【流星】恋よ 来い
マスター名:西尾厚哉
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/08/27 00:33



■開拓者活動絵巻
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nemi






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■オープニング本文

 ヴォルフ伯爵から呼び出しがあった。
 バレク・アレンスキーは「俺、何かやったか?」と思わず呟いてしまう。
 別にびくびくする理由は何もないはずなのだが、自分の幼い頃を知っている人、というのはどことなく弱みを握られている感がある。
 しかし、おっかなびっくりで顔を出したバレクを見てヴォルフ伯爵は相好を崩した。
「ああ、来たか。いろいろ大変な時にすまないな」
「何かありましたか?」
「要があるのはニーナだ」
 それを聞いてバレクはやっぱり緊張する。
 ニーナは恋人を失ったばかり。
 まさかバッタリ寝込んでしまったとか? いや、もしかして良からぬことを考えて…。
 心臓がバクバクする。でも、伯爵は笑ってるし…。
「まあ、若い者同士でうまくやってくれ。後のことは心配いらん」
 バレクの肩をぽんぽんぽんぽんとヴォルフ伯爵は叩く。
「…?」
 バレクは怪訝な顔をした。
 

「ジェレゾの少し南に別宅があるの。温泉があるのよ、温泉」
 目からキラキラと星が散りそうな表情で、ニーナはバレクに言った。
「夏のいっときだけ、流れ星が見られるの。ステキでしょ?」
「ん、まあ…」
 心配してソンした、と思いつつ、バレクはニーナを見た。
「今年の夏は、みんなでそこで過ごそうかと思って」
「俺、護衛とか?」
「違うわよぉ!」
 わかんない人ね、というようにニーナはかぶりを振った。
「暫く行ってないから、荒れ放題なの」
 えー、と言ってバレクは口をへの字に歪める。
「私も草むしりするからっ」
 ニーナは媚びるように小首を傾げたが、バレクの口は歪んだままだ。
「開拓者の皆さんもお呼びしようと思うのよ。みんなで海遊びして、夜は冷えるから温泉に入って流れ星を見るの。ロマンチックでしょ? 開拓者の方の水着姿は貴重よ? 女性も男性も、きっと鍛えあげられた肉体をお持ちだわ。酒浸りの貴方のお腹のぷよ肉とは比べ物にならなくてよ」
「ニーナ」
 バレクは仏頂面でカップに入ったお茶をスプーンでやたらとかき回す。
「ある意味、君には敬服するよ…」
「んふ、ありがと」
 ニーナは全く動じない。
「当然自分でギルドに依頼を出すよな?」
「出すわよ。招待だもの。貴方だって招待のつもりなのよ?」
「今の話だと、全然違うような気がする」
 それを聞いて、ニーナは何やら含みのある笑みを浮かべ、そばにあった箱の蓋を開く。
「どう?」
 彼女が取り出したそれを見て、バレクは飲みかけたお茶を喉に詰まらせた。
 真っ黒な水着。首元に小さな白い薔薇。腰のあたりに銀細工。
「これ、着るの?」
 咳込みながら恐る恐る尋ねてみる。
 ニーナにはもっと可愛らしい雰囲気の水着のほうがいいような気がする。
「あたしじゃないわ。レナの分よ」
 え、とバレクは涙目のまま硬直した。
「あの子のことだから、どうせ水着なんて持ってないだろうし、用意したの。怪我したあとだし、温泉に入れば保養にもなるわ。肩はストールかけてあげようかな」
 どう? とニーナはドレスの上から自分に水着を当ててみせる。
「う…っ」
 バレクは呻く。
「貴方が今何を考えたか私にはわかるわよ」
「無礼な想像をすると許さんぞ」
「想像したのは貴方でしょ」
「……」
 そこで違うと即答しろよ、俺!
 こういうところが情けない。
 ニーナは急に悪戯っぽい笑みを消した。
「レナを少し休ませてあげて? 開拓者の労もねぎらいたいの。私にできることはきっとそれくらいしかないから」
 バレクは彼女の顔をまじまじと見る。
 ニーナのこういうところにきっとレナも惹かれるんだろうな。
 バレクは思う。
 言いたいことをぽんぽん言うニーナといつも黙って聞いているレナ。
 ふたりは全然タイプが違うのに、小さい頃からずっと仲がいい。
 根底にあるのはお互いを思いやる気持ちだ。
「ニーナ、君にはきっとまたすぐにいい人が現れるよ」
 バレクは言った。
「当り前よ」
 ニーナは不敵に微笑む。
「貴方はちゃんとお腹の肉をへこませておかないとレナに嫌われるわよ。ほかの男にあっという間にさらわれちゃうから」
「これだけは言っておく。俺の腹は断じて出ていない」
「楽しみにしているわ」
「……」
 俺ってもしかして、いいように手の平で転がされてないか、とバレクは思った。



