【十七夜】迫撃への追跡
マスター名:西川一純
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/12/10 10:37



■オープニング本文

前回のリプレイを見る


 数々の想いと戦いを重ね、時は現在に至る。
 あの時、あの場所で、あの人達だから。そうやって人々の歴史は紡がれていく。
 そして人生には必ず区切りがある。事件には終わりがある。それが、悠久の時を経てなお不変の真理―――

 謎の陰陽師と呼ばれる存在により創りだされたアヤカシ兵器の数々。それらを打ち倒し続け、開拓者たちはついに本人へと辿り着く。
 しかし謎の陰陽師……十七夜 木乃華と名乗る老婆は巧妙に人に紛れ、一切の証拠を残しておらず、罪に問うのは難しい。
 ついにその状況は打破しうるところまで来た開拓者たち。研究所に残されていた血痕が十七夜 木乃華のものである可能性が高く、現在公的機関で調査してもらっているところであった。
「仮によ? 前回あなたが外にいた場合、どうなってたと思う?」
「うーん……血痕の持ち主が判明せず収穫なしになってたと思います。もしくは、血痕が発見されたから私達も行こうということになり、みんなで中に入ったら木乃華に入り口を壊されて生き埋め……といったところですかね。私が遠距離から狙撃される可能性もありましたけど」
「木乃華は撃退したじゃないの」
「遠隔操作できる身体が一人分だけだったとは限りません。みんなが出てくるまで警戒班の人たちが外にいてくれたから何事もなかったわけで、襲撃が終わったから中に入ってみよう、くっくっく馬鹿めということをやるのが木乃華です」
「あー……」
 開拓者ギルドでは、当事者の一人でもある十七夜 亜理紗と、先輩職員の西沢 一葉が事件について話していた。
 もしものことを言っても始まらないが、開拓者たち及び亜理紗の判断は正しかったと言える。その証拠に事態は前進したのだ。
 血塗られた研究所の奥、無造作に塗りたくられた小さな血痕。ちょっと血が出ちゃったから擦り付けちゃいましたというような、極めて単純かつ迂闊な証拠。
 もしかしたら、こんなところに誰も来るわけがないとか、ここに来るまでに迎撃できると思っていたのか。それとも単純にうっかりミスか。時の蜃気楼という業がある以上、無理矢理連れてこられて逃げた際に……などという嘘も通用しない。
 しかし、状況は良くなるばかりではない。石鏡から連絡があり、木乃華が数日前から姿を消していることが確認されたのだ。正確には、家に居ないことが多くなったという感じだが。
 付近の住民はまた旅行にでも行っているのかと思っているようだが、そうではあるまい。
 文字通り透明になれる術を使える木乃華だが、今回は危険を察して身を隠したと考えるのが妥当だろう。例の研究所は石鏡のあちこちにあると思われるため、捜索は困難だと思われるが……。
「……多分、木乃華は村の近くに居ます。たまに家に戻って『自分は逃げてませんよ、忙しいだけですよ』的なアピールをしたいんです。そのためにも、拠点は近くにあるはずです」
「……なんで分かるの?」
「失敗作でも、私も木乃華の人格に改竄された人間ですから。う……きっと、使われなくなった、坑道の奥……とか……うぅっ……!」
「亜理紗? ちょっと、どうしたの!?」
「す、すいません、ちょっと頭痛が……」
 苦笑いして誤魔化す亜理紗。しかし一葉にしてみれば不安になるだけだ。
 亜理紗は以前、時が経てば自分も木乃華のようになってしまうのではないかとの懸念を抱いていた。それが杞憂だとしても、木乃華が遠くから亜理紗に干渉するような術を開発したとしたら?
