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■オープニング本文 『ルドルフ・ヴォルフ伯爵殿 ヴァンパイアの動きが目撃されております。ローザ・ローザ討伐に関わった者を重点的に情報収集した様子。 十分にご注意を』 ヴォルフ伯爵はゲルマン騎士団長にギルドからの手紙を見せた。 「屋敷と領地内の警備強化を。…それしか方法はあるまい」 伯爵の言葉にゲルマンは頷いた。 スィーラに行っていたバレク・アレンスキーは開拓者と約束した通り、帰りにヴォルフの屋敷に立ち寄った。 伯爵令嬢で、レナ皇女の親友ニーナは皇女が婿選び舞踏会と聞いて城を飛び出したこと、そこで吸血鬼と接触したことを聞いて仰天する。 「もう…! 馬鹿ね、レナったら…! 不安なら私を呼べばいいのに!」 ニーナは両手を握り締めて目の前にレナがいるかのように憤慨する。 バレクはそれを見て苦笑しながら使用人が運んで来たお茶に手を伸ばした。 「あれ? 彼女、あんなに背が高かったっけ?」 バレクは言う。 「誰?」 「これ、運んできた人」 ニーナは顔を巡らせるが、すでに出て行ったあとだった。 「そう? 女性のことはよく見てるのね」 「いつも同じ人だろ?」 「ふうん…」 「なに?」 「ねえ、バレクって、レナにキスしたことあるの?」 「やぶからぼうに…。あるわけないだろ。手以外に顔を近づけたら殴られるぞ」 「殴られるくらいが何よ。レナはこれから婿選びの機会が増えるわよ。さっさと求婚しなさいよ!」 「物事には順序ってものがあるだろうが」 「レナとバレクが早くくっついてくれないと、私、落ち着かない」 「俺はニーナが早く行き先決めてくれないと落ち着かない」 「そうなの?」 「俺のことより自分のことを考えたら? そっちこそ婿選びの時期だろ」 ニーナは口を尖らせる。 「周りもやきもきしてるんだろうな…。いっそ落ち着かない者同士で落ち着いたら一件落着…ぶごっ…!」 呟いた途端に顔を真っ赤にしたニーナの手から、クッションがバレクの顔面に飛んだ。 彼らがそんな会話を交わして数日たち、毎日はごく普通に過ぎていく。 神西橙火(トウ)は迅鷹の蒼を連れてゲルマンの傍に向かう。 彼はローザ討伐以降、レナ皇女の意向でずっとヴォルフ伯爵の元にいる陰陽師だ。 「何か異状は…」 そう尋ねた橙火の声にゲルマンは首を振った。 「今のところ何も」 「蒼を飛ばしましょうか」 橙火の声に迅鷹の蒼が「ピィッ」と啼く。 「龍が領地上空をずっと飛んでいる。心配ない」 ゲルマンはそう答え、蒼の頭を撫でてやる。 「蒼も新しい翼には慣れたようですな。元気になって良かった」 蒼はローザに片翼を引きちぎられたが、義翼を作ってもらい、開拓者とその相棒の尽力で飛べるようになったのだ。 橙火は空を見上げる。 こんな風に何もなく毎日が過ぎたら油断ができる。 それをヴァンパイアが狙っているのでなければいいが。 「ご妹弟は里帰りだそうですな」 ゲルマンの声に橙火は彼に目を向ける。 橙火の妹と弟は先日、故郷の天儀に帰った。 「一緒にお戻りにならなくても良かったのですか?」 「家出息子がどの面下げて」 橙火は小さく笑って答えた。 「放蕩息子でも子は子。私も親なれば分かります」 「死んでくれたほうが有難い息子でも?」 橙火の返事にゲルマンは目を細める。 「…すみません。今聞いたことは忘れてください」 ゲルマンは父と同じくらいの年齢だ。橙火は口が滑ったことを後悔する。 「私は年齢の割には力がありましてな。貴方が背負う荷くらいは軽々持ちましょう。話してラクになることなら簡単なことです。