【空庭】神教会の残骸
マスター名:西尾厚哉
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや難
参加人数: 14人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/09/13 03:56



■オープニング本文

『夏は僅かな実りを残し、大地の多くは白き雪に閉ざされるであろう。
 古は深い眠りにつき 時は彼方へと流れる。
 空を仰ぎ頃
 輝きとともに終焉へと導かれん。
 言を揃えよ
 そこに安息の
 深い眠りが待ち受けているだろう』


「何やら呪文のようでございますわね」
 手元を覗き込んできた侍女のカピトリーナの言葉に、レナ・マゼーパ(iz0102)は仏頂面で頷く。
「神教会の聖典らしいわ。これはその中の一節の写し」
 答えて彼女も、本当に何のことやらさっぱり、と思う。

 父に呼ばれてこれを渡されたのは小一時間前だ。
「おお、レナ」
 と、両手を広げてハグしてくれるものと思っていたのに、横にいかめしい顔のヴォロジンがいて、これはてっきり何か書類で失敗をやらかして父が怒っているのだと思った。
 ヴォロジンは城内のややこしい書類やら資料やら、作ったり纏めたり管理したり……とりあえずそういう立場だったから。
 つい最近まで自分では作りきれない書類を彼に手伝ってもらったばかりだし。
 それでも父は大きな手で慈しむように頬を撫でてくれた。
 とりあえず怒っているわけではないらしい。
 そして言われたのは

『神教会の遺跡を調べて来い』

 レナにとっては突拍子もないことだったのだ。
 でも、場所を聞いた時、行ってみる価値はあるかもしれない、と思った。
 その近くには、
 親友のニーナが住み、幼馴染のバレクがいて、そして母の里があり、
 つい最近まで携わっていたプロジェクトの森と山の向こうだったから。


「禁教令が発令されたあと、神教会の聖典やそれに関連する書物は帝国が保管をしておりまして」
 ヴォロジンは手元にあった分厚い書物の中ほどを開き、それをレナの方に向けて押しやった。
 押しやられた途端に強烈なカビ臭さが鼻をついたから、相当古いものなのだろう。
 ヴォロジンが向かいから手を伸ばして指し示す部分にその一節があったのだ。
「これが…何?」
 読んで訝しげに向けられたレナの目にヴォロジンは頷いてみせる。
「神教会には写しの聖典が何冊かあります。写しですから、時に手が加えられたと思しきものもあるのですが大概は同じです。まあ、言葉を噛み砕いたり、別の文言に言い換えたり、という感じですな。それで、年代としてはこの聖典が最も古く、恐らくこれが原書と思われます。つまりこれを所持していた教会が数ある教会の建造物の中で最も古いといえます。そしてこの節があるのは実はこの聖典だけなのです」
 レナは曖昧に頷きながら耳を傾ける。
「姫様が携わっておられた西の森を囲む山向こうはほとんどが原野です」
「ええ…そのようね。とにかく西の森から向こうは誰も手がつけられなかったみたいだわ」
 レナは答えた。
「ただ、遙か昔は生活の場として機能していたこともあります。神教会の建造物があったということも情報で残っております。この聖典はそこのものです」
 そうなのか、とレナはヴォロジンの顔を見て、その後、父の顔を見る。
「他に点在する遺跡の調査は各地で行うよう命は出した。ギルドからの協力依頼だ。神教会はお前が行って確認して来い。ギルドから開拓者達が来る」
 ガラドルフは言う。
「協力依頼…」
 あれか。古代人とか何とか、自分のプロジェクトのほうに頭のほとんどが向いていたから耳に挟んだという程度でしかなかったけれど。
 レナは視線を泳がせたあと再び父の顔を見る。
「そこに行けば何かあるかもしれないと?」
 言ってから肩をすくめた。
「分からないから行くのね」
「そういうことだ」
 父の声の様子にレナは目を細める。
「父上は何かあるとお思いなのですか?」
「少なくとも神教会自体はジルベリアにあったのだ。信徒が本来最も必要とする教会の建造物が放棄され、遺跡と化したことは単に場の不便さが理由のみであったかどうかというのは何とも言えぬな」
 父の言葉にレナは手元の聖典に目を向けた。

