【西の森】もふらまにあ
マスター名:西尾厚哉
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/03/19 23:25



■オープニング本文

 ヴォルフ伯爵がリナト・チカロフと奥方のユリアを連れて現れた。
 既に商人の小豆銀介はレナ・マゼーパ(iz0102)の部屋に到着していて、彼の手の大きさからすればお猪口くらいにしか見えないティーカップの取っ手を中指と親指で摘み、ブリャニキをぽりぽりしている。
 身重のユリアを気遣ってレナは椅子を勧め
「バレクは?」
 早速ヴォルフ伯爵に向き直る。幼馴染のバレクは少し前に凍死寸前だったのを助けられたからだ。
「ご心配なさらず。それより、南部より無事のお戻り、何よりです」
 それを聞いてレナは曖昧に頷いた。
「何かございましたか…?」
 気遣わしげにヴォルフ伯爵が顔を見る。
「私はなさすぎるほどなにも得ず。スェーミと開拓者に苦労をさせた。父に報告はしたから…何か動きはあるだろう」
 小豆がブリャニキをもぐもぐしながら心配そうにレナを見る。
「姫さま、お取込み中ですけど…あの…あたし、2時間後に出航ですの」
「わかった。話を始めよう」
 レナは口を開いた。


 旧ベルイフ領の西の森に『相棒養成所』を作る。
 それがレナの計画だ。
 西の森は瘴気が溜まりやすい。放置しておくとまたアヤカシの根城になってしまう。
 それならばいっそ相棒達を常に置くようにしてしまおう、という考えだ。
 ジルベリアでは少ないもふらさまにもたくさん来てもらう。
 ゆるりともふらさまが闊歩し、相棒達が生き生きと過ごす場所は、もしかしたら観光地にもなるかもしれない。良い財源になる。
「もふらさまってもふもふなんでしょ? もふもふしてみたいわ」
 ユリアが顔を輝かせる。
『私も』と言いかけてレナは慌てて言葉を飲み込んだ。
「で、あたしは何を?」
 小豆は太い首を傾げて言う。
「相棒を運んで欲しい。もふらさまもたくさん」
 小豆はそれを聞いて人差し指を顎にあて、うーんと考えて
「無理ですね」
 と答えた。
「なぜ」
「手っ取り早く申し上げますと、独占禁止とかいうやつですの」
 レナは眉を潜める。
「大量輸送に単独の商船を使うわけにはいかないのですよ」
 ヴォルフ伯爵が代わりに答えた。「そゆこと」というように小豆が頷く。
「つまりですね、こないだみたいに、ぱんつとか褌とかをたまにご指名で買ってくださる分にはいいんですけど…」
「小豆っ!」
 レナは顔を赤くして慌ててヴォルフ伯爵を見る。
 ヴォルフ伯爵は素知らぬ顔で侍女に「あ、カモミールティーを頼む」と後ろを向いた。
 しかしリナトとユリアは顔を見合わせ
「ぱんつ買ったんだ」
「褌買ったんだ」
 と囁き合っている。
「失礼…」
 小豆はコホンと咳払いをする。
「説明すると長くなりますからアレですけど、結局ひとりだけがボロ儲けしないよう厳しく規律があるんでございます。姫さまのお話ですと、けっこう専属で運輸を担う感じでございましょ? それも依頼が姫さまでいらっしゃいますよね。それがちょっとよろしくないんです」
「相棒を運ぶたびにいちいち船を変えていたんじゃややこしくてしようがないわ」