その気になったらいつでも仰せを」 「有難う…ゲルマン」 橙火の声にゲルマンはにこりと笑った。 翌朝、早い時間に再びバレクがヴォルフに姿を見せた。 徹夜明けでふわりとあくびをかみ殺している騎士の傍を通り、屋敷に入った彼を使用人が出迎える。 「バレク様。お早いですね。ニーナ様はさきほどお目覚めに」 頷いてそのまま彼女の部屋に向かうバレクを使用人は少し不思議そうな顔をして見送った。 「ピイィッ!」 迅鷹の蒼がふいに啼いた。 「どうした? 蒼」 橙火が顔を巡らせる。 ガリガリと部屋の扉をひっかく蒼の姿に何か異変があったと悟った橙火は扉を開ける。 蒼はまっしぐらにニーナの部屋に向かっていった。 「ニーナさん?」 橙火は彼女の部屋のドアを叩く。応答がない。 ニーナさん、着替え中ならお許しを。 橙火はドアノブを回す。…開いた。 蒼がすぐさま部屋の奥に向かう。それを追い、橙火はニーナを抱きしめて彼女にキスを落とすバレクの姿を見た。 飛びかかる蒼にニーナが「きゃっ」と声をあげる。 どうして? この男はバレク殿ではないのか? 橙火は困惑する。 でも。 橙火は呪縛符を使う。九字護法陣後、今までほとんど使ったことのない陰陽刀を抜く。 蒼はバレクを攻撃したりしない。俺はそれを信じる。 「トウ! 何するの!」 自分に飛びかかって止めようとするニーナを振り払った。 力を入れ過ぎて彼女が撥ねとび、ガツッと鈍い音がする。 橙火はその音に一瞬動きを止めた。 ――― バァン…! 窓が開き、無数の蝙蝠が飛んでいく。 「…!」 橙火は素早く蝙蝠の人魂をそれに紛れ込ませる。 行け…! 行って奴の根城を確かめろ! 蝙蝠は空高く舞い上がり、そして… 屋敷の屋根裏に入って行った。 「ニーナ様!」 慌ただしい足音。 ゲルマン達が駆け付けたのかもしれない。 倒れているニーナを助け起こす騎士、次に駆け込む伯爵と夫人、そして使用人。 橙火は揃った顔を見て混乱する。 本物? それとも誰かが入れ替わっている? 「トウ! 何があった!」 伯爵が険しい口調で言う。 橙火は蒼に目を向けた。蒼は冷静だ。 蒼、頼むぞ…。 橙火は思い切って伯爵に目を向けた。 「開拓者をお願いします。ヴァンパイアは屋敷内に。個の動きに長けた彼らの力が必要です。バレク殿の身も保護を。身を借りられたのはバレク殿です。屋敷全員の本人確認も」 「…いったいいつから」 ヴォルフ伯爵は周囲に目を向ける。 「書簡が届いてから、バレク殿がヴォルフに来たのは数日前が初めてです。最短でその時…」 橙火の言葉にヴォルフ伯爵は言葉を無くす。 「蒼は長くバレク殿と一緒にいたから、匂いなりを覚えていたのかもしれません。でも、蒼が屋敷全員の者を覚えているかどうかは俺にも分からない」 「レナ皇女がこっちに向かっている。連絡があった。皇女も標的だ。こうなった以上、スィーラに戻るよう使徒を…」 橙火はそれを聞いて顔をしかめる。厄介な時に厄介な人が。 「無理ですよ。あの人は事情を聞いたら余計にこっちに来ます」 「…だろうな…」 ヴォルフ伯爵は首を振った。 |
■参加者一覧
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
アルクトゥルス(ib0016)
20歳・女・騎
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲
クロウ・カルガギラ(ib6817)
19歳・男・砂
イルファーン・ラナウト(ic0742)
32歳・男・砲 |
