【結晶】Ki・Gu・Ru・Mi
マスター名:西尾厚哉
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 易しい
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/01/09 18:35



■オープニング本文

「あふ…」

―― ピシッ!

 欠伸を噛み殺したニーナ・ヴォルフの額にぴしりと平手が飛んだ。
 横にいたニーナの夫、バレク・アレンスキーが豆鉄砲鳩の顔をする。
「いたぁい…」
 口を尖らせるニーナに、母親のヴォルフ伯爵夫人はこめかみに青筋をたてる。
「全く、誰の結婚式だと?! 御来賓の方々に失礼があったらどうするの!」
「だってもう二時間も」
「二時間だろうが三時間だろうが、式次第は頭に入れるのです! おバカが衣装替えをする時に別の扉から出て行かないようにね!」
 伯爵夫人は容赦ない。
「あの…俺がいるから…」
 「大丈夫です」と言う前に伯爵夫人の鋭い視線を受けてバレクは口を噤む。
 嫁をもらうのはこの人なのに、もはや義母に頭が上がらない状態。
「…ったく、仕方ないわね。暫く休憩しましょ。お茶の用意をさせてくるわ」
 伯爵夫人はぷりぷりしながら立ち上がって出て行った。
 ニーナはうんざりした様子でテーブルの上の紙束を眺める。
「なまじお父様の顔が広いだけに面倒よねぇ…」
「一日だけのことだから我慢しろよ」
 バレクはさすがひとりで切り盛りしてきた伯爵だけあって割と冷静だ。
「それより、ねえねえ、これ見て?」
 ニーナはごそごそと一枚の紙を取り出してバレクに渡した。
 バレクはそれを見て
「サンタじゃないか」
 こともなげに答える。良いお体の黒タイツ姿はバレクだって知っている。
 数少ない目撃情報から描かれたものらしい。
「私達はもうサンタさんを待つ年齢じゃないけれど、結婚式がクリスマスと重なるから、クリスマスパーティしない?」
「クリスマスパーティ?」
「私達の結婚式はこっちがメインよ。堅苦しいのは抜きにして、みんなでぱーっと! バレク、サンタさんの格好してよ!」
「いやだよ」
 バレクは顔をしかめる。
「また腹が出てるのたるんでるのって言われるのがオチじゃないか」
「みんなでサンタの扮装すればいいじゃない。女の人は裸になれないから黒タイツだけ押さえてればいいってことにして」
「トナカイは?」
 その声が肩越しに聞こえたので、2人はぎょっとして振り向いた。
「レナ! いつの間に?」
「今」
 皇女は無表情に答える。
「トナカイ色の全身タイツなら着てみたい。トナカイはそうなのだろう? そう聞いたぞ?」
「マジ?!」
 思わずニーナとバレクで声が揃う。
 レナは指を顎にあて、うーんと視線を泳がせて
「あー、でも私、全身タイツは持ってない。まるごともふらならあるな。それじゃだめか?」
「レナ…そういう趣味があったの?」
「君が言うな」
 これはバレク。
「あ、でも、きぐるみパーティいいかも!」
 ニーナの目が輝いた。
「みんなできぐるみでパーティしましょうよ! ねっ! 私、一度着てみたかったの! バレクはまるごとたぬきさんねっ。開拓者の人も呼ぼうっと!」
「おいっ!」
「まるごともふらでいいか? 誰かトナカイ色タイツ着てくれないだろうか?」
 あっという間にきぐるみクリスマスパーティ開催が決まってしまったのだった。


【依頼】
●きぐるみクリスマスパーティを開催します。
 場所はバレク・アレンスキ―伯爵のお屋敷です。

●全員きぐるみでご参加ください。
 きぐるみをお持ちでない方、持っているけれど別のきぐるみを着たいという方は貸し出します。
 お好きなきぐるみをご指定ください。
 また、お手製のきぐるみを着用なさってもOKです。

 まるごとくまさん まるごととらさん  まるごともふら まるごとやぎさん  まるごとうさぎ 
 まるごとじらいや まるごとひつじさん まるごとわんこ まるごとにゃんこ  まるごとハトさん
 まるごといのしし まるごとねずみさん まるごとらくだ まるごとやみめだま まるごとこっこ

