【神乱】舞い降りる少女
マスター名:西尾厚哉
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/16 23:41



■オープニング本文

 レナ皇女を乗せた船は、一隻では集中的に狙われて万が一の事も有り得る。
 ならば囮船。
 しかし囮船を用意したところで反乱軍の手の者が潜んでいないとは限らない。
 ではこうしよう。
 どの船に皇女が乗るかは本人に任せれば良い。

 ―――――――

「ふぅ‥‥やっと終了」
 ギルドの受付嬢は山のような依頼の書類を纏め終えて息を吐く。
「天儀からジェレゾへ。何と護衛依頼が多いこと。大変なことね」
「レナ皇女のご帰還だろ? ここまで多いとどの船に皇女が乗っているのか分からないな」
 別の受付係が横から彼女に話しかける。受付嬢はため息混じりに頷く。
「それが狙いでもあるのでしょうけれど‥‥」
「で? その依頼も皇女ご乗船?」
「さあ、どうかしら。私には何とも言えないわ」
 彼女はそう答えて肩をすくめた。

 天儀よりジェレゾに向かう船。これは商船だ。
 依頼主は船主の商人となっているが、本当のところは分からない。もしかしたら商人は代理人として依頼主になっている可能性もある。
 そう思わせるような依頼だった。

 船の荷物は物資、食料がおおかたで、これは特にめずらしいことではない。
 但し、それが当たり前にジェレゾに向かうのであれば。
 問題は、ジェレゾに向かう途中、3回空中より地上に降りる者がいる、ということだ。
 なんでも、物資だけではなく文をいくつか預かっているらしく、その文を持って降りるのだという。
 下で待つのは言わずもがなジルベリア軍であろう。
 天儀より如何なる情報を文にしたためて運ぶのかは想像することができないが、3回の途中下船のうち1回は文だけではなく「人をひとり」携えて降りる。
 開拓者に託されているのは、その「人」が共に降りる時であり、その回だけは文を渡すことが目的ではなく、「人」を地上に降ろすことが目的である。
 これがジルベリアの皇女であるのかどうかは今のところ知る術はない。
 しかし、「この方を」と商人が連れてきた「人」はすっぽりと布で顔を覆い、布の隙間から垣間見える瞳は青く凛と輝く少女の瞳であった。


■参加者一覧
木戸崎 林太郎(ia0733
17歳・男・巫
フィー(ia1048
15歳・女・巫
喪越(ia1670
33歳・男・陰
黎乃壬弥(ia3249
38歳・男・志
フィリン・ノークス(ia7997
10歳・女・弓
久我・御言(ia8629
24歳・男・砂
以心 伝助(ia9077
22歳・男・シ
アルクトゥルス(ib0016
20歳・女・騎


