アヤカシ峠と「にぃ」
マスター名:西尾厚哉
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/03 20:12



■オープニング本文

 晴れた冬の日。
 ギルドの受付嬢は、うふんと顔を緩ませつつ熱いお茶をゆっくりすする。
 彼女は午後の熱いお茶が何よりの幸せ。しかし、次のひとすすりは甲高い声に阻まれた。
「やかましいっ!」
 驚いて放り投げかけた湯呑を何とか持ち直し、受付嬢はきょときょとと周囲を見渡す。
 ギルドの他の職員達も目を丸くして動作を止めている。
「お前はどうしてそういう‥‥!」
 再び声。
 耳を澄ますと、小さな声が対応しているような気配がある。その後、どかっ、という音。
 どうも喧嘩らしい。
 振り向くと、他の職員が早く行って様子を見てこいと、彼女に無言で手を振った。
 まあ、ひどい。わたくしに喧嘩の様子を見て来いと?
 受付嬢はぷっと口を膨らませつつ、並んだ卓をすり抜けておもてに出た。出るなり、ギルド前にできた人だかりに目を丸くする。
「失礼‥‥ちょっと‥‥」
 と、言いつつ前に出て、更に目を丸くする。
 ひとりは少女、もう片方は少年。身なりからして開拓者だ。慌ててふたりの間に割って入るが、即座に一発いただいてしまう。
「おやめなさい‥‥やめ‥‥」
 彼女の言うことなど聞きもしない。少女の手がぴしりと頬に飛び、受付嬢の額に青筋が立つ。
 ‥‥あたくしを殴ったわね。
 次の瞬間、彼女の手がむんずと相手を掴みとり、ぐわりと2人を引き離した。
「川に叩き込みますわよ」
 受付嬢は100キロを軽く越えるほどの巨体であった。


 少女は神西桃火(iz0092)、泰拳士。
 少年はその弟、白火、弓術士。
「他の方にご迷惑でしょ。御用があるならちゃんとそれをお済ませになって」
 そびえたつかのごとく目の前で自分を見下ろす受付嬢を桃火は睨み返し、白火は申し訳なさそうに俯いている。
「それで? 今日は出ている依頼をお調べに?」
 受付嬢の問いに桃火は、ばぁん! と卓を叩く。白火がびくりと顔をあげた。
「受けるんじゃない! あたしが依頼を出すんだ!」
「はい、どうぞ」
 受付嬢は動じず、書き留める準備を始めた。
「峠に、にぃの痕跡がないことを確かめる!」
「はい?」
「にぃが行ってないことを確かめるんだよっ!」
 受付嬢は溜息をつく。
「ええと。分かるように順を追ってゆっくりご説明を」
 仏頂面の桃火に代わり、白火が話し始めた。


 桃火と白火は、優れた陰陽師になるといって家を出たまま行方不明になった兄を探す旅に出ている。「にぃ」というのは2人の兄への呼称だ。
 開拓者として各地を巡り、辿り着いた町で兄によく似た男を見たという商人に出会った。
 商人が言うには、兄は次の町に向かうために峠を越えると言っていたらしい。
 その峠はアヤカシの出没が多く、「アヤカシの峠」と通称ができるほど危険と警戒されており、地元の者は向こうの町に向かうためにわざわざ山を迂回する。もうずいぶん長く人が通らなくなってしまったから、峠を少し越えた先にある休憩用の小屋も今は朽ち果てているだろう。
 その日は生憎の悪天候であった。それに、いくら陰陽師とはいえ、ひとりで峠を越えるのは無謀だと商人は止めたが、兄は「ならばギルドに助太刀を頼むか」と言い残し立ち去った。

「次の町へは行ってみたの?」
 受付嬢が尋ねると、白火は口を引き結んで黙り込んだ。どうやら兄が到着した様子はなかったようだ。
「にぃは気が変わって別の町に行ったのだ。そう言うのに、白(ハク)は、にぃが峠で死んでいるかもなどと言う。こいつは悪いほうにばかり物事を考えるんだ!」
 桃火がぎゅうと白火の耳を掴み、再び喧嘩になりそうになったので受付嬢は彼女の手を掴んだ。
「落ち着きなさい。ギルドに出したのなら報告書があがっているはずよ。調べてみましょう」
 そう言って立ち上がった受付嬢だったが、間もなく暗い表情で戻ってくる。
「残念だけれど、それらしき依頼は見当たりませんわ‥‥」
「にぃ‥‥」
 白火の目にじわりと涙が浮かぶ。途端にぽかりと桃火の拳固が弟の頭に飛んだ。
「泣くな!」
 桃火は鋭い目で受付嬢を見た。
「にぃは単身で危険な場所に行くような愚か者ではない。あたしは絶対にぃは別の町に行ったと思う。でも、こいつはにぃが峠で死んでいると言う。だからあたしが確かめる!」
 なるほど、そういうことかと受付嬢はようやく理解したのだった。


