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■オープニング本文 ガウゥゥゥウッ…! 無数の犬が襲いかかる。 「どけえっ…!」 夢中で犬を払った。弟の体が犬の牙で見る間に真っ赤に染まっていく。 「誰かきてっ…!」 声のあと、すぐさま村の男達が木の棒やら鍬を片手に駆けつけたが、犬はすぐに体勢を立て直し、腕にがぶりと噛みつく。 …なんでこいつは血を流さない? 弟の体に群がる犬を片っ端から蹴り飛ばす。村人達が逃げ惑う。 「うあああ!」 彼女はあらん限りの声をあげて犬を殴り飛ばしながら、犬の弾き飛んだ先に見覚えのある男の姿を見た。 あいつだ。あいつが犬を手引きした。ぶっ殺してやる! 「ん、のやろー!」 男に突進する。が、男の背後に立った影に思わず足を止めた。 あの人は知ってる。でも、こんな綺麗なドレスを身に纏う人じゃない。 「ターシャ…?」 誰かが呟いた。名を呼ばれても女は無表情のまま男の肩に片手を当てる。もう片方の手を男の頭に。 「…!」 形容し難い音と共に、男の首と胴は引き裂かれ、女はその肉に食らいついた。 血に濡れた唇を舐め、こちらに目を向ける。 本能的に身構えた。こんなの勝てっこない。そう分かっていても身構えるしかない。 「エ…エドゥアルト様にっ…」 誰かが小さく叫んで走り出そうとする。 「無駄よ」 女が言った。 「あれはただ私に獲物を差し出すだけの道具」 女はまた一口肉を齧り笑う。美しいドレスが血にまみれても気にする様子もない。 「私は私の考えで狩りをすることにした」 ぼたぼたと垂れ落ちる血の匂い。足が震える。立っているのがやっとだった。 「さあ、助けを呼ぶがいい。強い者をお寄越し。権力、力、美貌…卓越した強い者。来ないなら…」 女はふん、と鼻を鳴らして顔を反らせる。 「お前達。上物でないけれど狩りの努力はいらぬから」 女はそう言うと、死体を掴んだまま背を向けた。その後を犬達が追っていく。 そしてあたりは静寂が訪れた。 「白、しっかりして!」 神西桃火は血まみれの弟に叫ぶ。体中から噴き出る血を村の者が必死になって止めてくれている。白火の口からひゅう、という息が漏れた。 「白、死んじゃだめ! あたし…ちゃんと姉さんらしくするから…だからお願い…あたしをひとりにしないで…」 「…桃…」 白火が掠れた声を出した。 「桃…は…ちゃんと…姉さんだ…」 男達が白火を運ぶために布を持って来た。 「桃ちゃん、白をせめて風の当たらないところに。あんたも腕の傷を」 「村の人…助け…て…逃げ…て…」 白火の声を残し、男達は手早く彼を布でくるんで運んで行く。 桃火は小刻みに震えながら運ばれていく弟を見つめた。 エドゥアルトさんが道具? あの化け物の? じゃあ、いったいどこに逃げれば… 「桃ちゃん」 男が桃火の顔を覗き込み、その肩を掴む。 「白火は今動かせねぇ。あんた、ヴォルフへ行け。農耕馬だが馬は残ってる。村の男は少ない。俺達が行くわけにはいかないんだ。頼む!」 白火を置いて行くの? その間に村の人が襲われたら? 「一番近いのはアレンスキーだが、領主が酔いどれだ。ヴォルフなら騎士団を抱えてる」 「ヴォルフ…」 桃火はぎゅっと目を閉じる。 にぃ。助けて。あたしに力を貸して。 スィーラ城。ヴォルフ伯爵はレナ・マゼーパ(iz0102)が置いた本をぱらりとめくって呟いた。 「ずいぶんと調べたものですな」 「でも、バレクは資料纏めに長けているわけじゃない。だから、纏め直してもらった。頁の右上に記された印が多いほど過去の情報。