz0093)は歩みを止めると顔をあげてにこりと笑みを浮かべた。桜の花びらが周囲に舞っている。しかし、背後で響いた声にびくっとして振り向く。 「いいいいい痛ーーーーい!」 姉の桃火だ。へたりこんでいる。 「桃! どうしたの!」 慌てて駆け寄る白火の顔を、桃火は悲しそうに見上げた。 「お腹、痛い〜〜‥‥」 「‥‥‥‥」 だからあれほど団子を食べ過ぎるなと言ったのに‥‥。 さっき立ち寄った茶店で姉にかけた言葉が甦る。 桃火は美味しい美味しいと連発しながら、花見団子を20串も食べた。横に座っていて恥ずかしかった。 これは赤の他人ですという顔をする勇気があればどれほど良かったか。 「うわーん、白〜〜‥‥、厠探して〜〜‥‥」 「ええっ」 白火は慌てて周囲を見回す。ここは川土手の一本道。何にもない。 「も、桃、誰もいないから川に降りて‥‥」 思わず出た白火の言葉に、桃火は青白くなった顔をきっとあげた。 「どあほうっっっ! ‥‥つっ」 うんうん唸っている桃火を助けてくれたのは、数分後にたまたま通りかかった少女だった。 ほんの少し我慢して、と少女は白火と共に桃火の体を支え、しばらく歩いて自分の家に連れて行った。 「ありがとう‥‥」 古びた家の土間の片隅で白火は頭を下げた。 「そんなところにいないであがって? お姉さん、横になれるように奥にお床を敷きました。貴方も少し休んで行くといいわ」 少女はにっこり笑った。年の頃は10かそこら。白火と同じくらいだ。大きな黒い瞳で見つめられて、白火は少し顔を赤らめる。それを見て、少女も微かに頬を赤らめた。 家はあちこちがかなり傷み、歩くたびに床がぎしぎしと軋んだ。少女に促されて奥に進んでいた白火は、ふいに何人もの子供の声を聞く。 「すーずーちゃーん!」 「はーぁーいー!」 少女が声を張り上げて答える。ぱたぱたと廊下を走り出す少女の後を、白火も慌てて追う。 そして中庭にずらりと並んだ子供の顔を見た。 「じぃじのぐあいはどうですかー」 「じぃじはげんきになりましたかー」 口々に言う子供達ににこりと笑いかけ、少女は頷く。 「うん、ちょっと待って」 そして目の前の障子越しに声をかける。 「じぃじ、みんなが来てくれました」 「そうか‥‥そこ、開けてくれな‥‥」 か細い老人の声が聞こえ、少女はすぅっと障子を開いて部屋の中に入っていく。そっと部屋を覗き込んだ白火は痩せこけた老人が少女の介添えで起き上がり、積み重ねた布団に身を預けるのを見た。 「よう、来たな‥‥」 老人の姿を見て、わっと歓声をあげる子供達を少女と老人はにこにこして眺めていた。 子供達が帰ったあと、すずは元通り老人を寝かせて障子を閉じ、別の部屋に白火を案内すると、「ごめんね、慌しくて」と言いながら、お茶と一緒に小さなお饅頭を出した。さっき団子を食べたばかりの白火はお茶だけを有難くいただく。 少女は名を「すず」といった。白火は自分の名と姉の名を伝えてぺこりと頭を下げた。 「開拓者さん‥‥ですよね。開拓者の人がうちに来たのは初めて」 すずは興味深げに白火の姿を眺める。大きな目で食い入るように見るのは彼女の癖らしい。白火はどぎまぎして、やっぱり顔を赤くしてしまう。それを見て、すずも顔を赤らめる。 もじもじと沈黙が続いた。 「あの‥‥お爺さん、どこか悪いの?」 何か話題を見つけねばと口を開いた白火の問いに、すずはこくんと頷いて手元の湯飲みに視線を落とす。 「一年前に腰を痛めて寝込んでから、一気に衰えちゃったの。前はここで子供達に書を教えてたんだけど」 ああ、それで、と白火はさっきの子供達を思い出した。 