■リプレイ本文 「あった」 屋根裏でアルクトゥルス(ib0016)が呟いた。 長く人が足を踏み入れていないのだろう。白く埃が積もっている。そこに微かに足跡が残っていた。 身を屈めて足跡の向かう先を目で追う。それは階下に降りる床の小さな階段に辿り着く前にぷつりと途切れていた。 次に上に目を向ける。壊れた天窓。 周囲に置かれている木箱乗って次に壁のでっぱりに足をかける。 「アルクトゥルスさん」 屋敷の要所にムスタシュィルを放ったジークリンデ(ib0258)が床の階段から顔を覗かせた。 「丸見えだ」 アルクトゥルスは振り向いて答える。 「ここから屋敷への人の出入り、騎士の動き…全部見える」 足跡に気づいてジークリンデは頷いた。 アルクトゥルスはストンと床に飛び降りる。 「何かあったか」 酒々井 統真(ia0893)の声が聞こえる。 「まだ新しい足跡が。天窓が空いてる。ここはやっぱり閉じてしまおう」 アルクトゥルスは答えた。 2人と入れ替わりに統真が木材を持って階段を登り、屋根裏に続く床の扉を塞いだ。 ゲルマンは20名を残し、残りの騎士を屋敷の敷地内から遠ざける指示を出した。 使用人は二部屋に分けて待機。どちらにも騎士の護衛がつく。一つは伯爵達のいる部屋に近い。必要があれば動く使用人と騎士はこちらだけだ。 イルファーン・ラナウト(ic0742)が部屋の鎧戸を全て閉める。彼と神西橙火(トウ)、ゲルマンはヴォルフ伯爵一家とバレクがいるこの部屋の護衛につく。 使用人達には符丁を使うよう申し渡した。長くヴォルフにいてお互いをよく知っているため自らの家族の名を使用。騎士は相棒の龍の名を。 開拓者と伯爵達だけは別の符丁を申し合わせる。それぞれの名とクロウ・カルガギラ(ib6817)の提案で手を小さく二回握ることに。 「レナは…無事に着くかしら…」 ニーナは呟く。頭に巻かれた包帯が痛々しい。トウに振り払われた時に少し切ったのだ。 「俺、ちゃんと出迎えてお知らせするよ」 叢雲 怜(ib5488)がニーナに笑顔を見せる。ニーナは笑みを返して頷いたが、頭の傷とショックで相当参っているようだ。 とりあえず使用人達の部屋を確認してからクロウと怜が屋敷の二階を、ジークリンデとアルクトゥルス、統真は一階を探索する。 吸血鬼への攻撃時は屋敷内部を傷つける可能性があるが、ヴォルフ伯爵は「気にせずぶちかませ」と許可した。 「青い花瓶だけは…壊さないで…レナからもらったの」 ニーナがぽつりと呟く。 ジークリンデは部屋を出る前にトウを振り向いた。 「人魂を使っている?」 トウは頷いた。 「虫の形で。でも、もう見破られているかと。最初の蝙蝠もすぐに消された。今のもここの見張りだけに」 「了解」 彼女は笑みを残して部屋を出る。それを見送るトウの腕をイルファーンが引いた。 「トウ、何があってもニーナの前で身を削るような術は使うな。人魂と範囲攻撃の術を」 トウはニーナに視線を向けたあと頷いた。そして笑みを浮かべる。 「優しい人だな、貴方は。いつも周りを気にかけてる」 イルファーンは眉を吊り上げた。 「そりゃどうも。蒼共々、頼りにしてるぜ」 イルファーンの声に反応して蒼が啼いた。 使用人達の様子を目で確認する。近い部屋には侍女2人と騎士3人のみ。 「これまで、何か変わったことなかった?」 怜が聞いて回ると、大部屋のほうで一人の男が話しかけた。皆も目を向ける。 「あの日、バレク様を…私がお通しして…それが悔やまれて」 あの時のバレクはいつもと違った。いつも浮かべる笑みも妙に冷たく、歩き方も。 バレクは背が高いので歩幅も広いがかなり騒々しい。しかしあの時は足音もなかったという。 「お嬢様は…大丈夫でしょうか」 涙を浮かべて言う使用人の肩をクロウが手を置く。 