肉球の誓い
マスター名:西尾厚哉
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや易
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/12/30 01:07



■オープニング本文

「ふむ」
 
 猫又、トラトウリは前足でぽぽぽんと叩いてみたあと、もそもそと乗り上げてしばらくぱっふん、ぱっふんしてみる。
 干し草を積み上げてその上に真新しく真っ白で丈夫な布をかぶせた「猫又ご用達ふかふかベッド」。
「合格。ニョって良し」
 トラトウリのお許しが出たので、他の猫又達が「うにゃー」と騒ぎつつベッドに乗ってぱっふんぱっふんする。
 一緒に乗ろうとしたもふらさま達は「こら! お前達は自分のベッドに行けにゃ!」と蹴り倒される。
「ああもう…そんなに暴れたら崩れるっての」
 苦労してベッドを作ったアモシフがぶつぶつ言う。
 この合格ラインに辿り着くまでに彼は何度作りなおしたことか。
「まあ、とりあえずご苦労だったのにゃ」
 トラトウリは若き領主のリナトを見上げた。
「気に入ってもらえて良かったよ」
 猫又にクソ偉そうにされても怒らないのがリナトのいいところ。
「養成所はこれでとりあえず完成なんだ。周辺の囲いなんかはもうちょっと補強したいけれど、来年の春になってからと思ってる。干し草も次のシーズンまで取り替えてあげられないからそのつもりでね」
 リナトはトラトウリの目の高さに腰をかがめた。
「マタタビの苗も来年になってから。試し植えだから成功するかどうかは分からないよ。手持ちのマタタビはまだあるけど、少し量を減らさないともたないから、我慢して」
「了解したにゃ」
「それでね、完成の祝賀会を…」
「ちょっと待った」
 トラトウリはぴしと手(足?)をあげると、ごそごそと紙を二枚取り出してリナトに渡す。
 リナトと、横からアモシフが覗き込む。
 のたくった線が紙一面。もう一枚は肉球マークいっぱい。
「こういうことにゃ」
 どういうことだ?
「ごめん、肉球しか分からない…いや、この肉球なに?」
 リナトはトラトウリの顔を見る。
「署名にゃ! 俺達の署名がわからんか!」
 わかるかよ。
「で…何の署名?」
 ああ、もう、これだから、というようにトラトウリは目を細めてこちらを睨む。
「つまりだにゃ、俺達はこれからエリートパートニャーとして成長せねばにゃらんのにゃ。然るにそこにはやはり互いにせっしゃたくましておおいに勉学にいそいそなのにゃ」
 そうね。何となく言いたいことは分かる。
「ここはやはり先輩諸氏におにゃがいして、立派なパートニャーになるための講習を受け…ふぎゃっ」
 ベッドの上から転がり落ちた仲間の下敷きになる。
「にゃ、すまんすまん」
 落ちた奴はさっさとベッドに戻る。
「こ…これだにゃ…署名してもこれだにゃ…」
 悔しいトラトウリ。
「つまり…」
 リナトはのたくり猫又文字を見る。
「既に相棒として活躍している皆さんに来てもらって、立派なパートナーになるためのレクチャーをしてもらいたいと…いうこと?」
「そうにゃ」
 リナトは肉球印を見つめる。
「…ん…お願いしてみるよ」
 そう答えた。



●依頼

 現在リナト・チカロフ領の相棒養成所にいる相棒達に、現役パートナー各位に良きパートナーになるためのレクチャーをしていただきたい。

●養成所内にいる相棒達

 猫又(リーダー名:トラトウリ)
 もふらさま(リーダー名:イチゴー)
 迅鷹
 忍犬
 霊騎
 
 既にパートナーである相棒
 炎龍/結陽(パートナー:神西桃火)
 甲龍/青陽(パートナー:神西白火)

 ●追記

 パートナーの講習中、お連れの皆様は相棒養成所完成祝賀会にご出席の上、ささやかではございますが、酒、料理、ご歓談でお寛ぎください。


■参加者一覧
/ 柚乃(ia0638) / 酒々井 統真(ia0893) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / 御陰 桜(ib0271) / クロウ・カルガギラ(ib6817) / イルファーン・ラナウト(ic0742) / リト・フェイユ(ic1121


