姫さまを連れ戻せ
マスター名:西尾厚哉
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/12/06 22:44



■オープニング本文

 スィーラ城に某所ギルドより書簡が届く。
 それは次々と人の手を介し、本来はレナ・マゼーパ(iz0102)の手に渡る予定だった。
「あら、姫様に? 分かりましたわ。今から参りますからわたくしが」
 最後にカピトリーナ・レシカエフが受け取り、ふんふんと鼻歌を歌いながらそれを脇に置いて

 …忘れた。


「姫さま〜? お召し物ができあがりましてよ?」
 カピトリーナが太った体を揺すりながら入って来る。
「姫様が落ち着いてお城にいらっしゃるから、ドレスを合わせる時間ができて嬉しゅうございます」
 うふ、と頬を染めながら桃色の薄絹に小花の刺繍を散らしたドレスを広げた彼女を見て、レナは小さい呻き声を漏らした。
 カピトリーナ…
 貴方の趣味はどうしていつもこう…
 桃色と花。
 花、花、花っ!
 でも、はっきり言うと彼女が涙を浮かべるので言えない。
 一度泣き出したらそっちのほうが消耗する。
「姫様? これはね、だいっじな、宴に着ていただきますのよ」
 カピトリーナは人差し指を立てて力強くそう言い、皇女の肩にドレスをあてがう。
「大事な宴? そんな話は聞いていない」
 レナは眉を潜めた。
「ええ、そうでしょうとも。数日前に決まりましたもの」
 彼女はレナの衣裳部屋に向かう。
「待って。何が決まったの」
 レナは彼女の巨体を追いながら尋ねた。
「姫様、お喜びなさいませ。姫様の夫となるべき候補の方が何と15人も!」
「…」
「ん、そのうち8人くらいは、まあ、あたくしの見た感じではスルーですわね。姫様にはやはり、こう、きりっと逞しく見目麗しいお方が」
 彼女は嬉しそうにそう言って、レナの肩に絹で作った花のブローチを当ててみる。
「そうね、この色だとお顔の色も映えるし。…あと、宝石もいくつか。ええと、このへんに」
「誰がそんなことを決めたの」
 レナは彼女の太い腕を掴む。
「さあ?」
「さあ…だと? 父上は?」
 レナは呆れて彼女の顔を見る。
「もちろんご存じでございましょ?」
 レナは唇を噛んで踵を返す。その背に彼女は声を張り上げた。
「ガラドルフ様はお出かけでございますよ」
「どこに。いつ戻るの」
「さあ? すぐかも。数日かも」
 レナは腕を組んで仁王立ちで彼女を見つめた。
「ふざけないで。私を見世物にしたいの?」
「姫様、何を仰いますやら!」
 カピトリーナは両腕をあげてレナに近づく。
「姫様に相応しい方は姫様がお決めになるのです」
「ええ、そうよ、私が決める。自分で決める」
「名目は舞踏会でございます。先様には招待状をお送りしておりますが、婿選びなどとはお知らせしておりませんわ。ですからお相手の自然な対応をご覧になれましてよ?」
「そういう問題じゃない。私は私の気持ちで自分の人生を決める」
 カピトリーナは目をぱちくりさせた。
「どなたか意中のお方が?」
「えっ…」
 まさかこう出るとは。びっくりしたと同時に意に反して顔に血が昇った。
 待って、これは違う。
 そう思ったが後のまつり。
「まあ…姫様。そうならそうと…。やはりバレク様? それとも違う方? 開拓者の方とか? ええ、そういうこともございましょう。皆様、凛々しくていらっしゃいます。わたくしにこっそりお教えくださいまし。悪いようにはいたしませんわ」
 もう、相手をしていられない。
 レナはむくれて彼女に背を向けた。
「どちらに?」
「さあ? どこかに。すぐかも、数日かも!」
 彼女の真似をしてレナは答え、顔をそむけて上着を掴む。
「無駄でございますわよ、姫様」
 ふっふっふと彼女は笑う。
「バレク様もお呼びしておりますしね、開拓者様もお呼びしておりますの」
「なんで開拓者?」
 レナは振り向く。
「姫様がちゃんと舞踏会に出席なさるようにです。姫様は開拓者様の前でならお行儀がよろしくていらっしゃるようですから。間もなくお見えになりますからね」
 おっほっほっほとカピトリーナは高笑い。
「さ、当日の御髪の打合せをしてまいりますわ。また来ますからね」
 ぱたりとドアが閉まった。