「開拓者の皆さん、ニーナ・ヴォルフの別荘に遊びにいらっしゃいませんか?
 暫く使っていない宅なので、ちょいと荒れておりますの。
 少しだけ修理やお掃除のお手伝いをいただけると嬉しいわ。
 そのあとは、皆で海遊びをいたしましょ。
 夜は温泉でゆっくりと。
 日が暮れるとちょっと冷えますもの。
 温まりながら、流れ星が来るのを待ちましょ。

 レナ皇女もお呼びしますの。
 たまにはハメを外させてあげてくださいな。

 ニーナ・ヴォルフ」


■参加者一覧
/ 酒々井 統真(ia0893) / 黎乃壬弥(ia3249) / フェンリエッタ(ib0018) / フレイア(ib0257) / ハッド(ib0295) / オドゥノール(ib0479) / レティシア(ib4475) / ウルシュテッド(ib5445) / イルファーン・ラナウト(ic0742


■リプレイ本文

 浜辺近くの木立の中にあるニーナの別荘。
 テラスの欄干は朽ち、地面はくるぶしまでの草ぼうぼう。壁は蔦が絡まって恐らく家の中は埃まみれ。これが「ちょいと」? とバレクに睨まれニーナは顔を赤らめる。
「露天風呂は?」
 黎乃壬弥(ia3249)の声にニーナは「確かこっち」と草をかきわけ
「きゃー!」
「はいはい、これはただの虫です。大丈夫ですよ〜」
 レティシア(ib4475)がひょいとカマキリをつまみあげ、ポイと捨てる。
「ご招待に預かり光栄ですわ、ニーナ様! 私、お掃除に入りますっ」
 彼女は素早くお掃除三点セット(三角巾、エプロン、口元手拭い)を身につけて颯爽と別荘の中へ。
 風呂はバレクが案内を。壬弥とイルファーン・ラナウト(ic0742)がそれに続く。
 酒々井 統真(ia0893)は早速壁に貼りついた蔦を引き剥がしにかかり、ウルシュテッド(ib5445)はテラスの補修。フレイア(ib0257)とオドゥノール(ib0479)は中へ。
「レナは?」
 フェンリエッタ(ib0018)が周囲を見回した。
「後から私の友人2人が一緒に」
 ニーナが爪先立ちでドアに向かいながら答える。
「ささっと進めてしまうのじゃ」
 と、ハッド(ib0295)。彼は騎士剣をきらりと煌めかせ
「虫どもも我輩にかかれば一網打尽じゃ!」
 とわー! と草を薙ぎ払ったところで、わさわさ虫が飛び出してニーナはぎゃー! と叫んだ。

 それからも時折ニーナの悲鳴が響き渡る。
「全部水で流しちまえよ」
 統真が窓から覗き込んだ途端、またもやニーナの悲鳴。
 涙目のニーナの後ろでレティシアが早送りのような勢いで床を掃く。
「私、やっぱり外に…」
 震える声で部屋を抜けて行こうとしたニーナは大きな蜘蛛にまた絶叫。
 その蜘蛛は彼女の背後からの一撃で微塵になったが、壁に大きな穴が開く。
「こ、こらあ! 危ねえ!」
 外にいた統真が叫ぶ。
「あ、すまない」
 魔槍砲で家化蜘蛛を退治したレナがいた。
「あら、レナ」
 フレイアにっこり。
「ニーナ、この穴塞ぐ板あるか?」
「あるある、統真、こっち」
 ウルシュテッドの声が聞こえた。
「レナ、ニーナを外に」
 フレイアに言われ、レナはニーナの手を引いて部屋を出た。入れ替わりに入ってきたのは見知らぬ男女。
「リナトでーす」
「ユリアでーす。私達…」
「最近結婚したんでーす」
「はい、掃除をお願いします」
 フレイアはぱしぱしと2人に箒を手渡した。