■リプレイ本文

 飛空船は出港に向けて着々と準備が進められていた。移動に使うのは中型船と小型船一隻ずつ。乗り込む船は中型船のほうだ。
 開拓者達の脇を数人の男が走っていく。喪越(ia1670)がそれを見送り「んー?」と何やら首をかしげるが、船主である商人「小豆銀介」は気づかず、船内を案内する。小粒な名前の割には少し大粒な体型だ。
「あと小一時間ほどで出港です。宝珠を少し多く搭載しておりますので、お供の龍達も船上でお休みいただけるでしょう。ジルベリア上空到達は明後日未明。夜が明けるともう内陸部になります」
 小豆はそう言い、船室のひとつの扉を開ける。
「少し狭いですが、ここと、ひとつ置いて隣の部屋をお使いください」
「俺達が護衛するお方は?」
 欄干の上から下を覗き込もうとぴょんぴょん飛び跳ねていたフィー(ia1048)とフィリン・ノークス(ia7997)を「はいはい」と両腕でひょいと持ち上げてやりながら黎乃壬弥(ia3249)が尋ねる。
「既にご乗船です。こちらに」
 小豆は目の前の扉をノックする。小さな応答の声が聞こえた。開拓者達の部屋に挟まれた扉だ。声を聞くなり嬉しそうに鼻歌を歌いだす喪越。部屋の中は簡素な椅子に小さな卓。部屋の一角に下げられた垂れ幕の向こうは寝所か。
「お着きになりました」
 小豆の言葉に相手が立ち上がる。身丈は木戸崎 林太郎(ia0733)より少し低いくらいだろうか。布の上からでも細身ですらりとした体つきの少女であることが見てとれた。果たしてこれがあのレナ皇女か? 
「高貴な人かどうかは、腰を触れば分かる」
 黎乃がぽそりと呟くが、それを耳にしたのは彼の横にいたアルクトゥルス(ib0016)だけだ。彼女はちらりと黎乃を見やり、小豆に尋ねる。
「部屋の様子を確認させていただいて良いか。グライダーもあとで見ておきたい」
「どうぞ。グライダーは階下の格納庫です。お食事はこちらにお運びを。湯浴びは準備の関係で後部の厨房近くまで行っていただくことになります。船上とはいえ戸外も同然、くれぐれもよろしくお願いします」
 以心 伝助(ia9077)は部屋の小窓から外を覗き込む。
「ここはちょうど船の中央部あたりになるんすかね」
「少し後部になります。部屋を出てすぐ右に格納庫への階段があります。そのあたりは非常に使い勝手のよい設計となっております」
 大きな船を抱える身を誇示したい雰囲気満杯の小豆の返答の間、少女の視線が開拓者の姿を無言で追う。喪越がその顔を覗き込む。
「降りる時、大護符を使うかもしれねぇから、心づもりをよろしくな。でかい龍が出るが、驚くことはねーからよ」
 頷いた青い目に、つつ‥‥とフィリンが歩み寄り、布の隙間から出ていた彼女の白い指先をきゅっと握った。
「護衛その1、フィリンだよ! 僕たちがちゃんとお護りするから、よろしくねー!」
 きらきらと輝く大きな目を見下ろし、頭の両側に犬の耳のようにピンと立った彼女の癖毛を見て、少女は「ふ」と笑った。
「そうそう! ま、心配するこたぁないやね! 俺達が‥‥」
 と言いつつ、背後から少女の腰あたりをぽんとはたこうとした黎乃の手の前に「あ、それで」と、いきなり小豆が割り込んできた。たまたま小豆の近くに黎乃がいたからそうなっただけなのだが、真正面に来たから大変だ。
「‥‥あれ?」
 手に触れたのは少女の腰どころか、いや〜な感触、気まずい空気。
「‥‥あの‥‥文書を降ろす者達との相談を‥‥彼らは‥‥小さいほうの船ですゆえ‥‥」
 ぽ、と頬を染めて小豆は言った。
『染めんなーっ!』
 黎乃が心の中で泣き叫んだのは言うまでもない。


 降下は3回のうちの2回目。これは開拓者と他の2回を担う者達の意見が一致した。
 船が向かう先はもちろんジェレゾである。ジェレゾに着陸する前に降ろしてしまう、ということは、それだけ降ろす文書と「人」は多くの人の目に晒されたくないという理由であろう。
 思ったよりはすんなりと決まったが、開拓者は彼らの姿に少なからず警戒の念を持つ。男性4人、女性2人。しかし、どこをどう見たところで一般人とは到底思えない。軍服こそ着ていないが、彼らはきっと兵だ。それもジルベリアの。
 考えてみれば軍に引き渡す文書を渡すために危険を伴って商人が降りるはずはないし、あの少女が皇女ならば、側近のひとりも連れずにいるとは考えにくい。
「我らの護衛は無用。助太刀も不要。必要時に備え、力を残されるが良い」
 一回目を担う男のひとりが言った。つまり、囮覚悟ということか。ますます兵士臭い。文書降下はそもそも建前だったのではあるまいか。
「喪越もあっしも投擲攻撃可能でやんす。フィリンは弓術士だ。あんたらに命の危険があって無視するってえのは‥‥」
 と、伝助。男は答える。
「貴方がたの使命は降下全てを護衛することではない。あのお方の降下を護衛することだ」
「それはつまり『あのお方』は単なる囮ではないからな、ということか?」
 久我・御言(ia8629)が言う。男は微かに笑った。
「心配せずとも万が一我らの死滅を目の当たりにしてもそれはほんの僅かな時間。貴方がたが乗る船はあっという間に遠ざかり、すぐに視界から消えるであろう」


