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■オープニング本文 「いっ…たぁい! 離してよ!」 堂々と門をくぐろうとした女を門番が止める。 「皇女が私の息子を預かってるのよ! 会わせて!」 「そのような情報はない。とっとと消えろ!」 「私は神西紅子! 緑の母親よ!」 女は怒りまくった様子で強引に門をくぐろうとする。 が、両側から腕を掴まれ、「そーれっ」と放り投げられた。 たやすいものだ。ぽーんと転がっていく。 「っつぅ…んもう…一番いい着物で来たのに…」 顔をあげて再び挑みかかろうとするも、来たら殺すぞ、と言わんばかりにものすごい形相で睨みつけられ、女はむくれて、ふんと相手を一睨みしてスィーラ城をあとにした。 「そりゃあ、無理でしょう。スィーラに頷きひとつで入れるのはよほど近しいお人ですよ」 宿の主人が口を尖らせる女に苦笑して言った。 「だって、向こうが来いって言ったのよ?」 「一泊でよろしいですか? お一人様ですね?」 主人は肩をすくめて話題を変える。ちょっとクレイジーな女だと思ったらしい。 「ねえ、アレンスキーってどこにあるの」 ふいな質問に主人は「え?」と目を丸くする。 「ここよりずっと北です。馬か馬車を借りないと無理ですよ」 「馬車…」 女はうーんと考える。 「もったいないなあ…」 「いずれにしても今からお発ちになるには危険です。お伴なしでは…」 「仕方ないでしょ。ひとりなんだもの」 紅子は宿帳に名前を書きながら言う。 「では、ギルドでお願いなさったらいかがです?」 「開拓者は嫌い」 即座に女は答えた。 「アヤカシと盗賊はお好みなんですか?」 「その口閉じないと別の宿に行くわよ」 彼女はたん! とペンを置く。 「馬、用意しておいて」 そう言うと荷物を持って主人の前から離れた。 主人は肩をすくめて彼女を見送ったあと、宿帳に目を落とす。 『神西屋・神西紅子』と丸まっちい文字でそう書かれていた。 ミレナ・ベチュカの墓に花を置く兄の姿を、離れた場所で見つめる桃火はちょっと寂しそうに目を伏せる。 末の弟、緑は訳が分かっていないので、ネコの姿を見つけて喜んで後を追っていく。 神西橙火(トウ)はぽつりぽつりとではあったが、緑以外の妹弟とバレク・アレンスキー伯爵にこれまでのことを話した。 ミレナがローザ・ローザに殺された友であったこと。 彼女の仕えるバスカル子爵がバレクの叔母の嫁ぎ先であったことで、同じく父をローザに殺されたバレクの存在を知ったこと。 バレクの叔母は、彼の父が殺された時も一番体面を気にして押し隠そうとした人だった。 橙火は訪ねてもきっと相当冷たくあしらわれたに違いないとバレクは思う。 橙火はその後、ローザと対峙している。 「姫様には話さなかったけれど…攻撃した。ミレナの『顔』が弾け飛んだ。…俺は怖かった。紅子さんの時も同じだ。もしかしたら自分の中に残酷な狂気があるんじゃないかと」 それきり橙火は黙り込んでしまった。 桃火がバレクの顔を見上げる。 「バレクにぃ…。にぃは残酷だと思う?」 「いいや、思わない」 バレクは答えた。 「トウはローザからミレナの首を取り戻そうとしたんだよ。そして自分と共にローザを葬ろうとした。でも、できなかった。愛する人の顔めがけて攻撃するだけで精一杯で…そして君達を思い出したんだ」 ぐずっと白火が鼻をすする。 「トウは、ローザ討伐に向かうレナをできれば引き留めたかったんじゃないかな。誰かが同じ思いをするんじゃないかと…。