■参加者一覧
守月・柳(ia0223
21歳・男・志
小伝良 虎太郎(ia0375
18歳・男・泰
玉櫛・静音(ia0872
20歳・女・陰
玉櫛 狭霧(ia0932
23歳・男・志
アーニャ・ベルマン(ia5465
22歳・女・弓
ワーレンベルギア(ia8611
18歳・女・陰
ベルトロイド・ロッズ(ia9729
11歳・男・志
千代田清顕(ia9802
28歳・男・シ


■リプレイ本文

 神西 桃火(iz0092)の兄は年齢18歳。1人で陰陽師修行に出るあたり行動力はあるのだろうが、決して無謀な真似をするような男ではない。開拓者達は桃火と彼女の弟、白火の話を聞いてそう感じていた。
 小伝良 虎太郎(ia0375)がにぃの似顔絵を描いてくれと言うと、桃火は顔を輝かせて筆を握った。
 その様子を不安そうに見ていた白火と、ベルトロイド・ロッズ(ia9729)の視線が合う。ベルトーが笑いかけると白火は笑みを返したが、目の淵が赤い。
「大丈夫よ。お兄さんのことも、お姉さんのことも、私達に任せて待っていなさい」
 玉櫛・静音(ia0872)が言うと、白火はぺこんと頭を下げた。
「はい。よろしくお願いします」
 姉と違って随分と礼儀正しい少年だ。
「できた!」
 桃火が叫ぶ。皆が絵を覗き込むが‥‥黙り込んだ。丸描いて丸描いてちょんちょんちょん‥‥。「おいっ!」と突っ込みたくなる。
「桃、皆さんが困ってる。それ、にぃじゃない。人の顔に見えないもの」
 白火が恥ずかしそうに言うと、
「なんだと!」
 途端に桃火が拳骨を振り上げる。慌ててワーレンベルギア(ia8611)が筆を持つ。
「桃火さん、ギルドに持って行きたいんです。もう少し詳しく描きましょう。教えてくださる?」
 桃火は兄さん姉さんたちにじっと見つめられて嫌とは言えず、渋々頷く。
 しかし、しばらくしてできあがった絵を桃火と白火は食い入るように見つめた。優しげな瞳、思慮深そうな口元、どちらかといえば白火に似ているかもしれない。
 桃火は皆の顔を順に見回した。
「‥‥ねえ、この絵‥‥あとでもらってもいい?」
「もちろんです」
 ワーレンベルギアが答えると、桃火は絵を胸元にそっと押し付け、白火と顔を見合わせてにこりと笑った。


 ギルドにはあの「大きな」受付嬢がいた。彼女は皆の顔を見て怪訝そうな表情になる。
 守月・柳(ia0223)が似顔絵を受付嬢の前に広げた。
「この顔に覚えはないか」
 受付嬢は驚いたように守月に目をやり、その後じっと絵を見つめる。しばらくして彼女は似顔絵を持ち上げて後ろを振り向き、他のギルド職員に声をかけた。
「ねえ、このお方に覚えはないかしら?」
 手の空いていた者が次々にやってきたが、皆、首をかしげるばかり。最後にやってきた若い男の職員が、あ、と思い当たり口を開く。
「1ヶ月ほど前に、峠のことを聞いて来られた方に似ていると思います」
「峠に行ったのか!」
 桃火が噛み付くように言う。しかし、彼はかぶりを振った。
「それは分かりません。その方もご自身で依頼を出しませんでしたし。ただ、しばらくここで、他の方と話をしておられました」
「他の開拓者と話を?」
 玉櫛 狭霧(ia0932)の声に彼は頷く。
「はい。でも、どなたと話していたかは流石に分かりませんよ」
 単に世間話だったのか、峠についての情報を得ていたのか、それとも、ギルドを通じず一緒に峠を越えないかと誘ったのか。いずれにしても、やはり実際に峠に赴き、確かめるしかあるまい。
 ギルドをあとにする桃火の目に不安の色が宿っていた。