 神教会の聖典なんて。
 教会の遺跡なんて。
 残骸よ。
 でもまあ、アヤカシが救う場所と化していたら一掃しておくわ。

 その時彼女はそう考えていたのだった。


■参加者一覧
/ 柚乃(ia0638) / 酒々井 統真(ia0893) / 叢雲・なりな(ia7729) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / フェンリエッタ(ib0018) / エルディン・バウアー(ib0066) / 无(ib1198) / レティシア(ib4475) / 叢雲 怜(ib5488) / クロウ・カルガギラ(ib6817) / 伊吹童子(ib7945) / ヴァルトルーデ・レント(ib9488) / イルファーン・ラナウト(ic0742) / ミヒャエル・ラウ(ic0806


■リプレイ本文

 レナ・マゼーパ(iz0102)は飛空船を出した。
 教会の場所はスィーラの資料からだいたい特定できていたので、眼下に見える鬱蒼とした緑の中から伝い降りるに適当な木の枝の上に荒縄を使って皆で滑り降り、飛空船にはそのまま待機を言い渡した。
 封鎖の石囲いもすんなりと見つかったが、それは伊吹童子(ib7945)と叢雲・なりな(ia7729)、ミヒャエル・ラウ(ic0806)がシノビの動きを活かして探してくれたおかげであったし、建物の元の大枠の全貌も建造物に詳しいミヒャエルが見てとったから、意外とことは簡単に済みそうな気がするのも彼らがいればこそだっただろう。
「教会にしちゃ小さ目かもしれないな。60人礼拝できれば恩の字だろう。に、しても、全体に盛り土をしてるのはどうしてかな…」
 ミヒャエルは言う。
 長年の放置で石造りの壁だけが残り、ほとんどが草に埋もれた状態だが、確かに教会が建っていたと思しき場所は周囲より少し高い。
『しかし、こんな人里離れた場所に教会、ね』
 野放図に伸びている草木を眺めて竜哉(ia8037)は思う。
 ここにこだわる何らかの理由があったからとは思うがそれにしても。
 周辺を見て回っていたクロウ・カルガギラ(ib6817)と酒々井 統真(ia0893)が戻って来る。
「民家の形跡はさすがにないね。もう100年以上も前だもんな…」
 クロウは息を吐く。
「井戸らしき跡は見つけたけれど枯れ果てて何もねえ。水脈変わった可能性もあるけど、そもそもここは水の利が良くねえぜ。…本当に住む気があったんかな」
 統真もわざわざこの場所に教会を作ったことへの疑念を滲ませる。
「とにかく調査を…ん? 柚乃は?」
 レナは顔を巡らせる。船には確かに一緒にいたはずの柚乃(ia0638)の姿がない。
「ここですにゃん。皆様の足元でお耳を澄ませますにゃん」
 ラ・オブリ・アビスで赤いリボンを首に巻いた白い猫又に変わった柚乃がちょこんとレナの足元に近づいた。
「う」と呻くなりレナは彼女を抱きしめてしまう。
「猫又がみんなこんな可愛ければ!」
 それを聞いて叢雲 怜(ib5488)が思わず「ぷふっ」と笑い、慌てて口を手で塞いだ。
 レナの胸の内を知るのは彼以外に一部の者だけだったが、それはまた別のことで。
 エルディン・バウワー(ib0066)はムスタシュィルを石囲いに沿って仕掛ける。
 船の中でレナに膝を折り、にこりと挨拶をしたレティシア(ib4475)はミヒャエルの後に続いてマッピングを。それを確認しながら皆で手分けして全体を見て回る。
「レナは神教会やその信徒をどう思ってるの?」
 横にいたフェンリエッタ(ib0018)にふいに尋ねられて、レナは不思議そうな目で彼女を見た。
「…どうって…歴史の一部だわ…」
 近くにいたエルディンとヴァルトルーデ・レント(ib9488)がそっと2人に目を向けた。
「必要があって禁教令が出たと教えられたし、残信徒がいたら捕えろと…」
 声を途切らせてレナは周囲を見渡す。とりあえず人の気配はないが…。
「信徒がいたならば、まずは投降を勧告いたしましょう、殿下」
 ヴァルトルーデが静かに言う。
「従わぬ場合は技を使いますが…殿下のお心にそぐわぬことはいたしませぬ。ご安心を」
 レナは彼女の顔を暫く見つめたあと小さく頷いた。
「私に害意ある者は容赦なし、と言うべきなのかしら…」
 俯いて呟くレナの肩にイルファーン・ラナウト(ic0742)が手を置く。
「そういう輩からは俺が守ってやる。皆も同じだろう」
 レナは目をあげて彼の顔を見た。
「でも、帝国が築いた歴史は時にお前に憎しみを向けることもあるだろう。それを受け止めるのもお前の役目だ。フェンもそう思ったんじゃねえかな」
 帝国の歴史は血を受けた私の歴史…。そんな深く考えてもいなかった。
 フェンがきゅっとレナの手を握った。
『大丈夫。それでも貴方はひとりじゃないから』
 レナは彼女の手の温もりからそれを感じ取った。
 この人は、いつも私を勇気づけてくれる。