 
 数時間後、カピトリーナは開拓者達を連れて皇女の部屋に戻る。
 案の定、レナはいない。
「む、まだ温かい」
 皇女お気に入りの椅子に手を置き、彼女は呟く。シノビかあんたは。
「つまり、まだ城の中か、ジェレゾ内。龍も馬も姫様に渡さぬよう言い渡しておりますから遠くには行けませぬ。皆様、連れ戻しを」
 カピトリーナはきりりと開拓者に言った。

 彼女はまだ受け取った書簡を思い出さなかった。

 それはすごくまずいことなのだとは
 開拓者に指摘されるまで、全く…考えもしなかった。


■参加者一覧
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
叢雲 怜(ib5488
10歳・男・砲
クロウ・カルガギラ(ib6817
19歳・男・砂
リドワーン(ic0545
42歳・男・弓
イルファーン・ラナウト(ic0742
32歳・男・砲


■リプレイ本文

 それぞれが従者の姿に扮し、2人一組で「伯爵家令嬢ルナ」を探す。
「じゃあ、正午にさっき言ってた店に」
 フェンリエッタ(ib0018)が言う。必要あれば狼煙銃を使う。
「美味しいご飯が食べられるお店が良いのです」
 叢雲 怜(ib5488)が訴えた。
「あいつの腹空かし度合いだな」
 イルファーン・ラナウト(ic0742)が怜の頭に手を置いて言う。
 足早に部屋を出て行く開拓者達。
 書簡を預かったリドワーン(ic0545)は残ったカピトリーナに顔を向けた。
 むっちりした頬を自分の手で挟み、「お」という口。書簡のことを思い出してからずっとこの顔。
「皇女が頼りにする人物や行きつけの場所はないか?」
 頬の手を今度は握り合わせて彼女はリドワーンを見る。
「ヴォルフ様ですわ。ニーナ様がおられるんですもの」
「馬も龍も使えねえんだろ?」
 と、イルファーン。カピトリーナの顔がまた「お」になる。
 リドワーンは微かに息を吐く。
「城内に隠れられそうな場所とこの宴の企画主も確認を。婿候補も全員身元を洗ったほうがいい」
「皆様きちんとしたお方です。こちらから招待状をお送りしてるんですから」
 カピトリーナは口を尖らせる。
「なら、とにかく舞踏会の企画元を」
 引き下がらないリドワーンにカピトリーナは口を尖らせたまま頷く。
「ヴォロジン様に確認してみます。催事を把握しておられますから。城内も皆に探させます。でも姫様、上着とお気に入りの冬のストールをお持ちに。きっとお外です」
「どんなストールだ」
 イルファーンの問いにカピトリーナは勢いづいた。
「黒地に薔薇の刺繍が。あれは姫様のお母上がお若い時に身につけられた非常に高価な織りを施しておりまして…」
「わかった」
 2人は同時に答えて部屋を出た。

 カピトリーナは騒がしいが、彼女は彼女なりに皇女に尽くしている。
 一番悪いのはいきなり所在不明になったレナ・マゼーパ(iz0102)。
 見つけたらまずは軽く拳骨、とイルファーンは考える。
 飴と鞭なら、飴はみんながやってくれる。俺は鞭担当だ。
「うむ」と無意識に拳を握り締める彼にリドワーンがちらりと目を向けた。
 城を起点に左ブロックがクロウと怜、中央がフェンと統真、右がリドワーンとイルファーン。
 クロウ・カルガギラ(ib6817)は空に目を向ける。今は日差しがあるが、夜になると雪になるかもしれない。
 その彼に怜が無邪気な笑みを向けた。
「ね、舞踏会って美味しいお菓子がいっぱいあったりするのかな」
「彼女も甘い物好きみたいだしな」
 クロウはレナの部屋のテーブルにずらりと置かれたお菓子を思い出して答えた。
 あの中のひとつでも持って出ていれば空腹は癒せるだろうが、そこまで気が回る人とも思えない。
「お城のお姉さん達も、お嬢様は甘い物のお店じゃないかって言ってたし」
 怜は周囲を見回して嬉しそうに言った。
 店に入るだけの能力が彼女にあればの話だが。
「とりあえず、片っ端から当たるか」
 クロウは露店に足を向ける。
「俺、あっちで聞いてくるのだぜ」
 怜は数人の少年達を指差して言った。

