【南部】噂
マスター名:西尾厚哉
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/02/28 20:15



■オープニング本文

 ベルイフ領からスィーラに戻って数日。
 レナ・マゼーパ(iz0102)の元にヴォルフ伯爵が顔を見せた。
「どうなされた?」
 急な訪問に思わず不安な表情を浮かべたレナを見て、伯爵は安心させるように彼特有の穏やかな笑みを浮かべる。
「いえ、会議のついでに寄らせていただきました。…あ、ついでとは失礼でしたな」
 レナはほっと息を吐く。
「一昨日、チカロフ子爵にお会いしましたのでそれで」
 ああ、とレナは頷いた。
 城に戻ってすぐにチカロフ子爵の二男、リナトを領主不在のベルイフ領の後継にと彼女は中央に伝えたからだ。
 西の森が落ち着くまで伯爵の顔をスィーラで見るたび何かあったのではと考えていたら身が持たないわ。
 そう思って彼女は苦笑する。
「それが、リナト殿の奥方は夏あたりにご出産のご予定でしてな」
「そうなのか?」
 勧めた椅子に座りながら言う伯爵の言葉にレナはびっくりする。
 去年の夏にリナトの奥方に会った時は身重の様子もなく夫と2人でただべたべたしていただけのような。
 …いや、べたべたしていたから子供ができたのか?
「ベルイフ領の後継は非常に光栄とのことでしたが、奥方のことを考えると雪融けを待って住居を移すよりはむしろ今の時期から生活を慣らしたほうが良いのではと」
「ベルイフの屋敷は燃えてしまって何もないのは知っていよう? 雪融けまで新居を建てるのも無理だ」
 レナは答える。
「バレク殿が新しい家ができるまで、自分の屋敷に滞在されるのはどうかと」
 伯爵は言った。それを聞いてレナはそうねと頷く。
「バレクが良いと言うなら私がどうこう言うことではないわ」
「では、そう伝えます」
 答えた伯爵だったが、そこで少しためらいの表情を浮かべた。
「なに? 遠慮せずに言うが良い」
 怪訝な目を向けると、伯爵はちらと周囲に誰もいないことを確かめて再びレナに目を向けた。
「チカロフの領地はグレイス伯の領地に近いことを御存じですかな?」
「近いといえば近いだろうが…目と鼻の先ということでもあるまい? それが何か?」
 伯爵は一度視線を落とす。まだ、言うか言うまいか迷っているようだ。
「私には何を言っても構わぬ。他言するなと言うなら約束しよう」
「では、申し上げます。チカロフ子爵は南部の謀反の噂を気にしておられましてな」
 レナはそれを聞いて椅子の背に身をもたせかけ、微かに小首を傾げてヴォルフ伯爵を見つめた。
「確かにチカロフはリーガとは目と鼻の先の場所ではございません。しかし、ヴァイツァウの乱の時もチカロフ殿は飛び火を恐れて戦々恐々とした経験がございましてな。彼には長男がいるが、まだ独身。だが二男のリナトは妻帯者でもあるし孫もできる。なるだけ早く影響のない場所にやっておきたいようです」
「噂はあくまでも噂であろう? 南部のグレイス伯は信望も厚く領地を平穏に治めていると聞く」
 レナは言う。
「そうですな。しかし、リナト殿がこちらに来られれば、ヴォルフもアレンスキーもチカロフの有事の際は静観では済みますまい。それだけはお耳に入れて置こうと思いまして」
「そんな危急な話なの?」
「そこは姫様の仰る通りです。噂はあくまでも噂。出所も知れません」
「それでも注意をと思ったから貴方はここに」
 レナの言葉に伯爵は曖昧な表情で何も言わなかった。
「このこと、父は知っている? 謀反の首謀者はグレイス伯ではないわよね?」
「分かりませんな。私も姫様だから申し上げたのです。チカロフ殿は私に話せば姫様に伝わると分かっておいでだと思いますが」
「……」
 レナは考え込んだ。
 謀反? 父上の命を狙ってるの? お父様が危ない?
 …でも、噂よね?
「姫様、姫様」
 その時、騒々しいカピトリーナの声がした。
「ほらほら、これ、ご覧あそばせ、この演目、あたくし、大好きですのよ!」
 彼女はひらひらと一枚の紙をレナに見せ、そこではっとヴォルフ伯爵の姿に気づく。
「こ、これは失礼を…お越しとは思いませず…」
 真っ赤な顔で平服するカピトリーナにヴォルフ伯爵は『気にするな』というように笑ってみせた。
「愛と裏切りと」
 紙を見たレナが呟く。
「メーメルの春花劇場?」
 それを聞いて、ヴォルフ伯爵が渋面になる。
「一度だけ夫と参りましたの。そりゃあもううっとりするような舞台で、姫様くらいのお年の女性にはぴったりでございますよ! 一度はご覧になるべきです!」
 力強くカピトリーナは言う。
「姫様」
 ヴォルフ伯爵が幼子を戒めるように声をかけた。
「いいわ、行ってみる」
 それを無視して言う姫にヴォルフ伯爵はかぶりを振った。
 案の定。
 もうこうなったら姫は何を言っても聞かない。
 カピトリーナの顔をちらと恨めしそうに見た。
「親衛隊は…スェーミを連れて行く。あの子ならナイフをうまく使う。あとは開拓者と共に」
 ヴォルフ伯爵の顔を見つめながら、レナは紙をカピトリーナに返して言った。
「姫様、公にせずともせめて領主殿には連絡を。何もお知らせしないのは失礼にあたりますぞ」
 ヴォルフ伯爵は言った。今のこの時期、皇族に何かあったら領主に真っ先に疑いがかかる。
「わかった。伝えて」
「はい!」
 いそいそと出て行くカピトリーナを見送り、レナはヴォルフ伯爵に再び目を移す。
「噂はあくまでも噂」
 彼女は言った。
「でも、私は父上に影響があることならば確かめておきたい。南部がどういうところか実際に見て来るわ」
「くれぐれもお気をつけて」
 伯爵は答えた。