言葉をうまく選べないのが彼の難なところだが、俺はトウが君達のお母さんのことも狂気の末殴ったとは思えんよ」 「にぃが時々怪我をしてることは知ってたけど、母さんのせいだとは思ってもみなかった…。母さんはにぃを探しに行くって言った時も喜んで送り出してくれたんだよ?」 「そうか…」 桃火の答えを聞いてバレクは頷いた。 この子達は俺がずっと面倒見るかな…。 彼は心の中で考えたのだった。 翌日。 できれば先に親衛隊に報告して欲しかった、とトゥリーは思った。 だが、衛兵長が来たのはレナ・マゼーパ(iz0102)の部屋だった。 たまたま自分が一緒にいたのは幸運だったのかもしれない。 女が名乗った名は「じんざい・べにこ」。 身なりも良く、しっかりと名乗ってあまりにも堂々としていたらしく、それが彼には少し気になったらしい。 城に訪れるさまざまな人を見て来た彼ならではの一種の勘のようなものだったのだろう。 衛兵長を下がらせて、レナはトゥリーの顔を見る。 「近くの宿をあたってみてくれるか?」 「昨日のことでございましょう? 既に天儀に戻ったのでは」 トゥリーは答えたがレナは首を振る。 「バレクの元に行く可能性もある。そうなら伝えてやらねば。まだ宿にいるようなら…会ってみる」 「姫様、城に押しかけるなどまともとは思えませぬ。バレク殿にはお知らせをするにしても、姫様は関わらぬほうがよろしいかと」 レナは思案するように少し首を傾げる。 「トゥリー。私は全部をバレクから聞いたわけではないけれど、人は何をどうすれば家族を殺そうと思い立つの? 血は繋がらずとも、橙火は数年を共に暮らした家族であろう? それでも殺したいほど憎めるものなの?」 「…」 トゥリーは無言で姫の顔を見る。 「橙火達を見ていると、末の弟は血が異母とはいえ仲睦まじい。羨ましいほどに」 レナは言った。 「父が同じで母が違う兄姉は私もたくさんいるわ。仲が悪いわけではないわ。でも…誰かが私を殺したいほど憎むことがあるかもしれない?」 「姫様、そのようなことはございません」 トゥリーは即座に答える。 レナはそれに頷くも 「自分が愛する夫の子を殺したいと思える女。会ってみたい」 「姫様…」 「宿をあたって」 トゥリーから目を逸らし、レナは言った。 渋々了承したトゥリーは、紅子らしき女がアレンスキーに向かったことを聞く。 バレク・アレンスキー伯爵に使徒を送るよう指示したレナは、開拓者を募り、自分が紅子の後を追うと言った。 「着くまで皇女と明かさず会ってみる。彼女の人となりを見て、危険な女となれば強引にでもジェレゾに逆戻りだ。念のため船にすぐ乗せられるようにしておけ」 トゥリーは反対の言葉を探しあぐねるが、その前にレナは口を開いた。 「それと、彼女は殺し屋を動かした経緯がある。本当に一人で来たかどうか疑問だ。妙な仲間が着いて来るようなら捕えろ。動かせる部下は全員出せ」 「…御意」 トゥリーは答えた。 |
■参加者一覧
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
クロウ・カルガギラ(ib6817)
19歳・男・砂
イルファーン・ラナウト(ic0742)
32歳・男・砲
リト・フェイユ(ic1121)
17歳・女・魔 |