 船に戻ってすぐ、微かな振動が体に伝わった。出港したのだ。
 喪越はくるりと皆を振り返る。
「怪しいと、は、思っていたけれどぅー、兵士がぁ、乗ってるってのは、本物、かーね〜」
 不思議な節回しで彼は歌い、ふ、と不敵に笑みを浮かべる。
「姫さんが、俺の滲み出しちまう燻し銀の魅力にメロメロになっちまわねぇといいが」
「ジルベリアの青い瞳の娘ならそこら中にいる。それでも護ることには変わりはないさ」
 アルクトゥルスが苦笑する。
「警護を願わねば故郷に戻ることも叶わないというのは辛いことです。誰であれ、故郷を思う気持ちは同じでしょう」
 木戸崎はそう言って、駿龍の東を呼ぶ。
「周囲警戒に出ます」
「んじゃま、俺もそこいらの乗務員に声をかけてから鎧阿で出るとするか」
 と、喪越。
「あっしもざくっと船の様子確認と声かけしてきやす」
 伝助もそれに続く。
 かくして、ひととおり船内確認と乗務員への声掛けを行ったあと、龍騎乗にて周囲警護に出る者と甲板上にて警護につく者に分かれることに。女性3名は「人」の部屋前に待機。戦闘となればもちろんこの限りではないが、無事に到着することを願うばかりだ。

 グライダーの様子を見てきたアルクトゥルスは、扉の前に仁王立ちになり口を引き結ぶフィーとフィリンに手をあげてみせる。
「‥‥ん‥‥!」
 フィーも彼女を見て手をあげる。
「どうだった?」
 フィリンがアルクトゥルスを見上げて尋ねる。アルクトゥルスは頷いたのち、考え込むように指を顎に当てた。
「整備の担当から確認表と照合したが問題はない。ただ‥‥天候が荒れていないことを願うよ」
 返事を聞いて、フィーとフィリンは顔を見合わせ頷き合う。吹雪いていたりすると状況は過酷だ。
 黎乃はあちこちに顔を出して乗務員と話し込んでいる。船に乗ったのが楽しくてたまらない、という空気を撒き散らしながら船内を飛び回っているが、彼はちゃんと他の者とも情報交換をしている。一応仕事はしているのだ。今のところ怪しい者は見当たらない。船側で用意したという護衛者は乗務員と兼任であまりあてになりそうになかったが、逆に怪しいというものでもない。それよりも、文を降ろす役についた集団のほうが遥かに怪しい。
「船長の小豆は、奴らについてはすっ惚けて何にも言わねぇ。まあ、金を握らされてるんだろうけど」
 黎乃は肩をすくめて言った。
 久我は少女の部屋から少し離れた場所で少々退屈そうに見張りについていた。近づくといらぬ警戒をされそうだと遠慮しているらしい。伝助は視界の通る甲板に立ち、周囲に注意を払う。その近くを鎧阿に騎乗した喪越が過ぎる。
 当の少女は部屋の外を出歩くこともなく、ずっと中に閉じこもったまま窓の外に目を向けていた。途中でフィーが食事を運んで行くと、その時だけ振り向いたが何も言わず、再び視線を窓の外に向けた。
 ともあれ一日目はアヤカシの襲撃もなく、船は夜を迎えた。