「腰、良くならないの?」 「うん‥‥」 すずは曖昧に頷いて外に目を向ける。白火もその視線を追った。 中庭は長く手入れがされていないようで、雑草にまみれていた。隅に枯れかかった木がある。桜の木だろうか。 「もうね、年なんだって。桜が散る頃までもたないかもしれないよって、覚悟しておきなさいねって‥‥言われた」 「誰がそんなこと言うの? ひどいよ」 白火が少し憤慨すると、すずは寂しそうに笑った。 「そうじゃないの。じぃじが良くなるようにって考えてるのはあの子達のご両親もだし、近所のおじさん、おばさんや、私のおじさん、おばさんも同じなの。私はずぅっとじぃじと暮らしていたから、じぃじがいなくなってもみんながいるからねっていう意味で言ってくれてるの」 何と言えばいいのか分からなかった。白火は自分の手元の湯飲みを無言で見つめる。 「ごめんね、なんだか暗い話になっちゃった」 「ううん‥‥こっちこそ、ごめん」 再び沈黙。 遠くで鳥がさえずりが聞こえる。 「じぃじに桜の花を見せたいな‥‥」 白火が顔をあげると、すずは枯れかかった桜の木を眺めていた。 「あれは桜の木? 枯れてるの?」 白火が尋ねると、すずは首をかしげた。 「分からない‥‥。でも、2年くらい前から咲かなくなったの。前はね、庭中、桜の花びらで一杯になるくらい咲いたの。じぃじはその中で子供達が遊んでいるのを見るのが大好きだったの」 白火は湯飲みを置くと、立ち上がり、縁からストンと降りて桜の木の傍に行ってみた。 幹に手を触れると、老人の手のような感触があった。 顔をあげると、見事な枝ぶりにしてはその中に葉の一枚も、ひとつの蕾も見当たらなかった。 「‥‥で?」 桃火は厠で出るものを全部出し尽くして、げっそりとした表情で布団の中から弟を見た。 「あたしにじいさんをおぶって桜の木の下まで連れてけ、ってんじゃないよね?」 桃火なんか、厠の穴に落ちて溺れちゃえばいいんだ。 冷たい言葉に白火は思わず姉を睨む。桃火はちろりと白火を見て、布団を被ると手だけ出して自分の荷物を指差した。 「あの中にさぁ、お金あるからー。この間、父上がちょこっと送ってくれたー」 「え‥‥」 白火は荷物と布団を被った桃火を交互に見て目を丸くする。 「一宿一飯の恩義ってものがあるしさー。ギルドに行って相談してみなよ」 「桃‥‥」 ありがとう、と言いかけて「泊まるつもりかよ」と思わず突っ込みたくなる白火だった。 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
犬神・彼方(ia0218)
25歳・女・陰
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
佐上 久野都(ia0826)
24歳・男・陰
鳳・陽媛(ia0920)
18歳・女・吟
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
千代田清顕(ia9802)
28歳・男・シ
向井・奏(ia9817)
18歳・女・シ
グリムバルド(ib0608)
18歳・男・騎 |