つまり死亡者や行方不明者が発生した時期が新しい貴族」 皇女は少し不機嫌そうに腕を伸ばし指で示す。ヴォルフ伯爵は頁を繰り、ふむと口をゆがめた。 「なるほど。私の名前のところまであと僅か」 「いっそエドゥアルト本人に問いただすことも考えたけれど」 「それができるなら、とうの昔に私がやっております」 皇女は椅子の背もたれに身を預け、伯爵を見る。 「父から命が出た。しかと治めよと。貴方があの手紙の件を父に報告しないはずがない。そんな簡単なことに気づかないなんて」 ヴォルフ伯爵は肩をすくめて何も言わなかった。 「ローザが出たのなら、まずはそちらを」 「異論はありません」 「ヴォルフの騎士を何人か各所に配置させていただくことは可能か?」 「喜んで」 皇女はそこで少しためらいの表情を浮かべた。 「…ニーナはどうしてる?」 「一昨日からエドゥアルトと南方の知り合いの宴に出席を。数日戻りません」 皇女は再び口を噤んで視線を泳がせた。 「彼を疑っていて…どうしてニーナを一緒に行かせたの」 「姫様」 ヴォルフ伯爵は笑みを浮かべた。 「ニーナには明確に婿となるまではエドゥアルトと2人きりになることは断じて許さんと伝えております」 そんなこと、聞くわけないじゃないの、あのニーナが。 皇女は思わず額を押さえた。 「姫様に案じてもらえただけで娘は果報者。姫様は姫様の任務を果たせば良いのです」 伯爵は言ったが、皇女は気が重い。 ヴォルフ伯爵はエドゥアルトの身柄を確保する決意を固めている。 私が何かを掴めばすぐにでも。それが自分の娘と恋仲の男であったとしても。 私はそんな決心、いまだにつけられない…。 顔をあげて、皇女は部屋の隅でしょんぼりと所在なさげに椅子に座る少女に目を向けた。 ヴォルフ伯爵が伴ってきた少女だ。 立ちあがって彼女に近づく。気配に気づいて少女は顔をあげた。 「名前は?」 「神西…桃火…」 大きな目が疲労と悲しみに潤んでいた。 「弟はどれほどの傷だ?」 「分からない…。でも、村を出て来るときはもう意識がなかった」 ふいに桃火が立ち上がり、がばと皇女の胸ぐらを掴んだ。ヴォルフ伯爵が驚いて駆け寄ろうとするのを、皇女は手で制する。 「あいつとんでもない奴だ。首を…首をひきちぎっ…」 「分かってる」 震えだす桃火の腕を皇女は掴む。 「エドゥアルトさんはどうなるの? エド兄さんは優しい人だ。あの化け物がきっと何かしたんだと思う」 皇女は桃火の目を見つめ、自分から彼女の手をそっと引き剥がした。 「事実のみがそれを知る」 皇女はくるりとヴォルフ伯爵を振り返った。 「ギルドに依頼を出す。私は彼らと共に行く」 「御意のままに」 伯爵は答えた。 |
■参加者一覧
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
黎乃壬弥(ia3249)
38歳・男・志
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
フレイア(ib0257)
28歳・女・魔
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲
イルファーン・ラナウト(ic0742)
32歳・男・砲 |
