【AH】砂浜に潜むもの
マスター名:西川一純
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/04/07 06:42



■オープニング本文

 天儀の中心都市である神楽の都。
 そこに存在する開拓者ギルドは、今日も今日とて人でごった返している。
 依頼を紹介する職員は数多いが、彼女‥‥十七夜 亜理紗のところには、新種や変異種のアヤカシに関する依頼がよく回ってくる。
 最近、各地でそのようなアヤカシの出現報告が多くなっており、危機感を持っている有識者は多いという。
「皆さん、五行の国の南東部は海岸になっているのはご存知ですよね。そこに新種のアヤカシが出現して、漁師さんや旅行者を襲い、被害を出しているようなんです」
 そこに現れるのは、砂の塊ともいうべきゲル状のアヤカシだという。
 要はスライム系のアヤカシなのだが、海岸線に潜んでいるため接近や潜伏に気づきにくいのが難点だ。
 大きさは人をまるまる飲み込めるほどで、海岸線に出没する故、水に入られることも考慮に入れるべきか。
「人や物を取り込んで溶かしてしまうのも恐いんですが、剣とかの物理攻撃が凄く効きにくいらしいんですよね。しかもやたらタフだとかで、なかなか退治は難しいらしんです」
 過去にギルドで請け負った新種・変異種アヤカシ退治の依頼で良好な結果が出ており、自分たちの近くに出現したそれらも討伐して欲しいという依頼は日に日に数を増している。
 噂では、ジルベリアとの行き来の制限が軽減されたことも原因ではないかと言われているが‥‥?
「今回のアヤカシは工夫が大事だと思います。力や大きさ、速さに続き、今度は耐久力や形状が試されるわけですね。大変だとは思いますが、頑張ってください!」
 ポニーテールを揺らす巫女服の少女。亜理紗は両手でガッツポーズを取って、説明を聞いている開拓者を励ました。
 通称、酸砂硫。定形を持たないアヤカシ相手に、あなたはどう立ち向かうのだろうか―――


■参加者一覧
水津(ia2177
17歳・女・ジ
沢村楓(ia5437
17歳・女・志
井伊 沙貴恵(ia8425
24歳・女・サ
ゼタル・マグスレード(ia9253
26歳・男・陰
宿奈 芳純(ia9695
25歳・男・陰
シャンテ・ラインハルト(ib0069
16歳・女・吟
ヴェニー・ブリッド(ib0077
25歳・女・魔
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ


■リプレイ本文

●発見
「春の海か。仕事でなければもう少し景観を楽しんでいきたいと言いたいところだが。気配、感じられるか?」
「やっています。‥‥感知しました‥‥あの流木のすぐ近くにいます‥‥。動きはありません‥‥」
「ホント、インタビュゥの通り全然背景と見分け付かないわねぇ‥‥。酸砂硫だっけ?」
「さんさる? ‥‥あっ、私知ってます、3匹のおサルですよね。ミザール、イワザール、セガールって奴。天儀の神秘です!」
「『さんさる』じゃなくて、『さんさりゅう』よ」
「‥‥あれ? おさるさんじゃないのー?」
 暦も四月を迎え、だんだんと暖かくなってきた今日この頃。一行は問題のアヤカシが出没する五行の国南東部の海岸に到着し、早速目的のアヤカシを発見する。
 先頭を進む沢村楓(ia5437)の要請で巫女である水津(ia2177)が使用した瘴索結界は効果てきめんであり、二度目の発動から三分ほどで瘴気を察知した。