■リプレイ本文 アレンスキーまでの正規の道を龍で飛んで確認した親衛隊が、紅子らしき女性の姿は見かけなかったと報告した。やはり彼女はどこかで道を間違えたらしい リト・フェイユ(ic1121)は乗合馬車での紅子らしき人物の目撃を尋ね歩く。 馬を宿に届けたと言われ、そこから辿ってその宿の主人から紅子にアレンスキーの道のりを教えたことを聞く。しかし、主人が伝えたのは「道に沿って北上すれば」という簡素なもの。 それはあまりにも…というのはリトも思ったらしい。尋ねると、 「そりゃお教えしようとしましたよ。地図を書きますと言ったらもういいと…」 無謀さもここまで来ると超一流。 「とにかくその紅子って人を連れ帰ればいいんだな? ええと…」 声をかけるルオウ(ia2445)にレナ・マゼーパ(iz0102)は 「ルナ、でいいわ」 と答える 「状況を考えてだが。問題なければアレンスキーに」 厄介なのは紅子の顔があまりわからないということだ。 調査で紅子を見た開拓者達もその時は日が暮れて暗かった。 「まあ天儀の女の一人旅なら目立つだろう」 イルファーン・ラナウト(ic0742)が息を吐く 「地図を作って来た」 クロウ・カルガギラ(ib6817)が紙を広げ、それを皆で覗き込む。 「道の分岐はいくつもあるけれど、出発時間から考えてもまだ2、30キロってとこかと」 北上する道は蛇行しながら伸びているから、方角を見誤ると間違える可能性はある。 「効率よく探していくっきゃねえな」 酒々井 統真(ia0893)が言い、それを合図に皆は馬の鐙に足をかけた 予想外に紅子は先に進んでいるのかもと思えたのは出発して4時間後。 フェンリエッタ(ib0018)は聴覚を使い、クロウはバダドサイトを使う しかし、丘や林はクロウの視界を遮るし、フェンの聴覚が効く範囲も無限距離ではない。出くわした荷馬車や行商人の姿を見れば統真やルオウが素早く馬を走らせて紅子の姿を尋ねる。いないと分かって主道に戻る時間が加算されるのも難だ フェンは途中で小鳥の姿の人魂を飛ばし、先の道に送った。それでも紅子は見つからない。 統真が空を見上げた。日が暮れてしまうと厄介だ。 クロウは再び地図を広げる。 「この先10キロに小さい町がある。彼女が道を聞いてるかも」 「行こう」 レナは馬の腹を蹴った そしてクロウの予想通り、紅子は町に来ていた。だが、とっくに通り過ぎたらしい。 「アレンスキーに行くには戻るか先の抜け道行くか。ここで泊まらないと日が暮れると伝えた。でも、こんなひなびた場所は嫌だとか言って出てったね」 店じまいをしようとしていた雑貨屋の店主がそう言った 急いで馬を出す。 「あんたら…! このへん夜盗とアヤカシ…!」 男の声が後ろから追いかけて来るのがフェンの耳に届いた 「いっやぁん…っ!」 フェンが女性の声を聞いたのは40分後。 「怪狼!」 クロウの声に統真、ルオウが一気に馬を駆り、イルファーンが閃光練弾を撃つ。リトとフェンはレナの両側に。 「どけ!」 一番近い狼をルオウは殲刀で払い斬る。統真は反対側から攻撃 ルオウは女の馬の口から泡が噴き出ているのを見た。まずい。この馬、どこかで倒れる 強力で腕を伸ばした彼を見て、統真とクロウが援護に転じた 後方でレナとイルファーンも銃を構える 「いやーん!」 「騒ぐな! こっちへ!」 馬を並走させながらルオウが怒鳴り、女の帯をぐいと掴んだ。彼女の体をこちらの馬に移動させたところで飛びかかった狼をクロウが撃つ。ルオウは一気に群れから離れた。 皆もその場から離脱する。追ってくる数体をクロウとイルファーンが撃ち、残りの狼は疾走する馬を追って行った 「もう大丈夫だぜ」 林の入り口でルオウは自分にしがみついてひいひい言っている女に声をかけた 目をあげた女の顔を皆でまじまじと見る ぷっくりとした頬、薄い眉に小さな目。決して美人とはいえない顔がそこにはあった 「神西…紅子さん?」 