飛ばない迅鷹
マスター名:西尾厚哉
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/11/29 05:09



■オープニング本文

 迅鷹の「蒼」は、陰陽師の神西橙火(トウ)の相棒。
 蒼は翼の一部をローザ・ローザに千切られてしまった。
 レナ皇女の要請で橙火と共にヴォルフ伯爵領に運ばれることになり、命は助かったが、失った翼はそのままだ。
 皇女から預かった陰陽師と迅鷹。
 いや、陰陽師は仏頂面だがぴんぴんしているからいいとして、迅鷹は何とかしてやらねば。
 ヴォルフ伯爵はちょっとしょんぼりしている迅鷹を見て思ったのだった。

 伯爵は苦労して2人の人材を探し出した。
 ひとりは、かつてはアーマーの整備士だった老人。
 もうひとりは腕がいいと評判の細工職人。
 そして彼らに蒼の千切れた翼の再生を依頼した。
「迅鷹の翼を作るなんて」
 と、困惑していた2人だったが、何日もかけてどうにかこうにか精巧な翼を蒼につけてやった。
 要するに、足らない部分を千切れた翼に装着する義翼、のようなイメージだ。
 見た目はもちろん本物の翼とは違うが、飛ぶのに支障がないよう軽量化を図り、激しい動きにも耐えるものにした。小さな宝珠ももちろんセットした。
 これで大丈夫なはず…は、あくまでも老人と細工師の机上論。
 実際に蒼が飛んでみなければわからない。

 そこで屋敷の皆で思索する。

 計画その1。
 伯爵は自領の騎士団に蒼を飛ばせてみよと命じた。
 ヴォルフの騎士団は龍を伴っている者が多い。
 彼らなら龍を使って迅鷹の回復を促せるかもと思ったのだ。
 騎士は蒼を龍の背に乗せて一緒に空にあがった。
 空を飛ぶ自分を鷹に思い出させるために。
 暫くして、騎士は空で蒼を放ってみた。
 蒼は本能的に数回羽ばたきをしたものの、あっけなく落下。
 騎士は慌てて龍と共に蒼を掬い上げた。

 計画その2。
 ちょっと路線を後戻りさせて、蒼を馬の背に乗せて走ってみた。
 蒼はおとなしく馬の背に乗っていた。
 おわり。

 計画その3。
 これはやはり飛ばなければならないのだという使命感が必要と皆で考えた。
 最初に橙火が蒼を連れて出た。
 ヴォルフの屋敷からほど良く離れたところで怪我をしたふりをした。
「あ、蒼! 誰か助けを呼んで来てくれ!」
 苦しそうに言ってみる橙火の傍で、蒼はお行儀よく控えていた。
「蒼っ」
 そうは言っても顔色いたって健康だし。(と、蒼は言いたげだった)

 計画その4。
「にぃは演技が下手だし!」
 と、橙火の妹が行く。結果同じ。
 橙火の弟。同じ。
 みんな演技が下手だし。

 計画その5。
「この際、私がっ」
 ヴォルフ伯爵の娘、ニーナが叫んだ。
 もうこの計画はボツということでいいのではと皆は言うが、ニーナはかぶりを振った。
「お任せをっ」
 彼女は迅鷹を肩に停まらせるなど絶対無理。
 馬に乗って出る。
「お父様っ! 行って参りますっ」
「怪我するなよ」
「怪我してみるんですっ」

 ヒヒーン、パカッ、パカッ、パカッ…
 数時間後。

 ヒヒーン、パカッ、パカッ、パカッ…

 馬と、馬の背に乗った蒼が帰って来た。

 あれ?