「ハーフムーンスマーッシュ!」
 テラスの様子を見に来たノールの目の前を雷槍が飛んでいく。それはぶすりと鬼カブトを仕留めた。
「ふっ、他愛もないわ!」
 ハッドの腕なら技を使わずともと思いつつ、走り去る彼の鬼の褌姿に気づく。
 顔を巡らせてみれば、
「よし、できた」
 と、欄干を叩くウルシュテッドも水着だし、統真も既に秦国の水着着用で屋根の上。
 風呂班は? とノールは欄干をひょいと飛び越えて足を向ける。
 しかしこちらでは美しく整備された湯船の中で既に酒で良い気分。
「まだはやーい!」
 ふるふると手を震わせノールが静かに怒鳴る。
 とりあえず褌、水着姿だったのは、バレクの進言。
「風呂に着衣がジルベリア風なのか?」
 と、壬弥は面倒臭そうに言ったのだが、バレクには万が一レナが来たら、と思うと怖くて仕方がなかったのだ。


 とりあえずお掃除終了。木陰にテーブルが設置される。
「皆様、お飲物で一息ついてから着替えを…あら?」
 ニーナは壬弥とイルファーンの褌姿を不思議そうに見た。
「それは何という水着ですの?」
「漢は黙って…」
「待て待て!」
 壬弥の言葉にハッドが慌てて駆け寄る。
「褌だ!」
 3人揃って腰に手を当て雄々しく立つ。
「うーむ、逞しい…」
 と、バレク。しかし急に顔を強張らせる。
 レナがつつ…と近づいてじーっと褌を眺め始めたからだ。
「レ、レナっ…」
 ニーナが慌ててレナの腕を引っ張って引き離す。
「私はあれが父上に似合いそうだと思っただけだ!」
 レナは抗議した。その言葉は全員の脳内にガラドルフ大帝の衝撃的な褌姿を構築する。
「意外と…よろしいかも」
 呟くフレイア。
「フンドシはどこで手に入るのだ!」
「万商店!」
 レナの問いに3人揃って返事をする。
「よし、分かった!」
 なぜかレナとバレクが一緒に返事を。
「水着でいいだろ」
 統真が呆れて言うとバレクはきっぱりと
「褌」
 と、答えた。