■リプレイ本文

 相棒養成所から少し離れた場所に風を防ぐ囲いと小さな小屋。
 大きな焚火を中心に、ジュージューと肉が焼ける香ばしい匂い、ほんわり湯気のたつ大きなシチュー鍋、リンゴのタルトにパンプキンパイ、その他もろもろ。
 とにかく「手」はあるので、祝賀会するとなったら一致団結、あっという間に皆で場をしつらえてしまったらしい。
 何という誘惑満杯世界。
「桃、こちらよ」
 さっさと通り過ぎましょうと御陰 桜(ib0271)が闘鬼犬の桃を促すと
「あ、はあーい!」
 いきなり少女が駆け寄って来たので桜はきょとんとし、リト・フェイユ(ic1121)がくすくすと笑った。
「こちら、神西桃火さん。桃ちゃんというのが通り名です」
 言われて桜は「ああ」と微笑み、桃を示した。
「この子なの、桃って。同じ名前だったのね」
 桃火は「うひゃっ」と嬉しそうに桃の前に腰をかがめる。
「そか! よろしくな、桃!」
「どうぞよろしく、桃火さん」
 桃火は目を見開いて桃を見つめ、口をパクパクして桜を見上げる。
「しゃべっ…?」
「よろしくね」
 桜はにこりと笑う。
「にぃ! すげえぞ!」
 叫んで立ち上がる桃火にリトが「あ」と腕を伸ばすが、あっという間に身を翻してしまった。
 桃ちゃんのドレス姿、姫様にもお見せしたかったのに。
 レオシュの姿が見えないから、今日は橙火にべったりなのだろう。残念…
 そして、
「アヴァ! …ったく、油断も隙もねぇ!」
 ちゃっかりもぐもぐとリンゴのタルトをほおばっていた提灯南瓜のアヴァターラをイルファーン・ラナウト(ic0742)がずるずると引きずる。
「イル、俺、肉、キープ! キープしてて!」
「やかましい! お前見たら、新米らが安心するぜ。こんなお調子者でも相棒が務まるんだってな」
「ぷきー!」
 イルファーンはふと同じくタルトを貪る黒毛の猫又に気づく
「…トラトウリ…? じゃねえな?」
 クロウ・カルガギラ(ib6817)が
「あっ! ケートウっ!」
 慌てて駆け寄った。
「ごはんは仕事が終わってからだ! 食い意地張ってるんだから!」
 めっ、とされる。
「何を言うか! 仕上がりを確認をしただけだ!」
 ケートウは毅然と答えるのだが、口の端のタルトのくずは思い切り食べたっぽい。
 その掛け合いに笑ってしまった柚乃(ia0638)だったが、彼女の首元で襟巻になっていた玉狐天の伊邪那が頭をもたげ
「パンプキンパイにクリームがかかっていたわ。戻ったら即そっちよ」
「伊邪那…」
 足元でものすごいもふらの八曜丸もおねだり発動中。
「ふー」
 溜息をついたのは天妖の雪白。酒々井 統真(ia0893)と目が合って、慌てて
「いや、あの、ボクも祝賀会とやらには興味があるんだけど、まあ、仕事だから。ん、仕方ないね」
「ちゃんととっといてやるよ」
 統真は笑う。
「何が食べたい?」
「パイのクリームがけ!」
 ああっ…! 即答してしまった!
 真っ赤になった雪白の頭を統真がぽんぽんする。
 リューリャ・ドラッケン(ia8037)は輝鷹の光鷹(コウ)に目をやる。
「お前は肉だな」
 コウは『もちろんです』と堂々と頷いた。流石の風格。
「ローレルも何かある?」
 リトはローレルを見上げる。
「リトがいい」
 えっ、とリトが目を丸くすると、
「失礼。簡略し過ぎた。リトの傍なら何でもいいと」
 意味が違って聞こえますっ
 んもう、と少し赤い顔で頬を膨らませるリトが可愛いのである