 ニーナは?
 ひえー。

 でも、よく考えてみればこの計画はそもそもそういう計画なわけで。
 誰かを呼んで来なくちゃと蒼が帰ってくればいい。
 飛んではいないが、一応帰って来た。
 馬が一緒だったのは計画外だけれど。

「ニーナも帰って来るだろう、そのうち」

 そんな呑気なことを言ってていいのか、ヴォルフ伯爵。

 そして夜が更け、朝が来る。
 ニーナ帰らず。
 ヴォルフ伯爵がちょっとうろうろし始める。
「蒼、ニーナさんは?」
 橙火が蒼を問い詰める。
 蒼は「ピー!」と啼く。
「なんでちゃんと飛んで教えないんだ!」
 橙火は蒼を怒る。
 伯爵は平静を装いつつ、騎士団に捜索命令を出した。
 装ってる。
 伯爵、絶対内心焦っている。
 手が、ずっとグーとパーを繰り返している。
 
 暫くして、騎士団の中でもお偉いさん、ゲルマンがニーナを馬の背に乗せて戻って来た。
 ニーナは足にぐるぐる包帯を巻いている。
「嘘の怪我しようとしたら本当に足を捻っちゃって」
 ニーナはほほほと笑う。
「近くの村の人に助けてもらって、お食事してきたわ。ボルシチが美味しかった。あとでお礼をしなくちゃ」
 ゲルマンの介添えを受けながら馬から降りるニーナを見つめる伯爵の手のグーとパーは娘を怒るべきか否かの迷いのグーパーと思われる。
 ニーナはそんな父の傍をひょこひょこ足を引きずりながらすり抜け、神西橙火の元へ向かう。
 橙火は仏頂面で屋敷の入り口に立っていた。
「何か言うことは?」
 ニーナは彼に言う。橙火は戸惑ったように彼女の顔を見つめ返した。
「蒼は戻ってきたわよね。飛ばなかったけど。それを怒ったんですって?」
 彼女の言葉に橙火は口を引き結ぶ。
「蒼は私の傍を離れようとしなかったの。私が無理矢理行かせたの。貴方はそれを考えた?」
 ニーナは怒ったように彼に言葉を続ける。
「レナが言ったわよね。飛べない迅鷹はもう愛せないか? って。貴方はそれに対して返事をしなかった。開拓者の人がどうやって相棒と心を通わせるか、しっかり教えてもらうといいわ」
 彼女はそう言ってぷんと顔をそらせ、背を向けた。



■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191
20歳・女・泰
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
珠々(ia5322
10歳・女・シ
からす(ia6525
13歳・女・弓
イルファーン・ラナウト(ic0742
32歳・男・砲
リト・フェイユ(ic1121
17歳・女・魔