■リプレイ本文 出立前に開拓者達はヴォルフ伯爵に身辺警護を進言した。 その返事は自信たっぷりに「既に配置済です」 村には騎士が派遣されており、到着後に報告を、と。手馴れたものだ。 「あの人はいつもあんな感じだ」 馬を走らせながらレナ・マゼーパ(iz0102)は叫んだ。 先頭を酒々井 統真(ia0893)、後ろを叢雲 怜(ib5488)。怜の馬には桃火が。 桃火はフェンリエッタ(ib0018)が尋ねるも、ヴォルフに残る気持ちは全くなかった。弟が心配なのだろう。ただ、彼女の乗って来た馬は農耕馬。駿馬に乗るのが心元なかった桃火に怜が「俺の後ろに乗るのだぜ!」手を差し伸べたのだ。 黎乃壬弥(ia3249)は、ちらりと横の皇女の顔を見やった。 開拓者の助言を受け、ヴォルフで着替えて酒々井 統真(ia0893)から借りた風のキャスケットとフレイア(ib0257)のアサシンマスクをつけた彼女は微かに見える目からしか感情を推し量れない。ただ、今日はその目に何か不安が浮かんでいるような気がした。 アレンスキーの領地を抜けると間もなくベルイフ領。 前に統真はこの辺りで屍犬に遭遇した。案の定、最後尾で馬を走らせていたイルファーン・ラナウト(ic0742)の「来たぞ!」の声。暫くして彼の火縄の大きな口径が火を噴く。一瞬怯んだ犬達だが、瞬く間に6頭の馬は群れに挟まれる。 「速度落とすな!」 統真が叫ぶ。この程度なら馬を疾走させて振り切れる数。数分の後にはやはり追うことを諦めて去っていく。 しかし今回は様子見の一派だったのかもしれない。彼らは村を目前にして黒い波を見る。 一定の距離から村に近づかないのは、恐らく騎士達の応戦によるもの。 「前に出ます!」 フレイアの声に統真と怜が道を開く。彼女は先頭に出てブリザーストームを放つ。吹雪の白煙と同時に遠吠えが聞こえた。今度は狼か。それを合図に波が村から離れて行く。 「姫様!」 一行の姿に気づき、騎士のひとりが叫ぶ。馬から降りて膝をつく彼にフェンリエッタは術視を行い問題ないことを確認。 「私は開拓者ルナだ。村に向かうぞ。状況説明を」 騎士は声の主を皇女と悟り、再び騎乗して口を開く。 村の負傷者は老若男女問わず30名程。皆が疲弊しているという。 「飲み水の確保と、一度火を起こして地下に保管していた芋を焼かせました。問題は…」 村に入り、騎士は口を噤む。一目瞭然だからだ。 桃火が馬から飛び降りて村の一角に走っていく。彼女が向かった僅か5m四方のその場所しか屋根がない。後は黒く焦げた家の残骸が散らばるのみ。 「ベルイフ様は復旧資材だけは運ばれたようなので、あの屋根を我らで」 騎士は言った。 「他の村は?」 統真が尋ねる。 「何も異常なく。6名ずつを配置させております」 「なら、他は外から密かに警護するのがいい」 「私も先程そのほうが良いと感じました。騎士を見つければ村には入りません」 「ベルイフ邸に見張りが出せるか?」 イルファーンが騎士に尋ねる。 「バレクさんに救援の使徒も」 と、フェンリエッタがそれに続く。 「どちらも一名ずつであれば」 彼は答えた。 「フェン、ヴォルフ伯爵はバレクの動きを示さなかった。動かぬかもしれぬ」 レナは言い、そうであろう? と騎士に目を向ける。 「私達は皆様の指示に従うようにと命令を」 レナは溜息をつき、それを了承とみた騎士は命令を出すために一礼をして踵を返した。 白火の状態は悪かった。傷も深く出血量も多い。フェンリエッタは持って来た全ての薬草と包帯を出してレナと怜に手渡し、白火の手当てを始める。 「白火君? 私達お姉さんに呼ばれたの。もう大丈夫よ」 その声も聞こえているのかどうか。涙を溜めて佇む桃火に、ムスタシュイルを放って負傷者の手当てに入ったフレイアが「手伝って?」と声をかけた。じっとしているより動いているほうがきっといい。 