 女性陣も着替えのために屋内に戻る。
「長くかかりそうだから一杯やるか」
 酒瓶に手を伸ばすバレク。壬弥とイルファーンがうんうんと頷く。
「レナさん」
 レティシアが声をかけた。
「もし良ければ水着の見立てをしていただけません?」
 レナは目を丸くしたが、にこりと頷く。
「あまり得意じゃないけれど…それでもいいなら」
 よし! とレティシアは心の中で拳を握る。これで彼女の水着の抵抗がなくなれば。
 しかしレナは彼女に一枚一枚水着を当ててはうーん、と首を傾げるばかり。
「金の髪が映えない、だめ」
「青い瞳に合わない、だめ」
「ちょっと露出し過ぎ」
 得意不得意ではなく、こだわる人だった。
 30着ほど当ててみたところでレティシアふんにゃり。
「レナ、これは?」
 ニーナが淡いイエローグリーンの水着を出してくる。ミニのティア―ドスカート、胸元のフリル。可愛らしい雰囲気だ。
 レナはレティシアの髪を持ち上げて満足そうに頷き、さあこれで自分の役目は終わりとばかりに踵を返したところで豊満なボディに行く手を阻まれた。
「お着替えいたしましょ?」
「何のこと? フレイア」
 クイーンビーに着替えたフレイアの姿にたじろぎながらレナは答える。
 後ずさり、くるりと身を翻そうとした彼女の前にノールが口の端を持ち上げてずいと近づく。
「お召替えを皇女様。大丈夫、水に落ちた時の武装と思えばいかほどのこともなく」
 また逃げる先を変えたレナの前にフェン。彼女も既に翠に黒のレースで縁取られたタンキニ姿。
「傷はどう? 綺麗に治すお薬を…」
 レナは一気に身を翻した。もちろん皆で追う。
 いきなりバァンと開いたドアに、男性陣がぎょっとして顔を向ける。
「ご、ごめんあそばせ」
 ニーナがレナの服を掴みとった。ずるずるとレナは引きずり込まれる。
「ぶ、無礼者っ…」
 消えていくレナの声の後にちらりとフレイアの超ボディが見えて一瞬酔いどれ3人組が身を乗り出した。
「叔父様―! どう?」
 フェンが手を振り、くるりと回ってみせる。
「良く似合ってるよ」
 ウルシュテッドが微笑んで答え、フェンは嬉しそうに再び手を振ってドアがぱたんと閉じられる。
 退路を失ったレナは壁際にうずくまり、ニーナを見た。
「私は…傷…」
 それで皆が気づいた。そうだ。レナは昔の傷をずっと隠し続けて来たのだ。
 しかしニーナは動じない。
「レナ、もう…止めましょうよ。貴方はそうやって今度はその肩の傷も隠していくの?」
 レナはそれを聞いて口を引き結ぶ。
「貴方を生きて連れて帰ってくれた開拓者の皆さんに私は感謝してるのよ? その傷は貴方が生きている証拠なの。だから私も乗り越える。なのに、貴方が自分で枷をつけてしまったら…私は悲しいわ」
「己が怯懦は傷を隠すことと?…」
 レナは唇を噛んだ。そして諦めたようにニーナを見る。
「貴方も言うようになったわね」
「はい! 水着!」
 ニーナはぽんぽんと手を叩く。あっ、このっ…とレナが抗議しようとする前にフェンが
「先にお薬塗っておきましょうね」
 フレイアが
「御髪は少しアップにさせていただきますわ」
 てきぱきとことは進んでしまったのだった。

「レナ、似合ってんじゃねえか」
 体を隠すようにして仏頂面で出て来たレナの水着姿に統真が声をかける。
 バレクはレナを見て夢見心地。あまりにも情けない顔なので、横のウルシュテッドが彼の開いた口を指でむぐとつまみ、くくくっと笑う。
「よし」
 イルファーンが酒を一気に煽り席を立つ。
「どこに行く?」
 統真が不思議そうに尋ねる。
「男の手料理を」
「えー?!」
 全員驚愕。イルファーンに料理の嗜みがあったとは。
「何を驚く。待ってろ」
 彼はしっかり酒瓶を掴んで宅の中へ。
 フェンはレナの手を引き海に向かう。フレイアとノール、貴族夫婦もそれに続く。
 その様子を羨ましそうに見ていたバレクの背後から白い手が伸びた。
「お兄さん」
「わ、びっくりした」
 レティシアが日焼けクリームを差し出す。
「よろしければ…。柔肌にはケアが必要。御手で塗ってさしあげればと」
 ふふと微笑むレティシアにバレクは赤くなる。
「それは実に難儀…」
「何言ってんだ。簡単だよ」
 横にいたウルシュテッドがひょいとクリームを取り上げ、大声で「フェン!」と姪を呼び戻す。
「はあい、叔父様」
「腕出して。塗ってあげよう」
「あ、嬉しい」
「はい、背中。前は自分でね」
「はい、叔父様」
「足はどうする?」
「ん、いいわ」
「はい、できあがり」
「有難う、叔父様」
「レナも呼んで来て」
「はい」
 ウルシュテッドは、ほいとバレクにクリームを渡す。
 ええ〜〜、とバレクは怯えた。
「よし、俺も海に行くぜ」
 統真が立ち上がり、続きウルシュテッドとハッドも。フェンはレナを連れて来てレティシアとまた海辺へ。残ったのは壬弥とバレクとレナの3人。
 気まずそうに無言の2人をちらちら見ながら壬弥の下駄が動き始める。
 無言。カタカタカタ…
 無言。カタカタカタ…
 そろそろ手を出そうかと壬弥が思った時、バレクがぐいとレナの腕を掴んだ。
 レナは微かに顔を赤くしたが、ここで負けるかとバレクは言う。
「ちゃんと塗っとけ」
「…」
「はい後ろっ」
「前は自分で塗れ」
「終わった、行って来い。肩あんまり無茶すんな」
 とん、とレナの背を叩き、見送ってバレクはぐったりと椅子に沈み込む。
「よくやった」
 とくとく…と壬弥はバレクの杯に酒を注ぐ。
「殴られなかった。良かった」
 バレクは呟いた。
「次は席を外してやろう」
「うえぇ…」
 壬弥はからから笑って酒を煽った。