「心配ないよ」 使用人は目を拭って頷いた。 部屋を出て彼らは申し合わせた通り探索の方向に足を向けた。 無言の中で時間が過ぎる。 ニーナが息を吐いてバレクの胸に顔を押しつけた。 「…喉が…渇いたわ…」 夫人が近づいて顔を覗き込む。 「お水を飲む?」 「カモミールティー…」 「普通のお茶しかないわ。我慢なさい」 母に言われてニーナは再びバレクの胸に顔を埋める。見かねてゲルマンが口を開いた。 「私が使用人の部屋に」 トウがイルファーンに懇願するような視線を向ける。 ニーナは消耗している。仕方がない。 イルファーンが頷いたのを見てトウは蒼に「一緒に行け」と命じた。 ゲルマンは蒼と共に部屋を出る。イルファーンはドアの近くに立った。 暫くして、トウがぴくりと身を震わせる。 「人魂の視界が…切れた」 小さな彼の声にイルファーンに殺気が立つ。 そしてワゴンにお茶のセットとクッキーを入れた皿を乗せて侍女とゲルマン、騎士ひとりと蒼が戻ってくる。蒼はおとなしいし、3人とも符丁を示す。 ニーナは侍女が淹れたお茶に手を伸ばした。 口をつけかけ 「カモミール…変えた?」 トウが素早くニーナの腕を掴む。イルファーンが伸ばした腕は侍女だ。 「ニーナ様には眠りについてもらう…」 呟く侍女はグールじゃない。魅了…いや、洗脳か? そのことを確認している間に大きな声が聞こえる。 「姫様のお着きだ! 誰もおられぬか!」 イルファーンは顔をしかめた。あの野郎、こっちをあたふたさせようって魂胆が丸見えだ。 「ちょっと手荒いが」 ゲルマンが侍女の腹に拳を当てて失神させる。そして使用人の部屋に向かおうとするのをイルファーンが止めた。 「ゲルマン、動くな。呼子も鳴らすな。開拓者に任せろ。動きを相手に知らせることになる」 「レナ…」 ニーナが真っ青な顔を手で覆った。 「瘴気」 ジークリンデの声に統真とアルクトゥルスが振り向く。一階を一通り見たあとだった。 直後「姫様のお着きだ!」の声が聞こえる。 「レナはクロウと怜に任せればいい」 身を翻す統真の後にジークリンデとアルクトゥルスも続く。 伯爵一家の部屋に戻る。素早く符丁を示し、部屋の様子を見てとる。 「行くぞ」 統真が小さく言い、侍女達の部屋へ。 「速攻で行く」 アルクトゥルスが盾を構え、オウガバトルを使う。統真は苦心石灰を。 一気にドアを開き、アルクトゥルスが飛びかかって来た者を盾で押す。水晶の剣を振り上げて手を止めた。…少女だ。違う。グールじゃない。 背後で音がしたと同時に彼女を蹴り飛ばして失神させた。振り向いた時には統真の足元で既に騎士のひとりが倒れていた。 「一人足りない。瘴気は」 アルクトゥルスが言う。ジークリンデは首を振った。 「とりあえず2人はあっちの部屋に」 統真は騎士の足を掴んで言った。 レナの来訪を知って走って来たクロウと怜は、立っていたのが見知らぬ4人の武装した女性だけなのを見て面食らう。 全身黒づくめ、同じような髪型で背が高い。同じ人間が4人いるのではとさえ思える。 4人は怜とクロウの姿を見て申し合せたように一斉に銃を抜く。 「お、お姉ちゃんは?」 怜が言うと、 「ここに…ちょ…ちょっと、どけっ!」 4人を押しのけるようにしてレナが後ろからにじり出た。 ふう、と息を吐くレナを見て、怜とクロウは顔を見合わせた。 「護衛の人…?」 そびえ立つ4人を見て言う怜。 「我らは姫様の親衛隊である!」 また声が揃う。なんだかすごい人達が来てしまった…。 その2人と同じ感想を部屋で待っていた皆も思う。 異状を感じたからか、レナは部屋にすらすぐに入れない。 