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■オープニング本文 西の森の洞窟。 ローザ・ローザは開拓者の攻撃により重傷となり、此処に身を隠した。 その動きを監視するため、龍を携えたヴォルフ伯爵下の騎士60名、そして陰陽師の橙火が昼夜を問わず見張りについている。 時折穴より様子見か夜雀などが出てきたが、そんなものは龍の一噛み。 に、しても瞬間移動を使うローザがいきなり出てきても、とヴォルフの騎士達は龍を使って穴の出口に石を積み上げ塞いでしまった。 結果的にローザは中に閉じ込められる形となっているのだが、エドゥアルト・ベルイフが言い残した言葉通り、ローザが本当に再生回復をしていないのかどうかは今のところ知る由はない。 まだ薄らと朝靄の立ち込める中、バレク・アレンスキーが慌てたように走っている。 その後ろを神西桃火も髪をなびかせて走る。 バレクの泡を食ったような表情と違い、桃火は何故か嬉しそう。 2人は見張り台の長い梯子をものすごい勢いで登り詰め、バレクが声をあげる前に桃火が背後から「彼女」に抱きついた。 「レナ姉さんっ!」 「…っ!」 そちらの方がバレクが声をあげるより、レナ・マゼーパ(iz0102)にとっては衝撃だっただろう。 子供の頃を除いて、今までいきなり自分に抱きついてきた者などいなかった。 「あ、ごめん、怪我してたな? 痛いか?」 桃火は慌てて身を離し、はー、はー、と息を吐くレナの体をぽふぽふと叩く。 「もう治った。…と、いうか、怪我をした人間を叩いてはいけない」 大真面目に言うレナにバレクは彼女を叱咤するのを忘れて思わず笑いを堪える。 「あ、ほんとだ! いけない!」 桃火は、あははと笑う。その屈託のない顔にレナも「ふ」と笑みを溢した。 「元気そうで何より、桃火。怪我をした弟君はあれからどうだ」 「うん、大丈夫! 昨日も握り飯がんがん作ったし」 桃火は大きな目をキラキラさせて答える。 「ニギリメシ?」 レナは首を傾げる。 「こっちの人はあんまり食べないんだな。バレクにぃもそうだったよね」 桃火に目を向けられ、バレクは笑う。 「桃火が迅鷹の蒼に託してトウに握り飯を届けたいって言うんで、商人に掛け合って米を持って来てもらったんだ」 「…ああ…あの穀物か」 レナはずいぶん前に天儀で見たことを思い出す。 「トウは…其方の兄上だったそうだな。長く探していたのだろう? せっかく会えたのに引き離してすまない」 一瞬寂しそうな表情を浮かべたが、すぐに笑って桃火はかぶりを振った。 「にぃは大事なお仕事だ。にぃがどこにいるか分かってるだけであたしは満足」 レナはじっと桃火の顔を見つめた。 「桃火、聞きたいことがある」 ふいに問われ桃火は、なに? という顔をする。その彼女の肩を抱き、レナは遠くの西の森を指差した。 「アヤカシは弱ってもそれで死ぬことはない。だからどこかでトドメを刺さねばならない。でもあの洞窟は脆い状態で危険だ。中では戦えぬ。其方ならどうする?」 「えー…?」 桃火の大きな目が見開かれる。 「うーん…」 口を尖らせて桃火は森を睨みつける。レナは辛抱強く待ち、暫くして桃火は口を開いた。 「やっぱり燻り出さなきゃだめだよね…。でも、洞窟のどこにいるんだろ」 「それはわからない」 「にぃの人魂で確かめたら? にぃは陰陽師だよ?」 桃火の自分を見上げる目を見てレナは笑みを浮かべた。 「では桃火、其方、弟の白火と共にそれを伝えるが良い」 桃火は目を丸くした。