■参加者一覧
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
オラース・カノーヴァ(ib0141
29歳・男・魔
ハッド(ib0295
17歳・男・騎
ヴァルトルーデ・レント(ib9488
18歳・女・騎
イルファーン・ラナウト(ic0742
32歳・男・砲


■リプレイ本文

 メーメル・春花劇場での観劇
 フェンリエッタ(ib0018)が劇場と市街地の見取り図を作成、だいたいの方針は立てた。
 皇女は恐らく2階正面中央の席。席とはいえ部屋のはずだが、詳細は避難経路も含めての現地確認となるだろう
 スェーミと共に皇女近くにいるのはフェンと竜哉(ia8037
 席の出入り口にはオラース・カノーヴァ(ib0141
 ヴァルトルーデ・レント(ib9488)とイルファーン・ラナウト(ic0742)、ハッド(ib0295)は移動警戒
 竜哉はレナ・マゼーパ(iz0102)が用意した銀髪のかつらを被り、黒の礼服姿。名も「マルク」に変更
 イルファーンもジルベリア従者風の衣装を用意してもらいそれを着用した。
「レナん、そろそろ行くか」
 宿で準備を済ませてハッドがレナの部屋をノックし、ドアを開ける。
 深い青のドレスを着たレナの首元に淡いイエローのドレスを着たフェンがブルーハートをかけてやっている。2人の様子は絵画の中の貴婦人のようだ。
「おぉ、美しい」
 両手をあげて近づこうとしたハッドだったが、男装したスェーミに腕を引かれ、他の開拓者と共に部屋の隅に呼ばれてしまった。
「芝居の概略を書いた案内を届けてもらった」
 彼女はそれを全員に渡す。
「一応全部の筋書きは聞いた。さすがに姫様にはお知らせできぬので」
 確かに。名目とはいえ観劇するだから。
「結ばれぬ恋人同士の話だ。主人公2人は血を流して絶命する流れに。ナイフを使う。もちろん偽物だろうが」
「が、皆が釘漬けになるシーンではある」
 ヴァルトルーデがオラースの顔を見た。
「部屋には誰も近づけん」
 彼は自信を浮かべた笑みを返す。
「愛と裏切り、ねぇ…。作りもんの芝居より人生のほうが楽しいぜ」
 イルファーンが紙を見つめて呟いた。