緑に少し口元が似てるかな、と思いつつフェンが尋ねると女は眉を潜めて皆を見回す。 「そうよ。…あんた達…誰? 開拓者…?」 「開拓者だよ」 統真が答える 「もう日が暮れる。人里から離れちまったし、移動は無理だ」 「あんた達には関係ないわ」 紅子は身をよじってルオウの馬から降りると、ぼさぼさの髪を撫でて顎をあげた。 「開拓者と夜明かしするのはまっぴら」 言い捨ててすたすたと歩き出そうとする前にイルファーンが馬で立ちはだかる 「そういうわけにゃいかねえ。俺達は皇女からあんたの迎えを頼まれてる」 「迎え? 今さらなによ。私はアレンスキーに行くからけっこう」 「皇女はアレンスキーで待ってるよ」 イルファーンは言うが紅子は馬の脇をすり抜けようとする 「わかんねえ人だな」 統真が更に彼女の前に馬を出した 「こっちとしても、またなんかされねぇように見ときてぇんだ」 「なんか、って、何よ。失礼ね」 失礼なのはそっちだろう、と皆が思ったのも知らず、紅子は統真を睨みつける 彼女は助けてもらった礼も言っていない 「紅子さん、命に代えられるものはないのよ。貴方に何かあれば悲しむ人がいるでしょう?」 フェンが声をかけた 「開拓者は盗賊よりも安心ですよ?」 リトが言い、紅子は納得しきれない様子で2人を睨んだが今度は歩き出そうとはしなかった ルオウが川を見つけて馬達に水を飲ませる。 リトがムスタシュィルを放ち、フェンが念のため心眼を用いて周囲を確認。クロウとイルファーンは天幕を張り、統真が焚火を起こす。 湯を沸かし、レナが持って来たお茶とクッキーで軽い食事をとることに 「はい、どうぞ」 カップを受け取ろうと伸ばした紅子の腕から血が滲んでいるのをリトは見る 「怪我を?」 「触らないで」 即座に紅子はリトの手を払った。リトはきゅ、と口を引き結ぶ 「…ったく、開拓者なんて頼んでないっての」 紅子は文句を言う 「なぜそんなに開拓者が嫌いだ?」 今までじっと彼女を観察していたレナが尋ねると、紅子は肩をすくめた 「嫌いだから嫌いなの」 じーっと疑問を抱くようなレナの視線に、紅子は顔をしかめる 「両親は開拓者に捕えられた。うちは故買屋だったの。父も母も牢で死んだわ。言いたきゃ言えば? それで異国のお姫さんが私に何か罰でも与える? 上等ね」 紅子はまくしたて、ぷんとそっぽを向いた 「わた…」 言いかけてレナは慌てて言い直す 「皇女は貴方の過去に興味はない。ただ、神西兄弟の命は脅かされてはならないのだ」 「はっ、橙火達がジルベリアの一大事? スケールちっさい」 横にいたイルファーンがレナの激昂を予想して彼女を伺い見たが、レナは怒るというよりも理解できないという表情に近かった 「貴方は家族だろう? なぜそんな風に言う?」 紅子はレナを不躾なほどじろじろと眺め回した 「あんたに話す気はないわ」 「なら、家族とバレクさんとはちゃんと話し合って? 橙火さんと緑君は抱き合って再会を喜んだのよ?」 フェンの言葉に紅子は目を細めた 「緑を知ってるの?」 荒くカップを地面に置いてフェンを睨みつける 「あんたなの? 緑を船に乗せてった開拓者ってのは?」 「俺も一緒だったよ」 クロウが口を開く。途端に紅子はクロウに飛びかかった。皆で慌てて割って入ろうとするが華奢な体に似合わず彼女は力が強かった 「よくも緑を! 橙火の差し金なの?!」 「緑君は自分で家を出たんだ!」 胸ぐらを締める彼女の手首を掴んでクロウは言った。 「緑君は家に葉書を書いて送ったわ」 フェンも言う。 