 皆の頭に気になっているのは、やはり聖典の中の一節だ。必ず何かを指しているはず。
 エルディンのムスタシュィル、聴覚を使うレティシアと伊吹、時折心眼を放つフェンが何も察知しなかったのは、邪魔が入らないということだし、それは有難いことだった。
 とりあえず調査に手間だけはかかりそうであったから。
 地上から分かる部分は草をかき分け、瓦礫を取り除き、妙な崩れ方をして地面を塞いでしまっている部分は統真が強力を使って持ち上げる。が、その下も草のみと知ってがっかりする。
『スノウが何か感知してたみてえだがな…』
 ケモノであるスノウが言った言葉が彼は気になる。ここではないのか?
「時の蜃気楼使いましょう? ミヒャエルさん、どの辺りがいいかしら」
 レティシアが手元のマップを見ながら言った。
「あ、私もあります、時の蜃気楼」
 柚乃も猫手をちょこりと上げる。
「良いかもしれません。教会には地下がつきもの。地下墓地の可能性も」
 エルディンがトン、と錫杖で地を突く。既にあちこち突いて回ったが微妙な音の差、感触の差が難しい。長い年月が掘り起こされることを拒否しているかのようだ。術で場所を特定できればそれに越したことはない。
 ミヒャエルは中央辺りにレティシアを、少し後部に柚乃を連れて行った。
 レティシアのいる位置は礼拝堂の部分だ。柚乃はそのバックヤードに当たる。
「どのくらい時間をとりましょうか。禁教令が出るより前ですよね?」
 レティシアの声にミヒャエルは崩れた壁の一部を取り上げて考え込む。
「難しいところだな…。石の風化だけで見りゃ100年はとうに越えているが」
「130年くらいではどう? 禁教令は私が生まれる80年ほど前だ。その50年前を起点にすれば」
 レナが言う。
 レティシアの傍にミヒャエルが、柚乃の傍にエルディンがついた。
 レティシアはすぐに荒れ果てた教会の内部を見た。人の気配が全くない。
 同じような光景を柚乃も見る。部屋に残された机の上に埃が積もっていた。既に捨てられているようだ。
「床が落ちてしまってるわ。天井も落ちてるし。これ、どかせれば…」
 柚乃は地面をかく。彼女の目には足元に散らばる木片が見えるのだろう。
「5年…いや、10年遡ってみるか…」
 ミヒャエルは言い、2人とも再び術を使う。
「きゃ…」
 一瞬、柚乃が何かから飛び退るようにした。
「大丈夫ですか?」
 エルディンが思わず彼女に手を差し伸べる。
「びっくりした。何か…人かしら…ぶつかりそうになって。でも、後は途切れたの」
「何も見えないわ。拒否された」
 レティシアも言う。
「ここ! 掘ってみましょう!」
 エルディンの声に瓦礫を調べていた皆が顔をあげた。
 