 御者をオラースが担い、隣に竜哉。イルファーンは馬で並走。
 緊張のせいか馬車の中のレナの表情は硬かった。
 彼女の気持ちをほぐすようにハッドが声をかける。
「レナんはよく観劇に行くのかの?」
「ん…ずいぶん前にニーナと」
 レナはそう答えて肩を竦める。
「感想なぞ聞かないで。半分以上は夢の中」
 ハッドはそれを聞いて笑った。
「レナんらしいのう。夢に落ちずに見るにはどんな劇が好みなのじゃ?」
 さあ…とレナは首を傾げる。
「お芝居は所詮お芝居。本当に生きる世界のほうが私には重要だ」
「同じようなことをさっきイルファーン殿が」 
 ヴァルトルーデが静かに言い、彼女の僅かな動きと共に小さな鈴がちりんと鳴る。
 レナは外のイルファーンに目をやり、彼女に顔を戻した。
「オラースと其方は此度会うのが初めてね。同行してくれて感謝している。レントの姓を聞いたような気がするのだが…」
「殿下…勿体なきお言葉」
 ヴァルトルーデは深く頭を下げる。自らの家名の意味を伝えるか否か迷ったが、レナはそれ以上深く問うつもりはなかったらしい。
「其方はその名の大切な血筋なのであろうな。危険がないことを願うばかりだ…」
 そして再びハッドに目を向ける。
「皆が最高に幸せな気分になれる話なら好みかも」
 フェンとスェーミがそれを聞いて複雑な笑みを交わし合った。

 ほどなくして劇場に到着する。
 中央の広い階段以外の避難経路はどうやら建物の左右についた階段のみ。3か所を封じられれば危うい。
 皇女の部屋は予想通り2階正面中央の部屋だった。
 クロークや化粧室を隔てた向こうが観覧席。開拓者全員で室内全てを確認。
 暫くしてグレイス伯とアリアズナ姫が開拓者を伴い挨拶に訪れた。
 レナはグレイス伯の様子をまじまじと見る。
 幼馴染のバレクとさほど年は変わらない。
 バレクならどかどかと近づいて大声で話し始めるところだが、グレイス伯はもちろんそんなことはしない。物腰も表情も気品に満ちていた。
 彼は主演を務める俳優の一名が事故に遭い、本日の舞台は代役が勤めると伝えた。
 それを聞いて開拓者達は視線を交わし合う。
 よりにもよって今日この日に? と思うのが普通だ。
 とはいえ、仕方のないこと。
 深く頭を下げたグレイス伯に代わり、今度はアリアズナが進み出て演目の説明を申し出、共に来た開拓者達はそっと部屋を辞した。
 オラースが彼らを追ったのは、きっと詳しい警護の計画を尋ねるつもりだろう。
 アリアズナの顔も頭に刻み込むかのようにレナは見つめる。
 両領主が部屋を辞したあと、緊張が解けたようにレナは息をついて椅子に座り込んだ。
「若い領主と聞いてバレクやニーナを思い浮かべていたことが申し訳ないわ」
 それは比べる相手が間違っている、と思いつつ流石に誰も口に出せない。
「グレイス伯…」
 舞台の方に目を向けレナは呟いた。
 彼の目の奥に宿る光。あれは一体何なのだろう。哀しみか? それとも…


 開演直前
 ヴァルトルーデは劇場内を見て回ったあと、係の者に2階席の客について尋ねる。
 身元は明確で今日は客全員が入場前に厳しくチェックを受けているし、隣にはグレイス伯達が入るらしい。
 1階を眺め、2階の一番端のボックス席にハッドの姿を見る。
 舞台側は目がある。通路側はイルファーンと自分で行き来したほうが良いかもしれない。
 そして開演
 楽士達の演奏、彩られた舞台。若い傭兵ヴィクトルと貴族の娘イリーナの悲恋
「他人の結ばれぬ恋にそんなに興味があるものかな」
 満員の客席を見下ろして身も蓋もないことを言っていたレナだったが、思いのほか集中し始める。
 身を乗り出すのでスェーミが「姫様、もう少し奥にお座りを」と声をかけたほど。
 そしていよいよイリーナが自らの胸にナイフを突き立てるシーン。
 開拓者達は緊張をみなぎらせるが、レナも舞台を緊張して見つめている。
「う」
 いきなり漏れた呻き声に竜哉がぎょっとして顔を向けた。
 襲撃が、あるいは置いたお茶に毒が?
 スェーミがハンカチを皇女に渡すのを見て息をついた。泣いていたのか。
 やれやれと思ったのも束の間、こちらを向いたフェンの表情は違った。
「聴覚が。フロア側。ハッドが動いたわ」
 小さく伝える彼女の言葉に竜哉は懐のキャッツアイを確かめる。
 外のオラースの元にはイルファーンが、少し遅れてハッドが来た。
「フェンリエッタ殿の視線を受けて外に出たが誰もおらぬ。ここにも誰も?」
 ハッドの言葉にオラースは首を振る。
「異状でなければ彼女も反応すまい。あちらの警護が食い止めたか」
 聞いた限りでは南部側の警護は強固で、関係者すらもろくにこの場所に近づけないような雰囲気だった。未遂になれば情報は来ない可能性もあるだろう。
「引き続き警戒だ」
 イルファーンはそう言い離れて行った。