「商船が航路を伸ばしてまで送ってくれたのよ? それよりも前に私はお家にちゃんと連絡をと緑君に言ったわ。でも緑君は体中で拒否したのよ? それがどうしてだと思うの?」 紅子はきっと彼女を睨む。 「なによ、私のせいだと言うの? 私はあの子の母親よ?」 「緑君だけの母親じゃないだろ?」 クロウが言った 「桃火さん、顔を腫らして重傷で人質にとられてたんだぞ? それ、あんたの指示じゃないのか? 皇女は正々堂々と来いって『殺し屋』に言った。応じて来たのは貴方だ」 「桃火が顔を?」 紅子の顔がはっとする 「傷が残るの?」 「大丈夫です」 リトが答え、それを聞いて紅子はほうと息を吐く 「良かった…」 母親らしいところもあるのかと思ったのも束の間 「ずっと面倒見ることになっちゃ厄介でたまらない」 今度は流石にレナも怒った。拳があがりかけたのをイルファーンが押しとどめる 怒りを堪えるレナはリトが悲痛な顔で俯くのを見た。彼女がこんなに心配するのに、家族のお前は…。レナはそう言いたげだったが、紅子は平気な顔だ 暫く成り行きをを見ていたルオウが口を開いた 「あのな、仮眠を取ることを俺は勧める。夜が明けてから冷静に話をしたらどうかな」 にっと笑う彼の顔を見てレナは息を吐いて頷いた 紅子は一人で天幕を独占して横になる。見張りの統真は焚火に木を放り込んで、ちらと紅子を振り返った 「このまま連れてっていいんかな」 「…まくしたてて緑を引き摺って行きそうだな」 傍にいたイルファーンが小さな声で答えた ふいにリトがふわりと2人の傍にやって来る 「侵入が。瘴気なし」 囁きを聞いて2人が身構えた時 「統真殿」 小さな声が暗がりから聞こえた。フェンが顔をあげるのが視界の隅に入る 足音を立てないようにそっと声のほうに近づいた 「親衛隊、スェーミです」 声の主が言った 「賊が後をつけておりました。我らの気配を感じたのか逃げましたが…くれぐれもご注意を」 スェーミは素早く闇に消えた 2時間後、交代に来たルオウとクロウはその話を聞いて警戒を強めた しかし周囲は静かで、時折ぱちぱちと焚火が爆ぜる音がするのみに ウトウトと眠りに落ちかけていたフェンはカサリという小さな音にぱっと目を開いた 賊だと思った。がばと跳ね起きた途端、視界に入った白い刃から横のレナの体を庇う 「紅子っ!」 統真が紅子の肩を掴んで地面に組み伏せた。持っていた短刀が地に落ちる 「なにやってんだ!」 「やっぱり…変よ。あんた誰…?」 紅子は抑え込まれながらレナを見て言う 「私はずっと客商売よ。貴人や金持ち、開拓者…空気で分かる。でもちょっと違う。あんた開拓者じゃないわ。誰なの。私を殺しに来たの?」 ――― カササッ… ふいに音がした。 それは一瞬のことだった。統真がそちらにはっと警戒を向けた隙に紅子は満身の力で彼の腕から逃れ、落ちた短刀を拾った 「だめですっ!」 リトが叫び、紅子はぱたりと地面に倒れる。アムルリープ。 ルオウと統真、クロウが身を翻した。音の方向に向かう レナを背後に庇うようにイルファーンが前に立ち、フェンとリトが横につく 暫くして男をひとり引っ立てて来た。 「着流しの男…!」 「こいつ…殺し屋の?!」 フェンとイルファーンが小さく叫ぶ。 男はだっとひれ伏した。 「俺は蔦那速水! 紅子とは兄妹として育ってきた! こんなことになってすまねぇ! でも、紅子はこれでも緑の母親なんだ。緑に会わせてやってくれ!」 速水は頭を地面にこすりつける。しかしレナは首を振った。 「残念だが…アレンスキーに連れて行くのは無理だ」 さもありなん。