 レナは眉を潜める。
「じゃあ、私が自分で船を持って輸送すればいいのね」
 レナの言葉に小豆とヴォルフ伯爵が声を揃えて
「それは無理でしょう」
 と、言った。
「そんなこと言っていたら、なんにもできないではないか!」
 レナは怒る。
「まあ、皇女様でいらっしゃいますから?」
 小豆はこくんとお茶を飲んで言った。
「書類揃えればどうにかなるかもしれませんけれど。あたし達でも毎回積荷はすっごく管理してたくさん覚書書くんです。船を持つまでなんて、そりゃあもう気が狂うほどたくさん。姫さまがそれをなさればよろしいんです。できれば、の話ですけど」
 レナは小豆を睨みつける。
「とりあえず、もふらさま連れて参ります。そうですわね、できればモフラネムリまで取得しているか、せめてクッチャネまで持っているリーダー格を確保して参りましょう。西の森見せて相談してみたらいかがです? 相棒達にも言い分があるかもしれませんでしょ?」
「モフラネムリ…?」
 レナは怪訝な顔をした。
「鼻ちょうちん膨らませながらごろんと寝るスキルです」
「うっ」
 小豆の返事にレナは思わず呻く。
 可愛い。可愛すぎる。
 でもさすがに姫だから声に出しては萌えられない。
 代わりにユリアが萌えてくれた。
「いやーん、可愛い〜! 私、絶対もふらさま好きになっちゃうぅ〜」
「しかし、そのあともふらさまをどうするんだ」
「どうするも何も、姫さまが主人になればよろしいじゃございませんか」
「それは…無理だ…」
 そう言ったレナの声がちょっと裏返る。
「あ、じゃあ、じゃあ、私が主人になりますっ!」
 ユリアがハイハイと手をあげた。
「主人は志体持ちじゃなきゃだめなんですよ」
 小豆に言われてユリアは口を尖らせた。
「でも、志体持ちなどほかに…」
 言いかけて、レナとヴォルフ伯爵が顔を見合わせた。
「神西兄弟」
「でも、橙火は一本気過ぎてもふらさまと合わないような…」
「桃火だと甘やかし放題のような…」
 じゃあ、残るのは白火しかいない。
「白火は良いのではないでしょうか。ベルイフ領の者とも顔馴染みだし、これからリナト達と頑張ってもらうのも」
 うんうん、と小豆が頷く。小豆は白火がお気に入り。
「でも、彼らは天儀の者だ。いずれは帰るかもしれぬ」
 レナは言う。
「それまでにできるところまで計画を進める努力をしましょう」
 ヴォルフ伯爵は言う。しかし、本来運営を担うのはリナトだ。それでいいかとチカロフ夫妻に目を向けると
「私、早くもふらさまに会いたいわ」
「ユリアはもふもふしたいだけだろ?」
「いやあね、リーちゃんったら」
「あはは、可愛いなあ、ユリアは」
 このバカップルにベルイフを任せていいものか、とレナは一瞬思う。
 でも、やってもらわねば。
 こいつらも一緒に鍛え直しだ!
 じゃ、あたしはこれで、と小豆は立ち上がる。
「あ、あと、相棒を繋留・育成してる天儀の港とも話をしないといけないかもしれませんことよ」
 レナは「あー…」というように椅子の背にもたれかかり天井を仰ぎ見た。
「姫様、開拓者を募りなさい。彼らは相棒と共にいる一番の師だ。うちは龍しかおりませんし」
 ヴォルフ伯爵が言った。

