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■オープニング本文 「やだっ! 俺も兄ちゃんと行くー!」 緑(リョク)が口を尖らせて地団駄踏んだ。 「にぃはお仕事終わったら来るから」 姉の桃火(モモカ)が幼い弟に必死に言い聞かせる。 「俺も行く! 白にいちゃんも行くじゃんよ!」 「聞き分けろっ!」 ごつりと姉の拳骨が脳天に落ちた。 「ぼぼねえちゃんのばがー!」 緑は悔し涙を浮かべてクッションにぼふりと顔を埋める。 桃火はげんなりして西の森へ出立の準備をする兄の元へ。 「緑は?」 馬に鞍を乗せながら橙火(トウカ・通称トウ)はちらと妹の顔を見る。 「頭、ごっちした。もぅ」 桃火はぶうと膨れてみせる。 橙火は手を止めずに小さく笑みを浮かべた。 「白は出たの?」 「さっきイチゴーを馬に乗せようとしてた。もう出るだろ」 答える橙火の声のあと、速足の蹄の音が聞こえた。2人はそれで白火(ハクカ)が出たと考えた。 「じゃあ、あたしも緑に準備させてバレクにぃんとこ行くね」 言って、桃火は兄の顔をじーっと見上げる。 「どうした」 「にぃ、緑はにぃが大好きだ。あたしもにぃのことが大好きだよ。もう、ずっと一緒にいられるよね?」 橙火の笑みが凍り付く。 「にぃが天儀に帰りたくないならあたしは別にここでもいいよ。母さんは緑をなだめるためにあんなこと言ったんだ。悪気はないよ。落ち着いたらあたしがどっかで緑を連れて帰る。母さんもそれで安心するさ」 橙火は妹の顔をただ見つめる。 「お仕事頑張ってね。ぎゅーして?」 橙火は小さく頷くと妹を抱きしめてやった。 その2人の姿を見て、弟の白火が「また桃が甘えてる」と笑い、声をかける。 「にぃ、そろそろ出るね」 え? と2人は顔を強張らせた。 じゃあ、さっきのは? 桃火が慌てて緑の様子を見に戻る。 そして真っ青な顔で叫んだ。 「にいっ! 緑が出ちゃったっ!」 橙火は馬に飛び乗った。 迅鷹の蒼(あお)が先を飛んで行く。 蒼の鋭い声に向かって馬を走らせ、緑の乗る馬の姿を遙か向こうに見た。 緑はまだうまく馬を操れない。 「緑!!」 声を張り上げた時、視界に黒いものが飛び込んで来た。咄嗟に構えるも、 ――― ガッ…! 激痛が頭に。橙火は声をあげることもなく落馬する。 激しい衝撃が全身に伝わった。 「…く…」 赤い視界の向こうで弟の乗った馬が消える。 「とあっ!」 叫び声が聞こえた時、本能的に避けた。すぐ脇にぶすりと刀が突き刺さる。 激しい痛みを堪えて必死になって身を起こした。 「がああっ!」 「ギィィッ!」 さっきとは違う声。蒼が攻撃した。敵は複数いる。 巴を放つ。 方向を感じ取り、火輪。叫び声が聞こえた。 すぐ後ろで羽ばたきの気配と共に蒼の鋭い声が聞こえる。 「蒼…っ!」 必死になって叫ぶ。羽ばたきの音が不安定だ。斬られたのか? 「緑を…緑を追えっ…」 蒼は動かなかった。 「行けえっ!」 叫んでようやく蒼の気配が遠のく。 だが、殺気は感じる。 近づく殺気に氷龍。叫び声が聞こえる。 視界は相変わらず悪かった。流れ落ちる血のせいか、赤く霞んでよく見えない。 顔を拭う暇もなく殺気と共に突き出された刃を交わし、その後背に鋭い痛みを感じた。 意に反して膝が落ちる。 地についた手が持ちあがらない。 直後、ぎゃあ、と叫び声がした。誰かが戦っている。誰だ。 顔を巡らせようとした途端、どう、と地面に倒れた。 体に遠ざかっていく複数の蹄の響きを感じる。 空が赤く夕焼けのように見えた。 「にい!!」 