「旗取りをしまーす」
 ニーナが言った。沖の浮きに差さる旗をニーナは指差す。
「あそこの旗をとって戻ります。リレー勝負ですわよ。負けたほうは砂埋めです」
「いきなり競泳?」
 バレクが唸る。
「ほほう、汝、得意は木登りだけか?」
 わっせわっせと準備体操に入るハッドの声に
「何を言う。泳ぎも得意中の得意だ」
 とバレク。
 男女混合で行こうということになり、統真、ニーナ、フレイア、ハッド、レティシアの組とフェン、ノール、バレク、ウルシュテッド、ユリアの組で勝負。
 酒がいいと主張した壬弥と、肩の傷を考慮してレナは審判を。ユリアの伴侶、リナトは浮きの旗の差し替えを。イルファーンは厨房に篭っているので欠。
 最初は統真とノール。砂浜から走り出した時点で差がついた。統真がひたすら速い。
 かくしてノールと相当の差をつけて統真がニーナにタッチ。しかしその相手がウルシュテッド。あっけなく逆転されてしまう。
 ウルシュテッドはバレクにタッチ。その相手はハッド。こちらはかなり良い勝負だったが、バレクが言葉通りけっこう早かった。
 ハッドはフレイアにタッチ。先に行っているのはフェン。こちらもあと一息のところで追いつかない。
 アンカー、レティシア対ユリア。
「砂埋めはごめんだわ! 負けないんだから!」
 先に出たユリアを追うレティシア。旗の場所まではまだ差がついていたが、そこからが違った。ユリアが帰って来ない。見れば浮きの場所で夫といちゃついている。
「こ、こらあっ! そんなことはあとでやれっ!」
 バレクが怒鳴るが届かない。
「レティシア、ゴールイン」
 レナの声が無情に響く。
「では、負けた側、誰かひとり砂埋め人を出してくださーい」
 ニーナの声に皆がバレクを見る。
「えっ、なんでっ! 悪いのは俺じゃなくてあの2人だろうっ!」
 抗議も虚しくバレクはフレイアとフェンに引きずられて行った。

 暫く休憩、ということになり、ウルシュテッドが何か占ってあげようとタロットカードを取り出した。ニーナが顔を輝かせ、早速自らの恋を占ってもらう。
「ふむ」
 ウルシュテッドの言葉にニーナは不安と希望の入り混じった目を向ける。
「これからいい人ときっと巡り会うよ。心配ない」
「嬉しいわ」
 その後、レティシアやフレイアが綺麗なタロットのカードの意味に興味を示し、ひとつひとつを解説してもらう。
 少し離れた場所で、レナがフェンに声をかけた。
「綺麗ね…これ」
 彼女は腕を翳し彼女からもらった腕輪、ブラッソバードを眺める。
「幸せを運んで来る鳥よ」
 フェンは答えて自分の腕を見せる。
「お揃い?」
 レナは微かに目を輝かせた。
「嬉しい。大事にする」
 暫くして、イルファーンが大鍋を抱えて戻ってきた。
「できたぞ」
 彼はテーブルにどん、と鍋を置く。見れば何やらシチューのようなスープのような。
 ハッドがふんふんと鼻を鳴らす。
「ふむ〜、良い匂いじゃ。これは何という料理かな?」
「煮物だ」
 壬弥が思わずむせた。その場がしーんと静まり返り、皆でイルファーンの顔を見る。
「煮た、ものだ! だから煮物だ! 文句あるか!」
「ん」
 ノールがスプーンで少し掬い、味見をして頷く。
「美味しい」
 どれどれと次々に器に取る。なかなか美味しい。味は至ってシンプルだが、微かにスパイシー。
「砂漠に住む者は塩分の摂取と食が落ちない味の刺激が必要だ」
 イルファーンはにやりと笑う。
「酒にも合う味だな」
 壬弥の言葉に、レナがふと顔をあげて周囲を見回した。
「バレクは?」
「あ、嫌だわ、忘れてた」
 と、ニーナ。途端にレナは立ち上がった。
 レナが駆け出すのを「大変、大変」とニーナが声だけを出して見送る。
「フェン、何か謀をしたね」
 ウルシュテッドが言うとフェンはふっと笑い小首を傾げた。
「私とフレイアさんはニーナさんの仰る通りにしただけよ?」
「とりあえず探すフリをね、皆様」
 ニーナがすました顔で言った。