【旧ベルイフ領についての補足】
 旧ベルイフ領は故・エドゥアルト・ベルイフが治めていた地で、彼の死後は隣地のバレク・アレンスキーが領主を兼任。
 しかし、バレクが担うことができなくなったため、レナ皇女がチカロフ子爵の二男、リナトを後任に決めました。リナトには身重の妻、ユリアがいます。
 現在バレクの屋敷にチカロフ夫妻は滞在中。

 西の森はUの字に山裾が囲い込むようになった中に存在する森で、かなり広いです。
 山から川が一本流れ込み、森を斜めに横断して外の平野に出て行きます。
 全体的に日当りは悪く、蟲や自然系のアヤカシは常駐。

【神西兄弟】
 橙火(トウ)・陰陽師/桃火・泰拳士/白火・弓術士


■参加者一覧
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
ハッド(ib0295
17歳・男・騎
叢雲 怜(ib5488
10歳・男・砲
クロウ・カルガギラ(ib6817
19歳・男・砂
宮坂義乃(ib9942
23歳・女・志
イルファーン・ラナウト(ic0742
32歳・男・砲


■リプレイ本文

 フレイア(ib0257)が木切れで雪の上にUの字を書いた。
 実際の調査を前に皆でそれを覗き込んで打合せ。
「川は確か北西側から蛇行しながら南東に抜けたかと」
 彼女がすい、と川の筋を引けば、
「ローザは確かこの辺で葬ったな。瘴気はもうねえだろうが…ここ一帯は外すに越したこたねえ」
 酒々井 統真(ia0893)がUの字の中央から少し上を指差す。
「もふらは日向ぼっこ好きそうだし、俺も翔馬で上空をざっと飛んで見てみるよ」
 クロウ・カルガギラ(ib6817)は思案するように腕を組む。
「僕は日向ぼっこ好きだけど、もふらさまも好きなの?」
 そう言って主の顔を覗き込んだのは宮坂 玄人(ib9942)が連れた人妖の輝々。
「少なくとも、寒いのよりは好きそうだが…俺は観光地化や牧場建設の基本概念からすれば入口付近がいいように思うな」
 それを聞いてクロウは頷く。
「そうなんだ。開けた場所が奥地でなければいいけど」
 ハッド(ib0295)がふむと考える。
「場所が絞り込めれば我輩はてつくず弐号で伐採計画の印をつけていくかの。何もかも全部伐採するのが良しとも限らんじゃろう」
「あとは周辺計画。主要な道の確保は重視するべきかと。何を作るにしても物資の搬入搬出は発生する。付近に各種倉庫や管理運営に携わる人々の居住区も必要だろう」
 竜哉(ia8037)が言うと、レナ・マゼーパ(iz0102)は「あ」と声を漏らした。
「倉庫とか…そういうのは考えもしなかった…。言われてみれば相棒を呼べばいいというわけじゃないわね…」
「あれ? そういえば今日は親衛隊のお姉ちゃん達は?」
 叢雲 怜(ib5488)がきょろきょろと周囲を見回す。
「ハル・アンバルと一緒だし、いらないと言って来た。トゥリーはだいぶんブツブツ言っていたけれど」
 レナは答える。
「親衛隊はともかく、領主はどうしたよ」
 イルファーン・ラナウト(ic0742)が遠くに目を凝らす。
「やっと来たか」
 彼の言葉通り、顔を向けると数頭の馬の姿。その遙か後方に飛空船の影も見えた。


 先導してきた神西橙火はとてつもなく不機嫌な表情だったが、その理由はすぐに分かる。
「さあ、着いたよ、ユリア」
「ありがと、リナト」
 チュッ…
「もふらさまどこー?」
 桃火大絶叫。白火、赤面。
 恐らく道中ずっと「チュッ」と「もふらさま〜!」だったのだろう。
 桃火は馬から飛び降りるなりクロウの姿を見つけて、
「クロウ兄〜!」
 と、飛びつく。
「良かった。元気そうだね桃火さん。顔の傷は?」
 桃火はクロウに顔を触られて嬉しそうに「うふっ」と頬を赤らめた。
 でもまあ、こういう騒ぎは想定内。レナはリナトに声をかける。
「リナト。力添えしていただく開拓者だ」
 が、反応したのはリナトではなく白火。たたっと駆け寄ってぺこんと頭を下げる。
「バレクは元気になったか」
 イルファーンの大きな手を頭にぽふんと乗せられ、白火は「はい」と再びぺこり。
 チカロフ夫妻はといえば
「リナト、くすぐったい」
「雪がついてただけだよ」
 くすくす、いちゃいちゃ。
「う」と声を漏らしたレナの手が腰のカッツバルゲルに伸びかけたので、統真が慌てて彼女の腕を掴む。気持ちは分からなくもないが。
 やがて小豆の飛空船も上空に到達。
 船から出たグライダーが、半ば墜落に近い感じで途方もない雪煙を吹きあげて着地した。
「おぉ、弐号でもあそこまで雪は巻き上がらんぞ」
 ハッドが思わず呟く。
「お待たせ〜」
 小豆の巨体がグライダーから降りたあと、白い「もふもふ」が見えた。
 もふらさまはキョロキョロ下を見たあと、そーっと足を延ばしてそのままポテンと雪の中に落ちる。
 きゃー、という嬌声はリナトの奥方ユリアと桃火。それとは別に、
「おぎょぎょぎょ…」
 提灯南瓜のアヴァターラがいきなり声をあげた。
 たまたまレナの前で物珍しそうにグライダーを見ていたために、彼女に頭を掴まれてぐりぐりされてしまったようだ。はっとしてレナは手を離す。
「すまない、悪かった。つい」
 どうやら彼女はもふらさまを見た興奮を「アヴァぐりぐり」で堪えたらしい。
「白火ちゃ〜ん、一号が来たわよ〜、いらっしゃあ〜い」
 小豆に呼ばれて白火は「はい」と答えるが、小豆を避けて大回りでもふら一号に駆け寄った。
「んま、つれないこと」
 小豆はそう言いながら、ずぼずぼと雪に埋まりながら近づいてきた。
「小豆、すまないが其方も一度西の森を見てくれないか。それと、飛空船を取得するための必要情報を教えてもらいたい」
「よございますよ。ただ、一号の代金にちょいと上乗せ願いますわね」
 答える小豆の背丈が重みで雪に沈んでレナと変わらなくなっている。
「一号は私の裁量範囲内だから何とかする」
 何となく暗黙のうちに最初のもふらさまは「イチゴ―」の名に。
「けっこうですわ。じゃ、参りましょうか」
 そう言って小豆は
「あっ…抜けないっ、体がっ、雪からっ、抜けないっ」
「大丈夫じゃ。てつくず弐号でつまんで連れていってやろうぞ」
 ハッドが言い、小豆は指差されたアーマーを見て「ひぃ…」と声を漏らした。