 木乃華に関しては常識は通用しない。旗色が悪くなり形振り構わなくなってきた木乃華なら、どんな手でも講じるだろう。
「……大丈夫です。私は私であり続けます。皆さんに助けていただいた時からそれは変わりません。操られたりしませんよ」
「そうね。結婚も控えてるんだしね?」
「はい。ジルベリア風にやった時は、一葉さんに向けてブーケトスしますから」
「あ、生意気〜」
 くすくすと笑い合う二人。こんな穏やかな時間を守るためにも、木乃華は必ず倒さねばならない。
 一先ず、亜理紗の勘を信じて木乃華の村付近にある廃坑を調査する依頼が出された。もしビンゴなら木乃華が潜んでいるか、防衛機構による相当な迎撃態勢を取っていることだろう。
 十七夜というミイラを復活させないためにも、今は廃坑の調査に動いていただきたい―――


■参加者一覧
鷲尾天斗(ia0371
25歳・男・砂
ヘラルディア(ia0397
18歳・女・巫
真亡・雫(ia0432
16歳・男・志
雪切・透夜(ib0135
16歳・男・騎
レネネト(ib0260
14歳・女・吟
无(ib1198
18歳・男・陰
鹿角 結(ib3119
24歳・女・弓
神座亜紀(ib6736
12歳・女・魔


■リプレイ本文

●鮮烈
 ボロボロになった木製の柵で立入禁止を示唆された廃坑。かつてはそこから採れる鉱物資源で木乃華の住む村は成り立っていたという。
 とりあえず入口付近に罠は見られない。まぁ、中は相当入り組んでいる上過去の資料が抹殺されてしまっているようなので、欠片も安心できないが。
 開拓者たちは柵を打ち壊し入り口へ。その奥からは冷たい風が吹き出ており、どこか屋外の別の出入り口に繋がっていることを確信させた。
 中はせいぜい大八車が自由に通れます程度の広さで、二人並ぶと少々窮屈。一行は隊列を組み、壁からの奇襲すら用心しつつ慎重に進む。
「前方、特に反応ありません」
「後ろもだ。後ろからだけじゃなく、壁から突然って言うのもあるからなァ。疲れるぜマッタクよォ」
 最前列に真亡・雫(ia0432)、最後尾に鷲尾天斗(ia0371)を配置し、それぞれ心眼を発動しつつ罠や敵の接近を警戒する。
「……特に水が流れるような音は聞こえません。岩が崩れるような音もしませんので、今のところ水攻めや落盤の心配はないでしょう」
 これまで幾度となくレネネト(ib0260)の超越聴覚には助けられてきた。今回も御多分に漏れず、大規模な罠への対抗策として威力を発揮してくれている。
 風の流れから一部を崩されても別の出口へいけるだろうし、いざとなれば亜理紗が穴掘り用の術式を活性化させている。それで出口を無理矢理作ることも可能だ。
 何事も無く進めるか。そう思われた時だ。
「っ、アヤカシが飛んでくる!? 速―――」
 真亡が言い切る前に、暗闇の奥から何かが突っ込んでくる。
 それは凄まじい速さで、器用に曲がり角をスルーし開拓者を襲う!
「この程度でッ!」
 バギャン、と重苦しい音を立ててアヤカシと雪切・透夜(ib0135)の盾が激突する。
 真亡を庇うように前に出た雪切は、スィエーヴィル・シルトで飛来する敵を緊急迎撃した。
 地面に落ちたそれは式のようだ。小型ながら速度と衝撃は凄まじかったが、その分自分自身へのダメージも大きいのかそのまま瘴気に還ってしまう。
「誘導弾のような術……なのでしょうか。強いて言うならホーリーアローのような」
「廃坑の奥から僕達を狙って……? と言うことは、もうテリトリーに踏み込んだのがバレたようですね」
「でもでも、それって奥に木乃華お婆ちゃんがいるってことだよね。なら進むしかないよ!」
 ヘラルディア(ia0397)の考察はおよそ正しい。射程がより長く、知人しか標的にできないという制約はあるものの、それは木乃華の術に相違なかった。
 鹿角 結(ib3119)の言うように敵にこちらの接近を知られたのだろう。だが神座亜紀(ib6736)も言っているように退く理由にはならない。むしろ、標的の居場所が分かった以上進むべきだ。
 しかし……
「また来る! というか、次々来る……!」