 まるごとらいおん  まるごとほーく   まるごともふえもん  まるごとおおかみ  まるごとからす
 まるごとおさるさん まるごとふくろう  まるごとおかしらつき まるごとおうまさん まるごとふらも

 まるごとはやぶさ まるごといちご  まるごとおさけ  まるごとさーもん  まるごとまりも
 まるごとりんご  まるごとあーまー まるごともーもー まるごとあひるさん まるごとはくちょう

 まるごとぐりふぉん 肉襦袢 まるごとかめさん まるごとくじゃく まるごとえんりゅう まるごとみづち
 まるごときのこ   まるごとしゅんりゅう まるごとくだぎつね まるごとこうりゅう
 まるごとにんけん

 まるごとおにびだま まるごとれいき   まるごとねこまた まるごとどぐう まるごとたぬきさん
 まるごとりすさん  まるごとこうもり  まるごとみいら  まるごとゆきだるま まるごとトナカイさん
 まるごとししまい  まるごとはりねずみ まるごとすごいもふらさま
 まるごとすぃーらじょー まるごとまたぎいぬ

●きぐるみによっては相手が誰かわからなくなる場合がありますので、名札をつけてもらいます。

●暑くてうだってしまった人にはお休み場所をご用意します。
 脱いでぱったりしてください。


■参加者一覧
/ 酒々井 統真(ia0893) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / クロウ・カルガギラ(ib6817) / イルファーン・ラナウト(ic0742


■リプレイ本文

『開拓者と姫様と神西兄弟とニーナとバレクと…あ、親衛隊もいるかも?』

 クロウ・カルガギラ(ib6817)が心当たりを指折り数えてみても軽く10倍以上はいるような。
 この広間一杯の人は何だ? いや、もう既に人なのか何なのか分からない状態なのだが。
「とりあえずヒゲ…」
 クロウはサンタ髭を取り出してつける。
「ん…」
 酒々井 統真(ia0893)もあまりの人数にちょっと呆然としながらトナカイ角のついた全身タイツのフードを被る。
「やあ」
 タヌキに声をかけられた。
「バレク、ニーナは?」
 統真に言われて
「なんで俺だってすぐに分かる?」
 タヌキがむくれる。
「あ、着てたんですか」
 クロウが追い打ちをかけてみる。むきー、と腹を叩くタヌキ。
「すみません、冗談です。ご結婚おめでとうございます」
「おめでとう、バレク」
 クロウと統真が笑って言うと、「ありがとう、ありがとう」とバレクはタヌキ手をあげて礼を言う。
「ニーナもレナもどこか分からんのだ」
 バレクが顔を巡らせたところで声がした。
「ニーナ、様、は、こちら、ですっ」
 見れば闇目玉がまりもを転がして来る。
「誰? あ、リナト」
 目玉がつけている名札をクロウが見つける。
「ニーナさんはこの中です。周りが分からないから開けてって仰るんですけど、どこから出せば?」
「デカい目してんのに」
 統真がどれどれと手をかける。
「なんでこんなもの着たんだ」
 タヌキの呆れ声に
「…失敗…着替え…」
 まりもの中からごもごも返事が聞こえる。
「『失敗したから着替える』だと思います」
 目玉が通訳。
 やっと開きのボタンを見つけて外すと、転がされてヘロヘロになったニーナが出てきた。
 そのままふらふらと部屋を出る。
「で、これ、どういう人脈だ?」
 統真が変態…もとい、着ぐるみまみれの空間を指して尋ねると、バレクは
「ほとんど二次会状態」
 え、じゃあ、これ結婚式の招待客?
 嘘ぉ、と思うけれど、貴族様は着ぐるみに縁がないから興味が湧いたのかもしれない。
「あ、イルファーン、見つけた」
 クロウが目を止めて指差す。
 確かにあそこでワインのボトルを掴んでいる『まるごとおさけ』はイルファーン・ラナウト(ic0742
「どっかに『まるごと大帝』がいるから気をつけろ。スィーラの密偵だから」
 バレクの言葉に
「まるごと大帝?」
「密偵?」
 統真とクロウの声が揃う。
「俺が言ってるだけだけど。レナの相手のことが気になりだしたんじゃないか?」
 バレクの言葉に統真がイルファーンを振り向くと、ちょうどテーブルの上のつまみを取ろうとした彼の酒瓶の口が『おかしらつき』の頭を突き飛ばして「あ、すまん」と言っているところだった。
 よりにもよってこんな宴でチェックするか?
「中身は誰?」
 統真は尋ねるがバレクは首を振る。
「分からんのだ。スィーラの人は年寄りばっかりだったはずだし」
「案外本人が入っていたりして」
 クロウの冗談に、それは笑えない、とバレクが怯えた顔をした。
 まあ、何にしても『まるごと大帝』は注意なのかも?