■リプレイ本文

 暖かく晴れた日になった。屋敷の庭にいた白火が彼らの姿に気づく。
「こんにちは!」
 水鏡 絵梨乃(ia0191)の声。集まってきた開拓者達とその相棒。
 偶然にも三体(三人?)揃った提灯南瓜は不思議そうに互いの顔を見つめ、観察するように輪になってぐるぐる回る。
「キャラ、何してる?」
 からす(ia6525)の声に、キャラメリ―ゼは
「ウチ、キャラメリ―ゼ、アルネ!」
 と叫ぶ。
 それを聞いた柚乃(ia0638)のクトゥルーは、恥ずかしそうに「くぅちゃん…」とこっくんお辞儀。
 イルファーン・ラナウト(ic0742)のアヴァターラは
「ばうっ!」
「ばうって何だ…」
 イルファーンが思わず呟くと、アヴァターラはマントの先を前後にして
「いつもやってる!」
 と、答えた。
「なるほど、イルファーンが銃を撃つ姿ですね」
 珠々(ia5322)が感心したように言い、イルファーンは「うーむ」と唸る。
 ここは自分の名前を言うべきじゃなかろうか?
「ニーナさんは…?」
 リト・フェイユ(ic1121)が顔を巡らせる。
「お天気がいいからお庭でお茶をしようと準備を…ととと…」
 白火は地面に広げようとした布につまづいて、彼女の腕の中に。
「わっ! すみませんっ!」
 顔を真っ赤にした。
「敷くの? いいわ、やってあげる」
 リトはにこりと笑い、ローレルの顔を見上げた。ローレルは頷き、彼女と共に布の端と端を持ってふわりと布を地面に置く。
「皆様、ようこそ!」
 ニーナが大きなトレイを持って現れた。後ろから同じくトレイを持った桃火と橙火、そして迅鷹の蒼。蒼はもちろん歩いてついてくるだけ。
 足がまだ不自由なニーナを見てからすが駆け寄りトレイを受け取って、キャラに手作りクッキーを彼女に渡させた。
「お茶のお供、持ってきたアルヨ! 友好の証はまずはお菓子カラ! 皆で食べるアルネ!」
「あ! 私、これ大好き!」
 ニーナが嬉しそうに答えた。
「私も作ってきました。よろしければ…」
 柚乃もはにかんだ笑みを浮かべてお菓子を取り出す。
 三種ベリーのタルトと南瓜プリン、栗とサツマイモのシフォンケーキ、紅茶の香りがふわりと立ち昇るリンゴクッキー。
 桃火の開いた口からはよだれが零れんばかり。その妹のだらしない顎を兄の橙火が慌てて押さえる。
「蒼…」
 リトはおとなしい蒼に近づき、橙火を見上げた。
「あの…撫でさせてくださいね」
 それを見て、珠々と嶺渡、水鏡と花月も傍に来る。
 迅鷹は互いに顔を見合わせて「ギッ」と小さく声を交わす。迅鷹同士の挨拶なのかもしれない。
 蒼はリトに頭や義翼のついた右翼を撫でられ、心地よさそうに目を細めた。
「気持ちいいんだね」
 水鏡も身を屈めて蒼を撫でる。すると花月がするりと蒼と水鏡の間に割り込んだ。
 きりりとした顔で水鏡を見つめる花月。
「めずらしい。やきもち?」
 水鏡は笑って花月の頭を撫でてやった。それを見て今度は嶺渡が珠々を見上げる。
「あなたもなの?」
 珠々の声に嶺渡は『ち、ちがいますっ』という表情を浮かべながら、誘惑に負けてコクッ…。
 リトが気遣わしげにローレルを見上げたが、こちらはリトがローレルに頭を撫でられた。
「かいぐりかいぐり!」
 アヴァターラが叫んだ。
「意味が分かって言ってるか?」
 イルファーンが尋ねると、アヴァはマントの端で自分の頭をぐりぐりしようとした。 が、小さいので脳天に届かない。
 横からクトゥルーがアヴァの頭をなでなで。アヴァ、恍惚。


 ピクニックのように地面に座る。それぞれの前にお菓子とお茶。
 もちろんローレルにも。ローレルはリトの傍に座っているだけで絵になる雰囲気。
 優雅に始まるかに思われた日差しの中でのお茶会、
「さ、皆さま、それではいただきましょ」
 ニーナの声のあと、

 カカカカカッ…!
 ガチャン!
 あんぐりっ! もぐもぐもぐ、ごっくん!

 花月、キャラ、アヴィの前からは瞬時に全てが無くなっているのである。
「なんでそんなにがっつくのだ」
「ボクの分まで食べるんじゃないっ!」
「豪快な奴だな」
 からすと水鏡が叫び、イルファーンが笑う。
 密やかにお皿のケーキを小さなフォークで切ってはおチョボ口で食べるクトゥルーはアヴィの視線を受けて、びくっとして背を向けた。
「ま、まだありますから」
 ニーナは言い、皆のお皿に盛り直す。
 再び始まる戦闘状態。
 嶺渡は素早く皿を咥えて蒼の横に来る。
 その蒼はと言えば食べるでもなく、騒ぐでもなく。
「ピッ? (食べたら?)」
 嶺渡が啼く。
 蒼は嶺渡を見たあと、橙火の顔をちらりと見た。
「蒼、食べていいんだよ」
 桃火が言う。蒼は桃火の顔を見て少し皿を突いた。
『ふむ…?』
 珠々はその様子を見て微かに首を傾げた。何か引っかかる気がするが…。
「イル、イル」
 アヴァが空になった皿をイルファーンに差し出す。
「あぁ? トウにたかって来い」
 イルファーンはシフォンケーキをもぐもぐしながら橙火を顎で示す。アヴァはよっしゃと橙火に走り寄った。
 面食らったのは橙火だ。その彼にアヴァは「んっ、んっ」と皿を押しつける。
 お菓子が欲しいのだと分かるのだが、自分の前にはほとんどない。
「あっという間になくなっちゃったわね」
 ニーナが言った。
「ニーナ、ケーキでも焼いてくれないか。アヴァは食わねえと収まらねえ」
 イルファーンの声にニーナははしたなく「げ」と言ってしまい、慌てて口を押えた。
 ちと苦手分野らしい。
 しかしこれに乗じたのがキャラメリ―ゼ。
「作る! 作るアルヨ! ウチが手ほどきするアルネ!」
 すちゃ! とポーズをとる。
「キャラは菓子職人だからな」
 からすが言い、
「そ、そぉ? じゃ…」
 ニーナは立ち上がる。
「じゃあ、あたし達は焼き芋しよー! 焚火作って!」
 と、桃火。
 かくして第2ラウンド開始となった。