 城を出てすぐ、フェンは人魂の小鳥を飛ばしていた。
 小鳥の視界を気にしつつ、それらしき店や建物の中を覗いてみる。
「20歳くらいの女の子、見なかったかしら? 人見知りな感じでちょっと落ち着かなげな」
 酒々井 統真(ia0893)も道行く人に声をかけた。
「お嬢様探してんだ。銀髪のさ、見てないかな」
 見かけたら伝えますと答えてくれる露店の女性に笑みを返し、彼は少し奥まった場所にある倉庫を見つけて念のため中を改めてみたりする。
 その十数分後には、イルファーンとリドワーンも城外に。
 2人はやはりレナが「ヴォルフに行く」と言ったことを馬番から聞いていた。
 馬や馬車を貸出しそうな場所に足を向けて見るが、それらしい女性が来たという情報は得られなかった。やはり諦めたのか。
 近くの露店に足を向ける。籠一杯にブリャ二キ。
「お兄さん、一包みどう? 皇女様お墨付きの味よ」
 店の女が言う。
「よく買いに来るのか?」
 と、リドワーン。
「お付の人がね。ね、じいちゃん」
 リドワーンの問いに女性は隣に腰かけたひょろりとした老人が「あー?」と答えた。
「若い女性が立ち寄ってはいないか。商品を眺めただけかもしれないが」
「うちに来たら皆買ってくよ。さ、お兄さん達も」
 2人は「また来る」と答え、店を離れた。

 レナの存在を感じたのはその一軒のみ。
 担当区域を往復し、正午に皆で店に集まる。
「どうなってンだろうな…」
 統真が首を振って言った。
「黒地に薔薇模様のショールだと」
 イルファーンが言う。
「戦場経験があるなら開拓者並みに動き回るだろう」
 と、リドワーン。
「でも飲まず食わず。何とか日没までに探そう」
 クロウはティーカップを置いてそう言い、皆を見た。
「保天衣が必要な人は?」
「俺、大丈夫なんだぜ。それより、これ持っていこ。お腹ぺこぺこかも」
 怜は自分が注文した小さな焼き菓子を包んで懐に入れた。
 それを聞いてなぜか皆もお菓子を懐に入れて立ち上がる。
「拳骨じゃなくて菓子に?」
 リドワーンの声にイルファーンは眉を吊り上げる。
 そう言うおまえもと言いかけたイルファーンのコートを誰かが掴んだので彼は顔を巡らせる。見覚えのある顔があった。ブリャニキの店の老人だ。
「あんたぁ…女の尻は追っかけるもんじゃねえ。こっちを追わせるもんだ」
「有難てえ忠告だな」
 イルファーンが答えると、老人は「あー?」と聞き返す。
 リドワーンが身を屈めて老人に顔を近づけた。
「じいさん、何か気になるものでも見たか?」
「2人共ええ男じゃの。わしも若い頃は浮き名を流したもんだ。女ってやつぁ、コツが必要でな、わしは…」
 気になるが、単なる老人の思い出話ととれなくもない。
「どうした?」
 なかなか外に出て来ない2人の様子をクロウが見に来る。
「なんでもねえ。じいさん、気ぃつけて帰れよ」
 イルファーンが答え、リドワーンの顔を見る。リドワーンは頷いて立ち上がった。
 

 気温が下がって来る。
 日没が気になり始めた頃、ふいにフェンが声をあげた。統真が振り向く。
 彼女の人魂がイルファーンの姿を見る。そして彼女の姿。
 走り出すフェンを慌てて統真が追う。
「どうした!」
「レナがいる! イルファーンが追ってる!」
 小鳥が見ている区画を目指し、入り組んだ道を走り抜ける。
 刹那、人魂の視界が黒いものに遮られ、ぷつりと消えた。
「人魂が消えた! 黒いものが」
 それを聞いた統真の顔が険しくなる。
 目的の場所に来て2人は周囲を見回した。しかし、イルファーンもレナもいない。 
「イルファーンはこっちにレナを追ってきたの?」
「狼煙銃…いや、待て」
 統真は空を仰ぎ見る。
「蝙蝠?」
「どうすれば」
「皆を集める。フェンはレナを探せ。遠くには行ってないはずだ」
 フェンは頷き建物の陰で瘴気結界を放つ。統真は走り出した。