 その頃、手に持った懐中時計をぶらぶらさせながら会場内を歩いていた黒ウサギことリューリャ・ドラッケン(ia8037)は着ぐるみでもかけていた水晶の片眼鏡の奥の目を細める。
「きのこの…」
 「山」を言う前に、きのこが腰から吊っていた銃剣全てが、チャッ! とこちらを向いた。
「何奴か!」
 ああ、親衛隊か、と目で数えてリューリャは思う。きっちりきのこ12本。
 にゅっと出た美脚はなかなかのものだ。
「まあ…落ち着きたまえ」
 リューリャはウサギ手をあげるが、
「怪しい奴だ」
 この会場で怪しいもなにも。でもこの殺気まみれ、ちょっと危険。きのこを着せられて気が荒くなっている。
「なぜ、揃ってきのこにしたのかな?」
 尋ねてみると
「こいつが勝手に姫様に通したのだ!」
 一斉にきのこの手が一本のきのこを指す。
 分からないって。みんなきのこなんだから。
「いいか、ここで見たことは他言無用だ。ほかで口にするとウサギ汁にして食うぞ!」
 いきり立ったきのこが銃口をリューリャにうりうりと突きつける。
 これ…ヴォ―スィかな、と思うが、名札がきのこ傘の天辺についているので見えない。
「ジルベリアではシチュー、だな」
 うーん、と名札を見ようと背伸びをしながらリューリャが言うと
「ううぬ、私の名を確かめようとするか! やはりウサギ汁だ!」
「やめなさいよ、ヴォ―スィ」
 あ、この声はシャスだ。
「名前言うな!」
 ヴォ―スィが振り返ったところで、リューリャは手を振り上げ、足を曲げて丁寧に礼をしてそそくさとその場から離れる。
「待て! ウサギ汁! あとで汁絞ってやる!」
 声が追いかけてきたが、触らぬ神に祟りなし。