 湯の用意ができたという小豆の報せを聞いて、フィリンが少女を迎えに部屋に入る。
「ここで湯浴みはできないの」
 少女が不満そうに言った。ワガママだなーとフィリンは思うが、にこりと笑ってみせる。
「たぶん向こうのお部屋のほうがいいと思う! 大丈夫、ちゃんと見張っててあげるから!」
 この船は客船ではなく商人船だ。いたしかたあるまい。
 湯浴み部屋の前で先に部屋に入ったアルクトゥルスはぐるりと中を見回した。清潔そうな敷物、湯を溜めたいくつかの瓶。湯浴み用の大きな木製の浴槽は天井から垂らした薄い布で覆われている。扉以外から侵入しようなどという不埒な者はいないだろう。
「ごゆっくりどうぞ。お背中を流しましょうか?」
 少女の目がアルクトゥルスを見た。無言で頭を振る。
「分かりました」
 アルクトゥルスはにこりと笑い、静かに扉を閉めた。閉めた途端に龍の上で目を輝かせてこちらを見ている黎乃と久我の姿に気づく。しっ! と手で追い払う。フィーとフィリンもぶぅと膨れて睨みつけた。ちぇ、というように2人は離れていった。
 アルクトゥルスはちらりと扉を振り返る。皇女の胸の傷は有名な話だ。背中を流しましょうかという申し出を受け入れれば偽者と思っていたが、身代わりだって皇女の情報を知らずにいるわけではあるまい。これが本人かどうかの決定打にはならない。
 さて、追い払われてしまった黎乃と久我だが、何となく気になってしかたがない。久我は秋葉に指示すると、黎乃に気づかれぬよう、そうっと反対側に回った。
 扉側は女性陣が守っているけれど、反対側も守らないと危ないだろう? ‥‥と、諌められればそういう言うつもり。
 反対側は小さな窓がついていた。覗こうとする奴がいたら大変だ。そう思いつつ近づく自分が既に覗き魔風情であることに気づいていない。耳を澄ますと小さな鼻歌が聞こえてきた。なかなか美しい声だ。へえ、あの子は歌を歌うのか、と、更に近づいてしまう。
 窓にはもちろん薄い紗がかけられていたが、そこへうっすらと白い人影がうつる。それは湯煙に滲み、実に色っぽい。
「秋葉、揺らすな、静かに飛べ」
 思わずそんな言葉も出てしまう。頭の中では細身の白い裸体が湯を浴びて桃色に染まっていく妄想で一杯だ。
 ふと、中の人が立ち上がった。白い裸体がこちらに向かって来たのでぎょっとする。ばれたのか? それとも暑くなって窓でも開けようと‥‥? ええっ? ごくり。
 白い指が窓の紗にかかった。次の瞬間、
「あっつー!」
 夜風を浴びようと顔を突き出した相手と久我の目がぴたりと合う。合ったままお互いに凍りつく。
「うわあああっ!」
 同時に叫んだ。窓を開けたのは白い肌を桃色に染めた商人、小豆。
「何してんのよ、助平!」
「うるせえ! 裏声で鼻歌なんか歌うんじゃねえっ!」
 久我は涙目になって秋葉と共に大急ぎで離れていった。
「何か声が聞こえたような? 久我?」
 女性陣は顔を見合わせ首をかしげた。
 そう。湯浴みの部屋には窓がなかった。反対側は男性用の湯浴みの部屋だったのだ。


 船の上が騒然となったのは、翌日の夕方だった。
「右舷より眼突鴉群!」
 見張りについていた乗務員の叫ぶ声が響く。既に定國に騎乗し、敵に向かう黎乃の姿。
「僕、行くね! 瑠璃!」
 フィリンが龍を呼ぶ。瑠璃の声を聞き、身軽にひょいと飛び乗り空に舞う。木戸崎はその彼女に加護法を。
「‥‥死守‥‥!」
 盾を構えるフィー。黒曜が主と共に扉を守らんと彼女の近くを飛ぶ。船上に残っているのが木戸崎、伝助、久我、フィー、アルクトゥルス、喪越。羽音を聞き分けた伝助が撃針を放ち叫ぶ。
「あいつら船の下に回りこみやしたぜ!」
「秋葉!」
 久我が騎乗攻撃に回る。アルクトゥルスはアスピディスケに援護の指示を。
 船の下部は鴉の襲撃くらいではびくともしないだろうが、まるでグライダーの場所を知っているかのような攻撃だ。近づいてきた鴉を焙烙玉で吹き飛ばした喪越は、瑠璃の背で「悪い子は僕が打ち落としちゃうよ〜!」と声を張り上げながら矢を放つフィリンの姿を見る。並んで航行している小型船も鴉色だ。いったい何体いるのかと思うほどの数だったが、所詮は鴉。小豆が用意した船側の護衛団が射る矢の助力もあって、数十分で辺りは静かになった。
「やったねー!」
 嬉しそうにそう言うフィリンの手と龍の上でぱちんとハイタッチしながら、黎乃は船の窓から外を眺める少女の姿を見る。彼女の青い瞳は全く冷静だった。何事もなかったかのように外を見つめている姿に黎乃は「ふぅん?」と呟く。
「どうしたの?」
 フィリンが尋ねたが、「いや、別に」と黎乃は笑みを見せた。