■リプレイ本文 白火に呼ばれ、外に出た少女すずは、開拓者達の顔を見て目を丸くした。 「あの‥‥桃を助けてもらったお礼っていうか‥‥」 白火の言葉を聞いてすずは「白火さん!」と叫んで彼に抱きついた。 「おやおや」 微笑ましい光景に呟く犬神・彼方(ia0218)。皆も顔をほころばせ、白火は耳まで真っ赤になった。 「すずちゃん、皆さんにお庭を見せて‥‥」 しどろもどろな白火の声に、すずも慌てて身を離す。 「そ、そうですね。じぃじ、今やっと眠ったところなの。ご挨拶できないですけれど、どうぞ」 そう言って、零れ落ちそうになっていた涙を指先で拭った。 そっと廊下を歩き、皆で縁の前に広がる庭を見る。かなり広いが一面草まみれ。隅にある木は話の通り、花はおろか葉の一枚もついていない。 「たまに草むしりするんですけど、すぐ一杯になってしまって‥‥」 すずは恥じ入るように言った。しかし、幼いすずが庭の維持をするのは至難だろう。 「じぃじはここで寝ているんです」 すずは後ろの障子を指差した。 「障子を開ければ桜が見えるかな‥‥担架も用意したけど‥‥」 天河 ふしぎ(ia1037)は庭と背後の障子を交互に見て呟く。佐上 久野都(ia0826)は縁から降りると桜の木に歩み寄った。その姿を鳳・陽媛(ia0920)が目で追う。千代田清顕(ia9802)、白火もそれに続いた。 「接木を考えましたが‥‥苗木を植えたほうが良さそうですね」 佐上は清顕の顔を見る。清顕は足元の草をかきわけ、地面に手を触れる。 「土が絞まり過ぎているような気がするな‥‥。白、すずちゃんと一緒に苗の調達に行ったらどうだ。すずちゃんなら調達できそうなところの心当たりがあるんじゃないか」 清顕の視線を受け、白火は頷いた。 「すず‥‥お客様か‥‥」 障子の向こうで声がする。すずがそっと障子を開けた。 「じぃじ、お庭をきれいにと、皆さんが来てくださったの」 じぃじは寝床の中から見知らぬ顔を見て不思議そうな表情になった。 「何も心配なさらず、拙者らに任せてくだされ。うむ」 と、向井・奏(ia9817)。 「そうそう、任せておいて」 と、鴇ノ宮 風葉(ia0799)。 じぃじはまだ不思議そうだったが、弱々しい笑みを浮かべた。 「すまんですの‥‥よろしく頼みます」 再び障子を静かに閉め、家の外に出る。 すずはじぃじの友人が植木職人だと言った。少し距離があるようなので、やはり何人かで行くことになるだろう。 「ご近所さんの手もお借りしたいところだねえ。挨拶がてら子供達の募集といくか」 と、北條 黯羽(ia0072)。 「桜の花びらも集めたいな」 皇 りょう(ia1673)はついと飛んできた桜の花びらを空で掴み取り言う。 「お弁当があるでござるよ」 奏は大きな弁当箱を取り出した。陽媛がにこりと笑い、空に顔を向けて目を閉じあまよみを行う。 「明日もあさってもとても良いお天気。お庭が出来次第お花見できますね。私もお料理作ろうと思っているの。いろいろお品を増やしましょ。お爺さんは何がお好き?」 「じぃじは‥‥芋羊羹が大好きなの‥‥」 すずは大きな瞳の陽媛に見つめられ、顔を赤らめて答える。 「ではぜひ作らねばならないな」 佐上に頭にぽふんと手を置かれ、陽媛は再びにっこり笑う。 「はい、兄さん、任せてください。すずさん、お台所、お借りしますね」 白火はふたりのやりとりを少し羨ましそうに眺めていた。 皆で連れ立って歩いていると、すずの姿を見て子供達が寄ってきた。 「すずーちゃーん、おままごとー!」 「鬼ごっこー!」 あちこちから手を引かれ、すずは笑いながらも少し困り顔。 「はい、せいれーつ!」 声を張り上げたのはグリムバルド(ib0608)だ。子供達は何やら面白そうなことが始まるのではと目を輝かせてそれに従う。 「いや、見世物するわけじゃないから」 グリムバルドは苦笑する。 「すずちゃん? どうしたの、何かあった?」 