 舞台が終わる。
 レナはカーテンコールの役者達に惜しみない拍手を送った。
「生きてさえいれば方法はあっただろうに」
 拍手をしながら呟いている。
 俳優達がいなくなっても彼女はそこを動かず、客の姿を上からじっと見つめていた。
「領主殿が部屋に寄ろうとされたがお断りした」
 オラースが竜哉に言った。
「夕餐会の場でお会いするので良かろう?」
 皇女の姿を目で示して彼は言う。
「同意」
 竜哉は答えた。

 夕餐会の会場に向かう道中、レナはふいに馬車を止めるよう命じた。
「姫様、あまり時間は…」
 スェーミが言うがレナは馬車から降りる。それを見て皆も皇女の傍に。
 レナは通りを行きかう人々を見つめた。
「民衆の不満はまず領主に向かうが常。そして領主が叛意を持つのは父に不満がある場合。ではあのグレイスが? 領地は繁栄し、父は彼を認めていよう。それでも反旗を?」
 皆の顔を見る。
「叛意があるとは思えぬ。でも、本当にそれで良いのか…あの観劇だけで、噂は偽りであると…」
 ぴたりと視線を受けて竜哉は首を振る。
「私は噂の真偽を判断するわけではありません。此度は貴方の護衛です」
 分かっていた。開拓者に詰め寄っても彼らを困らせるだけだ。でも。
「レナ」
 見かねてイルファーンが口を開いた。
「必要なら今夜酒場にでも出て人の話を聞いて来る。これ以上ここに留まってもいいことは何もない」
 レナは暫く考え、小さく頷いて馬車に向かった。
「このまま動かねばどうしようかと」
 馬車のドアを閉め、竜哉は小さく呟く。
「俺は個人的には何かの利害関係がある気もするが、大帝ともなりゃ憎まれもする立場だ。レナには父を知るいい機会だろう」
 イルファーンは答える。
「私は伯を信じてはいない」
 ヴァルトルーデは小さな声で言った。
「殿下には言わぬが、彼は偉大なる陛下の信を裏切った妄想家だ」
 竜哉はちらりと彼女を見たが、何も言わずにオラースの横に飛び乗った。
 
 夕餐会の会場には既に客が集まっていた。
 レナの傍にはスェーミが。他の開拓者達は少し離れて立つ。
 乾杯の挨拶をとグラスを渡され、レナは一人一人の顔を確かめるように視線を移動しつつグラスを掲げる。
「南部の繁栄とジルベリアの繁栄を。そして我が父ガラドルフ大帝に永遠なる…」
 ふと言葉が止まった。視線の先にいる若い男性。その顔を見た時、体が凍り付いた。
 客の表情に不審な色が浮かび始めたのを見て、スェーミがそっと「姫様」と声をかける。レナはそれではっと我に返った。
「…そして我が父ガラドルフ大帝に永遠なる忠誠を」
 乾杯の声と共に宴が始まる。
 気遣わしげなフェンの顔を見てレナは肩を竦めてみせた。
『少し煽るつもりが…失敗した』
 心の中でそう答えた。
 グレイス伯と暫く言葉を交わしたあと、アリアズナが今日の舞台の主演を伴ってやってきた。
「芝居とはいえ顔を見てやっと安心したわ。2人共死ぬことなぞ考えてはならぬぞ」
 真顔で言うレナの言葉に主演2人は思わず笑みを浮かべる。
 しかし、次のアリアズナの言葉は傍にいたスェーミを緊張させた。
「噂と言うものは怖い。そんなお話でしたわね。何が真実で何がそうじゃないのか、姫様もよく見極めてくださいませ」
 レナは怯まなかった。
「つまり…この地に関わる噂もその目できちんと確かめよ、と?」
 直球で返した。
「失礼を…」
 頭を下げ、身を引こうとする彼女にレナは更に口を開く。
「乱の後、かような劇場を設け、町を築き領地を繁栄させるには並々ならぬ苦労が必要であっただろう。私はそのことに敬服する」
 深々とお辞儀をしてアリアズナが離れたあと、レナの傍に長身の青年が近づいた。
 その姿にレナは微かに身を震わせる。
「初にお目にかかります。ユリアスと申します」
 彼はそれだけを言い、レナが口を開く前に早々に去って行く。
「待っ…」
 言いかけたレナに声をかけたのはラスリールだ。
 レナは顔を向けるが、目はユリアスのまま。
 貴方は誰。なぜ父の顔が思い浮かぶの?
 声に出せない言葉をレナは飲み込む。
 その視線は宴の間中続いた。
「姫はいかがいたしたかの」
 ハッドがイルファーンに囁くが彼も分からない。
 その意味が分かるのは開拓者でも限られた者だけだ。
 しかしそれ以外には特に大きな出来事もなく、無難に宴も終わりに近づく。
 異変はその時起こった。
 皇女の退出を察したスェーミが先に立ち、ドアを開けようとした。
 が、レナは再び室内に足を向けてしまう。
「姫様?」
「すぐ戻る」
 スェーミは開拓者に視線を送ってドアを開いた。
 その時。
 フェンの聴覚が音を拾った。
「マルク!」
 彼女の小さな叫びに竜哉は素早くレナの背後に我が身を置く。それを見てヴァルトルーデも走り寄り、すれ違いざまにラスリールの呟きを聞いた。
「何やら外が騒がしいですな…」
 彼だけが部屋の外に足を向ける。
 ヴァルトルーデはイルファーンとオラースを振り向いた。彼らも気づいたようで、騒ぎを起こさぬよう動き出す。
「汝、動くなよ」
 ハッドがスェーミに言う。
「動かぬ。命に代えても」
 スェーミは後ろ手にドアを閉め視線の先の喧騒に走るイルファーンとオラースの後ろ姿を見て答えた。