 ニーナが『まるごとひつじ』に着替えて戻って来た。
「これ…配って?」
 ゴロゴロと鬼火玉と一緒にカートを押してくる。鬼火の胸にユリア、と書かれている。
 リナトとユリアは揃ってアヤカシモードらしい。
「あ、プレゼントですか」
 クロウがカートの中の白い袋を覗く。
「開拓者の分もありますから、もらってね?」
「すごい量だな…」
 統真が呟く。
「300人分ですもの」
 ひつじニーナか答えた時
「こっちは開拓者を含めて志体持ってる者に。リナトとニーナ達も」
 聞き覚えのある声がした。振り向くと、ずりずりと袋を引き摺るマッチョトナカイ。
「あ、トナカイ…つか、レナだな?」
 統真が声をあげる。
「分かるの?」
 そりゃ、喋ったら分かる。
「何着てんだ? 肉襦袢の上からトナカイタイツ? 倒れっぞ?」
 統真が膨れ上がったトナカイの肩をぽんぽんする。
「統真がトナカイでクロウがサンタで、これで揃った。良かった、行くぞ」
 レナは聞いてない。
 と、いうので、トナカイ統真がカートの前を引き、トナカイレナが後ろを押して、クロウサンタご一行は会場内を巡り始める。
「皆様〜! サンタがまわりまーす! プレゼントを受け取ってくださいねぇ〜!」
 ニーナが声を張り上げた。ヒューヒュー、と歓声があがる。
「でも、誰が誰か分からない」
 クロウはキョロキョロ辺りを見回しながら言う。
「リューリャは何の姿になってるんだ?」
 レナが尋ねるがそれも分からない。
「くじゃくかなあ。雰囲気的に」
 クロウが首を傾げて言う。
「いや、案外食いもん系かもしれねえ」
 と、統真。
「さーもんとかりんごか?」
 レナは体中もこもこでちょっと動き辛そうだ。
「いちごかも」
 あははと笑う統真の横に、実は黒ウサギリューリャがいたのだが気づかない。
『まあ、確かに食い物系であるかもしれない』
 リューリャは3人を無言で見送って、さっきの『うさぎ汁』呼ばわりを思い出す。
「あつぅ…」
 まだ十メートルも歩いていないのに、レナがふうと息を吐いた。
「言わんこっちゃねえ。何か飲むか?」
 統真が気遣う。
「飲むと面が割れる。クロウは裸で寒くないのか? 恥ずかしくないか? 良い体だが」
 やっぱりトナカイ恥ずかしいんですか? と思いつつクロウは笑い、
「流石に保天衣使ってます。俺の故郷はこういう姿でやる格闘技があるから全然平気」
 へー、と統真とレナが同時に声を漏らした。
「あの辺の角から配り始めっか」
 統真が指差したところで、酒瓶イルファーンに呼び止められた。
「レナ、見てねえか?」
 レナならここに、と言いかけた統真をトナカイレナが太い腕でぶんと殴る。
 言うな、ということだろう。
「あいつ、何着てた?」
 イルファーンはちょっと心配そうに言う。
「さあ? なんでだ?」
 統真が頭をさすりながら答えると
「いや、親衛隊の姿見たか? 足モロ出しでよ、同じような格好されてちゃ…あ、いや」
 酒瓶、もごもご口篭る。その後ろをすいっと通り過ぎた影があった。
「ん?」
 統真の反応を見て、皆が目を向ける。何だか見覚えのあるマントの後ろ姿。
「出た。『まるごと大帝』」
 クロウが言い、イルファーンが思わず彼の顔を見る。
「気をつけたほうがいいよ。イルファーン、きっとマークされてる」
「なんでだ」
「スィーラからの密偵じゃないかって、バレクさんが言ってた」
「着替えたほうがいいか?」
「今さら何に着替えても一緒だろ」
 統真が笑う。それもそうだ。
 その『まるごと大帝』の姿を興味深げに目で追っていたのが黒ウサギリューリャ。
「スィーラからの密偵とはね」
 実に興味深い。これは中身を確認してみたい。
 と、足を踏み出したところで、後ろからがしりときのこに羽交い絞めにされた。
「見つけたぞ、ウサギ汁」
「おおっと、これはヴォ―スィ殿」
「残念でした。私はチィトゥリだ」
「チッチとお呼びしても?」
「ダメに決まってるだろうが! ウサギ汁!」
「まだ汁にはなっていな…うぐっ…!」
 きのこに首を絞められる。
 その時、
「みなさま〜! 着ぐるみ雪合戦を行いますわよ〜! お庭にどうぞ〜!」
 ニーナの声が聞こえた。