白火が顔を覗き込む。 「…緑…は…」 「桃が追った! 今助けを呼んで来る! イチゴー! にぃの傍にいて!」 遠ざかる蹄の音。 イチゴーがのっそりと近づいて、べろんと頬を舐めた。 「しっかりしろもふ」 橙火はそれに答えず、イチゴーにすがって立ち上がった。 「どこ行くもふ。血がすごいもふ」 イチゴーが見上げる。 「…まだ敵が…いる…緑も…桃ひとりじゃ…」 荒い息の下で馬の手綱を掴み、橙火は答えた。 それを見てイチゴーが先にひょいと馬に乗る。 「…お前は…いいよ…ここに…」 「白が傍にいろと言ったもふ。頼まれたもふ」 イチゴーは答えた。 それは数日前にさかのぼる。 「この調査に我らが関わったこと、姫様はもちろん、他言無用に願いたく。それ以外は貴殿のご判断で。手に余れば放置なさっても咎める者はおりませぬ」 レナ皇女の親衛隊のひとりが訪れて、バレク・アレンスキー伯爵の手元に書類を残して行った。 名前は…スェーミだったか。バレクは未だに親衛隊の顔と名前が一致しない。 意味も分からぬまま書類を読んで、バレクは思わず呻いた。 親衛隊も悩みつつ持って来たのだろうと思う。 開拓者が天儀で調べた神西橙火(トウ)の生家に関する報告書。 今までトウが話すことのなかった彼の秘密がそこにはあった。 陰陽師の神西橙火(トウ)がバレクの前に現れたのは、もう2年以上も前のことになる。 ローザ・ローザに父を殺されたバレクに、トウは「友を同じアヤカシに殺された」と言い、それから2人は目的を同じくする同志となる。 表向きトウはバレクの執事のような役目を担い、2人でローザの足取りを追った。 その後ローザはレナ皇女と開拓者の手により葬り去られ、バレクは日常を取り戻したが、自分の素性を一切明かさないトウの態度は変わらなかった。 桃火と白火が天儀から兄を探しにやって来るまで、バレクは彼に妹弟がいることすら知らなかったのだ。 桃火にはそれとなく家の事情を聞いてみたことがある。 家は呉服屋で、母が後妻であることはそれで知ったが、素直で明るい桃火と白火を見る限りにおいて家の事情で橙火が自分を隠しているとは思えなかった。 橙火自身に問うてみたい気がなかったわけではない。 それをしなかったのは、踏み入った時、彼が更に硬い殻を作ってしまいそうな危惧からだった。 バレクは酒の瓶に思わず手を伸ばしかけ、そして思いとどまる。 やるせなかった。 トウ、どうして話してくれなかった? 俺はバスカル子爵を知っている。叔母の嫁ぎ先だ。 ミレナ・ベチュカも…。 ああ、そうだ。ミレナも俺は知っている。 だからなのか? 君が俺の前に姿を現したのは、俺のことを単なる手段と思ってのことじゃないよな? いや、最初はそうであったとしても、君とは友人のはずだよな? 考えあぐねた末、バレクはヴォルフ伯爵と話をし、神西兄弟を引き取る決心をつけた。 彼を守らなければならない。 行方を追っていると親衛隊は言った。 でもまだ特定できていない。 橙火は天儀から来た殺し屋に狙われている。 |
■参加者一覧
クロウ・カルガギラ(ib6817)
19歳・男・砂
草薙 早矢(ic0072)
21歳・女・弓
イルファーン・ラナウト(ic0742)
32歳・男・砲
リト・フェイユ(ic1121)
17歳・女・魔 |