「どけえっ!」 イライラしたように叫んでレナが彼女達を押しのけて部屋に飛び込んだ。 「レナ! レナ!」 ニーナがレナの顔を見て両腕を広げる。レナは駆け寄って彼女を抱きしめた。 「何があったの」 「バレクとキスしたの。そしたら…」 「いきなりそこから?」 バレクが思わず小さく叫ぶ。 レナは部屋を見渡して開拓者を振り向いた。 「いるのだな? 中に」 誰も何も答えなかったが、それをイエスと悟ったレナの顔が怒りに染まっていく。 「部屋に異状はなかったのか?」 統真が尋ねるとゲルマンも同行した騎士もかぶりを振る。 「暖炉…?」 ヴォルフ伯爵が呟いた。 「あの部屋は先代の時に古い暖炉を壊して壁に埋め込んでいる。しかし、外に続く煙突までは。もう何十年も前のことだからあるいは脆くなって…」 「行方不明の騎士の姿なら符丁で…いや、潜んでたんなら聞いてた可能性もあるか」 統真が息を吐いた。手詰まりか? どうすれば。 レナは開拓者達を見る。 「行くわ。囮になる」 「姫様が行くなら我らも」 親衛隊が揃って言う。 「馬鹿を言うな。でかい図体のお前達が来たら格好の身代わりだ」 レナは突っぱねる。 「しかし」 「ここで警護せよ!」 「レナ殿、押し問答している余裕はないぞ」 アルクトゥルスが口を挟む。彼女の顔をレナはまじまじと見た。 「…アルクトゥルス…」 「お久しぶりです」 アルクトゥルスはちらと笑う。 「私も行くから」 レナは皆を見つめて言った。 「よし、決着をつけようぜ。もうこれ以上好き勝手させねえ」 統真が言った。 「姿の見えない騎士の符丁は?」 ジークリンデが騎士に尋ねる。 「ドゥイ、駿龍、ワシリーです。小柄で若い。まだ16歳だ」 騎士は答えた。 部屋を出る時、そのまま残るつもりでいたイルファーンの腕をレナは掴む。 「其方の力は必要。ここは彼女らと陰陽師に任せろ。目が覚めれば騎士も増える」 「姫様は」 親衛隊が言う。 「そちらの大きいのは良いらしい」 「いちいちうるさいっ!」 レナは微かに顔を赤くして怒鳴った。 侍女の部屋は確かめてみると伯爵の言った通り壁の一角に小さな隙間があった。 統真が少し足で突くとぽろりと破片が落ちる。 「よくグールにしなかったな」 アルクトゥルスが呟く。 「グールなら倒せばいい。俺達なら躊躇ないことを知ってるんだろ」 統真が答えた。 そしてもう一つの使用人の部屋。 皇女の姿を見て皆がざわめく。 「ニーナが」 いちかばちか。レナは口を開く。 「毒を盛られた。最後に…私があげた指輪をつけさせたい。誰か置き場所がわかるか」 使用人達が再びざわめく。「ニーナ様…」という嗚咽まで聞こえたが、もちろん嘘だし指輪も出任せだ。その間に開拓者達は騎士に目を走らせる。16歳という見た目の騎士はひとりもいない。 「ニーナ様のお衣装部屋は奥の左手のドアです。指輪などは小箱に」 1人の女性が言った。 「『ニーナの部屋』に行って来る。みんな『待ってて』。二階までは『探しに行かない』」 明確にそう言うとレナは扉を閉めた。 歩き始めたレナの後姿を見送る皆の背後からいきなり騎士が彼女を追いかける。ドアを出る音も足音も気配もなかった。 「レナ皇女」 振り向いたレナに騎士が言う。 「お一人は良くない。護衛を」 レナは無言で騎士を『見上げる』。 「ドゥイ、駿龍、ワシリーだ」 「…願ってもない」 レナは答え、開拓者をちらと振り返り歩いて行った。それを見送ったクロウが再び部屋に戻る。 「ワシリーが閉じ込められそうな場所を探せ」 彼は騎士に命じた。 屋敷の一階は既に探索済みだ。先回りもできる。 『待って』いようじゃないか。