 それぞれが馬や龍などに分かれて西の森に向かう。
 イチゴーをもふり倒してばかりの桃火は保天衣を付与してもらい、クロウがプラティンの翔馬に乗せることに。クロウの傍なら彼女は良い子。
 そしてリナトはレナがハル・アンバルに。
 身重の奥方は当然村にお留守番だ。橙火がついているからどこかで熱いお茶でも飲ませてもらえると思うが、2人が離れる時は
「リナト…無事で…」
「大丈夫。必ず生きて帰って来るよ」
 チュッ…
「どこかで…ハルから落としたい…」
 レナの呟きはとても冗談とは思えなかった。
 と、いうので、怜とフレイアがぴったりついて飛んで来たことは言うまでもない。
 森に着くと、早速それぞれの調査に向かう。
「うっ、さぶっ…」
 本当にてつくず弐号でつままれて、ぼふんと雪の上に落としてもらった小豆はぶるるっと震える。
 そして白火が困っている。イチゴーが馬から降りてくれない。
「イチゴ―〜…」
「白火、別にいいぞ、俺と玄人はリナト連れて徒歩で森に少し入ってみっから」
 統真が言うと、リナトがぴくっと緊張した。
「俺も徒歩だ。気長にな」
 竜哉もそう言って迅鷹の光鷹を飛ばし、その場を後にする。
「寒いもふ」
 イチゴーは拗ねている。
「そのうち…慣れるよ」
 と、白火。
「寒いもふ」
「慣れるよ、大丈夫」
「寒いもふ」
「慣れるもふ」
 「含み笑い」をするイチゴ―。
 レナがくるりといきなり振り返ったので、残っていたイルファーンがびっくりした。
「どうした?」
「別に」
「ぐりぐり?」
 アヴァが見上げる。オッケーですよ、という表情にレナは思わず笑う。
「とりあえず火を起こしてくれるか。小豆は寒そうだし、リナトも凍えて戻って来るだろう」
 と、南瓜頭を撫でてハル・アンバルに向かう。
「小豆、飛空船の必要手続きを聞き取りさせろ」
 イルファーンは声をかけるが、小豆は「かかかか…」と歯を鳴らしながら彼を見た。
「あの、お話は、ひひひ…火を焚いてからでよろしい?」
 はぁ、とイルファーンは息を吐いた。
 
「深い森だな…」
 玄人がざくざくと雪と倒木を越えて言う。
「広い場所を確保するのは結構大掛かりかもな」
 と、統真。そして後ろを振り向く。
「おーい、大丈夫かー」
 リナトは「い」の状態で歯を食いしばり、雪白と輝々に袖口を引っ張られながら必死になって歩いていた。
「狩りなどの経験はないのか?」
 玄人が笑って言うと、リナトはぶんぶんと首を振った。
「僕は基本、家で本を読んだりしてるほうが」
 そう答えてやっと追いつき、ふうと息を吐いて周囲を見回した。
「木を倒すのはハッドさんみたいにアーマーでないと無理ですよね。やっぱり…皆さんのような方にお願いするんですか」
「ギルドで人数が集まれば効率はいいだろうな」
 統真は答えた。
「でも、アーマーの動きは大振りだから他の人材を集める必要がある」
「そうですね…。切った木だって活用させたいし、職人とかも必要かも」
 リナトは答え、近くの木に手を当てる。
「これ、家の柱にいい木ですよ、確か」
 あれ? 意外とこいつ物を知ってる? 
 統真と玄人は顔を見合わせた。
「あんた、これからその必要人材を選定する面接官をするといい」
 玄人が言うと、リナトは目を丸くした。
「面接官…ですか?」
「中心になって人を動かしていかなきゃならないんだ。必要だろう?」
「え、あ、そ…そうですね…ユリアに相談してみるかな…」
 うーん…?
 2人は再び顔を見合わせた。