 真亡の言葉通り、先ほどと同じような式が猛スピードで突っ込んでくる。
 雪切がガーディアンよろしく盾でガードしつつ前進するが、だんだんと手が痺れていってしまう。
「随分と景気よく撃ってきますね。梵露丸を大量に持ってるんですかねぇ。あ、そこ、足元危ないですよ」
「えっ!?」
 无(ib1198)の何気ない一言で雪切はぎょっとする。
 迎撃で忙しく注意が疎かになっていたが、足元には鋼線のようなものがピンと張っており、頭上には『縦向きに』長く太い丸太が仕込まれていた。
 穴掘りの術で天井をくり抜きセットしたのだろうか? 引っかかったら頭からグシャリだったろう。
 雪切に盾を貸してもらい、交代で盾持ちをして進むこと数十分。もういい加減にしてもらいたいというところで……
「……どうやらもう少しみたいだぜ。生命反応ありだ」
 鷲尾がそう言った途端、前方からの攻撃が止んだ。
 式はただ飛んでくるだけだったので盾を構えれば肉体的ダメージはない。しかし、連続攻撃と罠への警戒、何処まで続くのかという不安で一行は思ったより精神的に消耗していた。
 そして進むこと5分ほど。一行は篝火が揺らめく大きな空間に侵入する。
「ようこそ……というのもおかしな話じゃがな。招かれざる客じゃしのう」
 そこには十七夜 木乃華がいつものように余裕綽々な態度で立っていた。
 しかしそのことより、一行は空間の目いっぱいに広がる足元の紋様……魔法陣のようなものに目を奪われた。
 巨大な円の中に、5つの小さな丸が配置された奇妙な紋様。例えるならそれは、麻雀の五筒に酷似している。
 駆け巡る嫌な予感。十七夜 木乃華は、大規模な何かを企んでいる。そう確信させるに充分だった。
「ふふふ……そう言えばあの時もこんな洞窟の奥じゃったか。懐かしいのう」
「あ……? 何言ってやがんだ?」
「いや、こちらの話じゃ。それで? ワシを捕まえに来たというわけじゃろ?」
「そうです。あの研究所にあった血痕は貴女のものであると結論づけられました。もう言い逃れはできませんよ!」
「そうか。いや参った。まさかこんなことになるとは」
 全然参ったようには聞こえない口調で木乃華は呟く。
 亜理紗はこの世でただ一人の肉親であっても、最早木乃華にかける情けはないと目で語る。
「どうやら思った以上に時間がないらしい。悪いが頼めるかのう?」
「っ! 何者!」
 木乃華が空間の奥……篝火が届かない暗闇に声をかけると同時に、鹿角が矢を射掛ける。
 すると金属音とともに矢が打ち払われ、そこから二人の少年が歩み出た。
 以前見たことがある。若木乃華が術で創りだした人妖の中にいた少年たち。
 しかし、相違点がある。以前の二人は目が虚ろでまるで生気を感じなかったが、今の二人はそうではない。まるで人間と変わりがないような、悲しそうな瞳をしていた。
 赤と青の瞳を持つ黒髪の少年。女の子と見違えるような銀髪の少年。二人は木乃華を守るように立ちふさがると、それぞれ刀を開拓者に向ける。
「そ、そうか……本物の木乃華ってことは、あの術もより完璧で、反動無く使えるんだよね……!」
「流石に何人も同時にというわけには行かないようですけれども……」
 開拓者たちも神座やヘラルディアといった後衛を庇うように配置を変える。
 足元の陣は気になるが、今は目の前の敵を何とかせねばなるまい。
「……できればボクたちも戦いたくないの。それでも、ボクたちは……!」
「ごめんなさい。この人も……可哀想な人だから……!」
「会話ができるのですか?」
「無理矢理強制されて……というわけでもなさそうですね。実に興味深い」
「これ、余計なことは言わんでいい」
「でも、木乃華お婆ちゃん……!」
 レネネトにしろ无にしろ驚きを隠せない。二人の少年は、おそらく自らの意志で木乃華を守っている。
 事態はよく飲み込めないが、この少年たちが心優しいのであろうということだけは分かる。
 しかも、強い。以前若木乃華が彼らを作り出した時とは比べ物にならないほど強い。剣を交えるまでもなく分かってしまうほどに。
「……そうじゃな。時間稼ぎに一つ話をしよう」
「聞く耳持ちません。時間稼ぎと言われて誰が聞くものか」