それまで黙って聞いていたバレクが口を開きかけたのをレナは目で制する。 「白火と準備をして」 「うん。分かった」 「ちゃんとニギリメシを用意するが良い」 それを聞いて桃火は顔をほころばせた。 「うん!」 嬉しそうに梯子を降りていく桃火を見送り、バレクは首を振った。 「俺は賛成しない」 「ローザの確認は早いうちにどこかでやらねばならないこと」 レナは答えて西の森に目を向ける。バレクはその視線の先を追う。 晴れてきた朝靄に森の緑が鮮やかに映る。 「それでも賛成できない。君は桃火に不憫さを感じているのかもしれないが、トウにとっては大きなお世話かもしれんぞ」 レナは少し眉を潜めてすぐ横にあるバレクの顔を見る。 「トウは友人をローザに殺されたってこと以外、多くを話さない。妹弟がいたことももちろんだ。桃火達の存在はとっくに気づいていながら黙っていた。白火は重体だったんだ。それでも何も言わなかった」 レナは一度だけ会ったことのあるトウの顔を思い起こす。 優しげで思慮深げな青年だった。今なら白火によく似ていると確かに思う。 「森に見張りに行くと言い出したのはトウなんだ。俺は妹弟の傍にいてやれと止めた。でも聞かなかった。あそこに行ってからも何度も戻るよう伝言はしている。でも戻らない」 じっと見つめるレナの目をちらりと見て、バレクは息を吐く。 「強引に引き戻すかと考えたりもしたが…騎士団が一緒にいるからな。ヴォルフ伯爵にはトウのことは伝えた。たぶん騎士団長はトウが勝手な動きをしないよう見張ってくれているだろう」 レナはバレクから目を逸らし、再び森に目を向ける。 「ローザをどうしても討ちたいなら君に同行の志願をしても良かったはずだ。でも、そうじゃない」 「自らの手で葬り去りたいと?」 「俺は無理だと思う。んー…なんていうのかな…」 バレクは目を伏せて暫く考え込むような顔をした。 「俺は父をローザに殺されたが、その俺よりトウはローザへの執念が強い。何が違うんだろう、と考えるんだが…彼は…きっと守りたいものを捨て去っているのかなと…」 ついと向けられたレナの目とバレクの目が合う。バレクはさっと顔を赤くして慌てて顔を逸らした。 「私が連れ戻る」 レナは言い放って見張り台の梯子に手をかけた。 「えっ…」 バレクは慌てた。 「何を愚かな。冗談じゃない。多少怪我をさせても連れ戻す。準備をしておけ」 彼女の目には怒りが込められていた。 |
■参加者一覧
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
フレイア(ib0257)
28歳・女・魔
レティシア(ib4475)
13歳・女・吟
クロウ・カルガギラ(ib6817)
19歳・男・砂
イルファーン・ラナウト(ic0742)
32歳・男・砲 |
■リプレイ本文 目的地周辺地図の有無を尋ねた竜哉(ia8037)に応え、レナ・マゼーパ(iz0102)は以前フレイア(ib0257)が作った地図を取り出した。森の一番奥を指差す。 「洞窟はここ。輸送用に道は作ってあるが馬で行けるのは途中まで。あの2人は歩けるかな…」 レナは向こうで待っている桃火と白火をちらりと見て息を吐く。 「でかい荷だな」 2人の背負う荷を見て酒々井 統真(ia0893)が言う。 「お握りですって。三百個」 レナの代わりにレティシア(ib4475)が答える。挨拶をしたときに教えてくれた桃火の上気した顔を思い出して自然と笑みが零れる。 