「フレイア!」
 自分も暫く森の上を飛び回ったあと、レナはヴリーマクに近づいて声をかけた。
「どう?」
「あとで清書しますけど、ご覧になります?」
 フレイアは手を伸ばして持っていた紙をレナに渡す。
「予想していた雰囲気ですわね。やっぱり川の下流、南東のあたりを拓くしかないかと」
「さっき、クロウもこの森で日当たりを求めるのは難しそうだと。作るしかないな…」
「南側を広げれば何とかなるかもしれませんわよ。ハッドがその辺りで伐採しやすい木の上の枝を落として目印をつけていますわ」
 レナが頷いた時、姫鶴に乗った怜の声が聞こえた。
「お姉ちゃーん! イルファーンのおっちゃんが、小豆さんを村に戻したいってー!」
「どうして?」
「寒がって、何言ってるかわかんないって」
「今後のこともありますから森の近くに拠点小屋が必要かもしれませんわね」
 フレイアの言葉にレナは頷いて怜を振り向く。
「怜、悪いけれど小豆を連れ帰ってくれる?」
「分かったんだぜよ」
 素早く離れて行く姫鶴を見送ってレナはフレイアを見る。
「ハッドに少し木を伐採してもらってから私はリナトを連れ戻る。其方も纏まったら戻って」
「了解ですわ」
 フレイアは頷いた。

 竜哉も帰って来たので再び村に戻ることに。
「馬、に、乗ってよー!」
 やっと馬から降りたと思ったイチゴ―が今度は丸まってしまって動かなくなり、白火が涙声で叫んでいる。
「白火殿、心配せずともあとで掬っていくぞ」
 ハッドがてつくず弐号で抱えてきた木材を地に下ろしながら言った。この木はあとで拠点小屋の建設に使われる。
 くすん、と白火。
「焦るなよ。もふらさまはそれが普通だ」
 竜哉はそう言って馬に跨る。
「そうそう、慣れてもきびきび動くことのほうが珍しいんだから。俺も雪白達には苦労させられ…いてて」
 言いかけた統真の頬を雪白がむぅとむくれてぺちぺち叩く。
 結局イチゴ―はてつくず弐号の手で掬い上げられ、村でコロンと転がされてそのままの格好で鼻ちょうちんを出した。
「リナト…!」
 ユリアが夫に駆け寄り、涙ながらに顔や体を撫でさする。
「…怪我はない?」
「あるわけ、ないない」
 雪白と輝々が揃って手を振る。
 村の人が火を起こし、温かいお茶を用意してくれていたので温まりながら作業再開。
 イルファーンは口が利けるようになった小豆に聞き取り調査。
 その傍らでフレイアの作った地図と竜哉の調査した周辺地図を合わせて計画の概要や案を書き込む。
「領地外からの道はこの丘に続いていた。でもこれだと遠回りすることになってしまう。新たに作る必要があるかもしれない」
 竜哉は前にベルイフの屋敷があった丘の場所を指差して言った。
「ふむ。とすると、道の工事も合わせて何段階かに分けて計画を立てる必要があると思うが、最初の相棒はどう考えるかの」
 ハッドが地図に書き入れながら皆の顔を見る。
「もふらさまを入れて2、3種類というところじゃないか。おとなしい種がいいだろう。霊騎や忍犬とか」
 玄人の提案に怜もうんうんと頷く。
「忍犬は番犬にもなるし、霊騎は広く普及してるし性格も大人しいよ」
「俺も同意見。翔馬の森の反応を見てみたけど、悪くはなかった。ただ、やっぱり広い場所は欲しいみたいだな。今は木が乱立してるし足元も悪い。俺は個人的には猫又も推したいけど」
 クロウが言う。
「雪白は森見てどうだった?」
 統真が尋ねると雪白はうーんと考えて口を開く。
「ボクらは退屈なのは辛いよ。のびのび遊べる場所があるといいな。やっぱり広い場所」
「姫鶴はお風呂が欲しいって言ってるんだぜよ」
 怜が言い、姫鶴は後ろから顔を出してがっつり頷いている。
「最初は無理だが、龍自体はヴォルフが得意だ。何かと指南してくれるかもしれない」
 レナが紙の隅に「ヴォルフ(龍)」と書く。
「若干の迅鷹もいいかもしれねえぜ。橙火もいるし」
 統真は桃火とユリアを見張っている橙火に目を向けて言う。彼は2人がイチゴ―を構い過ぎると引き離すつもりなのだろう。
「それじゃま、もう少しまとめるかの。…と、これは領主殿に願うほうが良いか?」
 ハッドの言葉に統真はぼうっと妻の方を眺めていたリナトの肩を叩いた。リナトはびくっとして顔を向ける。
「今、聞いてたか?」
 統真に言われてリナトはどぎまぎする。
「え、えと…」
「もっぺん言うから、よーく聞いとけ!!」
「は、はいぃっ!」
 レナは息を吐き立ち上がる。
「イルファーンの方、一緒に誰か」
 それを受けて竜哉と玄人が頷いた。