 草を片っ端から抜き、瓦礫や石を取り除き、ようやく土が見えたところで掘る。
 1m以上堀ったところでミヒャエルは首を傾げる。床下ならすぐのはずだ。これはわざわざ埋めているような…? いや、盛り土された上に建つ教会だし…?
「何かある」
 无(ib1198)が小さく声をあげた。
 かきわけると明らかに成形された白い一枚石が出てきた。
 これが蓋?? 地下の??
 さらにかきわけると80cm四方の全貌が見えた。
「持ち上げる」
 統真が強力を使う。无とイルファーン、竜哉も手を貸した。
「ぬおっ!」
 さすがにずしりと重い。息を合わせて4人で持ち上げ、放り出すように脇に置く。
 そして期待通り、その下に暗い穴がぽっかりと口を開いた。覗き込んでも何も見えない。
 エルディンが松明を灯して中に放り込んだ。火はすぅと暗闇に吸い込まれ、やがてぽふりと着地する。とりあえず息はできる。
「降りましょう」
 彼は荒縄を取り出した。統真が片端を受け取って頑丈そうな木に結わえつける。
 暗視を使うフェンが「行くわ」と早速身軽にするりと穴に入り込む。
「あたしも暗視が」
 続こうとするなりなの腕を怜が掴む。やっぱり怜は止めると思った。
「怜、こういうところはシノビの出番なんだから」
 抗議しようとする怜の口を素早く彼女は自らの唇で塞ぎ、彼の目を見てにこりと笑う。
「大丈夫。自分の奥さんを信じなさいね」
 そう言ってするりと穴に入って行った。
「シノビの出番だからね」
 ミヒャエルが笑ってその後に。続いて伊吹が。怜はぶぅと膨れながらその次に。
 次々に皆が縄を伝い、ヴァルトルーデは上からぽんと飛び降りた柚乃を下で受け止めた。
 穴の中は真っ暗で何も見えず、フェンとなりなが言うには壁は石が嵌めこまれているという。
 エルディンはマシャエライトを使った。
 ボウ、と目の前に浮かび上がる異様な光景に皆でしばし言葉を失う。
 幅20cm、縦15cmほどの煉瓦ほどのサイズの石にびっしりと覆われた壁。その一つ一つに何やら象形文字のようなものが刻み込まれていた。
「まさかと思ってたけど…」
 クロウが首を振りながら言った。
「古代遺跡の上に…教会建てた?」
「そのまさかみたいだな。上の教会とは明らかに石の質が違う」
 ミヒャエルが壁の石に触れて答えた。
「古代語…」
 伊吹が呟く。古神書に絡む言葉があるのではと思ったのだが、ここに刻まれた文字は古代文字だ。
「ここは再び埋められたのよ。あの日、何かがあったんだわ…」
 柚乃はぶつかりそうになった影を思い出す。
 シノビ達の後に続き奥に向かう。3m程進んだところで、さらに大きな部屋に出た。
 同じように石が埋め込まれ、そして壁の一角だけ、並んでいた石がアーチのような形になっている。そのアーチの一番上だけ石がない。ぽっかりと穴が空いていた。
 文字が刻み込まれた石。