「ほれ! お越しだよ! 整列!」
 叫んでいるのは皇女の親衛隊、ドゥヴェ。
 レナとリナトが少々困り顔で顔で佇んでいる。
 養成所の入り口付近に全員集合…なのだが、大人しいのは霊騎くらいのもので、あとはわんわん、もふもふ、ニャーニャー。
「こらっ! 喧嘩しないっ!」
 どうっ! と一発空に撃ち上げた親衛隊ひとり
 この気の短さは…ヴォ―スィ?
 …という予測ができるのはクロウだけだったりするのだが。
 その彼にレナが気づいて目をしばたたせた。
「誰かと思った」
 貴族服でプラティンの背に乗るクロウはさながら王子様。
 彼はひらりと飛び降りると跪いてレナの手を取った。
「姫様、養成所落成、祝着至極に存じ上げます」
 軽く指に口づける。レナは笑みを浮かべてクロウの手をぎゅっと握ると
「皆の力添えがあったからだ」
 そう答えて唇を彼の指に押しつけた
「あっ」
「あっ」
「ああっ」
 クロウと同時に声をあげたのはドゥヴェとイルファーンだったりする。
「ニーナから聞いた。素敵よ。女性にさぞもてただろう」
 レナは彼の耳に顔を寄せる。
「ドゥヴェが気もそぞろ」
 うわ、大変。モテ男は辛いね、クロウさん。
 その脇で迅鷹を腕に置いてリューリャに近づいた親衛隊がいた。
「リューリャ様、シャスです。神西橙火様からこの子も共にと。蒼です」
「蒼さん!」
 柚乃とリトが気づいて蒼に手を伸ばした。蒼は嬉しそうにふたりに顔をすりつける
「了解した。コウ、頑張るんだぞ」
 リューリャは声をかけ
「こら、どこ見てる」
 コウの頭をこっちに向ける。彼はキラキラとした目でシャスの胸元を見つめていた。
 に、しても新米相棒達の興奮はまだ治まっていない。
「桜様」
 桃がキリリと主の顔を見上げる。
「ん」
 桜は微笑むと懐から鞠を取り出し、ぴゅっと甲高く指笛を吹く。その音に新米達の目がこちらを向いた。
 ぽんと鞠を宙に高く放り投げる。
 桃は一気に駆け、トン! と踏み切るや落下しようとする鞠を鼻と前足を使い跳ね上げる。
 傍から見れば鞠がまるで重力に逆らったかのように見え、どうなるのだろうと思った矢先、桃が咥えた白い刃が鞠をスパリと二分した。
 その2つの半月が落ち切る前に、双と化した桃はそれぞれを咥え、ひとつになって着地は桜の足元に。二分の鞠をそっと置いた。
「…」
 レナを含め、束の間しーんとした後、「おー」と拍手が沸き起こる。
「すごいニャ! すごいニャ!」
 叫ぶ猫又、忍犬の吠え声、皇女も感動して手を叩く。
「お静かに」
 桃の声にぴたりと静止する。彼女が話すこと自体もすごかったりする。
「私達は主との絆を深める事でより大きな力を発揮できる様になります」
 桃は前足でちょいと鞠を突く。
「でも、主の事を理解する事も大事ですよ。今日はしっかりそれを学んでいただければ」
 もう、新米達は尊敬の目で固まるしかないのである。


 大丈夫かなあ、と少々心配しつつ、でも教える側も教えられる側も勉強だからと相棒達を残して皆が戻っていった。
 いよいよ開始だ。
 整列までは無理だったが、新米達はとりあえずぎっちりと寄り集まる。
「えー、まずは全体のおはニャしを。人語、わからニャいものはいニャいな?」
 トラトウリが後ろ手に立って皆を見回した。
「では、最初はローレル先輩に」
「俺が一番?」
 ローレルはちょっとびっくりする。
「とりあえずお姿がお人ニャ方から」
「じゃ、次はボクか」
 雪白が呟いた。
「ふむ…同族がいない俺も話すのか…」
 ローレルは拳を口元に当て、暫く考えたのち口を開いた。
「俺は見た通りからくりだ。身を盾として主を守り、主の為なれば刃となれと作られた」
「やいばあるニャ、俺もあるニャ」
 ぎらんと爪を出し、歯を剥き出して見せる猫又。
「静かにしろニャ」
 他の猫又に怒られる。
「しかし、主はただ自らの道具として俺を望んでいないように思う」
 ローレルはふっと視線を落とし、自分の手を見つめた。
「それは何だろうといつも思う。温かさは感じない。寒さも暑さも熱も痛みも。それがどういうものかも分からない。でも、俺の主はそれを感じる。涙を浮かべ、怒り…そして笑う。俺は笑った顔が一番良いのではないかと思う」
 雪白がそっとローレルの顔を見上げた。
「俺は未だに分からないことが多くて手探りの状態だが…ああ…花を摘むと喜ぶな」
 ローレルはちらりと雪白に目を向けた。
「魂や感情を有する君達のほうがきっとより理解できるのだろう。俺は多くのパートナーの中から選んでくれた主の心に寄り添ってもらうことを君達に願うよ」
 ちょっとしんみり。
「つ、続いて雪白先輩にお願いするニャ」
 トラトウリがコホンと咳払いをして言った。
「えっと…」
 雪白は恥ずかしそうに口を開いた。
「ボク、統真とずーっと一緒にいるんだ。ボクも統真の笑ってる顔は大好きだ。一本気でさ、すっごく強いんだけど威張らないしさ、ボク…ほんとに大好きだ」
 えへ、と雪白は鼻をこすった。
「ボクは統真を信頼してるし、尊敬してる。統真もボクを信頼してくれてる。だから、統真とこれからもずーっと一緒にいようって思ってる」
 アヴァがぼーっと口を開いて雪白を見つめていた。
 その口からつーっと涎が流れたので、あ、こいつ寝てる、と思った横のもふらがぽふっと頭を叩いた。その首には襟巻が巻かれている。
「でも、えと、結局主人になる開拓者のほうが強いし、できることの幅も多いんだ。信頼感を培うためには必要以上に出しゃばらなこと。できないことをできる、なんて言っちゃだめ。それを分かってくれる主人と出会えることが一番大きいと思う。リナトにボク頼んでおくよ。そういう主と巡り合えるようにって。でも、それまではリナトやここでみんなの面倒を見てくれる人達が主人なんだから、困らせちゃだめだよ」
「分かったニャ」
 猫又達が頷くが、もふら達は数体鼻ちょうちんを出し始めている。
 コウが少し身震いをしたので、横にいた蒼が『どうしたンすか、先輩』というように目を向けた。
 コウは今すぐにでも飛び立ちたい気持ちなのだが、それに耐えているのだ。
「あとは…」
 トラトウリが口を開くと、ハイハイと猫又一匹から手があがった。
「俺、桃先輩にもお話聞きたいニャ」
 指名されて桃が前に出る。
「私が話したのはさっきの通り」
 皆を見回し、桃は言う。
「雪白さんの仰るように開拓者の力は大きい。それでも全能ではないわ。私の主はシノビです。当初は桜様のシノビとしての甘い性格は不満でありました。でも、桜様とて私に思うところがおありだったことでしょう。私も努力せねばといつも考えています。…今は桜様をとても信頼しています」
「わわん! (私も人語を使ってみたい)」
 忍犬の一匹が吠えた。桃はそちらを見て軽く頷く。
「確かに人語を使えれば意志の疎通は易くなるでしょう。でも万能ではありません。もし万能なら、主の世界に争いも起こらぬことでしょう」
 それはそうだと皆が思う。新米達は養成所の作業員達がたまに言い争うのを見たことがあった。
「私は皆が自身を律し、寄り添える主と巡り合えることを願っております」
 桃の静かな言葉に蒼が感慨深げに眼をしば立たせた。
 俺も主と声を交わしてみたいと思ったことがあった。雪白さんのように生涯橙火様のお傍にいたい…
 その蒼の横でコウがふるふると再び身震いをする。
 ああ、先輩もきっと主を思っておられるのだなあ、と蒼は思う。
 実はそうではなかったとは、蒼には知るよしもない。