■リプレイ本文 バレクは薬草、止血剤、包帯、荒縄等々をそれぞれに積んだ馬を用意した。 白火を先頭にバレクと共に橙火と別れた場所に急行。 「…!」 現場に着くなりリト・フェイユ(ic1121)が思わず息を呑む。 左方に林、右方は広大な麦畑。まっすぐ行けば旧ベルイフの西の森。それ以外は何もない平坦な一本道。その少し外れた場所で踏みにじられた草、おびただしい血の跡、散乱する羽。 「橙火と…蒼の?」 あまりの凄惨さに、クロウ・カルガギラ(ib6817)が信じられないという表情で白火を見た。白火は青ざめた顔でクロウにこくんと頷く。 一部がすっぱり切れた迅鷹の羽を拾い上げ、リトは道の彼方に目を向ける。 「蒼が飛んでくのは見てるんです。…あの時はまだ…飛んでた」 白火は言った。 草薙 早矢(ic0072)が少し先に馬を歩かせながら地面に目を凝らす。 「蹄の跡がある。…血痕も」 「白火」 イルファーン・ラナウト(ic0742)は身を屈めて白火の顔を覗き込む。 「敵を見てるのはお前だけだ。どんな奴らだった?」 「村の人達と同じような服装した男達で…。でも、村の人じゃない。刀とか鎖鉄球を持ってたし…」 「人数は?」 クロウが尋ねる。 「…10人くらい…だったと思います」 「白火、あともう1つ」 イルファーンが言う。 「イチゴーがトウと一緒で、どういう行動をとるか分かるか?」 白火はその問いに視線を泳がせて不安そうに顔を伏せた。 イルファーンは辛抱強く彼の返事を待つ。 「イチゴーは…にぃが好きだから…緑のことは毛を毟るから嫌がってたけど…だから…にぃを守ろうとするかも……でも、イチゴーの戦力じゃ…」 「リナトさんのところに行ってくる」 馬に飛び乗りながらクロウが言うと、リトが頷いた。 「騎士さん達に空からの捜索をお願いを」 「俺も行く。話を通しやすいだろう」 バレクも馬の手綱を取った。 馬を走らせていくバレクとクロウを見送り、早矢を先頭に地に残る蹄と血の跡を辿る。 「…」 暫くして早矢は首を傾げ、馬から降りて地面に顔を近づけた。 「どうした」 イルファーンが尋ねる。 「馬の種類が違う」 早矢は顔をあげて答えた。 「奴らが乗ってるのはたぶん農耕馬。私達の馬とは違う。跡が大きく深いのと、相当に荒い乗り方をしてる。蹄が傷みかけてる」 「そんなことまでわかるのか…」 イルファーンは地面に目を凝らす。 「複数の跡が重なってるから推測としてだが、まず間違いない。馬の扱いにも一家言あるつもりだよ。ちょっと急ごう。ついてきて」 早矢は再び馬に飛び乗った。3人は周囲に目を配りながら彼女の後に続く。 しかし、早矢は再び馬の歩みを止める。 「分かれたわね…」 リトが言った。早矢が頷く。蹄の跡が分岐している。 早矢は3人を振り向いた。 「右に行こう。私達と同じ馬の跡が」 暫くして蹄の跡が再び左右に分かれる。 「なんで…」 白火が顔を歪めた。早矢は左右それぞれに少し馬を進めて地面を確かめる。 「左は農耕馬と乗用馬、それと…血痕。右は乗用馬」 ここで人数を分けられない。そう思いつつリトは周囲を見回す。 ふと、ふわりと宙を舞うものに目を止めた。 羽? かなり遠くの草むらだ。 急いでそちらに馬を向ける彼女に気づいて皆もそれを追う。 リトは途中で馬から降りると、ざくざくと草をかきわけた。 そして覚えのある声を聞いた。 ――― ピイィ… 小さな男の子が仰向けに倒れていた。その傍に迅鷹がいる。 「白火さんっ!」 抱き起しながら大声で呼ぶ。白火が転がるように走って来た。 「緑!」 小さな腕と脚に巻かれた包帯。 「手当てしてもらってるわ…」 迅鷹の蒼に目を向けるとそちらも羽に包帯が巻かれてあった。 「離れるなと…言われたの?」 リトが頭を撫でてやると、蒼は悲しそうに小さな声で啼いた。 「桃火の姿がない」 周囲を見て回ったイルファーンの声に白火の顔が青ざめる。 