 アルクトゥルスは少女の部屋の前に椅子を据え、そこに腰を下ろす。昨晩も同じようにした。あと数時間もすればジルベリア上空。早朝には最初の降下団落下位置に来る。船体が微かに軋み音を発した。フィーとフィリンが暗闇に目を凝らす。船の灯りに白いものが後部に走っていくように見える。雪だ。夜が明けるまでに少しは回復していれば良いが。
 しかし夜明け近くまで吹雪は続き、明け方になってようやく小康状態となった。それでも強い風、舞う雪。
「目標接近!」
 見張りの声が響く。フィーとフィリンは部屋から出てきた少女の姿を見て慌てて止める。
「危ないよ!」
 しかし彼女はふたりをひたと見据える。
「見届ける」
 フィリンがどうしようかというようにアルクトゥルスの顔を見る。アルクトゥルスは頷いた。だめと言ってもこの様子なら彼女は聞くまい。
 少女は甲板から少し下を航行する小型船を見つめる。言わずもがな皆で彼女を囲う形となる。
 遥か下方の雪原に小さな赤い旗が見えた。しかし、その少し離れた場所を見て伝助が声を漏らす。
「軍隊でやんすね‥‥」
 一個中隊はあるような黒い影。
 旗が接近する。小型船から3つのグライダーが宙を舞い、皆が息を詰めて見守った。
 次の瞬間、飛空船は目標地点を通過、そして見張りの声。
「後方よりアヤカシ接近!」
 開拓者達も身構える。
「中に入ったほうがいい!」
 アルクトゥルスが少女の腕を掴む。
「構うな!」
 びっくりするほど険しい声だった。彼女は食い入るように降りていくグライダーを見つめる。アヤカシは多くは雪喰虫。風を利用してグライダーに一気に襲いかかる。
「ハーピーがいやがる!」
 黎乃が呻く。アヤカシの目標はグライダーのみであったらしく、船を追ってくることはなかったが、ずたずたに引き裂かれ墜落するグライダーを皆が声もなく見つめる。数分後には雪の白い色に景色は紛れて見えなくなった。
「せめて‥‥加護法をかけて‥‥」
 俯き悔しそうに言う木戸崎に少女が顔を向ける。
「地上までは数分」
 青い目が微かに笑い、彼女は部屋へと戻っていった。


 二回目の降下まで、時間はあっという間に過ぎた。
「目標まで15分!」
 再び船上が慌しくなる。女性陣は少女を格納庫へ。既に木戸崎、伝助、喪越、久我、黎乃は下で待機しているはずだ。アスピディスケと瑠璃、黒曜も待っているだろう。グライダー発進後、龍に飛び乗る。
「風が強い。操縦にお気をつけて」
 アルクトゥルスの声に少女は頷く。
「護るからね! 心配ないよ!」
 フィリンが言うと青い目は笑った。
「心配はしていない」
 アルクトゥルスは思わず少女の顔を見る。度胸が据わった本心なのか、それともさっきの降下組のように覚悟を決めているのか‥‥。しかし布に包まれた彼女の表情は分からなかった。
 格納庫が開いた。凍りつくような冷たい風が体を打つ。グライダーの前を黎乃とアルクトゥルス、久我、伝助、フィリン、左翼と右翼、上部を喪越、後方にフィーと木戸崎。隊形を組むや否や、伝助は雪喰虫の羽音を超越聴覚で察知。木戸崎、久我もそれを察知する。
「東! 味方の援護中心だ! 回避に努めよ!」
 木戸崎は加護法を放つ。伝助が打剣による撃針攻撃。
「焔! 近づく奴は爪で握り潰すでやんすよ!」
 焔が雄叫びをあげた。
「どけぇ!」
 炎魂縛武で炎を纏った久我の槍が虫をぐわりとはたき落とす。片っ端から神楽舞「速」と「攻」をかけ続けるフィー。
「龍の上‥‥舞うのは‥‥ちょっと怖い‥‥」
 思わず呟いてしまう。
「ハーピー!」
 伝助の声。
「おらよ!」
 喪越の使う大護符で上空から襲いかかろうとしていたハーピーは怯み逃げる。しかし上からだけではなかった。前方から更に2体。アルクトゥルスと黎乃で一撃を加える。一体が逃れた。右翼のフィリンが狙眼で一矢を。次の瞬間、鈍い音が響いた。それは雪喰虫に紛れてグライダーの片翼を千切った。ドラゴン頭のキメラだ。平衡を失い落下していくグライダーを前衛のアスピディスケと定國が主を乗せて追う。久我、フィリンと共にキメラを葬った後、伝助も焔への急降下指示。歯を食いしばった伝助は視界の隅に別のグライダーを見た。雪喰虫が蹴散らされていく。援軍? いやそんなことよりも。
「定國!」
「アスピディスケ! 寄れ!」
 黎乃とアルクトゥルスの意図は同じだ。2人で少女に手を差し出す。
 少女の体がグライダーから舞った。地上までは僅か数メートルであった。