 次は班に分かれて講習となった。
 以下、一部人語に翻訳して報告する。
 まずはもふら集団。
「もふらを相棒に選ぶ人間は、大半がもふら好きもふ」
 八曜丸の言葉をもふらたちはふむふむと聞く。
「もふら好きの人間を喜ばせるコツは日頃からもふ毛の手入れを怠らず、だもふ。以上だもふ」
 と、いうので皆でせっせと毛づくろいを始める。
 ここだけの習慣なのかもしれないが、集団もふらの毛づくろいはぐるんと輪になってそれぞれ前の奴をせっせと舐めて行うらしい。
「ああっ…」
 ベロンと舐められて声を出した襟巻もふら。それはひたすら前をもふっていたのだが、妙に器量よしなのがちょいと気になるところ。
 プラティンは霊騎達を並ばせ、まずはそれぞれの姿勢を正していく。
 主を背に乗せたことを想定したうえでの歩き方、走り方をレクチャー。
「主は背で武器を持つ。主の動きを阻害してはいけないのだ。そこ! 姿勢を正して! 霊騎としての優雅さは忘れてはいけない!」
 なかなか厳しいのである。
 猫又達はケートウを前に目をぱちぱちさせている。
「先輩、どうしたらそんな艶々毛並になるニャ?」
 ケートウはふっと笑みを浮かべた。
「そりゃあ、手入れの違いだ。しかし毛並みの良さは能力の差ではない。我らは常に優れた知覚力と隠密性を駆使して警戒能力を高めねばならぬのだ」
 顎をそらし、目を細める。
「そんじょそこらの野良猫風情とはわけが違うというところをみせるのだ!」
「ニャ〜!」
「ニャアアア!」
 たぎる猫又達であった。
 その熱は忍犬達のほうにも。なんせ講師が桃様なのだ。
「先輩! 俺もあのしゅぱっという技を習得してみたいです!」
「俺は分身の術を!」
「貴方達にはまだ無理よ」
 桃はふっと小さく笑う。
「気持ちは分かるけれど主と信頼関係を結ぶことが大切。少なくとも忍犬としての基本的な部分を押さえておかねば」
 桃は犬達を見回す。
「まずはむやみに吠えないこと。余計なものに気をそらされぬこと。ほら、よそ見をしない!」
 早速もふら集団に気をとられた奴が叱られた。
「ボク達、どうしよっか」
 そう呟いたのは雪白。アヴァとローレルがうんと頷く。
「飽きてきてうろうろするものがいれば連れ戻そうか」
 ローレルが答えた。
 その少し離れた場所に迅鷹一群がいたのである。
「先輩、すごい出世っすね」
「俺、輝鷹さまってお会いするの初めてっすよ」
 憧れの目で見つめられつつ、コウは瞑想するように目を閉じている。
 これはきっとすごいお言葉がいただけるに違いない。
 蒼を含め、期待の目でコウを見つめる。
「行くぞ」
 コウはかっと目を開いて言った。
「ど、どちらに?」
 迅鷹達は顔を見合わせる。
「あの、美しく円錐形を醸し、ふくよかで水をも弾き返すかのような瑞々しい谷間に思い切り顔を埋めるのだ!」
 は? と皆でコウの視線を辿る。
「…親衛隊ですか?」
 蒼が恐る恐る尋ねてみる。
「そ、それって何か意味が?」
「分からないのか! この距離から一気に目標の懐に飛び込み、ピンポイントで谷間にうまく嘴を差し込む! 傷つけてはならぬ相手にどこまでの力加減ならOKなのか、それを見極めねば意味がない! これぞ迅鷹の極意!」
 なるほどと迅鷹達は納得する。
「先輩、相手は親衛隊でなくてもいいっすか?」
 蒼が言うと、コウはすうっと目を細めた。
「目標を別にしたければそれも良かろう」
 そっか。じゃ、俺はあの人に。蒼はこくんと頷いた。
「では、いざ行かん!」
 迅鷹達は一斉に飛びたったのだった。