「バレク!」
 レナは砂浜で必死になって山を崩す。
「どうしてこんなに砂山があるっ! 頭も出ていないではないかっ!」
 あっちこっち砂山だらけ。もちろんそれはフェンとフレイアの努力の賜物。
「とう!」
「何をしている、ハッド!」
 雷槍を突き刺すハッドにレナが叫ぶ。
「カニじゃ、カニ」
 ハッドは槍先のカニを見せてニカリと笑う。
「おのれ…」
 そう言ったレナは下駄で砂山を蹴り倒す壬弥を見て
「バレクの鼻がもげる! やめろ! おのれ、お前を埋めてやるっ」
 と叫んで彼に砂をかける。そうだ、そうだ、壬弥を埋めちゃえ、と妙に盛り上がり、一気に皆で壬弥に飛びかかる。
「こ、こらあっ! 何しやがる!」
「はっ…違うっ、バレク!」
 思わず壬弥埋めに集中してしまったレナが再び叫ぶ。
「何だ、どうした。誰か埋まってるのか?」
「バレクが」
 言いかけてレナは声の主を振り向く。
「…ンの…」
「うわっとう!」
 レナの足があがり、その蹴りをバレクはぱしりと受け止める。足をぶん、と振り切り、今度は拳が飛ぶ。それもバレクはすいと交わす。
「お、けっこうやる」
 統真が呟く。
「何だよ」
「埋まっているのかとどれほど…」
 ぱしっ。
「いや、埋まったけど、ユリアとリナトがすぐに出してくれたよ。ニーナに言われたからって…」
 ひゅんっ。その後、レナの目がぎろりと皆を振り向く。
「貴方達…」
「に、逃げるのじゃ!」
 ハッドがいち早く駆け出した。
「こら! 俺を出せっ!」
 と、壬弥。
 最初に捕まったのが近くにいたイルファーンで、足にしがみつかれてずうぅん! と転がる。次にノール。
 さすがに素早いウルシュテッドや統真をレナが捕まえるのは無理だが、彼女がレティシアとニーナを捕まえた時、振り向いたフェンが言った。
「…レナが笑ってる」
 砂まみれになって転がりながら、レナは声をたてて笑っていた。
 彼女は助け起こそうと近づくバレクとニーナに砂を投げ、這い出してきた壬弥の体の砂を「悪かった」とはらいながら、また笑った。