 念のため更に周囲を探索してみたが、他に反応する瘴気はなかったのでまず間違いないだろう。
 砂浜には人っ子一人おらず、船体に焼け焦げた痕がある小舟や、ボロボロになって穴が開いている網などが無残に打ち捨てられているのみ。
 寄せては返す波の音だけが、白い砂浜に潜む脅威の存在を誇示している。
 事前にインタビュゥ‥‥言い換えれば聞込みを提案していたヴェニー・ブリッド(ib0077)が聞いたところによれば、砂浜に一歩でも踏み込めば襲われることもあるとのことで、一行は砂の外から探知魔法を使い、安全を確保しつつ目的を発見できたわけだ。
 ルンルン・パムポップン(ib0234)はどこぞのサルの話をしているようだが、ヴェニーにさらっと訂正される。確かにそんな名前のサルの話を聞いたことがあるような気もするが。
 まぁ、今回の敵はあくまでスライム系の敵であって、サルでもクマでもない。
「新種のアヤカシか‥‥実に興味深い。それだけ多くの獲物を食らってきたものか、土地に合わせて進化したものか‥‥どちらにせよ脅威には違いないが、正直なところ、未知のものに対する好奇心も尽きないのだ。不謹慎かもしれんがね」
「‥‥未知だからと、怯んでいられません」
「ハンターは狩りをするものでしょ? お呼びがあれば即参上、お呼びがなくてもそのうち参上ってものよね」
 学者肌であるゼタル・マグスレード(ia9253)は、今までに報告がない相手に知的好奇心を刺激されているようだ。
 世界の専門家もこれら新種のアヤカシの情報を欲しているが、やはり自力で調査・研究ができるのは開拓者ならではである。
 シャンテ・ラインハルト(ib0069)は純粋に未知のアヤカシの脅威を憂いているが、元来口数の少ない彼女の発言は独り言のようにしか聞こえないのが惜しい。
 それに比べると、井伊 沙貴恵(ia8425)の発した台詞はとてもわかりやすい。
 メガネをかけた知的なクールビューティーという雰囲気のある井伊だが、中身はかなりストレートなのだ。
「今度のアヤカシは不定形ですか。前に退治したものと近い種類であれば対処できるかと思います」
 そう言って、宿奈 芳純(ia9695)は荷物の中から桜火という酒を取り出した。
 この桃色の酒を使い、酸砂硫に色付してしまおうという作戦らしい。とりあえず自信の程は、仮面に隠れてうかがい知ることが出来ない。
「待ってください‥‥相手は砂の下です‥‥。地下3メートルほどの所ですね‥‥」
「それでは振りまくだけ無駄だな。勿論術も届かん」
「やっぱり何かイケニエが必要かしらねぇ。地下じゃ咆哮が届くか怪しいし、そもそも耳もない、知性も無いに等しいアヤカシに咆哮って有効なのかしら」
「術で罠を張ってもらうにしても、一度は砂浜に降りる必要があるからな‥‥リスクは微妙か」
 水津に止められた宿奈は、仕方無しに一旦栓を戻す。
 ゼタルや井伊も頭を捻るが、相手が砂の下では遠くからの狙撃も出来そうにない。
 沢村のような前衛型ならともかく、後衛型が攻撃に巻き込まれるとかなり危ないだろう。
 沢村が言ったような危惧も合わせて、悪く言えば間怠っこしい、よく言えば堅実な戦法を取っているのである。
「ではこういうのはいかがでしょうか」
 宿奈は顎に手を当てて少し考えると、人魂の術を使いカモメのような鳥型の小動物を作成する。