「さっきの分岐か」 早矢は口を引き結んだ。嫌な予感がする。 人質。 橙火は恐らくそれを追ったのだろう。 弟ではなく志体持ちの妹を人質にしたのは彼女が紅子の子ではないからか? 早矢は屈みこんで白火の顔を見る。 「弟を…小屋に連れて行ける?」 この子は小屋に置いたほうがいいかもしれない。 「はい…でも…」 「心配すんな。必ず連れて帰る」 イルファーンが言った。彼も同じことを考えたのだろう。 緑を抱き上げ、傷に触らないよう注意深く荒縄で馬の背に結わえつけてやる。 蒼も、と振り向くと、蒼は帰らないというように「ピィ!」と啼いた。 イルファーンは白火の馬の尻を叩いて動かす。 「にぃと桃を…お願いします!」 白火の声を残して馬が行く。 「おいで」 リトは蒼の体を触って傷の具合を確かめた。 「羽は動くわね。良かった…一緒に馬に乗って?」 早矢が空鏑を空に放った。 「クロウが合流するまで何度か打つ」 彼女の声にイルファーンとリトは頷き、再び馬に飛び乗った。 リナト・チカロフにヴォルフの騎士団の協力と周辺の警護を願ったあと、クロウはすぐに拠点小屋を後にした。 ただ、遠くで彼の後姿を訝しげに見る人物がいたことに彼は気づいていない。 「クロウ…?」 と、彼女は呟いて小屋に入って行った。 クロウはそのまま西の森に向かう。 「頑張れよ」 霊騎ではない乗用馬だが、バレクなら狩りなどに使っているはずだ。 イェニ・スィパーヒを使い馬の歩を速めたクロウは早矢の空鏑の音を聞く。 何かあったのか。 しばし考えたのち、馬の方向を変えた。音の方向を辿り、すぐに皆に追いつく。 クロウの姿を見て蒼が声をあげた。 「蒼!」 クロウは安堵の息を漏らす。 「見つかったのか?」 「緑は白火が小屋に連れて行った」 イルファーンの言葉にクロウは目を細める。 「まさか…」 「あなたはいてくれないとね。頼むよ」 早矢の声にクロウは頷いた。 右手に西の森が見える。上空に見える龍は恐らくヴォルフの騎士。 「いた!」 早矢が叫んだ。遠くに数頭の馬の姿が見える。 イルファーンとクロウが銃を取り出す。 「馬だけだ。近くにいる! 散るよ!」 早矢の声に馬を走らせながら分散する。 乗り捨てられた馬を追い越すと、やはり農耕馬だった。 道を外れ、斜面を降り、草の中を走り抜ける。 男の姿が見えた。 「閃光!」 イルファーンの声が響き、閃光練弾の光が散る。 束の間目を閉じて光を避け、早矢は視界に入った男の足を狙う。 ひゅんっ! と、いう音と共に矢が飛ぶ。手ごたえがあった。 次! イルファーンの撃った魔弾の音が聞こえる。 クロウが弧を描く銀の刃と小さな血の粒を空間に残し倒れる人影を見た。 再び振り上げられる刀を払うように矢が飛ぶ。早矢の先即封。 ズルフィカールをくるりと回して刃を返し、事態を飲み込めずにいる男にクロウは馬を向け、馬の側面に身を乗り出して思い切り打った。鈍い音と共に男が倒れる。 そして再びネルガルに持ち替える。 「リト!」 イルファーンが倒れた橙火の体を後方の草むらに力任せに引き摺る。 撃ち砕かれた手を押さえたまま、また向かおうとする男にウインドカッターを放ったリトは身を翻す。 「手当を!」 仁王立ちのイルファーンの背後に駆け寄った。 橙火は血まみれだった。急いでレ・リカルを放つ。 止血剤、薬草、包帯でまだ流れている血を止める。 失った血が多すぎる。間に合うの? 橙火さん、しっかりして。 リトは祈るような気持ちだった。 声がした。敵だ。イルファーンが撃つ。 「も…」 橙火が声を出した。