「へたばったら途中で代わるさ」 白火の細い体を見てクロウ・カルガギラ(ib6817)が苦笑する。 「三百作るとは思わなかった。世話をかけてすまない」 レナが小さく首を振る。 「洞窟内に入った経験のある者は? 近隣の村の者とか」 再び地図に目を落とした竜哉が尋ねると、イルファーン・ラナウト(ic0742)がそれに答える。 「俺が入った。入口付近だが。地盤が緩くてあのご婦人が暴れたらぺしゃんこだな」 「ではどこかに通じているかもというのも不明だな…」 「ヴォルフの騎士は周辺を探索しているだろう。何も報告がないということはここだけしか見当たらないということだ。今のところ、だけれど」 レナは面の奥の竜哉の目を探るような視線で答える。 「桃火君に出発前に手紙で聞いてみたのですけれど」 フレイアが口を開く。 「彼女が知る兄君のご友人は現在も全員天儀。バレク君は何か聞いていないかしら?」 「聞いていれば私に話している」 レナの返事にフレイアは溜息をついた。 「行方不明者のリストが手掛かりかもと思いましたけれど、情報は全てトウの頭の中ですわね…」 「小癪でたまらぬ。必ず連れ帰る」 レナは地図を畳み、微かに怒りを含んだ口調で言った。 バレクの用意した馬に乗って出発する。そうはいっても森の半分程度。 2時間後、それぞれの馬の手綱を木に括り付け、残りは徒歩。 桃火は優しく相槌を打ってくれるクロウのことが気に入ったようで、ずっと彼と話をしている。しかし暫くしてへたりこんだのはやはり白火だった。 「いいよ。俺が持つ」 クロウが笑って彼の荷を掴む。 白火が荷を下ろした時、空から急に黒い影が舞い降りたった。 一瞬の間に竜哉が剣を抜き、クロウが銃を構える。 「橙火の迅鷹だ」 統真が言った。 「蒼っ! だめっ」 桃火は蒼が持ち上げようとする荷を必死になって掴んでいる。蒼はいつもの習慣で届けようとしているのだろう。しかし重いのでさすがに持ち上げられない。そのうち桃火は手をばたばたし始めた。 「何やってんだ?」 と、統真。 「荒鷹陣!」 桃火の返事に全員が噴き出しかけて慌てて堪える。レナは全く無頓着。 「効かない、なぜだーっ」 「行くぞ」 統真は彼女の頭をぽんぽんと叩いて彼女の荷を持ち上げる。 口をへの字に歪めて涙目の桃火の手をレティシアが苦笑しながら引き、迅鷹は再び飛び上った。 洞窟が見えてきたのは出発から5時間後。 「にーぃ!」 嬉しそうに走って行く桃火と入れ違いに壮年の騎士が近づいてきた。 「第3騎士団長のゲルマンです。今のところ、異状は見られません。少しお休みを」 「一時間ほどしたら橙火に人魂で中を探らせる。それまで…妹弟達がニギリメシを作ったらしいから食べてやってくれ」 レナの言葉にゲルマンは笑みを浮かべる。 「いつも有難うございます。あの食べ物は皆も気に入っております。なかなか旨い」 「私ではない。あの妹弟が兄に食べさせたい一心だ」 「さようでしたか?」 ゲルマンの返事にレナが僅かに眉を潜める。 「…食べていないのか? 橙火は」 ゲルマンは口を噤む。触れてはならぬことを口にしたのを悟ったのだろう。 レナの表情が険しくなった。ゲルマンの前を通り過ぎて桃火の走った先に向かう。 危うい空気を感じ取り、皆で彼女の後を追う。 橙火は洞窟を見上げながら木の根元に腰かけていた。 気配に気づいて橙火は立ち上った。その手には握り飯。 彼に初めて会うレティシアと竜哉、クロウは橙火の顔をまじまじと見る。 