 焚火作りのための小枝拾いは迅鷹達の出番だ。
 花月と嶺渡が颯爽と近くの林に飛んでいく。
 運ばれてきた小枝はローレル、イルファーン、橙火が丁寧に積み上げる。
 アヴァは芋を持って不思議そうにクンクン匂いを嗅ぎ、クトゥルーは柚乃の真似をして芋を地面に置いて小枝をぷす、と刺す。
 花月と嶺渡は戻って来るたびに蒼の傍に行き、一緒に行こうよというように声をあげた。蒼は一応それに応えて少し羽ばたいてみたりするのだが、そのあといつもちらりと橙火の顔を見る。
「蒼、行っておいでよ」
 白火が促すが、蒼は逆に羽ばたくのをやめてしまった。
「今は飛びたくない、か…」
 芋に枝を突き刺しながら、からすが蒼を見て呟く。
 クトゥルーが近づいて顔を覗き込んでみるが蒼は動かない。
「何か…気になるんだけど…」
 珠々が自分の頭を軽くコツコツと叩いて言う。
「私もなんです」
 と、柚乃。2人でうーんと首を傾げるが分からない。
「そろそろ火ぃつけるか」
 焚火の枝が積み上がったらしく、イルファーンが言う。
「得意だ!」
 アヴァが叫んだ。
「あ、待て! 芋を立ててな…」
 イルファーンが慌てて止めたが遅かった。
 
―― ボゥンッ!

 焚火大炎上。

「な、なにごと?」
 ニーナとキャラが飛び出してくる。
「水だ! 水っ!」
 全員で大急ぎで水をかけて火を消す。芋、その他もろもろ水浸し。
 静かに皆の視線がアヴァに集中する。
 アヴァは無言でイルファーンを見上げた。
 2人で暫く見つめ合う。
「…ふっ…」
 水鏡が噴き出した。その笑いが伝染し、やがて皆で笑い出す。
 静かに後片付けを始めたのは橙火で、蒼はそれを見て嘴で木切れを拾った。
「ねえ、ボクがちょくちょく通ってる甘味処があるんだ。良かったらそこに行かない? そんなに遠くないよ?」
 水鏡が言った。
「おぉ、すごいアル!」
 キャラが叫ぶ。
「キャラ、お菓子作りはいいのか?」
 からすが言うが、ニーナがそれに答える。
「今、天火に入れたから大丈夫。馬を出すから良かったら買ってきてもらっていい? トウ、貴方も行ってきてね」
 ニーナは自分には関係がないような顔をしている橙火に言った。
「俺も…?」
「そうよ、蒼を連れて行って来て。お金を預けるわ」
「あたしも行くー!」
 桃火が叫ぶ。
「桃ちゃんと白ちゃんは残って準備を手伝ってね」
「えー…」
 むくれる桃火。
「よろしくね、皆さま」
 ニーナはそう言うとそそくさと妹弟を家に引き入れた。
「任されました。ね、くぅちゃん」
 柚乃がクトゥルーと顔を見合わせてにこりと笑った。


 馬で屋敷を出た時はちょうどお昼過ぎ。行って帰って、お腹もまた空いて、たっぷり入るはず。(たぶん)
 場所を知っている水鏡を先頭に出発。
 馬の上で花月と嶺渡が声を交わし、蒼もたまに声を出す。迅鷹同士で会話をしているような雰囲気だ。
「蒼はお行儀がいいですね」
 珠々が橙火に声をかける。
「そうですか?」
 橙火は後ろの蒼をちらりと見やって答えた。
「蒼ちゃんとの出会いはどのくらいになるの?」
 柚乃が尋ねると橙火は視線を宙に泳がせる。
「…ジルベリアに来てからだから……」
 橙火は言葉を切ってしまう。
「…出会ったのですね…」
 リトが言葉を紡いだが、橙火は答えない。
「橙…火さん…?」
 柚乃は気遣わしげに声をかける。
 橙火ははっとして顔をあげた。
「ニーナさんが待ってる。たくさん買って帰りましょう」
 そう言った彼の顔からはさっきの表情が消えていた。