 祝賀会は飲めや歌えやの真っ最中。
 ニーナとバレクも少し遅れてやってきた。
「あら? お子様は?」
 リトが尋ねると、ニーナは向こうの巨体を指差した。
 ゆうらりゆうらり体を動かしているのはリナトの兄、ヴィクトル。
 なにゆえ体を揺らしているかと思いきや、両腕と、首からかけた抱っこ布に赤ん坊。
「兄様、自分が子守をするって聞かないの」
 リナトの妻、ユリアが笑う。
「あの、抱かせていただいても?」
 リトが尋ねると、ニーナもユリアも喜んで、と頷いた。その前にヴィクトルを説得しないとね、と3人で向かう。
 その少し離れた場所で、レナがリューリャと話す統真に声をかけていた。
「柚乃は? 姿が見えないが?」
「え? そうか?」
 言われて統真は顔を巡らせる。確かにいない。
「もふ好きだから、こっそりあっちに紛れ込んでんのかもな」
 笑って答える統真の推測は当たりだったりする。そう、襟巻もふらは柚乃だ。
 レナはそのまま2人の横に腰を下ろした。
「あっちに行かなくていいんですか? 囲まれてますよ」
 リューリャは親衛隊三人と話すイルファーンと桜のほうを指差す。
「男はこんな時、嫉妬してもらいたいものなのか?」
 レナに真顔で尋ねられて、リューリャはちょっと面食らう。
「いや、ま、人それぞれだと思いますが」
「姉にいろいろ聞くのだが、聞けば聞くほど笑われるばかりで」
 レナは口を尖らせて頬杖をついた。
「精霊にどうすれば子供が欲しいと願いが届くのかと聞いた時は、のたうち回るかのごとく笑い転げられてしまった。何が可笑しいのだろう?」
 充分おかしいです、姫様、と言いたいのを2人はぐっとこらえる。
 その時、ふいに悲鳴が聞こえてぎょっとして声のほうに目を向ける。
「あっ!」
 リューリャが身を翻し、レナと統真は目を丸くする。
 親衛隊が迅鷹達に襲われている?
「こらあっ! コウっ!」
『うがっ! リューリャ様っ!』
 主に剣気を叩きつけられてコウは硬直する。あっという間に足を掴まれた。
 他の迅鷹は桜とイルファーンで首を掴んでいる。
「ああ、びっくりした」
 ヴォ―スィがはだけた胸のままふうと息を吐く。シャスもドゥヴェも思い切り谷間露出状態。鷹達は見事にピンポイント突入を成功させたらしい。
 桜の谷間に顔を突っ込まなかったのは、桃を思い浮かべたのだろう。
 万が一桜を傷つけてまっぷたつにされたら大変だ。
「申し訳ありません。こいつに悪意はないんです。俺ができることがあればどんな埋め合わせでもいたします。お許しを」
 コウを掴んだままリューリャは深く頭を下げる。
「お前、逆さ吊りの刑だからな」
 主の言葉にコウが「ピイイ(ひいい)」と焦ったところで、別の叫び声がした。
「リト?」
 何と、リトが蒼に顔を突っ込まれようとしている。
「ロ、ローレル!」
 主人の橙火が大慌ててすっ飛んでくるのが見えた。
『ピピイ、キュイ(なるほど奴のターゲットはあの女子であったか)』
 コウの啼き声に
「何したり顔してる! お前がそそのかしたんだろうが!」
 リューリャがぶんぶんコウを揺さぶった。
『ギエエ(あっ、やめて、血が下がる!)』
「リトさん」
 蒼を引き離して手を差し出した橙火は、別の手が彼女を抱き起すのを見た。
「ローレルっ」
「ここにいる」
 力強い腕が彼女を抱き締める。
「もう大丈夫。心配ない」
 ローレルにすっぽり抱き締めてもらったリトを見て、皆がほっと息を吐いた。
「良い絆だね。」
 ドゥヴェが笑みを浮かべた。
「ほんと、俺は恥ずかしいよ」
 リューリャはコウに言う。その彼にシャスが声をかけた。
「リューリャ様、あの、ちょっとお願いが」
「はい」
「2人きりで、ちょっと…さっき、どんな埋め合わせでもすると仰いましたわよね?」
「…?」
 村人達が手製の楽器で奏でていた音楽が少しゆっくりしたものになった。
「良かったらお相手いただけますか? お嬢様」
 クロウがドゥヴェに声をかけた。
「さっ、飲み直し、飲み直し。桜、統真! 私に付き合って」
 ヴォ―スィが2人を誘い離れて行く。
 イルファーンもレナの元に歩いて行った。
 そしてシャスとリューリャだけになる。
「お願いって…何です?」
 リューリャは怖々尋ねたのだった。