 その後は体を流すために再び海へ。
 きゃあきゃあと水かけをしたり、別荘の裏手に転がっていた小さな筏を見つけて浮かべてみたり。
 そのうちニーナが
「私、もーだめー。ゲームをしたかったけど、休憩―!」
 と、砂浜にへたりこんだ。
「日も傾いてきましたわ。ゆっくりいいたしましょう」
 フレイアが微笑む。
 空が次第に朱に染まり、使用人が篝火を焚く。テーブルには温かい飲み物と料理が並んだ。
「ほい」
 と、壬弥が手持ちの花火を出してきて、それでまたひとしきり盛り上がる。
「くしゅん!」
 レティシアが小さくくしゃみをしたのをきっかけにそろそろ温泉で温まろうということに。
「待って」とニーナが小さな箱を開いた。
「これ、私がデザインして細工師に作らせたの。彼に念を込めた細工物を作らせると叶うって評判なのよ」
 彼女は乳白色の石がはめ込まれた銀の輪のペンダントをまずレナの首にかけた。
「流れ星が見えたら輪を握って願いをかけてみて。叶うかも」
 ニーナは同じペンダントをひとりずつ首にかけていく。
 体格のいい壬弥、イルファーン、バレクには腕にブレスレットのように巻きつけた。
 温泉は周りに並べられたたくさんの小皿の上の蝋燭の光に透明な湯が煌めき、ほわりとした湯気と共に夢のような雰囲気。
 豪快に飛び込んだのはハッド。
「王は一番乗りなのじゃ!」
 とぷんと跳ね上がったしぶきの温かさに誘われて、皆が次々に体を入れる。
 レナはそれを見て戸惑う。今まで傷を隠し通してきたから、湯浴みにお付きの者すらつけたことがない。
「どうなされた。幼き頃ニーナ殿と一緒に入られたことはないか?」
 ハッドが手を差し伸べる。
「今日はとても良い一日じゃ。我が故郷は灼熱の大地でな、熱波と命の駆け引き。そうではないこの穏やかな夏の日に我輩は感謝する。汝はどうじゃ?」
「レナ」
 フェンとニーナも手を差し伸べた。レナはためらいがちに頷き、3人の手にすがる。
「小さい頃はお湯のかけっこをしたわよね」
 ニーナはそう言ってぱしゃりとレナに湯をかけた。
「やったね」
 途端にレナがかけ返す。フェンとレティシアも加わってあっという間に一角が湯しぶき。
「これ、いいなあ。泡ぶくぶく。血行が良くなりそうな。もっとやれ」
 壬弥が盃を傾けて呟いた。
 統真が、ふ、と笑う。
「良かった。皆が笑ってる。俺、それで十分だ」
「ん、俺も」
 ウルシュテッドが頷く。横にいたバレクに目を向けると、彼も安心したような表情だった。
 ウルシュテッドが姪のフェンを大切に見守るように、統真が友を思いやるように、バレクもレナとニーナを彼なりに見守ってきたのだろう。
 統真とウルシュテッドは視線を交わし、小さく笑みを浮かべた。


 夜空を見上げていたウルシュテッドが「あ」と声を漏らす。
「流れ星?」
 ニーナが慌てて空を見上げる。しかし見つけられない。
「あ! 見えた!」
 と、レティシア。
「どこ?」
 ついと一筋。
「恋!」
 ニーナがざぱっと立ち上がり叫ぶ。
「届いたかしら、届いたかしら」
 ニーナは横にいたノールを揺さぶる。
「た、たぶん…」
 ノールは答える。
「たぶんじゃだめ、しっかり届けるの!」
「ニーナ、大丈夫。ほら、ご覧あそばせ」
 フレイアが言った。
 空を見上げる皆の目に、次々と流れる流星。
「すげえ…」
 統真が呟いた。
「恋! 来い、来いーっ!」
 ひたすら声を張り上げているのはニーナだけだったが、皆が片手で流れ星のペンダントに手をやっているところを見ると、心の中できっと何かを願っているのだろう。
 流星群は暫く続いたあと、瞬きの残す星のみに静まり返った。


「浴衣。ニーナとレナに着せてあげる」
 フェンが言った。浴衣を見るのが初めての2人は不思議そうな顔をする。
 手伝うからと女性陣が湯から出た。
 ほどなくして、ニーナは色とりどりの朝顔が散りばめられた浴衣を、レナは落ち着いた紫陽花の浴衣を着て現れる。
 バレクの視線と自分の視線がぶつかって、レナが頬を少し赤くして顔を伏せた。
「レナ…」
 言いかけて口を噤むフェンにレナは目を向ける。
「…バレクのこと?」
「ん、そういうわけでもないんだけど…」
 近くに置かれていた椅子に2人は腰かける。
「私、昼間の貴方の笑顔を見た時嬉しかったの。もし胸につかえて自由になれないことがあるなら、遠慮しないで?」
 レティシアが「はい」とお茶を持ってきてくれた。
「ウルシュテッドが淹れてくれましたよ。カモミールミルクティー」
 レナはカップを受け取り、向こうのウルシュテッドに有難うと笑みを送った。
「みんな優しいのね…」
 こくりとお茶を飲み、レナは呟く。
「私は今まで自分が中心で、何もしなくても愛情すら与えられて当たり前だと思っていたかも。それがどれほど残酷か知らずに」
 レナはバレクを見た。彼はいつの間にやらイルファーンと一気飲み競争に興じている。
「ニーナに会うのが本当は怖かった。私はあの子の思い人を葬ったから。でも、きっとあの子は全部分かっていたのだろう」
 フェンがそっと目を向けると、ニーナはノールと何やら話をしていた。
「バレクはニーナを近くで見守ってる。ニーナもバレクを頼ってる。私はそれでいい」
「バレク様は…」
 レティシアが言いかけるのを、レナは口元で指を立てて遮った。
「有難う、優しい吟遊詩人と巫女よ、今は私の傍で一緒にお茶を。私はそれが幸せなの」
 レナはそう言って微かに笑った。