 峠に向かう道すがら、千代田清顕(ia9802)が似顔絵を持って出会う人に覚えがないかと聞いて回ったが、かんばしい答えは返って来なかった。桃火は怒ったように地面を睨んで歩いている。そんな桃火にアーニャ・ベルマン(ia5465)が声をかけた。
「桃火さん、私も3人兄弟の真ん中なの」
 桃火はアーニャの顔を見た。
「にぃと弟がいるのか?」
「いえ、私は姉と弟が。狭霧さんは静音さんのお兄さんですわ」
 狭霧が振り返って桃火に笑いかける。その手はひょいひょいとお手玉を器用に操っていた。
「桃のにぃには妙な親近感が沸くんだよな」
 彼はそう言って、これまた器用にお手玉を受け止める間に少し頬をかいた。
「じゃあ、静音姉さんも狭霧にぃのこと大好きだな?」
 桃火の問いを聞いてふふ、と物静かに笑う静音。はは、と声をたてて笑う狭霧。
「桃火さんは本当にお兄さんが好きなのね」
 静音の言葉は桃火の兄自慢に火を点けた。
「ああ、大好きだ。にぃはすごく優しくて、春は一緒に土筆を摘みに行ったし、夏は白火と川に‥‥」
 さっきまでの様子は何だったのかと思えるほど桃火は喋った。それをアーニャと静音、さらに清顕、ベルトーがうんうん、それで? と促すので、彼女の気持ちは更に高揚していく。しばらくしてぽつりぽつりと雨が降り出したが、桃火は気づかない。
 峠にさしかかり、誰に言われるまでもなく全員が荒縄を足に巻き始めた。静音が桃火を座らせ、その足に清顕が荒縄を巻いてやる。片方巻いても桃火の口は止まらず、もう片方を巻き始めてやっと彼女は清顕の顔を覗き込んだ。
「なんで縄を巻く?」
「このまま歩くと足が滑る」
 守月が代わりに答え、これから進むべき方向に目を移した。その彼に小伝良が言う。
「回り道への分岐はさっき過ぎた。他の分岐もあったけど、そちらはあまり人が通っていないふうだったな」
「お前は橙音と名づけます。行きなさい」
 静音が人魂で鳥の式を飛ばした。桃火は目を丸くして2人を見る。今まで皆が自分の気を紛らわせてくれていたのだとうっすら気づいたようだ。しかし、最初に申し合わせて隊形が組まれていることは知らない。
「よーし!」
 勇んで走り出そうとする桃火の腕をアーニャが掴む。
「なに?」
「あ、いえ、あの、私、まだ弱くて‥‥桃火さん傍にいてくださらない? 頼りにしてますわ」
 うふ、と小首をかしげて微笑むアーニャと同じ方向に桃火は首をかしげたが、すぐににこりと笑った。
「じゃあ、姉さんはあたしが守ってやるな!」
 かくして先頭を守月、その後ろを狭霧、清顕、ベルトー。桃火を挟んで更に後ろは静音、アーニャ、ワーレンベルギア、小伝良と進み始める。とはいえ、荒れ果ててしまった道。道幅も広いわけではない。それぞれが先になり、後になりの状態となったが、桃火が前に飛び出てしまうことだけは防がねばと全員が心する。
 しかし、先に進めば進むほど、道はどんどん荒れていく。よじ登れば良いという倒木の量でもなくなったため、動かせる木は脇に移動し、進路を確保する。
 狭霧はその間に人魂を使い、静音は橙音に意識を集中する。守月は心眼を用いて周囲に注意を払った。何故なら、桃火以外の誰もがこれほどの倒木量が単に嵐や自然荒廃によるものではなさそうだと感じたからだ。
 ふと、皆に緊張がはしる。
「守月・柳‥‥推して参る!」
 守月の声と同時に、ザザザ! という迫り来る音が周囲にはしる。
 鉄爪で一撃を加え、雲散するそれが小鬼と見てとった小伝良は、桃火に目を向けた。既にワーレンベルギアが呪縛符を使い、近い敵には清顕が一撃を、向かい来る敵にはアーニャが即射で弓。狭霧は後衛守備、特に桃火と静音に近い場所で構える。前方でベルトーが槍を、更に前衛で守月の刀が光る。わらわらと大勢で来るが、多くは小鬼。一度鉄喰虫の群れが近づいたが、静音が斬撃符で散らした後は再び戻ってくることはなかった。
 桃火はといえば、呆然自失の状態。これほど多くのアヤカシを見たのは初めてなのではあるまいか。しかし、飛び掛ってきた小鬼に咄嗟に鉄爪の一撃を加え、それがたまたま命中したためスイッチが入った。「いける」と思ったようだ。飛び出す桃火の腕を狭霧が掴み、叱咤する。
「桃! ちゃんと後ろを守れ!」
 そうだ、アーニャ姉を守るんだった、と桃火は思い出す。もちろん事実は逆なのだが。
 やがて、アヤカシ達は潮が引くように消えていった。
「皆さん、お怪我は」
 静音が言ったが、幸い誰も負傷してはいなかった。
「ねえ‥‥今みたいに戦える人がたくさんいないと、これって‥‥死ぬよな?」
 桃火が不安そうに言う。ワーレンベルギアはその顔を見て、口にしようとしていた言葉を飲み込んだ。血痕こそなかったけれど、折れた木々を見る限り、ここ最近に同様の戦闘があった可能性がある。それは彼女以外の者も察知していた。
「もうすぐ小屋があるはず。そこで何か分かるかもしれないよ」
 ベルトーが励ますように言う。桃火はこくんと頷いた。