「やっとプレゼント配り始めたばっかりだったのに」
 クロウがぷーと髭の下で頬を膨らませる。
「宴が終わるまでに配ればいいさ」
 と、統真。頷くトナカイレナ。
「志体をお持ちの方は分かれてくださいねえ。青組と紅組、それぞれ組の雪山の椅子に王様を座らせてくださーい。先に王様を引き摺り降ろした方が勝ちでーす。勝った組には特製ケーキが配られまーす!」
 ひつじニーナが仕切る。
 王様誰にするよ、と決めている最中に、
「あっ、あっち側きっちり『まるごと大帝』!」
 バレクが小さく叫ぶ。そりゃあ、あの姿なら椅子でしょう。
 こっちはどうするよ、と悩んだところで、
「こいつだ、こいつ! ウサギ汁!」
 親衛隊によいしょ、と黒ウサギリューリャが座らされてしまう。
「ふむ、これも俺の役目のひとつだな」
 黒ウサギは椅子の上で足を組み、ふっと笑みの息を漏らす。
「何かひとつひとつが胡散臭くないか、お前は」
 中身を見てやる、とチィトゥリが伸ばした腕をひょいと交わした。
「お嬢さん、それは反則だ」
 チッチッチ、と指を振って言う。
「はいはい、左様で、リューリャ殿」
 分かってんじゃないか、と、思いつつ、まあこれも一興さ、と黒ウサギは肩をすくめる。
 親衛隊は6人ずつ分かれ、統真とレナは『まるごと大帝』側、イルファーンとクロウは『黒ウサギ』側。
「うきっ…」
 小さく漏らした声に気づいてイルファーンが下に目を向けると猿が二匹いた。
 誰だ? と目を凝らすと
「こんちは、イルファーンさん」
 白火だ。どうも、と言う横の猿は橙火。
「桃はあっちか?」
「レオシュさんがいるから」
 白火の返事に、おいおい、大丈夫かよ、レオシュ、と思わず言いそうになる。
「たぶん、雪玉作りに専念すると思います」
 白火はそう言って笑う。
「元気そうだな。暫く会えなかったから心配してたぜ」
 ぽふん、と頭に手を乗せると
「すずちゃんがね、手紙をくれたんです。あっちも雪だって」
「そうか、そりゃよか…」
 雪玉が飛んで来て酒瓶の口にぶち当たる。知らないうちに始まっていた。
「なんだ、この熱気! ケーキにこんなに燃えるもの?!」
 クロウが必死になって投げ返す。
「まあ、おおいに頑張ってくれたま…がぼっ」
 黒ウサギの顔に一発命中した。
「…ン、のやろう…」
 橙火が投げ返す姿は今まで見たこともないほど凄まじい。
「隊長! 行きます!」
 きのこが叫ぶ。もう、誰かは分からない。
「行け! 行って引き摺り降ろせ! 下剋上だ!」
 あれはトゥリーだよな、と思いつつ、今はもうそんなことには構っていられない。
 向かう『まるごと大帝』側も親衛隊が迎え撃つ。とにかくきのこは足が剥き出しなので動きだけは戦力。
 あとはもたもたわたわたぼってり。
「来たぞ!」
 トナカイレナは一生懸命投げているのだが、腕が太すぎて動かせず、全部自分の足元に落ちている。
「お守り、する」
 立ちはだかった、超デカくて足が太い『はくちょう』がいた。
「兄さん! 頼むよ!」
 目玉リナトが叫ぶ。白鳥は彼の兄のヴィクトルらしい。ヴィクトルが「むん!」と頭を振ると、揺ら揺らする白鳥の首がパシパシと雪玉を弾き返した。
「あっ! 角に雪玉が刺さったっ!」
 統真の悲鳴と同時に、特大雪玉が彼の顔面を直撃。
「うぉのれええ!」
 投げ返す。
「行きます!」
 きのこが躍り出た。
 雄叫びと共に雪玉を持って敵陣に突入するが、目の前のクロウ目がけて投げようとした途端、まさかの背後攻撃、味方の雪玉を背に受けてどかりと雪に倒れ込む。
 …立ち上がれない。
 きのこは足が速くても傘のある頭が重くて、バランスを崩すとおいそれと立て直せないのである。おまけに傘の一部が雪に突き刺さっているし。
「ドゥヴェさん?!」
 こちらに向いたきのこ頭の天辺の名札を見て、クロウが慌てて助けに飛び出した。
「あっ、こら、クロウ! 敵に情けをかけんじゃねえ!」
 酒瓶イルファーンの声が飛ぶ。
「何言ってんですか! こんな時敵も味方も…うわっ!」
 集中砲撃を受ける。
 とにかくもう滅茶苦茶な世界になり、ふと気がつくと必死になって雪玉を投げているのは20数名だけになっていた。
 さもありなん。
 着ぐるみでこんな激しい運動、貴族様が10分もつはずがないのである。
「終了〜! 終了〜! 和平交渉といきましょう!」
 ニーナが叫ぶ。このままでは怪我人を出しかねない。
 えー、と不満の声があがる中、まるごと大帝と黒ウサギが中央に進み出た。
「ジルベリアに」
 黒ウサギリューリャは大きな身振りで『まるごと大帝』に跪く。
「栄光あれ」
「うむ」
 喋った…! まさか?
 思わず見上げた時は既に目の前を流れるマントしか見えなかった。
『そんなわけないか…』
 パチパチと鳴る拍手の中でリューリャは『まるごと大帝』の背を見送ったのだった。