一軒の家から母親らしい女性が顔を出し、皆の顔を見回しながら近づく。 「そうじゃないの。えっと‥‥」 慌てるすずに、黯羽が助け舟を出した。 「失礼、俺達は開拓者でね、すず嬢ちゃんの爺さまに桜の花を見せてやりたいと集まった」 それを聞いて目をぱちぱちさせる女性。 「大変だとは思うけどよ、桜見せてやりてぇんだ。みんなの力を貸してもらえねぇかな」 グリムバルトに顔を覗き込まれ、女性はぼっと顔を赤くする。 「て、亭主もあたしもゆ、夕方にならないと手が空かないけど‥‥」 「では、昼間はお子達の手をお借りしても?」 佐上、にっこり。これは女性の世話好き本能を全開にする。 「子供らはどうせ暇を持て余してるんだから‥‥。あ、そうだ、炊き出しをしてあげる。あ、ねえ、おときちゃーん!」 通りかかった知り合いの女性を素早く捕まえる。かくかくしかじか、は強力な主婦連絡網を通じて瞬く間に広がり、20人ほどの子供と母親達が立ち並んだ。 「じゃ、キミとキミとキミと‥‥は、お庭の草むしり! 残りはりょう姉さんと花びら集め!」 天河が体格の良さそうな子を選って言った。皇が「りょうは私だよ」というように手をあげてみせる。 「では、よろしいか? 危ないことはさせぬゆえ」 黯羽が尋ねると、母親達は声を揃えて 「いいでーす!」 と、答えた。 「お庭がきれいになったら、皆でお花見をしようと思います。ぜひご一緒に」 陽媛が言うと、またもや全員で 「もちろんでーす!」 花見の時にはきっと家から溢れんばかりの人になるだろう。 すずと白火、グリムバルト、佐上、清顕、犬神は桜の苗木を探しに歩き出した。桜並木の土手の上に出たとき、グリムバルトは木々を見上げて深呼吸した。 「綺麗なもんだ‥‥。爺さんにこいつを見せてやればいいんだな」 「桜を見たら、じぃじも元気になるような気がするの」 グリムバルトはすずの頭をぽんぽんと撫でる。 「よーしよし。んじゃ、頑張るとすっかね」 「すずちゃんはいい子だな、白」 清顕が白に囁く。白ははにかむように笑みを見せた。 土手を抜け、しばらく歩いたところに植木職人の家があった。 「清じぃちゃん、すずですー!」 すずは奥に向かって声をかける。しばらくして奥の障子が開き、しわくちゃの小さな顔が見えた。 「おや、すずじゃないか。寛太郎は?」 清じぃちゃんはすずの頭を撫でて言う。寛太郎とはすずのじぃじか。 「清じぃちゃん、うちの庭に新しい桜を植えようかって、開拓者の人達が来てくれたの」 「あー?」 ‥‥耳が遠いらしい。 「桜のー! 苗木が欲しいのー!」 すずは耳元で声を張り上げた。 「あー、桜ぁ」 清じぃはよっこらせと外に出て家の裏に皆を手招きする。そして畑の隅を指差した。見れば大人の背丈ほどの桜の木。小さな薄紅の花が小ぶりの枝に健気に咲いている。 「おととし植えたが、まあ、うまく育っとるで、丈夫な性質じゃろう」 「お代はいかほど?」 佐上の声に、清じぃは「イカ?」と耳に手を当てる。 「佐上さん、僕、お金は‥‥」 白火が慌てて佐上を見上げる。佐上は優しく白火を見下ろした。 「大丈夫だよ」 清じぃはその様子で何の話か察したらしい。にやりと笑い、 「わしをおんぶして連れてけ。もう何年も寛ちゃんちの庭を見てやってないからの。植え付けの指示をしてやろう。あぁ、もちろん作業するのはあんたらじゃ。それで相殺」 「清じぃちゃん、ありがとう」 「良かったな、すず」 犬神の声にすずは「うん」と頷いた。 グリムバルトが清じぃをおんぶし、白火、清顕、佐上で桜の木を抱え、清じぃが納屋の奥から出した肥料の袋は犬神が持って家に戻る。