優し気な顔立ちは弟の白火にそっくりだ。年の頃は恐らく20歳を少し超えたばかりというところ。執念にまみれる男には見えない。 レナはまだ口をつけていない彼の手の握り飯に目を向ける。 「妹弟が心を込めて作ったニギリメシだ。食べろ」 レナの険しい口調に桃火と白火は空気の不穏さを感じて兄と皆を交互に見る。 「わざわざそれを伝えに?」 橙火は小さく笑って言った。桃火が兄の顔を見る。 「違うよ、にぃ。人魂で洞窟内の様子を見てよ。あたしがそれを伝えに来たんだ」 「なぜお前がそんなことを決める」 兄の返事に桃火が戸惑いの表情を浮かべる。 「私が頼んだ。妹を怒るのは筋違い」 レナが怒気を含んだ声で言う。 青い顔をしている白火の肩をレティシアがそっと引き寄せる。 「従う義務はない」 橙火の表情は静かだが、口調には敵意が満ちていた。 「この数週間一切術を使わぬよう見張られ、今度は使え、と。自分の行動は自分で決める。それとも逆らえば妹弟を人質にするつもりでここへ?」 レナの怒りが頂点に達した。彼女の動きと同時に橙火も動く。しかしそれよりも早く全員が動いた。 統真の掴んだ彼の利き手、竜哉の抜いた剣の切っ先、イルファーンとクロウの銃口、一瞬のちに橙火は動きを封じられる。 フレイアは自らの銃を抜こうとしたレナの腕を掴んで桃火を背後に。 レティシアは鉄傘を構えて白火を庇う。 「悪いな。俺達の依頼主だ」 竜哉が橙火に言った。橙火は息を吐いて力を抜いた。それを見て皆も警戒を解く。 「橙火。人魂を使わないのなら其方をこのまま連れ戻る。抗えば力づくでも連れ戻す」 荒い息の下でレナは言った。 「いずれにしてもここから去れ、と」 吐き出すように橙火は言う。 「にぃ…もう、やめて…」 白火が小さく呟くのをレティシアは聞いた。 「1時間後にまた聞く」 レナは背を向けた。 「人魂を拒むとは予想外だったな…。下手したらこっちを攻撃してきそうだ」 橙火の様子を伺いながら統真が呟く。 「さっきは私が悪い。すまない…」 レナがむっつりと答える。 そのすぐ後ろでレティシアはしょんぼりと俯いている桃火と白火に近づき、「んっ」と手に正飴を落とす。 「ごめんなさい…にぃは本当はあんなこと言う人じゃ…」 白火が彼女を見上げて言った。レティシアは頷く。 「大丈夫。みんなも分かってるわ」 「ローザがいるから村の人もエド兄さんも死んじゃったんだ。今度はにぃまでなんかやだ、ちくしょー」 桃火がぐすんと鼻を鳴らして飴をばきりと折る。泣きながら弟に渡しかけ、柄のある大きい方をちゃっかり自分で取る。 「にぃはローザを殺そうとしているの?」 飴の大きさを気にしない白火は尋ねる。 「にぃを死なせないで。お願い」 「絶対連れ帰るよ。俺達に任せろ」 近くにいたクロウが答えた。 優しげな彼の笑みに白火は微かに安堵の表情を浮かべる。 レティシアが、ふと超越聴覚に反応した音に顔を巡らせた。 その目に橙火に近づくイルファーンの姿が映った。 「最後の握り飯だ。食え」 イルファーンは橙火の膝に握り飯の包みを落とす。橙火は無言だ。 「俺達はあんたの抱えてることに干渉する気はねえが、ここで揉めてそこをローザに突かれでもしたら目も当てられねぇ」 イルファーンはどっかりと彼の隣に腰を下ろす。 「あんたもバレクのところで苦労して調査した2年間が水の泡だ。レナはまだガキだし頑固者でしようがねえ奴だが、一先ず大人しく従っておけ。そうすりゃまた後でどうにでもできるだろ」 「後はもうない。