奴を袋叩きにできる方法で。 レナは実にゆっくりとニーナの部屋の前に来ると、更にゆっくりとドアを開く。 中に入り 「衣裳部屋に男は入れぬ。ここで待て」 と、騎士に言う。そして彼女は奥の衣裳部屋へ。 騎士はもちろん待たない。衣裳部屋に近づきドアを開いた。その途端、アルクトゥルスの盾に弾かれ、水晶の剣が振り下ろされる。途端に奴は霧と化した。 レナのカービン銃が火を噴いたが、霧は部屋の外へ。 「間に合ってなかったらどうしようかと」 「あり得ない」 レナの声にアルクトゥルスは小さく笑って答えた。 霧を待っていたのはジークリンデのブリザーストームだ。実体化したところで奴は奇妙な声を発して飛び上る。ジークリンデの視界が微かにぼやけた。 「幻覚!」 頭上を飛び越えていく気配を感じながら彼女は小さく叫んだ。 奴が次に降り立った先にいたのは苦心石灰を使った統真だ。 「効かねえ…ぜっ!」 白梅香で振り上げた拳がずしりと胸ぐらに突き込まれる。 パッと蝙蝠が飛び立った。 「目ぇ!」 イルファーンの声と同時に閃光練弾。 嫌な声が響いた。再び実体化して着地したところで怜の螺旋弾が奴の右肩を吹き飛ばす。 飛び出さんばかりに目を見開いた奴は、また霧と化して流れていく。向かった先は小さな扉のひとつ。降りたって奴が扉を開けた途端、クロウのシャムシールがボーク・フォルサーで振り下ろされた。今度は左肩が落ちた。 「騎士は回復の餌か。残念だったな」 クロウは言った。 残った足だけで奴は跳躍逃亡を図るが、もはやうまく飛び上ることもできず周囲を壊しながら最期のあがきをする。 花瓶をひとつ弾き飛ばしたところで床に降り立ち、アヘッドブレイクですぐ前に立つアルクトゥルスに目を見開いた。 「さらばだ。吸血鬼」 彼女の剣が弧を描き、飛んだ首と瘴気が散った。 「任務終了」 統真が弾き飛ばされた花瓶を受け止めて言った。 「青い花瓶も無事」 そう言って彼はひっくり返った台を起こし、花瓶を置いた。 任務終了、というわけにいかなかったのは、レナが親衛隊に屋敷の片づけを手伝えと言ったからだ。 「お前達も手伝え」 4人揃って彼女らは開拓者達に言う。 まあ、そうかも、と統真が閉じた屋根裏の入り口を元に戻しに行ったので、自然と他の開拓者達も片づけに。 伯爵夫人は 「お疲れになったでしょう。お食事用意しますから食べて」 さすがに躊躇したが、いい匂いが漂ってくると鳴る正直な腹。 じゃあせめて片づけを、と皆で集中していると、いきなりニーナの声が響く。 「な、なんですって!? 開拓者と結婚するって言ったの?!」 「あぁ…ニーナは知らなかったんだ」 統真が苦笑して抱えていた木材を下ろす。 「どうするんだろ。バレクさんは?」 怜がわくわくして尋ねる。 「なるようになんだろ」 統真は肩をすくめて答えた。 むくれて部屋を出るレナとイルファーンが鉢合わせする。 「カザークを名乗るか?」 イルファーンは壊れた椅子の破片を脇に置いて言う。 「自由は甘美だが、覚悟とリスクが伴う」 「皇族の姫は…我儘で甘ったれ」 レナは自嘲気味に笑う。 「お前がニーナを心配するように、ニーナもお前を心配してるんだ」 口を開きかけてレナは小さくかぶりを振った。 「ヴォルフ伯爵が…蜜酒を持って帰ってと」 レナは微かに揺れる視線を残して背を向けた。 「また会えるな?」 ちらと振り向き言う。 イルファーンは無言で小さく頷いた。 ヴァンパイア、開拓者の尽力により討伐完了。 彼らはその夜屋敷でゆっくりと休み、練力等全てを回復の上帰途についた。 レナ皇女は夜のうちに親衛隊と共に城に戻ったと、ニーナが少し寂しそうな顔で言った。 |