 ――― 揃えよ

 クロウは壁に近づく。石と石の間には指が入る程の隙間がある。そうっと指を差し込んだ。そして…
 石が…抜けた。

――― ゴゴゴ…

 妙な地鳴りがしてクロウは慌てて元に戻す。
「何をした?」
 ミヒャエルが尋ねると、クロウはふうと息を吐いた。
「びっくりした…。まさかと思ったけど…言を揃えよ、ってこれ、だよな…」
 えっ、と全員で周囲を見回す。
「何をどう揃えるんだ」
 イルファーンが困惑したように呟いた。
 エルディンは顔を巡らせる。
「何かきっと…法則に従って石が並んでいるんじゃないですか…」
「あ! あそこ!」
 レティシアが壁の上のほうを指差して小さく叫ぶ。
「この並びからするとこれで、これで、これで…次は本当はこれじゃないです? こっちがそうなってますし、後に並んでいるのも、ほら、皆同じです。でも、ここを取るとだめだから…」
「つまりそういうのを全部探して…入れ替えるってか…?」
 マジかよ、と言いたげに統真は壁を見回して言った。
「でもあのアーチの一番上は?」
 怜が指した先は穴だけだ。普通に考えて余りが出ないとおかしい。
「入れ替えていけば分かるんじゃない?」
 と、なりな。
「さっきの地鳴りは? ここが崩れるとか」
 心配そうに言うクロウ。
「音の発生はここじゃない。聴覚からすれば別の場所で…もっと遠くだな…」
 伊吹は首を傾げながら答えた。
 皆がレナの顔を見た。やってみてその後どうなるかは分からない。何も起こらないかもしれないし、途方もない危険が待っているかもしれない。
 レナは暫く考え込んだ後、頷いた。
「できるところまで試してみる。だめなら一度引き上げを」
 かくして、膨大な石のパズルとの格闘が始まった。

 石の並びを皆で確認する。
 松明で照らし、目を皿のようにして調べた。壁の上方向は誰かが誰かを肩車するしかない。
 見つけた部分はクロウと伊吹が持っていた手帳のページを少し切り取り、紙片にして目印を隙間に差し込む。そしてそれをメモする。
 レティシアが見つけたのは本当に偶然だったのだとしみじみと思う。
 実際どれだけが違っているのか分からない。
 2時間かけてたぶんこれで全部とメモを見たところで、やっと作業は半分。
 やはり壁ごとに法則があるようで、違う部分は抜き取り、別の壁の合う場所に入れる。
「これどこでしたっけー?」
「こっちです!」
「と、届かぬ、柚乃、私の上に乗って!」
「これ、似てるけど違うぞ! たぶんなりなのほうだ!」
「え、じゃあ、これはどこっ?」
 調べたあとでも声があちこちで飛ぶ。その間も地鳴りがするから、何となく急かされる。違うと分かりつつ、タイムオーバーで爆発でも、と思えてしまうのだ。
 そして全てを入れ替えた。
 が…何も起こらない。
「あのアーチの上は?」
 怜が指差す。空いたままの穴。
「でも、入れ替えたわ…余ってる石はないし…」
 レティシアがぐるりと見回して呟く。
「壁でなければ、残るのは上か下だ」
 竜哉が身を屈める。あり得る、と皆で這いつくばる。もちろんレナも。
 フェンは背の高いイルファーンに肩車してもらい、暗視で天井を確かめる。
 そして
「あったー!」
 なりなが声をあげた。皆で駆け寄る。
 地面に埋まった文字が刻まれた石が積もった土に隠れていた。
 なりなはそれを掘り起し、取り出して早速アーチの穴に嵌めこむ。
「きゃ!」
「なりな!」
 声に反応して手を伸ばした怜も彼女を受け止めて抱き締めたまま身動きならない。
 皆も顔を庇い立ちすくむ。
 痛みを感じさせるほどの眩い光が皆を包んだのだった。