庭では子供達がきゃあきゃあ言いながら草むしりに精を出していた。いずこからか良い匂い。台所に立っている陽媛が料理に精を出しているのだろう。 「お疲れ様です」 陽媛はぱたぱたと走ってくると、義兄に笑みを見せた。佐上はそれに笑みを返す。 「よぉ、寛ちゃん、元気出しねぇ」 グリムバルトにおぶさったまま声をかける清じぃに、じぃじは 「おや、清ちゃん‥‥今‥‥このお人にあんたの話をしておったわい‥‥」 じぃじの傍ではすっかり寛いだ様子で風葉がお茶をすすり、にっと笑ってみせた。 草を取って初めて分かったが、庭には小さな池もあった。しかしまだまだ先は遠い。子供の手では草を途中から千切ってしまうので、残った根を掘り起こすのは大人の役目だ。 「こらこら、鎌は子供は触っちゃだめだ」 黯羽が子供の手から鎌を取り上げる。 「だってぇ、手ぇ痛いもん〜」 小さな手を差し出され、黯羽はそれを覗き込んで自分の手で払ってやる。 「ほれ、その首の手ぬぐいを手に巻いておきな」 その言葉に我も我もと他の子供達も黯羽に手を差し出す。どうやら黯羽に構ってもらいたいらしい。 「そうやって子供を気にかけてるとぉ、母親ってぇ気がするねぇ?」 犬神に冷やかされ、黯羽は頬を赤らめてちらりと「旦那」を睨む。 「花びら集めに要助っ人」 よいしょ、と篭一杯の桜の花びらを抱えて皇が戻ってきた。 「あ、もう少ししたら行くよー」 天河が答えた。 持ってきた桜は反対側の隅に植えることになった。清じぃは今の桜の根元の土の絞まりを指摘し、上方のいくつかの枝を剪定するよう言った。 「切り口には墨汁を塗れ。桜は枝を切るとそこから弱る。まあ、病気があるようでもなし、桜も構って欲しかったんだろうの。来年は咲くじゃろ」 清じぃはそう言って笑った。 枝は奏と清顕が登って切った。新しい桜を植え、その後、皆で元の桜の根元の土を丁寧に掘り肥料を蒔く。しばらくして陽媛が子供達のおやつにとおはぎを持って来た。それを食べ、作業再開。 夕方、近所の者達も集まり、握り飯の差し入れ。庭職人の亭主は池の水をきれいに入れ替え、金魚屋の亭主が小さな金魚を数匹放ってくれた。天河と奏は集めた花びらを篭に入れて枝から吊るす。子供達と一緒に枝にも花びらをつけた。 「奏、ちょっとそっち押さえててよ」 「ん」 天河に言われた通り、奏は手を伸ばす。皇は屋根の上に登り、桜吹雪作業の確認。 暗くなり、作業は終了となった。明日はいよいよお花見だ。 翌朝、皆で再び花びら集めに出る。花びらだけはどれほどあっても足りることはないだろう。そのことを察してか、近所の者達も早朝から花びら集めをしてくれていた。日が昇りきった頃、近所中が弁当と酒を片手に花びら袋を持参。昨晩泊まった清じぃは既にほろ酔い状態。 すずが静かに障子を開け放つ。 「じぃじー!」 子供達の元気な声が響く。その向こうにきれいになった庭と、ちらちらと舞う薄紅色。 屋根の上では団子の串を口にした皇。その横に天河と奏も篭を持って並んでいる。佐上が最初の夜光虫を放った。後ろでは風葉がお茶をすすりながら甘味を堪能している。いつの間にやら隣にいるのはブラッディ・D(ia6200)。 「桜が‥‥咲いておるのぅ‥‥」 じぃじは嬉しそうに呟いた。 「寛ちゃん、縁まで出て来いや」 清じぃが言う。じぃじが頷いたので、グリムバルトと清顕が息を合わせてそっと布団ごとじぃじを持ち上げる。痩せたじぃじは軽かった。縁まで運び、すずがいくつも布団を折りたたんでじぃじの背にあてがい、楽な姿勢を作る。 