「俺は会ってねえ」
 話を聞いたイルファーンの顔が怒りに赤くなる。
「化けやがったか…? そういや俺くらいの上背とか前に言ってたな、くそっ」
「じいさんの話はこれか」
 リドワーンはそう言って周囲に目を配る。
「逃げているなら接触して偽物と悟ったのだろう。城に戻る判断もつかないほど混乱しているか…」
「瘴策結界は反応しないの。瘴気封印だわ」
 白い息を吐きながらフェンが言った。気温は更に低くなる。
「…雪だ」
 怜が顔をあげる。灯りに浮かぶ白い粒。
 今度は全員で片っ端から廃屋やら片隅の小屋を探し、空き樽の中まで改めてみる。
 ふと聞こえた声にフェンが顔を巡らせた。それは本当に直感だっただろう。
「…お嬢さん? 大丈夫ですか?」
 女性が誰かに声をかけていた。
 屈めた身、頭から被った黒いストール。そのストールを引き寄せる彼女の手首を見てフェンは小さく叫ぶ。
「ブラッソバード!」
 あれは自分がレナに贈ったものだ。
 瞬時に皆で周囲を警戒し、彼女の後姿に駆け寄る。

「…!」

 途端にカービン銃がこちらを向いた。
 黒いストールが地面に落ち、警戒心を露わにした青い瞳がこちらを睨む。
 怜が先頭に走り出た。そして叫ぶ。

「お姉ちゃんっ!」

 荒く白い息の下で彼女の表情が動いた。
 イルファーンがつかつかと歩み寄り、拳骨を振り上げる。
 それを頭上に落とす前に彼は自分の身に起こったことが瞬時に理解できなかった。
「…生きていた…!」
 彼女はイルファーンの胸に飛び込んでしがみついていた。
「え、あ?」
 慌てて引き剥がそうと腕を掴んだ途端、レナの膝ががくりと折れる。
「フェン!」
「は、はいっ」
 呼ばれて駆け寄ったフェンはレナの頬に手を当てて叫んだ。
「レナ! 熱っ!」
 フェンは慌てて自分のローブを脱いでレナの体を包む。
 イルファーンがそのまま彼女を抱きかかえた。
「怜…」
 レナの声に怜が駆け寄る。
「有難う、呼んでくれて…皆が本物だと…」
 『お姉ちゃん』…それは怜と彼女で約束された言葉。
「うん。帰ろうね」
 力なく伸ばされた熱い手を握って怜は答える。
「気力も体力も…使い果たしたわ…」
「自業自得だ」
 イルファーンが言う。
 雪が更に降り始めた。ローブを脱いだフェンにクロウが保天衣を使う。
 その時、背後で声がした。

「楽しかったぞ。志体持ちは厄介だが」

 黒く長いコート。目深に被った帽子。
「…!」
 日が暮れて人通りが途切れたのは有難かった。
 ヴァンパイアの姿を見るなり即座にクロウの銃が火を噴き、リドワーンの矢が飛ぶ。
 フェンの加護結界。
 しかし瞬時に霧となった相手は攻撃をやり過ごし、再び姿を現す。
「ニーナ、か」
 レナが小さく怒りの声をあげてもがく。それをイルファーンが腕の中に封じ込めた。
 ほとんど同時に怜のショートカットファイアとクロウの銃撃が男に向いたが、無数の蝙蝠が飛び立つ。
 統真が素早く数匹を落としたが残りは夜の闇に消えた。統真は悔しそうに顔を歪める。
「ニーナが!」
 レナが叫ぶ。
「落ち着け! ヴォルフにも書簡は届いてる!」
 イルファーンが小さく怒鳴る。
「書簡…?」
 リドワーンが近づく。
「俺が預かっている。だが今はまず城に帰れ」
 彼とイルファーンの顔を交互に見てレナはイルファーンにしがみつく。
「イルファーンだと思った。私はニーナの話をした。其方は冷たい手で私を掴んでお前がレナかと。何度もみんなの顔を見て、そのたびに撃ちそうに! 其方は死んだのかと…」
「分かった、もういい、奴は逃げた」
 イルファーンは答える。
 統真がその様子を見て眉根を寄せた。
「魅了? …気力で無意識に抵抗してたか?」
「無防備な状態で接触して…危ない…」
 フェンが息を吐いて答えた。
 意識がふわりと遠退いたレナをイルファーンが再び抱き上げ、城に向かう。
「イルファーン…」
 レナが呟く。横につきながらフェンが気遣わしげに彼女の顔を見る。
「死なないで…」
 腕がイルファーンの首にぎゅうと回る。
「うぐ…く、苦しい、レナ、ちょっと手ぇ緩めろ」
 イルファーンが呻く。
「熱のせいね…」
 フェンは呟く。
「統真…統真…」
「なんだ、レナ」
 統真が答える。
「誰も死んでない…?」
「みんな元気だ。レナを探してた」
「イルファーンは…?」
「ぴんぴんして目の前にいるだろ」
 再びぎゅうと締め付けられてイルファーンが呻く。
「く、苦しいっ…」
「こんなに力があるんなら…まあ大丈夫か」
 クロウが言った。
 