 足元が下りを感じ始めた。あれきりアヤカシは襲って来ない。
 守月が足を止めた。狭霧、清顕が前に出て、思わず唸る。
 そこには吊り橋があった。さほど距離があるわけではないが、数本の太縄を組んだ足場を縄で吊っただけの簡素なものだ。足元から下が丸見えだし、そもそも縄自体の強度も怪しい。下を覗き込むと、深い渓谷が見えた。
「私が先に」
 命綱を腰につけながら静音が言った。心配そうな桃火に静音は「大丈夫」というように微笑みかけて、足を踏み出す。そのあとに同じく命綱をつけて小伝良、ベルトーが続く。2人共、先に歩く静音の判断を聞き、弱い部分を補強する役目だ。3人が渡りきったところでワーレンベルギアとアーニャが。その後を桃火。桃火のあとは突発的な事態に備え、シノビの清顕がつくことになった。そして守月と狭霧。しかし、桃火が足を踏み出さない。
「桃」
 守月の声に桃火は震えながら頷く。
「う、うん、分かってる。行く」
「何かあれば助ける。安心して行け」
 清顕の声に促され、桃火は足を踏み出した。少し待って清顕も出発する。そして守月、狭霧。静音は命綱の端をベルトーと共に丈夫な木に結わえつけた。
 桃火が終着点まであと数メートル、という時、いきなり橋が揺れた。アーニャが弓をつがえ、静音とワーレンベルギアが呪縛符を使う。狭霧が振り向いて唸る。小鬼達がわらわらと橋を渡りかけていた。
「桃、止まるな!」
 清顕の声にも桃火は頷くだけだ。足が震えて思うように動かないらしい。
「桃! 早く来い!」
 呼ぶ小伝良。清顕は決心した。桃火を抱えて渡りきる‥‥!
「狭霧、走れ!」
 と、守月。
「おお―っ?」
 叫ぶ狭霧。危ういほど橋が揺れる。桃火の小さな悲鳴と共に清顕到着。続き守月。そして狭霧。小伝良が叫んだ。
「橋を切れ!」
 しかし、そうそうすぐには切れるものではない。近づく小鬼をアーニャとベルトーが順に落とす。守月、狭霧、清顕でようやく縄が切れ、小鬼達は奇声をあげながら落下していった。
「親玉らしき奴が喚いてる」
 小伝良が対岸を見て言った。きぃきぃと声をあげる小鬼に混じって悔しそうにこちらを見る赤小鬼がいた。その背後には涎を垂らす犬らしきものもいる。ここで狙えば食える、と思っていたのだろう。
 桃火がくったりと地面にへたりこんだ。