「待って透夜くん。気持ちは分かるけど……大事なことのような気がする」
「ん……わかった。任せるよ」
 雪切を制止した真亡だったが、彼自身木乃華を許す気はない。
 それでもあえて問うた。数十年に及ぶ狂気の原因を。
「十七夜の考えなんてわからない……理解できないよ。僕達が見てきた犠牲で何が成り立つのかなんて、考えたくない。でも、答えてください。貴女は何を見て、このような行いをし始めたのかを。僕はそれが知りたい……そしてそれを止める」
 真亡の真摯な瞳。自らが創りだした人妖たちの憐れむような視線。それらを受けて、木乃華はポツリと語り出した。
 それはまるで……
「……この世界はな、酷く脆いんじゃよ。ともすれば明日には消えてなくなってしまうような」
『は……?』
 それはまるで、お伽話よりも奇想天外な言葉。正気を疑うレベルの与太話。
 しかし木乃華は他者のリアクションを全く意に介せず続けた。
「ワシは消えたくなかった。死ぬのは構わん。殺されるのも構わん。それはそれで人生という物語を全うしたんじゃからな。しかし、誰にも語られず誰の目にも触れず世界とともに消えるのは御免被りたいんじゃよ。もしあの時……十七夜の啓示がなければ、ワシは一生村人Aにすらなれず過ごし、消えたじゃろう。それにな、ワシが行動を起こしたからこそ亜理紗も産まれたんじゃよ?」
「わけが分かんねェこと言ってんじゃねェ!」
「そうじゃろうな。お前さんたちは覚えていてくれる人間が必ず一人はいるじゃろう。じゃがワシらは違う。こうでもしなければ誰にも記憶されないし思ってももらえない。
 ワシはな、絶望したよ。十七夜から話を聞いた時、自分がどれだけ儚く脆い存在か知ってこの世を儚んだ。しかし、十七夜は世界の終焉を越えてワシに語りかけた。ワシにもそのチャンスがあると教えてくれた。ならばもうやるしかあるまい? 自分は確かにここいたと……これからも在り続けることを目指すしかあるまいよ」
「その為に多数の人間を犠牲にしてもですか!? 正直、今ここにいるあなたも身代わりではないかと不安なくらいですが……!」
「安心せい、ここにいるワシは十七夜 木乃華本人じゃよ。他者を犠牲にする? 大いに結構。まずは自分じゃろ。自分のことをしっかりできておらん奴が他人をどうこうできるものか。病気の医者が病人を助けられるか?」
「また……! いつもの極論だよそれー!」
「そうじゃよ。ワシは極論の極致に居る。そうでなければ世界は越えられん」
 開拓者たちは上手く言葉が出てこなくなった。こいつは何を言っているんだという気持ちよりも、焦燥感のような、哀れみのような不思議な気持ちが湧いてきたからだ。
 少年たちが木乃華を悪と知ってなお力を貸すのは、木乃華が哀れだから。彼らが優しすぎるから……。
「十七夜がこの世に蘇ることはワシの希望じゃ。蘇った十七夜と共にワシは世界の終焉をも越えるため研究を続ける。そのためにもこの身体では時間が足りん。亜理紗……お前の人格改竄にしくじり行方不明になってしまったのは人生最大の失敗じゃったよ」
「分からない……分かりません! どうしてそういう思考になれるのか、やっぱり分かりません……!」
「……わからん方がいい。わかればお前も苦しむ。世の中には知らんほうが良いこともある」
 その木乃華の表情は、今までに見たことがないものだった。
 かつて若木乃華が一瞬だけ見せた、切なくも哀しい表情……それに似ている。
 開拓者や亜理紗のことを『羨ましい』と評した刹那の表情は、すぐにいつもの嘲笑に塗りつぶされた。
「そォいや、一つ聞き忘れた事が有ったなァ」
 突如、首を鳴らしながら鷲尾が問う。
「十七夜が復活したら、お前や亜理紗はどうなるんだァ? 真実の言葉で返しなァ」
「【何も変化はない。そのまま生きてるわい】」
「そいつは一安心だ。ま、どっちみちお前は亜理紗を付け狙うんだろ? だったら野放しにしとく訳にはいかねェよなァ!」
「回りくどいわ。最初からそう言えばよいものを」
 鷲尾が宝珠銃を放つが、黒髪の少年が弾丸を弾きカットした。
 言わばそれが狼煙だった。場の雰囲気は一気に戦闘へとシフトする!