じぃじが出て来たのと、空から降ってくる花びらに子供達は大喜びだ。近所の者も今日はじぃじのために仕事を休んだらしい。子供の声と近所の人達の笑い声、舞い散る花弁、じぃじの顔も嬉しそうだ。 清顕はすずに聞いて、白火の姉、桃火が寝ている奥の部屋に足を向ける。枕を抱いて天井を睨んでいた桃火は清顕の顔を見て目を丸くした。 「食い過ぎか? 粥でも作ってやろうか。それとも‥‥」 清顕はにこりと笑う。 「前みたいに抱えて庭に連れてってやろうか? 一人で寝てるのは寂しいだろ」 それを聞いた桃火の目にじわりと涙が浮かんだ。賑やかな声だけが聞こえてくるのに、動けないことが辛かったのだろう。清顕はひょいと桃火を抱き上げた。 「陽媛さんに聞いて、腹にいいものだけを食えよ」 顔を真っ赤にしながら桃火は清顕の腕の中でこくんと頷いた。 「旦那、はい」 黯羽は犬神に杯を渡す。犬神は杯を受け取り、注がれた酒を飲み干してゆっくりと黯羽の膝に頭を預ける。 陽媛は料理を皿に盛り屋根の上へ。上は奏のお重の弁当箱も置かれ、花弁を蒔きつつ宴会の真っ最中。 「奏、見てほら、湯飲みに桜の花弁」 天河がはしゃいでいる。 「兄さん、これもいいかしら」 皿を差し出す陽媛に佐上はにっこり笑う。 「作ってくれるものだと楽しみにしていたよ」 「りょうさんもどうぞ。私が代わります」 陽媛の声に皇は嬉しそうに顔を向けた。 「ありがたいねえ。じゃあ食べたら下の花びらを回収しに行くか」 下を覗き込むと、奥様方に取り囲まれているグリムバルトの姿が目に映った。次々に「はい、あーんして」と言われて顔を赤くしている。 「グリムバルド殿はもうすぐ屋根に避難してくるでござるよ」 奏がくすくす笑う。 「かもしれないね」 天河も笑った。 宴は賑やかに続いた。 午後になり、気温が少し下がってきたので白火はじぃじの傍にいるすずに近づく。 「すずちゃん、じぃじを部屋の中に入れてもらおうか」 その声に振り向いたすずの顔を見て、白火は身を強張らせる。 「じぃじは‥‥今、眠りました」 すずは震えながら白火に笑ってみせた。幸せそうな笑みを浮かべて目を閉じるじぃじの横顔。清じぃがじぃじの手をぽんぽんと叩く。 「寛ちゃん、すずは皆で守って行くからの。なぁに、わしも桜を持ってあとからすぐ行くわい」 近くにいた黯羽がすずに腕を伸ばし、すずはその胸に飛び込んだ。 「思いが叶って、私も‥‥じぃじも幸せです」 「でも、ちょっとくらい泣いてもいいさ」 黯羽は答えた。 屋根の上で笛の音が聞こえてきた。風葉の吹く「哀桜笛」の音色だった。 じぃじを部屋に運び込み、グリムバルトは幸せそうなじぃじの顔にそっと布をかけた。 「じぃじ殿には咲き誇り続けて欲しかったでござるよ‥‥」 奏が涙声で言い、鼻をすする。すずは頷いて奏の手を握る。 「でも、私、とても幸せな気持ちなの。こんなふうにじぃじを送ってあげられるなんて思いもしなかった」 すずは次に白火の手を握った。 「白火さん、有難う。あなたは旅を続けるんでしょう? また来てね」 白火はすずの手を握り返したまま何も言えず俯いた。すずは開拓者達に顔を向ける。 「開拓者の皆さん、私、皆さんのことも忘れません。いつでもまた遊びに来てください。じぃじも喜ぶと思います」 すずの顔は晴れやかだった。 彼女はじぃじに桜を見せてあげられたこと、そして自分にはたくさんの人達がついていてくれること、そして親身になってくれる開拓者の存在を一生忘れないだろう。 桜の若木がずっと大きくなっていくように、 長く咲き続けた桜がまた花を咲かせるように 今日の記憶も永遠に |