 レナが近づくと、アヴァは得意げに紙を差し出した。
「リスト、リスト」
 言われて紙を見たレナは紙一面ミミズが這ったような跡に絶句する。
「違う、違う、こっちだ。こいつは真似をしてただけだ」
 イルファーンが紙を差し出す。それを見てやっぱりレナは絶句する。
 こちらはミミズじゃないけれど、細かい文字でびっしり。
「こんなにあるのか?」
「姫様、船の利用は国内だけになさったら? ジルベリアと天儀間を直通させるのはかなり難しいと思いますわ。ジェレゾを介せばその間のことはあたし達がプロですから」
 小豆はお茶を啜りながら言う。
「ジェレゾで受けてここに運ぶということか…」
「ええ。それでもあの森の大きさで作る施設となると相当の運搬量。中規模程度の船で、人件費も相応に。船は動いていなくても費用がかかりますからね」
「資金はどうするんだ?」
 イチゴ―が目を覚ましたらしく、きゃ〜と沸き起こったユリアと桃火の嬌声にちらと目を向けながらイルファーンが尋ねる。
「初期投資はスィーラで確保してもらうつもりだ。でも、返済する収支計画をとらないと。国内で助力を必要とする領地は他にもあるし、船主もあとでリナトに変更する」
「リナト、リナト〜!」
 名前が出た領主が奥方に呼ばれる。リナトは躊躇していたが、何度も呼ばれて立ち上がった。イルファーン達は顔を見合わせるが、レナは敢えて見ないようにしている。
「私が推したんだ。責任を持つわ。しっかりするまで大変だけど…何とかここを安全にするために付き合って」
「元より、『開拓』者の仕事ですよ」
 玄人が答えた時、竜哉がはっとした。
 間髪入れず玄人とイルファーンも。全てが一瞬の間に。
 3人の伸ばした腕にレナが抱え込まれたが「もふアタック」がいきなり発動されたことはもちろん彼女は知らない。
 どかっとぶち当たってポーンと空高く飛び上ったイチゴ―が最後に一番上の小豆の上にどん! と落ちて、小豆が「ぐえ」と声を出した。
 