 レナはすぐに解熱剤を飲まされた。
 宴についてはヴォロジンが直々に説明をしにやってくる。
「婿選びではございません。不定期の領主間の会議…というか情報交換会です。中央の者が必ず同席しますが、皇族の方は最後の食事会に。此度は若い方のご出席が多かったので姫様をと」
「なんで婿選びなんて話に」
 クロウが呆れた声を出す。
「姫様ご出席は初めてですからな。話に尾ひれがついたのでしょう。カピトリーナも朝からずっと叱られておりますわい」
 ヴォロジンは答えた。
 巨体が縮こまっている姿を想像して少し同情する。
「姫様、食事会までには体調を戻されますよう。それと、ガラドルフ様の元へ。…聞こえておりますかな…」
 ベッドの上で目を閉じているレナの顔を見てヴォロジンは苦笑した。
「目が覚めたら伝えます」
 フェンが言った。
 しかし、ヴォロジンが出て行った途端にレナはむくりと起き上がる。
「レナ!」
「ヴァンパイアだと?」
 いつの間に書簡を読んだのか。
「小癪な。ヴォルフに行くぞ」
 途端に皆で説得にかかる。
「レナ、ニーナが心配なのは分かるけど、きちんと責任を果たさないと。これで動いたら城の外に出してもらえないわよ」
「そうだ。これだって『戦い』の一種だぞ。全てが情報収集と準備。その上で迎え撃つ。各所の領主と会うことだって決して無駄じゃない。俺達も手伝うから有効に生かせ」
「彼が言ってたろ? 体調を戻せって。レナの出席は大切なんだ。もう、抜け出して礼儀を欠くようなことをしちゃだめだ」
 フェン、クロウ、統真が口々に言う。
 しかしレナは一点を見つめたまま
「イルファーンに抱いてもらう夢を見た…ふっ…」
 がたたっ、とイルファーンが椅子から転げ落ちそうになる。
「…目がすわってる」
 リドワーンと怜が同時に言い、レナは再びぱたりとベッドに倒れ込む。
 皆で「はあ」と溜息をついた。

 しかしながら、レナは食事会当日では皇女然として何とか役目を果たした。
 フェンが選んだドレスを彼女は身につける。
「まあ、なんとお見立てが良いこと…! 姫様、お美しゅうございます!」
 カピトリーナが手を叩いて喜ぶ。
「毎回フェンに選んでもらいたいわ」
 レナはフェンに囁く。
「自分で見立てるのもレディの嗜みよ。頑張ってみて?」
 フェンは笑って答える。
 彼女は高熱の間のことをどれほど覚えているのかしら、とちらと思う。
 皆もイルファーンも触れぬよう気遣っているけれど。
 食事会前には護衛についた開拓者を見つけてバレク・アレンスキーが声をかけてきた。
 皆はヴァンパイアのことを彼に伝える。ローザの件ではこちらも無関係ではない。
「レナがニーナのことを気にしてる」
 統真が言うと、バレクは帰りにヴォルフに寄ると答えた。

 
 依頼以上を願ったため、皇女は彼らに追加の報奨金とお気に入りのブリャニキを贈った。
 しかし、今回はさすがに父に厳しく叱られる。
「少しは成長したと思うたがこの有り様。婿選びの何が怖いか。毅然としておれ!」
「父上、私には縁談を持ちこまないで。私は開拓者と。そう決心しました」
「相思の相手ができたとでも申すか。バレクではないのか」
「…」
「お前は皇女だぞ! 彼らは何にも縛られぬ。相手にされず年老いるか!」
 大帝は目を吊り上げる。
「その時は父上の傍にずっといます。それが次の私の望みです」
 殺し文句を言われて大帝は二の句が継げなかったという。