「大丈夫かな」
 雪白が祝賀会の会場の方を見て呟いた。
 迅鷹達にローレルが気づいて走って行ったがどうなったのか分からない。
「大丈夫だ」
 アヴァはいたって呑気。
「でも…」
 言いかけた雪白の体がふわりと持ちあがった。
 口を開けたまま彼女の姿を目で追ったアヴァは、くるりと後ろを振り向いて固まった。
 でけえ狼がいるじゃねえか!
「ス、スノウ、あのっ!」
 じたばたする雪白を下ろすと、ケモノの狼、スノウは彼女に顔を寄せた。
「栗食ウカ? 今日ハ遊ベルカ?」
「え、ええと…」
「お知り合いぃ?」
 アヴァが首を傾げる。
「オ前、会ッタダロウ! 忘レタカ!」
「あはは」
 あははじゃねえ、と一睨みしたあと、スノウは後ろに合図を送る。
 すると、山ほど栗を抱えた熊が現れた。
「いだだだ…」
 イガのままどさどさと頭の上から落とされてアヴァが悲鳴をあげた。
「栗、食エ、雪白ノタメニトッテオイタ」
 これって、断ったら悪いような気がする。
 ケモノ達にとって、木の実は冬を越すための大切な食料のはずだ。
「でも、生かあ…」
 イガを開いて雪白は呟いた。艶々の粒が見える。
「じゃあ、焼き栗だ」
 アヴァが言う。
「できるの?」
「任せろ任せろ」
 それがとんでもないフィナーレに発展するとも知らず、アヴァは軽く答えたのだった。


「クロウは背が高いのだな」
 向かい合って踊りながらドゥヴェはクロウの顔を見た。
「今日、トゥリーさんは来なかったんだね」
「無粋だねえ。私と踊るのでは物足りないか」
「違いますよ。速水のことでお詫びがしたかった。姫様に手を下させてしまったので…」
「成敗の指示はなかったはず。皆は任を全うしたのだよ」
「ん…」
 クロウは小さく頷く。
「それでも奴の死は俺達が背負うべきだった」
 不意にぽってりと柔らかい感触がクロウの唇に届いた。
 一瞬何が起こったのか分からなかった。
「これは私達親衛隊から」
 ドゥヴェはにこりと笑った。
「ドゥヴェさん…」
「トゥリーは言っていた。苛烈と言われる姫様が、人を知れば撃つことをためらわれる。優しさゆえのその弱点は皇女なれば乗り越えていただくしかなかった。御身を守るためにも。その強さを与えてくれたのは開拓者なのだよ」
 クロウは無言で彼女の顔を見つめた。ドゥヴェはくすりと笑う。
「と、いうところで、今度は私個人からキスをしても構わないか?」
 「え?」というクロウの躊躇いの言葉は既に発することができなかった。