 足元で砂が舞う。
 目を開いた時、渦を巻くような風が髪を煽り、見渡す限り荒れ果てた地が皆の周囲に広がっていた。
 点在する岩が墓石のように見える。
「ここは…なに?」
 フェンが呆然と周囲を見回して呟く。強い風が瘴気を含んでいるように思える。
『空を仰ぎ頃…』
 竜哉は空を見上げ、黒くたちこめた雲を目にして眉を潜めた。輝きなどない。
 信徒達は何を見た?
 その目を下げた時、舞う砂塵の向こうにそびえる塔の影が目に写る。
 同じくそれを見たエルディンがレナを振り向いた。
 レナはその視線を受けて周囲を見回す。
「…行くしかあるまい」
 自分達がさっきまでいた場所は入り口すらも見当たらない。
 これは遺跡が見せる幻影なのか、それとも本当に別の場所に来てしまったのか。
 いずれにしても選択肢は見える場所に行くしかない。
 十数分ほど歩いて近づいた塔は上を見上げても先は風が噴き上げる砂塵で見えなかった。
 目の前の扉と思しき部分にアーチ形に嵌めこまれた石。刻み込まれた文字。
 エルディンが試しに扉を押してみるも、やはり開かない。
「また石パズルですか…」
 今度は何をどうしろと。
「でも、刻まれた文字は似てるわ」
 レティシアがさっき作ったメモを取り出す。それをひとつひとつアーチに組まれた文字と見比べる。
「動かしたのと違う文字があるわ」
 こことここ、と彼女は二カ所を指差した。これも石は抜き出せそうだが、抜き出してあとはどうするのだろう。
 クロウが手を伸ばして入れ替えてみる。やはり扉は開かない。
「何か言葉になっているのかしらね…。分かればいいんだけれど」
 困惑した様子でフェンが周囲を見回した。
「とりあえず、元に戻しておくか」
 クロウが再び石を抜き出して元に戻した。
 途端に扉に手をついていたエルディンが「わっ!」と叫んでつんのめる。
 扉が開いたのだ。

 こんな、簡単なこと?

 呆気にとられて思わず皆で顔を見合わせる。
 でも、この開錠法が分かるのは、最初のパズルを解いた者だけだ。
 二カ所に分かれたパズルで一体何が示されていたのだろう。
 疑問を感じつつ足を踏み入れた塔の中は外と正反対の白い世界だった。
 見上げれば壁に沿って螺旋に登る道。そして中央に浮かんでいるように見える各階のフロア。それがずっと上に向かって続いている。
 無言のまま皆で螺旋を登り始めた。
「うわ、なんだこれ」
 最初のフロアに来て无が思わず声を漏らす。
 床一面の白いもの。蚕? ふわふわと頼りなく、そのくせ口だけがパクパクと動くのが見える。少し気持ちが悪い。でも、螺旋の道はここを通り抜けなければ次に行けない。
 思い切って伊吹が足を踏み入れてみた。特に攻撃してくる気配はない。
「大丈夫だ」
 言った途端に一匹を踏みつけて、微かにぴりりと痺れが足に走る。
「が、踏みつけると怒るみたいだ」
「踏みつけずにどうやって行くよ」
 絶対に無理、とイルファーンが呻く。
「少し痺れが来るくらいだ。走れ」
 伊吹はそう言って素早く向こう側に渡る。
「じゃあ、お前は担ぐ」
「えっ…」
 イルファーンにひょいと担がれてレナが目を丸くしたが、そんなことをせずともと抗議する前にもう向こう側についていた。
 猫又姿の柚乃も床に近いので統真がひょいと抱えて走り出す。
「行くよ」
 なりなが怜の手を握った。皆も少しためらいつつも続く。
「うわわっ」
「きゃー、痛いっ!」
「虫苦手だっ」
 どうしても声が出るが、騒ぎつつも全員渡り切った。
 そして次のフロア。
 今度は小さな火の玉がふわふわと生き物のように浮いて動き回っている。
 触れると熱いが火傷を負うほどでもない。それも大急ぎで通り過ぎる。
「あっ、髪が焦げたわっ、纏めたら良かったっ!」
 レティシアが自分の毛先を見て小さく叫ぶ。でも、走り抜ける間に髪を焦がしたのは他にも大勢。レナも縮れた三つ編みの先を仏頂面で眺めている。
「髪くらい焦げても痛かねえだろ! 俺なんか髭をやられた」
 イルファーンが痛そうに顎をさすっている。
 その後も綿毛から放電しているようなもの、目玉に触角がついたようなもの、何やら粘液でギトギトに光る石のようなものが足にくっついて来る、など、今まで見たことがないものが各階進むごとにうごめいていたが、いずれも向こうから攻撃をしてくることはないので急いで通り過ぎる。
 通り過ぎるが
「いつまで続くんだ…」
 ミヒャエルがふうと息を吐いた。さすがに疲れる。
 ずっとこの調子なのだろうか。一体どこが頂上なのか。
「本当ですね…」
 見上げたエルディンの目にまばゆい光が見えた。