リトは橙火の顔を覗き込む。 「橙火さん! 聞こえる?! しっかりして!」 うっすら開いた橙火の目はまだ焦点が定まらぬ様子だ。再び銃声が響く。 10人いると言っていた。あと何人残っているだろう。 「てめえら!」 怒声が聞こえた。 「男出せ! でなきゃこいつを殺すぞ!」 声が聞こえるなり、橙火が唸り声をあげてリトの腕を拠り所に立ち上がろうとする。 「ももに…手を…出…」 狂気のような執念が顔に浮かんでいる。 「橙火さん、食べて。無理矢理でも口に入れて!」 節分豆を取り出す。それで初めて橙火はリトの顔を見た。 この人は止めても動く。なら、せめて練力回復を。私が援護するわ。 彼女はそう考えて自分も豆を口に含む。 彼に肩を貸して立ち上がり、ようやく周囲の状況を見た。 男がぐったりした少女の首に腕を回し、短刀を突きつけている。傍にもう一人。こちらは刀。 「兄さん、俺らぁ仕事なんだよ。ほっといてくんねえか」 これは刀の男。体が大きい。 「俺らも仕事でな」 イルファーンが銃口を向けたまま答えた。 「開拓者かよ」 男がふんと笑った。 クロウが動いた。彼の位置は反対側。つまり敵の背面。 ナーブカマル・イゥテダーオン。 『頑張ってくれよ』 頭の中で馬に願い、ズルフィカールを抜く。刃を返し、 ――― ドカッ! 左腕の肩に叩き下ろす。桃火の体を離して男は倒れた。 刀の男が「え?」と振り向いた瞬間、早矢の弓が微かな音を放つ。巨体が倒れ込んだ。 「動くな」 起き上がろうとする短刀の男の額にクロウはネルガルの銃口を向けた。 向こうでは隙を見て逃亡を図った男にリトがアルムリープを放つ。こちらも見事な倒れっぷり。これで最後だ。 「よし、縛りあげるぞ」 イルファーンが縄を取り出す。 橙火を座らせ、リトは桃火に走り寄った。 顔は腫れあがり、あちこちにあざができている。相当殴られたのだろう。 「女の子をこんな目に遭わせるなんて…」 レ・リカルを付与する。 影が近づいてリトは目をあげた。橙火だ。 「桃…」 ふらふらと崩れ込むようにしながら橙火は妹を抱き上げた。 「にぃ…」 桃火はうっすら目を開き、短刀の男を縛り上げるクロウの姿に気づく。 「クロウにぃが…いるじゃん…」 傍にいるリトの顔を見る。 「開拓者さん…」 力ない笑み。開いた口で歯が欠けているのが見えた。 「じゃ…大丈夫だねぇ…よかったぁ…」 兄の胸に顔を寄せる。 「あたし…もっと強くなるね…にぃを…みんなを、ちゃんと守るか…ら…」 すぅ、と気を失った。橙火が声を漏らす。 早矢が空鏑を空に放った。すぐにヴォルフの龍が来る。 縄を下ろしてもらい、それを男らに結び付けて吊り下げる。拠点小屋に直行だ。 「橙火さん…」 リトがそっと声をかける。 「弟さんも無事よ。帰りましょ?」 「なんでこんな…」 妹の体を抱きしめる橙火の傍にイルファーンが膝をついた。 「トウ…あのな、俺達はギルドの依頼でお前の生家を調べさせてもらった。あいつらはお前の継母が送った暗殺者だ。バレクも全部知ってる」 橙火は無言でイルファーンの顔を見る。 「余計なことを、ってか? すまんな。だけど仲間だからな。心配なんだよ」 橙火はかぶりを振る。 「…皆さんが調べたことはきっと事実とは違う…俺は…」 「大丈夫だ」 イルファーンはそれを遮って答えた。 「何が事実でも、誰もがお前の話を聞き、きっとお前の力になる。桃火と白火もだ」 橙火の頬がぴくりと震えた。 「一人で抱え込もうとするなよ。みんなで貴方の帰りを待ってる。行こう?」 クロウは橙火の腕から桃火をそっと抱き上げた。 