 引き分けということで特製ケーキはみんなで幸せそうに食べる。
「まあ、お前も飲めや」
 汗だくになったイルファーンはとっくに酒瓶を脱ぎ捨て、白火に酒を勧めて橙火に止められている。
 イルファーンだけでなく、他の貴族達も暑くてしようがなくなって次々に着ぐるみを脱いでしまう。脱いだあとは下着とまではいかないまでも準下着っぽいので、何だか余計に変な宴になってしまった。
 親衛隊もきのこを脱ぎ捨て、これでやっと自由に飲めると酒のピッチがあがっていく。
 そんな中でまだクロウ達はサンタ姿でプレゼント配りの任を遂行中。
「あれ? サンタ、他にもいるじゃないか」
 クロウの声に目を向けると、確かにサンタご一行がもう一組いる。
「ま、いいじゃねえか。こっちはこっちで配ろうぜ」
 統真が言い、うん、と頷いたレナがそのまま、ぼすん、と倒れた。
「おい、レナ」
 慌てて統真が助け起こす。
「く、くるし…もう、限界…」
「ちょっ…ほれ、しっかりしろ」
 統真が急いで背負う。ずーんと重みが来た。こりゃ、レナには無理だわ、と思う。
「ニーナさん!」
 クロウがニーナを呼び、ニーナは慌てて「こっちへ」とレナを背負う統真を促した。
「しゃーないなあ。俺ひとりで配るか」
 見送るクロウが呟くと、
「手を貸そうか?」
 黒ウサギリューリャが声をかけた。
「あ、すいません…あれ? リューリャさん?」
「今頃気づいたのか」
 隠してるのが面白いと思っていたけれど、ここまで気づかれないとちょっと寂しい。


 統真は通された部屋でベッドの上にレナを下ろした。
 手伝って、と言われ、うんしょ、うんしょ、と肉襦袢を脱がせる。
「良かった、下着姿だったらどうしようかと思った」
 白い簡素なワンピース姿のレナを見て統真がほっと息を吐く。
「ここでちょっと休んでろや」
 統真が毛布を引き揚げてやると、その手をレナがぎゅっと掴んだ。
「すまない、イルファーン…」
「悪ぃ、レナ、俺、イルファーンじゃねえ」
 統真は笑って、レナの手をもう片方の手でぽんぽんと叩く。
「あ! 統真…ごめんなさい」
「なんか飲むか? イルファーンに持たせっから」
 レナの手は離れない。
「統真、有難う。いつも、有難う」
「なんだよ、急に」
「統真が来てくれたら、いつもほっとしていた。私からのプレゼントは其方をイメージした。其方の光る瞳のごとく、皆が輝く存在になるように」
「…そっか…分かった。ありがとな」
 統真は小さく笑い、レナの手をそっと外すと、ニーナと視線を交わして部屋を出た。
 広間に戻ると、既にサンタ髭をとって酒を飲むクロウの姿があった。
「リューリャさんと配り終わったよ」
 その横にいるリューリャはとっくに黒ウサギからいつもの彼の姿。
「リューリャ、何着てたんだ?」
 統真が聞くと、少々呆れ顔でリューリャは目を向け、
「あとで、皆さんが脱ぎ捨てた着ぐるみ片づけに行くからな」
 と、息を吐いた。
「イルファーンさんには私から言うわ。統真さんも休んで?」
 ニーナはにこりと笑うと、離れて行く。
 クロウは統真の手に大きな包みと小さな箱を置いた。
「箱が姫さんからだよ」
 統真へ、と書かれた包みを解くと、透明で翠に輝く楔石と青白い月長石が並んだ指輪が出てきたのだった。