 少年たちは大地を蹴り一気に斬りこんでくる。それを木乃華が符を発動しアシスト。
「ちょいと痛いぞい」
 大きく伸びた木乃華の影が鋭利な刃物のように形を変え、開拓者たちを貫かんと実体化する。
「みんな、固まって!」
 9人同時狙い! しかし神座がアイアンウォールを発動し、ヘラルディア、レネネト、鹿角、无、亜理紗への攻撃をガード。前衛はそれぞれ打ち払ったようだ。
 影は鋼鉄の壁を切断し何事もなかったかのように戻り、木乃華はもう次の符を取り出していた。
「ざっけんな! そう何度も―――」
「させませんよ、組長代理!」
「おめーも何の話だァ!?」
 宝珠銃で木乃華を狙おうとした鷲尾だったが、銀髪の少年が凄まじいスピードで接近し対処せざるを得なくなる。
 かなり若いが、その剣閃は達人のそれだ。油断が死に繋がると判断した鷲尾は剣で迎え撃つ。
「速い! 君はいったい……!?」
「聞かないでください。今の僕は、造られた者だから……!」
 ギィンと甲高い音を立て、真亡と黒髪の少年の刀がぶつかり合う。
 何処か懐かしさすら感じさせる二人の邂逅。しかし、それは本来あり得ないはずのもの。
 やはり少年は強かった。ともすれば真亡より能力が上かもしれない。
 この若さで。この瞳で。彼はどれだけの死線と物語を潜り抜けてきたのだろうか……?
「しかし、いくら速くても魂喰は―――」
「無駄じゃよ。何遍お前さんたちに邪魔をされたと思っとるんじゃ。対策はしてある」
 そう言って木乃華は護符を数枚空中に舞い散らせた。
 すると符は黒いエネルギー球のようなものに変化し、空中に留まったまま不気味にスパークし続ける。
 嫌な予感がしないでもなかったが、无はそのまま魂喰を放つ。
 相手はあくまで人妖。ならばこの術は必殺足り得る。理屈の上で何ら間違いはない。
 しかし、放たれたそれは基本的に絶対命中であるにもかかわらず軌道を変え目標を逸れ、例の黒い光球に吸い込まれて消えてしまった。
「ブラックボールというんじゃよ。便利じゃろ? それと……」
 木乃華は左手の手のひらを无に見せつける。そこには、彼が秘密裏に放った毒蟲が痙攣する姿があった。
「陰陽師の術でワシを出し抜けると思うたか、小僧が」
 グシャリと毒蟲を握り潰し瘴気に返す木乃華。
 数的戦力差は単純に考えて三倍。しかし全く有利な気がしない……!
「わ、私も何かしないと……!」
「遅い!」
「亜理紗さん! くぅっ!?」
 木乃華が地面に符を叩きつけると、亜理紗とそれをガードしに駆けつけた雪切の足元からマグマが吹き上がり、二人を吹き飛ばした。どの符を使うべきか一瞬判断を鈍らせた孫にも容赦がない。
「む……そろそろ時間か。とりあえず決着はまたの機会じゃな」
「逃さないんだから!」
「逃げるのはワシではない。お前たちじゃよ―――」
 木乃華の言葉が最後まで終わらないうちに、足元に広がる紋様が輝き出す。
 眩い光が収まった時、一行は坑道の入口に転移させられていた。つい先程まで廃坑の奥にいたのに、今は屋外である。
「……今からまた奥まで行けってかァ?」
「やっぱり時間稼ぎだったのかな……?」
「いいえ、きっと足元の陣の効果の一端かと。厄介ですね……!」
 謎の陣を敷き、十七夜復活の儀式を続行する木乃華。そして、それを守る二人の少年人妖。
 他の者が言ったら笑い飛ばせてしまいそうな木乃華の動機も、最終決戦を予想させる嫌な予感にしか繋がらなかったという―――