 レナは一人の男性の元に向かっていた。
「ユリアス殿」
 声をかけられ、ユリアスは顔を強張らせた。
「今日はあまり話しもできなかったが…できれば其方にはもう一度お会いしたい」
 ユリアスの表情は硬かった。が
「…機会があれば…ぜひ」
 そう答える。レナは暫く彼を見つめ、スェーミの待つドアに向かった。
「レナ様」
 声をかけられて見送りかと立ち止ったレナの手をグレイス伯がとる。
「私はある計画を胸に抱いております、纏まりましたらぜひ説明をと…。噂にあるような叛意は一切無いと誓います。我が忠誠は変わることなく皇帝陛下の御前に」
「計画?」
 レナは横にいたアリアズナの顔を見る。傍にいたヴァルトルーデが微かに眉根を寄せた。
「姫様」
 更に問いかけようとするレナにスェーミが手を差し伸べた。躊躇したが、レナは2人に視線を残しながら離れる。
「何かあったのか?」
 スェーミに問う。彼女は普段こんな時に言葉を挟まない。
 しかし彼女は「参りましょう」とだけ答えた。
 足を踏み出そうとしたレナの前にラスリールが立った。
「お帰りでございますか。何かと物騒ですからどうぞご注意を。火のないところに煙はたちませぬ」
「レナ様」
 竜哉が素早く皇女の手を引く。
 レナはラスリールの視線を感じながら会場をあとにした

「何があった」
 宿に戻りレナは皆の顔を見る。
 馬車は勢いよく走り出し、堅い表情のまま誰も何も話さなかった。何もなかったとはさすがに思えない。
「事実だけをお伝えします」
 スェーミがレナの前に片膝をつく。
 レナがユリアスの元に向かった時、フェンが聴覚で異変を感じ取った。
 開拓者達は全員それに気づき、同時にラスリールが会場外に出るのをヴァルトルーデが見る。
 開拓者が会場外の喧騒に辿り着いた時、スェーミを皇女と間違えた襲撃者は南部側により捕獲されていた。
「いずれ皇家を滅ぼしてやる、ヴァイツァウの後継者と南部辺境に栄光あれ」
 そう残して犯人は自害した。
 淡々と伝えるスェーミの報告を聞いてレナは開拓者達の顔を順に見つめ、どっと椅子に座った。ばらばらの情報だけが頭に詰め込まれた気がした。
「何が起こっているの…。私は何一つ分からない…。いや…」
 レナは目を伏せる。
「民は日々の生活を送り、我が国のどことも変わらず同じ命。あの民が…不幸に落ちてはならぬ。それだけは…」
 そう言って額を押さえた。
『私はある計画を…』
 グレイス。貴方は一体何を考えている?

 スィーラに戻り、早々に父に呼ばれたレナはありのままを伝えた。
 南部の町は規模こそ違えどジェレゾと違わず、領主に直接叛意を感じることはできず。
 それでも自分は命を狙われた。
「全て私の力不足ゆえ。でも、グレイスをお呼びください。彼の計画が何かお確かめを。その必要は…感じます」
 レナはそう言って父の前を辞した。
『父上、ユリアスを知っている?』
 そう尋ねたいのを堪え、無力感を感じながら。