「レナ、大丈夫か?」
 酒とお茶を持って来たイルファーンは言われた部屋のドアを開いて中を覗く。
「あ」
 レナは急いで身を起こす。
「あんなもん着るからだ。もふらにしときゃいいのに。何か飲むか?」
 レナは置いてあった肉襦袢を取り上げ
「其方に贈り物が」
「もらったぞ?」
 イルファーンが不思議そうな顔をすると、
「違うの。あ、あった」
 ごそごそと小さな箱を取り出すと、蓋を開いて何かを取り出しイルファーンの左手をとる。
「良かった。其方の手は大きいから心配だった」
 黒曜石と月長石の指輪が光っていた。
「姉上に恋人は指輪を揃いで持つといいと言われて。これは其方と私だけの指輪だ」
 嬉しそうな顔でレナは言うと箱からもうひとつ取り出す。
「黒い石は其方だ。私は月長石が自分の石だから…」
「待て」
 さっさと自分の指に嵌めてしまいそうになるレナの手からイルファーンは慌てて指輪をもぎ取った。
「何するの」
「こういう時は俺がつけてやるもんだろ」
「そうなのか?」
 まったく、とイルファーンは息を吐き、レナの手を取ると指にキスをして指輪を嵌め、もう一度キスをした。
「これで揃いだな」
 にこりとするレナには目を向けず、イルファーンはじっと彼女の手を見つめる。そしてその手を返し、手の平にキスを落とした。
「変なキス」
 レナは言うが、おかまいなしに今度は彼女の手首にキスを。
 次に肘の裏に。二の腕に。
 レナはくすぐったそうにくすくすと笑う。
 肩先に何度もキスをして、腕を伸ばして引き寄せると細い首筋にキスをした。
「どうしてそんないろんなところにキスをするの?」
「お前が望むんなら、足の裏でもキスしてやるぜ」
「お断り」
 レナは笑い、イルファーンの首に腕を回す。
「いい匂い。イルファーン、大好きだ。ぎゅっとして? 一緒に眠りたい」
 よっしゃ! とベッドに押し倒した。そのまま濃厚なキスをする。キスは彼女の顎や首筋にも移動する。
「あ、足!」
 太ももまでワンピースの裾がまくれあがってレナが慌てる。
 そんなもの、まくれあがったほうが嬉しいのだが、それはイルファーンの都合。
 レナの都合は
「直すから待って」
 知らん顔して三つ編みを止める紐もひょいひょい取ってしまうイルファーン。
「酒を飲み過ぎたのか? なにか獣っぽいぞ?」
 レナの言葉はあながち間違いではない。沈み込むように彼女の甘い香りを堪能する。
「ちょっと…お、重っ…! …あふっ…」
 レナの声が小さく響き…。


「ちょっと覗いて来ようかな?」
 うずうずしているニーナを「やめなさい、こらっ」と諌めつつ、皆で散らばった着ぐるみを片付ける。
 帰途につく客はニーナとバレクが見送りに立ち、残った宿泊客も部屋に通されて広間には開拓者と親衛隊、神西兄弟とリナト夫妻、ヴィクトルだけが残った。
「今日は開拓者の皆さんもお泊りになってね」
 ニーナはほっとした様子で残ったワインをグラスに注いで言った。
「僕達は帰ります。兄が子供達を気にしてて」
 リナトが扉のところで貧乏揺すりをしているヴィクトルを示した。
「いっそ一緒に住んだらどうだ?」
 統真が笑う。ヴィクトルの気持ち的にはそうしたいところだろうが、一応彼はチカロフ家の長男だ。こういう機会に子供べったりでいたいのだろう。いい叔父さんだ。
 リナト達が出て行ったあと、クロウは周囲を見回した。
「そういえば、もう一組のサンタご一行って誰だったんだろう? 『まるごと大帝』も知らないうちにいなくなったな」
「『まるごと大帝』は抜け殻だけがあった」
 リューリャがワインを口に運びながら冷静に答えた。
「うーん、結局中身は分からなかったか…」
 バレクがちょっと悔しそうに呟く。
「ほかのサンタさん? 私、知らないわよ?」
 わっはっはと盛り上がる親衛隊の酒盛り円陣にちらと目を向けた後、ニーナが尋ねる。
「案外、本物が紛れ込んでたりして」
 クロウが冗談交じりに言ったところで、
「クロウ〜!」
 親衛隊からお呼びがかかる。ドゥヴェだ。
「黒ウサギも来い! 汁を肴に酒を飲むぞ! ダンディトナカイもだ!」
 これは恐らくヴォ―スィ。もう相当仕上がってる。
「ごゆっくりどうぞ。時間気にしなくてもいいから」
 ニーナが笑った。
 