『輝きとともに終焉へと導かれん』

「これ…?」
 呟いた彼の視線を追って竜哉と无も上を見上げる。。
「そこに安息の…深い眠り…」
 上に何かあるのだ。皆は視線を交わし、再び螺旋を登っていった。


「天井が…ないんだ」
 クロウが上を見上げて言う。真上に広がる空と真っ白な雲が見えた。
 最上階。
 でも…。
 くらりと眩暈がする。頭の中で無意識に構築された物理感覚がリセットされた気分だ。
 ここは本当に塔の内部なのか? おかしい。広さが下と違う。異様に広い。
 ふいにぱっと光が散った。
 全員が反射的に目を閉じたが、その直後に自らの体の異変を感じ取る。
 力が抜けていく。
「なんだ…?」
 再び目を開いて呟いたミヒャエルの声と同時に彼らは見た。

 宙に浮かぶ異形の姿。
 顔を持たず、光輝く大きな羽を広げたような白銀の体。
 周囲を飛び交う顔のない輝く鳥。

「天使…」
 に、思える、と最後まで言えずエルディンはその姿を凝視した。
「…ふ…っ」
 少しふらりとする。
 ここはやはり変だ。さっきから異様に体から力が抜ける。疲労感が襲う。
「殿下、撤退を。ここは危険です」
 傍にぴったりとついていたヴァルトルーデがガードを用いて庇いつつレナに言う。その彼女も気力を使っている。

『我 カンナビコ 也』

 無機質な声が皆の頭の中に届いた。
 次の瞬間、カンナビコと名乗ったものは瞬時に皆に接近してきた。
 
 攻撃される!

 誰もがそう感じた。
 イルファーン、怜、クロウの銃が火を噴き、エルディンはホーリーアローを放つ。
 しかしそれは相手に届く前に消え去った。
「効かないんだぜよ…!」
 なりなを背後に庇いながら怜が悲痛な声をあげた。
 これまでのフロアのものとは違う。

 これ ――― カンナビコには明らかに危険な気配があった。

 間近でその肩に微かに傷があるのを竜哉は見る。刀傷? それとも
「剣なら効くか」
 グラムを構える。
 彼の奥義、斬神で剣を振り上げた。

――― ザクッ…!

 手ごたえはあった。が、その次に待ち受けていたのは明らかに自分の体から抜き取られてしまったと思える生命力だった。
「なぜ…!」
 唇を噛みしめる。

『我 墓所 を 護るもの 也 
 護大 と 封 印 護る もの 也 
 同化 せよ
 同化 …せよ』

 相手の体が更に輝きを増し、頭上の雲が渦を巻き始めた。
「退却! 早くこの場から!」
 レナは叫んだ。
「竜哉!」
 統真が竜哉と相手の間に身を割り込ませ、彼の退却を援護する。
 急いでフロアを後にする刹那、背後でぱっと輝く光を感じた。
 レナとエルディンの足が崩れ折れた。
 レナが差し伸べられた誰かの腕にしがみついた時、もう一度背後で光を感じた。

 早く!

 命が奪われる。
 何の攻撃もできないままで
 皆が死ぬ。

 レナが初めて感じた途方もない恐怖だった。


「レナ!」
 揺り起こされてレナは目を開いた。イルファーンの顔が見える。
 はっとして、慌てて辺りを見回した。
「みんな無事か!?」
「なんとか…」
 力なく答えるエルディン。全員、その姿があった。
 もはやカンナビコの姿は無く、もちろん周囲は壁と天井に囲まれて空も見えないし、アーチの上にはめ込まれた石が床に転がっていた。
 酷い頭痛がする。
 生命力を奪い取られたかのように身体が重い。
「とんでもない悪夢を見せられたらしいな…」
 ミヒャエルがこめかみを押さえて呻く。
 だが、この身体に残っている感覚は決して単なる夢ではない。
 レナは自分の髪の先に残る焦げ跡を見る。
 現実と虚構の境界線…。
 恐らく「墓所」と並ぶあの塔の内部には『カンナビコ』が待ち受けている…。
 間違いなく、いる。
 誰から言うともなく重い体を起こし、それぞれに肩を貸し合って遺跡から脱出した。