 日が暮れる。小伝良は松明に火をつけた。目指す小屋は小一時間ほどで見えた。
 ぎぃ、と軋む木戸を守月が開ける。中はさらに暗く、清顕も松明をつけた。そして全員が口を引き結ぶ。何ともすさまじい。破れた紙や布らしきものが散乱し、床はいたるところが割れ、外からは分からなかったが壁もかなり傷んでいる。
「囲炉裏は何とか使えそうだ」
 小伝良が注意深く近づきそう言ったので、清顕も彼に近づいて2人で残った灰と適当な木切れを集め、松明から火をくべる。大きな火元で少し明るくなった小屋内を皆で見回した。
 ふと、桃火が一点に目をとめ、急いで駆け寄る。そして埃にまみれた何かを拾い出した。その後さらに周辺を引っ掻き回す。
「どうした」
 狭霧が問うと、桃火は手に持っていたものを掲げて叫んだ。
「にぃにあげたお守りについてた紐!」
 まさか、と全員が急いで周辺を探し回る。しかし、他には何も見つからない。遺体の一部はもちろん、散らばる布の切れ端も、もう相当前のものだ。
「これは‥‥比較的新しいもののようですけれど」
 静音が小さな紙の破片を拾い上げ、桃火に渡す。かろうじて『行』という字が読めた。
「にぃの字か?」
 清顕が尋ねる。
「分からない‥‥」
 桃火は首を振った。
「行‥‥行く、行き、五行‥‥違うかな‥‥」
 小伝良が腕を組んで考え込んだ。狭霧も首をかしげ、いつもの癖でお手玉を取り出しかけて静音にぺし! と手を叩かれる。
「にぃはもともと五行に行くって言ってたけど‥‥この峠、通らなくても行けるよな?」
 微かに震える桃火の声。
「自分が誰かを誘って峠を選んだんじゃなく、誰かに誘われたのかもしれないよ?」
 小伝良が言う。
「血痕はない。それは、もしここにいたとしても、やり過ごした、ということだ」
 守月が壁の裂け目を指で辿り言う。
「桃、お守りがにぃを守ってくれたんだよ」
 ベルトーが桃火の顔を覗き込む。屋根に激しく雨が打ちつける音が響いた。
「桃火さん、私達、きっとみんな同じ考えです。お兄さんはどこかで生きてます」
 アーニャの声に桃火は皆の顔をぐるりと見回す。
「本当に、そう思う?」
 何も言わず全員が頷いた。桃火はぺたんと座り込む。座った途端にぐぎゅると腹が鳴る。
「あら」
 静音がくすりと笑い、干飯を取り出そうとすると、桃火は言った。
「あのね、白と約束したんだ。これ食べて絶対帰って来るって。だから食べて」
 彼女は白から託された干飯の入った袋を囲炉裏の前に置いたのだった。


 薄気味悪い小屋だが雨脚が強くなったためここで夜を明かすことに。しかしアヤカシの急な攻撃に備え、睡眠はニ交代だ。桃火は干飯を食べるなりくうくうと寝息をたててしまったが。
 翌朝は晴れ渡り、アヤカシの峠とは思えないほど清々しい空気に満ちていた。
「そうか、吊り橋は落としてしまったしな」
 狭霧が呟く。アヤカシ峠は本当に越えられない峠となってしまった。いよいよ遠回りの不自由を感じることになれば誰かがまた依頼を出すだろう。その時、新しい橋もできるかもしれない。
 山を降りて次の町までは数時間ほどだった。
 一行は町外れで手を振る白火の姿を見て目を丸くする。
「白!」
 桃火は駆け出し、白火とぎゅうと抱き合う。
「ギルドのお姉さんが‥‥この町に向かう荷馬車を教えてくれた。急いでくれたんだよ。桃が帰らなかったらどうしようかと思った」
 白火は言った。そしてどうだったの、と目で問う。桃火はにこりと笑ってみせた。
「にぃはね、峠を通ったかもしれない。でも、とっくに通り過ぎてる。だから生きてるよ」
「ほんと?」
「うん。兄さん、姉さんもそう言ってくれた。」
 桃火はそう言って、皆を振り返る。
「兄さん、姉さん、ありがとう。あたし、またにぃを探す。絶対生きてるって思うんだ」
 白火がぺこんと頭を下げる。
「姉がお世話になりました」
「お世話したよー、吊り橋で腰を抜かし‥‥」
「ぎゃうっ!」
 清顕の言葉を桃火は慌てて遮る。
「白! ちっこい鬼はこれからあたしに任せろ! 10匹くらい退治したからな!」
「へええ‥‥?」
 疑わしげに桃火を見る白火。
 開拓者達は桃火の後ろで小さく笑い、しーっと指をたてたのだった。