 水鏡のお気に入りの店は、1時間半ほど馬を歩かせた小さな町の中にあった。
「のれん分けでジェレゾにも店があって。確か新作が出たって聞いたんだ」
 水鏡はそう言って馬から降り、花月にきっと目を向ける。
「絶対お店の中のものを突っつくんじゃないぞ」
 花月は『そんなはしたないことしませーん』という顔でふんぞりかえる。
 疑わしそうな目をしながらも水鏡は店の中へ。
「お前も行儀よくしてろよ」
 イルファーンがアヴィに念を押す。
「おまえもな!」
 アヴィは答える。
 店の中は甘い香りの中に目移りしそうなほどのお菓子がずらり。
 相棒を含め、全員の目にキラキラと星が散る。
 橙火は今まで入ったことのない店の雰囲気に気圧されている様子。
「これこれ! 新作見っけ!」
 水鏡がとろりと白いクリームがかかったチョコレートケーキを指差す。
「中に入ってるベリーが秘蔵のシロップに漬けてあるらしいんだ!」
 ごくり。
「よろしければお席でどうぞ? 今なら空いておりますよ」
 店の者に言われて、誘惑MAX、相談開始。
「まだ日は高いし」
「戻る頃にはまたお腹が空いているだろうし」
「美味しいのを選ったほうがニーナさんも嬉しいだろうし」
 理由はいくらでも出てくるものである。
「決まり! 食べよう食べようっ!」
 かくして、単に場所が変わっただけで、第一ラウンドと同じ様相が店の中で繰り広げられる。幸いにも店内はそんなに混んでいないから気にしない。
「蒼、お前も食べていいんだよ」
 じっとしている蒼に橙火が言った。
 蒼は小さく啼き、嬉しそうに橙火の差し出すお菓子をぱくりと食べる。
 これには皆が動きを止めた。
「蒼ちゃん、食べた…」
 柚乃が嬉しそうに言った。
 橙火は皆の視線に戸惑った顔をする。
「食べますよ…いつも」
「そういうんじゃなくって…なんていうんだろ…」
 言葉が思い当たらず柚乃は宙を睨む。
「蒼さんは橙火さんが好きなのよ。ん…そういう一括りな感じでもないんだけど」
 珠々が言った。
「一番信頼してるんだよ。トウのこと」
 水鏡が蒼の頭を撫でてやる。
「ボクはさ、花月の同化を頼りにしてる。花月はボクの作る芋羊羹が食べたいからボクと一緒にいる。そんな感じでいわゆる『仲良し』っていうんじゃないんだ。でも、ボクにとって花月は道具じゃないよ。心から信頼してる。花月もそれを分かってくれてる。相棒を疑わない気持ちは大事だよ」
 目を向けると、花月は素早く主のお皿からお菓子をかっさらっているところだった。
「あっ、おのれっ! 前言撤回っ」
 水鏡は叫ぶ。
 微笑ましい両者のやりとりに橙火は複雑な表情を浮かべる。
「…俺は蒼の命を一度諦めたんだ」
 ぽつりと溢した言葉に、皆が彼の顔を見る。
「蒼は助かる可能性が低かった。それを桃火が死なせないでと泣いて懇願した。でも、俺は頼まなかった。例え生きても飛べない迅鷹は生きていても辛かろうと……そんな主なんだ」
「そりゃ詭弁だ」
 イルファーンがケーキをぱくりと口にほおばって言った。
「蒼はその前に開拓者が命がけで助けてる。お前の命もレナと開拓者が助けてる。お前が蒼の命をどうこう言う権利はねえ。蒼の命は蒼のものだ」
「そうだそうだ」
 内容はあまりよく分かっていないだろうが、アヴァが賛同した。
「ウチら、ココにいたいと思ってココにいるヨ!」
 キャラが言う。
 ちょっと神妙な空気になってしまった。
「お菓子食べましょ?」
 リトが言ってバトル(?)再開となったが、橙火は目に微かに動揺を浮かべていた。
 珠々がじっとその顔を見つめた。