イルファーンと早矢で橙火を支える。 その時、声がした。 「お前らぁ〜俺、忘れるなもふ〜…」 イチゴーがボロボロに汚れきってじとりとした目で草むらから出て来た。 「アタックしたのに、蹴り返されたもふっ!」 悪漢も流石に天儀の神様を斬り殺そうとしなかったか。 「大変! こんなに汚れてしまって…私と帰りましょうね」 「ひゃっほい」 リトの声にイチゴーは勝ちポーズ! を決めた。 拠点小屋に戻ってちょっと驚く。 小屋の前に立ち尽くす皇女の姿。 まずいか? と思ったが、後ろの親衛隊が小さく目配せをしてきた。たぶんバレクがうまい具合に説明したのだろう。 桃火はすぐに小屋に運ばれ、バレクが小屋から出て来る。 白火は兄の姿を見て飛びかかるようにして抱きついた。 しかし、弟を抱き留めた瞬間、橙火はぐらりと体を傾がせ倒れてしまう。 「にぃ!」 リトが慌てて駆け寄った。 「橙火さん! だ…」 言いかけてリトは口を噤んだ。血を流し落とし、筋を残す涙と共に橙火はすぅと息をたてていた。 「皆の顔を見て安心したのかも…。出血が多かったから…休ませてあげてください」 心配そうな顔で近づくバレクにリトは言った。 「バレク様、こちらはどうします」 男達を引き連れて騎士が来る。総勢8名。 ふいにイルファーンが口を開いた。 「お前ら、とんでもねえぞ。ここにいらっしゃるのは誰だと思う」 あ、とクロウがそれに乗っかる。 「ジルベリア帝国皇女、レナ・マゼーパ様だぞ?」 マジ? と顔を見合わせる男達。早矢とリトも顔を見合わせたが、一番びっくりしたのはいきなり振られたレナ皇女。 「皇女の御前でこういうことをして」 「ただではすまないよなあ?」 「皇女、どうなさいますかね?」 「縛り首ですか?」 2人で同時に、さあどうぞ、と手を向ける。 じーっと2人の顔を見たあと、皇女は男達の前に立った。 「ええと…」 皇女はうーんと考えるように指を額にあてる。 「縛り首」 ひぃ、と男達は目を見開いた。 「…にしたいところだが、お前達は天儀に送り返す。誰の指図か知らぬが再びこのような混乱を起こせば著しく帝国の治安を乱すと判断し、正式に天儀に抗議を申し入れる」 首、繋がったーと男達は息を吐く。 「神西兄弟は、帝国に忠誠を誓うアレンスキー伯爵の最愛なる友であり、彼の友人は私にとっても大切な友。危害を加えることは許さぬ。言いたいことがあるならば姑息なことをせず正々堂々と来るが良いわ。バレクも私も、いつでも受けて立つ」 「よし、来い」 騎士が引き摺って行く。 「どこかで噛むかと思った」 早矢とリトの傍に戻って来て、皇女は『いー』と口を横に広げて言う。それにはさすがに2人とも笑ってしまう。 「でも、開拓者がいてくれて良かった。リトは宴に来てくれたね。其方は?」 「草薙早矢です。姫様」 顔を向けられ、早矢はお辞儀をする。 「有難う、早矢。橙火は開拓者に頭があがらないわね。…私も同じよ」 皇女はほっとしたように息を吐いた。 「レナさんにはどこまで話を? …ええと…」 クロウは親衛隊に近づいて小さな声で尋ねる。 「シャスです、クロウ様。バレク様がご自身に関係のあることを主に。継母のことはかいつまんでのみ」 イルファーンが傍に来る。 「全く…。姫様を引き出されるなど」 彼を見てシャスは苦笑する。イルファーンは肩をすくめた。 「自分で何かしてやれた事実がありゃ、レナの気持ちも多少落ち着く。まあ、あの継母がこのまま引き下がるとも思えんが」 「まさか皇女に直談判なんてことは…」 「杞憂です。杞憂っ!」 クロウの言葉にシャスがふるふると首を振った。 |