「浴衣、似合っているよ」
 幸せそうに空を見つめるニーナにノールが声をかけた。
 ニーナは嬉しそうに頷いたあと、少し離れた場所にいるレナを見る。
「安心したわ…。レナには一杯素敵な人達が傍にいてくれる。心配だったの。あの子はいつも強がってばかり。本当は脆くて壊れやすいのに」
「お二人はよく似ておいでですよ。お互いに支え合って」
 フレイアが傍に来てすっと腰を下ろす。
 ニーナはそれを聞いて手元のカップに目を落とす。
「支えられたのは私のほう。ヴォルフがどうしてこんなにレナにいろいろ協力すると思う?」
 2人は小首を傾げてニーナを見る。
「私は殻に閉じこもった子だったの。母が毎年子供達を集めたのは私のためでもあったのよ。その私の手を引いてくれたのがレナ」
 ニーナはお茶の温かさを確かめるようにカップを手で包む。
「彼女は特に意識していなかったかも。でも、今の私があるのはレナのお蔭。ヴォルフはガラドルフ大帝に永遠の忠誠を誓うし、レナ皇女を命がけで守るわ。そして私もレナを守る」 
 最後の言葉にノールがニーナの顔をまじまじと見た。ニーナははにかんだ笑みを浮かべる。
「もし、もう少し時間があって、エドがほんの僅かでも私に愛情があるのなら、私はどこかで彼を説得するつもりだった。あ、でも、このこと、バレクは知らないことよ?」
 ぽろりと涙が一粒ニーナの頬に流れた。
「いけない」
 慌ててニーナは浴衣の袖で拭う。
 ノールがそっとレナの視界からニーナが見えないように座る場所を移動した。
「分かってたの。エドが本当に好きだったのはレナよ。彼はその身が破滅することを予感していたと思うわ。レナに偽手紙を送ったのは、最後にレナに会いたかったんじゃないかしら」
 フレイアがニーナの頬にかかった髪を指先で梳いてやると、ニーナはまた涙が零れかかってせわしなく瞬きをした。
「レナは皆さんと同じで命をかけてる。私は父にもバレクにも守られていたわ。これくらいのこと…。でも私は早くバレクを自由にしてあげなくちゃ。あの人はレナを守らないと」
 だから早く恋人を? ノールは息を吐いた。レナもニーナもバレクも…なんて不器用な愛情表現なのだろう…。
 レナとフェンがウルシュテッドに声をかけられている。
 頭を撫でられてレナが顔を赤くした。海の宴はそろそろお開きだ。
「ニーナ、部屋に」
 レナの声が聞こえた。
 差し出された彼女の手にニーナは微笑んだ。
「今行く!」
 ニーナは答えたあと、フレイアとノールを交互にぎゅっと抱きしめた。
「ごめんなさい、暗い話に付き合わせて」
「そんなことはないよ。貴方と話せたことが私達には嬉しいこと」
 ノールが答える。
「これからもレナの傍にいて。そして私にも時々会いに来て? お願い」
「もちろんですわ」
 フレイアが答えた。
 嬉しそうにレナの手を握りに向かう彼女の後姿を見送って、ノールとフレイアは顔を見合わせて小さく笑みを交わす。
「みんなが幸せになれますように」
「手と手を繋ぎ」
 2人は手に持ったカップを小さくかちりと打ち合わせた。


 早朝、開拓者達はそっと別荘を辞した。
 後日、細々とした贈り物が開拓者達に届いた。
『何がいいか迷ったけれど。良い思い出を本当に有難う』
 めずらしく、レナの直筆でメッセージが添えられていた。
 なお、バレクは自らに、レナは大帝に、その後早速褌を買い求めたそうだ。