 たっぷりのお菓子を馬に積んで店を出た。
「おのれ、今日こそ焼き鳥にしてくれる」
 ほとんど花月に横取りされた水鏡が呟き、花月と睨み合う。
「まあ、まあ、一杯持って帰ることだし」
 柚乃がなだめた。
「食べた分も全部ニーナさん持ちでいいのかしら」
 リトが心配そうに言う。
「ニーナさんはたぶん察してると思います」
 橙火が答えた。一緒に行けと言われた時点でその意味も彼自身が察していただろう。
「…にしても」
 珠々が後ろを振り返って言う。迅鷹たちはしきりに声を発していた。
 提灯南瓜達も頷き合っている。
「悪戯するなよ」
 イルファーンがアヴァに言う。
「おまえもな」
「するか!」
 皆が笑った。ここは本当にいいコンビである。
 屋敷に着くと、ニーナと桃火が待ってましたとばかりに出迎えた。
「どれ? どれ?」
 2人でまずお菓子の包みを改めるあたりはお嬢様もお嬢ちゃんも同じ。
「ケーキは焼き上がったアルカ?」
 キャラの言葉にニーナがびくっと身を震わせた。
「そ、それが…あの…」
「失敗したアルカ? なんでアルカ? 90分待つだけだったヨ!?」
「す、すみません…様子を見たくて…天火の扉を開けてしまいました…」
 キャラはふらふらとよろめいた。
「信じられないアル…」
「うーむ、ニーナは厳しい修行が必要だ」
 イルファーンが呟いた。
「ええと、お風呂にする? お食事? どちらも準備してあるの」
 何となくどこかのお母さんっぽいことをニーナは言った。
 じゃあ先にお風呂にしちゃいましょう、ということに。
「おぉ…」
 ニーナに案内された浴室を見てからすが声を漏らす。
 噴水があるではないか、噴水が。さすが貴族。
 まずはからすと柚乃、珠々の3人で。
 しかし、相棒達がいなくなっている。
「何か企んでる」
 珠々が言った。
「任せてみましょ」
 と、柚乃が答えた。

 リトは自分の番までローレルと庭を散策させてもらうことにした。
 足元から枯葉の香りが立ち昇る。
 夕暮れ時はさすがに冷えて来る。ローレルはリトの肩にストールをかけた。
「ローレルはこうすると気持ち良いって感覚はないの?」
 リトは彼の手をとってすりすりしてみる。
「私は主を守り、役に立つことが存在意義の1つだ」
 ローレルは静かに答える。
「今、私の傍にいてくれるのが私にとっては凄く大事なことよ」
「一緒に散歩でもいいのか? …リトがそれで満足ならそれでいいが」
「満足よ。これからも…宜しくね」
 リトはにこりとローレルに笑いかける。ローレルはリトが寒くないようストールで肩を包む。
 その2人はふと声を耳にする。
「ピピッ」
「ギィッ」
「頑張るアルネ! 飛ぶイメージ思い浮かべてパピュッと飛ぶヨ!」
「なでなで…なでなで…」
 リトとローレルは顔を見合わせ、声のする方に近づき、そっと陰から様子を伺う。
 蒼を中心にして、相棒達が一生懸命励ましていた。
 蒼はまだ義翼に違和感を感じているらしくうまく羽ばたけないようだ。
 ローレルがリトの肩にそっと手を置いた。リトはこくりと頷く。
「そうね」
 2人は笑みを交わしてそっとその場をあとにした。