――― ………。

 束の間の静寂のあと大騒ぎに。
「重っ…」
 竜哉と玄人は半分小豆の下だし、レナとイルファーンに至っては完全に下敷きだ。
「早くどかせ!」
 統真が一番上で勝ちポーズを決めるイチゴーをぐいぐい押し、光鷹も小豆の体を掴んで主人を助けようとする。すんでのところで逃げた輝々も必死に小さな手でイチゴーを押す。
 ようやくイチゴーを転がしたところで、次は小豆だ。これも全員で押しのける。
 アヴァが転がり出て、起きあがる竜哉と玄人。輝々が心配して主人に飛びついた。
 そしてレナ。
「大丈夫か!」
 統真が抱き起すと、レナは「痛っ…」と呟いて顔を押さえた。途端にぽたぽたと血が落ちる。
「お顔を!」
 フレイアが慌てて覗き込む。
「…鼻…」
 レナは答えた。起き上がったイルファーンも「いたた…」と鼻を押さえる。
 どうやら鼻同士でぶつけたらしい。術を使おうとするフレイアをレナは止めた。
「たひじょうふ…」
 言いつつ涙目だ。
「口も切っておられるな。とりあえず血を…」
 ハッドがレナを抱え起こした。
「ご、ごめんなさい…」
 白火が震える声で言う。
「はっはを…おこるな」
 レナはそう言い残し連れられて行く。
「いてぇ…」
 イルファーンは鼻をつまんで自分の手で血を拭いとる。
「何で急にもふアタックなんか…」
 統真が「ひー」と腰を押さえている小豆を見ながら呟く。
「すみません!」
 橙火が這いつくばって頭を下げ、桃火も慌ててそれにならう。
「いや…あの…たぶん…ユリアと…僕が構い過ぎたんだと…」
 リナトが青い顔で言った。横でユリアもしゅんとしている。
 イルファーンは立ち上がるとふいに2人の腕を掴み、何も言わず歩き出した。
 もしやリベンジ? そうなれば止めねばと皆も慌てて後を追う。
 しかし、イルファーンはひとつの家に2人を連れて入っていく。
 中にいた女性が目を丸くした。
「急にすまねえな。赤ん坊元気か」
 イルファーンの声に彼女はにこりと笑う。
「ええ、おかげさまで。今眠ったところです」
 イルファーンは2人の腕を掴むと、そのまま奥に進んで眠る赤ん坊の傍に2人を立たせた。
「バレクがこないだ名付けた赤ん坊だ」
「こないだ…?」
 リナトは赤ん坊を見た。小さな赤ん坊の拳をじっと見つめる。
「あの…?」
 女性が声をかける。リナトは彼女を振り向いた。
「この村ではあとどれくらいの子供が?」
「子供はたくさんいます。夏前に生まれる子もひとり」
「夏前…」
 と、ユリア。
「ベルイフは…広いんですよね。村と、町と…子供もたくさん」
 リナトは呟くように言う。
「ええ…。いろいろありましたけれど…皆様のおかげで…」
 女性は見守る開拓者達を振り向いて小さくお辞儀をし、そしてリナトとユリアの顔を交互に見る。
「何かの…ご視察ですか?」
 リナトは長い間じっと子供を見つめていた。そして
「リナト・チカロフです。ここの…領主になります」
 と、答えた。


 鼻血が止まったらしく、レナは少し切った口を気にしながら出て来た。
 リナトが地面に這いつくばって皆が要旨をまとめた紙を見ながら一生懸命何かを手帳に書いているのを見て怪訝な顔をする。
「姫様、僕、一度屋敷に戻って本を持って来ます。確か建設についての書物があったかと。それと相棒の書物も」
 レナは戸惑ったように頷いた。リナトは再びうずくまってメモを取る。
「何か薬でも?」
 レナは小さな声で皆に尋ねるが、開拓者達は何も言わない。
「レナん、ほれ。きつねの襟巻は汚れたじゃろ」
 ハッドがもふら〜をレナの首に巻く。
「それとこれな」
 もふらのぬいぐるみをぽふんと持たせた。
「大丈夫。うまく行く。皆で少しずつ進むのじゃ。できあがるまで期待して待つが良い」
 レナはびっくりしたように暫くぬいぐるみを見つめた。
 そして皆を見回す。
「ありがとう」
「お?」
 ハグされて、ハッドが目を丸くした。
 開拓者に来てもらってよかった。進んで行ける。
 ほんの少しほっとした。


 西の森、下流の川付近に相棒養成所建設。初期相棒はもふらさまと忍犬、霊騎。
 此度の結果を元に初期費用と収支計画を出し、必要な工事や人材の確保を。
「レナ、忍犬ってな、言うこと聞いた時褒めてやれば伸びるし、もふれるし一石二鳥だぜ」
 統真が言うとレナは嬉しそうに笑った。
「提灯南瓜も可愛いわ。人妖や天妖達も住めるような家も出来ると嬉しいな…」
 アヴァが嬉しそうに主人を見上げる。
「ぐりぐりの甲斐があったな」
 そう答えたイルファーンの顔を見てアヴァはにっと笑う。
「何だ」
「姫さんのお口の傷はイルの牙…ふがごっ…」
 イルファーンはがばっとアヴァの口を押さえる。
 後ろでイチゴーがこっそりドヤ顔をした。