 すでに酸砂硫の位置は特定しているし、空を飛ぶ囮なら水津の探知を混乱させることもあるまいとの考えからである。
 そしてそのカモメモドキが、酸砂硫の真上に飛び乗った‥‥が。
「あれれー? なんにも起きないんだから!」
「式も瘴気、ですから‥‥」
「お仲間か何かと勘違いしてるってこと? んもう、ホントに生贄用意しろっていうのかしら」
 ルンルンに言われるまでもなく、酸砂硫は式に対し何も仕掛けてはこない。
 シャンテの言葉は短いが事実を正確に現しており、陰陽師が操る式はその構造上アヤカシと呼んでも差し支えない存在なのである。
 少なくとも酸砂硫には共食いをする趣味はなさそうだ。
「‥‥仕方あるまい、全員で少しずつ近づこう。水津、索敵の継続を。ゼタル、なるべく近づいてから術のトラップを作ってくれ。ルンルンは迂回して予定通り海側へ。どちらもヤツが近づいてきたら全力後退だ」
『了解!』
 きびきびと指示を出す沢村の声に応え、一行は砂浜に降りてゆく。
 ただ降りていくのではなく、万全の準備や作戦立てがあってのことなので、一同の準備や心構えは非常に有効に働いたと言っていいだろう。
 未知のアヤカシ‥‥酸砂硫を相手に、砂浜の激闘が始まる―――

●酸の脅威
「来ます‥‥タイミングを合わせてください‥‥」
 砂浜に降りた一行が慎重に近づくと、およそ15メートルほどまで近づいたところで酸砂硫が動き出したことを水津が告げた。
 その移動速度は人がゆっくり歩く程度のもので、ゼタルが術で罠を構築する時間も充分あった。
「あなたに‥‥力を‥‥」
 シャンテの使う精霊集積で知覚力を更に増大させたゼタルの罠は、かなりの威力を持つことだろう。
 一同はゼタルが張った罠の直上に位置したまま、酸砂硫が更に近づくのを待つ。
 姿は見えないが水津の索敵により敵の動きは明らかだ。
 あと少し‥‥もう少し。息を飲む一同の静寂を、水津が破る‥‥!
「3‥‥2‥‥1‥‥今です‥‥!」
 その声に一同が左右に分かれて跳躍するのと、彼らのすぐ前の砂が隆起し何かが飛び出してくるのとはほぼ同時であった。
 そして予めゼタルが仕掛けた地縛霊が発動し、砂の塊に直撃する!
 びちびちと蠢く砂の塊。それはまるで、水を含みにくい土の上に少量の水を垂らした時のような、黒いゼリー状の物体にも見えた。
「まずはこれだ」
 沢村が羽織っていた外套を広げ、酸砂硫に被せる。
 これには蒼い染料が含まれており、まずはこれでヤツの消化力を試そうとしたのだ。
 すると、じゅわっという音が空を裂き、マントは白い煙を上げてみるみる溶けていってしまう。
「色が残れば多少は見やすくなると思ったが‥‥」
 酸砂硫は青くなるわけでもなく、容赦なく布を焼き焦がしていった。
 ならばと宿奈が桜火を振りまいてみるも、どす黒く変色した砂や砂利に色をかき消されて思ったほどの効果は得られない。
 ようやく罠のダメージから身を持ち直したのか、酸砂硫は砂を巻き込みながらぞるぞると近寄ってくる。
 やはり速くはない。しかし、ブーストしたはずの地縛霊を受けてもまだまだ余裕がありそうだ。
「沢村さん、行くわよ!」
「承知」
 井伊が示現を使用し大上段から斬りかかり、沢村が反対方向から死神の鎌を振り抜こうとする。
 愚鈍な酸砂硫にそれを避ける術はない。が、その体に含まれた大量の砂と砂利が幾千幾万の盾となり二人の攻撃の威力を削ぐ。
 効きにくいとは聞いていたが、まさか分断することもできずに武器が止まってしまうとは‥‥!