「まだ帰って来てないのか?」
 イルファーンが顔を巡らせた。相棒達がいない。
 テーブルには一杯のご馳走アンドお菓子の山。
「おーい! 食事だぞ!」
 からすがテラスに出て叫ぶ。
 その時、庭の向こうからぽつりと灯りが見えた。提灯南瓜の持つカンテラだ。
 キャラとアヴァ、クトゥルーが姿を現す。
「蒼は飛ぶヨ! だから呼ぶアルネ!」
 キャラが叫び、後ろを示す。皆がそちらに目を凝らしてはっとした。
 高い木の上に3体の迅鷹。真ん中に蒼、両端に花月と嶺渡。
 蒼はいったいどうやってあそこまであがったのだろう。
 橙火は呆然として蒼を見つめた。
「蒼は蒼の意志で飛ぶ。迎えてやれ」
 アヴァが言う。口調がイルファーンそっくりだ。
「蒼―!」
 桃火が声をあげた。しかし蒼は動かない。
 珠々が再び声をあげようとする桃火の口を塞いだ。
「橙火さん、蒼は貴方を待ってる」
 橙火は彼女の顔を見た。
「蒼は賢い子よ。みんなが優しくしてくれるのもよく分かってる。でも、蒼にとっての主は貴方だけなの。お店で話したみんなの言葉を思い出して? 蒼は自分と貴方のために飛びたいの。貴方の言葉、が欲しいのよ」
「蒼…」
 橙火は呟いた。
「小さい声じゃ届かないアルヨ!」
 キャラがぴしりと言う。
 橙火はテラスに走った。
「蒼! …来い!」
 
――― ピイィッ…!

 蒼が高く啼いた。そして羽ばたく。
 翼の宝珠が一瞬小さく光り、蒼の体は宙に浮いた。
 その後に続く、花月と嶺渡。

「うわあ…」
 リトが声を漏らした。
 夜空に舞う三羽の迅鷹の姿は月明かりの下で勇壮に美しかった。

 彼らは次々にテラスの欄干の上に舞い降りる。
「蒼…」
 橙火は蒼に頬ずりした。蒼も主の体温を感じて目を細める。
「よくやった」
 水鏡の声に花月は「ピ(まぁね)」と胸を張る。
 珠々は「粋なことを」と嶺渡の頭を撫で、提灯南瓜達もそれぞれが褒められて嬉しそうだ。
「トウ…!」
 ニーナが駆け寄り、橙火に抱きついた。
「良かった!」
 ニーナは彼の首に両腕を回し、頬に唇にキスの雨を降らせる。
「あら…もしかして目撃?」
 水鏡が呟いた。
 桃火が顔を真っ赤にし、初心な白火は目を回して倒れそうになり、後ろのローレルが慌てて受け止めた。


 食べて食べて食べまくった。
 幸せだ。
 ニーナが部屋のあちこちに大きなクッションを置き、冷えないように暖炉にはたくさん薪をくべた。
 主と相棒達が寄り添うようにしてクッションにもたれかかりそして眠った。
 柚乃と珠々はテラスに出る。
 欄干にはクトゥルーがちょこんと座り、嶺渡が留まる。
 柚乃の透き通った歌声が、夜の空気に溶け込んでいく。
「寒くない?」
 ニーナがショールを手にテラスに出てきた。
「いいえ。なんだかすごくあったかい」
 柚乃は笑みを見せた。
「あ、キツネがいる…フクロウも」
 ニーナが顔をほころばせた。
「今は、みんなが幸せな気持ちでぐっすり眠れるように歌いますね」
 柚乃は言い、ニーナは彼女の顔を見つめてきゅっと抱きしめた。
「皆さんに来てもらって良かった…。私はトウと蒼の間に割り込み過ぎちゃったのね」
「いいえ。ニーナさんは今まで通りでいいんです」
 珠々が言った。
「これからも蒼に愛情を注いであげてください。そして橙火さんにも」
「え、あ、きゃ…」
 ニーナは顔を真っ赤にした。
「え、えっと、朝食も食べて帰ってね。今夜食べきれなかったものは詰めてあげるからどこかで食べて? えっとそれから、お、お菓子も」
 ニーナは真っ赤な顔のまま慌てて部屋に戻っていった。
 2人はそれを見送り、笑みを交わした。
 柚乃は再び歌い出す。
 月が静かに光る。

 相棒と開拓者。蒼と橙火。ニーナと橙火。橙火と妹弟。
 みんなみんな、幸せに 元気に過ごして行けますように。