怜は泣き叫ぶ子供に「大丈夫、大丈夫」と声をかけて包帯を巻く。子供は自分には無理と察したレナは大人の手当てに回った。 壬弥とイルファーンは騎士2名と共に屋根と壁作りに着手。統真は動ける者達を集めたが、余りにも少ないことに驚く。 「火事があっという間に燃え広がっちまって…」 全員が着のみ着まま、手元に残る武器は鍬や鎌のみ。それでもそれらを一カ所に纏めるよう指示する。 「俺達も家作る作業手伝っていいか? みんなを早く安心させてやりたい」 鍬を置いた男が懇願する。 「その前に聞いていいか?」 担いでいた木材を下ろして壬弥が言う。 「男が犬を手引きしたって聞いたが?」 「ああ。ベルイフ様のところの使用人だ」 村の者じゃない? 壬弥と統真は思わず顔を見合わせる。 「ターシャって人も?」 と、統真。 「ターシャはベルイフ様に奉公してた。桃ちゃんはターシャと仲が良かったから助けに来てくれたんだが、ターシャは戻って来てなかった。それがあんな姿で…」 話が違う。桃火に聞こうということになり、一緒にレナも呼び出す。 「あの男はエド兄さんところの犬番だよ。兄さんところはすごい数の犬がいて」 桃火は言う。 「なんでそんなに犬を?」 壬弥は尋ねる。 「猟犬とか言ってたけど…」 「お前さんはエドの屋敷にいるのか?」 うん、と桃火は頷く。 「にぃを一緒に探すって言ってくれて…あたし達、にぃを探してるんだ」 「にぃ…?」 レナが目を細めたので、壬弥は「兄のことだろうよ」と説明する。 「屋敷でエドゥアルトはどうだった?」 桃火が眉を潜めてレナを見る。 「優しかったよ? よくしてもらった」 布の壁の向こうから、フェンリエッタの精霊の唄が聞こえて来る。ローレライの髪飾りと声を上手く使いわけている。 『また、この目だ…』 壬弥はレナの横顔を見て思う。不安と戸惑いの色。 統真も壬弥の視線に気づいて気遣わしげにレナを見た。 日が暮れる前に屋根を広げ、簡易な形ではあったが壁もしつらえた。 フレイアのアイアンウォールで安全も確保。 イルファーンは篝火を灯し、騎士が小さな焚火を作る。数日間、闇夜を越した村人の顔にも安堵の表情が浮かぶ。 「犬の足跡はずっと西に。森が見えますからあの辺りが彼らの拠点かも。今のところ動きはありませんが」 フレイアの金の髪が灯りに光る。 「バレクさんからは来ないわね…」 フェンリエッタが失望の色を浮かべる。 「術視した限り、騎士や村の人に術にかかった人はいないけれど…」 そう言ってレナの顔を見る。 「ルナ?」 横にいた怜が顔を覗き込んでも反応しない。壬弥が立ち上がって彼女の両肩にぼふん、と手を置く。それでようやくレナははっとした。 「どうしたよ。おかしいぞ?」 「すまない…考え事を…」 「あまり気負い過ぎないほうがよろしくてよ?」 フレイアが小首を傾げて声をかける。皆がレナの様子には気づいていたようだ。 レナは息を吐いた。 「この状態でも桃火や村の者がエドゥアルトを疑わぬ。ニーナは恋人で、バレクは彼が悪意にだけに満ちる男ではないと言う。何が本当なのだ…」 「親父殿は何と? 最近会ったか?」 壬弥が尋ねる。 「父にはあの宴から戻った時に少しだけ。友人達を大事に思うなら、自ら指揮してうまく収めてやれ、と…側近に伝言を託してまた発った」 「焦ったってどうにもならねえ。今の敵はローザだ」 イルファーンが淡々と言う。それにはフレイアも同意する。 「そうね。今となってはエド君も狩りの対象になりかねませんわよ」 その時、騎士が慌ただしく近づいてきた。 「申し上げます。ベルイフ様が帰還と連絡が」 「屋敷に?」 