イルファーン」 橙火は視線を向けずに言った。 「俺がバレクの傍にいたのは、財力のある者の元にいればローザに近づけるからだ。そしてあんた達が奴をここまで追い詰めてくれた」 橙火は一瞬口を引き結ぶ。 「俺を軽蔑して放っておいてくれ」 イルファーンは橙火を見つめ、そして、いつの間にか至近距離に近づいている統真と竜哉、クロウの姿を視界の隅で確認する。 その後こちらを見守るフレイアとレナ、妹弟の傍にいるレティシアに。レティシアは聴覚で会話を聞いているだろう。 「何を知っている? 共有してもらえると有難いんだがな」 橙火の頬が微かに震えていた。しかし彼は口を開かない。 「トウ」 「桃火と白火は天儀に帰してやってくれ」 いきなりな言葉にイルファーンは目を細める。 「2人はお前が連れて帰ればいいだろう」 「人魂を使う」 橙火は言った。 「でも、俺には構うな」 橙火の肩に統真がぽんと手を置いた。彼はそのまま橙火の目線まで身を屈める。 「悪いが俺達にも意思と任務がある。ローザは力だけじゃなくて知恵がある奴だ。妹弟とまともに話し合えねえ甘えた奴にゃ無理だ。頭を冷やして出直せ」 「そうだ。ローザは力だけじゃない。だから俺に構うな」 橙火は統真の手を払い、立ち上がって踵を返した。 統真はイルファーンを見て、その後竜哉に目を向けた。 「橙火は何か知っているみたいだが、手負いは甘くない。まともにやりあうのは無理だ」 竜哉は言った。統真とイルファーンも頷く。 「人魂の視界は奴にしか見えん。要警戒だな」 イルファーンは言った。 竜哉の進言に従いヴォルフの騎士に離脱を求めたが、ゲルマンは全員離脱を拒否した。 暫く押し問答した後、騎士5名を残すことで折り合いを。 桃火と白火は頑として離脱を拒み、開拓者達の目に「分かったから」という合図を見てレナは頷く。 残った騎士が龍で洞窟の入り口を塞いでいた石を僅かに取る。全員で警戒態勢。 フレイアはムスタシュイルを。レティシアは超越聴覚を。 橙火は小さな鳥の人魂を送り込んだ。レティシアが耳を澄ませる。 彼の横にレナ、反対側にイルファーン。すぐ後ろに竜哉、クロウ、統真。それより後ろにフレイアとレティシア。その背に桃火と白火。騎士5人はさらに背後にて警戒に立つ。 レティシアの耳に鳥の羽音が聞こえる。皆がじっと橙火の反応を見つめていた。 20分後、レティシアがふと顔をあげた。羽音が消えた。チリリと鳴ったイヤリングの音に皆が振り向く。レティシアの表情を見てレナは横の橙火を見る。 「トウ」 イルファーンが鋭い目で橙火に声をかけた。 橙火は視線を避けるように顔を伏せる。 イルファーンの銃口が持ち上がる。クロウと竜哉が視線を交わし、周囲に目を。 レティシアとフレイアは桃火と白火を引き寄せ、統真はきゅっと鉄甲を握る。 「橙火」 レナが言う。橙火の額から汗が落ちた。息遣いが次第に荒くなっていく。 「何が見える!」 ―――― ザアァァァッ…! ふいに背後に響いた音に全員振り返る。 木が倒れ、土中に飲み込まれていく。 「離れろ!」 竜哉が叫ぶ。 ぐいと伸びた屍のような白い腕。その腕が最も近くにいた若い騎士の足を掴んだ。そして飛び出してくる狼。 氷龍が腕に向かい凍てつく息を吐く。橙火だ。 腕は一瞬凍り付いたものの騎士の足は離さず、もう片方の腕で地表を掴み、ぐいと穴からローザは姿を現した。ない首からごぼりと瘴気が溢れ出る。 騎士が小さく悲鳴を漏らした。仲間の騎士が剣を振り上げる。 「やめろ!」 