「ふう」
 酔い覚ましに中座したドゥヴェがテラスに出て息を吐いていると、後ろからクロウがストールを肩にかけてやった。
「おや、気が利く」
 ドゥヴェはぽんぽんとクロウの胸元を叩く。
「サンタ姿はさまになっていたぞ? 私は髭のないクロウのほうが好きだがな」
「ドゥヴェさんもきのこが似合ってましたよ」
「冗談だろ?」
 2人で顔を見合わせて笑う。
 彼女の黒髪を一陣の冷たい風が煽った。
「ふうっ…日が暮れると流石に…」
 言いかけたドゥヴェをクロウは後ろから自分の外套の中に引き入れる。
「これで寒くない?」
 ドゥヴェの黒い瞳がびっくりしてこちらを向いた。
「この間のキス、嬉しかったよ。でも、俺から先に贈りたかったな」
 伏し目がちのクロウの青い目を少し下から見上げながらドゥヴェは小さく笑う。
「クロウ、私はお前より片手の指ほど年上だ。先にキスをするのはもっと可愛くて優しい女にとっておくといい」
「ドゥヴェさんより可愛くて優しい人は見つけられそうにないんだけど?」
 覗き込む青い目にくすぐられたようにドゥヴェは真っ赤になり、見られまいと顔を背けた。
「クロウはずるい。時折そのように甘い言葉を。どれほどの女を口説いたのやら」
「ドゥヴェさん以外に言わない。貴方のことばかり考えているのに」
 クロウはそっと彼女の耳に口を近づけて囁く。
「俺の…大事な人になってください」
 上着ごと肩を抱かれながらドゥヴェは「ううっ」と呻いて両手で顔を覆った。
 クロウは彼女の髪を梳いて耳を探し当てる。微かに冷たい感触がドゥヴェの耳に届いた。
「花雫の耳飾り。俺からのクリスマスプレゼントだよ」
 ドゥヴェは顔を覆ったままだ。
「ドゥヴェさん? こっち向いてよ」
「いやだ。きっとすごく変な顔をしている」
「どんな顔でも俺はドゥヴェさんが好きだ」
「ドゥヴェじゃない」
 ドゥヴェは振り向いて言った。
「私の本当の名はヴィオラだ」
 クロウはふっと笑って頷く。
「ヴィオラ」
 優しく口づけた。

「激甘だ!」
 後ろで見ていたヴォ―スィが唸る。
「ウサギ汁、あやつら雪の上に放り出すぞ」
「いい加減、汁はやめませんか」
「汁は汁だ。みんな! 突撃!」
 うひゃー! と他の親衛隊も叫ぶ。クロウとドゥヴェは担ぎ上げられ、あっという間にぽすんと下の雪に落とされた。
 そのままみんなで飛び降りる。
「親衛隊ともあろうものが…」
 呆れたように呟く隊長トゥリーに統真は
「ここで俺とサシで飲むのと、一緒に下で雪玉ぶつけんのとどっち取る?」
 トゥリーは統真を見て首を傾げる。
「うーん、どちらも捨て難い」
 統真はぐいっと酒を煽ると、トゥリーの手をとった。
「思い切り投げつけてからまた飲むか」
 トゥリーはにこりと笑った。


 翌朝早く、息子の様子を見に起きたニーナは枕元に小さな贈り物の包みを見つけた。
「バレクかな?」
 開けてみると愛らしいスタイが入っていた。
 同じものがリナト夫婦の双子にも届いていて、贈り主は不明であることを彼女はまだ知らない。
 部屋を出てそれぞれが休む扉の前を通り過ぎ、彼女はイルファーンが廊下で窓の外を眺めているのを見つけた。
「どうしたの、その顔」
 彼の頬が微かに赤く腫れているのを見てニーナは小さな声で尋ねる。
「グーだった」
 イルファーンはそれだけ答え、ニーナは暫く彼を見つめて、ぷっと噴き出した。
 ちらりとニーナに目をやり、イルファーンも一緒に笑い出す。
 グーは拳骨? それとも? 

 みんな、どうぞ幸せに。
 良いお年を。