「船が停泊する場所を作る」
 レナはグラス片手に歩きながらイルファーンに言った。
「一番近い水源はマゼーパの地の湖で、そこから水路を引く。それで…」
「なあ」
 イルファーンはたまりかねてレナにずいと顔を寄せた。
「今日くれぇ、仕事忘れろ?」
 彼は近くのワインボトルからレナと自分のグラスにワインを注ぐ。
「落ち着かねえんだろうが…。俺もすっかり腑抜けちまって…お前に手を下させてすまなかったな」
「速水のことか?」
 レナはグラスを口に運ぶ。
「彼の処遇は私に責任があったのだ」
 皆が楽しく笑い合う姿に目を向けた。
「誰かの幸せのために誰かの命を奪う。奪われた命に誰かが泣く。速水は少なくとも紅子という存在があった。それが無念だ…」
「俺も背負うから…一人で抱えるなよ」
 レナはイルファーンに目を向ける。
「さっきの話の続きだけれど」
「あのな…」
「工事が2年かかる。だからマゼーパの地に私の住居を作っている」
「…住居?」
 レナは頷いた。
「生活は基本そちらでと。いつでもいいから来て。貴方の隣で眠らせて」
「…」
 参ったねこりゃ…。こんな大胆なことを言われるとは。
 レナは真顔で彼の体をポンポンと叩き、
「このでかくてぬいぐるみのような体を枕にしたらさぞ幸せであろう」
「ぬいぐるみ…枕…」
 ひどいっ! …とは、彼も大人なので言わないのだが、
「そのぬいぐるみと眠るにゃ、お前も覚悟が必要だぞ」
 と、言ってのける。
「覚悟?」
 レナが首を傾げた時、ちょうど二人は祝賀会の為に建てた小屋の前にいた。
「い、痛い!」
 中から声がして小屋に目を向ける。
「リューリャ様、もっと優しくして…」
「もっと足を開いて!」
「あ…っ!」
 この声はシャス。と、いうことはリューリャと…
 ドアを開けようとするレナをイルファーンは慌てて止める。
「どうして?」
「取り込み中かもしれねえだろ」
 何言ってるのと一瞥して、レナはがばっとドアを開いてしまった。
 許せ! リューリャ! シャス!
 顔をしかめた時、その目に剣を構えるシャスと、その腰を支えるリューリャの姿が映った。
「ほら、見つかっちゃいましたよ。大声出すからです」
 リューリャが息を吐く。
「何をしている?」
 レナが不思議そうに尋ねるとリューリャは首を振った。
「シャス殿は剣の持ち方に癖がありますね。親衛隊の他の方からも指摘されたそうですが、直しきれなくて腰痛が。無理をすると怪我に繋がります。先に腰を治したほうがいい」
 シャス、しょんぼり。
「なぜもっと早く言わなかった」
 レナが詰め寄ると、シャスは更にしょんぼりした。
「姫様に心配をおかけしたくなかったのです…」
 やれやれと小屋を後にするリューリャにイルファーンは
「何をしているのかと思ったぜ」
「俺も何を求められるのかと」
 リューリャは笑った。
 その向こうで逆さ吊りになったコウが
『リューリャ様ああ! そろそろ下ろしてくださああい!』
 ぷらんぷらんしながら涙ながらに叫んでいた。


 火を焚くのはアヴァの十八番だ。
 落ち葉をかき集め、火を起こすと栗の実を放り込む。
 爆ぜると危ないので器用に木の枝で囲いを作った。
 暫くして一粒をちょいちょいと取り出して、はふはふしながら割ってみる。
 ほんわりと甘い香りがした。
「わ、美味しそう!」
 雪白が叫ぶ。
 スノウは面倒臭いな、というように欠伸をしている。
 木の囲いにぽんぽんぶち当たって来るのをアヴァは次々に取り出した。
「美味しい! 美味しいよ、スノウ!」
 雪白、大喜び…だったのだが、ふと気づく。
 ボク達、こんな風に栗食べてる場合じゃないのでは?
 でも、その時には甘い匂いに誘われてずらーっと相棒達が焚火を取り囲んでいたのだ。
 なんせ、忍犬がいるのだから匂いには敏感。
「何をしてるの」
 桃が言い、スノウに気づいてぎょっとする。
「あ、大丈夫。スノウはボク達の仲間だよ。一緒に森を守ってくれてるんだ。スノウ、こちら桃さんだよ。あっちにいるのはケットウ、あそこにいるのは黒曜丸とプラティン。迅鷹達はどっか行っちゃったけど」
 スノウは小さく唸った。それが彼の挨拶だ。
 忍犬達がくんくんと鼻を鳴らして転がった栗を食み始めた。
「あ、俺達も欲しいニャ!」
 猫又が騒ぎ始め、もふらが一斉におねだり顔。テンションがどんどんあがっていく。
「おやつはだめよ!」
 桃が叫ぶが、忍犬達は次々に栗に飛びかかり、それを見た猫又が
「狡いニャ!」
「意地汚いことはやめんか!」
 ケットウは叫びつつ、ひょいと栗をはむってしまう。
「あっ! だめーっ!」
 柚乃もふらと雪白が叫んだ時にはもう遅かった。
 焚火を囲う覆いは弾き飛ばされ、あちこちに熱い栗が飛び散った。その栗から逃げる新米達が火のついた木の枝を蹴り飛ばし…
 