橙火が叫んで走り出そうとするのをイルファーンが飛びかかる。 騎士の剣がローザの腕に一撃を与えた。途端にすさまじい勢いで瘴気が噴き出す。 「殻が…脆くなってやがる」 飛びかかる狼に一撃を食らわせて統真が言う。 「ローザを攻撃するな! 森中瘴気にまみれるぞ!」 片っ端から狼を撃ち、ジャキリと素早く弾を装填してクロウが叫ぶ。 狼をイルファーンが避けた隙に橙火が彼の腕から逃れた。 統真と竜哉がそれを追う。 統真が橙火に飛びかかり、2人は地面に倒れた。 「蒼!」 橙火が叫んだ。途端に鋭い声と共に迅鷹が舞い降りる。 竜哉が統真と橙火を飛び越え走る。 蒼がローザの手に爪を立て、緩んだ隙に竜哉は一気に騎士を引き抜いた。 騎士のいたところに瘴気が吹き出し蒼を直撃した。 騎士と共に地面に転がり、助けた騎士は他の騎士が。竜哉は素早く身を立て直し、橙火と組み合う統真の元へ。 反対側から走り寄るクロウ。 ローザが蒼の翼を掴み、嫌な音が響いた。桃火が悲鳴をあげる。 統真は唸り声をあげて打ち捨てられた蒼に突進した。 「退避を! 狼は他からも!」 フレイアが狼にサンダーヘヴンレイを放って叫ぶ。 「遠吠えが聞こえます!」 と、レティシア。 レナは歯を食いしばって走り出そうとする橙火を押さえるクロウを見た。 「放せ!」 「奴を今殺ると結局奴の勝利だぞ! 妹の声が聞こえないのか!」 クロウに殴りかかろうとする橙火だが、クロウは身を交わす。 クロウの引いた肩越しに飛びかかった狼を竜哉が切り落とした。そのまま橙火の腕をねじりあげる。 「お前の我儘のためにどれだけの生贄を捧げる気だ!」 「ならば早く逃げろ! 俺が…」 ―――― ガッ…! 言いかけた橙火の後頭部に、蒼を騎士に委ねて戻った統真の一撃が飛んだ。ぐにゃりと崩れ折れた橙火の体を竜哉が担ぎ上げる。 「妹には…あとで謝る」 統真はそう言ってクロウと竜哉を見た。 「退避だ!」 イルファーンの声が響いた。 執拗に追いかけて来る狼を撃退しながら走る。 ヴォルフの騎士が加勢に合流。 目を覚ましかけた橙火はフレイアがアムルリープで再び眠らせた。 30分後、ようやく狼の追手が消えた。 騎士が橙火を毛布で包み、縄で結わえる。 「彼はヴォルフに連れて行って欲しい。バレクでは彼を留めきれまい」 ゲルマンにレナは言った。 「御意。…迅鷹も手当はしてみますが…何とも言えませんな…」 ゲルマンは答え、橙火は毛布ごと蒼と共に龍に固定されて運ばれていった。 レナは桃火と白火に目を向ける。 「其方達もヴォルフに行くが良い」 「でも、バレクにぃがひとりになっちゃう」 予想もしていなかった桃火の言葉にレナが言葉に詰まった。 「バレクは寂しくなりゃ、自分でヴォルフに行く」 「お酒を持ってね」 と、イルファーンとフレイアが代わりに答える。 「桃火さんのその優しさを今度はお兄さんに」 レティシアが言った。 「兄貴の頭に瘤ができたかもしれねえ。すまねえな」 統真が言うと桃火は大きな目を彼に向けた。 「兄貴の傍で荒鷹陣の練習しとけ」 彼女はうんと頷いて目を拭った。 見上げる白火にクロウは小さく頷き、竜哉は黙ってその頭をくしゃりと撫でた。 神西橙火、帰還成功。ヴォルフ伯爵の監督下に身を預けられる。 再生回復をしていないローザの体は弱り、その身の内に途方もない瘴気が詰め込まれていることが判明する。 危険な中での任務に感謝をと皇女は開拓者に敬意を表し、ヴォルフ伯爵は騎士の命を助けてくれた謝礼を開拓者に贈った。 |