 どう! と周囲に雪煙が散った。昨晩から降り積もった雪がクッションとなって受け止めたが、本能的に黎乃は女性2人を抱えるように自分が一番下になって落ちた。雪まみれの中で黎乃はぼんやりと娘の顔を思い出す。手に柔らかな女性の体の感触。気持ちいい。思わず撫でさすってしまう。
「黎乃! アルクトゥ‥‥」
 大きく開いた雪穴を覗き込んで伝助は声をあげかけ、途中で口を噤む。少女の顔を覆っていた布は既にない。その少女が、がば、と起き上がると、黎乃の胸ぐらをぐいと掴んだ。
「貴様! 私の体を気安く触るな!」
 何が何やら訳が分からない黎乃の横で、同じく一瞬気を失っていたらしいアルクトゥルスが目を見開き、ぎょっとする。駆け寄る兵の声が聞こえる。反対側からは仲間達の声。
「姫様!」
「伝助! 黎乃達は‥‥!」
 近づき皆同じように口を噤み、ようやっと黎乃も気づく。
「銃を持て! こやつの頭、撃ち抜いてくれる!」
「いや、しかし、姫様‥‥」
「あの、断じて不埒な思いで触ったわけでは‥ほんとに‥‥」
 鼻先をくっつられて睨む目が怖い。震えあがったのは密かに久我も同じだ。浴室にいたのが小豆で本当に良かった。本物の皇女の覗きをしていたらジルベリアに降りた途端、銃殺だったかもしれない。
 しかし、しばらくして青い目は小さく笑った。
「冗談だ」
 彼女は顔を離し、黎乃の首元から手を外す。ぱふんと黎乃は雪に倒れこんだ。
「‥‥レナ皇女?」
 アルクトゥルスの声に青い目は頷き、兵の介添えを受け立ち上がる。そして開拓者達の顔をひとりずつ見回した。
「我が名はレナ・マゼーパ。無事、この地に降り立てたことを感謝する」
 皇女は兵を振り向いた。
「皆をジェレゾまで丁重にお送りを」
「はっ!」
 皇女の肩に兵がマントをかける。くるりと背を向け歩き出す彼女の姿を皆が呆然として見送った。皇族の姫とは‥‥何とも素っ気無い。そう思った時、ふと、皇女は歩を止め振り向いた。
「‥‥ん‥‥!」
 反射的にフィーが手をあげて反応する。皇女はそれを見て微かに笑う。
「木戸崎と東。喪越と鎧阿。黎乃と定國。アルクトゥルスとアスピディスケ」
 彼女はひとりひとり、龍と共に指差しつつ言う。
「フィーと黒曜。フィリンと瑠璃。伝助と焔。久我と秋葉」
 どうよ、と言わんばかりに笑みを浮かべ、彼女は今度こそ本当に背を向けた。

 ジルベリア国皇女、レナ・マゼーパ、開拓者の力を借り無事帰還。