 ここ数日、この地は雪も雨も降っていなかった。
 火は瞬く間に延焼を始めた。


 ドゥヴェのキスにくらくらしていたクロウは統真の声にはっとする。
「プラティンが来たぞ!」
「えっ?」
 振り向いた時、迅鷹達の鋭い声が響いた。
 続き、
「煙があがってる!」
 リューリャが身を翻し、
「大変だ! 森が火事だ!」
 一斉に皆で駆け出す。
 最初に辿り着いたのは桜と統真。
 2人は真剣な顔をして火消しに取り組む相棒達の姿を見る。
「そこ! まだ火が残ってる!」
「土被せるニャ! 土!」
 もふら達はどしどしと火を足で踏み消し、犬は土をかける。そこにケモノ達も集まって来る。
「桜様!」
 主に気づいて桃が声をあげた。桜は頷き、
「水を運びましょう」
「こっちだ!」
 統真は拠点小屋に桜を促す。
 そのすぐ後に他の開拓者達や作業員、村人達も到着する。
 全員で消火にあたり、ほどなくして鎮火した。
「やれやれ…建物に火が移らなくて良かったぜ…」
 統真がふうと息を吐いた時、相棒もケモノも泥まみれになっていた。
 その中で柚乃もどろどろになっていたのだが…。
『あとで神仙猫になってお茶しよ…』
 くすん、と鼻をすする柚乃の頭からぽんぽんと泥を落とす手があった。
「桜さん…」
「柚乃ちゃんよね? お疲れ様」
 桜の優しい声に柚乃は思わずうるうるしてしまうのだった。
 そしてイルファーンは顔を巡らせる。
 アヴァがいない。
 火を起こせるのはあいつしかいない。どこに行った。
 まさか逃げたんじゃ…そんな不安を抱えつつ森に入ったイルファーンは、川の傍にいるアヴァの姿を見つけた。
 アヴァは一生懸命水を掬うのだが、手が小さいのでうまくいかない。
「水、いる、水、いるぞ」
 呪文のように繰り返しながら、暫くしてずぶずぶと水の中に入ってしまった。
 どうやら、自分の頭の中に水を溜めたほうがいいと思ったらしい。
「がぼがぼがぼ…!」
「何やってんだ! 溺れちまうぞ!」
 イルファーンは慌ててアヴァを抱きあげた。
 アヴァはぼたぼた水を垂らしながら主を見つめる。
「…水」
「もう、火は消えた」
 じーっと見つめるアヴァの目から垂れるのはたぶん川の水ではないのだろう。
「イル…ごめんな、俺、何の役にもたたん」
「お前にはお前の役目がちゃんとあるんだよ…」
 イルファーンは答えた。
「だが、今回は失敗だな。一緒に謝りに行こう」
 
 皆のところに戻り、アヴァはレナの前でぽてんと頭を地面につけた。
 イルファーンもその横に跪き頭を下げる。
「すまねえ。こんなことになっちまって…」
「ごめんちゃい。俺をパイにして食ってください」
「アヴァ、其方の依頼主はリナトだよ」
 レナに言われ、あ、そうか、とアヴァはリナトに頭を下げる。
 リナトはアヴァの前に膝をついた。
「雪白さんとスノウから聞いた。森で火はだめだ。使う時は人が近くにいること」
「あい…」
「それが皆にも分かったと思う」
 リナトはアヴァをよいしょと抱き起す。
「アヴァさん、相棒もケモノも先輩も後輩もみんな一緒に火を消した。有事の時は皆で力を合わせることが勉強できた。それで…充分だよ」
 アヴァはぐるりと皆を見回した。少々鋭い視線もあったが、それはあとで軽くポカポカされてもしようがないことだろう。
「お疲れ様でした。こっちでご飯を食べよう。みんなで。お腹がすいただろう」
 リナトの笑みにアヴァは泣いた。


 その後は場を養成所前に移し、相棒達も一緒に一晩中楽しんだ。
「リューリャさんが、ここの経緯を本にしないかと」
 リナトは皆の様子を見ながらレナに言った。
「それが帝国のためになるなら喜んで、と思ってます」
「ん…」
 寂しさと嬉しさが同時にやってきた。
 この人は、もう一人前の領主なのだ。
 レナは逞しくなったリナトの横顔を見つめたのだった。