イルファーンの問いに騎士はかぶりを振る。 「見張りの者は姿を確認しておりません。屋敷も灯りが一切点らぬ状態です」 灯りが点らない? 使用人は? 「ニーナは」 レナが険しい目で騎士を見る。 「バレク様が同じ宴にお越しだそうです。一緒に戻られるのではと」 フェンリエッタが肩を落とす。これでバレクの助けはない…。 「屋敷を確認させますか」 「我らが行く。ここの守りを頼む」 「御意」 レナは皆の顔を見回した。 「誘いに乗る。良いか」 全員が頷いた。 見張りの騎士が近づいてきた。術視を行ったフェンリエッタが頷いたのでレナは彼に村の守りに戻るよう指示する。 フレイアがムスタシュイルを使う。そして統真が扉を開いた。 1つ1つの部屋を改めていくが、やはり人の気配はない。 しかし、2階の最後の部屋は違っていた。 窓は割られ、椅子や机も潰れている。壁には大きなひっかき傷。 潰れた机に向かうレナをイルファーンが目で追う。レナは引き出しから覗く紙束を抜き出した。 スコン、と小さな音。 怜が壁の細工を見つけて押したのだ。大人一人が身を屈めて入れそうなくらいの穴が開く。 「階段が外に続いているのだぜ」 中を覗き込んだ怜が言った。 「ルナ」 怜の声に反応せず紙を見つめるレナにイルファーンは声をかける。彼女ははっとして、持っていた紙束を自分の胸に押し当てた。 近づくイルファーンに対し無意識に彼女は後ずさりするが、その背は、とん、と壬弥の胸に突き当たる。 手に微かな震えを感じ取りながら、壬弥はもう片方の手で背後からそっと彼女の持つ紙の一枚を摘み出した。並んだ貴族の名前、端に小さく印。 「印は…ターゲットになった貴族か?」 尋ねるとレナは頷き、「愚かな…」と唇を噛んだ。 「でも…」 フェンリエッタが言った。 「今まで狡猾に動いてきた彼が証拠を残して急に身を隠すとは思えないわ…」 「その謎を知る輩がお見えのようですわ」 フレイアが部屋の外に目を向け口早に言った。急激にきな臭い匂いが漂ってくる。 「火をつけやがった! 出るぞ!」 統真の声に全員が部屋を走り出た。 階段の下は既に火の海だった。窓の向こうに火のついた枝を咥えた犬の姿がちらりと見えた。このままでは逃げ場を失う。 「あの部屋の階段から外に出るのだぜ!」 怜が叫ぶ。そうするしかないだろう。再び部屋に駆け戻る。 「私が最初に。後ろから援護を。下で待ち受けていたならブリザーストーム」 フレイアの声に怜が頷く。 怜の後ろに統真、フェンリエッタ、壬弥、レナ、イルファーンが続く。 「いない?」 統真は外に出て顔を巡らせる。屋敷の裏らしき場所には犬一匹いない。フレイアが首を振る。 「いいえ、います」 フェンリエッタと壬弥が出たところでそれはいきなり来た。階段の入り口を目指すがそこには壬弥がいる。壬弥にざくりと切り裂かれたのを機に一気に大群で押し寄せる。 「衝角がある! 怪狼だ!」 壬弥の声と共にレナが魔槍砲で一匹を突いて外へ。続きイルファーンが一匹を仕留める。彼が出た途端に階段から煙が噴き出す。 「屋敷から離れないとまずいのだぜ!」 怜の声に 「どいていただきますわ」 と、フレイア。ブリザーストームを放つ。一気に走るが、狼達もすぐに追って来る。林の前で迎え撃つために振り返る。その時レナは背後で声を聞いた。 「姫様!」 「レナ! 違う!」 騎士と思い振り返ろうとしたレナにフェンリエッタが叫び、フレイアがレナに飛びかかって身を伏せる。2人を襲う狼を統真が殴り飛ばす。 「フェン!!」 レナが叫んだ。自分を掴もうとした腕がフェンリエッタの首を掴んでいる。