 二人は武器が溶かされる音を聞きつけ、すぐさま引っこ抜いた。
 ボロボロにこそなっていないが、すぐに洗浄した方がよさそうである。
「あ、あんなのに取り込まれたら即刻全身火傷よねぇ!」
 ヴェニーは予め準備していたストーンウォールを発動して時間を稼ぎ、一旦その場を離れることを提案した。
 その間に井伊と沢村は海まで走り、海水で武器を洗浄する。
 後でまた水洗いをしなければすぐに錆びることだろうが、酸に晒されたままよりはよほどマシだ。
 とはいえ、酸砂硫もまるで無傷というわけではない。
 沢村は攻撃の際に白梅香を発動しており、その浄化の力を帯びた鎌は砂ではなくアヤカシ本体にダメージを与えていたのである。
 その場でぐにゃぐにゃのたうち回った後、酸砂硫は海に逃げるためストーンウォールを迂回しようとし始めた。
「どうやら地中に潜るにはそれなりの時間がかかるようですね。ならば予定通り‥‥」
「氷漬けにしちゃいましょ。酸だって液体なんだから凍るはず!」
 宿奈が氷柱、ヴェニーがフローズを発動し、酸砂硫を急速に凍結させていく。
 パキパキと音を立てて表面が凍っていくが、完全には凍結し切れない。半分位凍ったまま、ずるずると海の方へと移動していく。
「遅いものが更に遅くなったか。だが、油断はせんよ」
 ゼタルが発動した呪縛符の式に組み付かれ、酸砂硫の動きは更に鈍る。
 加えて‥‥
「あなたの相手はこちらよっ!」
 井伊の咆哮により、移動経路こそ変えないもののその場に停滞させることに成功。
 襲おうか、逃げようかの本能の葛藤が致命的な停止をもたらした。
 後はもう語るべくもない。
「さぁて。細切れになっても生きていられるかしら?」
「生きていても焼却するが、な」
 足場の悪い砂浜にあって、井伊と沢村のフットワークは軽い。
 戦場を見越した軽い防具選びも、こんなところで活かされている。
 前衛二人が凍った部分をたたき割り、酸砂硫は半分くらいの大きさになりのた打ち回る。
 砕けてバラバラになった部分を、水津や宿奈が焼却していった。
「燃えなさい燃えなさい‥‥」
「まさかとは思いますが、くっついたら元通りでは困りますからね」
 残りの半分はというと、小さくなった分少し身軽になったのか、先程よりスピードを上げて海へと直進した。
 人が走るくらいの速度にはなったので、砕けた方の処理に意識をやっていた開拓者たちは不意を突かれた格好となる。
 だが、誰も慌てはしない。対策はすでに打ってあったからである。
「海には、絶対‥‥おっとっと‥‥逃がさないんだから! ルンルン、忍法‥‥わわ、水走り!」
 水蜘蛛の術を発動したルンルンが海の上に待機しており、酸砂硫を待ち構えていたのだ。
 とはいえ転倒すると効果がなくなる術なので、波のある海の上ではバランスを取るのがかなり難しい。
 すぐに浜辺に移動したルンルンは、術を発動するため怪しげな呪文をつぶやき始める。
「ジュゲームジュゲームパムポップン‥‥ルンルン忍法ファイヤーフラワー!」
 何故か花の形をした炎が出現し、酸砂硫に直撃する。
 炎自体はすぐに消えてしまったが、またのたうち回らせて足止めすることには成功する。
 度重なる術のダメージで、酸砂硫は致命的に動きを鈍くした。
 目的の海まであと5メートル。しかし、その距離は数字以上に遠かった。
「僕は素直に嬉しいんだよ、このような珍種と出会えた幸運が。だが、惜しいな。そろそろお別れだ」
「お手伝い‥‥」
 ゼタルが立ちはだかり、シャンテが再び彼の知覚力をブーストする。
 地縛霊をセットしたゼタルは、振り返りもせずその場を後にし‥‥背後で酸砂硫が罠にかかり攻撃される音だけを耳にした。
 その消滅は仲間が確認しており、酸砂硫に襲われるものももう出ないだろう。
「ゾクゾクするねぇ」
 口元に軽い笑みを浮かべたゼタルの言葉は、まだまだ出現するであろう新種のアヤカシを予見してのものか‥‥はたまた確信してのことなのか。
 確かなことは、一行が一時なりと浜辺に平穏を取り戻したことである―――