真っ当ではない紅子の態度はバレクも持て余すだろう。 「紅子から子供を奪うのか? ジルベリアの皇女は血も涙もねえのか?」 レナの目が警戒に細められた 「私を皇女と?」 イルファーンが速水の顎下に銃口を突きつける 「お前、いつから後をつけてきた」 「最初からだ。紅子が心配だったんだよ。そしたらあんたらが。別の奴らが逃げたから、お前らなんで逃げたと聞いたら黒服がいると」 「賊か? お前の仲間じゃねえのか」 「違う! 俺は一人だ!」 「だったら最初から一緒に来ればいいじゃないか」 ルオウが呆れたように言うと、速水は 「そう言ったらすげえ剣幕で拒否られた」 紅子の態度は何となく想像できる。しかしフェンは少し疑わしそうな目を向けた。何かひっかかる。 イルファーンが更にぐいと銃口を突きつける。 「兄妹として育って来たなら分かるだろう。なんで紅子は橙火を憎む? 神西屋欲しさか?」 「店の財政立て直したのは紅子だぞ。そりゃ波風は立てた。仕方ないだろう。俺もどうして橙火が嫌いかって何度も聞いた。橙火は紅子を殴ったんだ。あんたらはきっと紅子が橙火を殴ったって話をごまんと聞いたんだろう。でも、紅子だって生傷が絶えなかったんだぞ。紅子は怯えてた。その上に緑まで奪われたんじゃ可哀想だ」 レナは息を吐くと速水から背を向けた。顔に困惑と戸惑いが浮かんでいる 「姫さん、彼女をバレクのところに連れて行くのは…」 クロウの言葉にレナは頷く。 「私もそう思う。でも、連れ帰ったところで面倒が増えるだけのような気もする」 その時、フェンは聞いた 「ふっ…」 誰も聞き取れないほど小さな声で笑う速水の息。でも彼女の聴覚は拾った 「レナ、だめよ。この人信用できない」 フェンは抜いたままの殲刀の切っ先を速水に向ける 「都合が良すぎるわ。親衛隊が何人も遠巻きにいる中を気づかれず、いいタイミングで近づいて。何を企んでるの?」 「そんなこと…」 「レナ」 速水の声を遮って統真が口を開いた 「俺…思うけど、話をするのは藤火さんがよくねえか…」 統真は紅子にちらと目を向けた 「彼女にも聞かせてやりたいと思ってた。俺、天儀の緋乃屋ってとこで藤火さんのこと聞いてるんだ。藤火さんは家族みんなを愛してる。何があっても藤火さんは父親だって。このこと、橙火も長男として向き合うべきだ」 「藤火は心臓が悪いからもう船には乗れねえよ」 速水が訴える 「なら、こっちから行きゃいい」 ルオウがこともなげに言った 「こいつらはジェレゾで待機だな、その緑って子と。話しする必要があるのはその子の兄さんなんだろ? これで全部収まらないか?」 ほう? と全員でルオウの顔を見た。ルオウはにっと笑う 「姫さん、開拓者の言うことなんか…」 速水が慌てたように言う 「黙れ」 レナはぴしゃりと遮った 「方針が出た。ジェレゾに『ご滞在』いただこう。ゆっくりしていくが良い」 紅子と速水はジェレゾに戻された。2人とも別々の場所に見張りをつけられた形で滞在することになる バレク・アレンスキーはレナから手紙を受け取り、ことの次第を知った。それを橙火達に伝える 「緑は? …あ」 不安そうに言った桃火はバレクが指した手紙の末尾を読んでほっとした顔をし、少し目を潤ませた 『末の弟、緑は母親の滞在する場所にて受け入れる 追伸 リトが桃火の話題が出ると辛そうな表情をした 彼女はとても心配しているようだよ。みんな、そうだ。貴方達を心配してる 次に会うときは元気な顔を見せてやって』 「にぃ。父さんはきっとにぃの顔を見て喜ぶよ」 桃火の言葉に橙火は静かに頷いたのだった |