彼女の手から殲刀が落ちた。 ローザの首は屋敷を見張っていたあの騎士だ。助けようと怜とイルファーンが狼を撃つが、次から次にきりがない。 「フェンを放せ!」 「皆に任せなさい!」 フレイアが小さく叫んでレナの腕を引き戻す。 この狼の数ではいちかばちか。統真は魅了抵抗に気力を込めて苦心石灰を用い、ローザの前に立つ。そして紅焔桜と咆哮。 苦心石灰使用後、心覆で素早くローザの背後に回る壬弥。 「背中がお留守だぜ!」 秋水を用いた一斬り。しかし、狼の目は壬弥を捉えている。邪魔立てされ、思うような効果を発揮しない。衝撃に振り向いたローザが爪を振るい、壬弥の頬を掠めて一筋の赤を空中に残す。その爪が今度は統真を狙う。しかしフェンリエッタはその隙に何とかローザの腕から逃れた。レナが急いで彼女の腕を掴む。 彼女が離れたことで、統真に目が向いているローザの頭を怜とイルファーンの弾丸が吹き飛ばす。散った血と肉片を残し、ローザはあっという間に林の中に消えた。 「逃さないのだぜ!」 怜が撃ちこむが手ごたえがない。狼達も撤退しない。 フレイアがブリザーストームを放とうとした時、ローザが再び姿を現した。また別の騎士の頭が乗っている。狼達が彼女の前にバリケードを作った。 「荒っぽい手口に出たもんだな。年増の欲求不満か?」 頬の爪傷をぐいと拭い、壬弥が吐き捨てるように言う。 「2人目は綺麗なお顔が良かったわ」 ローザは騎士の口で嗤う。 「エドゥアルトをどうした」 狼越しにローザを狙うレナの声にローザの目が好奇に輝く。 「ふうん? 面白い。ならばもう少し生かしておくか」 「なに…っ?」 「捉えるのだぜ」 怜が小さく呟き、狼を撃つふりをして弐式強弾撃で魔弾を放つ。クイックカーブを用いた弾はローザの腕に命中し、だらりと片腕が不自然に垂れ下がった。それでもローザはくすりと笑う。 「ごきげんよう、皆さま」 「おのれ…っ!」 後ろに下がるローザとは反対に狼達が襲ってきた。 しかしローザの姿を見失った時には狼も後退していった。 「レナ! 離れるぞ!」 統真が歯噛みするレナの腕を掴む。 背後で大きな音をたてて屋敷が崩れ落ちた。 「ご無事でしたか!」 皆の顔を見て騎士が駆け寄る。その顔に傷。 「来たのか」 「はい。ウォールのおかげで村は大丈夫です。騎士が2名ほどやられましたが」 「すまない。こちらも騎士が2名…」 「皆様がご無事なれば…」 騎士は答え、煙に目を向ける。 「屋敷が焼け落ちた。ベルイフは生死不明」 レナはそう言い、胸元に入れていた紙束を取り出し彼に渡す。 「バレクに、これを持ち私の元に来るよう伝えよ。ヴォルフには暫くこの地を守って頂きたい」 「エド君がいなくなった今は彼しかいないわね….」 フレイアが小さく頷く。 「私がバレクを示さなければこの地に他の誰かが来ることに。貴族の誰もが協力的で機転が利くとは限らぬ」 レナはそう言い、少し目を伏せた。 「首は元からなし、無痛覚。魅了に爪の威力、無数の犬狼。瘴気も消すか。あの勝ち誇った笑みは恐らく再生と回復。更に手下も揃えるだろう。それでも必ず弱点がある。あいつにエドゥアルトを殺させはせぬ。彼は人の手で。それがせめてもの…」 最後の言葉でレナは背を向け離れていった。彼女とすれ違いに桃火が走り寄る。 「白火さんは?」 フェンリエッタの声に桃火は頷いた。 「目が覚めたよ。姉さんのおかげ」 そしてレナに目を向ける。 「どうしたの?」 「ローザをまだ仕留めてないからな。いろいろ…あんだよ」 屋敷の中で感じた彼女の肩の微かな震えを思い出して壬弥は答えた。 |