 縄を掴み、飛空船に伝い登るのが辛いと思えたのはこれが初めてだっただろう。
 疲労困憊した開拓者達を見て、船員達が急いで毛布を持って来る。
「レナ殿、信徒には古代語が読めたり、私達と同じように志体を持つ者もいたでしょう。彼らはきっとあの遺跡の文字を読み、光輝くあの塔の頂点に導くものがいると信じたのかもしれません」
 毛布にくるまったエルディンは言った。
「あれは…導くものではないわ」
 レナはかぶりを振る。
「そうですね…。少なくとも『安息の』眠りは訪れない…」
 エルディンは答えて目を閉じる。
 安息の眠りは訪れない。あれ、の前では私達は敵ですらない。
「何の攻撃もできないのか?…」
 呟くレナに竜哉は目を向ける。
「でも、傷がありました。刀か、あるいは剣」
 彼は言った。
「奴に有効な武器はあるんです。かつて誰かがそれを使った」
「でも、どこに? それにその前に対峙するのは死ぬ覚悟よ」
「そう、奴は俺達の体から生命力を抜き取ってしまう。でも、姫様、開拓者は…大勢いるんです」
 レナは目を見開いて竜哉の顔を見つめた。
 大勢の開拓者があそこに行く。
 生命力を抜き取られようとも、次々に向かう。
 誰かが仕留めるまで…

「そんなことでしか…」
 方法はないの?
 いや、そもそも
「あの塔は一体…」
「我、墓所を護るものなり」
 ミヒャエルが呟いた。
「護大と封印を護るものなり。…守護神…とでもいうべきなのかな…」
「私達も同化するもののひとつだったんだわ…」
 レティシアが毛布にくるまれた体をぶるっと震わせた。
「お姉ちゃん!」
 怜が船の下を指差して声をあげた。
 イルファーンの腕を借りてレナは立ち上がり、眼下を見る。
 緑の中で無数にうごめくものが教会跡に向かっていた。アヤカシの群れだ。
「…あの場所を開いたからか…」
 クロウが掠れた声を出す。
「その昔、誰かが俺達と同じものを見た。そして恐れて戻った。でも、刺激されてアヤカシが集まった…」
 伊吹の声がレナの耳に届く。
「慌てて再び封じ、埋めた。でも、取り巻くアヤカシは消えなくて…そして放棄を」
 柚乃は声を震わせる。
「僅かな実りを残す夏が過ぎて、大地の多くが雪に閉ざされても、もはや古は深い眠りにつくことはない…」
 レナは唇を噛んだ。


 スィーラに帰った開拓者達は一定の回復を施されて再び自らの場所に戻っていった。
 レナは神教会が古代遺跡の上に建っていたこと、そこから異世界(後にカンナビコが言った墓所)らしきものを見たこと、
 そしてカンナビコに遭遇したことを父に報告した。
 カンナビコは墓所と護大を護るものと言い、何の攻撃も効かず、その前にいるだけで自分達は力を吸い取られてしまうこと、
 ただ、その肩に切り傷があったこと。
 少なくともダメージを与える武器が存在する。開拓者がそれを見てとった。
 ガラドルフはそれらの情報をギルドに託す。
「父上…開拓者を死地に向かわせないで…」
「決めるのはジルベリアではない」
 父の返事は分かっていたことだった。
『ならば私も』
 そう思うけれど口に出せない。
 親友の顔が、村の無事を喜んだ民の顔が、そして開拓者の頭に浮かんでは消える。
 拳を握り締めて俯く娘をガラドルフは何も言わず見つめていた。